インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:魚妻恭志郎

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別離、シャルル・デュノア

シャルロットはフランスの片田舎で生まれ育った。

父はおらず、母と二人、タンポポ畑とクルミの木に囲まれた一軒家で静かに暮らしていた。

優しい母はエレメンタリスクールの教師をしており、その娘であるシャルロットは賢くもお転婆で、友人達からも人気がある少女であった。

春は丘を駆け回り、夏はプールで泳ぎ、秋は洋服店でトレンチコートを選び、冬は葡萄畑を母と手を繋いで歩く。

母から教わったオーボエやクラリネット、トランペット、サキソフォンなどの吹奏楽器は、シャルロットの宝物。

そんなどこにでもいる、普通の女の子であった。

シャルロットがジュニアハイに進級したある日、母が体調不良を訴えはじめ、しばらくして床に伏せるようになった。

末期のスキルス性胃癌であった。

裕福ではない家計を支えるため、シャルロットは学校を休むようになり、母の看病と未青年でも働ける仕事に日々を費やした。

しかし、シャルロットの奮闘虚しく、まもなく母は天に召されてしまった。

親戚もいないため、どうにか一人で葬儀を済ませ、家のクルミの木の下へ母を埋葬した。

途方に暮れていた。今後どうすれば良いのか分からなかった。

あっという間に全てを失ってしまった気持ちだった。

しばらくして、黒服を着た男達がシャルロットの家へやってきた。

彼らは、シャルロットの父の使いであると名乗った。

半ば自暴自棄となっていたシャルロットは大人しく彼らに従い、車に乗せられ、空港から1時間のフライトを経てパリに着いた彼女は、巨大なビルの最上階にある社長室へと通された。

そこで待っていた顎鬚をたくわえた厳格そうな風貌の男、アルベールと名乗ったデュノア社社長である彼はシャルロットの父であり、デュノア社は、元はエンジン開発を営んでいたが、数年前にフランスIS開発企業として売り出し始めたトップ会社である事を説明された。

また、かつて出会ったシャルロットの母と一時的な逢瀬にて出来た娘がシャルロットであるのだと、彼は語った。

そして、母を喪ったシャルロットを引き取り、子供のいないデュノア家の跡取りにするつもりであると、混乱するシャルロットへと説明した。

冷たい雰囲気の男だと思った。

なぜなら、彼は母との思い出を何一つ語ってはくれなかったから。

断る選択肢を与えられず、流されるままデュノア家の一員となったシャルロットを待っていたのは、どうしようもない孤独の日々であった。

義母となるアルベールの正妻、ロゼンダの前に通された際、彼女はシャルロットを勢いよく叩いてきた。

妊娠できない体質の彼女には、愛する夫が他所でつくってきた娘が許せなかったのだ。

父母の事情がどうあれ、その一発でシャルロットはデュノア家において自分に居場所が無い事を思い知る。

アルベールはまず、シャルロットのIS適正を調べ、A判定を確認した後すぐにISの訓練所へとシャルロットを放り込んだ。

毎日のように基礎トレーニング、IS機動訓練、戦術座学を行い、家に帰れば一般勉学と帝王学、デュノア社の製品知識を叩きこまれ、ほとんど寝る時間を与えられない日々を過ごした。

熱を出して倒れた翌日には、遅れを取り戻すべく倍のカリキュラムが組まれた。

一日一日が苦痛だった。

ここには誰もいない。優しかった母も、一緒に遊んだ友も、仕事をおしえてくれたおじさん、おばさん達も。

毎晩、あふれる涙を拭った。

半年程たったある日、シャルロットは家出をした。

少ない小遣いを貯め、タクシーを乗り継いで故郷へと戻った。

1日かけて懐かしい片田舎の村へ辿り着いたシャルロットは、家までの道すがら出会う人達の畏れるような視線に戸惑った。

皆、彼女が都会の大富豪として引き取られた事を知っていたのだ。

見知った顔から嫉妬、羨望といった眼差しを背中へ受けながら、それでもどうにか母の眠る家へと到着したシャルロットは、手にした荷物を取り落とした。

タンポポ畑は枯れ果て、クルミの木は実をつけず、主のいなくなった家はひたすらに暗く、寒々しかった。

そこへきてシャルロットは理解した。

もう自分に、帰るべき場所など残っていないのだと。

半日ほどしてシャルロットを連れ戻しに黒服達がやってきた。

彼女はもはや生気を失った顔で、抵抗する事無く従った。

それからはまた、同じように知識とトレーニングを詰め込むだけの日々が繰り返された。

父は何も言わず、義母はシャルロットを避けるようにしていた。

両親にはもはや何も期待していなかった。

気がつけばシャルロットの心の拠り所はISとなっていた。

最初は辛いだけだったが、ある程度の体力がつき、操作感覚が身についた頃、自由に空を駆ける事の出来るISが、自由に装備を選択できるISだけが、彼女が唯一「自分で考え」、「選ぶ」事が許されるものであった。

与えられた専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは自分で改造を施し、自分で装備を揃え、家族よりも愛着をもって接してきた。

そして、いつしか社内ISテストパイロットの誰もがシャルロットに太刀打ち出来る者はいなくなっていた。

シャルロットが15歳になった頃、アルベールは彼女を呼び寄せ指示をした。

フランス、ひいてはデュノア社のIS開発が他国に遅れを取っている事もあり、経営危機に陥りかけているという。

そのため、他国の専用機や繰者の情報、そして存在が発表された男性IS適合者のデータを盗みにIS学園へ入学しろ、というものだった。

入学に際し、男性繰者のデータを取りやすいよう男装する事を命じられたシャルロットは、特に逆らう事も無くその命令に従った。

逆らっても意味が無い事と諦めきっていた。

そして彼女は日本語の訓練を行った後、シャルル・デュノアという偽名を騙り、日本――IS学園へと旅立った。

最初はただ淡々と、任務を全うすればいいだけだと考えていた。

しかし、ターゲットであるはずの織斑 一夏、鶴守 綾は、彼女の失いつつあった優しさを呼び覚ましてしまうほどに温かな存在だった。

エリート意識でギスギスとしていたクラスメイト達の中において、何も考えず自分を振り回してくれる鈴に、友達と遊んでいた頃の記憶を蘇らされた。

居場所を失ったシャルロットに、ここにいて良いのだと、受け入れて貰えた気がしていた。

だからこそ後ろめたかった。

男性だと偽ってここにいる事が。

ISのデータ欲しさに近づかなければならないという裏の顔が。

せっかく心を許してくれた友達に、心を許す事が出来ないシャルル・デュノアが、大嫌いだった。

また、故郷の人達のように、自分を見る目が変えられてしまうのではないかと、怖かった。

どう足掻いても闇の中で這いずるばかりのイメージしか湧かないシャルロットであったが、

その罪悪感ごと掬い上げてくれた男が、今、目の前にいる。

彼であれば。鶴守 綾であれば。

自分はここにいていいのだと、そう言ってくれると、信じる事が出来た。

そして、シャルロットの語った過去を全て聞き終えた綾は、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた後、緊張の眼差しで彼を見つめるシャルロットへと大きな溜め息と共に向き合い、怒りを込めた視線を投げかけた。

「綾・・・?」

どきり、と不安になるシャルロット。

もしかして、自分を見限ってしまったのかと心を乱しかける。

否。

彼はそんなひとではない。

きっと怒っているのは―――。

「シャルロット」

綾は、ずいっとその掌をシャルロットへと向け、宣言した。

「僕は君を守りません。守る必要が無いくらいの環境を作ります。電話を繋いでください、君の父親に。ハリー、ハリー、ハリアップ」

「ウ、ウィ」

立ち上がった綾の勢いに圧され、つい母国語で返事をしてしまったシャルロットは、懐から専用回線へと繋がるスマートフォンを取り出して、通話履歴からダイヤルを開始した。

受付の女性らしき声とフランス語で何かしら言葉を交わし、父に取り次がれるのを待つ。

待機音が解除されると、厳めしい声が聞こえてきた。

『・・・私だ』

「お父さん、わたしです。シャルロットです」

『・・・これから大事な会議がある、用件は手短に――』

「アロー、アロー、ボンジュール、ミスター。日本語は分かりますか?僕はフランス語は分からないのですが、英語なら少々いけます、どうでしょう?」

『!?』

父に繋がった事が確認できた瞬間、綾はシャルロットからスマートフォンを取り上げて自分の耳へと押し当てた。

一瞬、狼狽したような空気を出すも、すぐに整えた反応をみせて返答をかえすシャルロットの父、アルベール。

『・・・日本語で結構。これでも各国へ視察へ行く関係で言語に不自由しないよう勉強してある』

「それはそれは素晴らしい、さすが社長さんですね。さぞ会社の業績も順調なのでしょう」

経営危機に陥っているという話を聞いたにも関わらず、皮肉たっぷり込めて褒めやる綾をハラハラとした面持ちで見守るシャルロット。

『先程から君は何者かね?シャルロットはどうしている?』

「おっと、自己紹介が遅れましたね。僕の名はリョウ・ツルモリ。あなたがデータを欲しがっていた男性ISマイスター本人でございます」

『・・・!』

ガタリ、と椅子から立ち上がる音が聞こえる。

それを聞いた綾は鼻で笑うように息を吹き出し、ジェスチャーで待っている様シャルロットへ指示してベランダへと出て、窓を閉めた。

「シャルロットさんは近くにいますよ。僕に女性であるという正体やその目的を知られ、今はIS学園の一室にいます」

嘘はついていない。

『・・・何のつもりだ。目的は何だ?金か、ISか?』

「いいえ、そのどちらでもありません」

『言っておくが脅しには屈しない。もともと愛人との間に産まれた娘だ。テロリストに提供出来るものなど何も無いぞ』

「はっは。僕をテロリスト呼ばわりですか。まぁそれも良いでしょう。ただし、あまり口が過ぎるとシャルル君がシャルロットという女性であった事を証拠写真付きで全世界へと発信しますが、良いのですかね?」

『き、貴様っ!!』

机を叩く音を聞きながら、綾は続ける。

「男性でありながらISを扱える者が3人も現れた。しかしうち1人は話題作りのために男性であると偽った女性であった、と世間に知れればどうなるのでしょうね?彼女の人権が失われるであろう事もさることながら、それを指示したあなたは母国から詐欺罪で逮捕され、経営危機のデュノア社はあなたの悪名により再建を果たせず倒産し、数十万という社員を路頭に迷わす事になりますねぇ?」

デュノア社の経営状態は綾も知っている。

なにせそこの社長の息子がIS適合者である事は、テレビやネットニュースで世界中に報道されていたのだ。

そこからデュノア社の株が少しずつ伸びていた事も。

これが虚偽の発表であった、ということが知れれば、大炎上間違いなしの案件である。

『貴様個人の申告と、私とデュノア社の発表、どちらが信用度が高いと思っている?』

「僕の発言力が無いとでも?世界で希少な男性IS繰者が、確たる証拠と共に出るところへ出ればもう言い逃れ出来ない事は想像出来るのでは?ついで言えばもみ消す事が出来るほどデュノア社が大企業であるとは思えませんがね?」

『くっ・・・!』

「さてさて、会社の心配も良いですが娘さんの心配は本当にしなくて良いのですか?彼女は既に僕がISで屈服させているのですよ?」

これも昨日、ギリギリの戦いを制して勝利した、という意味で嘘ではない。

『・・・っ!彼女はどうしている。生きているのだろう?』

「先程声を聞いたでしょう?ご安心を、殺すつもりはありません。ただ、僕があなたに対して圧倒的イニシアチブを握っている事をお伝えしたかったわけですが」

『彼女をどうするつもりだ』

「それはあなた次第ですよ、社長」

くっくっ、と悪そうに喉を鳴らした綾は、窓を通して不安そうに見つめているシャルロットをちらりと見やって笑顔で手を振った。

「生かすも殺すも、犯して泣かすも自由自在といったところです。幸い、彼女も抵抗する素振りはみせていませんしね。ふふ、美味しかったですよ、彼女(の作った朝ご飯)は」

『おのれ・・・!』

嘘はついていない。全く嘘はついていない。

悪意しか無いが嘘はついていなかった。

「さぁて、そろそろ本題に入りましょう。なに、簡単な事です。今からいくつか質問をしますので、それに答えてくれるだけで結構です」

『質問・・・だと?』

「えぇ。ただし、少しでも嘘の回答をよこしたと判断した場合、シャルロットさんへ即座に罰を与える事にしましょうか」

具体的にはその綺麗な髪を撫でてやるつもりである。

椅子へと腰掛ける音がし、重々しい息を吐きながらアルベールは綾へと聞いた。

『・・・何を聞きたいというのだ』

「まず、シャルロットさんのお母様との馴れ初めについて伺いましょうか」

『・・・は?』

「聞こえなかったんですか?次はありませんよ、即座に回答出来ないのであればこちらにも考えがあります」

詳しくはシャルロットに足つぼマッサージを行います。

『くっ・・・何を考えているのかは知らないが、彼女とは、私が社長就任後の旅行にてモン・サン・ミシェルを訪れた際に出会った。そこで恋に落ち、一夜を共にし、その後も機会を見ては逢瀬するに至った』

「ほうほう、ちなみに今の奥様とはその頃?」

『・・・妻は、その頃から婚約が決まっていた。不妊体質である事も承知していた。それでも、私は彼女を受け入れる事を決めていた。彼女を、妻を愛していたからだ』

「浮気していた事を奥様は知っていたので?」

『聡い彼女の事だ、何となく察してはいたのだろう。・・・もしや貴様、シャルロットの母の関係者か?それとも、妻と恋愛関係にあった男か?』

「はい余計な質問しない。再三ですが変な事言うとシャルロットさんがひどいですよ」

もう一枚タルティーヌ食べたいって言っちゃいますよ。

「次の質問です。シャルロットさんの事をどう思っていますか?」

『・・・わけがわからない。貴様は一体、何がしたいのだ?』

「やれやれ、学習しませんねぇ」

綾はおもむろに送受音量をミュートにすると、部屋の中へと戻り、ベッドに座るシャルロットの前へとひざまづいた。

「り、綾?どうしたの?お父さんは――」

「しっ、静かに」

指を一本立てて黙るよう指示し、静かに頷いたシャルロットの足首をつかむ。

「えっ、ちょっ、リョウ!?」

「大丈夫、僕を信用してください。絶対に僕の名前を呼んではいけませんよ」

言い終わるとミュートを解除し、シャルロットの足裏を親指で力強く圧した。

「あ痛っ!あーーーーーーーーーーっっ!!痛い痛いっ!いーーーーやーーーーーーっっ!!!」

『シャ、シャルロット!!』

ベッドの上で悶絶するシャルロット。

その反応を楽しむように鼻歌混じりに凝っていそうなところを圧していく綾。

この足つぼマッサージは一夏から教わったものである。

いつも疲れて帰ってくる千冬のために色々調べて身につけたらしいが、こんな形で綾に伝わって使われるとは夢にも思っていなかっただろう。

痛みのあまり父の呼ぶ声も聞こえなかったらしいシャルロットから手を離した綾は、またスマホをミュートにして、息を荒く吐く彼女の頭を優しく撫でた。

「はい、お疲れ様です。どうです?疲れは取れました?」

「わ、わかんない・・・けど、すっごい痛かった・・・」

「もしかしたらもう片方の足もやりますのでよろしくお願いしますね」

「え、えぇー・・・」

嫌そうな返事をするシャルロットをそのままに、またもベランダへと出て行く綾。

ミュートを解除してスマホを耳に当てると、心配そうに娘の名を叫ぶ父の声が響いた。

『シャルロット!シャルロット!返事をしてくれ、シャルロット!!』

「はいお待たせしました社長。僕の質問に答えて頂く気持ちになりましたか?」

『き、貴様ァ・・・!』

「あれぇ、僕、いまウィ、かノンで答えろって言ったつもりだったんですけどぉ?」

『この反応で分からないか!シャルロットは私の大事な娘だ!彼女に何かあったら私は貴様を殺しに行くぞ!!』

鬼気迫る声で綾へと怒りをぶつけるアルベール氏に、満足そうに頷く綾。

「なるほどなるほど。しかし妙ですねー、そうなるとシャルロットさんの話と齟齬が生じてしまう」

『嘘なものか!何を根拠にそんな事を!』

「何故ならシャルロットさんは、あなたから虐待も同然の扱いをうけたと申告していました」

『っ!それは・・・!』

「奥様がシャルロットさんを叩いた際も、あなたは何もフォローしなかったのでしょう?

彼女はパリに自分の居場所が無い事を悲しんでいましたが、本当に愛していたのですか?」

『シャルロットが、そんな事を・・・?』

信じられないとでも言いたげに反芻するアルベールに、ある程度の確信を得た綾は確証を取りにかかる。

「寝る暇も与えてあげなかったのでしょう?何も話しかけてあげなかったのでしょう?実の母との想い出も語ってあげなかったのでしょう?それでよく大事な娘だなどと言いましたね。きっと、愛しているの一言も言ってあげた事がないのでしょう」

『・・・!わっ、私は・・・!』

「納得できるお話を聞かせてくださいな」

ここまで話を引き出した綾は、しずかに部屋の中へと戻っていった。

そしてシャルロットへやはり静かにするようジェスチャーすると、スマホをスピーカーモードにしてシャルロットにもアルベールの言葉が聞こえるようにした。

『・・・仕方が、なかったのだ。シャルロットを引き取ると決めた時、役員の中でシャルロットの命を狙う派閥が現れだした。子供のいない私には、親族から跡継ぎを出す事が出来ないと思っていた連中が、次期社長の座を明け渡させるためだろう』

「・・・!」

隣に腰掛けた綾が持つスマホから聞こえる父の声に息を呑むシャルロット。

堰をきったようにアルベールは続ける。

『だから私は、シャルロットをIS繰者にするため厳しい訓練を施した。専用機を持ったIS繰者であれば、安易に手を出せる者は少ない。だから一刻も早くISを扱えるようあのようなタイムスケジュールで訓練を積ませる必要があったのだ』

「IS訓練が終わってから通常の座学や帝王学を叩きこんだと聞きましたが?」

『そうだ、ただISを使えるだけでは己の身は守れない。私とて常に傍で守ってやれるとは限らない。だが、正しい知識を持っていればいくらでも戦いようが、危険を回避しようがある。一般教養は勿論の事、帝王学があれば役員達がどのようにものを考えるか察する事も出来よう。製品知識があれば自社の専門用語に惑わされる事も無くなる』

「おやおや、傍で守るとは大仰な。妻の暴力から守ってやる事もしなかった男が何を言いますやら」

『私に何を言う資格があるというのだ!』

癇癪でも起こすかのように怒鳴るアルベール。

その声は少し震えているようにも感じられた。

『子供を作れない君の代わりに、他の女を愛して子供を産ませたのだと、そう取られても仕方の無い事を私はしたのだぞ!妻に、ロゼンダに暴力を振るう君が悪いなどと、その場で言えるはずが無いだろう!』

「という事は、その後に?」

『もちろん言ったさ、彼女は悪くないと!悪いのは私なのだから!怒りをぶつけるのならば、シャルロットではなく私にしろと!』

「でもシャルロットさんにはその後一切のフォローをしなかったのでしょう?」

『そうだ、そう思われても仕方が無い。私は、ロゼンダとシャルロット、両方を愛するためにどうすれば良いのか分からなかったのだ。シャルロットに構い過ぎれば、きっとロゼンダは傷つく。だからといってロゼンダばかりに気を回せばシャルロットが・・・』

「で、どっちつかずになる事でどちらの機嫌を取る事もしなかった、と。最悪ですね」

『分かってくれていると思っていたのだ!事実、ロゼンダはシャルロットとの距離の取り方にずっと悩んでいた!どう謝れば、どう接すればいいか、私に相談していたのだぞ!』

(お義母さんが・・・?)

知らなかった。ただ冷たい目で見られているだけだと思っていた。

更に綾は焚きつける。

「僕が最悪と言っているのはシャルロットさんを都合の良い様に理解している事ですよ、ミスター。あの子が大人しくあなたに従っていた理由をどうお考えで?」

『それは、シャルロットは素直な娘だ。言った事は必ず守るし、文句だって言った事の無い、親想いな娘だ。きっと、ロゼンダともいつか分かり合って――』

「ふざけないで下さいクソ親父」

床を力強く踏みつけて、綾はアルベールを罵倒した。

びくり、と驚きに肩を震わせるシャルロット。

「シャルロットさんは唯一の肉親である母を喪ったばかりだったんですよ。重い病気に冒され、それでも余命を幸せに過ごしてもらうべく奮闘した甲斐も無く旅立たれたんです。素直で言う事を聞く?文句も言わない?心の中が傷だらけで従う以外に出来る事が無く、文句を言ってあなたに追い出されたら死んでしまうから従わざるを得なかっただけでしょうが!!」

『馬鹿な――』

「さっきから聞いてれば己の保身のための言い訳ばかり、恥ずかしくないんですか!いつか妻とも分かり合うだろうって、どうして他人事なんです!シャルロットさんは諦めていましたよ!あなたとも、奥様とも分かり合う事をね!話しやすい奥様の話だけ聞いて自分はいい父親やっているとでも勘違いしたんですか!言っておきますがあなたは男としても父親としても最低のゴミカスみたいな事しか出来てませんからね!!」

『馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!』

あまりの衝撃にボキャブラリを失うアルベール。

まったく想像していなかった。理解してくれて、それで何も言わずついてきてくれていると思っていた。

シャルロットが、愛娘が、自分や妻に向けていた視線に、そんな意味を込めていたなんて、気付きもしなかった。

『なぜ、どうして言ってくれなかったのだ・・・!』

「逆でしょうが!何で聞いてやらなかったんです!どうして家族で話し合う機会を設けなかったんです!父親として彼女を引き取るのであれば、父親がどんな事をすべきか考えたり調べたりしなかったんですか!断言しますがあなたは毒親です。シャルロットさんに対し、無関心という虐待を行った最悪の男です!」

『わ、私が・・・』

「僕はね、シャルロットさんの話だけを聞いてあなたを理解する事はしませんでした。あなたに何か考えがあったのなら、それを知らなければ客観的な意見は言えませんからね。そして、あなたから話を聞いて結論は出ました。僕はあなたが嫌いです。話せば分かり合えたでしょうに、自分から近づく努力もせずに、ただシャルロットさんを傷つけたあなたが!僕の尊敬する彼女を無碍に扱ってきたあなたを、軽蔑します!」

『き、貴様は・・・一体、何者なのだ・・・』

「言ったでしょう、リョウ・ツルモリ。男性ISマイスターにして、シャルロット・デュノアの友です」

『わ、私を脅していたのではなかったのか・・・!?』

「いいから、ちゃんと娘さんと話をしてあげてください。可能であれば、奥様も交えて。思っている事、して欲しい事、してあげたい事。ゆっくりでいい、少しずつでいい、言わなければ分からない事が、あなた達の間には多過ぎます」

それだけ言うと、綾はスピーカーをオフにして、スマホをシャルロットへと返した。

「後は、貴女次第ですよ、シャルロット」

「・・・りょ、う・・・」

指を震わせながらそれを受け取ったシャルロットは、すっと立ち上がり、足早にベランダへと出て行った。

それを見送った綾は、ソファへと移動して寝転び、ゆっくりと目を閉じた。

親子だから仲良くすべき、とは思わない。

どうあがいても分かり合えない間柄というものはあるのだから。

それでも、理解し合う努力だけはすべきだと思う。

なぜならば、せっかく親子という生まれながらの絆が用意されているのに、勿体無いではないか。

そんな事を思いながら、綾はシャルロットが戻ってくるのを待った。

 

10分ほどして、シャルロットは涙を溢れさせながら室内へと戻ってきた。

それを立ち上がって出迎えた綾は、シャルロットから無言で差し出されたスマホを受け取って耳へと持っていく。

「はい、何です?」

『リョウ・ツルモリ・・・すまなかった。私は、君の言う通り、娘の事を何も理解出来ていなかったようだ』

「その通りです。反省してください」

『手厳しいな』

先程と違い、覇気のない声で苦笑いするアルベールへ、綾はふと思った疑問を口にする。

「そういえば、シャルル君だけ2組で僕と一夏が1組な事が気になっていたんですが、あれはあなたの差し金ですか?」

男性入学者が3人いるのであれば、一クラスにまとめた方がやり易い筈なのに、そうしなかったIS学園の方針を、綾はずっと疑問に感じていた。

『・・・・・・恥ずかしいついでに白状すると、そうだ』

気まずそうに回答するアルベール。

「もしかしなくとも、シャルロットさんに変な虫がつかないようにと?」

『う、うむ・・・』

「男装されているのに?」

『ま、万が一ということもある。君だって、シャルロットが女性だと見抜いていたのだろう』

「そういう親馬鹿っぷりを、どうして本人に伝えられなかったんですか・・・」

いくらIS学園に払ったのかは知らないが、経営危機の社長のくせにとんでもない過保護である。

「で、ISのデータを盗んでこいと言ったのは?」

『社内幹部がシャルロットを狙う動きは減少したものの、最近は妙な組織が暗躍しているという噂もある。そこで、適当な理由をつけてシャルロットをIS学園へ退避させる事にしたのだ。確かにデータは欲しいが参考程度で十分だ。シャルロットにはIS学園でシャルロットと対戦した戦闘データを送って貰う程度にとどめている』

「ははぁ。男装させたのは」

『それはその・・・私の知らないところで男性IS繰者といい感じになられたらその・・・困ると思ったので・・・』

「ははぁ。うっざ」

つい本音が漏れる綾であった。

むしろ変な組織から希少な男性繰者として狙われる可能性を考えなかったのか。

『だが、娘から聞いたが、君のような男がシャルロットを守ってくれていたのは嬉しく思うよ。ありがとう、リョウ・ツルモリ。わざわざ憎まれ役を買ってでも私達親子の仲を取り持ってくれた事、感謝している』

「礼を言われる筋合いはありませんね。僕は僕のやりたい事をやっているだけです」

『そこで、ものは相談なのだが・・・』

すげなく流す綾であったが、アルベールはもごもごと、まるで好きな人に告白するような雰囲気を醸し出しつつ、ひとつの提案を切り出した。

『私は君を大いに気に入った!シャルロットの婚約者となって、将来的に我が社を継いでくれないだろうか!』

「誰があんたみたいな無能の跡なんて継ぎますか!ファック!!」

付き合ってられないとばかりにぶつり、とスマホの終話ボタンを押しこむ綾。

婚約なんて冗談ではない。何で今から結婚相手を定める必要があるのだ。

世界は広い。様々な出会いを蹴ってまで人生を急ぐつもりは綾には無い。

というか仮にシャルロットと恋仲になったとしてもアルベールを義父にするのは嫌だった。

「全く、そんな過保護なら最初からもっと娘を大事にするべきでしょうが」

愚痴りながらシャルロットへスマホを返そうとした綾であったが、それより先に自らの胸へと飛び込んできた彼女を受け止めた事で、スマホを取り落としてしまった。

「シャルロット・・・?」

「う・・・うぅっ・・・!」

綾のシャツに止まらなくなった涙を染み込ませ、シャルロットは嗚咽をあげながら綾を抱きしめる指に力を込めた。

「うわああぁぁ・・・ああああああああああっ!!」

大きく声をあげながらシャルロットは泣いた。

電話で話して、父は最初に謝ってきた。

大切にできていなくてすまないと、話をしてやらなくてごめんと。

ちゃんと、母を愛していたのに、救う事ができなくて申し訳ないと。

自分は一人ではなかった。ちゃんと居場所もあった。

ただ、諦めて蓋して、怯えて手を伸ばさなかっただけだったのだ。

綾は言った。自分の事を守らないと。

守るのではなく、立ち向かう事で事態の解決を図ったのだ。

きっと、自分に必要だった事。自分がすべきだった事。

それを実践して、後は自分次第と、自分を信じて背中を押してくれた事。

そして、自分を受け止めてくれた事。

全てがシャルロットにとって、特別へと変わっていった。

「ん。うん。頑張りましたね」

優しく抱き返し、慰めるように頭を撫でてくれる綾。

父を少し理解できた。自分を少し理解してもらえた。そのきっかけをくれた。

シャルロットは、背の高い彼に包まれながら、分かり合うために戦うと言った綾の言葉の意味が分かったような気がした。

同時に、癒しようのない恋の病にかかった事も自覚し、まるでマーキングするかのように綾のシャツへ涙を擦り付けるのであった。

 

しばらくして落ち着いたシャルロットは、ベッドに座ってもじもじとしていた。

隣に座る綾の存在がどうにも嬉しくて、照れくさい。

こんな気持ちを抱く事になるなんて思わなかった。

これまでただの、優しいだけの友達だった彼が、今はもう特別な男であると。

昨日のISでの戦いで、あのバスター・ランチャーでハートを射抜かれてしまったのだろうか。

我ながら馬鹿な事を考えるものだ、と頬をまぜるシャルロットへ、綾は話しかける。

「これからどうするんです、シャルル君?」

「もう・・・シャルル君はやめてよ。ボクはシャルロット。女の子なんだから」

「はいはい。ま、教室に行けばまたシャルル君になるわけですがね」

からかうように言う綾の言葉に、少し沈むシャルロット。

どんなに綾へ恋焦がれたとしても、普段の自分は男性として性別を偽らなければならなくて。

同性好きと勘違いされるのを嫌がる彼に、避けられる事だってあるのだろう。

それは嫌だな、とシャルロットは思う。

だから彼女は、一つの決心をしていた。

「ねぇ、綾」

こつん、と頭を綾の腕へあずけてシャルロットは問う。

「綾は大人の女の人が好きなんだよね」

「そうですよ。中身スカスカの学生よりも人生経験豊富な人の話の方が興味深いですからね。それに――」

特に抵抗もせずにシャルロットの体重を受け止めつつ、遠くを見るように視線をやる綾。

「――甘えられるじゃないですか。しんどい時に」

そういう事か、と思うシャルロット。

綾は幼い頃、10年前に両親を失ったとは聞いていた。

だからこそ、理屈なく心を預けられる存在に、飢えているのかもしれない。

だからこそ、こんなに女子の多い学園でも心乱れる事がないのだろう。

彼が本当に求めている女性像はきっと、胸に飛び込んできてくれる女性よりも、自分を受け止めてくれる度量のある女性なのだ。

(そういう人に、なれるといいな)

いつか、彼が潰れてしまいそうになったら、受け止めてあげられるような人になりたいと。

シャルロットはぼんやり、そう思った。

「で、これからどうするんです?」

繰り返し聞いてくる綾から頭を離し、シャルロットは立ち上がった。

「一度、本国に帰るよ。お父さんと、お義母さんと、ちゃんと話してくる」

「ええ、それが良い。有意義な時間を過ごせる事を願ってます」

頷いてくれた綾に胸を締め付けられるような想いをしながら、シャルロットは笑顔で振り返った。

「帰ってきたら、デートしようね、綾!」

「ん、どこに行きたいんです?」

「コンサートに行こうよ!綾の好きなモーツァルト!オペラでもいいかも、フィガロの結婚なんてどうかな?」

「素晴らしい。どこかやってるところがあればぜひ行きましょう」

「うんっ!約束だよ!」

無邪気に小指を絡めてくるシャルロットに、困ったような顔で応じる綾。

どこかの朴念仁とは違い、流石に自分へ好意を抱いている事がわかるシャルロットに苦笑いする綾にとって、ここまで懐かれる事は想定外であったのだが。

まぁ、5年後に期待かな。

そんな事を考えてその日を終え、次の日に教室へ向かった綾が耳にしたのは、シャルル・デュノアの退学の知らせ。

 

そして数日後、シャルル・デュノアの突然死の報道が話題となった。

 

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鶴守 綾はたそがれていた。

どこか心ここにあらずといった風に窓の外を見つめる彼へ、布仏 本音や友人達は何を言えばいいのか分からずにいた。

あれだけの激闘を経て、深い絆を結んできた、親友とも言うべきシャルルが、何も話す事が出来ないままこの世を去ったという事実に落ち込んでいるのだろうと。

織斑 一夏や篠ノ之 箒、セシリア・オルコットはそう思っていた。

その中にあって、本音だけは何となく察していた。

何故ならば、シャルルが女性であった事に気付いていたのは彼女もそうであったからだ。

明確な根拠は無かった。強いて言えば、女の勘といったところではある。

きっと、シャルルは綾の事が好きだったのだろう。

そして綾は、それを先送りにして見送った事を悔やんでいるのではないか。

ライバルが減って嬉しい、などという気持ちは微塵も浮かばなかった。

本音は、綾がこんなに辛そうな顔をするのなら、間違いなくシャルルに生きていて欲しかったと思っている。

「りょーちん・・・」

「大丈夫ですよ、本音さん」

名前を呼ぶ本音へ力ない笑顔で応じる綾。

そんな彼を慰めるだけの力が自分に無い事に、本音は溢れそうになる涙を堪えるのに精一杯だった。

シャルルの死因は報道されなかった。

おそらく、油断していたところを社長の座を狙う何者かに暗殺されたのだと綾は予想していた。

結局、しこりが残っただけで、自分がシャルロットにしてやれた事など何も無かったのだなと、センチメンタルな気持ちのやり場を見つけられずにいた。

そんな風に考える中、チャイムと共に教室へ入ってくる山田 真耶先生と織斑 千冬先生。

壇上に立った山田先生は、笑顔と共にホームルームを開始し、傍らに立つ女生徒の紹介を行った。

「おはようございます、皆さん!今日は皆さんに、転校生を紹介します!」

「シャルロット・デュノアです!皆さん、よろしくお願いします!」

美しいブロンドを後ろで結んだ、ミニスカートの制服美少女が笑顔を浮かべる。

その風貌は、先日死亡が報じられたシャルル・デュノアに瓜二つ。

瓜二つと言うよりは、本人であった。

ざわつく教室内。

驚きの顔を浮かべる一夏、箒、セシリア。

錆びたブリキ人形のようにかくついた動きで綾の反応をみやる本音。

案の定、顎の関節が外れたかのように大きく口を開け放した綾。

山田先生は続ける。

「シャルロットさんは、以前まで2組に在籍していたシャルル君の双子の妹だそうです」

「この中には兄が生前にお世話になった方もいらっしゃるでしょう。ボクは、志半ばで病に倒れた兄の意思とISを継いで、立派な国家代表になるためこの学園に来ました!」

いけしゃあしゃあと宣誓するシャルロットに言葉も無い綾と本音。

というか戦力不足になった2組ではなく1組に編入してくるとか完全にあのクソ親父の差し金だろうふざけんなと、まず綾の頭の中に巡った考えはそれであった。

ついで、女として再入学するなら一人称ボクは直して来いと。

ツッコミ所が多過ぎてあれであるが、男性IS繰者であると公表した手前、実は女性だったと言うわけにはいかなかったので死んだ事にして、兄妹がいたという設定を作って来たのだろう。

死人に口なしとはよく言ったものである。

「はい、それでは新しい仲間が加わったところで、入学から二ヶ月経過した事ですし、席替えをしましょうか!」

テコ入れが露骨過ぎて既に笑えないレベルであったが、なんやかんやと専用機持ちが6人、固まる事になった教室の角。

左から一夏、セシリア、箒。

その後ろにシャルロット、綾、本音。

「えぇ・・・嘘ですわよね、このシフト・・・」

また、一番被害を被っているのはセシリアであった。

「これからよろしくね、リョウ!」

元気に頬を染めて挨拶をする左隣の美少女に対し、顎をはめ込んだ綾が頭を抱えながらひねり出した言葉は、

「・・・とりあえず、君のクソ親父に電話を繋いでもらえますか?」

であった。

 




第二話・終

シャルルが女だってバレたらデュノア社潰れるとおもうんだけど原作では炎上すらしないの何でじゃい。

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