インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
夕方の海は人数も少なく、波の音しか聞こえない砂浜にはシャルロットと綾の影が伸びる。
無言のまま歩く彼女の後を歩く綾は、様子のおかしいその理由を察する事が出来ていた。
これもまた、決着をつけねばならない事であると考えている。
それはシャルロットにしても、答えの分かっている事に確証を取るための儀式に近い。
お互いが、乗り越えねば先に進めないのだと分かっていた。
沈黙のまま歩き続けてしばらく、シャルロットは意を決したようにゆっくりと振り向いた。
「ごめんね、いきなり」
「気にしないでください・・・今日は、どこにいらしてたので?」
「ずっと、このへんうろうろしてた。なんだか、皆と遊ぶ気持ちじゃなくって」
申し訳なさそうに目を伏せるシャルロットは、日中、ずっと思い返していた。
綾とセシリアが、これまでどのように接してきていたか。
強い絆があるのだという事は知っていた。
それはあの食堂でのセッションを聴いていれば誰にでもわかる。
でも、普段の二人はまるで、小学生の友人関係の様にじゃれ合い、たまに口論し、お互いを意識している様には見えなかった。
けれど、そういう他者からの主観では分からないところで、彼らは繋がりを深めていた。
セシリアはずっと、綾に勝ちたいと表明し続けてきた。
一度負けた事により、これまでの自分の固定観念が破壊された事を感謝していると。
ISだけではない、運動でも、勉強でも、何でも勝負に結び付け、綾もそれを嫌がる事無く受けて立った。
馬鹿な事をやっていると笑われながらも、彼らにとっては真剣勝負であり、勝敗で一喜一憂する大切な時間であったのだ。
そうして切磋琢磨する間柄が、ふとしたきっかけで恋に発展してもおかしくはない。
それに、綾に関してはたった一つ、本音やシャルロットに対しては決して言わない一言があった事に、これまで気付けなかった。
それは―――。
「リョウ、気付いてるかな。リョウって、セシリアにしか言わない言葉があるんだよ」
「?なんです、それ」
「魅力的だ、って」
「・・・それは」
指摘されてはじめて綾は気付く。
5年後に期待するとか、そんな事は誰にでも言った気がする。
魅力的な女性だと意識せず自分で口にしたのは、確かにセシリアだけではないだろうか。
そしてそれは、ずっと綾を見つめ続けてきたシャルロットへ否定する言葉を見つけられない指摘である。
だとすれば、綾は初めて彼女のヴァイオリンを聴いた時から、ずっと。
「ねぇ、リョウ。ボクの事は、魅力的に思えないかな?」
けれどシャルロットは、微かな希望に縋る様に綾の瞳を見据える。
綾もまた、黄色のフリンジビキニを着たシャルロットへ視線を返す。
一瞬にして永遠にもとれる間をおいて、桜色の唇から紡がれる言葉はきっと、言わなくとも伝わっている筈の台詞であった。
「好きだよ」
心臓が跳ねる音が聞こえる。
放出された血液が首から喉を駆け上がって、脳へと届く。
歯を食いしばって、その甘い耳障りを受け止める。
静かに唾を飲み込んだ綾へ、シャルロットは続けて言う。
「キミの事が好き。大好き。お父さんや、お義母さんと仲直りさせてくれた事、嬉しかった。キミに頭を撫でられると心が温かくなる。キミのためなら命だっていらない。ずっと、ずっと一緒にいたいって思うんだ」
想いの丈を言葉にして綴るシャルロット。
耳を傾け続ける綾の瞳が、あるフレーズをきっかけに曇った事を、シャルロットは気付かない。
「だから、リョウ。ボクと、付き合ってくれないかな」
一世一代の賭けともいえる、シャルロットの懇願するような告白。
沈黙が訪れる。
波の音が妙に騒がしく聞こえる。
「僕はね」
綾は、眼鏡の位置を直そうと手を掲げるも、今日はしていない事に気付いて大きく息を吐き、期待と不安に潰されそうなシャルロットから目を逸らさずに回答した。
「僕は、僕のせいで命を捨ててしまう人とは、付き合えません」
巨大な絶望感がシャルロットを襲う。
まるで自分に関わる全てを失ったかのような表情のシャルロットへ、綾は少しおどけた風に語る。
「言ったでしょう、僕は君が思う程立派な男ではない。第一、たかが僕なんかのために命を投げ出す価値なんてない」
「そんなこと・・・!」
「どちらにしても、そんな事をされたら僕は耐えられない」
「・・・・・・!」
寂しげに微笑む綾の表情に、シャルロットは言葉が出ない。
愛するが故に命を差し出すのは当たり前だと思っていた。
そう思えてしまう程の恋だった。
軽薄なようで優しく、情けない姿を晒しながらも理性的で、淡白なようで情に厚い、目の前の男になら、全てを投げ出してもいいと考えていた。
そんなシャルロットのスタンスを、綾は否定した。
失う側の悲しみを知っているから。
シャルロットもまた、その悲しみは知っていたはずなのに。
バスの中で自分が呟いた、誰かのせいと誰かのための違いを、理解出来ていなかった。
だって、もし本当にそんな事をされたら綾は、大好きなこの人は、重責と罪悪感で壊れてしまうかもしれないと、どうして考えなかったのか。
頭の中で自分が選択した言葉を悔やみながら、震える手をこらえてシャルロットは言う。
「守るよ・・・ボクが守るから!」
「・・・シャロ」
流れる涙もそのままに、何かを振り切るように続ける。
「ボクがリョウの事を守るよ!誰にもキミを悲しませたりしない!キミが何かに立ち向かうならボクが戦う!だから!」
最後には、声がかすれてほとんど聞き取れない彼女の叫びに、綾は刃物で切り付けられているかのような錯覚を覚えていた。
そこまで想ってくれているのは嬉しい事だ。
けれど尊敬するシャルロット、君にそんな考えを抱かせてしまった事をすまないと。
綾は喜びよりも、罪悪感しか心に抱く事が出来なかった。
「だから・・・ボクの傍にいてよ・・・リョウ・・・」
「シャロ。君はひどい人だ」
「えっ・・・?」
もしも、自分が。鶴守 綾という存在が。
彼女にそのような呪いをかけてしまっていたとするならば。
どんな言い方にしろ、どんな方法にしろ、解呪してやらねばならないと。
それが、綾の出した、シャルロットに対してのケリのつけ方だった。
「僕は、僕自身を守りたいと思っていない。そも、守る必要が無い。僕は強いですからね」
「嘘だよ・・・リョウは、優しすぎるから。誰かが守らなきゃ、傷だらけになっちゃうよ」
「それは君が考える事じゃない。僕から悲しむ心を奪わないで下さい。僕の戦いを奪わないで下さい。僕は、僕の意志で生きている。君の加護は、必要ない」
「・・・リョ、ウ・・・」
明確な拒絶にへたり込むシャルロット。
そして綾は、そんな彼女の横をゆっくりと通り過ぎていく。
「これは僕が選んだ道だ。僕が進まなければ意味が無い。誰かに守られる人生なんて、まっぴらだ」
「リョウ!」
「君なら、もっといい男を見つけられますよ」
一度だけ手を振って、背中から聞こえるシャルロットには決して振り向かず。
痛む心に耐えながら綾は歩く。
ありがとうも、うれしいも、ごめんも、意識して口にしなかった。
それがシャルロットの未来への枷となるかもしれなかったから。
どうか自分に縛られず生きて欲しいと、それだけを願い、綾は心の中だけで泣いた。
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「ぬ。どうした綾?」
戻る途中でラウラが、両手に一本ずつソフトクリームを掲げて歩いてきた。
その双方が既に食べかけで、おそらく本音か誰かに買ってきたものの我慢できずに口をつけてしまったのだろうと伺える。
ともあれ、辛い表情を隠しながら歩く綾を訝し気に思ったラウラは、眉をひそめて下方向から観察するように眺める。
「んん?何かあったな?言ってみろ」
「いえ・・・別に」
「別に何もない奴がする顔か。ほれ、一口くらいなら食っていいぞ」
ぐい、と差し出されたソフトクリームにラウラなりの気遣いを感じ取り、すこし微笑んだ綾は大口を開けてコーンごと口の中へと頬張った。
「なーーーーーっ!!何をするりょーーーーーっ!!」
「ひおうちほひはへはほへ」
「一口の加減を考えんかバカー!」
ひとつまみ分残ったコーンの先端を口に入れながら、咀嚼する綾をぷんすかと蹴りつけるラウラ。
安っぽいバニラの香りと冷たさに少し頭を冷やした綾は、ごくりと糖分を飲み込むとラウラの肩を叩いて顎を後ろへと向けた。
「・・・向こうにシャルロットがいます。申し訳ないですが、慰めてやってはくれませんか」
「それはいいがおまえ、この代償をどう支払うつもりだ?」
理由は聞かず、察する事もせず、ラウラは恨めしそうに睨む。
なんだかんだと気持ちの良い承諾が出来るのが、ラウラの美点である。
「こんなソフトクリームごときで文句を言うとは、僕の妹の株も地に落ちたものだ。帰ったらハーゲンダッツのアイスクリームを奢りましょう」
「なんだそれは。美味しいのか?美味しくなかったら八つ裂きだぞ」
「その言葉を後悔する程に美味しいですね」
「絶対だぞ。約束だぞ。あといちご味だぞ」
「お目が高い。僕もストロベリーが一番好きです」
そこまで言うなら、と残った側のソフトクリームを舐めながら、ラウラは綾が歩いてきた道を辿っていく。
守ってもらう必要はないかもしれないが、心から頼りになる守り合うべき妹を持てた事に綾は感謝の念を禁じ得ない。
「さて・・・では、こちらのケリもつけましょうか」
再度歩き出す綾。
その歩みは次第に競歩、やがて駆け足へ。
一分一秒でも早く、あの娘の元へ駆け付けたい想いが、今の綾の全てだった。
へたり込んだままのシャルロットは、何をするでもなくぼうっとしていた。
何かを考える事など出来なかった。
大好きだった人に気持ちが伝わらなかった、その精神的ダメージは計り知れない。
綺麗に手入れされた金髪が潮風になびくままにして、どれくらい経っただろうか。
孤島にひとり取り残されたかのようなシャルロットへ近づく人影がちらほら。
「ねぇ君、大丈夫?」
「こんなとこで何してんの?一人?」
日焼けして、いかにも遊び慣れしている風の若い男が二人。
脱色された金髪が目立つ顎髭の男は、反応のないシャルロットへと話しかけ続ける。
「君外国人?観光?日本語分かる?おーけい?」
「バーカ。こりゃ多分カレシにでも振られたんだろうよ。立てる?オレらで良かったら話聞くけど?」
心配するかのように話しかける短髪の男がシャルロットの腕をつかんで立たせようとしたところ、カレシに振られた、というワードに綾の背中をフラッシュバックさせたシャルロットは、ぶわっと涙を流し始めた。
「ちょっ、えっ、マジで振られたの?やべ、地雷踏んだ?」
「お前なに泣かしてんの!?だ、だいじょぶか?何か食うか?金髪だからアメリカ人だよな?アメリカ人って何食うんだ?ハンバーガーとかでいい?」
「海の家にそんなもんねぇだろ!」
そんなシャルロットの様子に、わたわたと慌てて泣き止むよう色々提案する男たち。
ナンパして連れて帰りかねない容姿のわりに、意外と優しい人である。
そこへ。
「おい貴様ら」
シャルロットを気遣う男たちの前に、ラウラが到着した。
腕を組んでいるものの、片手でソフトクリームを食べるのをやめないため台無し感はある。
「・・・誰?このちっこい子」
「この娘のツレじゃね?」
指差しながら顔を合わせる二人組を無視し、ラウラはシャルロットへと歩み寄って声をかけた。
「大丈夫かシャルロット」
「ラウ、ラ・・・うぅ・・・うあああああああああんっ!!」
「・・・泣いているのか?おい貴様ら、どういう事だ説明しろ」
「ち、違う違う!オレらじゃないって!たぶんカレシに振られて泣いてるんだって!」
睨みをきかせるラウラにちょっとビビる男たちは、慌てて手振りをする。
「カレシ?ははぁ、なるほど繋がったぞ」
嗚咽をあげるシャルロットを抱きしめて頭を撫で、綾が慰めてやれと言った理由をここで察するラウラは、しかしどうするべきかと考える。
あたりを見渡して、近くに出店がいくつかある事を確認したラウラは、きらりと目を輝かせて男たちを見た。
「おい貴様ら。見たところナンパ師のようだが」
「え、俺らライフセーバーなんだけど・・・」
「もうそろそろ夜になるし、危ないから海から離れる様にって」
驚くべきことにチャラ男に見えた彼らは人命救助を仕事とする、海の男であった。
しかし聞く耳持たないラウラは、出店を指差してこう言う。
「いいか、わたしはこれからこの大事なルームメイトを慰めてやらねばならん。きっと喋ったり聞いたりして喉が渇いたりお腹がすいたりするだろう。わかるな?」
「いや、そりゃわかるけど」
「そこで貴様らに仕事を与える。そこの出店でたこ焼きと焼きそばとクレープとアイスとコーラとオレンジジュースを三人前買ってこい。大至急だ」
「ええっ!?な、何で!?」
「馬鹿か!緊急事態だぞ早くしろ!手遅れになっても知らんぞ!」
「・・・おい、どうする?」
「よくわかんねぇけど緊急事態なら仕方ないんじゃね?」
ラウラの言う所の手遅れとは宿の夕飯に間に合わなくなることなのだが、顔を見合わせた男たちは地味に自分の分を多めに注文したラウラの勢いに流されるように売店へと走っていった。
シャルロットの肩を抱いて椅子のある所へと誘導するラウラは、鼻息荒く言う。
「お前を振る綾がバカなのだ。あんな奴忘れてとにかく食え。付き合うぞ」
「・・・ラウラが食べたいだけじゃないの・・・?」
鼻をすすりながら言うシャルロットに「それもある」と頷くラウラ。
「だがわたし以上に適役はいないぞ。思う存分不満を言うがいい。全部覚えて今後綾へちくちく厭味として飛ばしてやる」
「・・・うん」
ようやく涙を拭ってラウラの顔を見るシャルロットは、小さくも大きな友人へと感謝を伝えた。
「ごめん、ありがとね、ラウラ。長くなると思うけど、付き合ってね」
「任せろ」
力強く微笑むラウラに元気づけられながら、夜が更ける海を背に歩くシャルロットは、きっと溜め込んだ想いは語りつくせないのだろうと、なんとなく考えていた。
どうやら夜は長そうである。
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息を切らせながら走っていた綾は、最後に別れた海の家のベンチに座ったまま船を漕いでいるセシリアを見つけ、少し安心しながら近寄り、その細くしなやかな肩を揺さぶった。
「・・・セラ。こんなところで寝ていると風邪ひきますよ」
呼び声に身じろぎし、うっすらと目を開いたセシリアは、目の前で微笑む温かな姿にはにかんで、柔らかな表情を浮かべた。
「おかえりなさい」
「・・・ただいま」
手を取って立ち上がらせると、んっと伸びをしたセシリアは、陽が沈んでいく様子を目にして綾を振り返る。
「・・・シャルは、どうしましたの?」
「好きだと告白されました。けど」
正直に伝え、かぶりをふる綾。
「君とは付き合えない、と断りました。彼女には、もっとふさわしい男性がいるはずです」
「ふさわしい、か。それを決めるべきは誰なのかしらね」
「さてね。少なくとも僕にはシャロと歩める未来が見えない」
自己投影しているのか切なげな顔をするセシリアの手を取り、綾は言う。
「少し歩きませんか」
「もう戻らないと、また千冬先生に怒られますわよ?」
「その時は一緒に怒られましょう」
「・・・ふふっ、仕方のない男だこと」
これまでの綾であれば、もしかしたら自分が悪い事にするからと言ったかもしれない。
けれど、もうセシリアに対してはそうやって一方的な加護を与えようとは思わない。
少し強引に、手を離すつもりはないとばかりに引く綾に、セシリアは気持ちがつながったような感覚を覚えて隣へと速足で駆けた。
肌寒さを感じる夕闇の中、二人は歩く。
一歩、一歩を噛みしめる様に、忘れえぬよう刻み込む様に。
いつしか砂浜には誰もいなくなり、頃合いとばかりに綾は無言の静寂を破る。
「初めて会った時の事を覚えていますか」
「そうね、高慢ちきなエリート気取りが、鼻持ちならない軟派な男につっかかった時の事かしら?」
立ち止まった綾を追い越し、手を後ろに回して振り返るセシリアの笑顔。
彼女もまた、彼に対してお嬢様言葉をやめていた。
「貴女の噂は入学前から聞いていた。僕はね、少しだけきみに、会えるのを楽しみにしていたんだ」
それに応じて、綾も自身のペルソナであった敬語をやめる。
お互い、他人へ向けるべき仮面を取り去ったのだ。
「わたくしは嫌だったわ。どうしてIS学園に男なんて入学させるのかって、学園に直訴したくらい。もし下品を通り越した下衆であるなら、あらゆる手を尽くして排除しようって」
「はは。なら、最低ラインは確保出来たわけだ」
「とんでもない。日に日にあなたが目障りになっていったわ。あんなに努力して汗をかいて、血を流して、寝る間も惜しんで培った能力に、あなたは涼しい顔をしてついてくるんだもの。嫌になっちゃう」
「努力を重ねたのはお互い様さ。それに、負けたくないのは僕も同じだった」
「ええ。だから決闘を申し込んだの」
クラス代表選抜バトルロワイヤル。
そこで彼らは雌雄を決した。
お互いの想定通り、最後に残ったのは綾とセシリアの二人で、結果としてアマデウスがブルー・ティアーズを打ち破る事で幕は閉じた。
「悔しかった。どうして男なんかに負けるのかって。いっそのこと消えてしまいたいくらいに。あなた、あの時そう言ったわたくしに、理由は自分で考えろって」
「答えは出たんだろう?」
「山田先生がね、あなたとデートした時の事を語って聞かせてくれたわ。そこであなたが戦いにかけた想いと、わたくしに伝えたかった事を知ったの」
「・・・それは、知らなかった。恥ずかしいな」
目を伏せて頬をかく綾。
むずがゆそうな反応を愛おしそうに眺めたセシリアは、仰ぐように空を見る。
「わたくしは、自暴自棄だったのね。お父様と、お母様を亡くして、あなただって同じ境遇なのに、不貞腐れずに真正面からわたくしと向き合って。相手を思いやる気持ちを大切にできないわたくしが、勝てる道理などなかったのね」
「僕はむしろ、嬉しかった。両親を喪った僕を哀れまなかったきみは、本当に誇り高いと、対等に見てくれてるんだと、そう思った」
「ええ。あの戦いを経て、わたくしたちはようやく、お互いを対等としてみる事が出来た」
懐かしそうに綾へ目を向けて笑うセシリア。頷く綾。
「その後のソナタは最高だった」
「ベートーヴェンの春。わたくし、一生忘れないわ」
戦いで対等になったのなら、音楽で繋いだのは心。
楽しくもいたずらに、語り合うように、歌うように。
「僕はきっと、あの時からきみを意識していたんだと思う」
「奇遇ね。わたくしもそう」
一歩、距離をつめる。
「セラ。僕は誰かを守るつもりはないし、誰かに守られるのも気に入らない人間だ。ラウラだけは例外だけど。誰かを好きになるつもりなんてなかったし、そんな資格もないと思っていた」
「うん」
また一歩。
「けど、この気持ちを抑えられそうにない。僕は強欲なんだ。分かっていた事なのに、分かってなかった。守るんじゃなくて、傷を舐め合うんじゃなくて、お互いを高め合って、競い合って、戦い合って、笑って隣を歩けるきみと、一緒に生きていきたい」
「うん」
お互いの距離は無くなる。
すこし震える手を小さな背中へと回し、慈しむように豊かな金髪へと頬を寄せる。
それに応える様に、逞しい背中へと手を添え、鍛えられた胸へと額を当てる。
目の前の異性の体温を感じ取りながら、一瞬の間をあけて。
「―――愛してる。セシリア・オルコット。僕と結婚を前提に交際して欲しい」
「わたくしも愛してるわ、鶴守 綾。絶対に離れてなんかあげないんだから」
夕日が完全に沈むと同時に、二度目のキスが交わされる。
まるでその瞬間を見逃したくないとばかりに月が輝き、澄んだ空は祝福するかのように星を輝かせた。
二人、手を取って歩く。
宿に帰るまで、ほんの少しだけ約束をした。
「ねぇ、リョウ。わたくしたち、たくさん話ましょうね」
「うん」
「たくさん、ケンカもしましょう。それで、同じ数だけ仲直りをするの」
「ああ、いいな」
「おたがい気に入らない事は気に入らないって言って、嫌いなところは嫌いって言って。やっぱり同じだけ好きなところを伝えあって」
「思ってることは何でも言おう。お互いの気持ちとか、考えを大切にしよう。そうやって、いつも隣にいよう」
「ええ、ずっと二人で」
握り合った手は温かく、愛しい気持ちはとどまる事を知らず。
ゆっくりめに歩いて、ようやく宿に到着した時には、入り口の前で千冬が腕を組んで待ち構えていた。
「・・・貴様らは、どうしてこう門限を守れない」
怒り心頭、といった具合の千冬であったが、二人が握り合った手を見るとどこかばつの悪そうな顔で頭を掻き、
「・・・野暮だったか。次からは気をつけろよ」
と、扉を開け放って中へ入れと顎で示した。
「善処しますよ、ミス千冬」
「ご心配おかけしましたわ」
「あー、いい、いい。飯の時間過ぎてるからさっさと食えよ」
しっ、しっと追い払うように手を振り、申し訳なさそうな綾とセシリアを見送った千冬は、年長者の瞳で苦笑いを浮かべた。
「ああいう組み合わせになるのか・・・意外だったな」
シャルロットあたりが本命と思っていた千冬は、まだまだ自分の見る目が甘いと笑った。
そして。
「・・・あとはそのシャルロットとラウラが帰ってくる様子をみせんな」
今度こそ眉間に皺を寄せて呟いた。
そのころ。
「おじさん!がんもとちくわ、からしたっぷりで!!」
「おおっ!大根がこんなに美味しくなるのか!おでんとは侮れない食べ物だな!」
海沿いの道路に停まったおでんの屋台にて、コーラを片手に飲んだくれるシャルロットと、夢中で大根を頬張るラウラの姿があった。
結局、たこ焼きやアイスでは足りなくなったラウラと、泣きながら喋り始めると止まらなくなったシャルロットが、夏なのにたまたま通りかかったおでん屋に興味を示してそちらへ場所を移したのである。
「だからねラウラ!ボクがどれだけ、どれだけリョウのために頑張ってきたかっていうね!ううぅ、このからし鼻にしみるよぅ。聞いてるラウラ!?」
「うむうむ、からしのせいにしてたっぷり泣くがいい!おやじさん、大根あと三つくれ!あと日本酒とやらは出せないのか!」
「いやお嬢ちゃん達、未成年だろうに・・・」
「何を言う!フランスもドイツも16歳から酒は飲める!だから大丈夫。ほれ、一杯だけ!大丈夫一杯だけだから!」
「ここは日本だから全く大丈夫じゃねぇ」
アルコールが入っているわけでもないのに泣き上戸と化すシャルロット、屋台の店主に絡むラウラ。
その横でうんざりした顔で付き合うライフセーバーの男二人は、嘆きの溜息を深々と吐いた。
「・・・なぁ、オレらなんでこんなとこにいるんだ?」
「つか、この支払いもオレらがすんのかな・・・」
その後、探しに来た千冬にこっぴどく叱られたラウラとシャルロットは、監督不行き届きとして呼び出された綾からも大目玉を食らう事になった。
そんな、夏の日の青春の思い出である。
ラウラがいなければ致命傷だった。
副題はシャルロットに捧ぐ別れの曲と、セシリアに捧ぐ愛の歌。