クロとチャコが2匹だけのパトロールでは限界がある(町全てをカバーできない)と痛感し、同族である犬に飼い主やお散歩中に見かける子供たちを見守って欲しい。そう頼みに行った2匹。
多少、因縁を付けられチャコが怯えた“ふり”をすることはあったが、チャコが危惧していたクロが傷つくほどの人間嫌いな犬に出会わなかったのでホッと胸を撫で下ろしていた。
そしてそのお願いが承諾されたことにより、パトロールの隙間を埋めてもらうことに成功した。しかも、飼い犬であれば子供に限らずそこに住む家人をカバーできるためクロとチャコはやり遂げたことの大きさに気分上々だった。
しかし、それでも完全ではない。クロは、その隙間さえ埋められるよう猫にも助力を求めようと考えていたが、パトロールの隙間より犬と猫の仲の悪さの隙間を埋めることの難しさに断念していた。
いずれは・・・!と諦めきれないクロであったが、今のところは妻であるチャコにも止められているので行動には移せないでいた。
チャコも止めはしたが、クロの他の生き物への先入観のなさや偏見のなさっぷりに、いつかは猫も理解を示して上手く行くだろうと信じていた。
クロとチャコは、ハルの子供と遊ぶのに(姿が見えないので一方的にではあるが)夢中になり、パトロールが疎かになってしまったことを反省し、遊びに行くのは週に1度くらいに留めるようになっていた。
町の子供たちは自分の子供。その考えであればハルの子供を特別扱いするのはいささか不自然ではあるが、そうであっても誰がクロとチャコを責められよう?
それほどまで2匹にとって、ハルは特別な存在なのである。ましてやチャコにとっては2人目の『母親』でもある。その子供であれば更に特別なのは言わずもがなである。
ハルは、今や義理の祖父となった元町長。老年に達してから山の上の神社の裏手にある小屋で一人で寝泊まりするなど、色々と頑張りすぎた結果。無理がたたったのか入退院を繰り返すようになっていた。
そんな義理の祖父にとってひ孫にあたる自分の子供が最初に発した言葉が『わんわん』だったことを見舞いがてら話に行った。
「もしかしたら?とは思っていたんですが、神社までに行く途中に近所の人が犬を散歩している所に出会ってもなんの反応を示さなかったのに、祠についてクロとチャコの像を見たとたんに『わんわん!わんわん!』と騒ぎ出したので、もう間違いないなって」
元町長は目を細めて嬉しそうに話を聞いている。
「はっはっはっ、それだけ君の子供が気になってしょうがなかったのだろう。私ももう歳だ。いい冥途の土産が聞けて嬉しい限りだ。そうやって本来は目に見えないものを感じ取る感性を大事にして貰いたいものだ」
「そうですね」
医者から病状について聞いているハルは、冥土の土産などの言葉を聞いて『大丈夫ですよ』などの気休めを言うことも躊躇ってしまい、ただ顔を伏せてしまうばかりであった。
元町長は、そんなハルを見、自分のために気を使わせてしまっていることに申し訳なさを感じ「自分の体のことは自分がよく分かっている。お前さんが気にすることじゃない」と、逆に励ますほどであった。
それが、ハルと義理の祖父とが交わした最期の言葉であった。
最期に話をした内容が、ひ孫がクロとチャコを感じて『わんわん、わんわん』騒いでいるという楽しい話ができて良かった。しかし、本当に冥土の土産となってしまったことに少し胸を痛めていた。
荼毘に付され葬儀も執り行われた元町長が、そのままあっさり彼岸に渡るなどというありふれた最期になることはなく「死んで魂になったのなら!」と、彼岸へ渡る前にコトワリ様の神社へとやってきていた。
「あれ?あのおじさんだよね?だいぶ『おじいさん』って感じになってたと思ったんだけど、なんかちがうね?」
「言われてみればそうね?」
元町長は亡くなった時の姿ではなく、町長をしていた頃のまだ若々しい姿で神社を訪れていた。そして、自らも死んでしまったのならきっと見えるはず。と、一目クロとチャコ。できればコトワリ様に会っておきたくてやってきたのだ。
神社の近くまで行き、キョロキョロと辺りを見回す。黒い毛並みと茶色い毛並みの子犬の姿が見える。
「お!もしかして、君たちがクロとチャコかね?」
まさか人間に話しかけられるとは思っていなかったのでびっくりするクロとチャコ。
「うん。そうだけど、おじさんはあのおうちにいたおじさん?」
と言って前足で神社の裏手にある小屋を指す。
「おお、君たちの言っている事が分かるではないか。凄いなこれは。一度は死んでみるもんだ」
などど、しきりにクロの話したことが分かることに感動している。
「ああ、すまんすまん。そうだ。あの小屋に住んでいたおじさんだよ」
「そうなんだ。あの、もしかしておじさん・・・」
何か言いたげにモゴモゴというクロ。
「そうか、私が死んでいるかどうか気にしてくれているんだね。本当にいい子たちだ。そうだ。私は先日亡くなっている」
「あの、ならなんで、彼岸へ渡らないんですか?」
おっかなびっくりチャコも話し出す。
「ん?そんなことまで知っているのか君たちは?いやあ、賢い子達だ。そうだな。渡ろうとは思っているのだが、その前に君たちやコトワリ様にお礼を言いたくてね。死んだのなら話ができるんじゃないかと思ってきてみたのだよ。そうしたら見事に話ができて感動しているんだ」
「おれい?それだったら、ボクたちもだ。ねえチャコ?」
「そうね」
「ボクたちにおうちをつくってくれてありがとう」
「ありがとうございます」
「まさか、その事でお礼を言われるとは思わなかった。君たちがしてくれたことに比べれば大した事はしていないよ。でも、気に入ってくれたのなら良かった」
「では、私からも言わせてくれ。この町を救ってくれてありがとう」
そう言って深々と頭を下げた。
「ボクたち、ユイちゃんとハルちゃんを助けたかっただけだから、おれいなんていわなくても」
「そうです。わたしもハルちゃんをユイちゃんに会わせてあげたかっただけですから」
「それでもだ!君たちのしたことはこの町が平和になるきっかけとなったのだ。これは、誇っていいことだよ」
「そうなの?」
「そうだ」
「ふ~ん。よくわかんないけど、町がへいわになって、おばけもでなくなって、みんながわらってるんだったら、いいことなんだよね?」
「そうね」
(この子たちは本当に…)
元町長は目頭が熱くなるのを感じた。
話すときに既にしゃがんでいたのだが、さらに目線を低くするために地べたに胡坐をかいて座り込んでしまう。そして。
「クロ、チャコ」
「なあに?」
「なんですか?」
「本当に、君たちは…」
と言って2匹まとめてわしゃわしゃとモフり始めた。
「わ、わ?なに?」
「どうしたんですか?」
「何というか、こうせずにはいられなかったんだよ。そうだ。それと、子供たちを見守ってくれて本当にありがとう」
「えっと、どう、いたしまして」
「はい、よく言えました」
「もう、チャコったら」
「でも、どうして子供たちを見守ろうとしたんだい?」
「あのね、ボクが町をおさんぽしてたときにね、みちをわたろうとした男の子がよこからきたくるまっていうのにきづいていなくてね」
「うんうん」
「で、あぶない!っておもってこえをかけたら男の子にきこえたみたいで、びっくりしてたちどまったらくるまがビュンッって」
「ほう」
「そしたら、男の子が『わんちゃんありがとう』って言ってくれて、それがうれしかったからがんばろうっておもったの」
「そうか…何度言っても言い足りない。本当にありがとう」
「いまはチャコもいっしょだからチャコにも言ってあげて」
「そうだな。チャコ、君も本当にありがとう」
「いえいえ、わたしはクロのお手伝いをしているだけですから」
人間でもここまで清々しい者はそうそういない。元町長は感激に感激しまくっている。そこへ、何やら騒がしくなっているのを感じたコトワリ様がやって来る。
「どうしたのだ?今日はやけに騒がし…い、ん?おお、ヌシは」
元町長はガバッと立ち上がり、ズボンのすそを払って居住まいを正して一礼する。
「コトワリ様。此度はこの町のために有難う御座いました!」
「そんなに畏まらずともよい。顔を上げなさい。ワレのしたことはワレにしか出来ぬ事であったとはいえ、そこにいる2匹とその飼い主であり母親でもあるユイとハルのおかげである。ワレのしたことはほんの些細なことだ」
「もう済んでしまったことだ。それに、ワレにも新しい社を造ってくれたからな。ワレからも礼を言わせてくれ」
「いや、そんな、畏れ多い…」
元町長はコトワリ様が普段クロとチャコにからかわれていたりすることを知らないため、神様が相手ということで恐縮しまくりである。まあ、それが普通の反応であるのだが。
「おじさん、そんなにならなくてもだいじょうぶだよ。ね?コトワリさま?」
「それはそうなのだが、真面目に話をしているのだからまぜっかえすでない」
「は~い」
元町長もクロがまるで友達や友達の親と話すかのように気軽にしているので、おや?と思い『大変ですな?』と、苦笑いをしてコトワリ様を見つめる。
「まあ、この子たちのおかげで楽しく過ごさせて貰っておる。ヌシもあまり畏まるな。とは言え人間には難しいか」
「はい。流石にあの子たちのようにあそこまで気軽にはできないです。よし、これで、コトワリ様にもクロとチャコにもお礼を言えましたし、私はこれにて…」
「じゃあ、ボクたちがひがんまでみおくりにいってあげるよ。ね、チャコ?」
「そうね。行きましょう」
「いいのかい?」
「だいじょうぶだよ。1回いったことあるから」
「行ったことある?」
「うん。ハルちゃんがプロポーズってのをされたあとに、おかあさんをおくりにいったの」
「お母さん?」
「え~っと、ユイちゃんのことだよ」
「あの子を?しかしプロポーズの時?あの子の亡骸が見つかってからだいぶ経っていないか?」
「それはな。あの子はハルを見守るために此岸に留まっていたのだ。ワレにも、クロとチャコにも知られずただハルのために…」
「そんな…」
「そしてプロポーズを受けたハルを見て、ハルの幸せを確信し、自らの役目は終わったと、彼岸へ渡ったのだ」
「本当に2人の仲は…、そこまで相手に想われ、そして想うこと。そんな相手がいたことはハルちゃんにとって幸せなことだったのでしょう。辛かったでしょうがユイちゃんも」
「そうだな…」
1人と1神はユイが誰にも知られずハルを見守っていた心の強さに心からの称賛を送った。自分の義理の孫となったハルに、ここまで想ってくれる相手がいたこと。本当に幸せ者だな。と考えずにはいられなかった。
「では、コトワリ様。最後まで本当にお世話になりました。これからも町の事、お願い致します」
そう言って改めて一礼をする。
「ふむ。ワレの力の及ぶ限り任せてもらおう」
「ボクたちもいるからね!それに…」
「その話は見送りがてら話すがよい。この男と現世との縁は間もなく切れる」
「わかった。じゃあ、いってきます」
「行ってまいります」
と言って元町長の足元に駆け寄る。元町長も最後にもう一度おじぎをし、そして姿を消した。
「ふう、あの男、最期まで面白い男であったな」
今回は特に、こう言ってはなんだがあの男と一緒に彼岸へ渡るとは考えもしないだろうと、あえて渡りたければ渡ってよい。とは言わなかった。
その証拠に、ユイの時は帰って来るまでに3日かかったが、翌日には、
「ただいま!」
「ただいま帰りました」
帰って来た。
「あれ?そういえばこんかいはコトワリさま、なにも言わなかったね?」
「ん?流石にあの男とは一緒に渡ろうとは思わぬと分かっていたからな」
「ボクたちのこと、よくわかってるぅ」
「もう、調子に乗らないの!」
(問題は、次、だ…)
帰って来たクロとチャコは、まあ特に何も変わらずいつもと同じように過ごしていた。
時は流れ、ハルが段々と『おばあちゃん』になっていくのを見守っていたクロとチャコ。
「ハルちゃん、おばあちゃんになっちゃったね。これで、いきていられるじかん。じゅみょうってのがなくなると死んじゃう」
「そうよ。どうしたの?」
「ん?なんかね。ボクたちはずっとかわらないのに、いきているハルちゃんとかはとしをとっておじいちゃんやおばあちゃんになって。そのひとたちをみおくる。ちょっと、さびしくなっちゃって」
「どうするの?わたしたちも…」
「ううん。なんかよくわからないけど、ボクたちなんていうか…」
少し落ち込んでいるような感じで色々考えているクロにチャコはどう声を掛けたらわからずに戸惑うばかりである。
「う~ん。よくわかんないことをかんがえてもしかたないよね。いままでどおりチャコといっしょだったらべつにいいや」
「わたしもよ」
寄り添う2匹。だが、自分たちの変化を知ることになる出来事がもうすぐ起こることを知る由もなかった。
最初のきっかけは、ハルが亡くなったこと。
「とうとう、ハルちゃんも…」
「そうね。子供の時にあんなことがあって大変だったけど、幸せだったと思うわ」
流石にハルが亡くなってしまってはいつもの明るさも鳴りを潜めているクロ。コトワリ様も心配そうに様子を窺っている。
そんななか、義理の祖父である元町長と同じ考えをしたらしく、ハルの魂もまた、彼岸へ渡る前に神社へとやってきていた。
コトワリ様はハルの魂の姿を見て、左腕があることに安堵する。コトワリ様が縁と共に断ち切った左腕。物理的なものだけでなく、縁という概念的なものも同時に断ち切っている。
その断ち切った左腕は当然、ユイに繋がっている。もし、ユイとの縁を結びなおした結果が失敗であれば、今世での魂は左腕がない状態となるはずである。
その左腕があるということは、結びなおしたユイとの縁が保てていることに他ならない。
クロとチャコの像が出来た時に訪れた際にも確認しているが、魂の状態を見るまでは安心できなかったコトワリ様。これできっと…。
「あ、ハルちゃんだ」
「え?本当だ!ハルちゃぁぁぁぁん!」
チャコは一も二もなく走っていく。
(あれ?なんでハルちゃんこどもなんだろう?)
ハルも元町長と同じく、亡くなる直前の姿ではなく子供の頃、しかも左腕がある。何故あるかは上で説明したとおりであるが、クロにはとても不思議に思えた。
「ハルちゃん!ハルちゃんもあのおじさんと同じで彼岸へ渡る前に来てくれたの?」
「え?チャコ?あなた・・・」
「ハルちゃん!」
少し遅れてクロもやってくる。
「クロ!」
ハルは、何となくいるかも?とは思っていたけど本当に会えるとは思っていなかったので少々面食らっている。
「クロ、チャコ・・・。もうっ」
ハルは2匹を抱き締める。2匹はハルが亡くなってしまったという事実から少し悲しかったけど、また会えてその上お話できることに感激していた。
「おじさんっていうのは、ハルちゃんのだんなさんのおじいさん。だよ」
「そんなことまで知っているの?」
「うん。だって、ボクたちハルちゃんがプロポーズっていうのをされたときも、けっこんしてコトワリさまにあいさつにきたときもそばでみてたもん。ね?チャコ?」
「そうなの。隠れて覗いてるみたいでハルちゃんにはごめんなさいだけど、ハルちゃんが幸せそうで、わたしたちも嬉しかったの」
「そうなんだ。ありがとう」
プロポーズを受けて泣いていた所も見られていたかと思うと少し照れくさかったけど、この子たちだったらいいか。と思った。
「そうだ。あのね、ハルちゃんがけっこんしたことをコトワリさまに言いにきたとき、そのとなりでボクたちもけっこんしたんだよ」
「けっこん?」
「そう!ボクとチャコはふうふってやつなんだよ」
「チャコ・・・、お見合いをセッティングしたのに見向きもしなかったのはクロのことをずっと想ってたからだったの?」
「え?あの、その・・・。うん。それもあるけど、わたし、ハルちゃんのことを近くで守る!って決めてたから結婚しない。って考えたの」
「もう、チャコったらそんなこと・・・」
ハルの言葉にかぶせるようにチャコが
「ハルちゃん。ごめんなさい!わたし、ハルちゃんを守るため!って考えすぎてハルちゃんに近付く人間をみんな吼えて追っ払っちゃってた」
「チャコ・・・。もう、いいよ。チャコの気持ちは痛いくらい分かってたから。でも、できればチャコの子供は見たかったなぁ」
「ごめんなさい・・・」
「でも、クロと結婚できたんだよね?おめでとう。って、クロどうしたの?」
なにやらクロはさっきからハルの左手にスリスリしている。
「ん?あのね、なんかね、こっちの手、ユイちゃんにつながってるきがするの」
「?!」
「ほら、チャコも」
「わかったわ」
そう言ってチャコも一緒にハルの左手にスリスリする。
「チャコはなんで?って思わないの?」
「えっと、なんでなのかな?とは思うけど、クロがこういうことを言った時は間違いがないから、不思議だと思ってもクロの言う通りにやるようにしてるの」
そうチャコが言ったのを聞いたコトワリ様。暫く水入らずで過ごさせてあげようと思っていたがビックリしてやって来る。
「ハルよ、久しいな」
「あ、あの、コトワリ様ですよね?」
あの夜、問答無用で襲い掛かって来たコトワリ様が普通に話しかけてきたのだ。驚かない方がおかしい。
「驚かせてしまったか。あの時は済まなかったな。そして、ヌシらのおかげでワレは自分を取り戻すことが出来た。礼を言う」
「どういう…?」
「ヌシには今少し時間に猶予があるようなので、そのことは追々話すとしてだ。クロ」
「なあに?」
「何故、ハルの左手がユイに繋がっていると思ったのだ?」
「なんとなく」
(なんとなく。か…。本当にこの子の感覚はどうかしていると言いたくなるほどに鋭い)
「そうか、ヌシの勘の良さには恐れ入る」
「そうなの?じゃあ…?」
「ふむ、ハルよ。ヌシとユイの縁。繋がっておるぞ」
「でも、あの時コトワリ様が…」
「それについては先ほどの話と併せて話をさせて貰おう。ワレに何が起こっていたのか。あの夜、ワレが見聞きし、何を考え、そして何をしたかを…」
それからコトワリ様は遥か昔に自分に起こった事、それから始まったこの町の悲劇。そして、ユイとハル。クロとチャコのおかげで自分を取り戻せた事を静かに話始めた。
「そう、だったんですか」
「そうだ。つまりは全てワレの弱さが招いてしまった事なのだ。本当に、済まなかった」
「今、コトワリ様を責めた所で、ユイは戻ってきません。でも、本当の事を話して頂きありがとうございます。それで、ユイとの縁というのは?」
見た目は初めて会った時の子供の姿なのに、話し方は大人であることにおかしさを感じたクロは、真剣にお話ししているので流石に大きな声で言うのはマズイかなぁ?と思って小声でチャコに。
「ハルちゃん。なんかチャコみたいだね」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
「ん?どうした?」
「あわわ、なんでもないよ」
「なんでもないです」
「そうか?ああ、そうだユイとの縁だったな。それはな…ワレが元に戻ることができたきっかけを作ってくれたヌシとユイに対し、何をしたら報いる事ができるのであろうか?そう考えた時、ワレは自分を取り戻したばかりで何かをするには力が足りなかった。
そこで、ワレの神としての権能である縁結びと縁切り。それならばその時のワレでも何かができる。なれば、と、一度は断ち切ったヌシとユイとの縁を再び結んだのだ」
「ほ、本当ですか?!それなら…それだったら…」
「ふむ。いつになるかは分からぬ。だが、ヌシがユイと再び手を繋ぎたいと願っていれば、いつの日かまた会えるであろう。その証が左手だ」
「左手、ですか?」
「さよう。ワレが断ち切ったのは左手という物理的なものだけでなく、目に見えぬ縁を共に断ち切っている。もしユイとの縁が断ち切られたままであれば死して魂となっても左手はないままだったのだ」
「じゃあ、ボクがユイちゃんとつながってるっておもったのは?」
「そう、ハルの魂に左手が存在すること。そのことにユイとの縁が繋がっている証を感じ取ったのであろう。それでヌシとユイへ報いる事が出来たかは分からぬ。だが、ワレにはそれしかできなかったのだ」
ハルは左手を見つめて涙ぐみ
「ユイと、ユイとの縁がまだ…コトワリ様。ありがとうございます!」
「礼など言わずとも良い。ヌシはそれに見合った事を成したのだ」
「ハルちゃん。よかったね」
チャコは何も言えずクロの首に前足でしがみ付き泣いている。
(さて、ここからが正念場だ…)
「クロ、チャコ。ヌシら、やることは分かっているな?」
「やること?そっか、うん。ハルちゃんをひがんまでおみおくりだね?」
「え?クロ、チャコそんなことできるの?」
「だって…」
そこへコトワリ様が慌てて割って入る。
「クロ!ヌシらが誰を送って来たかは行きながら話すがよい」
「なんであわててるの?」
「それは、ハルもそろそろ時間がなくなってきておるからな。その話をするとまた長くなる」
「そっか、そうだね」
「じゃあ…」
「ちょっと待て」
「さっきからどうしたの?」
「いや、ヌシら、これが最後の機会になるやも知れぬ。渡れるようだったら…」
「うん。でも、ボク…」
「どうした?」
「なんでもない!」
「そうだな。もし、また帰って来ることになったのなら、その時は、大事な話がある」
「そういってボクたちにかえってきてほしいだけじゃないの?」
「ちょっとクロ、神様に失礼でしょ」
「いや、構わぬ。いつもこんな調子だから慣れてしまった」
「クロ…」
少々非難がましい目でクロを見るが、内心やっぱりこの子たちは頼もしいと思うハルであった。
「そうだな、では、息災でな」
「そくさい?」
「元気でねってことだよ」
「ありがとうハルちゃん」
「じゃあ、いってきます」
「行ってまいります」
「ユイとのこと、ありがとうございました」
1人と2匹はそう言って、姿を消した。
(ワレも卑怯者である。クロとチャコ。あの子らがもう彼岸へは渡れぬであろうことを知っていながら、渡れるようなら渡れと言ってしまうとは…しかし万が一と言うこともある。帰ってきたら謝らねばらんな)
クロとチャコが彼岸へ渡れなくなっているとはどういうことなのか?それを知る者はコトワリ様のみ。だが、クロは何か感じ取っているようでもあった。
そして数日後…
「ただいま!」
「ただいま帰りました」
2匹は後ろ足で耳の後ろあたりを左右交互に「カッカッカッ」と掻き、そのあと毛を膨らませブルブルっと体を震わせる。
3度の彼岸からの帰還であるが、行った場所は彼岸の手前とは言えあの世である。そんな場所へ行ったのであれば穢れが憑いて来てしまう。かのイザナギですら戻ったのち海で禊をしたのだ。この子らはそのような『禊』をしている訳ではない。そんな事が必要な事も知るはずもない。
しかし、この子らは戻って来た時の耳の後ろを掻き、毛を膨らませてブルブルっと震える動作。それが『禊』をしたのと同じような効果を発揮しているとは気付いていまい。恐らく、穢れなるものは分からないが、帰って来た時によくないものが体に纏わりついているような感覚を感じ、本能であのような動作をしているのだろう。
しかも不思議とその動作で穢れが祓えているのだから驚くばかりである。
「おかえり。どうであった?」
「あの、わたし今回は本当に渡ろうかと思ったのですけど、クロが『たぶん、わたれないよ』と言うので…」
「なんだと?!」
(そこまで気付くとは、本当に恐れ入る)
「なんか、そんなきがしたの」
「それで、一応行けるか試してみたんです。そうしたら川の少し手前から前に進めなくなって…」
「で、かえってきたの」
「そうか。言わずにいて済まぬ。言うか言うまいか迷ってしたのだが、もしかしたら?というのがあったので言う事が出来なかったのだ…」
「わたしたちに、何が起こったんですか?」
コトワリ様はぎりぎりになってもまだ話すことを躊躇っている。
「コトワリさま。ボクはなんとなくわかってるけど、ホントのことはよくわからないし、チャコもわからないからおしえて?」
「お願いします」
2匹は、他ならぬ自分のことである。気になってしょうがない。クロも、どういった内容かはそれとなく察しているため、珍しく神妙になりチャコと一緒に頭を下げた。
「分かった。戻って来たばかりで申し訳ないが少し話をさせて貰おう…」
コトワリ様はやっと重い口を開き静かに話し始めた。
「まず、結論から言おう。クロ、チャコ。ヌシらはもう犬ではなくなっている」
「え?」
「どういうことですか?」
2匹はビックリして自分の体を見回し、お互いの体を見て「やっぱり犬だよね?」と、顔を見合わせて首をかしげている。
「形は犬だが、存在が犬ではないのだ」
「存在が、ですか?」
「そうだ。ヌシらは、神として生まれ変わっている」
「ボクたちが?」
クロは、なんとなくコトワリ様と近くなっているような気はしていたが、まさか神と言われるとは思いもよらなかったのでビックリしている。
チャコは、何を言っているか言葉は分かるが意味が理解できずに戸惑っている。
「最初にその兆候が現れたのはクロであった。母親…ユイを見送る時、あの子はハルがプロポーズを受けるのを見届け、幸せになることを確信し、自ら彼岸へ渡ろうとしていた。そうでなくとも力尽きる寸前であったために急速に現世との縁が失われつつあった。
ワレは、自らが礼と謝罪をするため、ヌシらに最後のひと時を過ごしてもらおうと、失われつつある縁を繋ぎ留めていたのだ」
「そんなことをしてくれていたのですか?!ありがとうございます!」
コトワリ様は軽く頷くようなしぐさ(顔がないので上下に少し揺れただけ)をして話を続ける。
「ヌシらへ首輪を贈る辺りであっただろうか?ワレも自らの権能である縁に関わることとは言え、前例の無いことをしていたものでな。限界が近くなってしまったのだ。その時である。クロがワレが何か苦しんでいることを察して力を分けてくれたのだ」
「クロ、そんなことしてたの?あの後わたしにはコトワリ様のお手伝いをしてた。とは言ってくれたけど、力を分けるってそんな凄いことを?」
「うん。でも、ボク、そんなすごいことしてるとはおもってなかった。ただ、コトワリさまが苦しそうだったから、なにかおてつだいしたい!っておもっただけ」
「そう、クロがそう思い祈ってくれることでワレに流れてきた力は、紛れもなく『縁を結ぶ』力であった。実のところ、そうでなければあの時のワレの力の足しにはならなかったであろう」
「クロ…」
チャコはまた、クロに置いて行かれてしまったと感じて少し悲しくなってしまう。
「そして次にチャコ。ヌシの兆候は、像が建てられ供えられたクッキーを食べたことの感想に現れ始めていた」
「わたしも?!わたしはただ、クロみたいに色々感じられたらいいな?って思って頑張ってみてはいたけど、それでですか?」
「そうだ。ヌシはクロが色々と考えて実行していることや物の感じ方に、遠くに行ってしまったような感覚に陥り、クロに追いつこうと、クロに見合った雌犬(おんな)であろうとしていたこと。ヌシの内なる想い。ワレが気付いていないと思ったか?」
「チャコ、そんなことかんがえてたの?ボクはいつでも『おはしみたいに』そばにいるよ?」
「クロ…、そうじゃないのよ…。でも、きっと、そうなのよね。いつもそばにいるのにわたしがそう感じてしまっただけ」
「それでな、クッキーを食べた時、そこに子供たちのありがとうという気持ちが籠っている。それを感じられ始めたのがきっかけであった。そして、ハルに子供が産まれると知ってヌシらにも祈って貰った時があったな?」
「うん」
「はい」
「実はな、ヌシらに『縁結びの力』が備わり始めたのかを見極めるためにして貰ったのだ」
「そうだったんですか?」
「ああ、結果は、ユイの時のクロと同じく、ヌシらから流れてきた祈りは、『縁結びの力』であった。試すような事をして済まなかった」
「チャコ…」
「クロ…」
「その時点でほぼ確定だったのだが、先日ハルの魂がやって来た時、ハルの左手がユイに繋がっている気がする。そう言って体を寄せていたな?祈りが縁結びの力になっていることもだが、縁を感じ取る力も身に付け始めていたのを見てワレは驚嘆したものだった」
「クロ、そうなの?」
「よくわかんないけど、なんか、ハルちゃんの左手のさきにユイちゃんがいるきがしたの」
「あ、言われてみればわたしもハルちゃんの左手にスリスリした時、ユイちゃんを感じた気がする」
(まったく、この子たちの成長振りには驚きの連続である)
「あれ?でもコトワリさま、なんでボクたちにそんな力が?」
確かにそうだ。こういう事があったのでそんな力に目覚めている。そう言われれば思い当たることがあるので「そうなのかも?」とは思えるが『何故』という疑問が付き纏う。
「それはだな…、ヌシら、というより、まずクロが始めたこと」
「こどもたちをたすけること?」
「そうだ。考えてみよ。もし、ヌシらが子供らを助けられなかったら?」
「え~っと、くるまっていうのにぶつかったり、山でがけからおちたり?」
「うむ。ではその先は?」
「さき?」
「もしかしたらその怪我がもとで死んでしまうことがあったかも知れない?ですか?」
「その通りだ。つまり、そういった事故で子供らの未来へ繋がる縁が切れてしまっていたかも知れぬ。だが、ヌシらが子供を助けたということは、その子供らの縁を、また未来へと繋いでいた事に他ならぬ」
「ボクたちが…」
「縁を…」
「そうやって、ひたむきに子供らを助け縁を繋いでいった結果。いつしか縁を感じる力、縁を結ぶ力に目覚めた。ヌシらは、新たな『縁結びの神』として生まれ変わっていたのだ」
「あの、じょうだんってやつじゃないよね?」
チャコに疑いを知らないと言われたクロも、流石に自分とチャコが縁結びの神になったと言われては疑ってしまうより方法がない。
「このような事で冗談など言えぬ。全て真実である」
「そっかぁ、ボクたちがかみさまに…って、あれ?まえにボクたちにいずもってところにおでかけしないかきいたのって?」
「やっと気づいたか。そうだ。新たに神となったヌシらを連れて行こうとしていたのだ」
「だったら、なんでそのときにおしえてくれなかったの?」
「それについては済まぬ。ワレもどう説明したらいいか分からず、連れて行って他の神たちに説明して貰った方が理解しやすかったのでは?と思ったものでな」
「じゃあ、ボクたち、なんかいろいろできるようになったの?」
「今の所は特にないな。ただ、縁を感じ、子供たちを助けたときのみ。という限定的なものではあるが、結ぶことができるようになっただけだ」
「あの、『だけ』って言ってもそれなりに凄いことなんじゃないですか?」
「なんだぁ、コトワリさまみたく「ビュンッ」ってうごけるようになったりしないのかぁ。そうしたらもっとはやくこどもたちをたすけられるのになぁ」
「今の所は、だ。もしかしたらその内に色々とできるようになるかも知れぬ」
「ホント?」
「それは、ヌシら次第であろうな」
「そっかぁ、じゃあがんばるぞ!ね?チャコ?」
「え?えぇ、そうね。今知ったばかりで、まだ神様になったっていう実感はないけど、頑張りましょうね。クロ」
「うん!なんと言っても、ボクたちは『おはしみたいにいつもいっしょ』だからね」
(どうなる事になるかと思ったが、何とか事実を受け入れて貰えたか。そうなると色々と教えなければならない事もあるのだが、しっかり聞いてくれるであろうか?それに、クロは、神になったからと言って特別何か変わるということはないのであろうな。
しかし、ワレが自分を取り戻すことができたのも偶然に偶然が重なったとはいえ、ある意味奇跡のようなものだが、この子たちがまさか新たな縁結びの神となってしまったこと。ワレが最初クロを丁重に弔って貰いたい。と、あの男に言わなんだら、このような結果にならなかったのではないだろうか?)
コトワリ様はこのようになってしまった事。クロやチャコが普通に亡くなって彼岸へ渡っていれば、生まれ変わりユイやハルとまた会えたやも知れぬ可能性を思い、申し訳なく思っていた。しかし、今はこの2匹と共に縁結びの神としていられることを嬉しく思うのだった。
まさかの。です。だいぶそれっぽい伏線張ってみたから予想出来た方もいるかな?といった所ですが、予想しても「まさかね?」と思っていたのではないかと…。
あとは、オリキャラである元町長。色々と頑張ってくれたので、クロとチャコに彼岸へ送ってもらう栄誉を与えようと追記してたら時間がかかってしまいました。
さて、次で最終話です。どんなに長くなろうとも1話にします。だって、それ以降のサブタイが全く思いつかないんですもの。今話もだいぶ悩みましたね。
前話のあとがきに、次話にもかかっていると書きましたが、当初は今話までを含めるつもりだったんです。だけど、少し区切りがいいかな?と思って分けた次第です。
クロとチャコにとんでもない変化をさせてしまいましたが、コトワリ様にも何やらしでかそうと画策しています。
本当にやるかどうかは脳内会議でも未だ紛糾中です。ま、やりますけどね。ここまで色々とやらかしたなら、最後まで突っ走ろうかと。
あれだけ見直したのに発見してしまった誤字脱字を速攻修正。でも、1箇所だけ修正しようとしたら見失ってしまったので見つかり次第修正します。←見つけました。