インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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Fool For The City

「ど、どうかな・・・しのぶ?」

「・・・ふん、上出来だ。やりゃ出来るじゃねえか」

「やったぁ、えへへ・・・!」

学園祭の前日、保健室にて小学校高学年レベルの問題ドリルに満点をつけ、小さな頭を撫で回しながらマドカへと返す忍。

 

マドカの成長速度は目を見張るものがあった。

 

二週間ほど前―――IS学園に来るまではほとんど字もろくに書けなかった彼女が硬筆での書き取りも出来るようになり、今はもうテストの点数も小学生レベルでは余裕となっている。

この調子なら来週からは中学レベルの、少し難しめの問題を出してやってもいいか。

計算力もあるが好きな教科は文系のようだ、ならそちらを優先的に伸ばしてやるのもいい。

そう考える忍もまた、日に日に目に見える様な成長を見せてくれるマドカの姿に楽しくなってきている自分に気付いていた。

 

業務日報をパソコンで仕上げて学内のイントラへメール送付し、仕事にひと段落つけて伸びをする忍。

そんな彼へティーパックの緑茶を注ぎながら、マドカはおずおずと提案する。

「ねぇ、しのぶ?その・・・明日、だけど」

「ああ、学園祭か?行ってくりゃいい、どうせ簪と一緒だろう」

「うん・・・しのぶも、いっしょにいこ?」

「あ?おれもか?」

誘われるとすら思っていなかった忍が淹れられたお茶に口をつけながら聞き返すと、マドカはこくんと頷いて期待の眼差しを向けてくる。

少し思案するも、保健教師がその日にする事などたかが知れている。

たまに保険の授業があるのはさておき、基本的に怪我人などが出た際に手早く手当てするための要員ゆえ、知識と設備さえ整っていればある程度は自由に動けるというもの。

ならば特に断る理由も無い、毎日顔を突き合わせている自分に飽きている頃だろうと思っていたが、一緒に行きたいというなら付き合おう。

「いいぜ」

「やった!」

喜びに手をあげて飛び跳ねるマドカ。

 

年相応の反応をみせる愛娘に知らず微笑む忍は、こんな表情豊かになってきているのは時折やってくるIS学園の生徒達―――特に、やはり簪の存在が大きいのだろうと思う。

前任の時は保健室のベッドへサボりに来る生徒も多いようだったが、忍が強面なのとマドカに付き添われながらでは眠る事もスマホを弄って遊ぶ事も出来ないため、ちゃんと正当な理由をもって訪れる生徒か、マドカの様子を見に来る簪軍団くらいしかここへ訪れない。

そのため、不良生徒よりも真面目な生徒との関りが多くなり、まっさらな状態のマドカには良い影響があるのかもしれない。

 

そんな事を考えていると、コンコンと軽いノック音が保健室の入口に響く。

「失礼します・・・」

「かんざしっ!」

そろそろと静かに入室してくるのは、既に勝手知ったると言って良い程の頻度で訪れてくる、更識 簪である。

忍に一方的な憧れを抱いているというのもあるが、マドカからとても懐かれているというのもあって、簪は忍が保健室を離れている事が分かっていても訪れるのだ。

 

あまりの常連っぷりに1年A組保健委員として任命され、ただ待っているだけでは何なので忍の仕事を補佐できるようなアプリケーションやバッチファイルをヒマ潰しに製作する有能さを見せている。

学園への承認を得て保健室の在庫管理機能をより使いやすくバージョンアップさせ、現在の診察待ち時間やベッドの空き状況を確認できるシステムを構築したのも簪だ。

その手腕には流石の忍も頭が下がるようであり、いつしか簪とマドカ相手には『てめえ』という二人称を使わない様になっていたのである。

 

閑話休題、もはやノック音だけで簪が訪れた事が分かる程になったマドカが、勢いよく簪へと飛びついて腰へと手を回す。

年下の子供とはこんなにも可愛いものなのか、と初めて知った簪もまたマドカをいたく気に入っており、軽く抱き返しては柔らかな微笑みを浮かべるのである。

「よう」

「しのぶさん、お疲れ様です」

他の人間には『んだよ』『うぜえ』『くだらねえ』と暴言の嵐な忍であるが、簪に対してはこのように挨拶を述べる始末である。

やたら好意的な簪の態度に慣れたというのもある。

 

マドカ専用の勉強机と化している応接ソファへと腰を下ろした簪へ、ゲーミングチェアを回して足を組んだ忍は、ドリルの満点を報告しているマドカとそれを聞く簪に向けて話しかける。

「明日の学園祭な。おれもマドカと回る事になったんだがいいか?」

「えっ!?し、しのぶさん、一緒に回ってくれるんですか?」

「さっきマドカにせがまれてな。邪魔ならここに残るが」

「邪魔じゃありません必要です!やった、楽しみだねマドカちゃん!」

「うん!」

手を合わせて喜ぶ簪とマドカ。

 

必要と言われてしまうと悪い気はしない忍は頭をぼさぼさとかきむしると、壁に貼られている学園祭のポスターを見やって問う。

「お前のクラスは何をやるんだ」

「あ、メイド喫茶です」

「・・・あ?」

「メイド喫茶です」

思わず聞き返した忍へと綺麗に言い直す簪。

メイド喫茶を知らないマドカへ懇切丁寧に説明を始めた簪をしばし眺めた忍は、我に返ると頭を振って再度問う。

「お前のところには確か男子小僧どもが3人いただろう。そいつらはどうすんだ、執事の格好でもすんのか?」

「いえ、彼らもメイドです」

「マジかよイカれてやがる・・・」

片手で顔を覆って机にむけ俯く忍は、束が自分を生徒ではなく教師として赴任させた事を初めて感謝していた。

誰がどんな格好を好もうが知った事じゃないが、自分が巻き込まれるのは嫌なのだ。

さして個人的な興味のある男子共ではないが、その顛末はどうあれメイド服を身に纏う羽目となった彼らへ同情の念を禁じ得ない忍は、せめてその雄姿だけは目に焼き付けてやろうと考えてノートパソコンの蓋を閉じたのであった。

 

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そして訪れる学園祭。

からっと気持ちよく晴れ渡った日本晴れ。

校門は造花が散りばめられた手作りのアーチが聳え立ち、父兄と思わしき幅広い年齢層の人々が行き交う。

ニコライ・ゲルトナー率いるドイツ軍によるIS学園乗っ取り未遂があったばかりだというのに学園祭が規制されなかった事は非常に運が良いとも言えるし、関係のないものからすればそう思われてしまうのは仕方ないにしても裏で生徒達のために努力をしてきた教員達や、IS学園運営委員の働きも大きい。

世界は汚く、陰謀にまみれていても、こうして若い人材を支えるために尽力できる大人もちゃんと存在するという証明でもある。

 

などとそれっぽいまとめはさておき、学校近くのマンションに居を構えている架神親子はいつものように高価なアメ車でIS学園へと到着し、駐車場の定位置へと停車すると、待ち構えていたメイド服の女子が助手席の扉を開いた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「かんざし!」

「・・・何してんだおまえ」

優雅なムーブでマドカの手を取って車から降ろしたのは、学園祭にてメイド喫茶を開店する事となった1年A組の秀才メガネ、更識 簪である。

 

クラシカルな幅広のスカートをつい、とつまんだ簪は、上品な笑顔を崩すことなく忍へと会釈する。

忍が来ると知った簪はこの日のために本業たる本音からメイドとしての作法を教わってきたのである。

つまりはご奉仕精神、気遣いの心。

あとは彼女の理想とする正統派ダークヒーローたる忍に似合いのメイドという自分の扮装に酔っているのだ。

 

「ご通勤お疲れさまでした、ご主人様。まずはお煙草でしょうか?それともすぐに学園祭を回りますか?」

「・・・どうでもいいがテンション高いなおまえ・・・まずは煙草だ」

「かんざし、かわいー!」

「うふふ、ありがとうございますお嬢様」

目を点にしながらもさりとて否定する事も無く、クールの箱を指で叩く忍。

はしゃくマドカの手を取って忍へと道を示す簪は、見て分かる通りとてもとてもアゲアゲなテンションなのである。

「それではご主人様、喫煙所はこちらでございます」

「知ってるよ何日通ってると思ってんだ」

「流石はご主人様、聡明でございますね」

「ツッコまねえからな」

 

サングラスをかけながら簪とマドカの後をついていく忍は、周囲の一般客達から奇異の視線を向けられながら溜息を吐いた。

小学校高学年程の少女と女子高生メイドと白衣のチンピラ風が揃って歩いていればそんな眼差しも向けられよう。

既に保健室へと引きこもりたい気持ちで一杯の忍は、一旦煙草を吸う事で冷静さを取り戻すものの、落ち着いたら落ち着いたでこれから男子高校生の出迎えるメイド喫茶に行くのかと思うと余計にうんざりするのであった。

 

そして、忍が覚悟していたよりもずっと凄惨な光景が1年A組の中には広がっていた。

 

「お帰り」

「なさいませ」

「ごっ主人様2名来店でぇーい!」

 

まずは体脂肪率の少ないながらも骨太で背の高い筋肉質な体躯に、肩の露出したフレンチメイドを身に纏い、長髪をツインテールにしながらグリルで焼いたシシャモのような目をして出迎える鶴守 綾。

短いスカートからガーターストッキングに包まれた健康的すぎる脚を晒しているのが非常にセクシーである。

 

続いて某秋葉原電気街でビラ配りをしていそうな由緒正しきジャパニーズミニスカメイドのいでたちで、ふりふりのエプロンを重ねて羞恥に赤く染まっているのは織斑 一夏だ。

がっしりとした下半身の白いオーバーニーソックスが輝かしく、頭の上のネコミミがなんともキュートだ。

 

そしてボゥイ・シューマッハといえば。

小顔につやつやの黒髪をストレートに流し、フリル付きのヘッドセットにリボンがワンポイント。

肉付きの良い胸元はギンガムチェックのエプロンと薄紫のワンピース。

フリル付きのスカートを揺らし、細長い足は縞柄の二―ソックスが可憐さを演出している。

早い話が他二人の男子と違って普通に美少女であった。

だというのに笑顔は豪快で、メイドらしくはないが楽しげである。

 

「・・・・・・」

笑うでもなく、かといってわかりやすくドン引きするでもなく、忍は肺の中のニコチンを全て吐き出しそうな・・・SANチェックにギリギリ成功したような微妙な表情をつくる。

綾と一夏だけであれば『マドカになんてモン見せんだクソが』と蹴りの一発でもくれてやったところだが、ボゥイのメイド姿のあまりの完成度の高さにどうリアクションすればいいか分からないのである。中身はどうあがいてもボゥイだが。

肩をぶらんと垂れ下げて口を開いたままにする忍と物珍しそうな表情をするマドカへ、簪はまるでバスガイドのように左手を掲げると、この世にも珍しい男性ISマイスター三人の紹介を始めた。

 

「ご主人様、こちらのメイドが当店の目玉店員でございます。左から筋肉、女装、チートとなっております」

「筋肉です」

「・・・女装です・・・」

「チートだぜ!」

「うるせえよ!」

 

ツッコまねえと言っていた忍にも限界というものがあった。

店の入り口で迷惑になると分かりながらも手を大きく振り回し、貯めに貯めたフラストレーションを、特にボゥイへとぶつける忍。

「予想はしてたんだよてめえらがメイドやるって聞いた時から!絶対に鶴守はキモくなるし織斑はヒヨるってな!だが何だてめえはシューマッハ!何が起きたら女体化する!?」

「はっはっは!まぁ落ち着きねぇご主人様ァ!高血圧なのかい?なんならショウガとトマトのスープでも作ってやろうかい?」

「血圧下げる食いモンなんざ要るか!どういう理屈だって聞いてんだよ!」

「お?なんだい気になるのかい?」

見た目は完全に美少女メイドと化したボゥイは何の遠慮も無くスカートを捲り上げ、ガニ股になって何もついていない股間をパンツの上からぺちんと叩く。

はしたないというレベルではない。

 

「オレぁインフィニット・ストラトスだからねぇ。量子の変換で男も女も自由自在さね」

「・・・・・・そういう事かよ・・・!」

ボゥイ・シューマッハは脳と心臓以外はISコアから精製される量子にて形作られた偽りの肉体、いわば人型のISなのである。

ゆえに、本来はこれと決まった外観を持っておらず、急所である脳と心臓に負荷がかかるような変身でなければある程度自由に行えるのだ。

とはいっても、今のボゥイにはせいぜい男か女に肉体の形を変化させられる程度である。

忍ほどの知能があるなら冷静に考えれば分かる事であったが、言われてようやく合点がいった彼はバカの代名詞たるボゥイに一本取られた気分になって眉間に皺を寄せた。

 

なるほど確かにチートである。

 

健全な男子高校生がメイド服を着るのは、そういった格好が好きでなければただの罰ゲームであるが、華奢な女子の身体と化したのなら別段恥ずかしくも何ともないのだ。

そして事情を知らない一般の女子達には女装の上手さをアピールして誤魔化している次第である。

 

そんなボゥイがけらけらと余裕こいて笑っているのを、綾と一夏はふるふると肩を震わせ、もはや我慢ならないとばかりに指を差して激昂した。

「というか・・・ズルいんですよシューマッハは!僕らが屈辱に耐えてこんな格好しているのに何ですかその逃げ方は!理不尽でしょう今すぐ男に戻りなさい!」

「そうだそうだ!贔屓だ!横暴だ!理屈はよくわかんねぇけど卑怯だぞボゥイ!!」

「ファーッファッファ、負け犬の遠吠えが心地良いねぇ。残念ながら今のワタシはボゥイではなくガァル・シューマッハなので?」

「そ、そのネーミングがまたムカつく!!」

声まで女性にしているボゥイならぬガァル・シューマッハは、羞恥と憤怒を向ける綾と一夏の罵倒をものともせずにくるりんと回ってみせる。

本当に、本当に見た目だけなら元気な女の子なのである。見た目詐欺なのである。中身がバカなだけなのである。

なのでフェミニストたる綾としては殴るわけにもいかずに拳をいからせるだけで、一夏もまた悔しそうに歯軋りするだけで手をあげられずにいるのだ。

きっと男に戻ったらリンチだろう。

 

「おまえたち、いつまでも油を売ってないで働け!人手が足りてないんだぞ!」

と、ようやくまともに給仕として走り回っていたラウラから檄が飛ぶ。

ミリタリー風の黒系迷彩柄メイド服が、眼帯を愛用している彼女にはよく似合う。

「いらっしゃいませご主人様!すぐ席へご案内しますね!」

つい、と忍へ近づき手振りで案内をするのはシャルロット。

プードルのような垂れ耳を頭に乗せ、鎖骨が大きく露出したミニフレアのフレンチメイド姿がナチュラルなショートヘアと相まってとてもセクシーかつフェティッシュだ。

本人も女の子らしい可愛い格好が出来るのがよほど嬉しいのか上機嫌に見える。

 

「ごゆっくりどうぞェ~!」

「寿命尽きるまで黙ってろ」

手を振るガァルちゃんに毒を吐きながらシャルロットの後に続く忍。

さながら専属メイドと化した簪が席を引き、忍とマドカを座らせると、やたら威圧感のある和服メイドの箒が言葉少なに湯呑みの茶をドン、とテーブルに置いた。

「茶だご主人様」

「服装は似合うのに給仕が似合わねえなてめえ」

「悪かったなご主人様」

忍の言う通り、箒の和服メイド服は赤色の生地の膝丈まで伸びるスカート、巫女服のように裾が広い上着、その上からエプロンを重ねたシックなイメージで、和の印象が強い箒にはよく似合っている。

ただし、こういったフロア仕事に慣れていないのが丸わかりのため、惜しむらくは笑顔が足りていないのである。

 

「ほいほい!ケーキの盛り付け終わったからカットしといて!もうすぐジュレも固まるからメニューに足しといてね!あとラウラ!つまみ食いすんなっ!」

「くそぅ、なぜバレるのだ・・・!」

こちらは手早く調理場を回す鈴である。

中華料理店の娘だけあって非常に手際よく、細かな気配りも出来るのがとてもポイント高い。そしてつまみ食いとお残しは許さない。絶対にだ。

薄い朱のチャイナ風メイド服は袖も短く調理向けで、スカートは細く長めだが大きくスリットが入っているため、ちらちらとのぞける細長い脚がなんとも可憐である。

 

「はい、どうぞお嬢様。メニューでございますわ」

地味に使い込まれた感のあるヴィクトリアンを着て、品書きをマドカへ渡すのはセシリアだ。

使用感があるのはそれもそのはず、幼馴染である専属メイドから送られてきたお古であり、そんな彼女の見様見真似でメイドを演じるセシリアである。

「てめえは・・・」

目を細めてセシリアをみやる忍。

「あら、なんですの旦那様?わたくしの卓越したメイドっぷりにお褒めの言葉でも頂けるのかしら?」

「コスプレ感ハンパねえな。そういう店か?」

「ちょっと表に出なさい旦那様?」

「はい申し訳ございませんねうちのセラが!」

目を細めて吐き捨てる様な物言いをする忍に向かい、親指で教室の戸を指差すセシリアを素早く小脇に回収して去って行く筋肉こと綾。

彼氏的にあまり他の男と楽しく会話されるのが面白くないというのもあるが、放っておくといらん事まで言ってセシリアを激怒させる忍の短絡っぷりが目に見えているからでもある。

 

離れたところで腕を組んでぷんすかと怒るセシリア。

「なんですのあの男は!本職を見て育ったわたくしにコスプレ感だなんて!」

「仕方ないでしょう、君はどちらかといえば奉仕される立場なんですから。セラはメイドよりもっと凛々しい格好の方が似合っていますよ」

「・・・わたくしのメイド服が不服ですのリョ~ウ?」

「不服ですとも。僕は君と対等でいたいのでね、いつものISスーツの方がずっと魅力的です」

「ふーんだ。わたくしは遊園地でデートした時の貴方が一番格好良かったと思ってますわ?リョウのISスーツなんて見飽きましたもの」

「・・・あれは・・・実は準備に3時間かけてましてね・・・」

「そんなに気合入れてましたの!?」

「当たり前でしょう君とのデートですよ!?」

「お前らイチャついてないで仕事しろよ!!」

自爆芸が炸裂する直前でカットに入る女装一夏。

このバカップルは赤くなり始めるとしばらく使い物にならなくなるので、そういう意味では慣れたものでありナイスカットである。筋肉の話ではなく。

 

気付けば自分達親子以外にも結構な数の客が来店しており、自分達が即入れたのは時間が早かったというのもあるが、簪による優遇もあったのだろう。

その簪と言えば忍の隣にメイドっぽく立っており、メニューをながめる忍は気が散るのか視線ちらりと向けて言う。

「おまえは働かなくていいのか」

「今の時間は非番ですので」

「だったら座りゃいいだろうが。何してんだよ」

「私はご主人様のメイドですので」

「やかましい。おれはアイスコーヒーで」

(わたし)、オレンジジュースとケーキ!」

突っ込むのも面倒な忍はしっしっと手を振ると、通りかかったシャルロットへオーダーを投げかける。

 

「かしこまりました!・・・ところで忍さん?」

「んだよ」

「簪とはその・・・どのくらい進んでるんですか?」

「さっさと注文持ってこい駄メイドが!」

「ひゃいいっ!」

 

マドカや簪との関りをへて少しは柔らかい態度となったと思えども、やはり口の悪さはノーマルオプションな忍である。

興味本位で尋ねたシャルロットは弾かれる様に小走りで小皿へ鈴の作ったケーキを乗せ、小さく溜息をついた。

「ふぅ、怒られちゃった」

「あんた、よくあのガングロホスト風に話しかけられるわね・・・」

呆れ顔の鈴。

首を傾げるシャルロットは鈴の言葉の意味をいまいち理解出来かねている様子だが、そんな彼女達へボゥイ・・・ではなくガァルと化したボゥイ、えぇい面倒臭い。ボゥイが楽し気に注文を書いたメモを持ってきた。

「なんだいリンちゃん、差別かい?よくないねぇ」

「違うっつーのボゥイ。あれが悪いヤツじゃない事くらい分かるわよ。それでも見た目と態度がヤな感じでしょって」

 

鈴は阿宇ではなくボゥイと呼び、ボゥイは阿鈴ではなくリンちゃんと呼び合うようになっていた。

幼い頃に邂逅した事のある少年を全く覚えていない鈴は、自分が無意識にボゥイを阿宇と呼んだ事に違和感しか感じていないし、ボゥイもまた、憧れの少女だった鈴を逆に守れるように―――その加護から脱する事が出来る様に、決別の意味を込めての事である。

ボゥイが持っていた憧れは恋愛的な意味を持たない。

強いて言えば感謝、羨望、憧憬。

こんな人になりたかったという宇泽(ユゥゼァ)の願望を胸に、ボゥイは今を生きている。

だからボゥイなりに鈴と対等な立場で接したかったし、鈴からしても献身的な眼差しで迫られるよりカラっとしたボゥイの態度の方が好意的に受け止める事が出来た。

 

(本当に、人間関係って不思議だな)

そんな二人を夏休み中ずっと見続けてきたシャルロットからすれば、どこか付き合いだす前の綾とセシリアと同じような雰囲気を感じ取ってしまうのだが。

違うのは鈴が好きなのはボゥイではなく一夏であるという事なのだ。

それはきっと、ボゥイも勘づいている事だろう。

鈴とボゥイが将来的にどのような関係に行きつくのか、楽しみなようで怖くもあるシャルロットは、とりあえず第三者視点で見守る事と決めていた。

 

「はい、ケーキとコーヒーとジュースあがったわよ!ほらシャル、ボケッとしない!」

「あ、ごめんごめん!」

鈴にせっつかれ、慌ててお盆に注文の品を乗せていくシャルロットを不思議そうに見ているボゥイは逆に、誰にでも優しい、優しすぎる彼女をどこか心配になってしまうのであった。

「なんだろうねぇ、器用貧乏っていうか友達想いの空回りっていうか。こいつぁ将来が不安になっちまうねぇ」

「聞こえてるからねボゥイ!?あと人の事言えないでしょ!」

「おっと」

誤魔化すように「らっしゃっせー!」と声を張って去って行くボゥイには、シャルロットの悩みや経験してきた失恋の痛みなど知る由も無いのである。

 

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そうこうしているうちに学園祭二日目。

 

男の姿となった制服のボゥイと、メイド服のままのシャルロットと鈴は連れたって出店の群れの中を練り歩いていた。

この三人、今日は非番なのである。

 

「ねえ、あの三人・・・!」

「フランスのテロリストを撃退したっていうIS使いよ!」

「やだ、シャルロットさん写真で見るより凛々しくて素敵・・・!」

「鈴音さんも颯爽としてて格好良いわ!」

「ていうか何よあの男、ISが使えるからってハーレム気取り?気分悪いったらありゃしない」

「ああ腹立ってきたわ。一発ぶん殴ってやろうかしら」

「八つ裂きだ!この男の首を切って晒すのだ!」

「殺せ!殺せ!ぶっ殺せ!」

 

黄色い歓声や嫉妬荒ぶる妬みの視線を受けながらも、ボゥイと鈴は慣れた様子で手を振って返す。

「あっはっは、有名人はツラいわねぇ~」

「人気者の宿命さね。こいつぁSPを呼ばなきゃいかんかもしれん」

「ボゥイ気付いて・・・キミ一人だけめちゃくちゃ嫌われてるよ・・・」

縮こまってついていくシャルロットの言う通り、鈴とシャルロットへ注がれる眼差しは憧れや尊敬といったものであるが、ボゥイに投げかけられるのは胡散臭いものを見る目、専用機を持たぬ女子生徒からの疎まし気なものである。

さもありなん、唐突に男性IS使いとして現れ、その上貴重なツインコアの機体を有してIS学園へと現れたのだ。

大きな成績をあげられていない上級生はもちろんのこと、同級生からもボゥイを知らぬ物からすれば気に入らないのも仕方がない。

まぁ普通に言われ過ぎな感はあるが。

 

とはいえ当のボゥイからしてみれば他人事。

他者から疎まれる事など車椅子時代で慣れ切ったという事もあるが、立って歩く事も出来なかった不遇な時代を思えば屁でもない。無敵状態である。

むしろそんな視線など「どうだ見ろ!オレはこうして歩けるんだぜ!」とでも言いたそうに自慢げな表情で返してみせるほどだ。

 

「おっ、リンちゃんチョコバナナあるぜ!タコ焼きもいいねぇ、どっち食うよ?」

「どっちもに決まってんでしょ!バナナは任せるわ!」

「あいよっ!」

 

コンビネーションもフットワークも良く、ボゥイと鈴はそれぞれ分かれて三人分の食べ物を買ってきて、シャルロットと分け合って食べる。

「仲いいなぁ、ふたりとも・・・」

「何言ってんの。シャルとだって仲いいわよ」

「そういうことじゃなくて・・・」

「なんだいシャル子、お前さんだって好きな食いモン買ってきていいんだぜ?ほれバナナ。食えバナナ。チョコとバナナの組み合わせなんて誰が考えたんだろうな、奇跡のコラボレーションだぜ?リンちゃんがバナナでシャル子がチョコ。で、ふりかけみたいのがオレ。オーライ?」

「全然意味わかんないよボゥイ・・・」

押し付けられたチョコバナナをもぐもぐと食べながらジト目でボゥイをにらむシャルロット。

鈴とシャルロットの仲の良さと自分のおまけっぷりを表現しようとしたようであるが、全く通じずにちょっとしょげるボゥイであった。

 

「ところで鈴は一夏と一緒じゃなくて良かったの?」

特に目的も無くグラウンド周辺を歩く三人。

シャルロットの問いかけにたこ焼きをごくりと丸呑みした鈴は不満気に唇を尖らせながら応答した。

「べ、別にあたしは一夏の事なんかどうでもいいんだからね?あれ、あれよ。後夜祭のキャンプファイヤーは一緒に見るからいいのよ。うん、いいの」

「お、リンちゃん男口説くのヘタクソかい?」

「もうちょっと歯に衣着せなさいよバカボゥイ!」

げし、と脛を蹴りつけてくる鈴に陽気な笑いで返すボゥイ。

なぜこうもデリカシーが無いのかと溜息をつくシャルロットであるが、その後に続いたボゥイの持論に目を丸くした。

 

「自分に素直になれねぇってのは誰かの視線が気になって仕方ねぇって証さ。そうだろ、誰もいない自分の部屋でならいくらでも自分の好きな事が出来ても、誰かの目があると出来ない事はある筈さね。リンちゃんはそんなにイチ助が好きだって思われるのが嫌なのかい?」

「そりゃ、それは、その・・・」

らしくもなく、視線を彷徨わせる鈴。

というかボゥイの一夏に対する三人称はイチ助なのか。

「オレは阿鈴にゃ自分に胸張れる恋愛をしてもらいたいねぇ」

「あ、阿鈴って呼ぶな、バカボゥイ・・・」

「はは、リンちゃんと意味同じだべ」

珍しく年上らしい言葉で励ますボゥイに、少し照れ顔でそっぽを向く鈴。

彼にも相応の恋愛観みたいなものがあるのかとシャルロットは意外そうにボゥイの顔をみやる。

それに気付いたボゥイはシャルロットへにこりと笑いかけ、

「恋ってのは戦いだろ。勝ち取りたいヤツがいて、他にもそれを狙うヤツがいるなら攻めなくてどうすんだい。間女や重婚や浮気相手でいいなら足踏みしてりゃいい。でもリンちゃんはそういう子じゃねぇだろ?」

「・・・・・・・」

「自分が一番じゃなきゃ満足出来ねぇホームラン狙いなら、恥も外聞も捨てて隙を逃さず攻めまくれ。オレの知ってる阿鈴はそういう女だぜ」

食べ終わったチョコバナナの棒を鈴へ向け、ウィンクしてみせるボゥイ。

 

ぐぐっ、と震えた鈴は、やがて頭を掻きむしると食べかけのチョコバナナをボゥイの口に突っ込んで、

「そんなんっ、あんたに言われなくたってわかってるっつーのっ!!」

悔し気に、けれど嬉しそうに八重歯を見せつけ、鈴は校舎へと走っていく。

きっと一夏の元へ行くのだろう、置いて行かれたボゥイはもごもごとバナナを咀嚼しながらそのツインテールを揺らして元気に駆ける背中を目で追った。

 

そんなボゥイを覗き込むようにシャルロットは近づく。

「・・・いいの?鈴、行かせちゃって」

「ほ?なんでだい?」

「ボゥイは、鈴の事が好きなのかと思ってた」

チョコバナナの串を二本まとめて折ってビニール袋へと放り込むボゥイへと、シャルロットはおずおずと言う。

対してボゥイは、片眉を吊り上げて口の端に皺を作るという何とも言えない顔芸で返す。

「な、なにその顔?」

「あれかい?シャル子は男と女の関係が恋愛ありきだとでも思ってんのかい?」

「そ、そういうワケじゃないけど・・・」

「ま、今のオレは男にも女にもなれるワケわかんねぇ存在だけどな」

ダストボックスへ食べ終わった紙皿や串などを捨てると、ボゥイはうん、と伸びをする。

そんな彼にハッとするシャルロット。

「もしかして、自分が普通の人間じゃないからって鈴を諦めて・・・?」

「少女漫画か!」

「あ痛たたたたたた!!!」

深読みするシャルロットの両こめかみを親指で押しやったボゥイは、涙目となった彼女へ鼻息を吹っ掛けると腕を組んで歩き出す。

 

「オレぁ恋愛事にゃ興味がねぇってだけさね。そりゃ阿鈴の事ぁ好きさ、尊敬してる。あいつにゃいつまでもオレの目標でいてもらいてぇってな」

「目標?」

「隣じゃなくて、前を歩いていて欲しいって意味さ」

小走りに追いかけてきたシャルロットへと、人差し指をつつい、と動かして自分と鈴の距離感を示すボゥイ。

 

「あいつぁ周 宇泽だった頃のオレに希望をくれたカッコいい女さ。それを惚れた腫れたで例えられちゃたまんねぇや。阿鈴がオレに優しさをくれたのはオレに好かれたいワケでも恩を着せたかったワケでもねぇ、ただそう在りたかったって誇り高い姿に『助けられたから好きになっちゃいました』なんて申し訳なくてみっともねぇだろ」

 

「っ・・・!」

その言葉はシャルロットの胸に深く突き刺さる。

綾に救われ、恩を感じ、恋に落ちた自分を否定されたような、そんな感覚。

「オレが阿鈴に返すのは義理と生存さ。あいつに貰った勇気と正義を貫いて、この嘘の体一つで死ぬまで生きる。あいつが困って立ち止まってたら背中を押してやる。そういうモンだろ、絆ってのは」

「・・・ボクは・・・」

果たしてそうなのだろうか。

自分のしてきた恋は、ただの恩返しのための献身だったのだろうか。

―――ふと、箒から言われた言葉を思い出す。

 

「誰かに恩を感じるのはいいが、それを返す事に夢中になるな。誰もお前に恩返しされるためにお前と接していた奴なんていない。仮に誰かのお陰で助かった事があったとしても、その中で成長を感じられたのならそれは間違いなくお前自身の力なんだ」

 

・・・自分が夢中になっていたのは、綾ではなく、恩を返したいという自分自身だったのではないか。

本当に自分は綾の事が好きだったのだろうか。

セシリアのように、彼を理解して、支えようとちゃんと考えられていただろうか。

 

段々と自信を失っていくシャルロットの歩みが遅くなってきたのに気付いたボゥイは、こそこそと背後に回ると彼女の両肩に手をやって力を込める。

「んきゃあっ!?」

「ファッファッファ、凝ってますねぇお嬢さん。最近巨乳すぎるんでないかい?」

「せっ、セクハラだよボゥイの馬鹿っ!!」

手を回してボゥイを振り払うシャルロット。

そんな反応を見てニッと笑ったボゥイは、そうでなくちゃと指を差す。

 

「そう、オレはバカだ。お前さんもそうあるべきさ、お前さんは賢過ぎるのが欠点だ」

「ボ、ボクにボゥイみたいな取り返しのつかないレベルの変態的なバカになれっていうの!?」

「そんなに」

 

思わず顔を青く染めるシャルロットに、複雑そうな顔で手を振るボゥイ。

「ちゃうちゃう、聡明なのはお前さんの美点だがそれだけじゃただの頭でっかちだろ?何が正しいかの物差しなんて、お前さん自身で持ってりゃいい。けど、あーじゃなきゃおかしい、こーじゃなきゃダメだなんてドツボにハマるだけなんだからいちいち考えなさんなってハナシさね」

「それって・・・」

「もっとお前さんは、自分の事を好きになっていいのさ」

それはシャルロットにとって考えた事も、思いつく事すらなかった発想。

また、今度は鈴に言われた言葉を思い出す。

 

「アンタは賢すぎんのよ。もっとバカになっていいの。自分に自信もって、助走つければ壁を乗り越えていける力があるんだから。迷ったら自分の心に問いなさい、きっと答えは最初からそこにあるわ」

 

あれはそういう意味だったのか。

これまで走り、育ててきたシャルロット・デュノアを・・・もっと認めてもいいのだと。

綾を好きだと感じた事は間違ってなんかいない、間違えた事なんてなかった。

そこに正解も誤りも最初から無かったのだ。

ただ、どうすれば良かったのか、何をしていれば正しかったのかと問いかけ続けて迷い続けていた、それだけの事だった。

答えは最初からそこにあったのに、見ないふりをして別の回答を探していただけ。

シンプルに考えれば、そう。

 

綾を好きになって、フラれた。

たったそれだけの事だったのだ。

 

「ふふっ」

 

ずいぶんと遠回りしたものの、シャルロットはそれに気付くとなんだかおかしくて、自分自身に笑ってしまうのだった。

なんてしつこい女。なんて諦めの悪い女。

無様に逃げ道を探して彷徨って、辿り着ける場所なんてここしかないのに。

どんなに願っても時は巻き戻らないのに、ひたすらにやり直しと正解を求めていたのだ。

そんな自分が可笑しくて、同時にひたすたに愛しくも思う。

ああ、シャルロットはこんなに愉快な女の子だったんだ。

 

「ホントだね、ボゥイ。ちょっとバカになっただけで、こんなにスッキリするんだ」

ほんのりと涙を浮かべて肩を震わせるシャルロットは、ようやく全てを受け容れる事が出来た。

バカになっていい、なんて分かりにくい言い方をしてくれたものだ。

最初から、ボクはバカだったんじゃないか。

 

くしゃりとシャルロットの頭を撫でたボゥイは、優しい眼差しを向けたまま言う。

「頭使うべき時とそうでない時を使い分けるスキルを身につけりゃいいのさ。オレはバカだから勘でしか行動できねぇが、お前さんならそれが出来る。そいつぁ誇っていいお前さんの強さであり弱さだ」

「あはは・・・なにそれ、慰めてくれてるの?」

「そんな器用に見えるかい?」

「ううん、ボゥイはバカだもんね」

涙を拭って笑顔を作ったシャルロットの表情には曇りなく。

ようやく失恋のしこりから本当の意味で解き放たれた可愛らしい少女の瞳にどきりとするボゥイ。

「おぉう・・・やるじゃねぇか、シャル子のくせに」

「何言ってるの!ほら、早く行こう!」

たじろぐボゥイの背中を叩いたシャルロットは手招きをしながら走り出す。

溢れんばかりの眩しい笑い顔を振りまきながら。

 

「ボゥイはバカだけど、ボクはそんなボゥイの事、好きだよ!」

 

いたずらっぽい言い方で校外の展示物へと走りゆくシャルロットを眺め、ボゥイは顎を引いて目を細める。

「ああいう天然小悪魔系ってのは怖いねぇ・・・ときめいちゃったらどうすんだい」

おどけた風にぼやきつつ、ボゥイはシャルロットの後を追って走り出す。

人は変わる。変わるという事は、何かを乗り越えるという事。

また一つ成長したシャルロットという少女は、怒りの業火に支配された仮面の男すら魅了しかねない、魔性の女に育ってしまうのかもしれない。

 




ちょっとお兄ちゃんっぽさを見せたボゥイと、吹っ切れたシャル子。

男子共のメイド絵、描こうと思ったけどそんな余力はなかった。
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