お披露目の日。なにやら家の周りに人間がたくさん集まっている。クロとチャコはそんな日であることは与り知らぬことなので不思議に思った。
「ねえ、チャコ。なんでこんなにたくさんにんげんがあつまっているんだろう?」
「なんでかしらね?そう言えばハルちゃんと一緒にいた頃、神社とかでは時々神様へのお礼だったりご先祖様へ感謝したりする『お祭り』っていうのがあるって聞いたことがあるわ。それなのかしら?」
「おまつり?」
「うん。なんか色んな食べ物を作る人とか、おもちゃを売る人とかがたくさん集まるんだって。あと、みんなで踊ったりもするみたい」
「なんか、たのしそうだね」
「ハルちゃんもお祭りが楽しみだったみたい」
「チャコは行ったことないの?」
「あたしは…ホントはハルちゃんが行くところにはどこにでも着いて行きたかったんだけど、すっごくたくさんの人間が集まるから犬は連れて行けないみたいで行けなかったの」
「そっかぁ。でも、もしここでそのおまつりってのをやるんだったら、ボクたちにんげんには見えないから見に行くことができるね」
「そうね。でも、この集まりはなんか違う気がするわ」
「ん~、なんなんだろうね?」
2匹して「???」となっている所へコトワリ様がやって来る。
「どうした?」
「あ、コトワリさま おはよう」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「きょう、なんでこんなににんげんがあつまっているのかな?」
「ん?」
言われてみて初めて気づいたのかキョロキョロ見回してみると確かに妙に人間が集まっている。
そして、いまだ布をかぶせたままのクロとチャコの像の脇にあの男がにこやかな顔をして立っている。
(なるほど)
「あのね、チャコとはなしてたんだけど、おまつりってやつじゃないかな?って」
「ん~、そうだな、近いかも知れぬがちょっと違うな」
「しってるの?」
「知っていると言うより、何が起こるかなんとなく理解した。というものだ」
「なになに?」
「なんですか?」
珍しくチャコも興奮してクロに被せるようにコトワリ様に質問する。
「楽しみに待っているがいい。と言ったことが起こると思われる」
「それって?」
「おそらく、像のお披露目…あの布を取る日なのであろう」
「ホント?!」
だいぶ待ち侘びたのであろう。クロもチャコも目を輝かせている。
「ちかくにいってみてもだいじょうぶかな?」
「他ならぬヌシらに関わることだ。堂々と見に行ってくるがよい」
「やった!」
「ほら、クロ、さっさと行くわよ!」
と言うなりチャコが勢いよく走り出して行ってしまった。
珍しく行動的なチャコにクロもコトワリ様も唖然として顔(?)を見合わせるばかりであった。
「チャコ…、あんなにおじさんたちのことうたがってたのに…」
「どうしたクロ、いつものヌシらしくない。置いて行かれてるぞ」
「あ、もうあんなとこまで!じゃあ、ちょっといってきます!」
「ちょっとぉ、チャコォ まってよぉ…」
コトワリ様は元気よく走り出したクロを楽しそうに見つめていた。
もし顔があったなら、クロとチャコの足跡を見つけて嬉しそうに目を細めていた元町長と同じ表情をしていたことだろう。
「もう、おいてくなんてひどいよぉ」
「何言ってんのよ!あたしのことを置いて先にどっか行っちゃったのはクロの方でしょ!」
「ごめん…」
「あ…、あたしの方こそごめんね。クロは別にそうしたかった訳じゃなかったのにね」
「もう!チャコったら!なにか楽しいことがあるかも?ってときにそんなはなししちゃだめだよ」
「そうだね。ごめんね クロ」
そう言ってチャコはクロにすり寄り甘える。最近、隙あらばイチャイチャしようとするクロとチャコ(主にチャコ)。クロはと言うと、勘は鋭いのだがこの手の事には疎いため、しょっちゅうはぐらかしている(とチャコは思っている)。
そして今回も…
「あ、チャコ!おじさんが布をとったよ!」
肩透かしを食らってバランスを崩しそうになるチャコ。
(クロったらいつもこんな感じ。普段コトワリ様とお話ししている時はあんなに勘が鋭くてズバズバ言うのに…)
ちょっとだけコトワリ様に嫉妬を覚えたチャコだったが、クロの「布をとった」の一言でなんとか我に返る。
「どう?どうなってるの?」
「チャコ!見てごらん!ボクたちがいるよ!」
「何言ってるのよ!あたしたちはここにいるじゃない…て、ホントだぁ」
「『ぞう』ってこのことだったんだぁ」
「そういうことだったのね。銅像とかそういう意味の『像』だったのね」
「なんだ、チャコしってたんじゃないか」
「ハルちゃんのとこにいて人間のこと色々聞いたりしていたけど、そこまで分かってる訳じゃないもん。それに『ぞう』だけだと他にはでっかい動物もいるみたいだから聞いただけじゃよく分かんないもん」
「でっかいどうぶつ?」
「うん。ハルちゃんに『ずかん』っていうのを見せてもらったんだけど、大人のぞうは…え~っと、コトワリ様より大きかったわよ」
「そんなおっきいどうぶつがいるんだぁ、そうなると、このまえコトワリさまがいってたクマっていうのよりおっきいんだろうなぁ」
「そうね。クマよりも大きいわね」
「クマもしってるの?」
「うん。さっき言った『ずかん』っていうのに載ってたわよ」
「へぇ、ボクもみたかったなぁ」
「でもクロ?あなた、よくクマのことを知ってたわね?」
「ん?それはね…」
その時である。クロがうっかり危ういことを言ってしまいそうになったことに気付いたコトワリ様。
(!!!!!!)
もう、ビュンッというかシュッというかギュイィィィン!というか、瞬間移動できることも忘れ、そんなことを思い出すのももどかしく、もの凄い速さでクロとチャコの後ろに現れる。あの速さは、間違いなく音速を超えていた。
もし実体があったのなら、周囲一帯は大変なことになっていたことだろう。
「クロ、チャコ…あの男の話を聞いておかなくていいのか?ヌシらへの感謝を述べているぞ」
「そうなの?チャコ、ちゃんときかなきゃだ」
「そうね!コトワリ様、教えてくれてありがとうございます」
「うむ」
(危ない所であった。クロのやつ、いったい何を口走ろうとしているのだ…)
「えっと、おじさんの言っている『しょうじょたち』って、ユイちゃんとハルちゃんのことだよね?」
「だぶんそう。あらら、そんなに褒められたら照れちゃうわ。ね?クロ。あたしたち、ハルちゃんやユイちゃんを守りたかっただけなのにね」
「そうだよね」
「え?そうなの?」
元町長の話に耳を傾けていたチャコが驚きの声を上げる。
「なにが?」
「あの、夜になると出てくる『おばけ』とか言われるやつ、もう出ないの?」
「そうそう、あのでっかいのをハルちゃんがやっつけてからどんどんへっていったみたいで、ボクがここで目をさましたときにはほとんどみかけなくなったんだって。じつはボクも目をさましたあと見たことないよ」
「そうなんだぁ」
「あ!コトワリさま ごめんなさい」
「どうした?」
「えっと、あんまりあのでっかいのをやっつけたやっつけたって言ったら、きぶんがわるくなるってやつだよね?」
「そんなことはないぞ?人間はそう思っているではないか」
「でも、ボクたちはほんとうのことしってるよ?そのことでコトワリさまがかなしかったりくるしかったりしたことも。だから、しっててそういうふうにいうのは『しつれい』ってやつだよね?」
チャコはビックリして目を見開いている。コトワリ様も動きが止まって固まっている。まさかクロの口から『失礼』なんて単語が飛び出してくるとは思いもしなかった。
「そう、そうよね。クロ、よく気付いたわね」
「ふっふ~ん。じゃあ、いいなおすね」
「えっと、あのでっかいのとコトワリさまがひとつになってもとにもどってから、よるにでてこなくなったんだよ」
「うんうん」
「………」
「どうしたのコトワリさま?」
「いや、なんでもない。なんでもないぞ。ワレは神社に戻っているからヌシらはここで最後まで見ているがよい」
「わかった」
「わかりました」
アレがいなくなったことで人間に感謝される。それはそれで少々複雑だが嬉しいものではある。
しかし、被害を受けた当事者であるクロとチャコ。その2匹から理解して貰えたこと。そのことが何よりも嬉しかった。
コトワリ様は自分でもよく分からない感情に支配されていた。
(この、体を震わすような感覚はいったい何なのだ?
以前、クロが涙を流していた時、『涙というものは悲しい時だけでなく嬉しい時にも流すらしいがワレには理解できぬ』そんな事を考えていた記憶がある。
『嬉しい時に涙を流す』というのは、もしや、こういう時のことなのか?)
コトワリ様はまた一つ生き物の感情について理解を深めた。もし、クロもチャコもいない状態で縁結びと縁切りの神を続けていたら辿り着けなかった所に来ている。
しかし、これが縁結びと縁切りの神である存在にとって是であるか否か、それを理解するまでにはさらに時間を要する。
話を自分たちの像の近くにいるクロとチャコに戻そう。
「あ、やっぱりほんとうだったんだね」
「なにが?」
「ほら、ぼくたちのぞう、かわいくできてるって」
と言いながら実際のチャコと像のチャコを見比べて…
「あれぇ?もしかしたら、ほんものよりかわ…」
ゲシッ!!!
クロが悪ふざけして言おうとしたことを言い終わる前にチャコ、渾身の肉球パンチが炸裂する!
「うわぁぁぁっ!」
叫びながらクロがコロコロ転がっていく。もしチャコが人間でボクシングを志したのなら、世界を狙えるほどの右ストレートだった。
「ちょっと、チャコォ じょうだんだってばぁ」
ガバッと立ち上がり慌ててチャコへ駆け寄るクロ。
「もう、知らないっ!…て、あれ?」
「チャコォ…わふっ?!」
いつの間にか元町長の挨拶が終わり、子供たちやその親たちが像の近くに集まって、思い思いにクロやチャコにお礼を言いながら像を撫でたりペチペチ叩いたりしている。
「なんだか子供たちがあの像をなでたりするとわたしたちにも背中辺りを撫でられた感じになるみたい」
「そうみたいだねぇ」
クロもチャコも久しぶりに撫でられる感触にうっとりしている。しかしチャコは、ハルの元でハルとその両親とに思うさま身体を蹂躙されて(モフられて)きたのだ。
こんな背中を少し撫でられた感覚程度でチャコの撫でられたい欲求が収まる訳がない。
身体をひねってみたり、仰向けにひっくり返ってみたりと試してみたが、やはり背中を撫でられたような感覚しかない。
(う~ん、クロはどうなのかしら?)
気になってクロを見てみると、さっきと同じお座り状態のまま目をつぶり少し上を向いてうっとりしている。
(クロはたくさんモフられなくても満足なのかしら?)
そんなことを考えているチャコ。どうしたものかと思っていたらうっとりとした口調でクロがつぶやく。
「わふぅ、これはぁ…あれだねぇ」
「ん?なあに?」
「あのこたちの『ありがとうってきもち』だねぇ」
(え?!どういうこと?)
チャコはじっとクロを見つめる。
近くにコトワリ様という物を教えてくれる者もおり、生きてはいなかったにせよ同じ位の時間は過ぎていたはず。
なのに、いつも言うことも中身も子犬のままであるクロ。コトワリ様が甘やかしすぎている?いやいや、今はそういう話ではない。
そんな子犬のままのクロなのに、考えていることやものの感じ方がなんだか自分よりもずっと成犬(おとな)と言うか、なんだかまた自分を置いて遠くに行ってしまったような…そんな気がして少し寂しくなってしまった。
チャコはクロの言っていることがよくわからなかったので、試しにとクロの横に行き同じようにお座り状態になりやや上を向いて目をつぶり、感覚を澄ませてみる。すると・・・。
さっきまでは分からなかったのだが、感覚を澄ませてみて分かった。
たしかに撫でられる感覚は背中をそっと撫でられたようなものだけ。それは変わらない。
しかし、なにか暖かいものが身体に染み渡りとても心地いい。
これがクロの言う『ありがとうって気持ち』なのだろうか?
これで、自分も少しはクロに近付けただろうか?
チャコは『どうやったらもっと気持ちよくモフられるか?』しか考えていなかったことが恥ずかしくなり、堪らなくなって甘えるようにクロに身体を摺り寄せた。
身体に何かがぶつかってきた衝撃を感じて少し目を開けたクロ。チャコが自分に寄り添ってくっついていることに気付いた。
なにやらチャコの寂しそうな気配を感じたクロは、また目をつぶり何も言わず自分の頭をそっとチャコの頭に重ねた。
そんな2匹を、平静を取り戻したコトワリ様が静かに見守っていた。
チャコが、チャコが…。恋愛小説もどきのノリに持っていこうと画策しているのではあるまいか?と疑いたくなるような動きをし始めます。
多少は、あとの展開がやりやすくなる場合もあるのですが、
チャコには自重してもらいたいです。