インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
鶴守 綾は溶けていた。
次に控える2組との戦闘前の待ち時間、監督室の隅の床にうつ伏せとなり、直立不動の格好でか細く呼吸をする彼を、仲間達はうすら寒い目で眺めていた。
「あぁ・・・うぅ・・・」
時々うめく様な声をあげる綾へ、流石に堪えられなかったのか一夏が一喝した。
「どうしたんだよリョウ・・・3組との戦いが終わってからずっとそんな調子じゃねぇか」
「だって・・・僕、どう向き合えばいいか分かんないんですもん・・・」
どう、とはおそらくラウラとの事を指しているのだろうか。
普段は飄々としている割に、以外とこういう時には弱いメンタルを見せる男である。
「だから、何か俺達に相談してくれたっていいだろ!詳しくは聞かないけど、悩んでるんだろ?」
「言えないから悩んでるんじゃないですか・・・僕個人の問題ならこんなに悩みもしませんとも・・・」
上手く彼女に自分の想いを伝えられただろうか。彼女の心の傷を理解し、癒すにはどうすればいいのか。そもそも自分に出来る事は一体何なのだろうか。
これが学生の恋であれば好きだ愛していると言えば後は流れで、となるのであろうが、ラウラの抱える闇はきっと想像より根深く、重い。
軽々しく踏み込んで良い領域ではない事は分かる。
それでも、きっと自分以外に担当できる者は、ラウラ・ボーデヴィッヒを縛るものから解き放てる者はいないと、そう考えているが故の葛藤である。
失敗は許されない。マニュアルも前例もない。誰かに協力を依頼する事も出来ない。
綾が立ち向かおうとしているのは、そういった目に見えない何かであった。
「・・・もしかしてリョウ、あなたはラウラさんに会うためにこの学園に来たんですの?」
「えーっ!?」
紅茶を口にしつつセシリアが問うた質問に、綾の傍でしゃがみこんでいた本音がショックを受ける。
「・・・僕の目的の一つは、確かにそうですね」
「えぇーーっ!?」
綾の気力の無い返事に、今度は悲鳴をあげる本音。
「僕は三つの目的があってIS学園に来た。いや、ラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園に入学したのは計算外だったので、最初は二つでしたが。一つはもう達成しました。山田 真耶先生へ礼を言う事」
デートという形で山田先生を連れ出した日の事を思い出し、破裂するかと錯覚するほどの心臓の鼓動を思い出す綾。
あれは山田先生だけでなく、綾にとっても忘れ難い思い出となっていた。
「もう一つの目的も残念ながら皆さんに伝える事は出来ませんが、三つ目となったラウラ・ボーデヴィッヒは僕にとって代えがたい存在である事だけは確かです」
「そ、それは、りょーちんは、ラウラちゃんを好きってこと・・・!?」
「もちろん好意的感情はありますよ。ただし、恋愛感情ではないのであしからず」
「あ、な~んだ、そうなんだぁ・・・」
「常日頃から言っているでしょう。僕は大人の女性が好きなのです。あの娘は中身も見た目も僕のストライクゾーンからは遠い」
ほっと胸を撫でおろす本音と、顎を床に乗せて何もない壁を見つめる綾。
「けれどそれとこれとは関係なく、僕は命を賭してでも彼女を救いたい。彼女の心に巣食う、孤独と恐怖から」
「りょーちん・・・どうしてそこまで?」
「それを皆さんに言えない事も悩んでいるんですよ・・・」
信用していないからではない。言いたくないわけでもない。
言う事で、ラウラに影響や被害が及ぶ事を恐れての黙秘。
溜息一つ、どんよりとする綾は、そこにいた全員の空気を重たいものに変えていた。
それを振り払うように、箒が立つ。
「言いたくないのなら言わなくていい。悩むのも仕方ない。そうであるのならその状況を受け入れろ、綾。なるようにしかならん」
「箒・・・」
どこか実感のこもった声色で綾へ語り掛ける箒。
「お前がそこから逃げないというのであれば、いつか立ち向かうべき時がやってくる。その時に全力で戦える様、心構えをしておく必要はある。今のお前に、ラウラ・ボーデヴィッヒの身に何かあった際に冷静な判断が下せるのか?」
「・・・それは」
出来る、と即答出来なかった。
このような沈んだ心持ちで何かを成せると考える程、綾は楽観的ではない。
「お前が自分と向き合う方法は何だ。自分をリセットする手段は何だ。お前の大好きなISだろう!少なくとも、この後には2組との戦いが待っている。シャルルと戦えるのは自分しかいないと豪語したのは嘘か?」
「・・・!」
そうだった。
どう足掻いたところで、自分にはISとピアノしか無い。
彼女のために何かをするとしたら、確実にアマデウスの力が必要となる。
こんな状態の自分に、アマデウスは応えてくれるものか。断じて否だ。
彼女を救うという事は、彼女を信じて待つ事も必要だ。
そのための布石は打った。
後は、頼られた時に鶴守 綾として立ち向かうだけの意志を貫くべきだ。
「戦うぞ、綾。私達は、戦う事でしか道を拓けない。悩んで、立ち止まる暇があったらシャルルとの戦いで何かを見出せ!」
箒の発破に、本音の肩を借りてようやく立ち上がり、自分を見つめる仲間達へと視線を巡らせる綾。
「私だって鈴音に勝たねばならない。一夏の幼馴染ではなく、これは女の意地としてだ」
「・・・そうですね。そうでした。君の言う通りだ、箒」
「やっと復活したか。心配かけやがって、リョウ!」
「ご迷惑おかけしましたね、一夏。お気遣いありがとう、本音さん」
にへへ、と笑う本音に微笑みかけ、静かに頷くセシリアへ目を配せ、拳を突き出してきた一夏、箒へと自身の拳も突き立てる綾。
「これで最後、全勝まであと一つ!俺は絶対に堕とされない。お前たちの邪魔はさせない!だから、お前達はお前達の戦いに勝て!クラス代表としての命令は、それだけだ!」
「ああ、見ていてくれ一夏!私は、凰 鈴音に勝ってみせる!」
「シャルル君は4組の更識さんすら完封しました。僕以外に、シャルル君を抑えられる者はいない。クラス代表の凰さんを箒が倒すまで、確実に一夏を狙わせませんとも」
作戦はそれぞれ一対一に持ち込む事。
かなり私情の多い戦術である。まして、綾とシャルルが互角としても、箒は鈴にISのスペック上では劣っている。
しかし、2組という相手に立ち向かうという事は、彼らにとってそういう事であるのだ。
「わたくし達はここで見ていますわ。あれやこれや通信で余計なサポートをする必要は無いと思いますが、応援だけはさせて頂きますわよ?」
「りょーちん!みんな!頑張って~!」
三つ押し付けあった拳の上に、セシリアと本音が掌を重ねる。
「ありがとう、セラ。本音さん。箒。一夏。やはりこの世界は、愛で溢れている」
自分の中に浸透させるように呟き、綾は目を伏せた。
それをゆっくりと開いたと同時に、相方たる一夏は気合と共に吼えた。
「行くぞ、みんな!!」
「「「「おうっ!!!!」」」」
同時に、参加選手のフィールドへの入場アナウンスが鳴り響いた。
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フィールド中央へと、6機のISが集う。
1組の白狼、赤雷、アマデウス。
2組が擁するは、クラス代表たる中国代表候補生、凰 鈴音の甲龍。
続いて、対一夏戦を想定しているのか、巨大なシールドと狙撃銃、散弾銃を装備した名も知らない生徒のラファール・リヴァイヴ。
そして、フランス代表候補生、シャルル・デュノアが身に纏う、オレンジ色に塗装された機体。
量子化した武器を20以上搭載し、それを状況に合わせ瞬時に切り替え戦う、高速機動武器庫、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII。
量産機であるラファール・リヴァイヴをカスタマイズした、シャルルの専用機である。
「楽しみにしていましたよ、シャルル君」
「うん、ボクもだよ」
視線を交し合い、笑顔を浮かべてIS同士の拳を軽く当てる綾とシャルル。
「悪いけど遠慮はしない。全力で倒すから」
「それでいいぜ。俺もそれ以外の戦い方を知らないからな」
クールな眼差しで武器を掲げる女生徒に、頷いて返す一夏。
「ぶっ飛ばされる覚悟は出来た?篠ノ之 箒!」
「そちらこそ、逃げられやしないかと心配していたぞ。凰 鈴音!」
互いに火花を散らし合う、箒と鈴。
それぞれの相手を視野に入れ、銃、剣、刀、青龍刀、ライフル、散弾銃を構えるIS達。
カウントダウンが開始される。
「箒!」
「ああ!」
「リョウ!」
「ええ!」
「行くぞ!!」
カウントを終え、戦闘開始となった瞬間にイグニッションブーストで女生徒へと突貫する白狼。
散弾銃のカウンターを左腕のシールドにて顔面を守りつつ、零落白夜にて突き、振り上げ、打ち下ろしと連撃を放つ一夏。
「くっ、データより速い・・・!」
「狙撃銃を用意したところ悪いが、距離を取らせるつもりはないぜ!」
一瞬にしてラファールのシールドを使い物にならなくした一夏は、向けられた散弾銃を蹴り上げてからの振り向きざまに雪片弐型を一閃。
「うあぁっ!」
試合開始からほんの10秒程で、女生徒はバリアを貫通した零落白夜の衝撃によって倒れた。
おおっ、と会場が沸く。
「よし・・・!訓練の成果が出てるぜ、リョウ、箒!」
白狼の掌を見つめてごちる一夏。
IS学園に入学してから1か月、ほとんど毎日のように箒と剣の修練、綾とISの訓練を行ってきた一夏。
元来のセンスの開花と白狼の性能もあり、既に専用機持ち以外の生徒では太刀打ちが出来ないレベルへと成長していたのである。
そのまま戦闘圏外へと離脱した一夏は、上空から二つの戦闘を見つめる事にした。
「箒、リョウ、邪魔はしない。存分にやっちまえ!」
リーダーからの有難いお言葉を受け、綾はシャルルと並走しながら銃を撃ち合い、軽薄に笑った。
「見ましたかシャルル君、一夏の機動を。あれが天才ってやつですかね。格闘センスでは僕はもう一夏に敵いませんよ」
「確かに一夏は凄いね!でも、綾だって一夏と戦ったら勝てるつもりなんでしょ!」
「勿論ですとも。まだ僕とアマデウスには届かない、届かせてやりません!」
エネルギーシールドと実体シールドの二重構造である防御パッケージ、ガーデン・カーテンによりアマデウスの速射弾をものともしないシャルルのリヴァイヴII。
更に、それを構えたままアサルトライフルとショットガンでの反撃を行ってくるため中距離戦闘ではアマデウスの分がやや悪い。
「負けず嫌いなんだね、二人とも!」
「そうでなければ彼を親友だとか呼びません。僕は銃、彼は剣。立ち位置や射程距離が違えど、いや、そうであるからこそ相方たり得るんですよ!」
「羨ましいよ、本当に!」
距離を詰めようとするアマデウスに対し、アサルトライフルをショットガンへと即座にスイッチして阻むシャルル。
ならば、と後退してトルキッシュ・マーチをロングバレルモードにすれば、距離を詰められ近接ブレードにて斬りつけてくるのを膝の単分子カッターで防ぐ事に。
そのまま腕を取って関節を極めようとすれば、もう片方の腕が構えるバズーカの砲弾を冷や汗と共に回避する羽目となる。
ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは第二世代故に特殊な能力は持ちえないが、シャルルの操作技術と専用に組まれたOSにより戦闘しながらの武器変更が他のISより格段に早い。
それが距離を選ばず戦い、相手のリズムを乱す要因となり、確実に戦闘のペースをシャルルが保つ戦闘スタイルを形成した。
誰が言ったか、その戦い方を「砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)」。
求める程に遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へ進む。
(天敵・・・ですね、本当に!)
アマデウスはメイン武装のトルキッシュ・マーチを三種の射撃弾種変更と、バレル調節による射程の変更で距離を選ばない戦闘が可能となっているが、シャルルのリヴァイヴIIはそれより多くの種類の武器を、同じくらいの早さで、綾が思考するより的確にスイッチを行う事が出来る。
距離を取ってバスター・ランチャーでの砲撃を行おうものなら、展開・チャージ・発射のシークエンスの間に砲身を狙撃されてしまうだろう。
つまり、今のアマデウスは最大の切り札を封印されているも同然。
ISとしてのスペックはアマデウスの方が二回りも上であるが、シャルルはその差をテクニックとセンスで埋め、追い越しそうな勢いさえ見せてくる。
綾が天敵だと感じたのは、その射程の見極めの早さと、それゆえ武器変更の早さがアマデウスよりシャルルのリヴァイヴIIの方が速い事、そして同じ距離で戦った際でのガーデン・カーテンの有無が理由であった。
そして、ISへ対しての情熱と恵まれた才能。
「何が羨ましい、ですか。こちらのセリフですよ、尊敬してしまう程にね!」
冷静さをどうにか保ちつつ、距離を離しグレネードを二発、交互に撃つ綾。
「それはバトルロワイアルの映像で見たよ!」
機関銃にて撃ち落とすかと思いきや、ガーデン・カーテンの防御力を信頼して受け止めつつ前進してくるシャルル。
爆発で黒煙が上がる中、アマデウスの姿を見失う事無く懐へと飛び込むリヴァイヴII。
シャルルの信頼通り、リヴァイヴIIの防御パッケージは大きなへこみや炎創を作るものの、その性能に問題は起こらない。
「目くらましと威力を両立させた自信作なんですけどね・・・!」
苦々しく思いながらもショットガンで応戦。
同じくショットガンで反撃して距離を詰めにかかるシャルル。
素早く徒手空拳や単分子カッターのギリギリ届かない距離にて立ち位置を固定し、かといって有効打を狙いにくい、綾にとってもどかしいディスタンス。
しかし、焦れる気持ちに揺られているのはシャルルも同じであった。
(なんて動きだ、こっちからの攻撃がほとんど当たらない。ショットガンすら有効範囲から逃れたり、咄嗟に射程外へ出るものだからダメージらしいダメージになりゃしない)
実際、シャルル優勢の流れではあるが、対するアマデウスは未だにまったく直撃を受けていなかった。
バリア残量にしても四捨五入すれば全快となる程度しか削れておらず、もともと防御力は高いものの決め手となる威力の武器が少ない事が、リヴァイヴIIの泣き所でもあった。
更に攻撃が当たりにくいとなれば、厳しい状況なのはシャルルも砂漠を彷徨っている様なものである。
(ボクを尊敬、だって?こちらのセリフだよ!綾、キミはボクに持っていないものをたくさん持っている!)
シャルルにはクラスメイトや、代表の鈴にすら、真に心を開く事は出来ていなかった。
それは、父であるデュノア社社長であるアルベール・デュノアからの指示による、あるミッションの遂行のためであるのだが。
ともあれ、胸の内に誰にも知られる事が許されない真実を隠し、誰かを心から信頼する事もせず、当たり障りの無い人柄という仮面をつけたままIS学園で生活している。
シャルルは、そんな自分が嫌だった。
生きるためとはいえ、父の指令だからとはいえ、IS学園で出会った人達は皆良い人ばかりだったから。
綾、一夏、鈴と、自分の本当の姿を知らずとも気の良い友人として接してくれる。
羨ましかった、多少の癖はあれど誰とでも仲良くなれる綾が。
眩しかった、どこまでも真っ直ぐに人を惹きつける一夏が。
楽しかった、ノリと勢いで、自分をまきこんでくれる鈴が。
その輪の中で、自分も心の底から笑ってみたかった。
そして。
(綾のピアノ、オルコットさんのヴァイオリン、凄く素敵だった。ボクもあそこに立ちたいって思う。・・・綾、ボクね、オーボエが吹けるんだ。クラリネットだっていける。キミたちと三重奏(テルツェット)、やってみたいんだ)
じわり、と視界が涙で滲む。
(でもね、ボクみたいな嘘つきが混ざってしまったら、きっとあの綺麗な音楽が濁ってしまう。不協和音が生まれてしまう。音楽はいつだって正直だ。心の汚さは音に表われる)
心が砕けないように、歯を食いしばって耐える。
(オーボエを吹くたび、おかあさんは褒めてくれたんだよ。ボクはそれだけで良かった。デュノア社の御曹司になる事なんて、求めてなかった!)
息が詰まる。喉が渇く。目が熱い。
楽しみにしていた、楽しかった筈の綾との戦いが、自分をさらけ出す事の出来ない環境と、どこにも逃げられない自分自身の情けなさに、どんどん塗り潰されていく。
(もう、いやだ。こんなボク、いやだよう・・・!)
戦いながら、優勢を保ちながら、シャルルの心は悲鳴をあげていた。
その胸中を占めるのは、自責、後悔、懺悔。
ただ真実を告げられない、それだけの事が、シャルルには辛くてたまらなかった。
攻防を続けながらも、綾はシャルルのその様子に気付いていた。
シャルルと分かりあうために戦う綾は、どうしても後一歩のところで踏み込まない彼に、自分と同様、自身の秘密を打ち明ける事の出来ないジレンマに苦しんでいるように見受けられた。
(人当たりの良い距離感、けれど懐へは入れさせない強靭な防壁。君のISも、君の心を映し出している様ですよ、シャルル君)
しばらくして、攻撃を止めて動作を停止してしまうシャルル。
その隙を突く事無く、静かに銃口を下ろす綾。
「リョウ、シャルル?」
一夏が訝しげに呟き、観客席がどよめく中、シャルルは、
「ごめんなさい。ボク、みんなの事が大好きなのに、嘘ばっかりで・・・」
震える声をところどころ裏返しながら、大粒の涙を零してたった一言をひねり出した。
「たすけてよ・・・りょう・・・!」
それはシャルルが垣間見せた、本当の姿。
偽りの仮面から覗かせた、繊細な心の素顔。
鶴守 綾は、その姿をかつての自分、そしてラウラ・ボーデヴィッヒを重ね、得も言われぬ気持ちが燃料となって燃え上がるのを感じた。
「えぇ、待っていてください、シャルル」
衝動を隠しもせず、ゆっくりとシャルルのリヴァイヴIIへと歩み寄っていく。
「この戦いが終わったら、君を縛る総てのものを解き放ってあげますとも」
嘘ではなかった。
綾は、深い事情は知らずとも、シャルルの秘密の一端を察していた。
そして、シャルルがそう言ってくれる事を待っていた。
「だから、君はありのままの君で良いんです」
「綾・・・?」
「僕に任せてください」
力強い眼差しに、シャルルは自分の心が溶かされていくのを感じる。
後は、彼が信じるに値するか、否か。
見極めるための手段は、すぐそこにあった。
「・・・ボクに勝てる、綾?」
「えぇ、必ず」
「じゃあ・・・おねがい」
自分を倒せる程の相手であれば、きっと信じられる。
再び銃口をアマデウスへと向け、怯える瞳を一縷の期待に滲ませて、シャルルは願う。
「どうかボクを、この狭い鳥篭から、救い出して・・・!」
機関銃の叫びがシャルルの細い声を掻き消す。
クイックブーストで横へと地を蹴り飛翔するアマデウス。
「その願い、叶えましょう」
バイザーをアクティブに、銃をロングバレルモードに、弾倉は速射弾に。
油断も手加減もなく一定の距離を保ち追いすがるシャルルのアサルトライフルを回避しつつ、その弾丸を叩き込む――。
がっ、どんっ、という鈍い音が響く。
「―――!」
思わず戦慄するシャルル。
右手でアマデウスを狙っていたアサルトライフルの銃身へ弾丸がめり込み、発射された弾が暴発し、鉄屑となって吹き飛んだのだ。
「マシンガンの精密性じゃないよ、それ・・・!」
「普通のマシンガンでは無理でも、このトルキッシュ・マーチとアマデウスなら出来るんですよ」
トルキッシュ・マーチの精密性は一般の狙撃銃と変わり無い程の精度をもつ。
ただし、連射による命中率低下は免れず、使い込む事による精密性の劣化は防ぎようが無い。
そこでアマデウスは、銃身のメンテナンスを行ったタイミングから、銃身内部の状態を計測しつつ、消費弾数と発射された弾の総ての射角と命中情報を記録しており、次弾がどこへ飛ぶかを統計情報から計算し、綾へとバイザー越しに伝える事が出来る。
センサーによるロックオン情報、統計データ、射撃感覚、勘、すべてを駆使する事で、アマデウスは速射弾ながら凄まじいまでの精密性の連続射撃を行う事が可能なのである。
とはいえ、膠着状態を打破するためにリヴァイヴIIの武器を狙うという発想に至ったのはつい先程である。
あるいは、普段の綾であればもっと早くに気付けたかもしれないが、ラウラの件で不安定となっていた彼にはその判断に辿り着くまで時間がかかってしまっていた。
しかし、今は違う。
シャルルの涙が、仲間達の激励が、彼に冷静さと知性を取り戻させた。
もはや迷いは無い。
迷いの無い男は、強いのだ。
「さて・・・僕の弾が切れるのが先か、君の武器が尽きるのが先か、付き合って貰いますよ」
「うん・・・!」
シャルルは思う。絶対に負けない気持ちで彼に挑もうと。
それでもきっと、彼は自分を打ち負かしてくれるんだろうな、と予感しながら。
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「このっ!このっ!このっ!このぉっ!!」
鈴の操る甲龍が双天牙月という二本の青龍刀を振り回し、その勢いで突風が舞う。
その嵐のような状況の中、箒の赤雷は二振りの刀で受け流し、捌き、隙を見て反撃を行っていた。
さながら柳の木の枝の如く、押されれば引き、過ぎ去った隙に振り上げる。
その柔軟な強度と寒気すら感じさせる切れ味と評される日本太刀を、扱いの難しい二刀を以て、明らかに重さと強靭さで勝る青龍刀を流れる川のように受け流す。
箒の心には既に、勝敗や鈴への因縁などに囚われてはいなかった。
其処に在るのは一人の剣豪。
篠ノ之 箒という剣客、ただそれだけであった。
得意なはずの肉弾戦、接近戦で後れを取る事に納得がいかない鈴。
「何で、何でよ!どうしてあたしの方がダメージを受けてるワケ!?」
「鈴音、確かにお前は天才だ。才能だけなら私よりお前の方が上だ。ISの特性の把握も、IS自体の性能も、その成長速度も、何よりISへの情熱も、遺憾だが私はお前に届かない」
「何が言いたいのよっ!」
実際、箒がIS学園へ来たのも、姉である篠ノ之 束の存在があったがために、周囲の大人達からの推薦で強制的に入学させられたも同然であった。
専用機である赤雷を受領しても、まるで心は震えず。
ただ、幼馴染であり自身の根幹である一夏の助けになればと、一通りの技術を身に着けた、ただそれだけであった。
箒にとってISとは負の象徴。
姉が作り出し、家族をバラバラにし、悲しい孤独と離別を味合わせた憎き機械。
それでも、それを身に纏っていたとしても、剣で他に道を譲るわけにはいかない。
父との絆であり、箒という女を支え続けてきた得物。
技術一つで天元へ達する事すら可能とする、奥義の結晶。
刀という人を殺めるための純粋な力。美しさすら感じる程の鉄の塊。
たとえ他国で使われていた同種の武器が相手であろうと、刀を手にした以上、切れ味と存在感、生み出すための技術の結晶であるそれを帯刀した自分が、剣で負けるなど許されない。
誇りも意地も未来ですらそこに置いてある。
篠ノ之 箒そのものを形成してきたそれを、敗北たらしめるわけにはいかない。
他のISの刀であれば既に折れ曲がっているであろう赤雷の二刀は、いまだ鈍い光を放ち、鈴の首を狙って舞い続ける。
才能一つ、努力一つで駆け上がってきた鈴には、それが理解出来なかった。
「分からないか。私はISのために生きる事は出来なかった。お前にも事情はあるのだろう。だからこそIS学園にいるのだろう。されど、私がお前に負ける道理はない」
「だから、何でそんな上から目線なのよ!あたしがアンタの何に劣っているって!?」
二刀の腹で重鈍な青龍刀を地面へと押し付け、箒は腹の底から低い声で言表す。
「即ち、剣への愛だ!!」」
「っっざっけんなぁ!!」
接近戦では埒があかないと判断したか、鈴は距離を取って両肩部に装備された武装をアクティブにする。
「むっ・・・!」
箒はそれを知っていた。映像でも確認したし、綾からも忠告を受けていた。
即座に、転がりながら横っ飛びすると、それまで箒がいた地面が大きく抉られ、弾け飛ぶように土煙をあげた。
「これが、そうか・・・!」
「流石に下調べ済みか。これがアタシの甲龍の龍咆(りゅうほう)!砲身も砲弾もアンタには見えないでしょ?つまり、距離を空けた時点でアンタの負けって事よ!!」
自慢の武装、龍咆を連続して撃ち出す鈴。
目に見えぬ衝撃弾をどうにか、勘と赤雷の機動性を頼りに回避し続ける箒。
龍咆は周囲の空間を圧縮する事によって撃ち出される空気の塊である。
発射する際の射角に限りは無く、弾丸すら空気であるが故に視認する事が出来ない。
更に集中一点突破の貫通弾、効果範囲拡大の拡散弾を選んで撃ち出す事も可能。
ISのバリアや絶対防御はあらゆる攻撃を防ぎ、装着者を守るよう作られているが、強烈な衝撃だけは防ぐことが出来ない。
つまるところ、IS自体へのダメージとしては装甲をへこませる事や武器を弾き飛ばすといった程度に過ぎないのであるが、装着者本人へ与えられる痛みは想像を絶するものとなる。
中国拳法でいうところの気の流れを応用して練り上げられたその兵器は、白狼の零落白夜の如くバリアを貫通して肉体内部へと襲い掛かる――!
「くっ・・・!」
どうにか肩部カノン砲で反撃に出るも当たらず、回避に専念するも乱射された空圧避け切れず絶え間なく箒の身体を軋ませ、呼吸を奪い、吹き飛ばしにかかる。
バリア残量は赤雷が優位であるものの、操者自身の苦しみはあっという間に限界近くまで達し、不可視の魔弾は箒の顔面を、腹部を、二の腕を殴りつけていく。
「うああああっ!!」
左手の太刀を吹き飛ばされ、息も絶え絶えに仰向けに倒される箒。
ぜえぜえと荒く呼吸する箒を見下ろし、鈴はサドスティックに笑う。
「ちょっとやり過ぎた?もうギブアップした方がいいかもよ。これ以上続けたら一夏に見せられない顔になっちゃうから」
湿気を帯びた息は鉄の臭いがする。
顔が腫れあがりつつあるのがわかる。
鈴の言う通り、女としてはとても見ていられない状態になっているのかもしれない。
だが。
それでも。
箒は自身の足で立ち上がって一刀となった太刀を構え、血の混じった唾を吐いて鈴を睨む。
重たく、腫れた右目は視界を奪い、垂れる鼻血は呼吸を乱す。
刀とは武器である。手である。膝である。
だから、杖として地に突き立てる事など断じてしない。
戦う意思を失わない、目の光を絶やさない箒に、鈴はたじろいだ。
「・・・何でよ。何でそこまでするのよ!これ以上続けたら骨格変わっちゃうわよ!?言っとくけど、アタシは手加減なんてしない。最後の最後で油断して負けるなんて有り得ないんだからね?!」
「優しいな、鈴音。喋っている暇があったら撃ってくれば良いものを」
「~~~!!だったら、望み通りグチャグチャな顔にしてやるわ!!」
箒の挑発で頭に血を登らせた鈴は、最大級に空気を圧縮させた龍咆の照準を箒へと向ける。
膨れ上がった唇が邪魔となった箒は、もとは桜色で可愛らしかったそれへ歯を突き立て血を流し、飲み込んで一時的に腫れを抑える。
そして大きく息を吸い込み、ぼやける視界の中、鈴の撃ち出す刹那だけを見計らう。
(これまでの龍咆の発射で、タイミングは掴んだ・・・)
ダメージ量とは裏腹に、箒の思考はクリアとなっていた。
イメージの中では、鈴から勝利をもぎ取るまでに必要なのは四手。
果たしてそれまで、意識を保っていられるか。
(一夏は何と言うかな。変な顔だと笑うだろうか。不細工とは一緒にいられないと貶すだろうか)
色々な想像が頭の中で蠢く。
だがどうなるにしろ、その全てを受け入れてやろう。
酸いも甘いも苦いも、一夏がくれたものだ。今回だって飲み干してやろうとも。
彼への想い、友の助言、見守る仲間の視線、この学園に来て得たそれら全てを。
(私の全てを賭けて・・・皆に還してやるんだ)
感謝しかない。
篠ノ之 束の妹というだけで避けられ、利用され、奪われ続けてきた自分を、こんなにも受け入れてくれた皆へ。
自分が還せるものなど、勝利以外に何があるというのか――!
「これで終わりよ!!」
叫びと共に撃ち出される空圧砲弾。
「いいや、始まるんだ!私たちは・・・!」
刀を鞘へ納め、イグニッションブースト。
急速加速で甲龍へと突撃を行う箒。
「ここから更に、先へ往く!!」
「ばっ・・・!」
攻撃した側の鈴ですらたじろぐ程の愚行。
カウンターの理論で首の骨が折れてもおかしくはないそれに、ほとんど無策で飛び込んでくるなんて。
しかし箒は両腕で顔を覆って見えない衝撃に備えた。
友の言葉を思い返す。
(甲龍が使う龍咆は、圧縮した空気を撃ち込む武装です。だからこその弱点もある。君が近距離から離れてしまって龍咆で撃たれる事になった場合、狙うとしたら、まずそこしかない。多少リスキーですが覚えておいて下さい。それは――)
両腕の装甲にぶつかって、拡散される空気の圧。
確かに両腕に痺れる程の衝撃が伝わり、骨が軋むのがわかる。だが。
(――要するに、肌に当たらなければダメージは最小限で済む。もしもの時は・・・)
玉砕覚悟で、装甲を盾に突っ込んでしまいなさい。
愚直なまでにそれを実践した箒は、勢いを止めずに、かつ、流れる空気で頬が痛む程度のダメージ量で、鈴音へと切迫する。
一手。
「そんな力技でどうにかなるとでも、思ってんの――!!」
もう片方の肩で圧縮していた龍咆が火を吹く。
今度は無防備となっている腹部へと。
撃ち出した瞬間に勝利を確信し、息を吹き出す鈴。
対して箒は左手に鞘を、右手を目貫に。
速度はそのままに、居合抜きで空圧を断ち切って、ついに甲龍の懐へと辿り着く。
二手。
「う、そっ・・・!」
がつり、と無防備な鳩尾へと刀を突き立て、そのまま振り上げる。
三手。
「ごふっ・・・!?」
バリアと絶対防御の恩恵で身体を貫かれる事こそなかったものの、破壊力だけがその身へ引き裂く様な痛みを伝える。
しかし。
「舐めんな、ってぇのーーー!!!」
振り下ろされた青龍刀が、箒の右手の太刀をへし折る―――!
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砕かれた武器は既に16。
ウェポンスイッチを失い、もはや意味を成さなくなったガーデン・カーテンをパージし、折れたブレードと腕部バックラー、そして、バスター・ランチャー対策として残してある狙撃ライフルのみを残したラファール・リヴァイヴ・カスタムII。
そこまでシャルルを追い詰めたアマデウスは、速射弾も、散弾も、グレネードもカッターも尽き、アイネ・クライネ・ナハト・ムジークのみを残した状態で、傷だらけの装甲なれど雄々しく立っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
「息が切れてますよ、シャルル。お互い疲労困憊ですが、倒れるにはまだ早い」
「もちろん・・・まだ、まだ・・・!」
バックラーを前へ突き出し、ブレードを構えるリヴァイヴII。
残り時間は1分を切った。
最後の突貫を行おうとしている事は誰の目にも明らかであった。
ただし、シャルルの事。間違いなくただの捨て身ではない。
それを承知の上で、綾は格闘の構えで待ち構える。
余裕ぶってはいるものの、既に意識が飛びかけている事を隠しながら。
「―――行くよ!受け止めて、綾!!」
「ええ。おいで、シャルル」
「うあああああああーーーーっ!!」
喉よ裂けよと絶叫を放ち、エネルギー切れ寸前のリヴァイヴのブーストを全開にする。
もはやイグニッションブーストを使える程の力もないが、速度は十分。
大きく振りかぶって打ち下ろしたブレード。
それがアマデウスの装甲を切り裂くよりも先に、綾の肘がリヴァイヴの腕を打ち付け、クロスカウンターのボディブローがシャルルの胸へと吸い込まれる。
「そこだぁああっ!!」
その瞬間、リヴァイヴのバックラーが炸薬によって吹き飛び、中から切り札たる、大口径のパイルバンカーが顔を出す。
「ロマン武装・・・!?」
ゼロ距離から鋭利な先端の金属塊を撃ち出す、一撃必殺の破壊力を秘めた杭打機。
トリプルクロスカウンターで綾の脇腹部へと突き刺さるそれは、リボルバー機構による炸薬交換で連発が可能な、第二世代型ISの中では上位の威力を有する武装。
立て続けに三発、止めにもう一発撃ち込む事で、錐揉みしながら吹き飛ぶアマデウス。
「ごはッ・・・!!」
血反吐を吐きながら壁に叩きつけられるのを待つばかりとなった綾を、悲鳴を飲み込んで見守る本音、手にしたカップを震わせるセシリア。
誰よりも、確かな手ごたえを感じ取ったシャルルが、絶望的な表情をする。
(綾・・・?)
宙を舞うその姿が、永遠に続くかと思えるほどに長く感じる。
じわりと、涙が滲む。
(ボクを、助けてくれるって、言ったじゃないか・・・!)
瞼を強く瞑って、涙声で呟く。
「嘘つき・・・!」
「さて、誰の話ですかね・・・!」
はっ、と顔を上げると、吹き飛ばされながら、背部のバスター・ランチャー、アイネ・クライネ・ナハト・ムジークを、両脇の下からマウントしてシャルルを狙うアマデウスの姿が視界に入った。
「っ!ライフルっ!」
「南無三ッ!!」
シャルルがリアクションを起こすより早く、パイルバンカーに撃たれるより前から充填を完了していた圧縮粒子が導かれるかのようにリヴァイヴIIを貫く―――!!
「あたしの、勝ちよ!!」
赤雷の太刀を折った側とは逆の青龍刀を振りかぶった鈴は、勝鬨と共にそれを振り下ろそうとした。・・・が。
「惜しかったな・・・!」
箒は、量子化されていた三本目の刀をすでに出現させ、踏み込みと共に鈴の横腹へと叩きつけていた。
「は・・・!?」
刀の反りへと手を当て、へし切るように体重をかけていく箒。
「あ、アンタ!拡張領域(バススロット)にもう一本刀仕込んどくとか、馬鹿じゃないの!?」
「そう、馬鹿だ。あいにく私はこれしか知らないのでな・・・!」
じわじわと発光と共に削られていくバリア。
焦る鈴だが、振りかぶった青龍刀では赤雷のウイングを切り裂くのが精一杯で、箒本体へ攻撃が届かない。距離が、近すぎる。
駄目押しとばかりに箒は肘を峰へと撃ち込み、勢いよく、振り抜く。
「うそっ!あたしが、こんな奴にっ・・・!」
「チェーーーーーーーストォ!!」
四手。
映画や時代劇であれば派手なSEでも鳴っていたであろう、その斬撃。
振り返る事なく納刀する箒の背後で、突き抜ける痛みに意識をも断ち切られた鈴が、言葉もなく崩れ落ち、意志とは関係なくISを解除され倒れ伏した。
「私の・・・勝ちだ」
ちん、と鍔が当たる音が鳴ると同時に、箒もまた、電池が切れたかのようにその場へと倒れこんだ。
バリアを消失し、吹き飛ばされたシャルルは、全力を出し切った充実感と、そんな自分を約束通り上回ってくれた綾への感謝で心が満たされていくのを感じていた。
(りょう・・・リョウ・・・綾!)
何度も心の中で彼の名前を叫んで、背中から地面を滑り、止まったと同時にISを解除して大の字に倒れるシャルル。
(キミに会えて、良かった。ボクは、キミを・・・信じてる!)
意識を失う直前に流れた一筋の涙は、もう悲しみの涙ではなかった。
そして、フィールドの壁へと勢いよく激突した綾もまた、バリア残量ギリギリとなったISを解除し、ずるずると地面へと滑り落ちていく。
「いや、シャルル。君、強過ぎですって、マジで・・・」
ぼすん、と尻から着地した綾は、そのまま横に倒れこんでそのまま目を閉じた。
「けどまぁ・・・いい試合でした」
途方もない脱力感につつまれながら、遠くに聞こえる1年1組の勝利を告げるアナウンス。
「リョウーーっ!!箒ーーっ!!」
こちらへ飛行してくるISの音は、きっと一夏やセシリア、本音だろう。
観客席から聞こえる歓声を波の音のように錯覚しながら、綾は御守りへと変化したアマデウスを握りしめて眠りについた。
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ラウラはどこか力ない眼差しで綾の試合を観戦していた。
自分には、あんな風にISで戦った事など無かった。
ISはあくまでも兵器で、敵を殲滅するのに有効な武装に過ぎない。
それをこんな、スポーツ感覚で扱う彼らが信じられなかった。
(だが、わたしは奴らを、羨ましいとすら感じている)
未知の感覚だった。
新しい感情だった。
彼らの事を、鶴守 綾を、もっと知りたいと思った。
「隊長、次は我々の試合です」
「棄権する」
「は?」
クラリッサの言葉に即答したラウラは、静かに立ち上がり観客席を離れる。
「後はお前たちに任せる。勝つも負けるも好きにするがいい」
「た、隊長っ!?」
引き留めるクラリッサの声に振り返る事なく、ラウラは自室へと急ぐ。
試合に出ても良いが、先程の様子を見るに綾は自分の試合を観戦する事は出来ないだろう。
それはそれでつまらないと、ラウラは思う。
「もう一度、あいつと戦ってみたい・・・」
一夏に気を取られ、千冬しか視界に入らなかった時とは違う、今ならまた違う景色が見えるのではないか。
ドイツ軍兵士としてのラウラ・ボーデヴィッヒではなく、ラウラ・ボーデヴィッヒ個人として。
(そういえば、奴の父を調べろと言っていたか)
綾が最後に伝えた言葉を思い出し、少し足早となるラウラ。
そんな陽の当たる世界へと一歩を踏み出しつつあった彼女を許さないとでも言わんばかりに、腿へと絡みついた待機状態のシュヴァルツェア・レーゲンが妖しく光を放った。
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ラウラを欠き、急遽クラリッサを代理のクラス代表として戦闘に挑んだ3組であったが、量産機が多い編成ながらも連携を向上させた4組は簪の指揮もありその実力を1組と戦った時より大幅に向上させていた。
そして、様子のおかしいラウラを心配するあまり連携を乱した3組は、まさかの敗北を喫したのであった。
そして表彰式。
1年は1組が3戦3勝により優勝。
他クラスは全て1勝2敗で同率2位。
また、優秀賞は4人。
1人目は更識 簪。
選考理由は、単独で専用機三機を相手取る程の戦闘力と、2戦目以降の指揮連携の中核として機能し、専用機が少ないクラスながら戦果に貢献した事による。
「優秀賞・・・私が・・・?」
「やったね、更識さん!」
「おめでとうカンザシ!!」
この戦いで友情を結んだクラスメイト達に抱きつかれ、賞賛されて顔を赤らめる簪。
続いて2人目、セシリア・オルコット。
派手な活躍は無かったものの、手堅い撃墜数、状況判断の早さ、ほとんど外す事の無かった精密な射撃が決め手となった。
「やりましたね、セラ」
「ふふ、このくらいで慢心はしなくてよ」
軽く手の甲を綾と合わせて笑いあうセシリアは、それでも受け取った表彰盾を嬉しそうに抱いていた。
更に3人目、篠ノ之 箒。
さながら人間の達人のような動きをISで再現させた動作の柔軟性、スペック上の格上である甲龍を、危なげながらも見事完封した事が評価につながった。
「わ、私でいいのか・・・!?」
「良かったな、箒!さすがだぜ!」
腫れた顔が恥ずかしいのか、顔中を包帯ぐるぐる巻きにしていた箒の肩を、彼女が最も褒めて欲しい人である一夏が爽やかな笑顔で叩いた。
「う、うむ。そうか、そう言って貰えると嬉しいぞ」
「・・・ふん。次やったら絶対負けないんだから」
そんな二人を横目に見つつ、唇を尖らせる鈴。
苦笑いで鈴を見ていたシャルルは、4人目として呼ばれ、驚きながらも盾を受け取る。
戦術の緻密さ、武器選択の正確さ、安定した技術力によりほぼ満場一致での決議である。
「あはは・・・いいのかな・・・」
少し乾いた笑いでごまかす様に鈴の隣へ戻ると、
「ま、アンタならそのくらい当たり前よ。なんたって、アタシに勝ったんだから」
ぱしん、と肩をはたかれて飛び上がるシャルル。
それでも、八重歯を見せながら笑って褒めてくる鈴に、シャルルは笑顔で礼を言った。
「・・・うん、ありがとう鈴」
そして、最優秀賞。
鶴守 綾。
IS操作の熟練度はもちろんの事、自身が参加していない試合でも的確に指示を飛ばし、3組の強豪をほぼ一人で相手取って撃破し、最後まで思考を止めず、勝利をもぎ取るまでの執念が評価された。
「・・・別にこんなもの貰うつもりはなかったんですけどね」
いまだパイルバンカーを受けた脇腹が痛む綾は、湿布を貼り付けた患部をすりすりと擦りながら盾を受け取り、シャルルの隣を通りすがりがてら、
「ま、僕らのベストバウトを称えて、って事で受け取っておきましょう」
「うんっ」
お互いの盾をこつん、と合わせる綾とシャルル。
ラウラの姿が見えないのが気にはなったが、綾は結局探したりする事なくその日を終えた。
きっと大丈夫。焦らなくとも、彼女からコンタクトは取ってくる。
そう信じて、疲れ果てた綾は一夏と部屋に戻るなりシャワーを交代に浴びて泥のように眠りについた。
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翌朝。
振替休日となったその日、部屋をノックする音に目覚める綾。
一夏はまだ眠っている。
仕方ないのでぼさぼさの髪もそこそこに、あくびをしながら扉を開け放つ。
「・・・ふぁい、どなたれしゅ?」
「お、おはよう、綾。もしかして、寝てたかな・・・?」
「あぁ・・・しゃゆゆ君・・・おはおうごじゃいまふ・・・」
扉の前に立っていたのは、昨日激闘を繰り広げた相手であるシャルル・デュノア。
明るい色のタートルネックとノースリーブベストにパンツルックと、春らしいコーデである。
対して、Tシャツに半ズボンの綾。
寝起きで蛙のような顔をしている綾を見て、少し申し訳ない気持ちになるシャルルであったが、だんだんと覚醒し、目の前の人が勝手知ったる箒や千冬(休日になると来る事がある)ではない事に気付くと、カッと裸眼を開いて扉を閉め、急いで服装を整え髪をセットして眼鏡をかけて、再度扉を開け、ぽかんとして待つシャルルを迎える。
「やぁシャルル君、お早うございます。ちょうど僕も起きたところですよははは。本日はどのようなご用件でしょう?」
息を切らせながらドレスシャツにチョッキを羽織り、チノパンを履いて現れた綾。
「い、いいよいいよ、そんな、格好とか気にしないよ。朝、弱い人は弱いから仕方ないよ」
むしろ逆効果なフォローに苦い顔をする綾。
完全に油断していた。折角築いてきたお洒落で紳士的な自分のイメージが崩れてしまう。
「あ、あのね、昨日、試合中にしてた話なんだけど・・・」
「あぁ、その件ですか」
さておき、早速本題を切り出してきたシャルルに通常運転モードで返す綾。
くい、と中指で眼鏡のブリッジを押し上げる綾は、部屋を出て鍵を閉めると、
「では少々付き合って頂けますか?購買へ朝食のパンでも買ってこようかと」
「あ、朝ご飯なら・・・実は、準備してあるんだ・・・」
「・・・ゑ」
綾はもじもじと言うシャルルに挙動を停止させた。
「よかったら・・・ボクの部屋で、食べながら話さない?」
頬を赤らめながら上目遣いに見てくるシャルル。
目線だけで周囲の人影の有無を確認し、腐女子どもや箒などがいない事を把握した綾は、冷や汗を流しつつシャルルの肩に手を置き、
「りょ、綾?」
「いいですかシャルル君。ご馳走にはなりますけど部屋に誘う際はちゃんと場所と言い方を選ばねばなりますまい。また腐った人達に新たな餌を提供しかねないのでそこだけ注意をば」
「う、うん・・・?」
良く分からないといった顔で頷くシャルルである。
ともあれ、シャルルの部屋は男子部屋としてまとめられている綾と一夏の隣の部屋であるため、そそくさとシャルルの背中を押して部屋へと入っていく綾。
しかしその現場を、遠くから見てしまった人影がひとつ。
「り、リョウが、人目を気にしながらシャルルさんを部屋へ連れ込みましたわ・・・!?」
昨日の反省点や今後の課題について、朝食を誘いがてら綾に相談しようとやってきたセシリアである。
わなわなと震えながら頬に手を当てるセシリアは、そこに一夏の姿が無かった事に気付き、
「も、もしやリョウの本命は一夏さんではなく、シャルルさんでしたの・・・!?」
冗談だと思っていた腐女子の妄想の裏付けを見てしまった気分になってへなへなとへたり込んだ。
苺のジャムが塗られた温かいタルティーヌとホットカフェオレをご馳走になった綾は、ご馳走様でしたと礼を言いつつ、テーブルに500円玉を置いた。
「いいよいいよ!お金なんてそんな!」
「チップとでも思ってください。タダ食いなんてするわけ無いじゃないですか」
「でも、そんな他人行儀なのって・・・」
不満そうに呟くシャルルに、仕方ないとばかりにかぶりを振った綾は、
「・・・なら超過分は貸しにしておきます。そのうち好きな金額で返してくださいな」
「!うんっ!」
今度は花が咲いたかのように笑顔を浮かべるシャルル。
昨日の戦いひとつでずいぶんと心を開いてくれたものだと綾は思う。
シャルルの部屋は一人部屋で、広さとしては綾と一夏が過ごしているものと同じであるが、ベッドが一つ少ない事もあって一回り広々としているように感じる。
窓側には分厚いカーテン、ソファとテレビ台が置かれており、机にはノートパソコンが設置されていて、どこか簡素な印象を与えられる部屋であった。
「それで、なんだけど」
ソファに腰掛けた綾へ、ベッドの上にぺたんと座るシャルルは遠慮がちに話しかける。
緊張しているのであろう、指を重ね、何度も親指を回すシャルルを見て、綾は軽薄に笑いながらも安心させようとおどける。
「焦らなくていいですよ。君のペースで話してくれれば良い。どうせ今日は休みですし、どこかに出かける予定もありませんしね」
「・・・うん、ありがとう。綾は、やさしいね」
ほっとしたように微笑んだシャルルは、深呼吸して肩の力を抜き、やがて意を決したように言葉を紡いでいく。
「・・・綾、ボクね」
「はい」
「実は・・・ボク・・・」
「はい」
優しく、急かさない様に返事をしていく綾へ、シャルルは覚悟を決めて、瞼をぎゅっと瞑って口に出した。
「ボク・・・ホントは・・・!お、女の子なんだ・・・!」
「はい、正直察してました」
「・・・え゛っ!!?」
寒気がするほど心臓を稼動させてようやく伝えた言葉を、綾はしれっと頷いて返した。
「な、な、なんでっ!?どうして、いつからっ!?」
「ほぼ最初から、ですかね・・・」
「うそーーーーーーーっ!!」
絶叫と共にベッドの上で転がるシャルルへ、綾は笑顔でフォローする。
「あ、一夏はもちろんの事、他の生徒達は誰も気付いてない様子なので安心してください」
「そ、それは良かったけど!綾はどうして気付いたの!?」
「そりゃ状況からですよ」
ついには布団にくるまって顔だけ出してこちらを見てくるシャルルへと、こほんと咳払い一つ、綾は持論を展開させた。
「まず見た目が可愛らしいのが一つ。次に僕や一夏が着替えていると恥ずかしそうに出て行ったり、自分の着替えは決して見せないよう配慮したり、お手洗いで出くわすと必ず個室と水音機能を使用していた事が一つ。ははは、リアクションや行動が乙女過ぎましたね」
「ううぅ~っ!」
恥ずかしさのあまり投げつけられた枕を受け止め、綾は続ける。
「後はまぁ、これを致命的と言うのはある意味酷なのですが、ISを扱えるという事が理由ですかね」
「えぇっ!?で、でも綾や一夏だって・・・」
「僕がISを使えるのは当然なんですよ。そういう風にコアが作られてるんですから。一夏がISを使えるのは正直、まだ理解の範疇を超えてはいるんですが・・・」
「そういう風に、作られてる・・・?」
「失言でした、忘れてください。ともかく、男性でISを使えるのは僕と一夏しかいない。もしかしたら3人目が表われる可能性が無いとは言い切れませんが・・・しかし」
ふむ、と足を組んで思案するも、
「しかしやはり、天文学的数値なんですよ。篠ノ之 束が作成したコアは女性と僕以外には反応出来ない筈なんです。その希少な確率を一夏が拾っている以上、同年代での3人目が誕生する確率は限りなく低い」
ばっさりと言い切る綾。
失言ついでに自分がISを使えて当たり前、という情報を公開した彼に、観念したようにマットレスへ顔をダイブさせるシャルル。
コアの反応について、デュノア社よりも深い知識を有している様に見受けられる綾には、他に男性適合者がいるかもという可能性を盾にした嘘は、そもそも通じなかったと言う事である。
「むしろ、僕が気にかけていたのは君が女性であるか否かではない」
足を組み変えてシャルルを見やる綾は、眼鏡を押し上げつつ彼――彼女へ問う。
「聞かせてくれますか。君は・・・貴女は、何故、そのような嘘をついてまでIS学園へ来たのですか?」
少しの沈黙の後、布団から抜け出てベッドから足を下ろし、綾へ向き合ったシャルルは、信じると決めた目の前の男の目をじっと見つめて、改めて自己紹介を行った。
「・・・ボクの本当の名前は、シャルロット・デュノア。デュノア社社長、アルベール・デュノアと、その愛人だったおかあさんとの間に産まれた娘で・・・」
シャルル――シャルロットは、ずっと心の重圧となっていた己の使命を綾へ伝える。
「・・・IS学園に在籍する、専用機とそのマイスターのデータを、盗むためにやってきたんだ」
ゴーレムはカット。