インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
パリの中心街。
野良猫たちにシャルロットの実家を任せて、26階建てのデュノア社ビルにある社長室へと連れてこられたボゥイは、高層から見る景色と高価そうな部屋をきょろきょろと眺めてから高級そうなソファへ飛び乗る様に腰かけた。
「うっはは!すっげぇ座り心地!こんな革張りの長椅子初めて座ったぜ!」
ラウラと同じく見る物触れる物全てに瞳を輝かせるボゥイに苦笑いしながら、シャルロットはその隣へと腰かけてプレジデントデスクに座るアルベールへ視線を送った。
現在、社長室にはボゥイとシャルロット、アルベール。そしてアルベールの妻であるロゼンダの四人しかいない。
白を基調とした壁紙とウッドグレインの枠組みの部屋を見回すボゥイへ紅茶を出したロゼンダは、楽しそうに頬を緩めた。
「ふふ、なんだか感慨深いわ。シャルロットが初めて男の子をここへ連れ込むなんて」
あえて綾の名前を出さずに言うロゼンダに頬を掻いて返すシャルロット。
その代わりに、
「それもこんな純粋無垢そうな子なんて・・・あなた?今度はどこでこしらえた子なのかしら?」
「ちっ、違うぞロゼンダ!ボゥイは私とはまるで関係ない子供だ!」
慌てて手を振ったアルベールはロゼンダがからかって言った事に気付くと、こほんと咳払いしてデスクへと肘をついた。
「さて、ボゥイ。今後は我々デュノア社の指揮下に入ってもらうわけだが、何か要望などはあるかね?」
「ん?そりゃおっさんの好きにしてくれていいさね。オレの仕事はニャルラットちゃんのボディーガードで、寄ってくる敵は全部オレに引き付けてぶっ飛ばす。後は学校に通わせてくれるなら何だって言ってくれ」
立ち上がってシャドーするお気楽なボゥイに溜息をつくアルベール、くすくすと笑うロゼンダ。
「だーかーら!ボクの名前はシャルロットだってば!なんなのその邪神みたいな名前!」
どうあっても名前を覚えようとしないボゥイに肩をいからせながらまた名乗るシャルロットへ、申し訳なさそうにボゥイは手を叩いた。
「悪ぃ、オレ人の名前覚えんのすげぇ苦手でさ。ナマコッコちゃんの名前がもうちっと短けりゃ覚えようもあるんだがねぇ」
「ナマコじゃなーーーい!!じゃあもうシャルでいいよ!学校のみんなもそう呼んでるから!」
「我明白了(わかった)、そしたらシャル・・・シャル・・・」
「いいよ無理にその後続けなくて」
「シャル・・・子?」
「シャル子!?」
まさかの呼称にあんぐりと口を開け放つシャルロットと二人のやり取りを愉快そうに眺めるロゼンダを交互に見て、頭を抱えるのはアルベールである。
「ああ・・・破天荒にも程がある・・・ボゥイがリョウだったならどれほど・・・」
よほど綾の事を気に入っていたのだろう、嘆息気味にアルベールがごちる。
「シャル子、シャル子、シャル子ちゃん。うっし、覚えたぜ!」
「やめてやめてホントやめて!ボクの人生の中で一番恥ずかしい呼ばれ方だよそんなの!」
「安心しなってシャル子ちゃん。そのうち慣れるさ、な?」
「うっ、うううぅ・・・!ナマコとかニャルラトよりマシと考えよう・・・」
顔を覆うシャルロットの肩を無遠慮に叩くボゥイへと、切り替える様に首を振ったアルベールが困り顔で目を細めながら言う。
「ボゥイ、近日中にキミがデュノア社傘下に入る旨の公表を行う。キミのISを見せてもらったり、宣材写真の撮影などもあるが、こちらで準備が整うまで我が家の一室を使って待機してくれたまえ」
「おう、了解だ」
「あと、くれぐれもシャルロットに妙な気を起こすんじゃないぞ。くれぐれも!」
「大丈夫大丈夫!そんな気を起こしてもシャル子ちゃんに返り討ちにされて終わりさ!」
「いやまぁ・・・そうだけど・・・」
妙な気を起こす可能性はあるのかとジト目になるシャルロットの視線には気付かず、ボゥイはうきうきと成子坂ダンスしている。
言われてみればシャルロットとてIS操者、ボゥイがいくら強くともそこまで神経質になる必要もないかと思い直したアルベールは締めとばかりに言った。
「では改めてよろしく頼むよボゥイ。必要なものがあれば何でも言ってくれ」
「何でも?んじゃオレ、フェラーリが欲しい!」
何でもと言われて即ボゥイが求めたものはイタリアのスーパースポーツカーであった。
「・・・フェ、フェラーリ?」
「おう。エンツォ・フェラーリな」
だいたい2億円である。
注釈するとIS使用ライセンスを所持している者は、既定年齢に達しなくとも普通自動車免許や自動二輪免許を取得する事が可能なのだ。
ボゥイは豪の研究所にて運転技術を磨いており、空港へ向かった際のバイクなども(無免許ながら)運転してみせている。
なので、正式に男性IS操者として公表されれば即免許を取得にいけるのだ。
期待の眼差しを向けてくるボゥイにこめかみを抑えるアルベールであったが、それを聞いたシャルロットもおずおずと頬を染めながら手を挙げる。
「じゃ、じゃあボクもポルシェ欲しい!可愛いよね、カレラ!」
ドイツ製高級スポーツカー・ポルシェ911カレラ。
エンツォ・フェラーリに比べれば確かに値段的に可愛いものである。
ただ、シャルロット好みのエクステリアを全て叶えると2千万は下らないが。
「おっ、いいセンスしてるねぇシャル子ちゃん!したらばバイクも買ってくれよおっさん、ドゥカティのスーパースポーツSな!」
「あっズルいよボゥイ!ならボクもホンダのCBR600RR欲しい!レプソルレプリカのやつ!」
バイクなら車に比べて安価であるが、次々と出されるおねだりに頭を痛めたアルベールは、ふっと笑うと若い二人へ代替案を出した。
「・・・中古のルノーで妥協しないかね?」
フランスの大衆車である。
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またも時と視点を遡って鶴守 豪研究所。
シャルロット達との通信を終えた綾達は、一仕事終えて一息つく幼いクローン体の豪へと質問を投げかける。
「助手や男性IS使いを雇い入れていたとは知りませんでしたが?」
「ああ、おれが今の身体を製作するのに人手がいったのでな・・・レティシアを拾えたのは僥倖だった。おかげでボゥイも保護できたし、こうして辛うじて稼働できる状態でこのボディを調整槽から出す事も出来た」
レティシアから差し出されたスポーツドリンクを一口含み、豪はすまなそうに孫へと向き合う。
「悪かったな、綾。考えてみればおれはお前に秘密にしている事ばかりだ。意図して言わなかった事も多々あるが、前世のおれが寝込みきりでほとんど動けなかったというのも大きい。それに・・・」
「まぁ、察していますとも。お爺様も被害者の一人だ、そう考えれば腹の虫も収まるというもの」
「聞いてくれ、綾。おれは確かに豪そのものだ。だが、やはりどうしても豪とは別人でもある。その感覚がどうしてもお前へ全てを曝け出す事を躊躇ってしまうのだ」
「・・・・・・」
ぐ、と唇を噛み締める綾。
もしもの時のために自分の記憶全てをクローン体にインストールして疑似的に生まれ変わったと嘯いた豪であるが、実際のところは何の記憶も持たない産まれたばかりの人間に、無理矢理他者の記憶と人格を詰め込まれたようなもの。
その事実が、少年となった豪の中で葛藤として生まれては消える。
一体自分は何のために生まれ、何故こうして豪として生きているのか。
未成熟な内面の回路はそういったティーンエイジの陥りやすい苦悩に苛まれやすくなっているのである。
綾としても、目の前の父そっくりな少年を目にして、心から祖父の生存を喜ぶことは出来ていなかった。
頭では分かっていてもこの少年は祖父ではない。
自分にとっての祖父は既に故人となっており、綾にとって残った家族は唯一ラウラだけなのだ。
その割り切れなさが、今の綾と豪の間に見えない溝として存在していた。
「もしかしたらおれが束を敵視しているのも、それが関係しているのかもな。前世のおれなら束を無条件に信用してしまっていたかもしれん」
「・・・今の鶴守 豪は貴方なのです。貴方は貴方の考えで進めばいい、無理にお爺様として振る舞う必要は無い」
肩へ手を置いてくる綾に、少し微笑んだ豪はドリンクを飲み干すと表情を引き締めた。
「レティ、一夏君の白虎を解析に回してくれ。それが終わるまで聞きたい事があるなら答えよう」
「了解でっす、博士!じゃあ一夏氏、ISを預かっていいかな?」
「わかりました」
重い空気を払うように明るく振る舞うレティシアへブレスレットとなっていた白虎を渡す一夏を横目で見て、千冬は積年の疑念を豪へと吐き出した。
「知っているのなら教えて欲しい。私と一夏は何故産まれたのか、束は私に何をさせたいのか。貴方は何を目的としているのか、全てを」
「語るには時間がかかるが・・・そうだな、おれが知っている事を主観で語る事なら」
「お願いしたい」
恭しく頭を下げる千冬にふと、不安を感じる一夏。
千冬姉と自分が何故産まれた?
どうしてそんな事を聞くんだ?
眉を顰める一夏だが、それに構うことなく豪は話し始めた。
束との出会いから始まり、鶴守家と親交を深めていった事。
気付けば002、003のコアがダミーとすり替わっており、それを使った束のISを千冬が操り白騎士事件で奮闘した事。
この事件で豪の娘夫婦が亡くなった事。
それから豪は自分の私財の全てを投げうってこの研究所を建設し、並行して残ったレオンの遺伝子を利用してクローンのボディを作り始めた。
自分の死期を悟っていた彼は、残される綾の事を考えて彼を導くべく後継者を作ろうとしたのだ。
方法としてはISコアに豪の人格や記憶といった、鶴守 豪にまつわる経験の全てをバックアップとして抽出し続け、ある程度まで育ったクローンにコアに宿った人格パターンを少しずつ覚えさせていくというものだ。
しばらくすると、綾はIS操者となってこの世界を変えると言い出した。
黙って了解した豪は綾のためのトレーニングメニューを与え、その成長を見守った。
研究所が完成したあたりで豪は傷だらけのレティシアを匿い、事情を聞いて助手として研究所の管理を任せた。
このあたりで綾を研究所まで走って通わせ、IS操縦の訓練を行うようになった。
アマデウスを与えたのもこのタイミングだ。
傍ら、【篠ノ之 束の遺産】というものがある事を知った豪は、レティシアを差し向けたが既に奪われた後であり、代わりにレティシアは瀕死の少年を発見し連れ帰り、二人がかりでどうにか蘇生を施し、歪な存在と化しながらもどうにか生き延びた彼をボゥイと名付けた。
その後、老衰が酷くなってきた豪はレティシアへ自分のいなくなった後のタスクとナレッジを預け、鶴守家にて隠居生活を送る事となった。
祖父を心配しながらも欠かさず訓練を重ねた綾。
新たなクローン体へ豪の全てをインストールしていくレティシア。
まだ思うように動かせない身体をリハビリするボゥイ。
自分達の存在を明かさなかったのではない、目の前の事が大きすぎて明かす余裕がなかったのだ。
やがて綾がIS学園へ通う段階となったあたりで豪は、残った力の全てを賭してアマデウスへ単一仕様能力【アメイジング・グレイス】を搭載し、綾を見送った後に息を引き取った。
時を同じくして調整槽から出されたクローン体の豪は、記憶を自分化させる訓練と日常生活が出来る程度の運動訓練が必要であり、1か月はボゥイと共にそれに没頭。
レティシアは豪の生命維持や体力サポートを行うための薬を製作していた。
豪としての自意識を取り戻した豪は、製作途中だった玄武や、ボゥイとレティシアの機体の調整に没頭しながらも束の動向を追い始めた・・・。
以上が、豪視点での経緯である。
そして、千冬が知りたい事はここから語られる。
「かつて、究極の戦闘能力を有した人間を産み出すプロジェクトがあった。遺伝子操作にて【最高の人間】を作るという名目で、計画の主導者はニコライ・ゲルトナー。計画の名は【織斑計画(プロジェクト・モザイカ)】・・・多種多様な人間の遺伝子を配合・改良を繰り返し、成功には度重なる失敗が繰り返された。その1000体目にして初めての完成体が・・・織斑 千冬、君だ」
静かに頷く千冬。
衝撃に凍り付く一夏。
言葉を失う綾、その手を握るラウラとセシリア。
豪は神妙に続ける。
「産み出された君は非常に高い性能を叩き出した。通常の人間では到達しえない身体機能、至近距離の弾丸すら回避する反射速度、大型トラックと衝突しても絶命しないタフネス。実験はさぞ過酷だったろう」
「・・・私の記憶を抉るのはいい、話を進めてくれ」
「そうしよう。君の有用性が証明されると、同等の能力をもった個体を製作すべきという派閥と多少スペックを下げて大量生産が可能とする個体を作ろうという派閥が産まれた。大量生産を目指す派閥はゲルトナーがドイツへ持ち帰り研究を続け、結果として数年後に完成したのがラウラ、君となる」
「・・・それは・・・知らなかった」
ちらり、とラウラが千冬を見やると、ばつが悪そうに視線を逸らされる。
きっと千冬は知っていたのだろう、だからこそ行き場のない自分を叱咤し救いあげてくれたのだ。
「同等を目指す派閥はしかし、その後難航を極めた。どうあがいても織斑 千冬のスペックに追い付かない。それどころか千冬くんの元となった遺伝子は劣化をたどる一方だ。やがて結果を焦った科学者達は彼女のデータを元に効率よく生産出来る個体としてようやく二体目の完成体を作り上げた。それが・・・」
そこまで言って千冬をみやる豪。
頷いた千冬を了承の意と受け取った豪は、改めて言い直す。
「それが・・・織斑 一夏。君だ」
「―――俺、が」
唇を震わせ、後ずさり、膝から崩れ落ちて尻もちをつく一夏。
信じられない以前に、そんな事考えもしなかった。
確かに一夏と千冬には両親と呼べる存在はいない。
本当に幼い頃・・・5歳くらいまでの記憶も曖昧だ。
千冬からはよく「私の家族はお前だけだ。そして、今見ている景色や出会った者の事をよく覚えておくがいい。決して忘れる事のないようにな」と言われ続けてきた。
それが、こんな理由に根底があったなんて。
ショックで呆けたままの一夏を引っ張り立たせるのは綾だ。
「このくらいで驚いてどうするんです。他人と産まれ方が違うというだけの事、あまり気にする程じゃない」
「で、でも・・・リョウ」
「君から見て僕やラウラは人外の化け物ですか?」
ハッと気づく一夏。
そうだった。自分が相棒と呼ぶ彼もまた、人間以外から生誕した存在であった。
千冬やラウラもそうであるというのなら、何が自分にとって不都合があるというのか。
「・・・そんなわけ、ないだろ」
綾の手を離させて自分の顔を何度も両手で叩く一夏。
産まれ方なんて関係ない、俺は俺だ。
綾や箒や鈴たちと一緒に成長する一人のISマイスター、織斑 一夏だ。
そして、織斑 千冬の弟だ。それでいい。十分だ。
「悪かった、ちょっとビックリしたけどもう大丈夫。続けてくれ、豪さん」
「ふふ、悪くない顔つきだ。綾が相棒と呼ぶのも頷ける」
にやりと笑う豪、しずかに胸を撫でおろす千冬。
本当は千冬は、一夏には何も教えずこの事実を墓まで持っていくつもりだった。
だが、綾の存在が一夏を変え、想像を超えた成長を遂げているのを見て、今の彼ならすべてを受け容れる事が出来るのではと考えてこの場で豪に語らせるのを許可したのだ。
期待通り、一夏は自分を乗り越えた。
ならば後は事実を知るだけだ。
「一夏君の他に成功個体は何体か存在した筈だが、その後の行方は分からん。分かるのは計画に加担した一人の科学者が造反を起こし、千冬君と一夏君を連れて脱走したという事、貴重な成功体を失った計画はISの台頭もあり中途にて解散となったという事実だけだ」
「俺達を連れ出した人がいたのか・・・?」
「そうだ、織斑 四季博士。この計画の名を冠するほどの遺伝子工学第一人者で、ゲルトナーの懐刀の一人だ。だが彼は成功体である君達へ次第に愛着を持つようになり、非人道的な実験を繰り返す事に嫌気がさして君達を連れて日本へと亡命した」
聞きなれない名に混乱する一夏であったが、千冬にとっては忘れ難い男の名である。
辛く苦しい研究所暮らしの中、ただ一人優しさを与えてくれた人。
自分達を陽の当たる世界へ連れ出してくれた人。
ある程度生活が落ち着いた後に、千冬へ生きていけるだけの財産を置いて消えてしまった、父とも言える男。
「おれが何故織斑計画について知っているかというと、四季とは旧知の仲だったからだ。奴は死の直前に計画の全てをおれに伝えた後、口封じにやってきたスイーパーに殺された。千冬君や一夏君の所在がばれぬよう、何重にも工作をした上でな」
「そうだったのか・・・」
顔も見ぬ、自分と同じ苗字をもった恩人に思いを馳せる一夏。
千冬もまた、幼い頃の記憶から四季の顔を引き出して切ない気持ちとなる。
感謝してもしきれない。
ずっとあの場所にいたままでは、自分も一夏も死んでいたかもしれないのだから。
「君達の産まれた経緯はこんなところだ。だが、産まれた意味など他人が決める事ではない。君達は君達の意志で、君達の人生の中で自分の価値を探すといい」
「ああ、そのつもりだぜ」
「・・・ふ」
拳を握りしめて頷く一夏と柔らかく笑う千冬。
むしろ自分よりも弟の方がさっぱりとしたリアクションを見せた事に嬉しさと、置いて行かれるような一抹の寂しさがあったのだ。
「では束が君達になにをさせたいかという質問だが・・・これは気にする必要は無いと思われる」
「何故だ?」
「束が君達に送りたいものが贖罪であるからだ」
贖罪という言葉に納得しかねる千冬が何か言いかけようとしたところ、セシリアがぼそりと口を挟む。
「・・・千冬先生を少なからず利用してしまった事を、申し訳ないと思っている・・・?」
「なんだと・・・?」
「セシリア嬢ちゃんの言う通り、過去から現在に至るまで束は自分の目的に君達を便利に使ってしまっている事を済まないと考えているのだろう。あいつは家庭の事はあまり語りたがらない女だったが、千冬君の事はよく話題に出していた。面白い子だ、自分が友と呼べるのは千冬君だけだとな」
「・・・・・・!」
豪の言葉に戦慄を覚える千冬には、あのふらふらと適当に生きているように見える束がそんな殊勝な考えを持つとは思えない。
だが、豪の視点からすれば束が千冬をどれだけ大切に思っていたかがわかる。
束がする他人の話は、全て千冬との思い出に溢れていたのだから。
「あいつが君を白騎士に任命したのは君以外に頼れる者がいなかったからだろう。自分がやるよりも、君の方が上手く出来ると思ったが故だ。結果として君の心に傷を負わせた事を、束は済まないと思っているよ」
「・・・豪博士、あなたは束の敵ではなかったのか?」
「敵さ。理解者でもあるが、束はおれにひとつだけ許せない事をした」
不機嫌そうに吐き捨てた豪はしかし、真っ直ぐに千冬を見ると断言する。
「敵視するという事と正しい判断をするという事は違う。おれは怒りや憎しみに視界を惑わされたりはしない。この世には、こんなにも愛が溢れているのだからな」
「・・・綾の様な事を言うな、じいさま」
「馬鹿言え、こっちが本家じゃい」
「鶴守家家訓と言ってください。僕がパクリみたいになってしまう」
冗談の応酬をする鶴守家の三人から目を伏せて考え込む千冬へと、一夏が肩に手を置いて言う。
「もう一度、束さんと話し合うべきだ。前は煙に巻かれたけど、ちゃんと話せば分かる事だってあるはずだ」
「一夏・・・」
「俺は諦めたくない。束さんを信じたいし、箒とだって分かり合えるはずなんだ。そのために、俺達だって束さんから逃げちゃいけない」
強い眼差しに苦笑いする千冬は、本当に一夏は大きくなったと実感する。
きっと千冬は諦めていたのだ、自分を親友と呼びながらも気まぐれに現れるだけの束を。
束側になにかしらの事情があるとは考えもせず、ただ振り回される自分が疑問だったのも、ちゃんと束と対話をしてこなかった、する努力をしなかったせいでもあるのだ。
「・・・そうだな、一夏。束とはいつか決着をつけよう、分かり合うためにな」
「ああ!それでこそ千冬姉だ!」
手を重ね合う一夏と千冬に、ようやく重い空気から解放されて息を吐きだすセシリア。
「一応、今後の方針が決まったようで何よりですわ」
「まだ僕らの戦うべき敵が判明していませんよ。決まったのは束さんの事だけです」
「わかってますわよ、もう」
「あいぃっ!く、くすぐらないでくださいよ、ちょっと!」
じゃれだした綾とセシリアをやれやれと指差す豪は、
「後はおれの目的か。当面はあいつらのサポート、束との決着、この世界の裏に潜む敵の姿を暴く、という点で君と同じだ。我々は協力し合えると思うが、どうか?」
「ああ、今後ともよろしく頼む」
幼い豪の手と握手した千冬は、どこか晴れやかな笑顔を作った。
小休止とした一同は、ラウラに案内されてIS訓練場の見学へ向かった一夏と千冬、レティシアの様子を見に行った綾、豪にレイニー・ステラを見てもらうセシリアと行動をばらけさせた。
「ふむ、嬢ちゃんの機体は美しいがまだ改良の余地はあるな。レーザー主体の装備が多いがこれは君の趣味かね?」
「いいえ、もともとブルー・ティアーズはイギリスのレーザー兵器試験運用機でしたの。わたくしとしても弾幕を張れる実弾兵器を要請していたのですけれど、全く取り入ってもらえませんでしたわ」
「そりゃ勿体無い。なんならガトリングソードビットをくれてやろうか、ちょうど二基ある」
「なんですのそれ!?」
身を乗り出したセシリアにポケットに入ったリモコンを操作した豪は、顔の横あたりにホログラフでビット兵器の図面を浮かび上がらせた。
ガレオン船の船体に大きな砲塔を乗せたような形状、先端に鋭利な刃をつけたビット兵器だ。
「実弾300発ずつ装填出来るガトリングと超振動ソードをくっつけた、二対の遠近両用ビットだ。弾切れを起こしても敵に突っ込ませて攻撃する事が出来るぞ。使わん時は肩部装甲に重ねておけば邪魔にもならん」
「良いですわね・・・!鈴さんの道老龍と戦うには一手足りないと思っていたところですの!」
「レティから聞いたが、お前さんにはエクシードの素養があるようだ。光学兵器もいいが、今後はこういう遠隔操作系兵器の扱いを意識した方が良いかもな」
「わたくしが、エクシード?」
「ああ、ゴスペル戦での綾へのサポートを見ても納得がいく。お前さんは脳波量と他者感応において非常に高い力を持っているようだ」
未完成な能力だったアマデウスのアメイジング・グレイスを実用レベルに引き上げられたのは、セシリアの存在があってこそ。
ぱちくりとまばたきをするセシリアへと、豪はサムスアップしながら歯を光らせた。
「おれに任せておけぃ。いずれ綾の子供、いやさおれの曾孫を生む女のためならいくらでも協力してやろうとも。鶴守家は代々嫁側に不幸が訪れる事が多いからな、気を遣って遣い過ぎる事などあるまい」
「なんだか不安な一言が混ざりましたわ!?」
途中までなら「気が早いですわよお爺様ったらもう☆」で済んだのに、最後の一言で背筋が凍る思いのセシリアである。
それを後押しするかのように豪はしみじみと語る。
「おれの妻の蘭子もな、身体が弱くてなかなか子供が出来んかった。ようやく子を孕んだと思えば、愛奈を産み落とすと同時に逝っちまってなぁ・・・そう考えるとおれもなかなかに重たい人生を歩んできたものよ」
「ご、ご愁傷様ですわ・・・」
言われてみればその愛奈も交通事故で子供を産めない身体となって、人工授精にて綾を作ったのだ。
今後、セシリアが順当に綾と結婚でもしたらまた何かしらの不幸が訪れるかもしれないと心配になる豪であるが、しかしセシリアはそういったジンクスには真正面から立ち向かう女である。
そうして手に入れたのがレイニー・ステラであり、綾という恋人だ。
「ご心配には及びませんわ、お爺様。わたくしはそんな思い込みになど負けません。この先何が起きようと綾と添い遂げ、元気な我が子を抱かせて差し上げましょう」
「おおぅ・・・今日日なかなか見ない格好良さだなぁ嬢ちゃん・・・」
高らかに胸を張るフラグブレイカー・セシリアに感嘆の声をあげる豪。
綾と出会って大きく成長したのは一夏だけではなく、この少女もまたその一人なのだ。
レイニー・ステラに搭載すべく豪が新たなビットを準備しながらセシリアと談話していると、解析を終えたらしいレティシアが綾と共に実験室から出てきて声をかけてきた。
「博士、白虎の解析おわったよ~!」
「おや、なんだか和気藹々ですね。何のお話をされているので?」
声に振り返った豪とセシリアは朗らかに、綾の顔を見て笑いながら言う。
「いやなに、セラ嬢と曾孫の名前について盛り上がっていてな!この娘のセンスは良いぞ、おれの好みをよく分かっとる!」
「いえいえお爺様こそ素敵ですわ!わたくし、自分と同じネーミングの価値観を持った方と会ったのは初めてですの!」
「・・・・・・・・・ほどほどで切り上げて一夏たちを呼んできてくれませんかね」
頬をぴくぴくとさせて綾がお願いするも、豪とセシリアの勢いは止まらない。
「男の子が産まれたならドラグーンだな!ドラグーン・鶴守・オルコット!こいつぁ全米がほっとかねぇカッコよさだろう!」
「いいですわねいいですわね!わたくしとしては日本名が好ましいですわ!たとえばエレガントにそう、轟弩(ゴッド)・鶴守・オルコット!いかがです!?」
「かーっ!すげぇ良いな!アカデミー賞総ナメだろそりゃ!」
「産まれてもいない子供のキラキラネーム考えてないでさっさと一夏達を呼んで来て下さいよ!!」
セシリアと豪の頭をそれぞれスリッパではたく綾。
涙目となった二人は批難がましく孫および恋人へと立ち上がって不満を口にする。
「なんっじゃいクソ孫!こんなか弱いじじいに暴力とは何を考えとるか!」
「DVですわ弁護士を呼びますわ!今度こそドメスティックでバイオレンスでしてよ!」
「じゃかしいんですよ何の会合ですか!僕の目が黒いうちはそんな可哀想な名前は子供につけさせませんからね!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ三人をながめたレティシアは、けらけらと笑いながら手を叩き、
「こんなに騒がしいの久し振りだなぁ」
と、感慨深く呟いたのだった。
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夏休みも中旬に差し掛かったある日。
凰 鈴音は朝早く、中国の実家にある自室にて目を覚ました。
嫌な夢を見た気がする。
どこかで誰かが傷つき、倒れる・・・そんな夢を。
胸を打つ衝動は抑えをきかず、不穏なイメージが頭から離れない。
「・・・なんだってのよ、これ。わけわかんない、わけわかんないのに・・・!」
立ち上がらずにはいられない、駆け付けずにはいられない。
果物籠に入っていた林檎を食べつくすと、鈴は愛機である道老龍を装着し、北西の空へと全速力で飛翔した。
「シャルが、危ない・・・!!」
第六感に従って飛び立った鈴の行動は、紛れもなくエクシードの感応そのものであった。
今回の三つのエピソード!
その1、シャル子爆誕。
その2、織斑計画を知った一夏、意外と立ち直りが早い。
その3、強キャラ感がとどまる事を知らない鈴。
鈴のエクシード能力はララァ級と思ってくれていいです。