インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
暗く、ただ暗く、畳の部屋には静かな夜の帳が下りていた。
8畳程の飾り気無い室内の中心には布団が敷かれ、頬骨の浮いた高齢の老人が疲れた表情で枕に体重を預けている。
老人は震える唇を薄く開き、傍らに座している青年風の男へと語りかけた。
「学校は、明日からだったか」
頷いた男はアンダーフレームの眼鏡越しに、老人を柔らかな眼差しで見つめる。
180cmという長身と線の細い端正な顔立ちが、肩までかかる焦茶色の長髪の印象を優しいものにしている。
それが浴衣形式の和装を纏って正座しているのだから、尚更である。
「お前が背負う必要など無いと、何度も言ったものを」
老人は噎せ返りながらも語り続ける。
その口調は責める様であるというよりは、どこか悲しそうな響きを持っていた。
「いいえ、いいえ。それは違いますとも、お爺様」
それに対し毅然かつ、丁寧な語りで応答する男。
「これは僕の怒りです。僕の悲しみです。決して、お爺様の責任ではございません。だって、そうでしょう―――」
男は壊れ物を扱う様に、優しく床に伏せた老人の手をとる。
「お爺様は、あの女を恨む事すらしなかったではないですか」
「然り。おれが怒る理由などはない」
老人は瞼をゆっくりと何度も瞬きを繰り返し、天井ではないどこか遠くを見つめながら顎を動かす。
「それでも、憂いてしまったのだ。世界は変わってしまった。おれが望んだ世界は訪れず、女尊男卑などという歪んだ世界が構築されてしまった。それが・・・」
老人は、男の手を自らの額へと導き、表情を隠すかのように覆わせ、細い身体に残った力を振り絞るように眉間へ皺を寄せた。
「それが、おれにはつらかった」
「ええ。僕にもそのつらさは解かりますとも。ええ。」
深く相槌を打ちながら男は掌に力を込める。
「だからこそ、僕は行きます。このつらさを払拭させる事で、お爺様の遺恨をも断ち切ってご覧に入れましょう」
「おれにはそれもつらいのだ。お前には、他に夢もあっただろうに」
「全てを犠牲にするつもりなどございません。ただ、優先順位を変えただけです」
両手で老人の手を骨と皮だらけの胸へと戻し、男はもう一度、大きく頷いた。
「僕は強欲なのですよ。ご存知なかったでしょうか」
「・・・綾(りょう)よ」
「次に見えます際には、必ずやお爺様の望む世界を」
「綾、お前は自慢の孫だ。才能にも溢れている。ならばせめて・・・」
老人は、枕横から少し大きめの御守がついた首飾りを手に取り、綾と呼ばれた男へと震えながらも手渡した。
「お前の機体、おれの最期の作品。かの力、お前の趣向に合わせて搭載したつもりだ。後は、好きにいじると良い」
「・・・ありがとう、お爺様」
ほんの少し浮かんだ涙を拭いつつ、綾はそれを受け取り、身につけた。
「武運を祈る」
「はい」
一礼の後、綾は静かに部屋を後にした。
虫の鳴き声すら聞こえない静寂の中、老人は改めて目を閉じて夢想する。
いつか、争いの無くなった我々の世界が、どこまでも広がっていくようにと。