インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
暦は六月、季節は梅雨。
窓から見える景色もどことなく陰鬱に映り、ザーッという雨音がいつまでも耳に残る。
連日の雨もあり気分がダークグレーな一夏は、溜め息と共に斜め後ろの席の綾へ話を振った。
「なぁ、リョウ・・・」
「聞かないでください。テストの点なんかで人間の品性は図れないんですよ」
返却された中間テストの点数が一部赤点であった事を憂い、男子二人はお互いの健闘を称え合って拳を軽く叩き合った。
「りょーちん、頭わるいんだー」
「もうちょっと言葉を選びましょうか本音」
「信じられませんわ。ISの座学は毎回わたくしとシャルさん、本音さんと並んでトップですのに、一般学はこんな結果だなんて・・・」
普段はISについてペラペラと喋る綾の、得意分野ではない教科の低クオリティさに、セシリアが唸る。
ちなみに言えば、IS座学の話であれば4組の更識 簪も満点であり、全教科の結果なら簪は学年一位であった。
「そうだ簪さん。本音、更識 簪さんと勉強会を開くというのはどうでしょう」
「きゃっか」
「即答・・・だと!」
「かんちゃんとりょーちんが出会ったら、一日中ISの話して終わっちゃうでしょー」
ふいっとすげなく視線を背ける本音であるが、本当の事を言えば簪と仲良くされる事に嫉妬したくないのである。
「それはともかく、二人とも、何の教科が赤点なのだ?」
机の上で潰れている一夏と綾を交互に見やり、箒は心配そうに聞く。
「俺は数学と英語。覚えればいい教科ならともかく、計算とか文法みたいのがなぁ・・・」
「僕は国語と歴史ですね。興味が無いものはどうしても覚えられない」
「確かに、二人とも苦手教科だけ0点ギリギリだね・・・」
困ったようにシャルが頭を掻く。
唸りながら伸びをする一夏は視線を巡らし、誰にともなく質問を投げかけた。
「赤点があると、今度のトーナメント戦に出場できないんだっけ?」
「ええ、学年別タッグトーナメント。外部から来賓を招いて一学期の成果を確認頂くという意図もある、大規模な催しですわ」
セシリアの言う通り、学年別タッグトーナメントには国際連合の偉い方や各国の企業社長、IS学園のスポンサー等が一堂に会する事になる。
そこで権力者に目をかけられて国家IS代表への道を拓いた生徒も数多く。
逆に、そこで成績をあげられなかった生徒が自主退学を決めたりする、いわば節目となる大会でもあるのだ。
とりあえずそういった権力や地位に興味のない一夏と綾としては、仕方なしに見逃してもある意味問題のない催しではあるのだが。
「お偉い方の観察には興味がありませんが、このトーナメントには出場しなくては・・・」
頭を悩ませる綾の脳裏には、ドイツ代表候補生である銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿があった。
この一か月、待てども彼女からコンタクトを取ってきた事はなかったのだが、先日廊下ですれ違った際に一言だけ、面と向かって宣戦を布告されたのだ。
「貴様ともう一度戦いたい。学年別トーナメントで待っている」
それだけの言葉で、綾はすべてを察した。まだ、彼女は迷っている、悩んで彷徨っている。
何としても彼女ともう一度戦わなければならない。
そして道を示さなければならない。
だから、この危機は乗り越えなければならない。
「次の補習で、既定点をどうにか取らなければ・・・」
「ああ、何とかしなきゃ、何とか・・・」
赤点を補填するためには、次の週の補習で良い点を取らねばならない。
そして一夏も、学年別トーナメントに賭ける想いがあった。
これまでISを使ってきて、自分の姉である千冬がどれほど遠くの存在であったか、痛い程理解した。
環境は違えど、自分と同じ雪片のみでIS界の頂点を極めたブリュンヒルデ。
ラウラに蔑視されるのも仕方ない、自分は、知らなかったとはいえ姉の経歴に泥を塗ってきたも同然だったのだ。
だからこそ、もう情けない姿を見せるわけにはいかない。
千冬の弟として、恥じない戦いを見せつけなければ気が済まない。
一夏自身としても、綾や箒の特訓やこれまでのISでの戦いを経て、ISという機械への情熱というものを手にしていた。
他に誇れるものなど無いが、ISでだけは他の誰にも負けたくはない。
そういった自己のための熱量を試す意味でも、学年別トーナメントに欠場したくはなかった。
「良くってよ!このわたくしが赤点回避に協力して差し上げますわ!」
たゆん、と叩いた胸を揺らしてセシリアが不敵に笑い、一夏と綾を交互に見やる。
「セラ・・・!」
「日本のテスト形式の英語は正直あんまり良いものとは思えませんが、英語はわたくしの国、イギリス発祥ですもの。それに、歴史の知識は人類の英知そのもの。知っておいて損があるわけもないのですわ!」
「あ、ありがとうセシリア!」
英語、歴史それぞれの先生を買って出るセシリアに感涙を浮かべる一夏と綾。
特にアピール的な意識があったわけではないのだが、そんな彼女の様子にムッと対抗心を燃やす箒。
「わ、私も協力するぞ!国語も歴史も得意分野だ!」
「いやぁ実にありがたい」
「しまった、一夏は国語と歴史は問題ないではないか!綾に勉強を教えても仕方がないのでは・・・」
「酷くないですか、ねぇ?僕ら友人でしたよね?」
頭を抱える箒を憎々しげに睨む綾であったが、背後からその肩を叩いて笑うシャルロット、そして本音。
「ボクらも協力するから、頑張って乗り切ろう、リョウ、一夏!」
「りょーちんとおりむーの分かんないところはガンガン教えるよ~!」
「シャロ、本音・・・!」
感動した。嬉しくて仕方がない。わざわざ赤点取った奴のためにこんなに協力してくれるなんて。箒は除く。
「だからってわけじゃないけど、学年別トーナメント・・・一緒に組まない?」
しかし、シャルロットのおねだりにその場の空気が凍り付いた事を、綾は敏感に感じ取った。
学年別トーナメントの出場は任意であるが、タッグパートナーとなる人間はちゃんと申請しておく必要があった。
名前だけ提出して後は抽選という雑な対応が出来る程、大会管理本部は暇ではない。
そのあたりをよく分かっていない一夏は頭の上にクエスチョンマークを浮かべるだけであったが、箒はその手があったかと言わんばかりに一夏の前へと立って机を叩いた。
「一夏、私達も学年別トーナメント、一緒に組んで出ようではないか!」
「え、でも・・・」
「あら、わたくしも一夏さんかリョウと組もうかと思ってましたのに」
口元に手を当てて目をぱちくりさせるセシリア。
これは特にからかっているわけではなく、武器特性の相性的に接近戦に強い一夏か、そもそも全体的なステータスの高い綾と組んで成績を残したいと考えていたからだ。
「わたくし的には、シャルロットさんでも問題ないのですけれど」
「え!?う、嬉しいけど、今回はリョウと組もうかなって――」
「じゃあわたしがりょーちんと組むからしゃるるんはセラちーと組みなよ~」
と、シャルの視線が逸れた隙に綾の腕にしがみつく本音。
基本的に嫉妬や怒りとは無縁な印象の彼女であるが、やる時は全力で敵の隙をつく。
それが恋でもISでも、である。
「話は聞いたわ!」
バンッ!と1組の教室の扉を開け放ってやってきたのは鈴。
彼女もまた、一夏とタッグを組むべく現れたのである。
「乳モップ、あたしのいない内に一夏と組もうなんて100年早いわよ!一夏はあたしと【超絶技巧】としてトーナメントに出るんだから!」
「鈴音、貴様・・・!というか乳モップという蔑称はよせ!恥ずかしい!そもそも一夏は私とチーム【刀剣乱舞】を組んで出場するのだ!黙ってみていろ!」
彼女たちが言っているのはタッグ名の話である。
対戦時に〇〇アンド〇〇ペアではインパクトに欠けるという提案があり、また、チーム名から誰と誰の組み合わせかバレてしまって対策に対策を重ねてメタるだけの生徒が出て来る事を避けるためにもタッグ名を決めて参加申請するルールとなっていた。
それをここで声高らかに叫んでしまうのは意図と外れる事になってしまうわけだが、そこまで強力な秘匿効果を求めているわけでもないので、基本的に形骸化されているルールでもある。
「え、ちなみにセシリア、俺やリョウと組んだ場合って、タッグ名何にする気なんだ?」
「それは勿論、高貴な名前を付けるつもりですわ。例えば――」
細い顎にしなやかな指を這わせて思考したセシリアは、ややあって指を立てて回答した。
「・・・閃きましたわ!一夏さんとのペアであれば【日英ブルー・スラッシャーズ】!リョウとであれば【日英スナイプ・バスターズ】ですわ!」
「セラはネーミングに関わらない方が良いという事が分かりました」
「どうしてですのっ!?」
歴史の教科書と睨み合いをする綾からすげなく指摘されて憤慨するセシリア。
「じゃありょーちん!わたしと組んで【レナード・バーレスク】って名前にしよーよ!」
「ほう、ロシア語で狐のバレエですか・・・流石のセンスですね・・・」
「納得いきませんわ!」
即評価して本音を撫でる綾をみて肩をいからせるセシリアをまぁまぁとなだめ、シャルロットが続いて提案する。
「じゃ、じゃあ、ボクと【イ・ノーム・アーセナル】とかどうかなっ」
「巨大な兵器庫、ですか。確かに僕らのISが組んだらそんな名前になるかもですね」
そこそこ好感触な返答に拳を握って喜ぶシャルロット。
しかし。
「まぁ僕は一夏と組むんですけどね」
「俺は今回、リョウと組むんだけど・・・」
男二人のその一言で、またしても空気が凍り付く・・・どころか、
「「「「え、ええええええええええっっ!!」」」」
箒、鈴、シャル、本音の4人が叫んでヒートアップする教室の一角。
「ちょっと何でよー!せっかくあたしが誘いに来たのにー!」
「き、聞いていないぞ一夏!てっきり私と組むものだと・・・!」
地団太を踏む鈴と狼狽する箒であったが、一夏はすまなさそうに頬をかき、
「ごめんな、リョウが今回はどうしてもって言うからさ」
「どういう事だ綾!」
「りょーちん、なんでー!どゆことー!」
「もしかして、絡まれるの嫌だった?ごめんね、嫌な思いさせるつもりは・・・」
「ああもう、一旦落ち着いてください!ちゃんと説明しますから!」
わやわやと騒ぐ女子数名をどうにかなだめて静かにさせ、立ち上がった綾は一夏とがしりと肩を組みあって宣言した。どことなくシュールな絵面である。
「言っておきますが今回の僕はガチです。ラウラ・ボーデヴィッヒと戦うまで負けは許されない。当たった相手は全て打ち倒す。そのために最もアマデウスと相性の良い、接近戦特化型のパートナーとして一夏を選んだまでの事です」
「正直、これまでおんぶに抱っこでやってこれたようなもんだからな。少しでもリョウに返せるものがあるなら返したいし、一緒に組んで得られるものもあると思うんだ」
格好に反して真面目な理由にたじろぐ鈴。
「うぐ・・・そ、そうよね。アンタはそういう奴よね」
バカで鈍感だけれど、一直線で純粋で、誰かのために全力をかけることができる一夏に惚れたのもまた事実。
同様の意見を得たのか、箒もうなだれながらそれを承諾した。
「・・・一夏がそういう考えであれば、私ももう何も言うまい。トーナメントで当たったら手加減はせんぞ」
「望むところだ、箒」
笑顔を返す一夏。
その後ろから、真剣な眼差しのセシリアが綾を真正面から見据え、一言問う。
「・・・ガチですのね?」
「ええ、ガチです」
「よろしくてよ。あなたにも事情があるのでしょうけれども、わたくしは手加減致しません・・・いいえ、勝ちにいかせてもらいますわ」
かつて、クラス代表争奪戦にてそうしたように、セシリアは手袋を投げつけるような仕草で綾へと再び宣戦を布告する。
すかさず一夏から手を離し、それを受け取る仕草で返す綾。
あの時と違うのは、一切負の感情が二人の間に存在しない事である。
「リョウ、わたくしが認めた好敵手。音楽で心をつないだかけがえのない友。あなたが本気で戦いに臨むと言うのであれば、わたくしは越えられぬ壁となってみせましょう」
「ああ、セラ。貴女は本当に誇り高い。そう言ってくれるのであれば、僕もラウラだけに目線を向けるわけには行きませんね。是非、受けて立って頂きましょう、僕からの挑戦を」
今度は綾が手袋を投げつけるように手を払い、くるりとロングスカートを翻して受け取り、微笑むセシリア。
「あなたが全力でお相手してくれるまたとない機会。決して逃しはしませんわよ」
「ええ、ええ。あの日からどれだけの力をつけたのか、見せて貰いますとも」
手を取り合って頷き合う綾とセシリア。
そしてまったく想定外だったふたりの絆に驚くシャルロット。
「ま、待って待って!詳しくは知らなかったけど、リョウにとって大事な戦いなんでしょ?だったら、そこまで気合を入れなくても・・・」
「いいえ。だからこそ全力で戦う必要がありますわ。わたくしはリョウを大切な友と思っていますが、同時にイギリス代表候補生。なぁなぁで馴れ合う関係など望んでおりません」
「それは、そうだけど・・・」
「もしリョウに対して手を抜くつもりがあるのでしたら先程の提案は取り下げさせて頂きますわ、シャルロットさん。リョウだけでなく、一夏さんも強敵ですもの。パートナーも慎重に選ばなくてはなりませんので」
「・・・!」
その言葉には黙っていられない。
確かに綾への想いは誰にも負けないつもりはある。彼の助けになりたいとも。
しかしそれ以前に、自分とてIS繰者なのだ。
シャルルではなくシャルロットとなった事でフランス代表候補生ではなくなったものの、ISにかける情熱は綾にだって負けはしない。
負けるためにここに来たのではない。居場所を守るために来たのだ。
たとえ相手が愛する男だとしても、気を引くために負けてあげるなんて、情けないではないか。
何よりも、そんな真似は綾が――否、シャルロット自身だって許せない。
「・・・ごめんね、セシリア。ボクが間違ってた。キミの言う通り、勝ちに行くべきだ」
「分かっていただけたなら良いんですの。わたくしと踊って頂けて?」
「喜んで」
手を叩き合うシャルとセシリア。
それを横目に、少し皮肉げに笑う一夏。
「思わぬ強敵の出現だな」
「そうでなくては。遊びに行くのではない、僕達はISを通して分かり合うために、全力でぶつかり合ってこその関係なのですから」
「わかってるさ」
そんな二人の会話を聞いていた箒は、少し思案した後に鈴へと向き直った。
「鈴音、私と組まないか」
「・・・そうね、気に入らないけど手を組んであげるわ」
ごつり、と拳を合わせる鈴と箒。
IS繰者としてはそこまでの意識の高さは持っていない箒であるが、死力を以って分かり合う事が出来るのであれば、それを一夏とやらない理由はないのではないか。
鈴も同じく、両親の離婚という不幸により一夏と引き離され、IS操者としての才能を生かし、また再会する事を夢見てIS学園へやってきたのだ。
その積年の想いを、ぶつけるにはいいチャンスでもある。
「言っとくけど一夏、あたしをフった以上、トーナメントでぶつかったら覚悟しなさいよ」
「はは、肝に銘じておくよ」
指差してくる鈴に笑って返す一夏。
「む~、じゃあわたしはかんちゃんと組もうかな~」
言うが早いか教室を出て4組へと移動する本音。
別クラスの人気者と化している更識 簪である。もう別のパートナーと組んでいる可能性だってある。善は急げなのだ。
「よし、じゃあチーム名決めようかセシリア・・・リョウと一夏は、チーム名どうするの?」
シャルが何とはなしに男子ふたりへ聞いてみると、彼らは声を揃えて答えた。
「「チーム【ガンソード】」」
「・・・なんて?」
「【ガンソード】ですよ。シンプルで良いでしょう。そういう事で納得しました」
「俺が剣でリョウが銃だからな。カッコいいだろ!」
ご機嫌な一夏とは逆に不機嫌そうな綾を見るに、何かしらの勝負で勝った一夏の一存で決められたチーム名なのだろう。
それもまた、一夏と綾の関係性を表していて良いのではないかと思うシャルであった。
「それではシャルロットさん、チーム名は【英仏革命ブルー・オレンジ】というのはいかがかしら!」
「ボクが考えるからセシリアは座ってて!」
「なぜですのーーー!?」
悲鳴をあげるセシリアをよそに、簪と話をつけてきた本音が戻ってくる。
箒と鈴はそれぞれのチーム名の案を巡って口論となる。
そして綾と一夏は、学年別トーナメントの話によってすっかり自分達の赤点について流れてしまったため、皆が帰宅してからその事に気付いて途方に暮れるのだった。
最終的に、お互いがお互いの弱い教科を教え合える事に気付いたため事なきを得たが。
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学年別トーナメントは3日に分けて行われる。
来賓者へ全試合を観戦頂く為、全ての試合を一つのスタジアムで進行させる関係上、全試合完了までにどうしても時間を要してしまう事も理由に挙がる。
また、参加者もアピールのために一戦一戦に死力を尽くすため、ISの整備と操者本人の休息が必要となる事もある。
既に各国から有名企業の社長や軍事関係者、首脳レベルの政治家達がIS学園へ集まっており、隣接しているホテルへとチェックインを始めている。
その中で千冬へ挨拶に来ていた者が一人いた。
ダークグリーンの軍服に黒いフライトジャケットを羽織った壮年の男で、レッドベレーと口髭が特徴、背は高くない。
ドイツ軍大佐、ニコライ・ゲルトナー氏である。
「久し振りだな、チフユ・オリムラ」
「ご足労頂き感謝します。ゲルトナー大佐」
腰を折って挨拶をする千冬を、口髭いじりつつ横切ったゲルトナーは葉巻を取り出しつつ、
「ラウラはどうだ。他の連中も」
「はい、成績としては優秀の部類かと」
「ふん・・・下手な世辞を」
眉間に皺を寄せながら葉巻の先端をナイフで切り落とすゲルトナーだったが、その前面に回りこんだ千冬にそれを咎められる。
「大佐、ここは禁煙です。喫煙は所定の場所でお願いします」
「・・・面倒な国だ」
舌を打って千冬から口頭で喫煙所の場所を説明されたゲルトナーは、忌々しげに立ち去っていった。
やれやれと腕のストレッチをする千冬。
そんな彼女のもとへ、背後から静かに綾が近づいてきた事に気付き、振り返る事なく声をかける。
「どうした鶴守。トーナメント参加選手は着替えてアリーナへ集合の筈だが?」
「今のがラウラ・ボーデヴィッヒの上官、というわけですか」
千冬の質問には答えず、小さくなっていくドイツ軍大佐の背中を腕を組んで見やる綾。
その目はどこか睨みつけるような、見定めているような風であった。
肩をすくめた千冬はその視線の先を追い、
「ニコライ・ゲルトナー。ISの台頭によって研究結果のほとんどを失った技術屋さ。今でこそドイツISの第一人者として活動しているが、もともとは遺伝子学を専門としていたらしい」
「ほう、興味深い」
鋭利な刃のように目を細める綾へ、既にラウラとの関係を察していた千冬は続ける。
「気付いているだろうがラウラを作ったのはあの男だ。そして、ヴォーダン・オージェ手術に失敗しほとんど用済みとなったラウラを破棄しようとしたのも、私が鍛えて原隊復帰出来るまでになったラウラを手の平返してシュヴァルツェ・ハーゼ隊長に就かせたのも、あの男だ」
ヴォーダン・オージェ。
オーディンの瞳という意味をもつそれは、眼球へIS適合率を向上させるハイパーセンサーを移植する手術の事を指す。
視覚情報の信号が脳へと伝達する速度を上げ、動体視力や反射神経を格段に上げるこの手術は、シュヴァルツェ・ハーゼ隊員は全員受けており、全員が適合している。
しかし、ラウラだけは。
拒否反応が起こらないとされるそれに適合せず、その左目の色を金色へと変色させ、逆にラウラの能力を激減させる要因となった。
そこから出来損ないと見放され、一時は地獄の様な扱いを受けてきたのだ。
――千冬と出会うまでは。
「・・・親切ですね。なぜそこまで情報をくれるのです?」
大方の目星はついていたため、怒り等の感情を見せる事はなかったが、綾は千冬に対して懐疑的な視線を向ける。
それを振り返りつつ千冬は自虐するかのように笑い、
「私がラウラにしてやれた事など、たかが知れていた」
そう言いつつ、かつてドイツ軍に在籍していた頃を思い返す。
野生児のように荒れ、軍の中で行き場所を失って徘徊するだけの存在だったラウラ。
まるで自分を見ているようだった。だからこそ放っておけなかった。
軍へのIS指導の傍ら、嫌がるラウラを捕まえては基礎から鍛え直す。
自分を貫くためには、生き抜くためには強くならねばならない、そう叩きこんだ。
次第にラウラは従順になっていった。
力を取り戻していく自覚があったからだろう。
それに恩を感じたのか、ラウラは千冬にとても懐くようになっていた。
唯一と言ってもいい、心を許し、尊敬の眼差しを向けてきた。
だが、千冬はずっとドイツ軍に在籍し続けるわけではない。
彼女とて、大切な人の元へ帰る必要があるのだ。たった一人の家族である、弟の元へ。
ラウラにはそれが理解出来なかった。理解したくなかった。
自分にとって大切な人が、自分以外の人を大切に想っているという事実を。
見も知らぬ一夏が憎かった。千冬を取り戻したかった。
そして、IS学園までやってきた。
千冬が、決してラウラの救いになる事が出来ないとは知らず。
「私はそんなに器用じゃない。弟を食っていかせるだけで精一杯だ。これ以上何かを抱える余力は無い。だが――」
綾の胸板を裏拳で軽く叩いて、千冬は彼の顔を見やる。
飄々として軽薄な物言いのでかい少年。
意外な所で繋がった、自分やラウラとの関係性。
そして、これまでの関わりで一つの確信を持つ事が出来る男。
「お前が支えてやってくれ。私には出来ないが、お前にならラウラを助けてやれる」
「千冬先生はラウラについてどうお考えで?」
「私からラウラに出来る事は終わっている」
生き抜く術も、立ち向かう力も教えたつもりだ。
しかしそれは、自分に依存して欲しいからではない。
「私では友や上官となる事は出来ても、家族にはなってやれないという事だ」
「家族、ですか。僕が彼女の血縁とでも?」
「似たようなものだろう。そういう意味では、私ですらお前にシンパシーを感じるよ」
「・・・・・・」
ふっと笑いながら横を通り過ぎていく千冬を視線で追いかけ綾は、千冬なりに自分の生い立ちを調べていた事に気付く。そして、千冬の事を調べていた事に気付かれている事も。
「気張れよ、鶴守。結果によっては食事に誘ってやらんでもない」
「それは嬉しい追加報酬ですね」
「その前に、トーナメントに遅刻するなよ・・・ああ、それと」
制服のままの綾へ一応注意する千冬。
「VTシステム。そんな名前のくだらん技術がドイツ軍で開発された事がある」
「VTシステム・・・?」
「私自身の戦闘データと姿をISに模させて戦闘力を向上させるというつまらない機能だ。使用者に多大な負担を与える事と、制御が利かなくなる欠陥から凍結。ついでに公式大会での使用を禁じられたものだ」
「凍結されたにもかかわらず公式大会で使用不可ですか。何かやらかしたんですかね」
「さてな」
自分自身としても気に入らない計画ではあったが、それより更に腹に据えかねた天才科学者がいて、その情報をリークでもしたのだろう。
ヴァルキリー・トレース・システム。
もしラウラも知らぬうちにシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたとしたら、彼女の生命に危険が及ぶ可能性がある。
しかし、疑惑があるというだけでISの調査をするには根拠が足りない。
ドイツ側の責任者であるゲルトナーがいるのであれば、尚更難しいだろう。
ともあれ、その情報だけを提示して去って行く千冬を背中で見送った綾は、軽く腕をストレッチし、さて、と呟く。
「荒れる三日間になりそうだ」
踵を返して男子更衣室でもある空き教室へと歩を向ける綾。
一日目の天気は晴天。
その後は週末まで、夜が明ける度に降水確率があがる見込みと予報されていた。
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アリーナのフィールドに参戦生徒達が立ち並ぶ中、来賓席へと向けて生徒会長からの宣誓が行われる。
「宣誓!我々IS学園生徒は、理念と誇りを胸に―――」
芯の通った凛々しい声が響く中、綾と一夏はまるでそれを聞こえていないかのように・・・否、実際全く聞いておらず、いらいらと足踏みをしていた。
「だからあれはやめとけば良かったんだって・・・!」
「そんな事言いながら君だって食べてたじゃないですか・・・!」
話の内容は、スタジアム入りする前にセシリアから振舞われたサンドイッチ。
今回のトーナメントに向けて、全員で頑張ろうという意思表示のために気合を入れて作って来たらしい。
「皆さんの好みやイメージを意識して作りましたのよ!さぁ、こちらは綾のためにこしらえたお刺身のサンドイッチですわ!」
「おさっ・・・!?」
手渡されたそれは、ぶつ切りになった鮪や鯵の塊が耳のついた食パンにこんもりとサンドされ、圧縮された物体であった。
押し付ける力が強過ぎたのか所々具がはみ出ているだけでなく、一部パンが破けたらしく補修のため上からもう一枚パンを重ねられており、間からは彩りのためかパセリがやたらと敷き詰められているのが見える。
なお季節は六月、梅雨とはいえ蒸し暑い季節のため生魚は既に独特の臭みを発してしまっており、手に垂れるソイソースとワサビでは隠せない妖しさを放っていた。
「さぁ、次は一夏さんをイメージしたサンドイッチですわ、どうぞ!」
「あ、ああ、ありがとうセシリ・・・ア?」
青ざめた顔をして固まった綾を不憫に思いながらも、自分へと差し出されたサンドイッチを受け取って、その手に掴んだモノを視界に入れた瞬間、目を点にする一夏。
「な、なんだこれ、白い・・・?」
「バニラエッセンスを加えたホイップクリームですわ!」
パンの間からは固めのホイップが溢れるほどに滴っており、甘い匂いが鼻腔をつく。
あまりに白過ぎて中身に何が挟まれているかわからない。
とはいえ、見えている地雷である綾のサンドよりはマシだと考える一夏。
「・・・僕からすれば見えない分だけそちらの方が怖いですが」
隣でぼやく綾は一瞬、セシリアが試合前に毒を仕込みに来たのではと邪知したが、目の前の嘘偽り無い善意と自身ありげな笑顔に、その可能性を退けた。
(これは・・・キツい・・・!)
漫画などでメシマズキャラが食べようのない料理を出すシーンを見るたび、ここでビシッと「お前の料理は不味い」と言わなければ改善されないだろう、と散々っぱら考えていた。
綾とて空気を読まずに発言できる男、普段ならそう言ってやる事は難しくはない。
しかしどうだろう。
彼が思っていた以上に、絆が深まった相手からの気遣いを正面から折るという行為は難しい。
シャルロットの作った朝食は普通に美味しかった。
一夏が作る食事はプロを遥かに凌ぐ。
だからこその油断もあった。まさかこのお嬢様が料理下手であるなどとは考えもしなかった。
だが振り返れば伏線はあったのだ、イギリスといえばスターゲイジーパイをはじめとした謎の発想から織り成される食事が有名な、はっきり言えば食べ物が美味しくない事で有名な国である。
そこの代表候補生として鎬を削り、貴族としての嗜みとして文武芸を磨いてきた彼女に、果たして料理を学ぶ機会などあったであろうか。
「いや、考察はもういいだろ綾。どうするんだ、それ」
「もう開会式が始まってしまいますわよ!さぁ早くお食べになって!」
「・・・・・・・・・!」
一夏とセシリアに急かされる綾。
致し方あるまいと覚悟を決めた綾は、渾身の力を込めてサンドイッチを二つに割り、小さなほうをセシリアへ差し出し、
「・・・貴女も如何です、セラ。僕だけ頂くのでは申し訳無い」
「あら、そう?味見もせずに来たから丁度いいかもしれませんわね」
(な、何てダメージ軽減を思いつくんだこいつ・・・!)
戦慄する一夏であるが、大きい方を請け負っただけ、まだ綾は紳士なのかもしれない。
「せーの、で行きますよ・・・」
「お前のせーのは信用ならないから、お前が食べたら俺とセシリアも食べるよ」
「チッ、いらん知恵をつけてきましたね・・・」
「流石に2ヶ月同じ釜の飯食ってるからな・・・!」
先の読み合いする一夏と綾であったが、そろそろ時間も無くなってきたため丸呑みするように手にしたサンドを口に入れる綾。
続いて一夏、セシリアの順にそれぞれ頬張る。すると。
「ぼ、ぼむぁ!!?」
バニラの香りの底に眠っていた生鶏肉のジューシー過ぎる臭いと食感に襲われる一夏。
後で聞いたところ、白狼を駆る一夏の白のイメージを鶏の肉とクリームで表現したかったそうだ。
「う゛っ・・・!」
口にして初めて綾と一夏の反応の意味を知るセシリア。
「―――――」
鼻をつまんで飲み込み、自販機から緑茶を買って流し込む綾。
「ぶはっ!はぁ、はぁ・・・っ!」
無言で綾から残りの緑茶を差し出された一夏は、勢いよくそれを受け取って残りの生チキンバニラホイップサンドを飲み込み、奇妙な感覚をどうにか抑え付けながらそれを喉奥へと叩き込んだ。
「ぜばぁ!ぜぇっ!ぜぇっ!はぁ・・・!」
「お、おふたりとも、美味しくないのならそう言って頂ければ・・・!」
流石に生刺身サンド(腐)を最後まで食べきれずに捨ててしまうセシリアが、おろおろと綾と一夏を交互に見やる。
「・・・何を言ってるんですか、セラ」
「そうだ、俺達はセシリアの手作りの気持ちを頂いたんだ」
息も絶え絶え、顔を青くしてサムスアップしてみせる男子二人。
「次に美味しいものを作って頂ければ結構。僕達は、貴女が料理を作りたいと思ったその気持ちを評価したかったのです」
「料理は勉強と経験だぜ、セシリア。今度作るときは俺が教えてやるからさ」
「お、おふたりとも・・・!」
感涙を浮かべるセシリアの肩を叩き、一夏は朗らかに笑う。
「ほら、行こうぜ!気持ちを食って気合も充分!今日勝てたらセシリアのお陰かもな!」
「上手い事言いますね、一夏のくせに」
「なんだと、このっ」
相変わらずのやり取りを交える一夏と綾に、セシリアは大きく頷いた。
「いつか、おふたりを満足させられるような料理を作ってみせますわ!」
「その意気だ、セシリア!」
「とりあえず今日は試合に集中するとしましょうか」
「ええ、勿論ですわ!」
そんなこんなで少し時間の立った現在。
遅れてやってきた腹痛に脂汗を流しているガンソードの二人である。
「カッコつけるべきじゃなかったよなぁ・・・一日目で敗退したらどうしよう・・・」
「流石にあの目のセラは裏切れないでしょう・・・今回、僕は自分の甘さを痛感しましたとも・・・」
腹痛を耐えながら、早く開会式終われと念じる一夏と綾。
そのため、彼らは何も知らなかった。
対戦相手が毎回抽選で決められる夏の甲子園方式である事も、生徒会長が意味ありげに彼らへ何度もウィンクを投げかけていた事も、そんな彼女が更識 簪の実姉であるIS学園二年生・更識 楯無である事も、全く、全然、これっぽっちも、気付く余裕がなかったのであった。
「急げ急げ急げええええええ!!」
「間に合え・・・間に合ええええええええ!!」
開会式終了後、気さくな感じで一夏と綾へ話しかけようとしてきた生徒会長であったが、そこすら気付く事なく男子トイレへと駆け抜けられたがために用件すら言えず、彼女は頬を引くつかせながら呟いた。
「・・・こんな思い通りにならない生徒、初めてだわ・・・」
自分のペースに巻き込むのが得意な人間からしたら、無関心・無感動・無認識は天敵なのである。
ガン×ソードではプリシラが大好きです。