インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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第一話 キミとメガネとストラトス
一夏と綾


誰が言ったか、この世界では女性の権利が強いようになってしまったという。

 

ほんの10年前にIS―――インフィニット・ストラトスというパワードスーツじみた軍事兵器が開発されてから、世界はそのように変えられてしまったのだ。

 

それというのも、ISは女性にしか扱えないというという特性を持っている事に起因するのであるが、単純な兵器であればそこまでの格差は産まれなかったであろう。

ISの強みはその汎用力・携帯性・拡張性の高さにもあるが、ただシンプルに戦闘能力が高い事にある。

戦闘機と同等の飛行能力に、絶対防御と呼ばれる防護フィールド、機体毎に個性のある武器を自在に操るその存在は、既存の戦闘フォーマットを覆すまでに至る究極の兵器とすら呼ばれた。

そのため女子として産まれた子供は小学校高学年程度の段階で適正を測り、高い適正を持つ者はそれこそ国家規模での支援を受ける事が出来、その後の成績によっては成人後に国家代表ISマイスターとして輝かしい地位が約束されている。

それは国家間の抑止力にも繋がり、核兵器より安全かつ宣伝の効果も大きく、されど確固たる戦闘能力の誇示が可能となる事も示している。

現在、世界中で確認されているISの現存数は1200機とされているが詳細は不明。

また、ISの核となるコアについてはあまりにもブラックボックスが多いため国家での生産が出来ず、IS開発者による提供以外にその絶対数を増やす術が無いのが現状である。

そんな中でもISの適正者は誕生し、国家代表を目指す者は後を絶たない。

世界中でも強力なISの開発や人材育成に力を入れている事や、IS操縦者への正しい教育を施すため、世界機構はIS開発者の祖国である日本に、一つの学校を創立したのである。

 

それが、IS学園。

 

アラスカ条約に基づき、世界で唯一日本に設置された高等学校で、操縦者以外にも整備士や研究者等、ISに関わる全ての人材はここで育成される。

総面積は5キロ四方ともされ、専用の戦闘スタジアムも複数用意された、軍事基地さながらの環境設備を有し、通う生徒及び教員は全て女性。

類稀なる才能を伸ばすべく存在する、鉄の花園。

 

季節は春。

これまでの在校生は進級し、新たな生徒が門をくぐる時期。

そんな中、あからさまに違和感のある姿が二つ現れた事が、また世界を混迷へと誘う遠因となる。

 

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織斑 一夏(おりむら いちか)は辟易していた。

 

ここはIS学園1年1組の教室、時は入学式直後、彼の性別は男。

顎のはっきり浮き出た痩せ型の体型で、身長は172cmと平均的だが整った容姿のおかげで良い意味で目立つ。

問題となるのはいま自分がいる場所であり、本来であれば男子禁制であるIS学園に、男子として堂々と、白を基調とした制服を着て、自分の席に座っている事。

何故こんな事になってしまったのか。

周囲は女子生徒ばかりで、しかも男子が珍しいのか各所から指をさされている感覚が拭えず、そしてそれは決して気のせいではないのだろう。

 

「ねぇ、あれ見てよ」

「うっわ、ホントに男いるじゃん・・・」

「男なのにIS使える奴が出てきたってマジなん?」

「だからここにいるんじゃないの~?」

 

まるで隠す様子の無い、名も知らぬ女子達の好奇の視線とひそひそ話。

周囲が女子だらけでハーレム状態なんて誰が言った。最悪だ。ハーレムというのは一人の男に対して複数の女が性的含めた好意的感情をもって初めて成り立つのだ。しかもこの空間には逃げ場が存在しない。気軽に声を掛けられる相手すらいない。

何とも言えない居心地の悪さを感じながらも一夏は、早くこの羞恥のような時間が早く過ぎてくれないかと祈りつつ、溜息をついていた。

 

しばらくの後、教室へ二人の女性が入室して来た。

二人とも制服を着ていない事からも生徒ではない事が分かるが、片方の女性は一夏の良く知る人物、実姉の織斑 千冬(ちふゆ)である。

かつてのIS日本代表であり、IS黎明期にて数々の偉業を達成し、獲得した賞は数知れず。

身内ながら縮こまってしまいそうな経歴の持ち主で、現在はこのIS学園にて教師を務めている。

そしてもう片方の女性は面識が無かったが、教壇に立った女性は全員着席されたクラスの中へ、朗らかに挨拶を行った。

 

「みなさん、ご入学おめでとうございます!私はこのクラスの副担任を担当させて頂きます、山田 真耶(やまだ まや)と申します!」

うなじが見える程度の長さの髪に、眼鏡をかけた女性はそう挨拶し、嫌でも目立つ豊満な胸を揺らしつつ、入学後の案内をそつなく行っていった。

それをぼうっと聞いていた一夏は話をなんとなく聞き流してしまい、それぞれの自己紹介にフェイズが移行していた事にまるで気付かなかった。

 

「織斑くん・・・織斑くん?」

「あ、え、はい?」

「皆に自己紹介してもらってるんだけど、『あ』から始まって『お』でいま織斑くんの番なんだけど、自己紹介してもらってもいいかな?だめかな?」

前から二番目、かつ真ん中の席の一夏に、山田先生は身を乗り出すようにして声をかけているのに気付き、一夏は驚いて息を飲んだ。

「す、すみません、ぼーっとしてて」

慌てて立ち上がって壇上へ上がり、周囲を見渡す一夏。

一旦深呼吸して気持ちを落ち着けようとするものの、誰もが皆、男子である一夏の言動に注目している事に気付き、更に硬直する。

(これは・・・下手な事を言ってスベったら大変な事になるんじゃ・・・)

ただでさえ女の楽園、対して自分は男という不純物である。

変な事をしたら瞬く間に噂が広がり、居辛い空間がより居辛くなる事は明白であった。

 

「お、織斑 一夏です。趣味・・・は、ゲームとか。家事とか得意です。よろしくお願いします・・・」

 

そのため、限りなく無難に、最低限の挨拶で済ませる事にした。

しかし訪れたのは静寂―――物足りない内容に対する無言の抗議であった。

(いやいやいや!だって他に言う事無いし、そんな面白トーク持ってないぞ俺!)

無意識に頬をひくつかせつつも無言の圧に背を向けて元の席に戻ろうとした一夏であったが、その刹那、窓際の席の一角に、不純物がもう一人・・・つまり、男が頬杖をつきながら自分を眺めている事に気付いた。

「えっ、あれっ、俺以外にも男子いるのか!?」

「事前に言ってあっただろう、馬鹿者」

 

ごつん、と。

 

激しい衝撃と共に机に頭から叩きつけられた一夏は、それがこのクラスの担任教師でもある姉の千冬による拳骨である事を知っていた。

鋭い目つきとウェーブのかかった黒髪が印象的な、質実剛健を視覚化させたかのような千冬からの、慣れ親しんだ衝撃をものともせず、起き上がって彼女へ向き直った一夏は、そうだっけ、とばかりに首をかしげ、再度拳骨の餌食となって机へと伏した。

しかしクラス内の女子の視線は彼らの漫才のようなやり取りよりも、図らずも注目を集めてしまった男子生徒へと注がれている事に気づいた千冬は、肩をすくめて息を一つ、

「仕方ない。どうやら皆が気にしているようだし・・・鶴守。順番が早まってしまうが自己紹介して貰えるか」

一夏を心配する山田先生をよそに、千冬は窓際の男子生徒――鶴守とよばれた生徒を指名した。

「ええ、喜んで」

にこやかに微笑んで眼鏡のブリッジを指で押し上げ、立ち上がって壇上へ向かう男子生徒。

コートのように裾を長く改造した制服を着こなし、180cmの長身に比例して長い足を器用に伸ばして歩を進める姿は、それだけで同年代の女子生徒をときめかす事が出来る程に十二分な立ち振る舞いとして映っていた。

 

「鶴守 綾(つるもり りょう)と申します」

 

壇上にて背筋を伸ばし、良く通る声で名を名乗る鶴守 綾。

綾、という字から連想される通り、一夏はクラスメイトの名簿を見た時に彼の名を女性名と勘違いしていたのである。

「まずは男性ながらこの学園に足を踏み入れる無礼をお許し下さい。祖父がIS開発関係の仕事をしていたために僕は幼い頃よりISと関わる事が多かったので、こうして適性を得る事が出来たのかと思います」

聞き様によっては軽薄な、慇懃無礼にさえ感じ取れなくもない大仰な物言いに、何か引っかかる女生徒もいるようであったが、綾は気にせず続ける。

「幸いな事に僕はISの知識や整備技術を一通り持っておりますので、きっと皆さんのお役に立てる事もあるかと思います。趣味はピアノ、好きな作曲家はモーツァルト、好きな食べ物はお刺身、好きな女性のタイプは年上です」

最期の一言はクラス中の失笑を誘ったが、悪印象にまでは至らなかった様だ。

しかし茶化すように一部の女子が、

「しつもーん!じゃあ山田先生と織斑先生もタイプなんですか~?」

と、問い、

「え、えぇっ!?」

などと狼狽する山田先生と、

「何を言ってるんだ馬鹿者」

軽く流す千冬をよそに、

「勿論ですとも。後で口説きます」

たやすく返答して軽薄に微笑む綾へ女生徒達は桃色の悲鳴をあげ、織斑姉弟はぎょっとした目を向け、山田先生は真に受けて顔を紅潮させた。

「ともあれ、これから卒業まで―――」

喧騒に包まれだした教室へ向け、綾はうやうやしく腰を折り、誰も気付かない一瞬だけ野心をその瞳の色に染め―――

「―――よろしくお願いしますね、皆さん」

と、挨拶して締めた。

 

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「まずい・・・全くついていけない・・・」

放課後、机に伏して大きな溜息を吐く一夏。

入学後の説明だけで終わると思っていたが、入学資料の確認にて必読となる参考書を読まずに捨ててしまっていた事が判明し、千冬に酷く叱られたのである。

しかも、後程再発行されるという旧時代の電話帳のような分厚さのそれを、1週間で読破しておけとのお達しまで頂いていた。

「参ったなぁ・・・こんなの、全然興味ない分野だったのに・・・」

一夏はそもそも、入学したくてIS学園に来たわけではない。

身寄りが千冬以外にいない一夏は、姉への経済的負担を軽減させる目的もあって学費が安く、自宅からも近い藍越学園という高校を受験する筈が、まかり間違ってIS学園の受験会場へと赴いてしまい、そこでテスト用のISを偶然動かしてしまった事によりIS学園への入学を決められてしまったという経緯を持つ。

 

あいえつとあいえす。

 

発音が似ているため、音声入力の検索システムで受験会場を探す際に誤反応してしまったものと思われるが、生まれてこの方、千冬からISについては一切触れず語られずで育てられてきた一夏はISの予備知識も無く、例えるならば昭和の下町でメンコや独楽で遊んでいた少年に、碌なチュートリアルもない最新鋭のVRゲームで高得点を出せと言っている様なものである。

加えて、女尊男卑と謳われている世の中ではあるが一般層にはほぼほぼ関係の無い話なのである。

軍事兵器が政治がと、いくら女性の権力が強いと言う様になったとしても、たかだか世界に2千機にも満たないマルチフォーム・スーツの話など、普通に過ごしていれば何の関わりも無く一生を終える事が出来る程度のものなのだ。

中学卒業まで一夏は男女共学の学校にて過ごしており、男女問わず友人も数多くいた。

その中で男を蔑ろにするような文化は特別無かったし、美形の部類に入り、運動も得意であった一夏はむしろ女子生徒からの憧れの的でもあった。

一夏自身、根っこの部分が女性気質であったため家事の話などで女子と合う話も多く、かといって男の友人が少ないわけでもなかった。

そんな彼にとって、IS学園の印象というものはほとんど最悪に近い。

まるで知識の外にあり、自身と何ら関係のなかった分野でマウントを取られ、自分以外に男性は存在せず、且つ、大半の女生徒は自分が男であるというだけで訝しげな眼差しを向け、仲良くしようとするわけでも、かといって疎外するわけでもない、さながら傷口に触れないよう努力しているかのような扱いを受ける。

こんな高校生活を送りたかったわけではないのに。

 

声にならない悲鳴をやはり溜息に変換するしかない一夏であったが、そこへ自分以外の男子生徒である鶴守 綾が近づいてくるのに気付いた。

顔を上げた一夏の席の隣の席へ腰掛け、にこやかに話しかける綾。

「入学早々大変ですね、織斑 一夏君?」

長い足を狭そうに組んで、眼鏡の奥の瞳を一夏へ向ける綾に、一夏は心底ほっとしたような声色で彼の肩を叩いた。

「お、おぉ!確か鶴守 綾だったよな?助かったよ、俺しか男がいないって思ってたからすげぇ息苦しくてさ、窒息するところだったぜ!」

「痛い。痛い。痛い。痛いので。・・・君、案外遠慮ないですね」

バンバンと叩いてくる手を払いつつ、綾は人影少なくなりつつある教室を見回す。

「ま、でも分からなくはないですが。こんなに女子が多く、加えて皆意識の高いエリート面が揃っていれば尚更ね。僕としても他に男子がいなかったら気苦労が絶えなかったでしょう」

「なんだよ、敬語なんていらねぇって。俺は織斑 一夏。これからよろしくな!」

「よろしく。この話し方は癖ですのでお気になさらず」

よほどの安心があったのか握手まで求めてくる一夏に、苦笑いと共に応じた綾は、早速本題といえる話題を呈する。

「流石にこの学園が全寮制という事はご存知ですよね?」

「ああ、一応聞いてる」

「僕らは同じ部屋に押し込められる段取りとなっています。男二人なので当たり前といえば当たり前ですが」

「そうなのか!じゃあ、卒業まで俺たちはずっとパートナーって事だな!」

「・・・何でそんな引っかかる言い回しをするのか理解しかねますがね?もしかして君、そっちのケがあるお方ですか?」

「ち、違うって!」

悪寒に身体を震わせて距離を置こうとする綾をなだめつつ、一夏は溜まりに溜まっていた胸中を明かす事にした。

 

生い立ちの事、IS学園へ入学した経緯の事。

特別嫌な顔をするわけでもなく一通り聞き終えた綾は、脚を組み替えつつ納得したように鼻を鳴らした。

 

「なるほど。要約すると、君は現在最悪の環境にて、さして興味のないISについての勉強をするのが苦痛であると、そういう事ですか」

「言い方はちょっとあれだけど・・・まぁ、そういう事だ」

「ISは良いですよ。実に良い。どこまでも自由な機動制御、ぶつかり合う機体と機体、応酬される武装同士の駆け引き、何よりも少年心を焚きつける機械と人の融合。こちらが愛を注げば注ぐほどISはそれを理解しマイスターに応える。まさに鉄の相棒・・・女性にしか使えないというのが心底もったいないと言わざるを得ない、まさしく人類の叡智を形にしたかのような」

「ま、待て待て!な、何だお前、もしかしてメカフェチか!?」

「それが何か?僕は大人の美しい女性と音楽、ありとあらゆる機械技術をこよなく愛する男。嫌いなものは自意識過剰な連中とピーマンだけです」

「お、おう・・・」

早口でISへの愛を語る綾に若干引いた一夏ではあるが、確かにロボットのパーツで武装して戦うヒーローのようなもの、と考えれば格好良いと思わなくもないようで、少しばかりISへの興味が湧いてきたようにも思う。

「まぁ・・・後でちゃんと勉強してみるか」

「良い傾向ですね。なら今日のところは僕の参考書を貸しますとも。何なら僕が読み上げて上げても良い。不要必要な部分はちゃんと添削してお伝えして差し上げましょう」

「おう・・・何か、想像してたのとキャラ違うな、お前・・・」

 

「―――貴方達、少しよろしくて?」

 

何はともあれ、同室で過ごす事になった貴重な同性のクラスメイトとの関係性は、順調な滑り出しを見せたようで安心していた一夏ではあったが、そこへ綾の言うところの自意識の高い女子生徒が話しかけてきた。

「え、誰?何か用か?」

本日中、まるで会話が出来なかった鬱憤を晴らすかのように綾と雑談を行っていたところを唐突に割り込まれ、対応が雑になる一夏。

それを受けて話しかけてきた女生徒はまぁ!と、仰々しくリアクションを取り、

「何て野蛮な言葉遣いでしょう!やはり男性というものは他者へ対しての礼儀というものを知らないと見受けられますわ!」

「はぁ」

いきなり話しかけてきていきなり人を小馬鹿にしたような発言に、一夏ははぁ、としか応えられなかったが、綾は腰まで届く金髪の女生徒をしばらく眺めた後、納得したように手を叩き、指を差した。

「ああ、そうか。何か既知感があると思ったら、去年亡くなった近所の偏屈なクレーマーお婆ちゃんだ」

「はぁ!?」

今度は女生徒の方がはぁ!?と言う番だった。ニュアンスは大分違っているが。

「ろくでもないお婆ちゃんで、やたら絡み上戸なわりにネガティブ思考なのかすぐ悪口言われた、自分にだけ言葉遣いが悪い、と被害妄想が強いお婆ちゃんでしたねぇ。今考えればあれは人と仲良くしようとして素直になれなかっただけなのかもしれませんが。もう少し心を開いて頂けたら葬式もあんな寂しい事にならないで済んだものを・・・。もしかして若い女の子に取り憑いたんですか、お婆ちゃん?まだお盆には早いですよ?」

「こ、このわたくしを老婆呼ばわりとは、良い度胸してますわね!?」

「わ、悪い!俺もこいつも君の事何も知らないからさ!」

和やかに思い出話を展開させる綾に対し、拳を握り締めていきり立つ女生徒。

そこへ流石に空気を読んだ一夏がフォローに回った。

しかしそのフォローは逆効果で、女生徒の怒りに油を注ぐ事となる。

 

「このわたくしを知らない?イギリス代表候補生のセシリア・オルコットを!?今年度IS学園入試首席という成績を誇るわたくしに無礼極まりありません、恥を知りなさい!」

 

「そんな事言われてもな・・・」

セシリアと名乗った女生徒がまくし立てるのを聞いても、代表候補生というのが何かも知らない一夏には何を聞いてもピンとこない。せいぜい頭がいいんだな、といった印象しか持てなかった。が。

「知っていますとも。セシリア・オルコット。イギリス代表候補生にして第3世代型ISブルー・ティアーズのマイスターで、旧貴族オルコット家の末裔」

と、綾は事も無げにセシリアについての知識を披露した。

ついでとばかりに代表候補生、つまりは各国の代表となるIS使いの卵として認められたエリートである事を一夏へ説明する綾を見て、ふん、と鼻を鳴らすオルコット嬢。

「そこまで知っておきながら数々の無礼、貴方、本当に礼儀がなっておりませんのね」

「ちなみにセシリア・オルコットの両親は列車の事故により死亡しており、現在は彼女が正式なオルコット家の跡取りとなっています。そのため、数多くの政治的な縁談が親戚類から持ちかけられるもそれら全てを拒否、両親の遺産を守るためIS国家代表となる事で自身の地位を――」

「お待ちなさい!誰もそこまで知っていろとは言っておりませんわよ!?」

「知らないと怒り、知っていれば怒り、忙しいお方ですねぇ」

だん、と一夏の机を叩くセシリアに対し、まるで動じずにやれやれとかぶりを振る綾。

「まぁこんな情報がネットで検索をかければ出てくる程度には有名なお嬢様というわけですよ。理解出来ましたか、織斑くん?」

「あ、ああ、なるほど・・・」

「では次にISブルー・ティアーズの話をしましょう。むしろこちらの方がセシリア・オルコットより大事です。まずその名の通り青を基調としたカラーリングで、脚部のフォルムが非常にセクシーな――」

「誰も!そんな!話を!しろとは言っていないでしょう!?」

だん、だん、と何度も一夏の机を叩いて抗議するセシリア。

俺の机なんだけど、と言いかけて口を結んだ一夏を尻目に、綾は嘆息しつつ問う。

「それで、結局何の御用でしょうか?」

「ふん、世にも珍しい男性IS適正者のお二人が、このエリートたるわたくしにいつまで経っても挨拶に来ない無礼を戒めに来たのですわ」

「ああ、話しかけて欲しかったんですか」

「その言い方はやめて頂けます?別に話し相手がいないわけではありませんの」

そう答えるセシリアを見やると、綾と一夏は視線を合わせて頷きあい、立ち上がってそれぞれセシリアの肩を叩き、目をぱくちりとさせる彼女へサムスアップし、

「分かるよ。俺もさっきまで話し相手いなかったからな。寂しいよな、やっぱ」

「僕達でよければいつでも話し相手を務めて差し上げますとも、ええ、ええ。今後は遠慮なく話しかけて頂いて結構ですよ」

と、優しい言葉をかけた。

「だっ、だからそういう意図ではありませんと――」

「強がらなくて良いですとも。そも、たかだか一介のエリート如きと世にも珍しい男性IS適合者のどちらが希少か、考えなくともすぐに分かるような事をわざと気付かぬ振りをして頂ける程度に高貴なお方だ。そう簡単に我々庶民の相手など出来ないでしょうに、よほど心細かったのでしょう」

「?よくわかんないけど、そういうことなのか?」

「ぬ、ぐっ・・・!」

遠回しに厭味を飛ばす綾に閉口するセシリア。

一夏に関してはそれを理解出来ていない様子ではあるが、少なくともセシリアに対して悪印象を払拭出来る様な事を綾が指摘したのだろうと考えている表情だ。特に根拠はないようだが。

「なんだ、君って意外と良い子なんだな?」

「くっ・・・!おっ・・・おっ・・・!」

「お?」

「覚えておきなさいなーーーー!!!」

捨て台詞一投、足早に駆けて教室から出て行くセシリア。

垂れ目がちな美しい横顔には涙が浮かんでいるようにも見えたが、綾は見ない振りをした。

「なんだ、あいつ・・・?」

「尿でも近かったのでしょう。それより織斑くん。ブルー・ティアーズの話を続けましょう」

「いや、一夏でいいよ。俺もリョウって呼んでいいか?」

「ええ、ツルでもモリでもリョウでもご自由に。で、ブルー・ティアーズの」

「そ、それは後で聞くから!俺たちも学生寮に行こうぜ!」

雑に会話を切り上げて教室を出ようとする一夏と、しぶしぶそれを追いかける綾であったが、そこへ鍵を締めに来た山田先生がひょこりと顔を出した。

「すみませーん、用事が無ければ生徒は各自、学生寮へ行って頂きたいんですけど、だめかなー?」

「あ、先生。すみません、すぐ出ます」

 

一礼し、傍らを通り過ぎていく一夏をよそに、同じく教室を出た綾は鼻歌交じりに誰もいなくなった教室の鍵を締める山田先生の肩をおもむろに抱き、外見からは分からなかった頼りがいのある男の胸板へと引き寄せた。

「ひゃっ!?つ、鶴守くん!?」

「綾で結構ですよ、真耶さん」

あからさまに動揺を見せた山田先生の下の名を馴れ馴れしく呼び、綾はうっとりと目を細めながら彼女の顎を親指で引く。

「・・・ああ、やはり綺麗な顔立ちだ。近くで見るとこのきめ細やかな肌がより一層美しく映える」

「そ、そんな・・・いけないわ綾くん、私たちは教師と生徒なのよ・・・」

「いやだな、先程ちゃんと口説く、と予告したではないですか。山田真耶さん。かつての日本代表候補の一人で、銃央矛塵(キリング・シールド)の異名を冠した凄腕のIS使い。貴女の試合は一度たりとも見逃した事がありませんでした」

「む、昔の話だわ・・・そんなの・・・」

段々と、押し倒すような形で壁に山田先生を押し付ける綾。

山田先生は山田先生で、口では抵抗している風を装っていても、ほとんど綾のされるがままにされている。

「今も昔もありません。いや、むしろ今の貴女の方が僕には輝いて見える。いかがですか?今夜僕と、二人で月の見えるラウンジでディナーでも――」

「何をしているか」

 

ごつん、と。

 

いつの間にかやってきていた千冬が、廊下中に響き渡る勢いで綾の頭を拳骨で殴りつけた。

しかしタダで終わらない綾は、これ幸いとばかりに殴られた反動を利用してさり気なく眼鏡を外し、山田先生の豊満なバストへと顔をダイブさせた。

「ひわわわわっ~~~~!?」

「ち、しまった」

舌打ちする千冬をよそにパニックを起こした山田先生の胸の谷間を堪能する綾は、千冬に首根っこを捕まれて引き剥がされるまでの間の両頬の触感を脳のアーカイバへと刻み込んでいた。

「・・・何か申し開きはあるか、鶴守」

あろうことか入学初日に副担任へのセクハラ行為を働いた男子生徒を、熊をも殺さんといった視線で睨み付ける千冬であったが、ゆっくりと眼鏡を掛け直した綾は甘い溜息をひとつと鼻血を一筋、

 

「・・・最高でした」

「そうか」

 

回答を受けた途端、千冬は勢いよく綾を上へと投げ飛ばし、鈍い轟音と共にその首から上を天井の向こうへと突き抜けさせた。

「後で反省文を提出するように」

つかつかとその場を去るパワフルクールビューティー。

それでもまるで動じずにずぼりと抜け出た綾は、軽々と着地し、首筋についた埃を払っておろおろする山田先生へ再度向き直った。

「ふふ、千冬先生は千冬先生でとても素敵ですね。それよりも――」

ずい、と頬を染めたままの山田先生の顔に唇を近づけた綾は、

「先程の返答はいかがですか?今夜、僕と。」

「え、えっとあのあの、き、今日は教師陣で飲み会があるので・・・」

もじもじと、男性経験の無い処女である事が丸分かりなリアクションを取りつつ、今夜の予定を伝える山田先生は、

「・・・その・・・あ、明日なら・・・」

「承知しました。では明日19時、校門前でお待ちしております」

乙女の顔を見せた副担任の頬に軽く口付けをしてその場を去る綾は、自分でもちょっとやりすぎたかなーと思わなくも無い熱烈なアピールが成功した事に小さくガッツポーズを取りながら、先に学生寮前で待っていた一夏へとゆっくり追いついた。

「・・・っしゃ。っしゃ!」

「なんだよリョウ。ずいぶん遅かったけど、先生と何か話してたのか?」

「一夏」

ぽん、と一夏の腕をはたいた綾は、不思議そうな顔をする彼へ、

「今日の晩御飯は奢りますよ」

「マジか!?なんで、何か良い事あったのか!?」

「ふふ、ヒミツですとも」

などとじゃれあう鶴守 綾16歳弱、あれだけの事をしておいて未だ童貞である。

 

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「ああああああああああ・・・どうしましょう、どうしましょう」

山田真耶は動揺していた。

いくら不慣れな男性であるとはいえ、年下の、あまつさえ生徒からの強引な誘いを断りきる事が出来なかった事を、教師としてあるまじき行為であるとひどく思い悩んでいた。真面目である。

「り、綾くんも男の子だものね。大人の女性に憧れてしまう事もそれはありえる事だものね、でもでも、ああああああああ・・・」

分かりきった事ではあるが山田真耶には男性経験が無い。

別段、男性を卑下した事などは無いが人生で関わる事など皆無であったし、むしろ同期陣に織斑 千冬というスーパーエースがいたという事も大きい。

千冬は同性からの人気も絶大であり、例にもれず真耶も千冬に憧れる一人であったのだ。

そのためか、ほとんど男性に対し良くも悪くも興味を抱く事など無かったのだ。無かったのだが。

「あ、あんな顔の良い子があんなに顔を近づけて、あまつさえ、ほ、ほ、ほっぺにチューなんて!い、いけないわ!不純だわ!」

このように、ほっぺにチューという今日日誰も使わないような単語を口にする程度には恋愛に関しての知識が破滅的である事が分かる。

「で、でも、教師と生徒の禁断の恋、なんて、ちょっとロマンスがあって・・・って、何を言っているの真耶!邪念を!払って!!」

1年1組の教室から職員室へ戻るまでに何度も何度も頭を抱えて蹲って立ち上がってを繰り返すものだから、心配して戻ってきた千冬が真耶を発見する頃には既に夕日が昇りつつあった。

「何をしている、山田先生・・・山田先生?おい、どうした、真耶?」

「お、織斑先生・・・」

すとん、と腰を下ろしていた真耶の肩をゆさぶる千冬が訝しげにその顔を覗くと、案の定耳たぶまで顔面を赤く染めている事に気付く。今にも沸騰して蒸発しかねないとはこの事である。

「何だ、もしかして熱でもあるのか?なら、今日の飲み会は欠席にするか?」

「織斑先生・・・教えて頂きたい事があるのですけど・・・」

「?なんだ・・・?」

 

「・・・デートに行くときって、何色の下着を身につければいいんですか?」

「・・・すぐ病院に連れて行くから、車回すまで待っていろ」

 

言うが早いか競歩のような速さでその場を離れる千冬。

どちらにせよ、かく言う千冬とて男性とデートした経験など無いため、真耶の頓珍漢な質問に対しての回答は持ち合わせていなかったのだが。

 

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指定された学生寮の部屋へ辿り付き、管理人から渡された鍵でその扉を開いた綾と一夏は、その内装の綺麗さに感嘆の声をあげた。

埃一つ無いふわふわのカーペットに飾り気の無い白のカーテン。

衝立一つを挟んで並べられたシングルベッドが二つ、それぞれに柔らかな羽毛布団と横長の枕が設置され、その向かいには学習用のデスクが二人分。

学生寮の部屋というよりはまるでホテルのツインルームの様であった。

純粋に良い部屋である事を喜ぶ一夏とは逆に、綾はホテルっぽい部屋で男二人で寝泊りするの嫌だな、早いところ改装しなきゃなと考えていた。

 

部屋の内部まで足を踏み入れた二人は配送されていた各々の荷物を確認し、制服の上着を脱いでどちらが窓側で寝るかジャンケンで決めようと構えていたところ、バスルームらしき扉の中から声が響いた。

「ん?誰かいるのか?」

「え!?」

それは明らかに若い女性の声であった。

そんなものがバスルームから聞こえてくるなど、答えは一つしかない。もちろん中で女性が洗体設備を利用しているという事だ。

「お、おいおいどういう事だリョウ!?いまの女の声だよな?まさか部屋を間違えたなんて」

「まさかですよ。僕らの荷物、ここに置いてあったじゃないですか」

「だよな・・・じゃ、じゃあ、女子が間違えて俺たちの部屋に?」

「許せませんね。神聖なる男子の寝室に入り込むなど以ての外だ。相応の報いを受けさせねば」

「報いって・・・何する気だよ?」

「何もしませんよ。僕たちはね」

小声で話しつつ、おたおた慌てる一夏と対照的に、綾は落ち着き払ってバスルームの方向を注視し―――声の主が、無防備に出てくるのを見逃すまいと眉間に力を込めた。

「・・・どういう意味だ?」

「決まってます。こちらに何の非も無く女子の裸体を拝めるチャンスですよ」

「最低かお前!そんな事して後でタダで済むと思うのかよ!」

「君は見たくないんですか!女子の裸ですよ!?それが目の前にあって、それもノーリスクで見れるチャンスを見逃そうなんて、それでも男ですか!」

「言ってる事はカッコよさげだけどやろうとしてる事は最悪だからな!?」

腕を組んでその視線を逸らそうともしない綾であったが、一夏はさすがにまずいと思い、そんな彼を後ろから羽交い絞めにし、窓の外へと向けようとする。

「何するんですか離しなさい一夏!あなたそれでも男ですか軟弱者!」

「お前がやってる事だって十分に軟弱者の所業だからな!?とにかく向こう向いて、何とか背中越しに説得をだな!」

「だからそんな事したら桃源郷を見逃すでしょうがこのED野郎!あっ、ちょっと!変なところ触らないで下さいホモですか!」

「変なとこなんて触ってないだろ!黙って向こう見てろって!だいたいお前、大人の女が好みじゃなかったのかよ!」

「それとこれとは別問題でしょうが馬鹿ですかってぎゃあああ!いま乳首グネりましたよこの変態!変態ホモ!ホモチカ!」

「誰がホモチカだ誰が!頼むから言う事聞いて――」

 

「・・・何を、してるんだ、おまえたち」

 

と、暴れまわった挙句、背後から綾をベッドに押し倒した形になってしまった一夏の姿を、いつの間にかバスルームから出てきていたバスローブ姿の女生徒がドン引きしながら見つめている。

そこには羽交い絞めにして動き回った結果、男二人のシャツははだけられ、さながら獣の交尾の最中のごとき体勢と相まって、非常に扇情的でボーイズのラブな絵面が展開されていた。

「あ、いや、その、これは、ですね」

「うっうっうっ・・・人生に一度あるか無いかのイベントを阻害された。もうお婿に行けない・・・」

「お前ホントに言い方考えて!?」

さめざめと泣き真似をする綾から反射的に離れる一夏であったが、黒髪の女生徒は無言で傍らにあった木刀を手に取ると、スタンダードな剣道の構えをとって吼えた。

「人の部屋へ無断で入り込んだ挙句、あまつさえ同性との淫行に奔るとは見るに耐えん!今ここで成敗してくれる!」

「まぁそうなりますよね」

「何で他人事なんだよ!待ってくれ、話を聞いて――」

「問答無用!!」

濡れそぼった黒い長髪を靡かせ、男勝りな口調の女生徒は素人とは思えない素早い踏み込みで窓を背にした一夏へと距離を詰め、勢いよく隙の無い中段突きで彼の鳩尾を狙う。

「うわっ――」

 

鋭い風切音。

例え木刀であろうとこの当たり所では致命傷になりかねないその一撃は、しかし一夏へと届く事はなかった。

 

「なにっ・・・!?」

女生徒の手にした木刀は、瞬時に反応した綾が右の膝と肘で挟みこんだ衝撃により中心から半分に折れ、吹き飛んだ切っ先は一夏の顔の横へ吹き飛んでカーテンにつつまれてカーペットへと落ちた。

「おっと・・・折れるかなと思いましたが本当に折れましたね」

片足立ちでひらひらと折り曲げた肘先の掌をゆらした綾は、呆然とする女生徒へとどこか楽しげに笑いかけた。

神業と言っても過言ではない技術と膂力を見せ付けた綾はしかし、それを特に自慢げにする事もなく女生徒の瞳を見ながら問いかける。

「申し訳ありませんがここは僕と一夏くんの部屋である筈なのですが。何故貴女はここでシャワーなど浴びていらっしゃるので?」

誘っているのですか?とからかい口調で問う綾に対し、女生徒は憤慨しながらも気の強い瞳へ怒りを灯しつつ言い返した。

「何を言う!ここは私の部屋だぞ!管理人から鍵を預かっているのがその証拠だ!」

「えっ!?」

「おや?」

一夏と綾は、差し出された部屋の鍵をまじまじと見つめて顔を見合わせる。

言われてみればそもそもこの部屋へ入室するには鍵は必須である筈だ。

部屋を間違えていたとしても、鍵が合わなければ入室しようがない、つまり。

「え、何?ここ三人部屋なのか?女子と!?ベッド二つだぞ!?」

「ふ、ふざっ・・・ち、ちょっと待っていろ!」

ばたばたと、濡れた髪を乾かす事も忘れ、女生徒は備え付けの電話機からどこかへと電話をかけ始める。管理人を通して教職員へ問い合わせているのだろう。

その後姿をまじまじと見つめ、綾はぼそりと呟いた。

「・・・いやぁ、性格は過激ですが身体つきの方も中々に暴力的ですねぇ」

綾の言うとおり、黒髪の女生徒は慎重は平均的にしても胸は山田先生に匹敵するほど大きく、ヒップも高校生とは思えないレベルの安産型であった。

「いい加減セクハラ発言やめとけって。・・・しかしこの子、どこかで会ったような・・・」

鼻の下を伸ばす綾の脇腹を肘で突きつつ、一夏は物思いに耽る。

どこか記憶の箱が疼く様な感覚。

昔、会ったことがあるような、目の前の女の子の面影。

あと少しで思い出せそう、だけど何かが足りない。

 

などと考える中、ふと、先程綾が身を挺して庇ってくれていた事を思い出した一夏は、綾へと向き直りぼそぼそと礼を言った。

「リョウ、さっきは悪い、助かった」

「はい?」

「ほら・・・あの子の木刀から・・・」

「ああ、言うタイミングが遅すぎて何の事か分かりませんでしたよ」

「ぐっ・・・悪かったよ」

「ま、何でもいいですけどね」

茶化すように肩をすぼめる綾のその仕草が、照れ隠しを含んでいた事に一夏は気付けなかったが、そんな話をしている間に女生徒は電話を終え、男子二人に向き直った。

「・・・どうやら、学園側の手違いで我々は同室を割り当てられていたらしい」

「そんな事だろうとは思いましたけどね」

「で、どうなるんだ、これから?」

「まさか男女同室のままというわけにもいかないからな。私は一時的に織斑先生と同じ部屋に泊まる事となった」

なぁんだ残念、などと言いかねない綾を事前にローキックで黙らせ、一夏はほっと一息ついた。

「え、何で今蹴られたんですか僕」

「ごめんな、手違いがあったとはいえ風呂に入っている間に部屋に男が侵入するなんて、怖がらせて悪かったな」

「え、しかもスルーですか」

「いや、こちらこそ、そうとは知らず襲いかかってすまなかった」

「え、僕いない扱いですか?おーい」

どこかぎくしゃくした女生徒はしかし、綾に対してじろりと睨み付け、一夏に対してはしずしずとした態度で会話を続ける。

「・・・ひ、久しぶりだな、一夏」

「え、やっぱりどこかで会った事あるんだな?どこだっけ?」

「お、覚えて・・・ないの・・・か?」

一夏の返答に、まるでこの世の終わりのような顔を浮かべる女生徒。

そんな彼女の反応に気付けない鈍感さを見せる一夏に、直感でまずいと思った綾は素早くフォローする事とした。

 

「他の人の自己紹介を聞いていなかったんですか君は。そうでなくとも彼女は篠ノ之 箒(しののの ほうき)、かのIS開発者である篠ノ之 束(しののの たばね)の妹君ですよ・・・って、そんな事すら知らないんでしたね」

「・・・箒?」

 

綾から名前を聞かされた一夏は、おぼろげな記憶と幼い頃の印象を瞬時に合致させ、確かにあの頃の面影が目の前の少女にある事を察し、

「箒!?そうか箒か!すまん、最後に合った時と全然変わってたから気付けなかった!悪い!」

と、即座に謝った。

「あ、ああ!そうか、忘れていたわけではないのだな。・・・良かった」

一夏の言葉に、打って変わって安堵の笑顔を浮かべる女生徒・・・箒。

 

「いや、でも本当に久しぶりだな箒。髪型もあの頃と違ったから・・・」

「か、髪は普段は変わらず後ろで結んでいるのだぞ。そ、それに!私達は同じクラスだ!なぜ気付かないのだ!」

「おーい」

「そ、そうだったな。ごめん、急にこの学園に編入させられる事になったから戸惑ってて・・・でも、箒がいてくれるなんて嬉しいよ」

「ふ、ふん。お前は相変わらず、無自覚に人を喜ばせる様な事を言うのだな」

「ん?何のことだ?」

「何でもない!鈍いのも相変わらずか、ばかめ」

「もしもーし」

織斑 一夏と篠ノ之 箒は幼馴染の関係性である。

小学4年生の時期に一夏が引っ越すまで共に過ごした仲で、同じ剣道道場に通い、絆を深め、諸々の家庭事情から一夏の存在を心の拠り所としていた箒としては、いつか再会できることを願っていた。

そして今日。まさに晴天の霹靂といった具合なのだ。

「ふふ。しかし、そうだな。こうしてまた出会えたのだ。今日の事は水に流してやろう」

嬉しそうに、それこそ恋する乙女のように笑顔を浮かべる箒と、懐かしさに微笑み返す一夏。

そして気を遣ってやったにも関わらず完全に話に置いてけぼりにされた綾は、目の前でイチャつき始めた男女にとりあえずイラっとしたので、一夏の背後へと回って屈み、組んだ両手の人差し指を箒の中段突きよろしく目の前へと勢いよく突き出した。

 

「チェス(掛け声)」

「ふがっ!!?」

 

肛門を貫く衝撃と、遅れてやってくる激痛に飛び上がった一夏はもんどりうってその場に倒れ伏し、声にならない悲鳴をあげつつ涙のにじむ顔面を手でおさえた。

「い、一夏!?」

「いやもうイチャイチャされるのは結構ですがね、せめて人目のないところでお願いしたいのですが。駄目ですかね」

山田先生の口調の一部をお借りしつつ綾は己の人差し指に軽く息を吹きかける。

「いっ、イチャイチャなどしていないっ!」

「今のをイチャついてないというなら僕はもう貴女をこの部屋に迎え入れたくありませんよ・・・」

照れ隠しか、反射的に言い返した箒へ嘆息交じりに所感を吐いた綾は、改めて箒へと向き直り自己紹介を行う。

「・・・まぁ先ほど教室でも名乗りましたが、僕は鶴守 綾と申します。篠ノ之 箒さん、一夏ともどもよろしくお願いしますね」

「あ、ああ。一夏と同じ、男性IS適合者だったな。認識はしている、心配するな」

「それは重畳。ところで」

瞬間、冷ややかに目を細めた綾は、箒がぞくりとするような低い声色で一つの事を問う。

 

「貴女の姉上様・・・篠ノ之 束さんは、現在も行方不明なのですか?」

 

箒の姉、束は単独でISの開発を行い、世界のパワーバランスを一変させた驚異の天才科学者である。

ISのコアは束にしか製作が出来ず、そのため世界政府の監視下の元、各国へコアと技術の一部を提供し続けていたが、ある時期を境に失踪。

政府に妹の箒と両親を半ば軟禁状態の形で引き離されておきながら、どこまでも自由奔放な姉にかなりの精神的負担を与えられた箒としては、姉の話はとてもデリケートな話題となっていた。

綾もそうなのだろうと察することは出来ていた。

それでも、彼にとっては確認せざるを得ない事でもあった。

「・・・いや、姉さんの事は、私は何も知らない」

「本当ですね?」

「深く探らないでくれ。私としても、もう、あまり話題にしたくはないのだ」

「・・・失礼。今の質問は忘れてください」

眼鏡のブリッジを中指で押し上げ目を逸らす綾を見て箒は、もしや彼は姉に何か恨みを持っているのではないかと考えたが、結局、この話を続ける気が起きずに聞くことが出来なかった。

「・・・リョーウ・・・」

「おや一夏。おはようございます」

足元から聞こえる怨嗟のような声に気づいた綾は、両手を肩のあたりまで上げて指をパクパク開閉させつつ、自身の足を支えに立ち上がってきた一夏へと挨拶を行った。

「おはよう、じゃねぇよ!いきなりカンチョーはないだろ、小学生か!」

「どんなに時が流れても、心だけはあの頃のままでいたいですよね」

「いらねぇよそんなポエム!結構奥まで刺さったぞ、くそっ!」

「┌(┌ ^o^)┐?」

「今のどうやって発音したんだよ!?」

尻をさすりながら声を荒げてまくしたてる一夏を、ひらひらと受け流す綾。

そんな二人を順繰りに眺めた箒は一瞬の間を置いてぷっと吹き出し、小さく声をあげて笑い出した。

「ふふふっ・・・なんだお前たち、そんなに付き合いが長いのか?」

「いやいやいや」

「先ほど顔を合わせたばかりですが何か」

「それでそんなに仲が良いのか。なんだか羨ましいな」

顔を見合わせて首をかしげる綾と一夏をよそに、楽しそうに笑顔を浮かべた箒は自分の荷物を簡単にまとめると、

「それじゃあ一夏、また明日。それと・・・鶴守もな」

「あ、ああ。じゃあな箒」

軽く挨拶をし、そそくさと部屋を後にした。

 

無言で手を振っていた綾は、同じく手を掲げている一夏を横目で見やり、

「・・・昔の幼馴染と高校で再会とか、大昔の恋愛ADVみたいですね。感想はいかがですか、主人公の織斑 一夏くん?」

「何だよ、その言い方・・・。別に、箒と会えたのは嬉しいし、これから仲良くやっていきたいとは思うよ」

「そうですね、仲良くヤりたいですよね」

「何だ今の違和感」

「それはともかく、何の話でしたか。窓際はどちらが取るか、でしたかね」

「あっ、そうだったそうだった!そんじゃ、いっちょジャンケンで――」

「入口手前から名前順というのはどうでしょう?」

「はい最初はグー!!」

こうして、入学式の一日は暮れていく。

結局、すったもんだあって窓側のベッドを確保した一夏ではあったが、参考書を綾から借りるのを忘れたがためにISの事はほとんど何も分からずじまいとなってしまったのであった。

 




男二人だと男子校のノリ。
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