インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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第七話 姉妹と因縁と女の戦い
幕間


陰謀うごめく夏休みも過ぎ去り、時は九月。

残暑さめやらぬ日本の湿気はまだまだ続きそうだが、蝉の鳴き声は遥か遠く耳へと届かくなっていく、そんな季節。

 

クーラーに電源が入ったばかりの教室内はまだ涼しい方の朝なれど、密室から解き放たれた淀んだ空気は長期休暇明けの生徒の心を容易く折るに相応しい暑苦しさを含んでいた。

「暑っちぃ・・・」

へばるように机へと上半身をひっつけるのは織斑 一夏。

夏休み中、遊ぶよりも鶴守豪研究所にて千冬からのスパルタ特訓を受け続けてきた彼の肉体は、一学期よりも筋肉の成長からかどことなく一回り大きく見える。

体脂肪率が減っている分熱には弱くなっているのだろうか。

「いや本当に暑い。適度に水分を取らないとガチで死にますよ、これ」

その隣の席でシャツの前を大きくはだけて団扇を扇ぐのは一夏の相棒であり蒼き知将・鶴守 綾。

髪の長さは毎日整えているもののポリシーから長髪をやめない彼は柔らかな発色の茶髪を後ろで結わき、首筋から胸にかけて必死に空気を送り込んでいた。

露出した彼の胸の上には綾の愛機たるアマデウスが、待機状態の御守りの形でゆらゆらと揺れている。

 

「替えのシャツ用意しなきゃだめだなぁ・・・洗濯物が増えるのは面倒だぜ・・・」

「洗剤も買い足さなければね。今日学校終わったらスーパー行きましょうか」

「千冬姉が車出してくれればドンキ行けるんだけどなぁ」

「いっその事免許取りに行きましょうか。お爺様のところで運転技術だけは身につけましたし」

「肝心の車がねぇよ・・・」

「ISのパーツからハンドメイドで作れませんかねぇ・・・」

なんだか男子高校生らしからぬ家庭的なお話をやり取りする一夏と綾。

いつもならそんな会話内容に腐ったテンションを跳ね上げる1年A組女子生徒達であるが、流石に暑すぎてそんな元気もないらしく、虚ろな目をして涼しい場所を探している。

全部夏のせい、冷房が効き始めるにはまだまだ時間がかかりそうである。

 

「そういえばシャル達はまだ帰ってきていないんですの?」

と、綾の隣に座るイギリス代表候補生、セシリア・オルコットがだるそうに尋ねてくる。

流石の彼女も蒸し蒸しと責め立てる日本の夏にはへばっているようで、美しいウェーブのかかった長い金髪をポニーテールにして湿気を凌いでいる。

かつ、手持ちタイプの扇風機から送られる風を顔いっぱいに受け、流れる汗をハンカチで拭っていた。

「連絡によれば今日には間に合うというお話でしたが。もしかしたら飛行機の関係などで遅れているのかもしれませんね」

「そうですのね~。シャルだけではなく鈴さんや、あの忌々しいボゥイという男にもまだ挨拶が出来ておりませんのに」

会った事が無いのにトラウマを植え付けてきたボゥイに思いを馳せるだけで腸が煮えくり返る思いのセシリアである。

 

シャルロット・デュノア、凰 鈴音、ボゥイ・シューマッハの三人は、パリの街をテロリストから守るべく奮闘した若きIS使いとして世界中から時の人として扱われていた。

そのテロリストはシャルロットを狙って暗躍していたため、パリはそれに巻き込まれる形となったのが真実であるのだが、報道の聞こえとしてはテロリストを貶める体裁を取った方が世のためであるのも確かである。

オータムと自称するテロリストは今はフランスの警察病棟で隔離されている。

ほとんど牢獄入りのような状態であるが、いまだ意識を回復させていないのが現状だ。

意識が戻り次第厳しい尋問が待ち構えているであろうが、果たして簡単に口を割るかどうか。

 

「心配ない、シャルロットは強い女だ。それに鈴音も言うのは癪だが腕は立つ。何かあっても乗り越えて我々の元へと帰ってくるさ」

一夏の机の傍に立つ篠ノ之 箒は腕を組みながら、言い聞かせる様にセシリアのぼやきに応じた。

彼女もまた、夏休み中旬において大きな怪我を負っていたが、幸いにして後遺症もなく今は完治して修練に励んでいる。

 

織斑 マドカの駆る謎のISから簪と本音を守り切れなかった事が悔しかったのだろう、普段は綾の個人的趣味がてら赤雷のメンテナンスをほぼ任せきりにしていた彼女が、自分から手入れの方法を教えて欲しいと請うてきたのである。

自分の技術だけではもう足りない、赤雷にもそれなりの力がなければこの先足手まといになる。

でなければ、いずれは大切な一夏すら守れなくなってしまう。

それが箒には許せない事であった。だから出来る事は何でも学んでいきたい。

そんな彼女の願いを聞き届け、夏休み後半は身体の休養も兼ねて豪と綾でISについて色々教えていたのである。

果たしてその成果はいかに。

 

「・・・ところで、ラウラの姿が見えないがどうしたんだ?」

始業ベル間近の時間帯、箒が壁にかけられた時計をちらりと垣間見て綾へと尋ねる。

言われてみればと教室内を見回してみるも、自席でぼけっとしている簪や取り巻きのミーアとダーシャ、同じく自席でうんうんと唸っている本音といった姿は見受けられるものの、綾の愛妹であるところのラウラ・ボーデヴィッヒ・鶴守はどこにも見当たらない。

もしや彼女の身に何かあったのでは、とここ数日の事件数を顧みれば思わなくも無いのだが、今この場にシャルロットがいない事で全てを察した綾は頭を抱えながら席を立つ。

「どうしたリョウ?もうホームルーム始まるぞ?」

「ラウラを迎えに行ってきます・・・おそらく、シャロがいないために寝過ごしているのかと・・・」

「あ、あぁ・・・盲点だったな・・・」

訝しがった一夏へがっくりと肩を落としながら答える綾に、何ともいえない表情を浮かべる箒である。

 

ラウラが綾たちと暮らすようになって既に三か月ほど経過しており、その中で判明した事であるのだが、ラウラは非常に寝起きが悪い。

目が冴えればシャキッと軍隊仕込みのキビキビとした動きが出来るのだが、どうにも低血圧なのか起き抜けの呆けが激しい。

事実、ずっと旧ルームメイトであるシュヴァルツェ・ハーゼの隊員や現同室のシャルロットに着替えさせられて教室へと向かってきており、よもや自分一人では着替えられないのではと勘繰ってしまう程である。

それすらラウラに言わせれば、

「命の危険を感じればちゃんと覚醒する。そも、着替える必要があるのか?どのみち寝ている時もすぐガーベラを身に纏える様ISスーツを着て寝ているのだぞ?」

と、ドヤ顔で語る具合である。

ほぼほぼ着替えるのが面倒なラウラの苦しい言い訳であるが、彼女へ一般常識を刷り込むには相当の苦労がかかっているのだ。

 

やれやれとかぶりを振って教室を出ようとする綾、手を振って見送るセシリア。

しかしそんな彼らの元へ、学校という地にはとても似つかわしくない重低音が届く。

このエコロジーを推し進める日本の地において響き渡るは勢いのある排気音、それも一台ではない、二台分のエキゾースト。

よもや時代錯誤な暴走族でも現れたのかと踵を返して教室から窓の外をみやる綾達。

しかしてそこには、グラウンドを大きく横切って生徒用の駐車スペースへと向かうスーパースポーツバイクとオープンカーが一台ずつ。

 

「な、なんだありゃ!?」

一夏が顔をひくつかせるのも無理はない。

存在をアピールするかのようにわざわざグラウンドまで大回りしてきた二台の不審車、オープンにされた車の助手席から一夏へ向けて手を振っているのは話題にされていた時の人、セレブ風のサングラスをかけた凰 鈴音であったのだ。

運転席にはすごく、ものすごく申し訳なさそうにハンドルを回しているシャルロット・デュノアの姿もある。

となれば、バイクに跨がっているフルフェイスヘルメットの男はボゥイ・シューマッハであろう。

「BMW、Z4ロードスター・・・だと!?しかもあっちの単車はカワサキ・ニンジャ650じゃあないか!?」

ISのみならず、ありとあらゆる工業製品―――身近は家電、果ては農業機器まで―――を愛する綾が眼鏡を光らせて興奮気味にリアクションする。

「な、なんですの慌ただしい・・・!?」

これにはだらけ気味だったセシリアも泡を食って窓際へと詰め寄った。

教室内がざわめきはじめたあたりで担任たる織斑 千冬と山田 真耶が入室。

生徒の様子をみて窓の外へと目を細めると、千冬はひくりと口元に皺を作って山田先生が止める間もなく教室を飛び出していった。

慌ててそれを追いかける綾、一夏、セシリア、箒。

ついでとばかりに、ミーアとダーシャに引っ張られて簪もついていく。

 

 

駆け足でIS学園駐車場へと辿り着くと、きちんと駐車スペースに止められたオープンカーから颯爽と降り立つ鈴と、乱暴に止められたバイクから大きく足を上げて降りるボゥイが、それぞれサングラスとヘルメットをキメ顔で取り去って歯を光らせた。

「ハロー、クラスメイトの皆。お出迎えご苦労様」

「おっと、いくらオレ達が有名人だからって握手は後回しだぜ。そういうのはちゃんとジャーマネを通してもらわないとな」

何を勘違いしているのか、セレブや芸能人気取りでニヒルに笑う中国人と元・中国人である。

要するに夏休み中は取材やら宣材写真の撮影やらで大忙しだった彼らは有名人と化した自分達にちょっとイキってしまっており、早い話が調子こいて大物アピールしているのである。

その後ろでは所在なさげに縮こまったシャルロットが、

「こ、こんにちは・・・ジャーマネです・・・」

一番裕福な身の上ながらささやかに手を挙げていた。

 

「学生の分際で遅刻の上にグラウンド上を車両で駆け回るとは良い度胸だ歯を食い縛れ!」

もちろん鈴とボゥイは千冬から鉄拳という名の愛の鞭を顔いっぱいに受け、シャルロットは失恋やら散髪やら暗殺者から狙われたりバカの世話したりといった未曾有の経験を経て、大きく成長しつつも疲れ気味の表情を察したセシリアから抱き締められていた。

 

「シャル、シャル!ああぁ心配していましたのよシャルロット!どこも怪我はない?少し痩せたのではなくて?その髪型似合ってますわね!ああでももしかしたら髪を切ったのってわたくしのせいかしらごめんなさ・・・いいえ、いいえ、謝っては駄目よセシリア!そんな事をしてはシャルロットに失礼―――というかわたくしがこの話題を出す事自体がNGなのでは?ど、どうしましょうシャルロット!?」

「お、落ち着いて落ち着いてセシリア!そのあたりは今度また二人で話そう、ね?」

「そ、そうですわねそうですわね!まだわたくし達、一度も戦った事ありませんものね!機会を作って分かり合うために戦いましょうね!」

「う、うん・・・それは、望むところかな」

久し振りにシャルロットと会えた嬉しさと、今更ながら彼女の好きだった綾と付き合っている事実の板挟みで困惑するセシリアを可笑しそうに笑いながら、シャルロットはそれでも嬉しさが勝って表情を緩めた。

申し訳ないと逃げるのではなく、逃げ腰になるのを叱咤してでも真正面から立ち向かおうとする。

やはりそんなセシリアが恋敵で良かったと思えるシャルロットである。

本当に彼女とISで戦える機会があるのなら自分の全てを賭けて戦いたいと、セシリアをもっと知りたいと願うほどに。

 

新たな想いを巡らせるセシリアとシャルロットから切って切り離せない関係の綾といえば、千冬の三重の極みを受けて白目を剥き昏倒した鈴を介抱する一夏と箒、まるで平然としているボゥイをさておいて、彼らが乗ってきた車とバイクを眺めてデータを取ったりと大忙しであった。

「成程、Z4は前期型の2.5l直6気筒モデル、幌は電動ではなく手動ですか。中古市場だと安くなっていますがこれは良い趣味をしている。電動モーターが無い分軽くて運転も楽しいでしょうとも。そしてニンジャ!Ninja650cc!ホンダのバイクみたいな顔立ちになって久しいですがやはり男カワサキ、乗り味はもちろん脈々と受け継がれてきた二気筒のエンジン音は興奮の二文字に尽きますね!650ならアクセルを吹かすのが気持ち良さそうだ!否、気持ちいいでしょうとも!」

「おっ、ワカってるねぇ少年!さてはおたくがおやっさんの孫だな?今日からヨロシク、兄弟!」

「ええ、是非ともに!IS学園にたった三人の男子、今後は一夏と三人四脚で行きましょうとも!後でこれ乗せてくださいね」

握手からの友情のシルシでビシガシグッグとやる綾とボゥイ。

新たな男の登場ともなれば多少の波乱があっても良いものだが、この二人は特に問題なさそうである。友情の形がどこか打算的ではあるが。

 

「あわわ、また男の子が増えるのね・・・大丈夫よ真耶、自信をもって!」

そして男性慣れしていない山田先生もまた、気持ちを入れ直す。

方向性としてはいちいち綾に口説かれても本気にしないよう千冬から叱られている事もあり、どんな話しかけられ方をしても教師として毅然と振る舞うべしといったところである。

 

などと、再会と新たな出会いを遠目から眺めつつも、他人事のようにぼうっと眺めていた簪はしかし、ふと顔をもたげて校門側の方向へと視線を飛ばす。

別段、エクシードという精神超越者たる感応能力が発動したわけではないのは、専門の訓練を行ったセシリアや、天然で力を使いこなす鈴が何のリアクションも起こさない事でわかるのだが、簪が聞き取ったのは新たな車両が近づいてくる音。

 

6200ccの大排気量を吹かして、巨大な存在感と威圧感を放ちながらシャルロット達のZ4の横へとつける、広げた翼のエンブレムが輝く黒いグランスポーツクーペ。

「あ、あれは・・・!シボレー・・・!」

「コルベット、だとぅ!?」

 

綾、ボゥイが順に強張った表情を見せて慄く通り、目の前に到着したのはアメリカ・ゼネラルモーターズのシボレーブランドが誇るスーパースポーツカー、コルベットC7型。

スティングレイとも呼ばれ、V8OHVエンジンを積んだアメ車ならではの大胆で若者の憧れを誘うデザインの車から降りて地に足をつけたのは、夏の東京ゴーレム襲撃事件にて収束に大きく貢献した篠ノ之 束の懐刀である架神 忍そのひとであった。

 

「し・・・しのぶさんっ!?」

金髪をかきあげながら助手席のドアを開け、幼い少女―――テロリストの操り人形であった織斑 マドカを降ろした彼は、驚きに頬を染める簪の呼び声に気付くとサングラスをずらしながら唇をヘの字に歪めた。

「・・・更識 簪か。そういやてめえもこの学校の生徒だったな」

「な、名前っ、覚えててくれたんですか・・・!?」

「おれは医者だ。診察した患者の名前は忘れねえんだよ」

「あ、あああぁっ・・・!もうほんとしゅき・・・きゅんきゅんする・・・!」

戦闘後に傷が無いか診た際の事を思い返しながら応答する忍に、感激のあまり双眸に涙を滲ませる簪。

よほどこのガラの悪い年上の王子様にお熱な様子である。

「ちょっ、簪ちゃん!?漏れてる、魂と欲望がだだ漏れてるよぅ!?」

「カンザシってああいうのがタイプなの!?うっそ意外過ぎて逆にウケるんだけど!?」

出力を全開にした加湿器のように夏の熱気を盛り上げんと発熱する簪を両側から支えるのは、簪の取り巻き・簪軍団・仲良し三人組と色々呼ばれる彼女の親友ふたり、ミーア・ディヴィスとダーシャ・ラメッシュ・カーンだ。

 

「かんざし・・・っ!」

倒れ込みそうな簪にとてとてと近寄って手を引くマドカ。

初めて逢った頃の威圧的な態度は既に無く、純粋に簪を心配して駆けてきた彼女はぼさぼさだった黒髪を短く切りそろえ、服装も年相応の可愛らしいものへと着替えさせられていた。

 

「ま、まどかちゃん・・・おひさしぶり・・・」

「かんざし、(わたし)、ずっとかんざしに会いたかった。だからしのぶに色々教わって、マナーとか、じょーしきとか頑張って勉強したの。そうすれば、またかんざしに会った時に迷惑かけないからって」

「え、勉強?どういう・・・?」

嬉しそうにすりすりと簪の脚にしがみつくマドカの頭を撫でながら、簪は理解が追い付かずに首を捻る。

忍の行動に懐疑的な綾や箒も同様に疑惑の視線を投げかけるが、千冬と山田先生はそれを知っていたように忍へと歩み寄った。

 

「人事異動のメールを読んだときは冗談かと思ったんだがな。初対面とは思えないが、今後はよろしく頼む、架神」

「てめえもあの女に散々振り回されてたクチだったな。なるべく面倒は避けてえが、とりあえずは協力してやるよ、織斑」

「よ、よろしくお願いしますね、架神先生っ!」

「ああ」

軽い挨拶をかわす教師陣と忍。

 

その内容を聞いた生徒一同の表情が驚きに支配されていく中、ピヨった鈴をおんぶした一夏はびっくりとした顔で目を丸くしながら、

「あ、あんたIS学園の先生になったのか!?」

「束の依頼だ。不承不承受けざるを得なかった、来たくて来たんじゃねえ」

吐き捨てる様に応じる忍は、苛立たしそうに目を細めてあらぬ方角―――おそらく、束のいる浮遊要塞へと睨みをきかせる。

一夏におんぶされて顔をとろけさせた鈴と弟を交互に見ながら、千冬は業務連絡とばかりに淡々と生徒達へ告げる。

 

「彼はIS学園保険教師だった滑川先生が寿退職となったため、本日より代任としてやってきた。お前達生徒達が何の心配も無く授業や訓練に励めるように、ガードマンを兼ねてな」

 

「・・・なるほど、そういう事か」

その説明で多くを察する綾。

意図は分かりかねるが何者かがIS学園や、そこに在籍する生徒―――もっと平たく言えば戦力となる専用機持ちを狙って暗躍しているのは周知の事実である。

これまでの束の行動からはIS学園を守護したいという方向性が垣間見え、そんな彼女が隠し玉である忍を寄越したという事はそれだけの本気が伺える。

束にはIS学園を守る理由と、相応の覚悟をしなければならない敵の強大さを示す必要があるのだろう。

加えて、保健室を住処とする保険教師であれば他の担当教員よりも自由に動ける。

あまり世話になった記憶の無い滑川という保険教師の退職理由が事実かどうかは定かではないが、束が味方側の立場と仮定すれば心強くはある。

ただ、それを確信へと変えるには、まだ束への理解と忍という男を知る事が必要である。

 

綾の疑惑の視線を当然と受け取りながら忍は、箒も含めて視界に入れると、

「とりあえず、てめえらが束について聞きたい事があるんだろう事は分かってる。ヒマな時なら相手してやるから後でまとめて来い。一人一人説明すんのは面倒だ」

「・・・そうさせて頂きますよ、架神先生」

「・・・わかった、逃げないというのなら私はそれでいい」

頷く綾と箒。緊張感に息を呑む一夏。

 

シャルロットとセシリアもまた新たな展開に気を入れ直す中、ボゥイといえば手にしたスマホで忍の車を写メして喜んでいた。

「うお~っ!これもまた格好いいねぇ!やっぱ医者ってのはいい車乗れるんだな!オレも医者になろうかな!」

「いや絶対無理」

「診てもらいたくありませんわ」

「どうしたのボゥイ?脳味噌、沸いちゃった?」

「ひでぇ」

鈴、セシリアから冷たい反応を返され、シャルロットからは優しい罵倒を受けてへこむボゥイ。

そんなボゥイをちらりと睨んだ忍は、目が合うと向かい合って、

 

「てめえには個人的に用がある」

「ん?そうなのかい?」

「とぼけんな。おれとてめえは同類だ、分かるだろう」

「まぁね」

 

ひしりと空気を緊迫させたのちに視線を外した忍は、マドカへと声をかける。

「行くぞ」

「あ・・・待って、しのぶ」

名残惜しそうに簪から離れたマドカは、千冬と一夏の元へと小走りに駆け寄った。

マドカは千冬と一夏と同じ、織斑計画にて誕生した遺伝子改良チルドレンの生き残りの一人である。

彼女達は一夏を殺せば一人の人間として千冬のきょうだいに成り代われるなどと言い含められ、織斑計画の存在および存続を知る人間を排除すべく操られていた。

それによって千冬の同情を引ける事を期待し、再度の捕獲を狙う者がいるのである。

だから当初は、マドカは一夏を殺すべく亡国機業からの離脱を願っていたし、そのために箒を殺そうとした。

忍によって未然に防がれ、今はもう命に対しての意識が変わったマドカであるが、どうしても織斑姉弟へと伝えたい事があったのだ。

 

「あの、ねえさま、いちか」

「・・・私はお前の姉ではない。一夏もお前のきょうだいではない」

「千冬姉!そんな言い方・・・!」

「ううん。だって、その通りだもの」

すげなく突き放した千冬を嗜めるように反射する一夏であったが、マドカはそれを制して首を振り、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。(わたし)はたくさん人を傷つけてきた。覚えてる限り、人を殺した事はなかったけど、それは許される事じゃないってしのぶに教わった。だから、こんなひどい事をしてきた(わたし)はねえさまの妹にはなれないし、いちかの代わりにもなれない」

「そうだ、その通りだ。お前はお前だ。だから一夏の代わりなど目指す必要も無ければ、私のきょうだいを志す理由もない。そして、私はたった一人の弟である一夏を傷つけるものを許さん」

「・・・!」

その言葉に熱い気持ちが灯る一夏、その背中から燃える闘志を感じ取る鈴。

柄にもない事を言ったと照れくさそうに頭を掻いた千冬へと、マドカは笑って頷くのだ。

 

「だから、(わたし)(わたし)を探そうとおもう。だから、はじめまして。(わたし)の名前は架神 マドカ。しのぶの娘として、傷つけた以上に人を守れる人になりたいの」

 

「・・・そうか。頑張れ」

「ああ・・・ああ!応援する、マドカ!俺はお前が自分を見つけられるよう協力するから!」

目を細めて微笑んだ千冬と、目頭に涙を湛えてマドカの手を握る一夏。

束の手引きにて忍の養女となったマドカは頷くと、織斑姉弟と簪へ手を振って忍の元へと行き、その手を取った。

「言いたい事は言えたか」

「うん・・・!」

「ならいい」

可愛らしいショートカットの頭を優しく撫でた忍は、手を振り返している簪へと振り返る。

目が合って胸をどきりとさせた簪は、ミーアとダーシャが見守る中でサングラスを外した忍から頼みごとをされた。

 

「おれは大体マドカと保健室にいるつもりだ。こいつが普通に学校に通えると判断出来るまでは勉強と診察の手伝いがマドカの仕事だ。簪、たまにでいい、こいつの様子を見に来てやってくれ。マドカはてめえがお気に入りのようだからな」

 

「・・・・・・・・・!!」

感極まったように口元を抑えた簪は何度も頷くと、震える声を絞り出すかのように応じる。

「わ、かり、ました・・・!必ず行きます、毎日行きます!なるべく一緒に過ごします!」

「かんざしっ・・・!」

「・・・たまにでいいって言ってんだろうが」

ひゅーひゅーと簪軍団にやじられながら両手で握りこぶしを作る簪に溜息をつきながらも、嬉し気なマドカの手を引いた忍は職員用階段から職員室へと向かっていった。

あまり表情の変わらない、むしろ常に苛ついているかの様な顔つきの忍であるが、簪だけは知っていた。

マドカへ向けられる忍の視線が、とても温かく、優しい父の瞳となっている事を。

きっと自分は忍のそんな所にも惹かれているのだろう、更識家の存続と家督相続に喧しいだけの実父と違い、厳しくも不器用で、背中で語る男の姿に。

 

「・・・本当に、世界って色んな男の人がいるんだね」

「わたくしには理解ができませんわ。けど、簪さんの気持ちだけは共感がもてますの」

感心するシャルロットと両手を掲げるセシリア。

そのリアクションの違いもまた個性であり、統一させるべきものでなければ否定すべきものでもないのだ。

 

「箒、分かってますね?」

「ああ・・・姉さんが何を考えているのかは相変わらず理解出来んが、少なくともあの男は悪ではない。私も冷静になる必要がありそうだ」

綾の言葉に頷く箒は、ここに来て一つの疑念にぶち当たっていた。

これまで、姉の事を鶴守 豪が開発した技術を盗んで世界を変革させた悪と考えていたが、その解釈にもしも見落としがあるのだとしたら。

姉のやろうとしている、やっている事に一つでも正しさがあるのだとしたら。

箒もまた、束の妹として選択すべき決断の時が近づいているのかもしれないと、覚悟を改めるのであった。

 

間接的な、妹ではない妹の未来を楽しみに見据えつつ、想定外の事象にホームルームを切り上げた千冬はやれやれとかぶりを振りながらも一限を開始すべく生徒達を伴って教室へ戻ろうとしたところ、ふいに綾やシャルロットのスマホが鳴る。

チャットアプリのグループ通話の通知音に首を捻った彼らが応答ボタンを押下すると、涙声になったラウラの悲鳴が鼓膜を突き刺した。

 

「なんで起こしてくれないんだっっ!!!」

 

完全に自業自得である。

 




ボゥイに対して遠慮が無くなってきたシャル子である。
そしてもはや別キャラと化しているマドカちゃん。
忍から受けた恐怖が強烈過ぎて精神年齢が子供還りしたのかもしれない・・・否、きっと初登場時は千冬の真似したキャラ付けで、今のマドカが本来の姿なのだろう。きっとそうだ。
(だったらそれを本編で説明しろと)
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