完夜廻もしくは深夜廻らない   作:トロリスト

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どうにも上手く区切りがつけられなかったので、過去最多文字数となっております。
サイト上の話数ではなく、サブタイ上の話数では「20話」と区切りがいいので勘弁してください。

今回は、クロとチャコの像を設置する前の裏話。です。


第20話 いたずら

コトワリ様が意気消沈してから数ヶ月後、元町長とその幼馴染が数人の工夫を連れて布に包まった大きな物を持ってやって来た。

 

「ねえ、チャコ、あれなんだろう?」

 

「なんか大事そうに持ってるわね。それにとても重そう」

 

2匹はその包みの中身が自分たちを模した石像であることなど知る由もない。

 

「なんか、いつもここにいるおじさんのとなりにいる人、おっかない顔してるねぇ、チャコだいじょう…ぶっ?」

 

チャコは元町長の幼馴染の顔を見るなり体当たりするようにクロにくっついて怯えながら様子をうかがっている。

 

「もう、チャコったら、だいじょうぶだよ。にんげんにはボクたち見えないんだから」

 

「そうは言っても怖い…」

 

「そうかなぁ?ボクはコトワリさまみたいなかんじがするけどなぁ」

 

「ワレがどうかしたのか?」

 

「うわっ、びっくりした!」

 

いつの間にかコトワリ様が真横に浮いている。

びっくりついでにチャコがグイグイ体を押し付けてくる。

 

「ちょ、ちょっとチャコおちついて!」

 

「で、どうしたのだ?」

 

数ヶ月前チャコがやっていたこと、面白そうなのでいつかクロをそうやってからかってやろうと手ぐすね引いて待っていたコトワリ様。

またとないチャンスにわっくわくでクロをからかい始める。

 

(うぅ、なんかコトワリさまってばこの前のチャコみたいだよぉ…)

 

「あの、言ってもおこらない?」

 

「んん?」

 

そんな事はないのだが、驚かせるためにやや怒気を含めて返事をするコトワリ様。

 

(あわあわあわ…どうしよう、チャコ?)

 

チャコに助けを求めようと振り向くと、怯えていたチャコがいつの間にかニヤニヤしている。クロが振り向いたことに気付くと慌ててそっぽを向いた。

 

(ちょっと、チャコひど…い?あれ?もしかしてコレ…だったら)

 

「あのおじさん。コトワリさまみたく見た目はすっっっっっっごくこわいけど、本当はやさしいかんじがするよ?」

 

見た目が凄く怖いを殊更強調して言うクロ。

 

(ぐっ)

 

せっかくのからかいチャンスだったのだが、勘のいいクロに気付かれて速攻で仕返しされてしまったコトワリ様。「本当は優しい」と一応フォローが入っているので角も立たない。別にクロが思ったことそのままなのでフォローという訳ではないのだが。

 

「まあいいだろう」

 

「ごめんねクロ。コトワリ様がなんか、からかいたそうにしてたからつい…おかげで少し怖くなくなりました。ありがとうございました」

 

「そんなつもりではなかったから、そう言われると少し辛いものがあるな」

 

「あ、チャコ!おじさんたちがおうちの前に行ったよ。なにするか見に行こう!」

 

言うやいなや走り出すクロ。慌ててチャコも追いかける。

 

「クロ、ちょっと待ってよ!」

 

祠の前に行くと、ちょうど元町長が話しかけているところだった。

 

『君たちの像ができたぞ。ここにいるしかめっ面したのが造ったにしては可愛くできていると思う』

 

「ボクたちの?」

 

「ぞう?」

 

「ねえチャコ。ぞうってなに?」

 

「わかんない。なんかあの布の中に入っているのがそうなのかも?」

 

「ん~、早くとってくれないかなぁ…あ、ほらチャコ。やっぱりじゃないか!」

 

「なにが?」

 

「ボクたちのぞうってのをつくったのが、あのこわいかおしたおじさんで、なんかかわいくできてるみたいだよ?」

 

「え?あら。そうなの?」

 

「そんなこと言ってたよ」

 

「でも、まだ分からないわ。あの布の中に何が入っているか分かったもんじゃないわ」

 

「チャコはうたぐりぶかいなぁ。だって『かわいく』って言ってたんだよ?きっといいものにちがいないよ」

 

「あなたは疑うってことを知らないだけよ」

 

「むぅ…」

 

「もう…」

 

何やらキナ臭くなってきた所へコトワリ様が割って入る。

 

「クロ、チャコ。見えもしないし触れもしないのだが、勘のいい人間は何か感じて作業の邪魔になるといけない。こっちへ来なさい」

 

「は~い」

 

「わかりました」

 

神社の横までふわふわと移動するコトワリ様の後を追いかけてチョコチョコと、チャコチャコと歩いて行く。

 

「来たな」

 

「ねえ、コトワリさま?あの布の中ってなんなのかな?おじさんはボクたちの『ぞう』って言ってたけど、それと、いったいなにをするのかな?」

 

「そんな事を言っていたのか?なるほど…」

 

「わかるの?!」

 

「何となくはな」

 

「なになに?」

 

クロは興味津々でコトワリ様に詰め寄るのだが、チャコはと言うと、自分が心から信用できる人間はユイちゃんとハルちゃん。そしてハルちゃんの両親。そう考えているチャコ。

ハルを守ると決めてから、自分が心から信用できる人間以外には常に警戒し疑ってかかっていた。しかも今日は自分たちの家の周りで何かをしようとしているのである。

チャコからしてみれば怪しさ満点。クロがコトワリ様に着いて行ったから自分も来たが、ずっと祠の方をチラチラ見ている。

 

「チャコも気になるよね?って、はぁ…」

 

振り向いて警戒心むき出しのチャコを見てため息をつくクロ。

ちょっと困った顔でコトワリ様を見上げてから、意を決して「ガブッ」とチャコの首を甘噛みする。

 

「キャッ!クロ、なにするの?!」

 

「チャコ!いつもみかけるあのおじさんはね、ボクたちやコトワリさまのおうちをつくってくれた人なんだよ。そのおじさんが、ボクたちがいやがることなんてするわけないじゃないか」

 

「え?あの、その…そう、なんですか?」

 

クロに叱られて泣きそうな顔をしながらコトワリ様を見上げる。

 

「そうだ。実際に造ったという訳ではないが、ここにヌシらの家とワレの神社を造るよう周りの人間に指示をだしたのがあの男だ」

 

「クロ…ごめんなさい」

 

「うん」

 

「あのね、クロ、わたし…」

 

「いいよいいよ。チャコがわかってくれたんなら」

 

(あ、そうか。そういう事だったのね。わたしは…)

 

何かに気付いたチャコ。何も言わず許してくれるクロを制して話を続ける。

 

「ダメ。そうやって優しく許してくれるのはクロのいい所だけど、こういう時はちゃんと話を聞いてくれるのがいい雄犬(おとこ)ってものよ?」

 

「…う、うん、わかったよ」

(なんだろう?なんかドキドキする)

 

見た目こそクロに合わせる形となったのか子犬の頃の姿だが、

なにやら雌犬(おんな)の色香を感じさせるようなチャコの振る舞いにドギマギしてしまう。

子犬のままのクロにはちょっと刺激が強いようだ。

 

「あ~、少し向こうに行ってようか?」

 

「きゃっ」

 

「うわっ」

 

「いえ、あの、コトワリ様にも聞いてもらいたいんです」

 

「別にワレは構わないのだぞ?」

 

「大丈夫です」

 

「そうか」

 

クロに向き直り、話し出すチャコ。

 

「あのね、クロ。わたし、ハルちゃんに引き取られて一緒にいることになったんだけど、

ハルちゃん、ユイちゃんいなくなっちゃったし、手も切られちゃったしで凄い落ち込んでたの」

 

クロは自分の知らないハルの少し悲しい話に、珍しく神妙な面持ちになり聞き入っている。

 

「でもね、ある日わたしを抱っこしながらこう言ってた。

『ユイとクロに助けてもらった命。無駄になんかしない。絶対に生き抜いてやる!』って。

そのあと『助けてくれたのはチャコもだね』って優しく撫でてくれた。

それを聞いてわたし、ハルちゃんのことはわたしが絶対に守る!って思ったの」

 

「うん」

 

「でもね、そうやって頑張って生きようとしているハルちゃんのこと、手がないからってからかったりいじめたりする人間がいてね。がっこうって所に行って帰ってきたら一人で泣いてることが時々あったの」

 

「ちょっとひどい!」

 

「………」

 

聞いたクロは怒りを露わにし、コトワリ様はハルを想い、そして人間という生き物について考える。

 

「だからわたしはハルちゃんとハルちゃんのお父さんとお母さん以外の人間はみんな敵!みたいになっちゃって、お散歩に行ってる時、ハルちゃんをからかう人間がきたりしたら「あっち行け!」って吠えて追っ払ってた。おばけだってわたしが吠えて追っ払ったんだから、人間を追っ払うなんてどうってことない!って」

 

「わたしはハルちゃんのために!って思ってたんだけど、時々、ハルちゃん悲しい顔をしたての」

 

「なんで?チャコはハルちゃんのためにがんばってたんでしょ?」

 

クロは幼くして死んでしまったのであまりボキャブラリーがない。

そのため、何か自分で考えて行動することをすべて「がんばる」の一言ですませる傾向がある。

 

「わたしもずっと不思議だった。でもね、さっきのクロを見て理由が分かった気がするの」

 

「ボクを見て?」

 

「うん。クロがわたしのことを何も言わずに許してくれた時。

相手のことを想ってやっていることでも、それがかえって相手を苦しめることがあるって気付いたの。そう思ったら、わたしがハルちゃんにしていたこともそうなのかな?って。

ハルちゃんと仲良くしてくれる人間もいたかも知れないのに、わたしみんな追っ払っちゃった。きっと、あのおじさんみたいにいい人間もいたはずなのに…。

もっとちゃんと考えて行動しなきゃいけなかった…」

 

チャコは後悔の念からボロボロと涙を流している。

クロはチャコに近づき、そっと寄り添う。

 

「もう、いいんだよチャコ。

チャコのしたことはハルちゃんを少しだけ苦しめていたかもしれない。

けど、ハルちゃんのために。ってがんばってたんだから、ぜんぶがぜんぶわるい訳じゃない。

きっと、チャコががんばったから助かったってこともあるはずだよ」

 

(本当にこの子たちは…。ワレも犬という生き物をよく知っている訳ではないが、

この子たちは犬にしておくには惜しい存在であるな)

 

「クロ…ありがとう」

 

「だいじょうぶだよ。きっとハルちゃんにもチャコのきもちは伝わってるから」

 

コトワリ様はじっと見つめている。というより観察している。

本来ならこういう時こそ何も言わずそっと席を外すものだが、そういった辺りまだ空気が読めないコトワリ様。しかしながら段々と「あれ?自分、ちょっと場違い?」的な空気を感じ始めた頃、

 

「あの、コトワリ様」

 

「なんだ?」

 

急に話しかけられて平静を装うのに割と必死なコトワリ様。一言言うのがやっとであった。

 

「今はどうしてだか分かりましたけど、コトワリ様に会ってお話を聞く前までは「ハルちゃんに酷いことした!」って憎んでんです。すみませんでした」

 

「そう思われても仕方のないことをしたのだ。チャコが謝る必要はない」

 

コトワリ様は言うかどうか迷った。これを言うと多少の非難は予想される。

だがチャコのために、言ってあげようと決めた。

 

「チャコ。聞くがよい」

 

「はい!」

 

急にかしこまって話しかけてきたコトワリ様にチャコは緊張して返事をする。

 

「クロの言ったようにハルはヌシの気持ちを理解していたぞ」

 

「そうだったらいいですね」

 

「気休めで言っているのではない。ハルが悲しい顔をしたのは、自分のためにそんなに頑張らなくていい。チャコはチャコらしく生きて欲しい。そう思っていたからだ」

 

「なぜコトワリ様が知っているんですか?」

 

「それはだな…あの夜、ハルが地蔵に隠されていた穴に入ろうとする前、ワレがハルに人間用の大きさのハサミを貸し与えたのは覚えているか?」

 

(…?)

 

生前の、しかも子犬時代のほんの一場面である。顔をしかめ鼻の先にしわを寄せてなんとか思い出そうとする。

 

(……!!!)

 

「あ、はい、覚えています」

 

「ハルはお守り代わりにいつも持ち歩いているのだが、そのハサミはワレの分身と言っていいものなのだ」

 

「ぶんしん、ですか?」

 

「もう一つのワレ、ワレの体の一部。のようなものだ」

 

「えっと、つまり?」

 

「そのハサミを通じてハルを見守っているので、状況はある程度把握していたのだ。ハルはチャコが賢いことを承知していたからな。ヌシがいる前で言ってしまったら自分のために頑張ってくれているのに悲しませてしまう。そう思って、ヌシのいない時にそう呟いていたのだ」

 

「?!」

 

「ちょっと待って下さい!それってハルちゃんの、年頃の女の子のお部屋をいつも覗き見しているみたいなものじゃな…って、クロ、なに?!」

 

チャコが興奮してコトワリ様に詰め寄ろうとしているのをクロが肉球パンチでポコッと遮る。

 

「チャコ、おちついて。コトワリさま、はなしてくれてありがとう」

 

「ちょっと、クロ!たしかにハルちゃんがそう思ってくれてたことを知れて嬉しかったけど、

それとこれとは話が…って、もう!さっきからなに!」

 

またもや興奮しているチャコをクロがポコッと遮る。

 

「ねえチャコ。さっきの話をきいてそんなにおこってるんだよね?」

 

「そうよ!」

 

「うん。だからさ、コトワリさまもはなしたらチャコがおこるんじゃないかってわかってたと思うよ?だけど、チャコがかなしんでるのを見たくなくて、あんしんさせてあげたくて話してくれたんじゃないかな?」

 

「あ…」

 

「あの、そうなんですか?」

 

「さてな?」

 

確かにそうなのだが、話したそばからクロが理解してズバズバ言うものだから気まずいったらありゃしない。

あとで2匹(ふたり)っきりになってから話してくれても良かったんじゃないかなぁと、クロの察しの良さをちょっとだけ恨んでみたりした。

 

「ひとつ聞いてもいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「ちょっと、チャコ!もういいじゃない。ハルちゃんはチャコのきもちわかってて、

ちょっとかなしかったけど、それでもチャコの好きなようにさせてくれてたってことがわかったんだし」

 

(ほんと、クロは優しい。お犬(ひと)よしと言ってもいいくらい。だからわたしがそばにいてしっかりしないと)

 

「コトワリ様がハルちゃんのことを見守ってくれていたことは分かりました」

 

これだけは、一番重要なことを聞いておかねばならない。一度だけスーッと深呼吸してチャコは言った。

 

「いつも、見ていたのですか?」

 

「いや、普段は特になにもしていない。ハルの感情が激しく動いたのが感じられたときだけ様子を見に行っていた」

 

「………」

 

チャコはコトワリ様の言葉の意味と自分の行動を理解しようとしている。

 

(本当にわたしは、あまり考えないで感情に任せて動いてばかりだったのね)

 

「チャコ、これでいいか?」

 

「はい。それだけ聞ければ十分です。声を荒げたりしてすみませんでした。

それと、ハルちゃんのこと、話してくれてありがとうございました」

 

ペコリと頭を下げた。

 

「しゃ…ぼ~ん だ~ま、と、ん、だ…」

 

(え?)

 

コトワリ様はチャコを慰めるため、ハルに引き取られたあと何度も聴いて知っているだろうと思い、あの日、ユイとの別れの前にハルがうたった歌をうたい出した。何年も前に1度だけ聴いた。あの歌を。

 

「や~ね、まで と~ん、だ」

 

昔、神社の近くで子供たちが遊びながら何かをうたっていたのを聴いたことはある。

町の見回りに行った際にどこからか流れてくる音楽を聴いたこともある。

コトワリ様がどれだけの年月を生きてきたかは分からない。

しかし今、コトワリ様は生まれて初めて。という表現が妥当かは分からないが、

自身が神として存在していることを認識してから初めて。

 

歌を、うたった…

 

1度しか聴いたこともなく、初めて歌をうたうという事をしているのでとてもたどたどしく、音階も拍子もバラバラの調子っぱずれで、チョット聴いただけでは何をうたっているか分かりにくい。しかし、「チャコのために」という気持ちだけは籠っている。

だからチャコも直感的に「あの歌だ!」と分かった。

 

(なんで、コトワリ様が知っているの…?)

 

「や、ねまで とんで こ、われて、き~えた」

 

チャコはコトワリ様が本当に自分やクロのことを想ってくれていることを理解した。

そして、コトワリ様の後を引き継ぎ可愛らしい声でうたい出す。

 

「か~ぜ か~ぜ ふくな♪ シャ~ボンだ~ま と~ば~そ~♪」

 

「あの、なんでコトワリ様がこの歌を?」

 

「うむ、ハルが引越す前にあの木の所でうたった事があったであろう?」

 

「はい。でも…?」

 

「あの時、ワレはすぐ近くにいて聴いていたのだ」

 

「あれ?でも姿は見えなかったような?」

 

「普段は他の生き物に見えぬようにしている。ヌシらのような犬という種族には感付かれてしまうこともあるがな。それにヌシらが今、人間には見えぬのと同じことだ」

 

「そうだったんですか。ありがとうございます」

 

「よい。気にするな」

 

「あれ、クロ?」

 

さっきからずっと黙りっぱなしのクロ。珍しいこともあるものだと見てみると。

なにやらうっとりとした様子で歌に聴き入っていたようだ。

 

「これ、ユイちゃんときどきうたってくれたよね…」

 

「そうね。わたしはハルちゃんからもたくさん聴いたわ」

 

「ずるい!」

 

「ずるいって…しかたないじゃない」

 

「ボク、あんまりよくおぼえてないや。チャコ、あとでちゃんとおしえてね」

 

「わかったわ」

 

「やった!チャコ大好き!」

 

チャコが、人間であれば軽く頬を染めて「もうっ」となっているのを気付いているのかどうかという所だが、既に気持ちが切り替わって別のことに気を取られているクロ。

 

「あ、チャコ!おじさんたち、なんかいろいろやってるよ?見に行こうよ!(コトワリさまを見上げて)すこしはなれたところならいいよね?」

 

「そうだな」

 

「ほら、はやくいこうよ!」

 

チャコを促してさっさと走って行ってしまう。

チャコはコトワリ様を振り返り、もう一度ペコリと頭を下げてからクロを追いかけて行った。

 

(ふぅ~、なかなかにしんどかった。上手くうたえていたであろうか?)

 

正直、上手いとか下手とかで表現するのであれば『ド下手』である。しかしこれはそういう問題ではない。コトワリ様がどれだけクロやチャコのことを想っているかを伝えられるかどうかだったのだ。その点については大成功と言っていいだろう。

 

犬という生き物は群れを作って生活する生き物である。そして群れには必ずリーダーとなる1匹が存在する。その犬という生き物で、しかもオスであるクロ。そのクロが1神と1犬というほんの小さな「群れ」ではあるが、その群れの「リーダー」として認め付き従ってしるように見えるのはこういうことだったのか。

コトワリ様の下手クソだが心の籠った歌を聴いたチャコは、ほんの少しだけ心に引っかかっていたそんな疑問についても答えを得た気がした。

 

クロとチャコはコトワリ様に言った通り、少し離れてはいるが作業している所がよく見えるところまでやってきた。

 

「なんか、あなをほってぞうってやつを立てて、ドロドロしたのをいれてるねぇ…。なんだろうあれ?チャコ、わかる?」

 

「わかんない」

 

「むぅ、はやくあの布とってくれないかなぁ…」

 

というクロの気持ちとは裏腹に、像に布をかけたまま作業が続けられ一旦お開きとなってしまった。

 

「あれ?かえっちゃった」

 

元町長らが帰っていったのを見て、コトワリ様も様子を見に来る。

 

「どうなった?」

 

「あのね、なんか布をかけたままかえっちゃった」

 

コトワリ様は少し近づき作業状況を見る。そうそうこのような場面に出くわすわけではないが、なんとなくまだ作業途中で仮設置しただけの状態であることだけは分かった。

 

「ふむ。まだ作業は終わってないようだな」

 

「そうなの?ならなんでかえったの?」

 

「ん?そうだな。ワレも人間の使う道具についてはあまり詳しくはないのだが、あの地面に流し込んである白い物。あれはセメントとかコンクリートとかいう物でな。

何かを固定したりする時にああやって使う物らしい。つまり、あの布をかけてある物を立てた状態で固定するためにああしているのだ」

 

「あの、固定ってことは、あれをそのまま立てただけではグラグラするから動かないようにってことですよね?」

 

クロが「こていってなに?」と聞きたそうにしていたのでさりげなく助け船を出すチャコ。

 

「そういうことだな」

 

「でも、あれ、なんかドロドロしてたよ?かたくなさそうだよ?」

 

「あれは時間が経過すると…しばらく待つと固まる性質らしい。固いままでは中にものを入れられないであろう?」

 

「…!そっか。だからかたまるまでぼうとかでうごかないようにおさえているんだね」

 

「そういうことだ」

 

「かたまるのをまたなくちゃいけないからかえったのか。ふ~ん」

 

なんとなく子犬らしいいたずら心が首をもたげ、クロはチョコチョコとそばまで近寄り、えいっとばかりに前足で突っついてみる。

 

「あ…」

 

「どうしたの?」

 

慌てて駆け寄るチャコ。勢いあまり…

 

「あら…」

 

「何をしているのだ?」

 

コトワリ様も慌ててやってくる。…が、コトワリ様は浮いているので間一髪セーフ!

見ると、まだまだ乾いていないので、可愛らしい子犬の足跡が2つスタンプのようにポンポンと押されていた。

 

(まさか、足跡がついてしまうとはな…。興味津々であったから現世への干渉が出来てしまったのか…)

 

 

「クロ、どうしよう…」

 

「ボクたちおこられちゃうかな?」

 

(どうだろうか?あの男は子供たちが犬の声を聞いたという話でクロがいることを理解してはいるだろうが、実際に姿を見たという話もなければ本人にも見えていないからのぅ。

足跡からして野良犬か野良猫の類と考えられるかも知れぬが、幸いにもこんな山の上まで犬や猫はまず来ないからな。

散歩に連れられた犬はたまに来るが、人間が付き添っている訳だからここが作業中と見て取ればここまで近づくこともないであろうし、ここに足跡がついているのを見れば間違いなく『いる』と確信して喜ぶのではないだろうか?)

 

「コトワリさま?」

 

「ん?おそらく大丈夫だと思うぞ。むしろあの男は喜ぶのではないかな?」

 

「そうなの?だって、なんかやってるのをじゃましちゃったんじゃないの?」

 

「まあ、次に作業にやってきた時の反応を見てみるがよかろう」

 

「クロ、コトワリ様はああ言って下さっているけど、来た時はちゃんと謝りましょうね」

 

「うん!」

 

(ホントにこの子たちはいい子だ。最初に拾ったユイ。チャコについてはその後引き取ったハル。いい飼い主に恵まれたようだ)

 

数日後、乾き具合を確認するために一人でやってきた元町長。作業する者らはこの町の者であるので作業する際は現地集合。としてもいいのだが、一応、この作業の責任者であるから、ここに来る前に集合し作業に使う道具などを一緒に点検してから先導する。という形をとったほうがいいだろうと、小屋には泊まらず作業の間は実家で寝泊りすることにしていた。本当は小屋に寝泊まりして毎日「まだかな?乾いたかな?」と見に行きたかったのだが、流石にいい歳してそれはせわしないかな?と自粛したのだ。

ざっと見回し、棒でツンツンした感じではだいたい乾いてきている。これだったら明日には次の工程にすすめるかな?と思っていた所。

 

「?!」

 

クロとチャコがつけた足跡を見つけた。

あのおじさんが来た!と、謝るために慌てて駆け寄って来たクロとチャコ。驚きに目を見開いているおじさんの顔を見てオロオロしだす。

 

「チャコ、やっぱりおこられるかも…」

 

「は、はやく謝りましょう」

 

「「ごめ…」」

 

「なんということだ!」

 

2匹揃って謝ろうとした矢先、元町長が大声を出したものだからビックリして止まってしまう。

 

「どうしよう、おこってるのかな?」

 

「わからないわ、チョットだけ様子を見てみましょう」

 

「おやおや、なんともこれは…」

 

元町長は野良犬や野良猫の類とは思わず、クロまたはチャコの足跡と疑いもしなかった。

子犬らしい好奇心から来る可愛らしいいたずらに目尻が下がっている。

 

「ねえチャコ、コトワリさまの言ったとおりよろこんでるよね?」

 

「でも、喜んでたとしても、ちゃんと謝らないと。今度こそ言うわよ」

 

「うん」

 

「「ごめんなさい!」」

 

ギュッと目をつぶりうなだれるクロとチャコ。

もう何年も神社の近くで寝泊まりし、その近くを主神はふわふわと漂い、隣に祀られているクロの霊体もチョコチョコ走り回っているのである。

それに加えて最近はチャコも加わっている。そんな環境にさらされた結果、感覚が磨かれて鋭くなっている元町長。

先ほど聞こえた気がする犬の鳴き声に謝罪の色を感じ取り目を細める。

 

「クロ、足跡が2つあるからチャコもかな?今回に限り何も言わないよ。これで作業する連中にも君たちがいることの証になる。だからと言って、こういう時に毎回毎回いたずらしないでくれよ」

 

元町長はにこやかにそう言った。

コトワリ様は浮いているのでセーフ!だったのだが、もし勢い余りつんのめってハサミを突き立てていようものなら、どちらかの像が傾いて固定されていたかもしれないことを元町長は知らない。そうなっていてもにこやかにしていられただろうか?

実はコトワリ様はその可能性に気付いて内心ヒヤヒヤしていたのだが、クロにもチャコにも内緒である。

 

「おじさん、ありがとう!つぎからは気をつけるからね!」

 

「あ、わたしもです!」

 

またもや聞こえた犬の鳴き声に、元町長は嬉しそうに「うんうん」と頷いて明日の作業の段取りをしに帰っていった。

 

翌日、作業再開となった訳だが、元町長は嬉しそうに作業員たちに「ホラ、これを見てみなさい!」と、しきりにクロとチャコの足跡を示していた。

作業員たちはクロとチャコの存在を普通に疑っている者も多かったが、半信半疑くらいにはなったようだ。

実際のところ、クロとチャコのつけた足跡部分は土に埋まる土台部分であったため、見ることができたのは元町長と作業をしにきた数名の特権となった。

このまま埋まってしまうのはもったいないということと、クロとチャコへの記念というか戒めというか、そんな思いで元町長が足跡部分の写真を撮っておき、後日祠の中へ飾ったのだった。

 

しかし作業は進んでも一向に布は取らない。クロとチャコは「なんだろう?なんだろう?」とモヤモヤした毎日を過ごすことになる。

コトワリ様は「楽しみに待っているといい」とだけ言って静かに浮かんでいた。

 

それから仕上げやら何やらで1週間ほど経過し、やっと全ての作業工程が終わってお披露目の日がやって来る。




文中に使用している歌「シャボン玉」は1995年に著作権が失効しています。

いやぁ、まさかコトワリ様に歌をうたわせることになるとは思わなかった。
この辺りを突然思いついたので、頓挫していた「ハルにうたわせる」をやらなくては!
と、頑張って調べたわけです。

2019/12/29 後書きを一文字修正。なんだ?ジャボン玉ってw
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