インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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第六話 夏休みと亡国機業とマスカレード
幕間


彼には何もなかった。何も、である。

最初から何も持っていなかったとも言えるし、あったものを全て奪われたとも言える。

 

歩く力を持たず。

低い視力は全ての視界をぼんやりとさせるフィルターにかけ。

耳は小さな音を脳へ届けてくれず。

米の炊ける匂いも、草花の香りも分からず。

震える手は箸を握る事すら出来なかった。

 

父は蒸発し、母も彼の世話に疲れ消えてしまった。

残ったものは車椅子だけ。

何もかも中途半端な五感では生きることが出来ず、また、生きている事が奇跡だった。

山寺に預けられた彼は、虚ろな自分に価値を見出すことが出来なかった。

常に誰かに迷惑をかけて、これといった趣味も持てず、他人に食べさせてもらう食事すらも味を感じられないため少食。

自ら死を選ぶ事すら彼には許されなかった。そんな力も持っていないからだ。

唯一、彼を差別せずにいてくれた少女は、親の都合で引っ越していった。

その別れが、彼をより一層孤独へと変えた。

どうせ孤独なら、野生にでも産まれたかった。

鳥になって空を飛びたかったし、犬の様に走り回りたかったし、猫の様に器用に歩きたかった。

今と同じように力の無いままでも、きっと誰かの餌にだってなれる。

車やバイクだって運転したかった。風を切って走るのはどれほど爽快だろう。

そんな当たり前の夢すら、動かぬ足と握力のない手は許してはくれない。

 

どれだけの時が経っただろう。

 

学校にすら通えず、虚しい心を季節の移り変わりに投影していた、ただそれだけの彼の人生は、唐突に終わりを告げた。

 

人気の少ない山寺は何の前触れもなく襲撃され、火事となって焼け落ち、抵抗できない彼は見も知りもしないISを纏った女性にさんざん嬲られた。

車椅子を壊され。

両脚を切り落とされ。

両腕も踏み潰され。

燃えゆく寺の中へと投げ込まれ、勢いを増していく炎に喉を焼かれ。

痛みだけは、感覚が薄い筈の彼の神経から全身へと忙しく、激しく知らせて回るのだ。

皮膚がただれ、瞼が燃え尽き、瞳が炭と化した。

愛する者のためと語り、せせら笑って山寺にあった何かを持ち去って去る蜘蛛型ISの声もどこか遠く。

 

蹂躙されるべき理由など特に無かった。

たまたま壊したくなる獲物として定められた、それだけの事。

 

中世の拷問が生温く感じる程の痛みと苦しみを味わった彼は、産まれて初めて感じた悔しさに涙を流した。

 

どうしてだ。

ずっと生きる苦しみに耐えてきたのに、その果てがこんな悪夢のような終わりなんてあんまりじゃないか。

自分を殺してくれた事だけは感謝している。

だって、彼はずっと死にたかったから。

この何もないという絶望から解き放たれ、最初から生を受け直したかったのだ。

なのに、安らぎである筈の死がこれほどに無残な形で贈られるなんて、残酷すぎる。

乾ききった舌はもはや呼吸すら許してはくれない。

皮膚呼吸を失った肌は、あともう少し苦しんでくれと言わんばかりに激痛を脳へと告げる。

もはやまともな人間のていすら保っていられない彼は、既に死んでいたも同然であった。

 

けれど、彼はその死に抵抗した。

 

こんなに虚無だったんだぞ。

こんなに苦しんで死んでいくんだぞ。

オレ以上に辛い思いをした奴が他にいるか。

産まれた時から何も持てず、生きている間は何も与えられず、死ぬ時までこんな目にあって。

何の為にオレは産まれてきた。納得がいかないじゃないか。

 

まだオレは、立ち上がった事すらないんだぞ―――。

 

彼の中に、この世の不条理に対する怒りが湧いた。

このまま死ねるか。

せめて立って、自分のために生きて、それで死ななきゃ人生なんて嘘だ。

生きてやる。この極限を生き延びてやる。目にもの見せてやる。

存在するのならば知るがいい、オレほどお前を憎む人間はいない。

オレにこんな運命を与えた事を、後悔させてやるぞ・・・神よ。

 

そんな彼の憎悪と執念はいつしか雨を降らせ、寺の炎を次第に消していく。

 

気力だけで人体の限界を超えた彼はもう、一目見て人間とわかる形をしていなかった。

頭髪は燃え尽き、骨が露出し、目も潰れ呼吸も出来ず蠢く事も出来やしない。

 

それでも彼は、生きていた。

潰れ、千切れた手足からの出血が炎で焼かれ塞がれたのが幸だったのか、不幸だったのか。

もはや奇跡を超えた、呪いの類としか思えぬ、有り得ない生命力であった。

地獄の業火を脳と心臓だけで生き延びた彼は、静かにやってきた誰ともわからない全身装甲のISに拾われた。

僅かばかりの生命反応を受信されたのだ。

炭と化した彼を何らかの液体に漬け、小脇に抱えて走り去るIS。

 

そこから先はよく覚えていない。

次に目が覚めた時、彼は知る。

あの山寺の火事から数年が経過していた事。

そして気付く。

自分に五体がある事。瞳がある事。ぼさぼさな髪がある事。

 

小さな白い部屋のベッドから這いずり落ち、産まれて初めて震える自分の足で地に立った時、全てが報われたような気がした。

ああ。

このためにオレはあの激痛と灼熱を超えたのだ。

ほろほろと涙した彼は、ようやく念願だった死を迎え、輪廻転生の輪に乗る夢を叶えた。

 

そうして、周 宇泽(チョウ ユゥゼア)という少年はこの世を去った。

生まれ変わった彼の名は―――。

 

========================

 

『アテンションプリーズ。当機はまもなく、シャルルドゴール空港へと到着します。お客様におきましては、シートベルトを着用の上、席を立たない様お願い致します』

 

「・・・ふがっ」

豪快ないびきをかきながら昔の夢を見ていた彼は、パリ行きの旅客機が現地到着を示すアナウンスをした事で目を覚ました。

隣に座っていた中年男性が迷惑そうな顔をしているのも構わず、彼はビジネスクラスの固いシートの上で両手両足を大きく伸ばす。

 

嫌な夢を見た。あの頃の自分は既に死んでいるというのに。

 

前世の何もなかった人生に未練でもあるのかね、と他人事のように考える彼は、肩までかけていた毛布を畳んで前面のネットへと乱暴に突っ込み、シートベルトを確認する。

あれから数年経った今でも、自分の手で作業が出来る事が嬉しく感じる。

首を伸ばせばモニターにあと数分で着陸するという情報が読み取れるし、毎日丁寧に洗っている頭髪は切るのが勿体無くて伸ばしたまま後ろで縛ってある。

機嫌よく足を組み直して着陸の瞬間を待つ彼は、パリへ来るまでに自分を生まれ変わらせた、かつて老人だった少年との会話を思い返した。

 

 

「フランス?デュノア社社長令嬢を護衛?どういう事さ、おやっさん」

パラパラと情報が載った紙束とシャルロット・デュノアの写真を交互に眺め、彼は顎をしゃくれさせながら銀髪の子供へと問う。

子供―――IS科学者であり鶴守 綾の祖父である鶴守 豪の記憶を移植されたコピー体は、あまり頭の良くはない彼へと分かりやすく説明を施した。

「要するにな、何だか謎の連中がその娘を狙ってる可能性が高いって事だ。そこでお前には先んじてその娘と父親に接触してもらいたい」

「ほっほう。要はボディガードってヤツさね。で、その後は?」

「IS学園に通ってもらう。デュノア社の社長であるアルベール・デュノアと接触したらおれを呼び出せ。直接話をつけて、お前をフランス発の男性IS操者として世間へ注目を集めさせてもらわねばならん」

「学校に通えるのかい!?」

歯をむき出してバンザイする彼の手から、持っていた書類が解き放たれ宙を舞う。

経験豊富な老人の人格と記憶をインストールされたクローンのボディを持った豪は、そうともと頷いてみせた。

 

「現状のお前はボディ・メディカル共に安定しているしな。試しにここから出てどの程度稼働してられるかの確認も兼ねて行ってくるがいい。IS学園の戦力補充にもなる」

「オッケーオッケー!よく分かんねぇけど任せとけ!」

あまりにもテンションが上がってしまったのか豪を高い高いした彼は、懐っこい笑顔をにこにこと浮かべてそのままくるくると回った。

「・・・いろいろ教育やら訓練やら施してやったつもりだが、その能天気な性格だけはどうにもならんかったなぁ」

早く下ろせと額をひっぱたく豪。

笑い顔を湛えたまま小さな身体を床に立たせた彼は、ふわりと舞っていたシャルロットとアルベールの写真をキャッチして自信満々に胸を叩いた。

 

「んじゃ、早速行ってきますかね。ルートと金の問題はどうすりゃいい?」

「とりあえず旧鶴守邸に行けばまだ動くバイクの一台もあったと思うから、それに乗って成田空港まで行け。金は10万も手持ちあればいいだろう。チケットは取ってある。フランスに着いたら指定した住所で待っていろ。必ずこの親子はそこへ来る」

ポケットから彼のパスポートと航空券、長財布を取り出して渡す豪は、腕を組んで彼を見上げて言う。

 

「外に出るのは久し振りだろうがはしゃぎ過ぎるなよ。お前は能力は高いが致命的にバカだからな。特に、おれの存在やこの基地の事がバレないように気をつけろ」

「おいおいおやっさん、そりゃナメ過ぎだぜ。確かにオレはバカだが恩だけは忘れねぇ男さね。あんたやあんたの孫に迷惑はかけないさ」

不敵に笑う彼の言葉にやれやれと肩をすくめ、豪は頭を掻いた。

 

「・・・レティシアに行かせた方が良いかもしれん」

「うぉい!そこは信じろよオレを!」

絶対返さないと言いたげにパスポート一式を奪い取って懐にしまった彼は、その場でどたどたと足踏みして敬礼するかのように手を挙げた。

「絶対オレが行くからな!レティは留守番でおやっさんの介護!ハイ決定行ってきます!」

「忘れものだばかたれ」

走り去ろうとした彼へと宝石のように透き通った金属の塊を放り投げる豪。

「おっと、やべやべ」

それを片足でキャッチして肩でリフティングするかのようにバウンドさせ、最後に手でつかんだ彼は、今度こそ手を振り豪の研究部屋から走って退室していった。

見送った豪は、またも嘆息して鼻の頭を掻く。

 

「・・・あれほど壮絶な経験をした人間が、ああも明るく振る舞えるとは分からんものだ。これだから世の中は面白い」

 

老人の身体だった頃の癖か、顎髭を撫でる様に手を握った豪はにやりと笑う。

あの前向きさと陽気さは必ず強い武器となる。

そして綾やラウラの力となるだろう。

期待を込めて彼を送り出した豪は、だからこそ心配になる理由が一つだけ。

「あれでバカじゃなければなぁ」

それは誉め言葉でもあり、不確定要素の塊でもあるのだった。

 

 

徒歩で旧鶴守邸に辿り着いた彼は言いつけ通りバイク――おんぼろのCB400スーパーフォアで成田空港まで向かい、チケットの表示に従って旅客機に搭乗して今、パリにいる。

入国審査官はパスポートを渡してきた彼の気取らない笑い顔と写真を見比べ、フランスへの入国目的を問う。

 

「名前はボゥイ・シューマッハ、日本在住のイタリア人ね。わざわざ日本からフランスへ何をしに?」

「サイトシーイングさ。モンサンミシェルに憧れていてね」

 

半分嘘で半分本当の理由を語った彼―――ボゥイ・シューマッハは、判を押されたパスポートを受け取ってフランスの大地へと降り立ったのだった。

 




ボゥイの名前はすっげぇ悩んで悩んで決めました。

普段から主役級のキャラにはありがちではなく、厨二臭くならず、覚えやすいというのを目指してます。

そういう意味では綾ももっと読みやすい漢字にすべきだったかな。。。

残酷な描写タグいる?

  • 要るよ何言ってんの
  • この程度で残酷とか笑うわ
  • そんな事よりR-18なドスケベください
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