インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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シャルロットとボゥイが学園祭賑わう校庭を散策していると、ふと、第二アリーナが騒がしいことに気付く。

溢れそうな人だかりと歓声。

何かしらの催しでもあるのだろうか。

「行ってみようか?」

「おう、なんか盛り上がってるしな」

小走りに人混みに近づき、出入り口に並んで慣れ親しんだスタジアムの通路を通り抜け、フィールドへの通用口まで辿り着くとそこには。

先日まで白土だったグラウンドが泥の沼と化し、次々と生徒達がクレーンから吊るされたロープを握り、ターザンのように空中へ飛び出して干潟へと落ちていく。

 

まるで佐賀は鹿島のガタリンピックの一種目、ガターザンのようである。

 

「あっはは!なんだこりゃ!」

「うわぁみんな泥まみれ・・・何でこんな事やってるの・・・?」

そんな様子に大笑いするボゥイと冷や汗を流すシャルロット。

と、そこへ訳知り顔の千冬が山田先生を伴って彼らの傍へとやってきた。

「ん?なんだ、デュノアとシューマッハ、お前達も参加希望か?」

「い、いえいえ!あの、これ何ですか?」

「ああ、知らないで来たのか」

腕を組みつつまた一ペア落ちゆく姿を眺める千冬に代わり、山田先生が人差し指を立てて解説を行う。

 

「IS学園恒例行事、ダブルガターザンです!二人一組でロープを握り、勢いをつけて飛び出して、より遠くまで飛んだ人が優勝!優勝コンビにはなんと、IS学園が保有しているインフィニット・ストラトスを二機プレゼントとなっているのです!」

 

「ISを!?」

「ああ。来たる専用機チームバトルの参加者を増やすためのオリエンテーションだ。文字通り泥にまみれてチャンスをつかむというわけだな」

唖然とするシャルロットへと、どこか他人事のように説明する千冬。

彼女的にはそもそもIS黎明期から専用機を与えられており、かつ教師になってからはそんな事をする必要も無いのだからさもありなん。

「今回贈呈されるISは、配備されたばかりのデュノア社新型・コスモスなのですから、参加者の熱気も例年とは違いますよ!」

「あ、うちの新型もう届いてたんですか・・・」

 

コスモスとは、デュノア社がツインコアドライブと同時に発表した新型量産機である。

ツインコアを内蔵はしていないものの、外付けでそれを成しえる拡張パックを後日に発売する予定であり、そうでなくとも現存する打鉄やラファール・リヴァイヴよりも高性能な機体である事に変わりはなく、シャルロットのフェニックス・リヴァイヴにもコスモスのパーツが使用されている。

操作系統のスムーズ感、標準装備されたガーデン・カーテン、センサー類の強化。

第二世代機をとことんまで煮詰めたといえる出来栄えのISに、世界中の注目を集めている。

前々からIS学園への配備が決まっており、その数30機。

うち10機を先行配備され、うち二機が景品として扱われているというわけだ。

 

「ま、お前達は既に専用機を持っているから、関係のない行事ではあるがな」

「そ、そうですよねぇ・・・」

「お?なんだいシャル子、参加しないのかい?参加するだけなら専用機持ってたっていけんだろ?」

「いやちょっとボクは遠慮しとく・・・」

好き好んで泥まみれになる趣味はないシャルロットであるが、隣に立つボゥイはなんだかやる気だ。

目にしたものはとりあえずやってみたがる、好奇心の強い子供のようである。

「はい、過去に専用機持ちの生徒が優勝した事もありましたが、その場合は他の仲の良い生徒へと贈呈していましたね」

「な、なるほど、二位になってもコスモスはもらえないんですね。シビアだなぁ・・・」

「能力のある友人とのコミュニケーションも評価の基準とされるのだろう。私の代にこんな行事が無くて良かったよ。間違いなく参加させられるからな」

ぼやくように言う千冬。

そもそも千冬の時代にはまだIS学園すらなかったのだが。

しかし、それならこの参加人数と盛り上がりも納得がいく。

IS国家代表を目指してやってきたのだから、こんな汚れ行事だろうと率先して挑戦し、コスモスという新型機を専用機としてチューニングすれば、未来が拓ける可能性が見えてくるのだ。

専用機を持たない者からすれば、たとえ無駄でもやらない理由などないのである。

自分も、デュノア社の子供として迎え入れられていなければ、あそこに立っていたかもしれないと思うシャルロット。

あんな風に泥まみれになって、汗と涙を流して、希望を掴み取るために息を切らせていたのかも。

そう思うと、今ここで見ているだけの自分がなんだか申し訳なくも感じるのだ。

 

「よし、じゃあオレ達も出ようぜ!」

「それとこれとは話が別かなぁ!」

「なんっだい!いまの完全に出場する流れだったべ!?」

「思っただけですー!せっかくのメイド服を泥んこになんてできませんー!」

「おっと、それもそうさね。んじゃ仕方ねぇか」

「そうそう。ここは傍観に徹して・・・」

「脱げシャル子」

「言い方!!!」

ボゥイに対しては遠慮を失ったシャルロットの平手が肩口に炸裂する。

漫才さながらのやり取りに笑う山田先生。

よく見れば千冬すら口元をぴくぴくとさせて笑いを堪えていた。

「心配すんなって、どうせその下ISスーツ着てんだろ?もうシャル子の肌なんか見慣れてんだから今更気にもならんって」

「だから言い方!!一度として大事なところなんか見せた事無いでしょ!?出たいなら他の子誘いなよ!なんでボクを巻き込むの!?」

「ノリ」

「それだけ!?」

「まぁまぁ二人とも、そのへんに・・・」

仲裁に入る山田先生に免じて引き下がるシャルロット、不満気にぶーたれるボゥイ。

その後ろでは千冬が壁に手を当ててぷるぷると震えていた。

よほどデュノア漫才がお気に召したらしい。

 

そうこうしているうちにまた新しく体操服の女子が重なり合って泥池へと飛び込んでいく。

その姿に見覚えがあるシャルロットは、三位という好成績を残したもののIS獲得には届かなかった二人がこちらへやってくるのを出迎えた。

「ミーア、ダーシャ!?」

「あー、シャルちゃん~・・・」

「もーサイアクっ!こんなになったのに成果ナシなんてー!」

簪の取り巻き、ミーア・デイヴィスとダーシャ・ラメッシュ・カーンが泥にまみれた髪を振りながら歩いてくる。

 

彼女達は専用機を持たないAクラスの女子の中で、実力的には上位に入る二人である。

事実、ミーアの射撃はセシリアに精密さでは及ばないものの、武器を選ばず総合力に長けるため中~遠距離での戦いで無類の強さを発揮し、ダーシャの接近戦はラウラを欠いた三組のシュヴァルツェ・ハーゼを押し切る程の底力があった。

こんな二人でも、縁やコネが無ければ専用機を得る事が出来ないのがIS業界の現状であり、コアの数が絶対的に足りていない事を如実に示しているのである。

 

がくりと肩を落とす二人は、涙ぐみながらも無念を口にする。

「専用機があれば、また簪ちゃんと一緒にチーム戦出れると思ったのになぁ・・・」

「ちょっとでもカンザシの力になりたかったのに、これじゃ目も当てられないよ!」

「ミーア、ダーシャ・・・」

沈む二人にかける言葉が見つからないシャルロット。

 

山田先生に慰められる二人と、切なそうな表情のシャルロットを眺めたボゥイはこれ幸いとばかりに手を叩く。

「よし、オレとシャル子で新型ISとやらをゲットしてきてやるぜ!」

「えっ?ほんと!?」

「出てくれるの、シューマッハ!?」

「ちょちょちょちょちょちょ!!ボゥイだからボクは・・・!」

ボゥイの提案に、ミーアとダーシャは希望の花を咲かせるかのように期待の眼差しを向ける。

慌ててその口を塞ごうとするも、失意の二人を前にして「出ない」という言葉を出しにくいシャルロット。

それを分かっていながらボゥイはここぞとばかりに拳を作って胸を叩くのだ。

「任せなって!オレはやる時ぁやる男だぜ!」

「じゃあ、お、お願い!一位になって、私たちにコスモスを譲って!」

「こんな事頼むの情けないって分かってるけど、それでもアタシ達はカンザシのために何かしたいんだ!」

「う、うぅっ・・・!」

友情と泥の狭間で頭を抱えるシャルロット。

しかし優しすぎる彼女が出す結論など決まっているも同然なのである。

 

「・・・・・・わ、わかった、ボク、がんばるよぅ・・・」

「シャルちゃん・・・!」

「ごめん、お願いシャル!信じてるから!」

ミーアとダーシャに手を握られて激励されたシャルロットは、しぶしぶと覚悟を決めると着ているメイド服をつまんで溜息をついた。

「・・・これ、可愛いから着てたかったんだけどなぁ」

「何言ってんだい、シャル子は最初から可愛いんだから格好なんて関係ねぇべ」

「かわっ・・・!」

しれっと真顔で言ってのけるボゥイに知らず頬を染めたシャルロットは、誤魔化すように顔を背けて言う。

「・・・そんな事ばっかり言って。でもどうしよう、ISスーツを泥んこにするのもなぁ。だからって今から部屋に体操服取りに行くのも・・・」

ISスーツは体操服と違い、運動に使うよりもISとの適合性を補助するために着る意味が強い。

ただのナイロン製スクール水着に見えても高度な技術が山ほど詰め込まれているのである。

 

そんなシャルロットの様子を察したボゥイは、どうにかせんと自身のISクリスタルを取り出して念じ始める。

「ぬぬぬぬっ・・・!」

「え、何してるの?」

「うおおおおオレのIS量子よシャル子の着替えを産み出したまえーーーっ!!」

「なにその気持ち悪い発想!?」

身体の9割がたをIS量子で形成されているボゥイが、リベリオンの余剰粒子を形にすべく想像力を流し込み、その様子にドン引きのシャルロット。

常識的に考えていくら規格外の存在であるボゥイでもそれは無理だろうと。

 

だがしかし、その時ふしぎなことがおこった。

 

ボゥイが気合を込めるにつれ、碧の粒子が彼の手の中に収束されていき、じわじわと衣服の形を象っていくではないか。

驚きに目を見張る山田先生、ミーア、ダーシャ。

表情を強張らせるシャルロット。

やがて光が収まると、一枚の赤ブルマと半袖体操服がボゥイの両手に握られていた。

体操服の胸のタグにはヘタクソな文字で『しゃる子』と書かれている。

 

「できたーーー!!!」

「キモいわーーーーーーーっ!!!」

 

会心の笑顔を浮かべたボゥイの頭を、シャルロットは脱いだ上履きで思い切り叩きつけた。

スパァン!と小気味良い音が鳴る後ろでは、千冬が笑いを我慢できずにへたり込んで床を何度も叩いている。

そもそもこの時代になぜブルマなのか。もしかしたら好きなのかもしれない。

ツッコミの痛みなどどこ吹く風、ボゥイはにこやかに手にした服を差し出し、

「よし、これ着ろシャル子!出来たてホヤホヤのフェルミオンブルマだ!」

「イーーーヤーーーだーーー!!!そのネーミングも発想も気持ち悪いけどそれ着るのはもっとイヤーーーーーー!!!」

「ふぇ・・・ふぇるみおん、ブルマって・・・くっ、ふくくくくっ・・・!」

もはやブリュンヒルデなどという優美高妙な呼ばれ方が相応しく思えないレベルの破顔を手で覆って笑い転げる千冬である。

こんな大爆笑している織斑千冬は色んな意味で他では見れないであろう。

 

心の底から拒否の姿勢でいやいやするシャルロットであったが、ちらりと腕時計を見た山田先生から忠告を受ける。

「デュノアさん、参加エントリー期限まであまり時間ありませんよ?」

「そ、そんなぁ・・・!」

「シャル、アタシらがシャルとシューマッハの名前エントリーしとくから、それ着て準備お願いね!」

「ま、負けないでシャルちゃん!」

焦り気味に受付へと走っていく泥だらけのミーアとダーシャ。

それを止める事も出来ずあわあわと目を回したシャルロットは、やがてがっくりと項垂れて観念するのだった。

 

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スタジアムの広さは全長2km程あり、その4分の1ほどがガターザンのステージとして広大な泥沼と化している。

観客席は満員、ライトアップされた照明がギラギラと照り付ける。

シャルロットとボゥイが準備を整えてスタジアムのステージに順番待ちする頃には、すでに彼ら含め参加者の残りは二組のみとなっていた。

発着台の高さはだいたい20m、自在に空中を飛び回るISを使用している者でも思わず足がすくみかねない高さである。

ルールは単純、二人組でロープを掴んでより遠くへ飛んだペアが勝ち。

片方をより遠くへ飛ばすも、二人そろって飛ぶも自由。

ペアのうちより距離を稼いで着池した方のスコアが取得点数となる。

そしてシャルロット達以外のペアとは、ダーシャとミーアがここまで頑張っているのに彼女が参戦しない筈も無い、更識 簪と架神 マドカのペアである。

 

「簪!キミも参加してたの?」

「デュノアさん・・・え、なに、その、なに?」

 

緊張気味な体操着姿の簪と、そんな簪を助けるべく一肌脱いだ形のだぼだぼシャツマドカ。

マドカの格好は「やめとけ」と制止した忍の忠告を振り切って出場しようとする彼女へ、仕方なしにもう着ないパパシャツを差し出されたのを着ているのである。

対して、フェルミオンブルマ装備型シャルロットと、またも女体化して赤と白の入り混じったレオタードとハイネックシャツの組み合わせにハチマキという、どっかで見た事のあるいでたちで腕を組んでいるボゥイっていうかガァル。

デンドンデンドンとBGMが聞こえてきそうである。

 

「え、デュノアさん、シューマッハくん、そういう趣味?」

「違うからね!?」

おともだち発見とばかりに眼鏡を光らせる簪を全力で否定するシャルロット。

残念そうにしょげる簪であったが、互いの目的が同じである事を察するとすぐに頷き合う。

「ミーアとダーシャのために、私が出来る事はこのくらいだから・・・!」

「かんざしは(わたし)が勝たせる!」

互いの為と気持ちを込める簪と、そんな簪のために頑張りたいマドカはとても正統派というか清純派であるが。

「もちろん、ボクたちも二人のために頑張るよ!」

「いざとなれば、ぶつけるまでよ!」

「ごめんボゥイちょっと黙ってて」

何をぶつけるのかは知らないが気合十分のシューマッハちゃんと、微妙に怒り気味のシャルロットはあからさまに色物タッグと化していた。

 

さておき、現在の一位の飛距離は45m。

大した数字であるが、問題はそれを取得した人物。

一位―――更識 楯無&ダリル・ケイシー。

生徒会長にして簪の実姉である楯無が強敵であるのはもちろん、ダリル・ケイシーはアメリカ代表候補生の三年生。

IS専用機ヘル・ハウンドを駆り、その腕前も楯無がパートナーとして選出するだけあってかなりのものである。

「姉さん・・・」

こんなところでも立ちはだかってくる楯無へ、燻った想いと共に眉間を寄せる簪。

 

しかし、簪の気持ちを知らぬ楯無は逆に、これで簪の気を引けるのではと期待しているのである。

「ふっふ・・・筋書きはこうよ。『ああっ、やっぱり私は姉さんに敵わないのね・・・』とがっくりする簪ちゃんに、『いいえ、私は簪ちゃんの仲間を思う心に敗れたの。このISはあなたの大切な友達へ渡しなさい』と、柔らかな笑顔で私は手を差し伸べる。『ああ、姉さん・・・!姉さんはいつも私の事を心配してくれてたのね・・・!』手を取り合う姉妹、蘇る家族愛、そして二人は仲睦まじく更識家を発展させていく・・・!」

いける!と扇子を握りしめる泥んこの楯無は、観覧席でひとり興奮気味に鼻息を荒くしていた。

この温度差が解消しない限り、姉妹仲が良くなっていく事など無いと思われるが素人考えだろうか。

「あ、アタシ仕事終わったんでシャワー浴びて帰るから」

ダリルといえばそんな楯無に興味もくれず、報酬の新型ICチップを手に泥だらけの服をはたはたと振りながらスタジアムを去って行った。

あまりやる気を見せない彼女は、性格的にもドライ寄りなのである。

 

パートナーがどこぞへ消えた事など気付かずに妄想にふける楯無を遠目に見つめた簪は、姉が自分と仲良くしたいと考えている事を知りながらも、それを受け容れる事を拒んでいた。

家族で姉妹なのだから仲良くしろと言われる事もある。

だが、簪にはその考え方は枷にしかならず、むしろ疑問にしかならなかった。

 

仲良くしろ?あんな薄っぺらい姉と?

私が父から罵声と暴力を浴びせているのを見ているだけで、父が去った後でやってきて「可哀想、可哀想」と安っぽい言葉をかけてくるだけの姉と?

成績の良さや実力を示すばかりで自分に何も教えてくれなかった、父と同様に私を放置していた姉と?

 

本当に助けて欲しい時に手を差し伸べず、良い姉としての体裁しか守らなかったあの女と、どう仲良くしろというのか。ふざけるのも大概にしろ。

妹を大事に思っていると口にするだけで具体的に愛する事をせず、守る事もない楯無は、簪にとっては父もろとも敵の様なものであった。

これまでは自分が無力で役立たずだから仕方ないと諦めかけていた、けど。

今の自分にはもう、楯無や父へ立ち向かうだけの気力と自信がある。

 

それは目の前のシャルロットとここにはいないラウラが、楯無を打ち負かした時に。

IS学園に通ううちに自分は無力なだけではない事を知った時に。

忍というヒーローと出会い、マドカという愛しい妹分を得た時に。

そのたびに更識 簪は、己の心の殻を破る事が出来たのだ。

 

もうあの頃の自分じゃない。見ているがいい、楯無・・・いや、刀奈。

更識家は私の代で終わらせて、あなたも更識の呪縛から解き放ってあげる。

「まず手始めに、ここで勝ってみせる・・・!」

「大丈夫、かんざしは強いよ」

「ありがと、マドカちゃん」

先に挑戦するのは簪&マドカペア。

マットの敷かれた階段を上り、お立ち台のような発着場に立ち、下方向を見下ろせば泥のプールが見渡す限りに広がっている。

ところどころ泥のひっついた麻縄のロープを二人で握り、開始の笛が鳴るのを待つ。

ミーアとダーシャのため、という気持ちは嘘じゃない。

それでも一番は自分のため。

楯無に負けたくないという簪自身のために。

「頑張れ、簪っ!」

「行け行けぇい!」

背中からもボゥイとシャルロットの応援が飛ぶ。

姉からの安っぽい、見下した言葉よりもよほど気持ちいい。

命を賭けて、一緒に闇の勢力と戦っている仲間からの言葉だから。

 

ジャッジ役の教師の笛が鳴る。

「いくよ、マドカちゃん!」

「うんっ!せーのっ!」

勢いをつけ、呼吸を合わせて、ロープを両手に、共に跳ぶ。

ロープは前後に遠心力をつけながら少女二人を軽々と抱えて舞う。

慣性によりロープの動きが止まる―――直前。

 

付着した泥に手を取られ、滑り落ちてしまう簪。

「あっ―――!!」

虚空を彷徨う両手。

ロープは遠く、もう戻れない。

ああ、またやらかした。

大きな事を言ったって、いつも自分はこうなんだ。

大事なところでミスをして、結果、楯無に可哀想となじられる。

あの頃の自分じゃないなんて、ばかみたい。何も変わっていない。

 

悔しい。

くやしい、なぁ。

 

自分自身の不甲斐なさに涙を浮かべる簪。

けれど、彼女はもう楯無に憐みの言葉をかけられるだけの無力ではないのだ。

なぜなら、仲間がいる。

 

「かんざしーーーーっ!!」

 

がしり、と片手を掴まれる。

はっと顔をあげると、両足でロープに捕まったマドカが、上半身を大きく伸ばして離れた簪の手をキャッチしたのだ。

「マドカちゃん・・・!」

「諦めちゃだめ!かんざし!」

挫けそうな時に支えてくれる人がいる。

きっと立ち上がれると信じてくれる人がいる。

それだって、立派な自分の力なのだ。

「うん・・・!」

涙を振り払ってマドカの手を握り返す簪。

「負けないよ・・・!」

マドカは織斑計画で産まれた遺伝子改良チルドレン。忍に完封されたとはいえ、一般の成人男性よりよほど強靭な腕力を有している。

その力をもって、慣性の法則に従い、簪を遠く彼方へ向け―――放る。

「いっけーーーーっ!!かんざしーーーーーっ!!!」

「やぁあああああーーーーーーっ!!!」

爪先から空を切って飛翔する簪。

構える姿はライダーキック。

彼女が憧れるヒーローの必殺技、その原点。

43m。

飛距離はのびていく。けれど、勢いは落ちていく。

44m。

だめだ、届かない!楯無の記録まであと少しなのに!

力いっぱい足を伸ばすも結果は変わらない、どうしようもない。

これだけ全力を賭しても、楯無には追い付けないのか。

「簪ッ!!」

その時。

観客席から低く、ドスの効いた声が簪の耳へと届く。

視線を向ければ―――椅子から立ち上がった白衣の男が、自分を見ていてくれている。

 

「ぶちかませ、簪!!!」

「しのぶさんっ・・・!」

 

憧れのダークヒーローが、大好きな男の人が、私の背中を押してくれてる。

嬉しい。

嬉しいっ!

こんなの、これで、勝てなきゃウソじゃないかっ!

「うああああああああーーーーーっっ!!」

雄叫びをあげる。

目に見えないブースターが背中から噴き出ているみたい。

もう無理だと思ってた気持ちに火がついて、奇跡だって目の前にある、そんな感覚!

永劫ほどの滞空時間を経て、簪は足の先から泥を派手に撒き散らしながら落ちていく。

 

結果、記録は――――45.1m。

 

「―――――はい?」

ぽろり、と扇子を取り落とす楯無。

歓喜に抱き合うミーアとダーシャ。

ガッツポーズを取るボゥイと両手を振り上げ飛び上がるシャルロット。

大歓声を浴びながら、顔に被った泥にむせつつも一位を勝ち取った事を知る簪。

「・・・勝った?私、楯無に・・・?」

信じられないと呆ける簪の元へ、勝利の女神たるマドカが勢いよく飛び込んでくる。

「かんざしーーーーーっ!!」

「ぷぎゃっ!?」

マドカに押し潰されるようにまたも泥の中へ沈む簪。

もはや頭の先から泥でべとべとになりながらも、マドカを抱きかかえて嬉しそうに笑う簪を眺めた忍は、つい熱くなっていた自分に気付くと居づらそうに席から離れていく。

「・・・学生と教師の恋愛は犯罪だぞ?」

からかうように隣に座っていた千冬からの皮肉が飛ぶも、忍は大袈裟に舌打ちすると、

「うるせえよ」

負け惜しみのように吐き捨て、首だけ振り返りながら、

「もしおれが本気なら、相手が学生だろうが勝ち取りに行くがな」

それだけ言い残して喫煙所へと去って行く忍。

想定外の返しに目を丸くする千冬、そして山田先生である。

「か、カッコイイですね、架神先生・・・!」

「いや・・・格好いいか?」

ちょっと胸キュンする山田先生と、まさか本当に簪を口説いたりしないだろうなと冷や汗を垂らす千冬。

 

また、凍り付いたように動きを止めているのは楯無だ。

「うそ・・・たかが遊びとはいえ、私が、簪ちゃんに・・・負けた?」

これまで全てにおいて簪どころか並み居る強豪を上回り、万能の天才っぷりをみせつけていた自分が。

こんなふざけた企画だろうと負ける要素など無い筈だったのに。

ほんの僅かな差だとしても、敗北するなど、ありえない。

綾と一夏に振り回され、モルドスライムのナノマシンに気付けず、ラウラとシャルロットに私闘で敗北し、ついに更識宗家から後継資格を剥奪されそうになり。

常に余裕で、人生を甘く見ていた楯無にとって、実力では簪にはまだ負けていないというのは、これまで失態を続けてきた彼女の最後の砦だったのに。

「どうなってるの・・・私、何も残ってないじゃない・・・!?」

虚ろな目となった楯無は、ゆっくりと両手で自分の頭を抱えた。

 

一位の記録が塗り替えられ、残るペアはボゥイとシャルロットのみ。

忘れていた人もいるかもしれないので再確認である。

「あの、ボゥイ?もうミーアとダーシャにコスモスが渡ったも同然だし、辞退しない・・・?」

「今更遅くねぇかい」

「そうだけど!これはさすがに想定外っていうか!」

「それが、人生じゃね?」

「うっざぁ!?」

もはや遠慮なしを通り越して扱いが雑である。

シャルロットがこんな扱いをする人間などボゥイ以外におるまい。

それが光栄かどうかは別として。

 

シャルロットの手を引いて発着場に立ったボゥイは両手を挙げて観衆からの応援とブーイングに応える。

とりあえず注目されてれば、歓声の内容などどうでも良い様である。

「うっははは!たーのしーぃ!」

「もう好きにしてくだちぃ・・・」

「おっ、言ったな?」

抵抗を諦めて為すがままとなっていたシャルロットへ笑いかけたボゥイは、その細い腰をがしりと抱えると片手でロープを握りしめた。

「えっ」

「おっしゃ行くぜシャル子!」

「えっえっえっ!?」

助走をつけて跳ぶボゥイの姿はさながら、ヒロインを抱えるターザンか宝を持ち出すインディ・ジョーンズか。

その凄まじいスピードに観客が粟立つ中、小脇にフェルミオンブルマを履いたシャルロットを持ったままボゥイは遠心力を楽しむ。

 

「ひゃっほーーーーい!!アラウンド!ザ!ワーーーーーールド!!」

「にぎゃーーーーーーーーっっ!!」

 

前へ後ろへと大きく揺さぶられながら悲鳴をあげるシャルロット。

ハイとなったボゥイはやがて、ロープの勢いがピークに達したところで手を離し、シャルロットの背中を腹の上に乗せて後ろ向きに泥の海へと落ちていく―――。

 

「フリーーーーフォーーーーーール!!」

「びにゃーーーーーーーーーっっ!!!」

 

どぽん、と圧縮した空気が水面に潜り込んだような音がする。

もちろん、ボゥイがシャルロットを伴って落ちた音だ。

目を点にして見守っている簪、はしゃいで手を叩くマドカ。

 

記録は58.8m。

IS学園恒例行事・ダブルガターザン最高記録である。

 

「えぇ・・・なんだったの私の頑張り・・・」

どこか納得いかなそうなぼやきをする簪はしかし、不満よりも楯無に勝った喜びの方が大きい事もありむしろ、結果的に意味なく巻き込まれた形のシャルロットに同情する他なく。

満足気に泥の中から顔を出してきたボゥイは、ざぱんと音と立ててシャルロットを引っ張り上げる。

まるで首根っこを掴まれたハムスターのようになったシャルロットは、ぜぇぜぇと息を吐きながら満面の笑顔なボゥイをにらんだ。

「な?楽しいべ、泥遊び!」

「・・・もう最高だよほんとに・・・」

ゆらりと幽鬼のように上体をうごめかせたシャルロットは、両太腿をボゥイの首へと絡めると勢い良く上体を逸らしてその頭部を泥池へと叩き込んだ。

早い話がフランケンシュタイナーである。

「ぐぼぁっ!?や、やるじゃねぇかシャル子・・・」

起き上がってくるも泥パックのせいでもはや誰だか分からないボゥイだかガァルだか。

怒りの収まらないシャルロットは続けてボゥイの後ろから身体へ手を回すと、力任せに持ち上げてまた頭から落としていく―――。

「うおおおぉさてはお前さん泥遊び楽しくなってきてウボァーーーーーッ!!」

「ボゥイのっ!!アホーーーーーーーーーーッッッ!!!」

唐突に開始された一方的なマッドキャットファイトに観客が湧く中、泥飛沫を撒き散らしながらバックドロップを放つシャルロットの、万感を込めた叫びがスタジアムに響き渡るのであった。

 

この後、ミーアとダーシャ、簪、マドカ、シャルロットとボゥイが、泥だらけの姿でコスモス二機を囲んで撮った記念写真は、彼らにとって宝物となったのである。

 




この小説のIQを著しく低下させる男、それがボゥイ・シューマッハである。

僕自身が兄や親と折り合いが悪いせいか楯無がどんどん変な方向に。

あと、何でブルマかって言われたらそらもう、俺が好きだからだよ。悪いか。
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