完夜廻もしくは深夜廻らない   作:トロリスト

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今回は、結婚したハル。そして…。です。


第10話 かみひこうき

結婚を機に働いていた会社を退職し、住み慣れた思い出深い町へと帰ってきたハル。

予想通りというか想像以上に結婚生活は大変だった。

 

元町長の孫にあたる人物と結婚した訳だが、この男。ハルとの結婚について、そこに愛はあったのか?と問われれば、ハルの父親の想いを受け止めて納得させたのである。当然YESだ。

だが、100%そうか?と問われたなら、答えは・・・NOである。

 

元町長の祖父の地盤を継ぎ、いつか町長選へと打って出ようという野望を持っていた。その時、ハルという存在は武器になる。そう考えていた。ハンデを抱えた娘を嫁に貰うという度量の深さで好印象を持たせる。

祖父の地盤であるから、ハルが左腕を失った事件を覚えているものも多い。その事件により、この町の昔からのよくないことが収まったということで、ハルのことをある意味神格化してありがたがっている年寄りも少なくないと聞く。

 

それに、実は彼はハルのことを「本物」と考えていなかったのである。

祖父がどこからか左腕のない娘を見付けて来て、話を教え込んだだけだと思い、本当には信じていなかった。

まあ、そんなことは関係なくハルに惹かれてはいるのだけども。そこに付随して利用価値があるから。という打算もあった。

しかし、彼はこう考えていたことを後悔することになる。

 

一方ハルは、自分がこのような身体であるから、もし自分を選んでくれる人がいるのなら、その人のために尽くそう。そう考えていた。その考え通り、結婚してからのハルは夫に献身的に尽くし、影に日向に支えていた。数年後には子宝にも恵まれた。

ハルが子育てで苦労したのは、おむつの交換やミルクを飲ませることではない。そんなものは当然と覚悟していた。しかしなってみなければ分からないこともある。

一番辛かったのは、子供を抱っこしながら撫でてあげることができないこと。だった。

座っている状態であれば、ひざの上に座らせて片腕でもなんとか子供を支えて頭を撫でることもできるのだが、立った状態では不可能だった。

抱っこ紐を使用すれば大丈夫なのだが、家にいる間中ずっと身に着けている訳にもいかない。片方の腕がない者にも着脱が簡単なものを調べてみたが、結果についてはやはり…。

それに、抱っこ紐は重心が前にかかる。そのため背筋を伸ばすには体を起こす。という動作で力を入れる必要になり、腰への負担はおんぶよりも高い。

これ以上自分の体のことで夫に気を使わせたくない。という思いから抱っこ紐の使用は控えたかった。

しかしどうしても子供を可愛がりたいハル。抱っこ紐を使用する時はある程度時間が確保できる時だけにし、それ以外の急にぐずり出して軽くゆすってあやすときや、突発的に可愛がりたくなった時などは、仲のいい犬や猫が顔を擦り付けるように、ハルは立って抱っこしている時は子供の頬に自分の頬を寄せ、そうやって愛情表現を示すことにした。ハルにしてみれば『自分にはこれしかできない』と、少し負い目があったのだが、別に人間でも普通にする愛情表現なので、傍から見ればとても微笑ましい光景だった。

 

ハルの子供に対しての教育は、自分が勉強も運動も苦手だったから。という訳ではないが、子供に勉強しろ。運動がんばれ。とは言わなかった。ハルが子供に伝えることは至極単純。

 

「友達を大切にすること」

 

「大切な友達ができたら、その手を離さないこと」

 

それだけである。

 

そして、生きていれば何が起こるか分からない。それを若いながら身をもって体験した一人である。なので、自分の子供には、もし自分に万が一の事があっても。と、一人で生きられるよう色々と教え込んだ。

 

が、ハルの実体験から来るものも多く「おばけに会ったら茂みに隠れてやり過ごせ」とか、あまり一般には通用しない教えもあった。

その上、話をするために買ってきて読み耽っている本が『食べられる野草』、『サバイバル入門』など。これには夫も「さすがにそれは違うんじゃないか?」と、苦笑いである。

 

数年経ち、とうとう夫が選挙戦に出馬することになった。ハルは家事に子育てに夫の選挙活動の手伝いにと目まぐるしく動き回った。そして、念願かない町長選を制して夫は町長となる。

一応は魅力的な男性ではあるのだが、当選できたのはハルの存在が大きかった。夫の予想通り、ハルを嫁にした時点で年配者からの票は確定したも同然であった。しかしそれだけで票が取れるほど甘くはない。

ハルの夫へ尽くす態度、後援会で手伝いをしている姿、子育てしている姿、そして普段のもの静かな態度とは裏腹に、ここぞと言うときには男相手でも物怖じせず一喝する豪胆さ。それら全てを見た上で、

『ハルを嫁にした男』ではなく『ハルが夫に選んだ男』として票が集まった。というのが真実である。

 

男相手に一喝する姿。初めてその姿を見たときは夫も驚いたものだが、よくよく考えればできて当然なのである。

幼い頃、親友を探してこの町の夜を駆け回り、『あんたなんかこわくない!ユイに会うんだ!』とコトワリ様に啖呵を切り、倒した神が『カワイソウ』と言ったことに『自分で言わないでよ!』と言い捨てる。

その上、親友を救うためにコトワリ様に左腕を捧げ断ち切らせているのである。そんじょそこらの男共より、よっぽど肝が据わっている。

 

夫はというと、これで野望の第一歩だ!と言わんばかりに気合が入っていたのだが、この町の町長となった者。その者の最初の仕事はと言うと、山にあんなものが棲んでいて、夜は大変なことになっていた町であるから、昔から町長になったものは町の歴史。表では語られない真実の歴史を知ることから始まる。

ある程度は祖父からも聞いて知っていたが、なかなかに凄まじいものがある。左腕がない。というだけでその凄惨な歴史に終止符を打った町の英雄とも言える女の子、そんな子をハルに演じさせるのは如何なものかと思っていた矢先。祖父の代に書き加えられた箇所に来て驚愕する。

そこには、たしかにハルの名前(旧姓)が書いてあった。

名前だけでは確証はないが、そこには幼い頃のハルの写真も貼ってあった。妻に見せて貰った幼い頃の写真。その写真に写っていたハル自身と間違えようもなく、同じ顔だった。

ただの身体的特徴なだけでなく詳細な生い立ちなどを教えられたからと言って、ああまで完璧に演じることはできない。

 

「本当、だったのか・・・」

 

彼は、疑っていたことを後悔し涙をこぼした。帰ったらハルに謝ろう。ハルのご両親にも謝りに行かなくては。そう考えていた。

帰宅してハルに謝ったとき、罵倒されることを覚悟していた。しかしハルは夫の謝罪を受け入れ微笑んでいた。ハルにしてみれば、いくら同じ町に住んでいて同じ伝承を聞いて育っていたとして、目の前に左腕のない女の子がいたとしても。なかなか信じられるものではないと理解していた。

それに、夫がそのことに対して少なからず疑いを持っていたことにも気付いていた。でも、間違いに気付き、自分でそれを正せる。そんな人だと思ったからこそ惹かれたのだ。そう言って微笑みながら夫を見上げたハルの目に、涙が浮かんでいた。

 

後にハルは知人に、『あの時、本当の意味で夫婦になれた。いえ、夫と手を繋ぐことができた』そう言っていたそうだ。ハルにとって大切な人と手を繋ぐという行為は特別な意味がある。

そのことを知らない知人は、夫婦になれたことより、手を繋ぐことができたことを重要視して話すのはどうしてか?と、首を傾げていた。

 

ハルのこともそうだったのだが、この町の出来事や噂はどこかしら迷信めいたものという感覚があった。ハルが本当だったことを知り、ということはつまり、この町で起こっていたことも本当であったということである。

若くして町長のような権力を手に入れようとし、手に入れられた者にありがちな『都市開発で町を豊かに』的なことを最初は考えていた。しかし彼は真実を知った。そして、この町はこのままでいいんじゃないか?そう思い始めた。

神様が見守ってくれていること。ハルの話を聞いてからはより身近に感じられる。それに、祖父の話が本当なら、今は子供たちを見守る子犬もいる。そんな町で笑いながら穏やかに過ごせればそれでいいんじゃないか?彼はそう考え、都市開発とは違う方向で町の人が豊かに暮らすことができるような町政に努めた。

 

そんな町長となった夫を変わらず支えながら目まぐるしく時は過ぎ、やがて老年に至る。

神社と祠の管理は、祖父が他界してからは人を雇って掃除等をお願いしていたが、夫は町長の任期を全うし引退した後、続投を望まれながらも丁重に辞退し、亡き祖父の後を継ぎ管理人となった。

祖父のようにずっとあの小屋に入り浸ることはせず、ちょいちょい家に帰っていた。詰まる所、あまりハルと離れたくなかったのだ。

 

ハルはと言うと、還暦を過ぎ、孫も産まれ幸せな老後を送っていたのだが、急に体調を崩しがちになった。

コトワリ様に左手を捧げたこと。そのこと自体はすぐに血が止まり傷口も塞がったのだが、それ以上に、魑魅魍魎の跋扈する夜の町を駆け回ったこと。親友を目の前で異形に変えられる様をみせられてしまったこと。そしてその親友と手を繋げなくなってしまったこと。幼い心と体に受け止めきれないほどの出来事に遭遇した。そんな幼い頃のあの事件が影響していたのだろう。

 

ハルは、床に伏せながら様子を見にやってきた夫に向かいこう言った。

 

「最期にひとつ、お願いがあります」

 

「なんだい?」

 

これを…と言って起き上がり枕元にある箱を渡す。

 

「無理するな」

 

「いえ、これは起きてちゃんと渡したいんです」

 

渡された箱は中に何も入っていないと思えるほど軽い。

 

「何が入っているんだい?」

 

「開けてみてください」

 

開けるとそこには綺麗に折ってある紙飛行機が入っていた。

 

「紙飛行機?」

 

「はい。私が死んだらこの紙飛行機を、黄昏刻に神社の近くの崖に生えている木の傍から町に向けて飛ばしてください」

 

夫は、そういえば子供の頃クラスの女子の間で、手紙を書き、その紙で紙飛行機を作り高いところから飛ばす。そんな遊びが流行っていたことを思い出した。

 

「縁起でもないことを言うな」

 

「いいえ、もう分かっているんです」

 

「仕方がない、一応預かっておくが、これを飛ばすのはだいぶ先にして貰うからな」

 

「ふふっ」

 

「その、黄昏刻という時間指定にはどんな意味が?」

 

「話したことありませんでしたっけ?その時間にあの場所から眺める景色が世界で一番綺麗だって」

 

「ああ、そうだ、そうだったな」

 

あまり自分の意見を強く言わない妻が、この眺めだけはどこにも負けない!と豪語していたことを思い出す。本来であれば観光スポットとして紹介した方がいいのかも知れないのですが…と前置きし、大切な場所なので大切な人にしか教えたくないんです。そう言っていた。

 

 

「私は幸せでした。幼い頃、失ってしまいましたが掛け替えのない親友に出会い、こんな身体になってしまったのにあなたにも出会えました。子供にも恵まれ、孫を抱くこともできました」

 

「うん、うん」

 

「もう、思い残すことはありません」

 

そう言って横になり、自らの人生を振り返る。

 

「あなた…」

 

「なんだ?」

 

「手を、繋いでください」

 

「ああ」

 

夫はハルが人と人とが手をつなぐ行為に特別な思い入れがあることを理解している。おおかたの男性はいくら妻とは言え手を繋ぐというのは少々気恥ずかしいものなのだが、彼はハルが求めれば、求めていなくても寂しそうにしていれば自分から手を繋いだ。それは歳を取っても変わらない。

夫はそっとハルの手を取り手を繋ぐ。ハルは安堵の溜息をつき、微笑み、そして・・・。

 

幼い頃、神に運命を翻弄され親友を、子犬を、自らの左腕を失い絶望に囚われながらも決して希望を捨てずに懸命に生き抜いたハル。その波乱に満ちた人生の最期は、とても穏やかだった。

 

夫は手を繋いだまま、声を上げず静かに泣いていた。

 

葬儀にはハルを慕う近隣住民が溢れかえるほど参列し、その死を悼んでいた。

後から聞いて驚いたのは、近所の飼い犬たちがハルの死を感じ取ったのか、散歩中に「葬儀に行こう!」と言わんばかりにリードを引っ張ってきたらしい。

あの夜の前日、一度しか遊んだことのなかったクロ。その時逃げてしまい遊ぶことができなかったチャコ。2匹とも接点はほんの僅かだったにもかかわらず、命懸けでハルのことを守ろうとしたクロ。ユイに会わせようと助け導いたチャコ。

そんな過去の出来事からも、ハルはとんでもない「犬たらし」だったことが死後、判明した。

 

人の価値とタバコの味は、煙になって分かるもの。そんな言葉を思い出した夫だった。

 

そして、葬儀が終わり後片付けも落ち着いた数日後の黄昏刻…

神社の近くの崖に生えている木の傍ら、妻との約束を果たすためハルの夫が立っている。

 

「ついぞ一緒に眺めに来ることはできなかったが、本当に綺麗だな…。こんなことなら1度でも一緒に来ておけば…いや」

 

と言ってかぶりを振る。

 

「せっかくの2人の時間を邪魔しちゃ悪いな」

 

 

『飛ばす前なら中を見てもいいですよ』

 

そう言っていたが、彼は見ようとはしない。

 

内容は分からない。だが、誰に宛てた手紙かは分かっている。妻の心には、男とか女とかそんなものを超えた想い人がいることを知っている。

時には嫉妬してしまうこともあったが、今にして思えば滑稽なことだった。お互いに一緒に生きたいと、文字通り命懸けで離れた手を掴もうとしてこの町の夜を駆け回り、結果…掴むことは適わなかった。

そんな相手に勝てる訳がないのだ。

 

歳を取ってから一度、そんなわずかな嫉妬心をこぼしたことがあったが、

『今はあなたが一番ですよ』と、微笑んでいた。

 

来る途中、犬の祠に妻の死を伝えに寄ってみた。普段は何か楽しそうな気配が漂っているのに今日は静かでどこか寂しげな様子だった。そういえば妻が亡くなる少し前から、孫が『おばあちゃんの所にわんちゃんが遊びに来てる』と言っていた気がする。

『でも、遊ぼうとして近付くといつの間にかいなくなってるんだ』とも言っていた。犬たちは妻の死期が近いことを悟って様子を見に来てくれていたらしい。

生前、『子供のころからそうだったんですよ』と言っていたように、妻は時折考え過ぎてどうしたらいいか分からず、身動きが取れなくなってしまうことが度々あった。きっと、彼岸まで道に迷わないよう見送りに行ってくれているのだろう。

 

「さて、そろそろ飛ばすか」

 

彼は大事そうに抱えていた箱から紙飛行機を取出し形を整える。

それから町に向かって紙飛行機、いや、ハルの想いを飛ばす。

 

紙飛行機は風に乗り、すーっと飛んでいく。

飛んでいく先を眺めていたが、その時崖下から風が吹いた。

崖っぷちにいるため身を守ろうと一瞬顔を背け、紙飛行機から目が離れる。

風が収まり紙飛行機の飛んでいた辺りに目を戻すと、紙飛行機の姿はどこにも見えなくなっていた。

 

「彼岸まで飛んで行ったのかも知れないな…」

 

そう呟くと彼は踵を返し、妻のいなくなった家路へと向かった。

 

 

紙飛行機が飛んでいく

 

 ハルの想いを乗せて

 

紙飛行機が飛んでいく

 

 彼岸を越え 時を越え

 

どこまでも どこまでも…

 

 

 

 

『ユイへ

 

 ひっこししてからいろんなことがあったよ

 

 なにからはなしていいかわからないくらい

 

 もうすぐそっちへいくことになりそうです

 

 もしかしたら もうそこにはいないかもしれないけど

 

 あのときみたいにさがすから

 

 きっとみつけるから

 

 またあえるってしんじてるから

 

 だから あうことができたら 

 

 また てをつないであそびにいこうね 』




これにて、このエピソードは終了です。
この深夜廻というゲームをゲームのみ、ゲームと小説、私みたいに小説のみは少数派でしょうか。に触れた殆どの方の想いは、「ハルまたはユイを幸せにしたい」だと思います。他の方々と形は違えど、それは私も同じです。
本当は最初の3話だけが書きたくて(プロローグもなかった)始めたのですが、下書きを書いている最中に頭の中で話がどんどん膨らんできてしまい、ハルが片方の手で掴む幸せを、他の人が両手を使って掴む幸せと同じかそれ以上に。という想いからこんなのになってしまいました。
皆さんの思い描く「ハル」のイメージからは遠ざかってしまったかも知れませんが、私にはこれが精一杯でした。

あとは、次におまけの1話。それから、それからは・・・どうしましょうね?

割と下書きが済んでいるのですが、あまりにも妄想の暴走が過ぎるので、投稿は少々躊躇っています。
でも、「あらすじ」に書いた、「コトワリ様から見た話」だからなぁ。どうしましょ。
続けるかどうかはおまけの後書きまでに考えます。

2019/12/16 脱字を発見したので修正。
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