大陸一の流派の開祖になってました()   作:鴨鶴嘴

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プロローグ、あるいは前日譚

 俺はどこにでもいる、キモータだった。

 会社ではそつなく仕事をこなし、飲み会の誘いを断り続けることで、周りの同僚よりも自分だけの時間が多いことが幸せだった。

 そうして作った自分だけの時間で何をするのかというと、ゲームをプレイするのがほとんどで、眼精疲労が唯一の悩みだった──間違っても、結婚なんて出来ないし、子供を育てるなんて一生涯経験しないだろうと思っていた、二十代半ば。

 

 士官学校で仲間と切磋琢磨し、テロリストや陰謀をめぐらす権力者と戦う、王道RPGの佳境。

 宿敵との激闘の末、『強くなったな……』と主人公へ意味深に笑いかける宿敵の男の仮面が砕け、行方不明だった主人公の父親の素顔が露になった。

 

『……ぁ……父、さん?』

 

『そうだ……』

 

『なんで』

 

『私はタブーを知って、それを敵に悟られてしまった。そしてこの四年、傀儡となっていたのだ』

 

『! 怪我が酷い。そんな……こんな再会、あんまりだ! ミリヤ回復魔法を、ッ、父さんを助けてくれ!』

 

『ごめんなさい』

 

『はぁ?! ごめんなさいってなんだよッ! 謝るなよ……父さんが、このままじゃ』

 

『もう、助かりません。全身の魔力回路が千切れています……どんな魔法でも修復出来ません。私から言えることは、残された時間を大切にするべきとしか』

 

「あー、やっぱエグいわ」

 

 この後、主人公と父親を残して仲間は席を外し、親子の会話シーンになる。

 そこで真の敵が国のトップをも傀儡にしている魔王であると知り、主人公は父の復讐という暗い決意を固めるのだ。

 ここから長い内戦が始まり、士官学校の仲間はバラバラになる。

 ストーリーは分岐し、仲間と合流してイベントを全て回収した後に、魔王を完全に滅ぼすアナザーエンド、復讐の暗い感情を利用され、魔王を倒した後に黒い霧となった魔王の因子を主人公が取り込んでしまう正史エンド(次作につづく)とがあるらしい。

 初回はこのゲームを遊び尽くそうと、慎重にフラグを回収してプレイしていたのもあり、アナザーエンドだったのだが、ネット掲示板でネタバレと共に存在を知った正史エンドも気になるのがゲーマーの性というもので。

 分岐地点前のセーブデータから再走中、世界観の懐かしさに浸って、2周目特有のディテールやカメラアングル等の製作者側の意図を考えながらプレイしていた。

 

『──仲間を、大切にするんだぞ』

 

『う゛ん゛』

 

『絶対に。お前は……私達の』

 

『父さん? ……ぁ……嫌だ。父さああぁああん!!!』

 

 五章終了。

 ボス戦前のセーブが残っていて良かった。

 今日は完徹だと、久しぶりのプレイでも終章へのモチベーションが高まっていた。

 

 刹那。

 閃光、轟音、そして闇に包まれる。

 

 放心の後、ブレーカーが落ちていると気がついた俺は、玄関へと歩みだした。

 雷が近くで落ちたのだろう。

 家電は大丈夫だろうか。

 脳みそがグシャグシャにされてしまった俺の足取りは重く、半泣きで玄関へとたどり着いた。

 暗くて手元がよく見えないと気づき、スマートフォンのモバイルライトを思い出して照らせば、案の定、ブレーカーが落ちていた。

 そして、ブレーカーを上げても部屋の灯りが点かない事実が、俺の心を完膚なきまでにへし折った。

 

「……風呂とご飯と、あーーーっくっそ」

 

 建設的な思考を巡らせるほど、ストレスで胃が痛む。

 扉を開けて外をみれば町は真っ暗で、静けさが事態を雄弁に語っていた。

 一旦財布と車の鍵を取りに、俺は部屋へと戻った。

 部屋着の上からコートを羽織り、直ぐに出かけようと思った矢先、眩しさに目が眩んでしまう。

 

(早い復旧? 電気火災が怖いからそれは無くないか? あ、マンションの方からの電気か。)

 

 にわか知識で部屋が明るくなった理由を考えるだけ無駄だろうと、とりあえず羽織っていたコートをハンガーに掛けた。

 電気ケトルで湯を沸かし、インスタントコーヒーを啜って気分を落ち着かせていると、雷によって電気機器周りが故障してないか……具体的に言えば、ゲーム周りのデータ等に破損が無いかが気になった。

 

 モニターは暗いまま、PS4コントローラの起動ボタンを押しても反応が無く、死ーーん、という幻聴が聞こえてきそうだ。

 せめて冷却ファンの回転音がすれば、(たちま)ちファンファーレになるというものを。

 

「ひでぇ……ひでぇ」

 

 データのサルベージは絶望的で、向けるべき矛先の無い怒りが握りこぶしとなって宙をさ迷い、無関係なデスクを殴る。

 ジクジクと痛みが広がると、余計に情けなくなった。

 きっと目の前のモニターに映る俺の顔は酷いだろうな──と顔を上げると、暗いモニターには混沌が渦巻いていた(?)。

 光が反射しないから、俺の顔は映らない。

 マットな質感とも、また違う。

 疑問符が頭の中を占め、無意識の内に俺は手を出して触れようとした。

 すると、訪れるはずの画面の抵抗感は永遠に失われ、どころか正体不明の吸引力が腕を飲み込み、前のめりになった俺はどうしようもなく、暗闇の中へと落ちていった。

 落ちた、とは言ったが、空気抵抗も加速も感じないし、宇宙空間に放り出されたよう、と形容した方が正確だろう。

 どのぐらい時が経ったのか、俺には知る術が無く、「一生、餓死するまでこのままなのでは?」等の不安が募っていく。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 緩やかな坂の山道を、馬車が駆けていく。

 馭者(ぎょしゃ)の男は商人で、横には彼の息子が父親の仕事ぶりを熱心に見つめ、いつかは自分もと夢見ていた。

 商人の男は自発的に学ぼうとしている息子の様子に気づいていて、胸に温かさを感じていながらも、背筋が伸びる思いで馬を巧みに操っていた。

 たがら、突然(いなな)いて暴れる馬にも瞬時に反応し、全神経を注いで宥めることが出来た。

 しかし、安心は出来ない。

 脈絡無く馬が嘶くのはありえない……とは言い切れないが、考えにくく、理由があるはずだと商人は思った。

 蜂に刺されたのか? あるいは──悪い予感というのは想像を上回って当たるもので、その可能性を思い浮かべたのが先か後かという間に、藪から魔獣が現れた。

 

「奥へ隠れて、じっと静かにしていなさい」

 

 商人の男は体を膨らまし、その陰で彼の息子を荷車の中へと押し込んだ。

 四足の魔獣が何度も何度も吠えるのが不気味で、退路を確認した商人の男は、来た道から武装した獣人の集団が現れたのを知って、自分たち親子の遠からぬ未来を悟った。

 それは一秒に満たない時間で起きたことであったが、商人の男は諦めるように瞑目し、覚悟を決めて目を見開いた。

 

「アレン、事情が変わった。こっちへ来なさい」

 

「ひっ」

 

 父親に呼ばれて荷車から出て、魔獣の存在に気づいた彼の息子は、短い悲鳴をあげた。

 商人の男は息子を抱き上げ、これが最後になると名残惜しみながらも馬に乗せ、息子に手綱を握らせた。

 

「よく聞きなさい。何があっても振り落とされないよう、手綱を離さないこと。山を下りたら町の教会で今日起きたことを全て話すこと。アーレウスという父さんの兄弟が健在なら、ノーザントットという町で指物師をしていること」

 

「お父さん?」

 

「行けッ!!」

 

 短刀で荷車と馬を繋ぐ紐を全て切り、息子の手に添えた手綱で馬を急勾配の道なき森の中へと走らせた。

 獰猛な笑みを引っ込めさせた獣人は目配せをし、二人の獣人と六匹の魔獣が息子を追うのを、商人の男は苦虫を噛み潰す思いで見送るしか出来なかった。

 

「人間畜生が、悪足掻きしやがってよォ……死ねや」

 

 商人の男は息子を最後まで想いながら、ランタンの油を撒いて、荷車に火を放った。

 

「てめェ……後悔させてやる」

 

 獣人の怒張した筋肉から振るわれる鋭利な爪の切り裂きが、容易く商人の男を水風船のように弾けさせ、吹き飛ばした。

 そこへ、腹を空かせた魔獣が殺到する……。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 無限に続く暗闇の中、いきなり視界が緑になったかと思えば、俺は草原の上を転がって、背中を強かに打った。

 

「かはッ!?」

 

 肺の息が全て出切って、頭が白む程の痛みに喘いでいると、ぼんやりとしていた思考が否応にも覚醒する。

 呼吸を整え、のそりと上体を起こせば、草原でぽつねんと一人だった。

 

「いや……えぇ」

 

 俺は世界にドン引きした。

 冗談はよして欲しい、頭痛が痛くて違和感を感じるぞなもし。

 上下もっこもこなボアスウェットである今の俺は、社会的防御力が0なので、通行人の胡乱(うろん)げな眼差しを浴びれば死ねる自信があった。

 

(あ、これ夢だわ。)

 

 今に至るまでの記憶の前後関係を整理して、これが噂に聞く明晰夢というものだと、俺は断定した。

 そう思えば、あのとき停電のショックで疲れていたから、寝ちゃったような気がしてくるし、そうに違いな、うん。

 転がった拍子で被っていたフードを外そうかと思ったが、指先がかじかむ寒さを思い出して止めた。

 明晰夢とはいえ、俺は耳の霜焼けの痛さを無意識の内に恐れていた。

 

「どうしよ」

 

 寒いし、夢の中だし。

 ピーターパンのように夢の中を自由に飛べるのは子供の特権で、俺は大人なので地に足を着けて歩くしかない。

 空が綺麗やんなぁ、と、高校生時代に夕空を眺めて帰る駅から自宅までの帰路を思い出していると、森の中から馬が駆けて──こっちにきたッ!? 

 馬術競技の障害物みたく、馬は軽やかにうずくまる俺の頭の上を飛び越えて、黒い塊を落としていった。

 

「え」

 

「た……す、けて」

 

 黒い塊の正体は細かい切り傷まみれの少年で、疲労困憊の息を継ぐ間に言葉を捻り出し、胸を叩いて助けを求めてきたのだった。

 

「……えぇ」

 

「おい!」

 

 そんな俺の背中から、馬が来たのと同じ森の方から別な声を掛けられた。

 その音を日本語で正しく書くと「ヴぁい!!」といった感じで、どこの春閣下だよ! と内心ツッコミながら振り向くと、熊みたいながたいの狼が二足歩行で近寄ってきた。

 錆びついたベアリングのようなぎこちなさで振り向いた首を正面に戻し、腕の中の少年を見ると、イヤイヤと首を振って音もなく泣いていた。

 もう一度振り向くと、さっきの化け物が小首を傾げてやっぱりいた。

 

「ヒエッ……死ぬぅ……」

 

「ギャハハ!! 人間畜生みてぇなこと言ってやがる! 同族は殺さねーから」

 

「え、同族……」

 

「そうだろ? お前みたいに、毛玉みてぇーな濃い血のヤツは珍しいけどな!」

 

 そこで思い出す。

 今の俺の姿はもっこもこであると。

 さすが夢だわ、と好都合展開に俺は胸を撫で下ろした。

 

 

「……んでよォ、人間畜生のガキ見ただろ。どこ行った?」

 

「ガキって」

 

 少年をもう一度みると、瞳孔が開いてガタガタと震えていた。

 

「見つけたらどうするんだ?」

 

「人間畜生は、みんな八つ裂きにして魔獣の餌だ」

 

 マジかよ、どんな精神状態なんだ俺。

 目が覚めたら『狼 八つ裂き 餌 夢占い』で調べようと思いつつ、物語のように進行するこの明晰夢を、俺は楽しんでいた。

 

「それでよォー、どうなんだ?」

 

「あー、あれな。俺が食べちまった。ほら」

 

 俺はスウェットの中へ少年を押し込んで、膨らんだ腹を化け物へ見せつけた。

 

「ゲエェ、きっっしょ……人間畜生喰ったのかよお前。魔獣と同レベルて、ないわ。血が濃いとこうなのか? うっわ、きっも。腹動いてるし、踊り食いとか。うっ、マズッ、オロロロロロロ……」

 

 予想外の反応に、複雑な気持ちで顔面蒼白になった化け物の嘔吐を眺めていると、リアルな臭いに口の中が酸っぱくなった。

 

「やべ、もらいゲロしそう……」

 

「やめろォ!? 同族の口から溶けかけの人間畜生をリバースとか、一生のトラウマになるだろーが! 俺がいなくなった後にしろォ!」

 

「うぷ……もう無理」

 

「キャイイィイイン!!??」

 

 なんとか吐き気を飲み込んで顔を上げると、化け物は全速力で森の方へと逃げていったようだった。

 

「もう化け物はどっか行ったし、大丈夫だぞ」

 

 腹に話しかけると、スウェットがモゾモゾと蠢き、俺の前に少年の頭が飛び出してきた。

 これ、首周りのゴムがダルダルになるヤツだ……と思いつつ、少年の小動物的な可愛さに少しキュンとした。

 

「お父さんが……」

 

 言う少年の潤んだ瞳には、赤い光が映っていた。

 

「うん? うわぁ、山火事だな」

 

「あそこにお父さんがいるっ! さっきの獣人と、魔獣がたくさんいてっ、お父さんが馬でボクを逃がしてくれてっ、ボクだけっ、ねぇ、お父さんを助けて!」

 

「──それは」

 

 助からないだろ。

 と、俺はRPG脳で考えていた。

 あの馬も、夢にしては物語に整合性が取れているのに不気味さを感じて──否、絶対にありえないと早々に捨てた仮説が、真実味を帯びてきて、俺の心が怯えているのだ。

 

「ちょっと、山へ向かってよ!」

 

「無理だ。あんな化け物のいるところなんて。生きてたら町で合流するとか、お父さんに言われてないか?」

 

「聞いてない」

 

「本当? 君のお父さんに何か言われてないか。例えば家に戻れとか、大人に事情を話せとか」

 

「手綱を離すなって」

 

「うん、他には?」

 

「山を下りたら、町のきょうかい? で、事情を話せって。あと、なんとか、ってお父さんの兄弟が、なんとかって町にいるって」

 

「町の教会、ね……町はどこか分かる?」

 

「あっちの方。でも、今はお父さんが!」

 

「落ち着いて。君のお父さんが生きていたら、必ず教会にくるはずだ。今から山に入ったら、教会に君を迎えに来たお父さんと山ですれ違いになるかもしれない。そして、君も俺も、山へ入れば生きている保証はない。君のお父さんは、君を探してまた山へ入る……つまり、教会で待つのが、君に出来る最善手なんだよ。分かるよね?」

 

「……でも、父さんはまだ山で」

 

「言い直そうか。教会まで君を連れていくのが、“他人”である俺が君にしてあげれる限界だ」

 

 少年が指差した町の方角へ歩いていた足を止めて、俺は少しだけ言葉を噛み砕くのをやめた。

 これでも聞き分けないのなら、無理矢理にでも教会に連れていくしかないと考えていると、少年はするりと服の中を滑り出て、頭を下げた。

 

「……さっきは、助けてくれて、ありがとうございました。ボクはっ、一人でも、お父さんを助けたい!」

 

「言わんこっちゃない」

 

 俺は少年を肩に担ぎ上げ、町の方へと向かった。

 

「下ろせ! このっ、他人のくせにっ!」

 

 絶対に恨まれたなぁ、と思いつつ、子供はやはり赤ちゃんの延長線上で、まだまだ欲求しか出来ないものなのだと、一つ勉強になった。

 子供には酷とは思うが、他人である俺が察してリスペクトする程度の父親の親心を一ミリも汲めない少年には、正直イラっとくる。

 そんな俺も、大人になりきれていないのだろうが独身だもの。

 

 目指していた町は走って行くには遠いが、歩いていく分には近く、俺は夜に浮かぶ町の篝火を遠くに見つけたのだった。




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