完夜廻もしくは深夜廻らない   作:トロリスト

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今回は、懐かしい声のあの子登場。そしてフラグブレイクしたコトワリ様。です。

あ、どんなフラグをブレイクしたかは私しか分からないのか…。それについては、本当の最後の最期の活動報告に書く予定の『あとがき』にでも。注:忘れなければ。


第23話 おかあさん

ハルがクロとチャコの像に会いに来てから数か月。今度は1人でやって来た。

元町長に「両親にもこの町が安全になった事がわかったので、時々は遊びに来るお許しが出たんです」と嬉しそうに話をしているのを近くで聞いていたクロとチャコ。大喜びである。

 

ハルは、来たのはいいけど何もしないのもよくないから…と、神社の掃除や雑用を手伝うようになった。

元町長としては町の救世主とも言える女の子にそんな雑用を…と思いはしたが、じっとしていると色々と考え込んでしまうので体を動かしていたい。そう言われたら強くダメとも言えず、ハルの思うままにさせてくれた。

 

「チャコ、きいた?」

 

「うん」

 

「ハルちゃん、ときどきここにあそびにきてくれるんだって」

 

「よかった。ハルちゃんと離れてしまったから、どうなったか心配だったけどこれなら様子が分かっていいわ」

 

しかしチャコは何度かハルが遊びに来た頃から、クロには理解できない行動をとり始める。

 

「ねえ、チャコ?」

 

「なあに?」

 

「なんで、あのおにいさんがくるとチャコはいつもにらんでるの?」

 

「なんで?って、ハルちゃんに悪い虫がつかないようによ!」

 

「むし?あのおにいさんはにんげんだよ?」

 

「そういう意味じゃないわよ」

 

「どういういみ?」

 

「え?あの、それは…」

 

ハルと一緒にいる間に色々と聞いて覚えてはいるのだが、なんとなくニュアンスだけ。といった感じで覚えているので、いざ「意味は?」と聞かれると答えに困る。

 

「チャコもわかってないじゃないか」

 

「わかってるわよ!えっと、あの男がハルちゃんに意地悪しないかどうか?ってこと」

 

ちょっと意味合いは違うのだが、とりあえずクロにそれで十分だろう。

 

「でも、ボクはあのおにいさん。いいひとだとおもうよ?コトワリさまからきいたんだけど、いつもいるおじさんの『まご』っていうんだって」

 

「まご?」

 

「うん。あのおじさんのこどもの、そのまたこどもなんだって」

 

「ふ~ん」

 

それがどうしたの?と言わんばかりの反応である。

クロは、どうしたものかと考えていたが最近のチャコの行動から、こうしてみたらいいかも?というのを思いついたので試してみることにした。

 

「ねえ、チャコ?ボクはあのおにいさん。いいひとだとおもうんだけど、チャコはちがうの?ボクのことしんじらんない?」

 

ねぇ?という感じで小首をかしげてチャコを見つめる。

チャコはまさかクロがそんな攻勢に出てくるとは思いもよらず不意を突かれてたじろいでしまう。

 

「あの、クロちがうの、あの…、そういうんじゃなくて、わたし…えっと、ごめんなさい。でも…」

 

「でも?」

 

「ううん、そうよね。クロがいい人だと思うって言うなら、きっと」

 

「うんうん。ハルちゃんともなかよしみたいだし、いじわるなんてしないよ」

 

(たしかに意地悪はしないと思うけど、うん。クロの言う通りわたしもいい人だと思う。だけど、ハルちゃんに相応しいかどうかはちゃんと見極めてやるんだから)

 

「チャコ?」

 

「え?なんでもないわよ」

 

「よかった」

 

チャコのお兄さんに対しての疑いも晴れたみたいだしクロはご機嫌である。

確かに疑いは晴れた。晴れたのだが、その事とハルに相応しいかを見極めることは別問題である。

 

それからというもの、クロとチャコはハルがやって来るたびにハルの足元にじゃれつき、時には掃除をしているハルがゴミをチリ取りに掃き入れるのにチリ取りを抑えるなどのお手伝いをしたりした。

ハルには見えていないのだが、ある時を境に急に掃除が楽になったような気がする。もしかしたらクロとチャコがお手伝いしてくれているのかも?と、そのものズバリを当てていたのだが、見えていないので確証はなかった。

チャコは勘のいいクロに気付かれないよう、細心の注意を払いハルに近づくあの男をさりげなく見張っていた。

 

ハルがここに遊び兼手伝いにやって来るようになって数年が経った。

今日はあの男がなにやらハルに対してよそよそしい態度をとっている。それに感付いたチャコ。

 

「やっぱり!あの男、とうとう尻尾を出したわね!」

 

思わず声に出してしまったため、クロが不思議に思いお兄さんの後ろへ回り込み、

 

「ないよ?」

 

「クロ、そうじゃないのよ。あの男、やっぱりハルちゃんの事は遊びだったのよ!」

 

「そうだよね。いつもなかよくしてるよね」

 

「あの、だから、クロ?」

 

「なあに?」

 

「取り込み中のところ悪いのだが、チャコに聞きたいことがある」

 

コトワリ様ナイスタイミング!

 

「なんでしょうか?」

 

「ふむ、先ほどあの男がな、ワレの神社に参拝してこう願ったのだ」

 

『ハルへのプロポーズが上手くいきますように』

 

「その『ぷろぽおず』なる単語が何を意味するか分からなかったものでな。人間の元で長く暮らしてしたヌシであれば知っているかと思うて聞きに来たのだ」

 

「プロポーズですって?!」

 

「チャコどうしたの?」

 

「どうもこうもない!あの男ぉぉぉ…」

 

クロもコトワリ様もチャコの突然の激昂ぶりに目を白黒させている。まあ、目があるのはクロだけだが。

 

「して、チャコよ、どうなのだ?何やらその単語に反応しているようなので知っていると思うのだが?」

 

コトワリ様もクロに影響されたのか状況にかかわらず、のんびりとした口調でチャコに再度尋ねる。

チャコもそののんびり具合に少し毒気を抜かれ、やや落ち着きを取り戻した。

 

「すみません。取り乱しちゃいました。あの、プロポーズというのは「結婚してください」って言うことです」

 

「ん、そうか。婚姻の契りを交わす約束を取り付けるために言うことか。それならそうと最初からそう言ってくれれば良いものを…。チャコよ。助かった」

 

縁結びの神様が『プロポーズ』の意味が分からないって…。

しかもチャコの『結婚してくださいって言うこと』だけで『婚姻の契りがどうの…』と小難しく変換できるのに何故?

いくらつい最近まで自分を見失っていて世事には疎いとしても、それはあまりにもチョット…。と突っ込みたくなる方が続出しそうですが、抑えていただけると有難い。実は知っててクロを助けに入っただけかも知れないですしね。もしくは、チャコともう少し仲良くなりたかった。かな?

 

「いえ、どういたしまして。って、それどころじゃない!」

 

そう言うと、チャコはあの男へと一目散に駆けて行った。駆け付けたそばから何やら騒いでいる。

「今日、ハルちゃんにそっけない態度を取ってるクセになに言ってんのよ!」とか聞こえてくる。

 

「チャコ、どうしちゃったんだろう?」

 

「ふむぅ、チャコは、ハルがあの男と結婚することになるかも知れん事が気に食わないらしい。

しかし、ハルとあの男の縁の結びつきは、結婚してもおかしくないほどに強くなっておる。あとは当人同士の気持ち次第。といった所であるから、チャコが何と言おうと別段何かが変わるとは思えぬのだが…」

 

チャコがクロに対しても突然激しくなるのを何度も見ている。慣れてしまったのか妙に落ち着いているコトワリ様である。

 

「あの、さっきから言ってる『けっこん』て?」

 

「ん?そうだな、ヌシにわかりやすく言うと『つがい』になることだな。あの男はその約束をしようとしているらしい」

 

「けっこんかぁ…」

 

クロにも何か思うところがあるのか、なにやら考え込み始めた。

のちに考えが纏まり、クロのとった行動は周り(と言ってもチャコとコトワリ様だけだが)を巻き込み、大変な騒ぎなるのだが、『結婚』という単語について説明したコトワリ様本人、神である身でも想像がつかなかった。

 

あの男の『そっけない態度』についてだが、彼にしてみればこれからプロポーズしようと思っている相手なので、恥ずかしくて顔を合わせられない。というものである。

恋愛感情に疎いクロとコトワリ様、多少は理解できるがハル第1!で頭に血が上ったチャコには分からなかった。

 

そんなチャコの一人騒ぎをよそにあの男、元町長の孫はハルにプロポーズをする。

 

クロとチャコ(クロが落ち着かせるため首根っこをくわえてなんとか引きずってきた)、コトワリ様、そして元町長は神社の陰からハルたちの動向を窺っている。

元町長以外は見えていないのだから陰に隠れる必要はないのだが、なんとなくそんな気分になっていた。

 

『はい…、私でよければ…』

 

元町長がガッツポーズをとる。クロも、

 

「ハルちゃん、やったあ!これであのおにいさんと『けっこん』てやつをするんだよね?」

 

「おそらくな」

 

「チャコ?」

 

チャコはまだ納得がいかないのかご機嫌斜めである。

 

「仕方ないわ、ハルちゃんがいいって言うならわたしが文句をいう筋合いじゃないし…」

 

「チャコ、ほら。ハルちゃんすごくうれしそうだよ?」

 

いまだモヤモヤしたものを抱えてはいるが、大好きなハルちゃんがすごくうれしい時に自分1匹(ひとり)だけ不機嫌な顔をしているのは、嬉しそうにしているハルに対して失礼である。

 

「そうね、ハルちゃんのハレの日だものね。本当におめでとう」

 

と、チャコが言ったのとほぼ同時に、遠くから聞こえてきた囁くような小さな声…。

 

『ハル おめでとう』

 

(!!!!!!)

 

いち早く気付いたコトワリ様。クロとチャコはやいのやいの騒いでいて気付いていない。

 

(気付いておらぬか。たしかに、か細い囁き声のようなものであったから仕方がないか)

 

先頃チョットだけ頑張っている姿を見せはしたが、最近のコトワリ様はいじられキャラ…もとい、クロのおもちゃ…ん、ん~…。

コトワリ様ごめんなさい。どうやっても上手い表現が思いつきません。と、作者も放棄してしまうほどにクロとチャコと話している時の威厳のなさと言ったら…。

しかし、誰からもいじられキャラと認知されようとも、まごうことなき『神』である。

人々の声なき声を聴き、その願いに応え縁を結び、そして切るのである。声の大小ではなく、そこに籠った想いを聴いている。

なので、普通に聞けば囁き声ほどの大きさでも、この祝福の言葉に籠った想い。それにより、コトワリ様には大声で叫ばれたも同然であったのだ。

 

(ユイ…、ヌシは…。よくぞワレにも気付かれずにいられたものだ。それに、クロとチャコがしょっちゅうあの木の周りを歩き回っているというのに、何故我慢できたのだ?

あの2匹には姿を見せてやってもよかろうに。これも、親友であるハルのためなのか?だとすれば何という精神力の持ち主であることか。

むっ、なんと?!こうしてはおれぬ!急がねば!)

 

コトワリ様はユイのある変化を感じ焦る。

 

「クロ、チャコ、そこに並べ」

 

普段穏やかであるコトワリ様が突然、命令口調で話しかけてきたのである。クロもチャコも面食らってキョトンとしている。

 

「え?なに?」

 

「早くせよ!」

 

「うん、わかったよ…」

 

いまいち状況が呑み込めないがコトワリ様の焦りを感じてお座りの姿勢をとるクロ。そして何が何だかわからないが、クロの隣に同じようにお座りするチャコ。

 

「よし、クロ 目をつぶれ」

 

「うん」

 

クロが目をつぶったのを確認したコトワリ様は地面すれすれまで降りてきて、クロの頭の上に手をかざす。

それを見たチャコは(撫でてくれるのかしら?だったらあんなキツイ言い方をしなくても…)と考えていたが、違ったらしく。

 

「よし。クロもういいぞ」

 

「あの、何があったの?」

 

「説明は後だ。次、チャコ 目をつぶれ」

 

「は、はい」

(もしかして、クロじゃなくてわたしの方を先に撫でてくれるのかしら?)

 

とかなんとか都合のいいことを考えていたチャコだったが、当然ハズレである。

 

「よし。チャコも目を開けてよいぞ…」

 

(ちょっと撫でて下さるんじゃなかったの?)

 

最近のクロのはぐらかしで少しストレスの溜まっていたチャコは、クロですら思いもよらぬ行動に出る。

なんと、コトワリ様の手に向かって突進し、頭突きを敢行したのだ!

 

(!!!)

 

「…チャコ?!」

 

これにはクロもビックリして目を見開いている。が、「その手があったか!」という表情をしている。

コトワリ様はあまりのことにビックリどころの騒ぎではなく、もう驚愕の上に驚愕し、思わず神社まですっ飛んで行ってしまい、陰からこちらを窺っているという有様である。

 

「え?え?コトワリさま?」

 

クロにとってはこっちの方がチャコの頭突きよりビックリ案件だったらしい。

 

「ちょっとチャコ、コトワリさまビックリしてにげちゃったじゃないか」

 

「だって、撫でてくれると思ってたのに全然そんなことなかったものだから、つい…」

 

気を取り直したコトワリ様

 

「クロ、チャコ。あの木の所まで行け!」

 

「木の所?なんで?」

 

「疾く行け!」

 

「とく?」

 

「早く行け!時間がない!」

 

先ほど逃げて行ったままに神社の陰から少し姿を覗かせた状態で言っているものだから少々締まらない。

 

「うん、わかったよ。木まで行けばいいんだね?」

 

「そうだ」

 

「わかった。チャコ、行こう」

 

そう言って木に向かって走り出す。チャコはもっとハルちゃんの嬉しそうな顔を見ていたかったのだが、クロが行ってしまった以上、自分も行かない訳にはいかない。渋々とクロの後を追いかけた。

 

(行ったか…。しかし、なんともふわっとしていたな。ふわっと…。いかんいかん、そんな場合ではない!急ぎ、準備をせねば…)

 

感想が思春期真っ只中の男子中学生が、不意にクラスの女子に触れてしまってドキドキしているような感想なのは如何なものかと思うのだが…。

 

初めてハサミ以外の部位かつ切る以外の目的で触れた生き物の感触。それもふわっふわな雌犬の毛並みの感触。

思わず余韻に浸りそうになるが慌てて気を取り直し意識を集中する。

コトワリ様はいったい何をしようと言うのか?

 

かつて山の入り口までハルを送り、そして姿を消したユイ。ハルのことを想うあまり彼岸へは渡らず、ハルを見守るために自分が命を絶ったあの木の下でひっそりと、誰にも知られぬように存在していたのだ。

幼いながらも少しだけある知識で、今の自分は地縛霊のようなものだろうと考えた。それに、クロのように祠が建てられている訳ではないのでいつ力尽きて消えてしまうかもわからない。

そういった理由で、本当はクロとチャコが目の前に来た時は抱きしめたかったのを必死で堪え、力を温存し、ただそこに、ハルを見守るために。という想いだけで存在していた。

実はクロとチャコの祠。クロとチャコの亡骸が眠っているというのも大きな要因だが、元町長が子供たちにも分かりやすいよう子犬をメインに押し出してもいるから犬の祠と思われがちである。

しかし正式には「町を救った少女たちと子犬たちへの感謝の祠」である。

つまり、ユイにも僅かながら力が流れていたということである。そうでなければ、いくらハルへの想いが強いとしても、こう何年も持ち堪えられなかったであろう。

しかし今、ハルがプロポーズを受ける所を見届け、幸せになるであろうことを確信した。これで自分の役目は終わった。と、現世への執着がなくなり、自らの意思で彼岸へ渡ろうとしている。

そのため、急速に現世との縁が薄れていっている…。

それを、コトワリ様はクロとチャコに話しをさせるため、自らも礼と謝罪を伝えるため、急速に薄れていくユイと現世との縁を繋ぎとめようとしていたのだ。

 

(危なかった。あと少しで間に合わない所であった…)

 

少しの間だけになると思うが、なんとかユイを現世に留めることに成功したコトワリ様。次にクロとチャコへ渡すためのあるモノをイメージし始める。

数秒後、そのイメージが固まる。

 

「よし、準備は整った。さて、ワレも行こう」

 

そう言うと、コトワリ様はクロとチャコを追いかけて移動し始めた。

 

一方、コトワリ様に言われるまま理由も分からず木に向かっているクロとチャコ。クロが前方に異変を見つける。

 

「ユイちゃんだ…」

 

なにやら感極まったような涙声でクロが囁く。

 

「クロ、どうしたの?」

 

「ユイちゃんだ!ユイちゃんだよチャコ!」

 

「そんな…?」

(だってユイちゃんは)

 

「ユイちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

混乱するチャコをよそに、クロは木に向かってまっしぐらに走って行ってしまった。

 

「ちょっとクロ?ユイちゃんって、え?ユイ…ちゃん?」

 

走って行ったクロを見たとき、その先に木が見え、そしてその下には…間違いない!

 

「ユ、ユイちゃぁぁぁぁぁぁん!」

 

気付いた時にはチャコも猛ダッシュになっていた。

 

「ユイちゃん!」

 

後ろ足で立ち上がり前足でひしっと、もう離したくない!と言わんばかりにユイの足にしがみ付く。

 

「ユイちゃん!」

 

遅れてやってきたチャコも同様に、空いている方の足へ前足でひしっとしがみ付く。

 

「ク、クロ?チャコ?どうして?(あれ?クロとチャコの話していることが分かる)」

 

「ユイぢゃぁぁぁん、コドワリざまがね、木の…どこ、いけって…そしたら、ユイちゃんが、ユイ、ちゃん…が…うわぁぁぁぁん!」

 

もう本当に二度と会えないと思っていたお母さんみたいに思っていたユイ。そのユイに会えたのだ。例えもう死んでいるとしても、自分だって同じである。そんなことなんかどうでもいい。

ユイにまた会えた。そのことだけが重要なのだ。

チャコはクロが感極まって言ったこと。自分も同じことをやりそうだったので何も言わず泣きながらユイにしがみ付いている。

そこへ後を追ってきたコトワリ様が追いついた。

 

「間に合ったようだな」

 

「ヒッ」

 

ユイは一瞬たじろぐ。あの夜、一度は邂逅している。しかし一瞬のことである。ここにいて遠くからクロにからかわれているのを見ているので怖い存在ではないと認識している。

しかし、見た目がアレである。実際に間近で会って話をしてきた訳ではないので、急に近くに来られてはどうしてもそんな反応になってしまう。

 

「コトワリさま、ありがとう。ユイちゃん、ユイちゃんだよぉ」

 

「本当に、ありがとうございます」

 

飼い犬であるクロとチャコが普通に話をしているのである。自分も怖がってなんかいられない。

 

「あの、コトワリ様、でいいんですよね…?」

 

「そうだ」

 

「あの、なんで分かったんです?」

 

自分は誰にも気付かれないよう気配を殺していたのである。何故気付かれたかが不思議でしょうがない。

 

「ふむ、先ほどヌシが言ったハルへの祝福の言葉。囁き声程度ではあったが、ヌシのハルへの想い。そのおかげでワレには他のどんな声よりも大きな声に聴こえたのだ」

 

「そうだったんですか」

 

「あまり時間がないので、手短に済ませること申し訳なく思う」

 

「あの、なにを?」

 

「あの夜のことだ。ユイ、そしてハル。そなたらの働きによりワレは元の存在に戻れた。礼を言う。そして、ワレが自分を見失っていたがためにヌシを助けられなかったこと。本当に申し訳ない」

 

ユイは絶句する。犬であるクロやチャコは、神様と言われてもいまいちピンときていない。だが、ユイは人間だ。まだ幼かったとは言え神様というものがなんなのかは、なんとなく知っている。

その神様に、お礼と謝罪をされたのである。まあ、見た目はアレだが…。

 

「あたしは、ハルと手をつなぎたかっただけ。そういうふうにお礼を言われたりあやまられたりしても別になんとも…」

 

「そうか、強いな。ヌシは…」

 

「でも、ハルや、この子たちのこと。ありがとうございます」

 

「ヌシらが成したことに比べればどうということはない」

 

「あたしは、そんな…」

 

「あ、あの、ユイちゃん。その…」

 

クロが、なにやらモジモジしながらユイに話しかける。クロのそんな姿を初めて見るチャコとコトワリ様。チャコは「どうしたの?」と言いたかったが、モジモジしながらも何やら神妙な気配を感じて口をつぐむ。

生きていた頃の自分とユイであれば人間と犬なので言葉は通じない。今も人間と犬という関係は変わらない。だけど体がない。

クロはなんとなくだが、言葉が通じないのは体があるからじゃないかな?と考えていた。体があるとその形をした者同士でないとうまくお話しできない。

悲しいことではあるけど、ユイも自分も死んでしまって体がない。だから今こうやってお話しできるんだろう。そう考えた。

そして、これを言うならお話しできる今しかない!そう思ってユイにこう言ったのだ。

 

「ユイちゃん。あのね」

 

「なあに?クロ」

 

ユイはしゃがんで優しくクロの頭を撫でる。

 

「あのね。ユイちゃん。あのね。ボクね、ユイちゃんってゆってるけど、ユイちゃんじゃなくてちがうよびかたしたいんだけど。いい?」

 

「ん?なんてよびたいの?」

 

コトワリ様はそんなユイの、自身が子供でありながら、相手が犬であるにも関わらず、まるで我が子に接するような母性溢れる優しい仕種に、ユイの、強いては母の強さを垣間見た気がした。

 

「あの、お…」

 

「お?」

 

「おかあさんっ!」

 

そう言ってしゃがんだユイの膝にしがみつく。

 

「お母さん?」

 

「うん。ボクほんとのおかあさんしらない。でも、ボクをみつけてくれて、ごはんくれて、あそんでくれて。だから、ユイちゃんがボクのおかあさんなの!チャコもそうだよね?」

 

(忘れてた…)

 

チャコはユイに可愛がって貰った時間より、ハルに引き取られて可愛がって貰った時間の方が遥かに長い。そのため、犬の習性である相手の序列付けも、いつの間にかユイよりもハルが上になってしまっていた。

しかし、そんな事は関係ない。クロの言ったように、一番最初に自分を見付けてご飯をくれて遊んでくれた。それはユイ以外の何者でもない。

ユイの事を忘れたことは1日たりともない。幼い日にハルと約束したからではなく、自分でもそうすると決めていた。だけど、序列が変わってしまったがために一番重要な「ユイちゃんが最初のお母さん」であることを忘れてしまっていたなんて。

 

(ユイちゃん、ごめんなさい…)

 

そうは思ったが、思い出すことのできたチャコ。そうなればする事はひとつしかない。

 

「お母さん!」

 

先ほど、足にしがみ付いた時と同じように、今度はクロがしがみ付いている膝と反対の膝へしがみ付くチャコ。

 

(あたしが、この子たちのお母さんかぁ。なんか、悪い気はしないな)

 

「クロ…、チャコ…」

 

ユイは2匹を抱きしめる。

 

「ホントに、本当に、クロとチャコはあたしの自慢の子供たちだよ…」

「それとチャコ」

 

「なあに?」

 

「あたしの代わりにハルのそばにいてくれて本当にありがとうね」

 

「うん。でもお母さん。わたし、ハルちゃんに近付く人間をみんな追払っちゃったの。ハルちゃんと仲良くしてくれる人もいたかもしれないのに…。ごめんなさい。わたし、あんまりいい子じゃなかった」

 

「そんなことないよ。チャコはいい子だよ。ハルだって、きっとチャコの気持ち分かってくれてるはずだよ」

 

そう言ってチャコを優しく撫でながら微笑んだ

 

「うっ、グスッ…おかあさぁぁぁん!」

 

いつもクロに対してややお姉さんぶった態度を取っているチャコだったが、本当に心から甘えられる母親。そんなユイが相手では、どう足掻いても子供になってしまう。これは、例え序列が変わってユイより上になったハルでも。その両親でさえも。チャコにとって『唯一無二のお母さん』であるユイには敵わない。

 

クロもコトワリ様も、普段とは違う甘えん坊なチャコにほっこりしている。

 

だが、コトワリ様に突然の変化が…。

 

(ぐっ、そろそろか…もう少し、今少し持ってくれよ…)

 

何やらコトワリ様の苦しそうな気配を感じたクロ。何をしているか分からないけど、きっと自分たちのために何か頑張ってくれているに違いない。

そう思い、コトワリ様のお手伝いがしたい。クロはそう願った。その時である。

 

(ん?何か少し楽になったような…はて?)

 

変化に少し戸惑い辺りを探ってみると、あろうことかコトワリ様を助けるようにクロから力が流れてきているではないか。

 

(クロ、ヌシは…?何が起こったかを考えるのは後にしよう。しかし、助かった)

 

そろそろ、この別れの締めくくりをしなければならない。

 

「ユイよ…」

 

「は、はい」

 

「汝はよくやった。死して尚、友への想いのため此岸に留まり、ワレやこの子たちにも気付かれず、よく耐えた。この子たちが近くに来た時、ハルがやって来た時、どれほど辛かったか。その辛さは考えるに余りある。

ユイよ…、もはや、現世の苦しみはそなたのものではない。ゆっくりと休むがよい」

 

やはり、神様は神様である。こうやってまともに話していれば威厳もある。ユイはただただ頭を垂れ、今までの自分を労ってくれている神に感謝していた。

例え見た目がアレで、このような事になったそもそもの原因がコトワリ様自身であったとしても。もう済んだことだ。

人間だって完璧なのはいない。きっと神様だってそうなんだろう。それでも目の前の神様は自分を見失っていた時とは言え罪を認め、人間である自分にもなんの躊躇いもなく謝罪してくれた。

そんな神様が見守ってくれるのなら、ハルはきっと大丈夫。そう確信したユイ。もう、逝こう…。覚悟を決めた。

 

その覚悟を見て取ったコトワリ様。クロとチャコに向かい、2匹には寝耳に水なことを言い出す。

 

「クロ、チャコ。ユイを彼岸まで案内してくるがいい」

 

「え?ボク、いきかたしらないよ?チャコしってるの?」

 

「わたしだって知らないわよ」

 

「先ほど、ヌシらに目をつぶらせワレが手をかざしていたのは覚えているな?」

 

「うん」

「はい…」

 

「その時、彼岸の場所と行き方を伝えていたのだ」

 

「あのとき?チャコが撫でてもらえるとおもってたのに撫でてくれなかったからずつきしちゃったとき?」

 

「そうだ。おかげで、危うく間に合わない所であったがな」

 

「だって、あの、その、ごめんなさい」

 

「すまぬ。言い方がキツかったな。別に怒ってはおらぬから安心するがよい」

 

(この子たちは神様相手になにをやっているの…)

 

やや呆れながらもそんな我が子らを頼もしく、そしてこの子たちならきっと大丈夫。そう思うユイであった。

 

「コトワリさまはいっしょにきてくれないの?」

 

「彼岸はワレの管轄外だからな。神とは言えあまり関係のないものが行く訳にもゆかぬ。その代わりといってはなんだが、これをヌシらに贈ろう」

 

そう言って、先ほどイメージしていた物を具現化する。

クロとチャコの前に現れたのは、犬用の首輪であった。色見はコトワリ様の持っているハサミ同様にやや赤黒く、お世辞にも「キレイ」とは言い難い。

それに、何故か必要もなく誰もつける者もいないのに、ご丁寧にリードを引っかける金具まである。

そして、本命はコトワリ様の持っているハサミを模した小さいハサミ型のチャームだ。

 

「えっと、これ、くびわってやつだよね?」

 

町のパトロールをクロとチャコに任せっきりにしている訳ではない。自分でも見回っている。その時、犬を散歩させている人間を見かければ後をつけて観察していたのだ。

クロとチャコに渡したかったのは首輪ではない。それに付けている小さいハサミ型のチャームがコトワリ様が本当に渡したかったものである。

ただ、犬に何かを持たせるのは至難の業なので、犬が違和感なく身に着けられる物は何かないか?と色々と観察した結果。首輪が妥当であることが分かった。

それならば首輪に付ければよい。前々から考えてはいたのだが、どのタイミングで渡すか迷っていた。今回はその絶好のチャンス到来という訳である。

 

「そうだ。ん?」

 

見ると、チャコが大喜びではしゃいでいる。

チャコはハルに引き取られた後、成長し小さくなったり使い古してボロボロになって首輪を新しい物に付け替える時などにハルから、

「チャコ、かわいいよ~」とか、「似合ってるぅ」とか言われてきたのだ。

そのためチャコにとって首輪というものは『犬のオシャレアイテム』という認識になっている。

今回、コトワリ様から贈られた首輪の色自体はまあ、何というかあまり好みではなかったが小さいハサミ型のチャームはいたく気に入った。

もう、わふわふ言って飛び跳ねるやらひっくり返ってゴロゴロ転がり回るやら、体全体で喜びを表している。

 

クロはというと、生きていた頃ユイとお散歩をする時に着けられていた記憶はあるが、首輪について特に思い入れはない。

なのでチャコよりも冷静に首輪について観察していた。

 

(これって、コトワリさまのハサミといっしよ?)

 

クロは、ここで目を覚まして間もない頃、コトワリ様とケンカして飛び出し、祠から少し離れた山中で眠りについたことがあった。翌朝、コトワリ様が夜のうちに近くの地面にハサミを刺し、そのハサミで祠の力を自分に渡してくれていたのを発見した。その出来事を思い出していた。

 

(そっか、コトワリさまはほんとうはくびわじゃなくって、ボクたちがおうちからはなれてもだいじょうぶなように、このハサミをわたしたかったんだ)

 

「コトワリさま、ありがとう!」

 

わふわふ言っていたチャコも起き上がり、

 

「ありがとうございます!」

 

本当に嬉しそうである。こんなに喜んで貰えるなら、もっと早く贈っていれば良かったか?

だが今はそんなことを考えている暇はない。

 

「ユイよ、この子らに着けてやってくれぬか?」

 

「はい」

 

ユイが返事をするやいなや、チャコは首輪をくわえてユイのもとに駆け寄りユイの前に首輪を落として「早く早く」と催促するように首をクイッと持ち上げて尻尾をパタパタ振って待っている。

 

ユイはこうして子供たちと最期の時間を過ごせるようにしてくれたコトワリ様に感謝しながらチャコの首に首輪を巻く。

 

「これで、よし!っと。うん。チャコかわいいよ〜」

 

そう言って両手でチャコの顔を挟み込み、自分の顔を近付けてウリウリウリ〜っとやる。

チャコ、ご満悦である。

 

「次はクロ。こっちにおいで」

 

「うん」

 

と言ってユイに向かって歩き出したところで、

 

「ちょっとクロ!首輪!」

 

チャコに叱られてしまった。クロはチャコほど首輪に思い入れがないため、「こっちにおいで」と言われてそのまま首輪を持たずに向かってしまったのだ。

 

「あ、そうか!」

 

「もう、しっかりしてよクロ」

 

「ごめんごめん」

 

慌てて首輪を拾いユイの元へ。

 

「はい、おかあさん。おねがい」

 

と言ってチャコと同じように首をクイッと上げて首輪を着けてくれるのを待つ。

 

「はい、できた。男前だよ。クロ」

 

と言ってチャコと同じに両手で顔を挟み込んでウリウリウリ〜っとする。

そして、少し悲しい顔をしてクロに尋ねた。

 

「ねぇクロ?」

 

「なあに?」

 

「あたしのこと、恨んでない?」

 

「なんで?」

 

「なんで?って、だってクロ。あたしがハルを探すために連れて行っちゃったからアイツと戦うことになって、クロは死んじゃったんだよ?」

 

「でも、ボクがついてくのイヤがったら、チャコがおかあさんについて行っちゃったかもだよ?そしたらボクじゃなくてチャコがあのでっかいのにたたかれて、ボクよりさきに…。そんなのボク、イヤだからね!そんなことより、ボク、おかあさんまもれなかったんだよ?おこってないの?」

 

(そんなことって…もうっ!)

 

「クロ…!」

 

堪らずクロを抱きしめる。

 

「わっ、なに?どうしちゃったの?」

 

「怒ってないよ。そんなこと、できる訳ないじゃない…」

 

少しの間クロを抱擁(ぎゅっ)したあと、袖口で涙を拭って立ち上がろうとしたユイ。チャコが「わたしも!わたしも!」と言いたげに、後ろ足で立ってピョンピョンしている。

 

「はいはい」

 

と言ってもう一度しゃがんでチャコを抱擁(ぎゅっ)する。いっしょにがいい!と隙間からクロが頭をねじ込んでくる。もうお互いに生ある者ではないので生き物同士が触れ合った時の温もりは感じない。しかしそういうものとは別に、なんだか暖かい何かが、クロやチャコから伝わってくる。

いつだったかクロとチャコが、像を撫でられると、自分らも撫でられたような感覚がある。と騒いでいたのをここから見ていた。

その時、クロは確かその感覚ががあることを『子供たちのありがとう。という気持ち』そう言ってなかったか?つまりはそういう事なのだろう。この心地良い暖かさは、クロとチャコのあたしに対する『気持ち』なのだろう。これで、大丈夫。この子たちのこの『気持ち』を決して忘れまい。母親として、お姉さんとして、そしてハルと同じように、友達として…。

 

(本当にこの子たちは…。うん、もうこれで悔いはない!)

 

ユイは名残惜しいがクロとチャコの抱擁(ぎゅっ)をそっと解き、静かに立ち上がりコトワリ様を見つめてから一礼する。

 

(ありがとう、ございました)

 

(そろそろ、かな?)

 

クロは、とうとうおかあさん(ユイ)を彼岸へと見送る時が来たことを察した。

 

「コトワリさま、ありがとう。もう、だいじょうぶだよ」

 

(なんとまあ、ワレがユイの現世との縁が薄れていく事を食い留め、限界が近くなった事を察してワレに力を分けてくれていた事。それとなく気付いているな?察しが良い、察しが良いとは思うていたが、ここまでとは…)

 

「ふむ、クロよ。助かったぞ」

 

「えっと、どう…どういたさまして?」

 

「『どういたしまして』よ、クロ」

 

チャコが耳打ちする。

 

「あ、そっか。どういたしまして」

 

(この子たちは本当に『おはしみたい』にいいコンビみたい)

 

「それでクロ、さっきの『大丈夫』ってなに?」

 

「それは、あとでね」

 

と言って、なんと!パチッとウィンクをしたではないか!

 

(え?ちょっちょちょちょ…、クロったらなに?えぇ?!)

 

つい数秒前に『どういたしまして』を言い間違えたクロと同一犬物(どういつじんぶつ)か?!

 

そんなチャコの狼狽をよそに目をつぶって何やら集中して、『うんうん』、『そっか』、『そうするのか』とかブツブツ言っている。どうやらコトワリ様から伝えられた彼岸への行き方をシミュレーションしているらしい。

 

それに気付いたチャコは、(いけない、わたしもしなきゃ!)と、慌てて集中する。(なるほど、そういうことなのね)と、さっきクロがブツブツ言っていた事を理解した。

 

「さて、ユイよ。先程伝えた通り、彼岸へはクロとチャコが案内してくれる」

 

「なにからなにまで、ありがとうございます」

 

「うむ。そして、クロ、チャコ。ヌシら…」

 

コトワリ様が話しているのを遮り、クロが元気よく、

 

「まかせといて!じゃあ、いってきます!」

 

チャコも

 

「行ってまいります」

 

そう言い、1人と2犬という種族を超えた親子は、コトワリ様にペコリとおじぎをし、段々と姿が薄くなり、そして完全に消えた…。

 

残されたコトワリ様。

 

「クロ、ヌシは…」

 

そう呟くと、自分の神社へとふわふわ帰って行った。心なしかその後ろ姿は、寂しそうだった。




おい、なんか急に話が長くなってないか?と、思った方。ハイ、その通りです。申し訳ないです。
1話4000〜6000文字を信条として参りましたが、今話よりどうしてもちょうどいい長さでの区切りが見出せないことが増える気がします。
なので信条を曲げて、と言うより曲げざるを得なくなり、今話10000文字超とか…。数話前の最多文字数を速攻で更新してしまいました。読み応えがあるとかなんとか、良い方に捉えて頂ければ幸いです。
それでもホラ、入力可能最大文字数の10分の1以下だし。とか言い訳してみる。

出すかどうか最後まで迷っていたユイですが、夜な夜な枕元から、なにやら犬の唸り声が聞こえるような気がして…。で、登場させたのはいいけど、なぁんか色々と…。
タグに「ご都合主義」あるからいいよね?ね?
ご都合主義にも程がある!と、お叱りがあっても、来たら来たで紳士に…じゃなくて真摯に受け止めさせて頂きます。

ちなみに、私が世界で1番ふわっふわだと思う物は、『冬毛になった雌猫の腹毛』です。
猫派の私にとって、これは譲れない。
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