インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
夏の夕焼けがじわじわと沈み姿を消し行くなか、先行して高速飛翔するチーム【アサルト】。
索敵は抜かりなく、隊列を乱さず泳ぐイルカさながらに濃紺の風の中を飛び続ける。
「接触予測時間まであと10分。撃破せず、【バスター】まで誘導するのが目的、よろしくて?」
「言われなくても分かってるわよ。無理すんなって事でしょ?」
「理解頂けてるなら何よりですわ」
リーダーであるセシリアの再確認に、かったるそうに返事する鈴。
並びを同じくする一夏は、緊張感をコントロールしながらもセシリアへ問う。
「【福音】は広範囲攻撃が得意なんだっけ?どう戦うつもりだ?」
「スラスターから放出される疑似金属の刃を無数に射出してくるとデータにはありましたわ。わたくしがビットと狙撃である程度は抑えますので、一夏さんは真正面から後退しつつ切り結んで、鈴さんは背後から追いかける、基本はそういったプランで戦いましょう」
「逃がさない様に挟み撃ちしながら移動するってワケか。いいんじゃない?」
「了解だ」
打合せもそこそこに、加速を緩めずに頷き合う【アサルト】の三人は、まるでコールタールのように暗い色をした光の無い海を、センサー情報を頼りにひた進んでいく。
【アサルト】から10km程後方を飛行するチーム【バスター】。
出力を抑えつつ飛行するイーリスは、緊張を解すかのように他愛のない会話を展開する。
「だからな、ベストタイミングってのは何にでもあるもんだ。女の早イキは愛されるが男の早漏は嫌われるってのと同じで、トリガーを引くタイミングが合わねぇと大事故に発展する。わかるか、ゴミども」
「「サーッ!イエッサーッ!」」
「いや、何の話をしているんだ・・・」
イーリスの持論に元気よく返事をする綾とラウラ、そしてドン引きの箒。
しかし愛想の良い鶴守兄妹に気を良くしたのかイーリスは、下品な会話をガンガン加速させていく。
「つまりは男と女じゃ生まれ持ったスイッチが違うってワケだ。言ってみりゃ別の生き物と考えても差し支えねぇ。そのスイッチを自分で入れるか別の奴に入れてもらうかはまぁ出会い次第だな。じゃあ質問だ。自分でスイッチを入れる事を何という?ラウラ」
「はっ!オナニーであります!」
「おーけーおーけーグッドボーイ。んじゃ、他人にスイッチを入れてもらうのは何だ、言ってみろリョウ」
「はっ!セックスであります!」
「おーいぇおーいぇ。グッドドッグ。もし他人がスイッチ入れるのに手間取るようなヘタクソなら何て言ってやる?自分の性別に合わせた答えを言ってみろ」
「はっ!『この口だけ童貞野郎が!役に立たねぇ短小チ◎ポぶら下げやがって、切り捨てて今夜の鍋にぶち込んでやろうか!チンカスのダシで煮込んだ汚物をその口に突っ込んでやるぜ!』であります!」
「はっ!『不感症かよクソ程の価値もねぇな雌豚が!喜んでもらいたきゃてめぇの腐れマ●コの使い方を大塚の風俗で中年に騎乗位して学んでこいや!ケツの穴に腕突っ込んでやろうかゴミめ!』であります!」
「パーフェクッ。オールパーフェクトだウジ共。このアタシが褒めてやるのが勿体無いてめぇらのような底辺どもに陰毛をくれてやる。アヘ顔で喜ぶがいい。陸に帰ったら近親相姦を許してやろう。返事は!」
「「サーッ!イエッサーッ!!」」
「やめてくれ本当に!その会話、先生たちも聞いてるんだぞ!?」
悪ノリで海兵隊ごっこを続けるイーリスとその部下体験中の二人に、顔を赤面させながら止めにかかる箒である。
ちなみにラウラは意味を理解して言っていないのがまだ救いである。
もちろん、通信越しに聞いていた山田先生は顔を赤らめ、千冬は頭痛を堪え、ナタルは平謝りするばかりであった。
「ものすごい会話してるなぁ・・・」
その4km前方、上空5000mを飛ぶのは遊撃班【ヘキサ】のシャルロットだ。
ツインコアドライブの恩恵でIS二機分の武器を搭載しているフェニックス・リヴァイヴは、こういった作戦での単独行動でも戦果を期待できる。
薄い空気を補填するため酸素吸入器を口へと当て、眼球の圧迫を防ぐためバイザーは下げてある。
そんな彼女は高出力な通信機能を使ってチーム【バスター】の会話を聞いていたわけであるが、恥じる事無く性的な話題を口にするイーリスを参考に、世の中の人間の趣味嗜好が自分の想像よりずっと幅広い事のだなと考えた。
「たとえば、同年代の男の子の事なんてリョウと一夏の事しか知らなかったけど、もっと個性的な男の子もいるんだろうなぁ・・・世界って広いや」
物理的に俯瞰しているのは置いておいて、俯瞰した視点から人の観察が出来るようになったのは、異性としての綾と決別が出来た精神的な成長の証だろうか。
もし、自分が将来男性と付き合う事になるのであれば、どんな個性を持った人と出会うのだろうと人知れず微笑むシャルロットである。
そしてそんな会話を聞いていたのは、シャルロットの遥か下の海上を進むチーム【ダッシュ】の簪も同じであった。
「ナマ海兵隊の野次・・・これは貴重・・・」
「かんちゃーん、さっきから何聞いてるのー?」
電子戦や索敵に長けた簪の打鉄二式は、その通信可能範囲が他の機体よりも広い。
例え通信先からの受信信号が届かなくとも、送信信号が無理矢理引きずり込んで受信が可能となるシステムを積んでいるというのがその理由である。
ともあれ盗聴でもするようにこっそりと聞いていた簪も、人間の多様性について考える。
鶴守 綾とセシリア・オルコットが恋人関係になったというのも切っ掛けの一つであった。
綾に恋をしていた本音が落ち込んでいる様子も見ていたし、他者と関わるのを億劫がる簪にとって、男性や恋といったものを敬遠したくなる気持ちは加速した。
それでも、いくつもの出会いは訪れる。望む、望まないに関わらず。
イーリスのようにざっくばらんな性格な人もいれば、ナタルのように物腰柔らかな人もいる。
きっと好きになれない人も現れるだろうし、望んでいたヒーローのような人もいるのだろう。
それをどう受け入れていくのか、簪は自分が不安であった。
「ねー、どしたのかんちゃーん?」
「本音。鶴守くんがオルコットさんと付き合ったって知って、どう思った?」
「んぐっ。それ、ここで聞いちゃうかー」
かくりと肩を落としながら、本音はしおしおと眉の端を下げていく。
「んー、なんていうか、意外だった。セラちー、全然りょーちんの事好きじゃなさそうだったのにって。もしかしたら、りょーちんの事を好きすぎて、自分でも気付かなくて、それが自然体だったからわたしも分かんなかったのかなって」
「私が聞いてるのはあなたの気持ちだけど」
「わかってるよー。そりゃーがっかりしたっていうか、泣いちゃったし、心がぽかんって穴あいちゃったみたいになったよ?・・・でもね」
本音は目を細めると、綾がセシリアと、見た事のない――安心した表情を浮かべているのをみて、嬉しくなった自分を思い出す。
「ああ、なんかわたしの出る幕ないんだなーって、不思議と受け入れられたんだよね。りょーちん、本当は甘えられるのも違くて、甘えたいわけでもなくて、ただ、本当の意味で隣を歩いてくれる人が欲しかったんだなーって」
「・・・・・・・・・」
実際に恋した事のない簪には理解出来ない感覚であった。
それでも、本音が良い恋愛が出来たのだろうという事だけはわかる。
「惜しむべくは一回くらいちゃんと告白して、ちゃんと振られたかったなーって」
「すればいいじゃない」
「かんちゃんは簡単に言うー。逃したタイミングはもう取り戻せないんですー」
なんともタイムリーに、イーリスがタイミングの話をしていた時に本音からもそんな会話をされるとは思っていなかった簪はぷっと吹き出す。
「にゃー!何で笑うのー!?」
「気にしないで。そろそろ【アサルト】が【福音】と接触するわ、武器の準備を」
「むー・・・納得いかないー・・・」
仮想キーボードを叩き、シャルロットのフェニックス・リヴァイヴとデータリンクを行う。
【ヘキサ】と【ダッシュ】は【福音】を視認後、後退しながら上下から攻撃を行い、【バスター】まで引き付けるのが仕事だ。
攻撃範囲とタイミングが重要となる。
理想的な出会いが訪れるかどうかは、この作戦が終わってから考えようと頭の片隅へと追いやり、簪はリアルタイムデータの収集に勤しんだ。
「――――見えましたわ」
鷹の目を持つ狙撃手のセシリアが、暗闇の中、胡麻の先端程の発光を見せる【福音】の接近に気付く。
センサーにはまだ反応が無いものの、セシリアがそう言うからには補足できたのだろうと頷いた一夏と鈴は、それぞれ雪片弐型と打神鞭をマニュピレータへとセットする。
「どうする、こっからもう狙撃する?」
「いえ、こちらからの攻撃が届いても、この距離から方向転換されたら追い付けませんわ。予定通り鈴さんはセンサー外から後ろへ回り込んで。一夏さんはそのまま真っ直ぐ、わたくしが後ろから援護しますわ」
「分かった!」
「了解っ!一夏、ヘマすんじゃないわよ!」
「お前もな、鈴!」
最も速い鈴の道老龍が、弧を描きつつ斜め上へと上昇していく。
セシリアは大型レーザーライフル・スターライトMk-III.EXを構え、スコープからそのターゲットを覗き込む。
ここから当てる自信はあるが、まだ早い。
自分の腕を見せつけるためでなく、あくまでチームプレイのため。
敵機発見の信号を後方へ光らせながら、セシリアは微動だもせずにライフルを構えた。
しばらくすると、ようやく一夏の目にも【福音】の姿が見える。
巨大な二枚のウイングと補助スラスターを広げて真っ直ぐにこちらへ向かう、全身を銀色に染め上げた無人のIS。
無機質なフェイスカバーにはもちろん感情など無く、その手には接近した者を切り裂くべく研がれたクロー状のマニュピレータが光る。
【福音】は、一夏とセシリアの姿に気付いたのか、大きく唸るような音をあげて速度を上げる。
中で操縦する人間の命を考慮する必要のない【福音】は爆発的な加速で飛行しており、そのスピードはマッハにも届きかねない。
「直接ぶつかってはISの装甲も保ちませんわ!慎重な立ち合いを心掛けてくださいな!」
「了解!行くぜ!」
セシリアの忠告を理解したのか否か、剣を前方へ構えて加速する一夏。
装甲の薄い白狼では、かちあった際に潰れるのは白狼となる事は明白である。
それを恐れず、流し、穿つ。
箒との訓練で学んだ事を実戦へと昇華すべく感覚を研ぎ澄ます一夏を信頼し、セシリアは充分に接近した【福音】へとトリガーを引いた。
右肩を掠めていくレーザーを受け、反射的に【福音】のスラスターから幾重もの光の刃が舞う、その武装の名を銀の鐘(シルバー・ベル)。
圧縮させたエネルギーの塊を無尽蔵に生み出し、見境なく周囲へとばら撒く広範囲殲滅兵器である。
それが目に映る動くもの全てを無差別に襲うよう暴走しているのだから、到底捨て置ける存在ではない。
「ブルー・ティアーズ!」
本体を狙撃しつつ、背部のレーザービットを射出して迎え撃つセシリア。
多角的射撃によって放出されたエネルギー弾を相殺し、白狼への被弾を優先的に防いでいく。
バリアを消費しながら戦闘しなければならない白狼は、一発の被弾が死に直結するからだ。
一夏もまた、零落白夜を起動して襲い来る銀の光を撃ち落とし、接触すれすれまで引き寄せた【福音】を擦れ違いざまに切り裂くように、横薙ぎの回転切りで迎え撃つ。
その斬撃は【福音】の爪先を掠るも上方向へと回避され、何度も反復練習してきたバックブーストの衝撃に耐えながら白狼が反転して追う。
セシリアのレーザーによるカウンターで被弾する威力をネガティブに計算したのか、速度を落とした【福音】は一夏と並走するかのように飛び、一定の距離を保ちつつ銀の鐘にて白狼を狙う。
「くっ・・・!数が・・・!」
白狼へメインターゲットを設定した【福音】のエネルギー弾を撃ち落とすべく、アクションのリソースを援護に回すセシリア。
攻撃に回ろうと意識するも、予想以上のエネルギー弾の数に防御から手が離せない。
一夏もまた、エネルギー温存のため零落白夜をオフに通常形態の雪片弐型で光弾を弾くが、ビットによる援護が無ければ既に撃破されている事を思うとぞっとしない。
そこへ、速度を更に落として回頭しようとした【福音】は、背後から急襲した鈴の道老龍の遠心力を利かせた槍の振り上げに、バック転でもするかのように空中起動し回避。
「待たせたわ・・・ねッ!」
そのまま手を止めず、槍の連打で逃げ道を奪う鈴。
移動速度もさることながら、道老龍の槍撃の速度・手数は凄まじいの一言に尽きる。
突く、という動作が剣を振るよりコンパクトであるという事もあるが、まるで生きた蛇のように迫る弾を撃ち落としながら【福音】の逃げ道を与えぬ挙動は脅威以外の何物でもない。
後方への離脱が不可能と判断した【福音】は横を舞う白狼と、前方のレイニー・ステラの存在により上下左右への逃げ道を奪われ、導かれるように前方へ進む他ない。
一夏からすれば、鈴が加勢したことにより自身へ向けられる弾数が減った事もあり、防御しつつも上下へ移動しようとした隙を零落白夜で突けばよく、反対側と背後は道老龍がカバーしている。
ここで一番負担を増していくのはセシリアである。
順調に【バスター】へ【福音】を導いているように見えて、セシリアは後方へ移動しながらビットの操作とレーザー狙撃という二足の草鞋にかかる神経への負荷に、凍るような冷たい汗を止められずにいた。
それもその筈、【福音】が放出しているエネルギー弾の産出量が、次第に数を増しているのである。
既に秒間10発は超えかねないその波を、外すことなく落とし続けるセシリアの技術量も瞠目すべきであるが、交戦開始から10分が経過した今も増える弾を対処し続け、彼女の思考回路はいつ崩壊してもおかしくないほどに磨耗していた。
加えて、ビットのエネルギー切れを考慮する必要もあり、ビット四つをチャージに回しては他の二つを代わりに射出するといった細かな動きを要求される。
ミスは許されない。でなければ一夏と鈴が被弾し、最悪【福音】に離脱されてしまう。
これほどのプレッシャーの中、セシリアは良く持ち堪えている・・・否。
彼女以外にこれを担当出来る者など他に存在しようか。
そこから更に5分、ついにその時が訪れる。
真っ赤に目を充血させたセシリアが、レーザーライフルの照準を誤り、その光線の軌道が【福音】を逸れて海水を蒸発させたのだ。
「しまった・・・!」
リーダーとしての責務か、一夏と鈴への負担を減らすために堪えていたセシリアが舌を打つのと同時に、チャンスを逃すまいと【福音】がイグニッションブーストで眼前のレイニー・ステラを抜き去りにかかった。
そこへ、天空からの裁きが奔る。
高高度の上空を飛来しながら放たれたシャルロットのバスター・キャノンが【福音】の行く手を阻んだのだ。
チーム【アサルト】のメディカルをチェックしながら接近していたシャルロットの好フォローである。
「助かりましたわ、シャル・・・!」
ほっと一息ついたセシリア。そこへ、【福音】のリアルタイム攻撃データが受信される。
『オルコットさん、データリンクしますからビットと連携させて下さい、照準は私が合わせます』
「簪さん!お願いしますわ!」
続けて、下方向から簪が飛び散るエネルギー弾と放出量、放出方向を計算し、その情報をレイニー・ステラへと送信。
精度の高いデータを受け取ったセシリアのレーザービットはその操作を簪のロックオンによるオートマティックに切り替え、その思考をライフルでの攻撃に集中させる。
簪は視界が曇るミサイルは使わず、荷電砲での援護射撃を行いつつセシリアのバックアップに専念する。
下からの砲撃に簪をもロックオンした【福音】は更に放出量を増して打鉄弐式へエネルギー弾を向かわせるが、それは本音の九尾ノ魂がビットにて防いでいく。
「かんちゃんはわたしが守ーるっ!」
「頼りになるなる」
声掛けを忘れず、簪の視線とキーボードを叩く手は止まることなく光弾を追い続ける。
夜型の彼女は夜が更ける程に集中力が増すのだ。
また、シャルロットは高度を下げつつ威力の高すぎるバスター・キャノンを格納、狙撃用実弾ライフルを両手にセットし、自身へ迫る光弾は直撃を避けながら機動、そうでないものは防御パッケージ、ガーデン・カーテンの頑強さを頼りに【福音】へトリガーを引く。
バリアエネルギーも二機分の性能を持つフェニックス・リヴァイヴは、砲撃の砦でありながらも鋼鉄の城でもあるのだ。
「セシリアはやらせないよ・・・!」
自身の好きな男を奪ったと言えなくもないセシリアであるが、彼女はシャルロットの尊敬する親友の一人でもある。
彼女の努力も、進化も、間近で見てきたシャルロットだからこそ、綾をセシリアに託して身を引く事が出来たのだ。
きっと、他の女が相手であれば許せなかっただろう。
そういう意味では嫉妬に狂い醜く堕落した自分にならずに済んだことを、セシリアに感謝しなくもない。悔しいという感情は認めつつも、である。
「鈴、大丈夫か!?」
「あたしの心配してる場合か、バカ一夏っ!」
参戦する味方の数が増え、セシリアの負担が減ったとはいえ、既に20分以上剣と槍を振るい続けている一夏と鈴のスタミナの消耗も激しかった。
特に機体の改装をしたばかりの鈴の消費は大きい。
慣れないボディバランスを引きずりながらも、よく保っている方である。
更に腕だけでなく全身を稼働させる槍は、鈴の関節を、筋肉を、過剰に酷使し続けていた。
一夏もまた、千切れそうな腕の痛みに歯を食いしばりながら耐えている。
零落白夜をほとんど温存しながらの戦闘ゆえにバリアの残量はまだあるものの、それでも厳しい状況に変わりはない。
意識が飛びそうなのを堪えながらも、逃がすまいと自分を叱咤して【福音】を攻め立て続ける鈴と一夏。
それにしても、とまだ余裕のある簪は思う。
これだけの攻撃を受けてなお、【福音】は出力を落とさない。
むしろスラスターから生まれてくるエネルギー弾は数を増すばかりだ。
普通のISなら既にエネルギー切れを起こしてオーバーヒートとなるであろう所を、さながら鳩と戯れる少女のように動きの軽さが損なわれない。
軍用ISであるがゆえにエネルギー量が多いのか、それとも全身装甲の中身が全てエネルギーパックとなっているのか。
それにしたって人間が操作していないISコアがこんなに保つというのは理解出来ないが。
「総員、退避っ!!」
そんな考えを吹き飛ばすかのように、イーリスの号令と共に前方から灼熱を帯びた極太の粒子砲が光速で迫る。
分かっていたかのように反応して避けるセシリア、一夏。
一瞬、判断が遅れるものの回避に成功する鈴。
直撃を受ける【福音】。
戦闘空域へと入ったチーム【バスター】の、アマデウスのバスター・ランチャーが火を吹いたのである。
それでも反応早く、放出した粒子を全て防御に回した【福音】は、銀色のボディを煤に染めながらも健在。
その有り得ない強度に眉をひそめながら、綾は極度に疲労した恋人へと接近する。
「頑張りましたね」
「後で、ハグを要求しますわ」
激しく息を吐くセシリアは顔を上げもせずに片手を掲げ、追い付いてきた綾とタッチしてその後ろへと回った。
「一夏、鈴音、あとは任せて休め!」
「真打ち登場、だぞ」
「頼んだ!」
箒の赤雷、ラウラのシュヴァルツェア・ガーベラが【福音】を取り囲み、力なく微笑んだ鈴の道老龍を支えた一夏が後方へと離脱する。
「さぁて、相手を変えて第二ラウンドだ。もう休ませてやるよ、ゴスペル」
手を叩いて迫るイーリスのファング・クエイク。
だが。
ここまで誘導される中で消耗したはずの【福音】は、簪の危惧通り未だその出力に衰えを見せず。
動きを止め、壊れた人形の様にカキカキと歪んだ動作を行い、スラスターを大きく広げると巨大な翼から更に大きな光の翼を顕現させた。
エッフェル塔を包み込んでまだ余りかねない大きさのそれは、まるで孔雀。
そして、【福音】はその美しかったシルバーのボディカラーをみるみるうちに錆色へと変化させていき、ぼこり、ぼこりと肉体の形状を膨らませていく。
「何だ・・・!?」
綾が警戒しつつトルキッシュ・マーチを構える間も、蕾が花開くように、肉体を沸騰させるかのように巨大化していく【福音】。
禍々しく、IS3機分程ありそうな骨太の姿へと変貌した【何か】は、すでに福音などという小奇麗な響きのそれではなく。
いつしか、堕天した魔物の如き―――【悪魔の訃報(デモンズ・ゴスペル)】と呼んだ方がふさわしい醜悪なものへと変わり果てていた。
「何が起こってますの・・・!?」
呼吸を整えていたセシリアが再び緊張感に襲われながら呟く。
眼前で起こっている現象は異常だ。
こんな禍々しいものを二次移行とは呼び難い。
さながらホラー映画のクライマックスに見入るかのように各自が視線を注ぐ中、最初に既視感に襲われたのは簪だ。
「この形状変化のプロセス、モルドスライムに変化したシュヴァルツェア・レーゲンに似ている・・・!」
6月末の学年別タッグトーナメント準決勝後に発生した、歴史的事件。
IS学園がドイツ軍過激派に占拠されかけたあの事件において中核を為した存在が、ラウラのかつての専用機、シュヴァルツェア・レーゲンに極秘に搭載されていたVTシステムによる変貌を遂げたモルドスライムである。
ヴィールス・トランス・システムという狂気のプログラムは既に国際連合によりドイツ軍から接収され、廃棄されたはずのものである。
だがしかし、今、目の前で起きている【福音】の変貌はまるで、その技術を応用して為された現象であるように、簪は感じ取っていた。
「ドイツ軍が絡んでるっていうのかよ!?」
簪のつぶやきを聞き取った一夏が反応するも、ラウラが首を振る。
「いや、今のドイツ軍にこんなものを作る余裕など無い筈だ。クラリッサからもそのような動きがあると示唆された覚えもない」
「研究を盗み出された可能性があるって事・・・!?」
一夏を通じて聞き取っていたシャルロットが上空より下降してくると、悪魔の化身となり果てた外見の【福音】は、スラスターの光を増幅させて、身体を縮こめる。
「無駄話は後だ!総員、回避行動ッ!!」
イーリスの怒号に、散開するIS達。
五体を大の字に広げた【福音】の光翼から無数のエネルギー刃が360度へと発射される。
「下がれ、お前達!」
疲弊したチーム【アサルト】を庇うように前へ出たラウラがシュヴァルツェア・ガーベラのバリアフィールドを広げ、包み込むように防御。
続けて解析を続ける簪を庇う本音、刀剣で弾く赤雷、細やかな軌道で回避するアマデウス。
そして、ものともせずに【福音】本体へ突撃していくイーリスのファング・クエイク。
「フザけんなッ!ナタルのシルバリオ・ゴスペルをこんな形にしやがって!!」
バリアを削られ、装甲を傷つけながらも、怒りに震える拳をリボルバー・イグニッションブーストで加速させ、イーリスは大陸すら割りかねない勢いで―――叩きつける。
その衝撃でくの字に曲がる【福音】。
「シャロ、簪さん!ミサイルで援護を!【福音】をノックバックさせないで!」
「うんっ!」
「わかった!」
頭に血を登らせたイーリスに代わり、即座に指揮を執った綾の要請を受け、全身に装填された48門の自立誘導ミサイル・山嵐を起動させ、【福音】の背部を設定して全弾発射する打鉄二式。
同じく大型ホーミングミサイルコンテナから大量のマイクロミサイルを放出するフェニックス・リヴァイヴ。
いくつかは【福音】のエネルギー刃に防がれるものの、背中へと被弾して跳ね返る様にファング・クエイクの元へと戻る錆色の悪魔。
さながら強烈なパンチを食らったボクサーがロープでバウンドするかのようだ。
「オラ!オラオラオラ!オラララララララララララララァ!オラァァアッ!!!」
装甲が潰れ、ひしゃげ、砕かれながら一方的なファング・クエイクのラッシュを受け続ける【福音】。
とどめとばかりに振り上げられた渾身のアッパーはしかし、前後から攻撃を受けていた【福音】がくるりとその場でターンする、それだけで防がれる事となる。
「!?っぐああああっ!!」
両翼に展開された光のエネルギー翼が撫でる様にファング・クエイクへ触れると、攻撃的な粒子の暴力が装甲を分解させ、スラスターを砕いていく。
「イーリス!」
誘爆した大型スラスターの衝撃で吹き飛び、海面へと落下していくイーリスへ思わず呼び掛けるラウラ。
悔しそうに歯軋りするラウラを察したのか、一夏は体力を回復させつつある鈴の頷きもあり声をあげる。
「ラウラ!俺達の事はいい、お前も戦ってくれ!」
「一夏・・・そうさせてもらう!」
バリアフィールドを解除し、チーム【アサルト】が撤退するのを確認して【福音】へ向けバーニアを吹かすラウラ。
ビームキャノンとハンドガンで攻撃を仕掛けると、呼応した綾のアマデウスもマシンガンで援護。
シャルロットもバスター・キャノンで照準を合わせて引き金を引く。
また、弾が無くなるまでミサイルを撃ち尽くした簪は、波状攻撃を受ける【福音】の情報収集を再開するも、やはりおかしいとしか思えず眉をひそめる。
いくら軍用のISだって、ここまでの攻撃を受ければ撃破は必至だ。
現に、イーリスのファング・クエイクとて半壊して海へと落下している。
バリアや絶対防御、あの光の翼を駆使したって、これほどダメージを受けた上にバスター・ランチャーの直撃を食らってまだ行動が出来るなど、ありえない。
無人機ゆえのタフネスなのかと思っていたが、そんな予想すらも凌駕する不死身さ。
眉をひそめる簪は、まさかと思いセンサー感度を最大に引き上げ、ISコアの位置を探る。
するとどうだ。
感知された【福音】のコアの数、頭部、両肩、両胸部分合わせて5つ。
しかもそれらは、シャルロットのフェニックス・リヴァイヴに搭載されたツインドライブのように安定稼働しておらず、お互いを刺激し合うことで既に臨界直前まで発熱しているのだ。
「―――そんな馬鹿なっ!!」
ぞわ、と鳥肌を立てた簪は仲間全員と作戦本部にいる千冬達へその情報を共有。
戦慄に固まる全員。
「――全員攻撃中止ッ!!防御に徹して!」
「くそっ・・・!魔女の竈に油を注いでいたというのか!」
即座に【福音】本体への攻撃を中止するラウラと綾。
ISコアは未知の素材、合成方法にて製作されており、その作り方を知る者は篠ノ之 束、そして鶴守 豪しかいない。
ゆえに扱いは慎重を期されるのだが、臨界試験を行った研究施設の一つがメルトダウンを起こしたという事故事例が存在する。
それもまたISがもつ危険性の一つであり、過度の負荷は核爆弾以上の危険を伴うのである。
だが、逆にそれだけの負荷をコアへ与えるには最低でも二つのコアを接続し、限界までエネルギー圧縮を与えなければならない。
IS学園で行う戦闘や軍事利用、宇宙開発においてそこまでの負荷がかかる事は、まずありえないのだ。
つまり――――。
「今、奴らは核爆弾以上の威力を持った災厄を相手にしているという事だ・・・!」
だん、とデスクを叩く千冬。
これ程までの危険な任務になるとは想定すらしていなかった。
自身の判断ミスを嘆くばかりと手を震わせる千冬の隣で、顔を青ざめさせるナタル。
「こんな・・・こんな、事って・・・!」
「で、では、【福音】のあの耐久力は・・・!」
「ああ、クインティブルコアで無理矢理稼働させ、バリア出力をありえんレベルで強化しているからだ」
5連コアで稼働。それはもはやシステムなどと呼べはしない。
ただの出力の無駄遣いであり、暴発の可能性を引き上げているだけのものだ。
攻撃を受ける度に、また攻撃を行うたびにコアへの負荷は上昇し、暴発へのカウントダウンを進めていく。
5つのコアが同時にメルトダウンするなど、下手をすれば彼ら10人だけでなく、日本の半分が沈みかねない状況である。
「ど、どうしましょう、織斑先生・・・!」
流石の事態にうろたえる山田先生。
半ば呆然自失のナタルに判断する力を期待できるはずもなく、IS連合本部へ連絡してから判断を待ったのではキノコ雲が登りかねない。
やむを得ないとばかりに目を閉じた千冬は、その瞳を開きなおすと断腸の思いで告げる。
「・・・総員、撤退しろ!もはや【福音】は浮遊する超弩級型バスター・ボムも同然!全速力でどこかの大陸へと避難するんだ!!」
マイク越しに、低くよく通る声で指示を伝える千冬。
その判断に戸惑う学生達。
「こ、こんなものを放置して逃げろというのか・・・!?」
歯噛みする箒。それはラウラも同じだ。
「教官、やらせて下さい!爆発する前にコアを破壊するか、停止させればいいだけの事!」
「駄目だ許可できん!誘爆するリスクを考えろ!」
「くっ・・・!」
下手に攻撃も出来ず、かといって手を出さなければ無限の光刃が襲い来る。
そして時限爆弾のように【福音】がメルトダウンするまで、もはや時間の猶予も無い。
万策尽きたかと誰もが諦めかけたその時、綾は叫んだ。
「まだ手段はある!」
マシンガンで光刃を撃ち落としながら、望みを捨てずに彼は言う。
「何を言う、鶴守!?」
「ただ一人だけ、【福音】のコアを刺激せずに攻撃できる者がいるでしょう!それに賭けるしかない・・・!」
「何だと・・・お前、まさか!?」
綾の言葉に、千冬の意識が、現場で戦うすべての少女たちの視線が、一点へと集まる。
織斑 一夏の、白狼へと。
「そうか、零落白夜なら・・・!」
希望を見出したかのようにシャルロットがごちた。
バリアを無効化し貫通する零落白夜であれば、コアを刺激せず破壊することが出来る。
それを聞いてごくりと喉を鳴らす一夏。
ここまでの戦闘で腕は棒のようになっている。
見つめる掌は震えが止まらない。
与えられたプレッシャーも並ではない、そんな状況で正確に5つのコアを破壊できるのか。
「迷っている暇はない!【福音】が攻撃を行うたびにコアは臨界に近づいていく!僕らがサポートします、一夏、覚悟を決めて下さい!」
「け、けどリョウ!俺、こんなコンディションじゃ無理だ!できっこないよ!」
それは常に前向きで、向こう見ずで、勢いが取り柄の一夏らしくもない返事。
これまでずっと、自分達の戦いに決着をつけてきたのは綾だ。
なのに、こんな急に、これほど重圧のかかる舞台で剣をとれなんて、一夏でなくとも腰が引けるであろう。
疲労もありネガティブな精神状態となっている一夏には、その期待に応える体力は残っていなかった。
それでも。
否、だからこそ。
乗り越えて欲しいと、綾は思う。
最高の親友にして、最高の相棒にして、最高の―――ライバルとして。
「行けよ、相棒。僕が信じた君を信じろ」
「―――――――」
振り返り、にやりと口の端を吊り上げる綾。
一夏に対しては初めて、キャラを捨てて、敬語の無い素の言葉で。
「・・・リョウ」
胸が高鳴る。
心臓が飛び出そうだ。
ケンカしたり、助け合ったり、笑い合ったりしてきたけど。
ずっと憧れて続けていた相棒に、そんな風に言って貰えるなんて。
これ以上の酷使を嫌がって震えていた手に力がこもる。
手を胸に当てて相棒の想いを確かめるように目を閉じた一夏を見て、セシリアはふっと笑い鈴へ声をかける。
「鈴さん、まだ戦えて?」
「やらいでか!こんなトコで死んでたまるかっつーの!」
限界を超えた疲労感など頭を振って消し飛ばし、鈴は丹に力を込める。
「あたしらの未来は、あたしらで守るッ!」
「カッコいいですわ、リョウがいなかったら惚れちゃいそう!」
「そ、そういうのもういいから!」
「ふふっ」
瞼が腫れそうになりながら、セシリアはビットのエネルギーチャージに勤しむ。
そうだ、綾が諦めないのなら自分だって諦めない。
愛する男が信じた男なら、信じてやるのが女ってものだろう。
これで視力が落ちたって、明日から偏頭痛に苦しんだって知った事か。
今日という、綾と駆ける時間を、全力で走り抜けるだけだ。
「簪さん、本音さん!一夏さんへエネルギーの補給をお願いしますわ!」
「了解!」
「おりむー、あとはお願いーっ!」
海上にいた簪と本音が一夏と合流し、残ったバリアエネルギーをコアから白狼へと移管する。
「悪い、借り受けるぜ」
「貸しにしておく。勝利で返して」
「・・・ああ!!」
簪の激励に頷く一夏。
目の前にはセシリアと鈴。
迫るエネルギー刃を処理し続けるラウラと綾、シャルロット。
そして。
「覚悟は決まったか、一夏」
「ああ、やってみせるさ箒」
手を叩き合う白狼と赤雷。
もはや一夏の表情に迷いはない。
腕が折れようが千切れようが、やり切らなければ日本に、自分達に未来はない。
きっと、ここで逃げ出したならそれは死ぬのと同義だ。
戦う事から逃げ出した業を背負って生きていける程、自分は強くない。
ならば、剣一本心に掲げ、散って魅せるも一興か。
姉が示した守護の道、共に進むは仲間と絆。
白き獣を身に纏い、其の剣の名を雪片弐型。
ならば名乗ろう、俺の名は。
「織斑 一夏ッ!推して参るッ!!」
一夏の咆哮と共に、【福音】とのラストバトルが今、始まる―――。
ここまでのMVPはセシリアと簪。
マジで簪使いやすい子で俺からの好感度爆上がりですわ。
原作絵とのイメージのギャップ半端ないけど。。。