インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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君に届け

「先程破損したアリーナ保護バリアは既に復旧、機能に異常もありません。念のため、出力を30%上げました」

「そうか」

 

山田先生からの報告を受けて、千冬は本日何度目かにもなる溜息を吐いた。

黒煙で映像からは確認できず、また、武装変更の反応も無かった事から詳細は不明であるが、アマデウスに超弩級の必殺兵器となる砲撃が可能な武器が搭載されている事が判明した。

生徒、観客、来賓の安全を守るため、スタジアムのバリアはかなりの耐熱・耐衝撃性能を持っているのだが、こうも簡単に突破されてしまっては学園の面目も立たないというものだ。

 

「鶴守 豪・・・凄腕ではあるが、これまで目立った経歴が見当たらないのは何故だ?」

 

まず設計者である鶴守 豪への疑問が募る。

これ程のIS製作技術を持ちながら、振り返れば凄腕の開発者以外の評価がされていない事に気づく千冬。

もし何かの理由でその経歴が改ざんされてきたのだとしたら・・・などと、邪智が浮かばなくもない。

ともあれ、それは千冬が一人で考えても仕方のない事である。

後で綾へ確認するなり、調べるなりすればいいだけの事。

今はただ、残った4名の戦いを見守るのみである。

 

また、フィールド中央にてにらみ合う4名は・・・それぞれ織斑 一夏、篠ノ之 箒、セシリア・オルコット、そして鶴守 綾。

「あらあら、予定調和過ぎて面白みがありませんわね」

余裕を見せながらロール髪を撫でるセシリアは、箒、一夏と視線を巡らせ、綾の元でその瞳を止めた。

「では、約束通り決着といきましょうか」

「いいでしょう。行きますよ――」

構える綾のアマデウス。

それを見てにやりと笑ったセシリアは、優雅な動きで上空へと飛翔し――

 

「もらったぁあああっ!!」

「はあああああっ!!」

 

綾へと狙撃用レーザーライフル・スターライトMk-IIIを向けたセシリアは視界の外から箒の赤雷が双刀にて斬りかかってきた事により動揺しながらも緊急回避を行い、また、一夏も綾のアマデウスへと突きの体勢で突貫を行う。

 

「――来るだろうとは思ってましたよ、一夏!」

「そりゃ良かった!以心伝心で何よりだ!」

一撃必殺たる光の刃をギリギリでかわし、剣の持ち手を右手で引きつつ左腕で白狼の肩を押しやる綾。

押してくるその腕を左手でどかそうと掴む一夏。

 

膠着状態となった二人をよそに、セシリアと箒はほんの少しの距離を開けて、空中での追いかけっこに勤しんでいた。

「あなた、しつこいですわよ!」

「距離を取られると不利だからな、ここで決めさせてもらう!」

「――いいですわ、鶴守さんの前にあなたを倒して差し上げます!」

バーニアをふかしつつ高速で飛び回り、放たれる赤雷の砲撃を回避しながら、セシリアは体勢を反転させ後方を飛行していた箒へとレーザーライフルを向け放った。

 

一方、綾と一夏はぎしぎしと機体をきしませながら舌戦を開始。

「僕に窓際のベッドを明け渡す準備は出来ましたか、一夏?」

「あそこは俺の寝床なんでね、簡単には渡さない!」

「やめておいた方がいいと忠告はしますよ。冬になると窓際は寒いですからね!そんな友人のために体を張ろうとする僕に感動して咽び泣きなさい。ほら泣け!」

「優し過ぎて涙が溢れそうだよ!そんな奴に辛い思いはさせたくないからな、やっぱり窓際は譲れないぜ!」

「ほう、ほう、せっかく徹夜で白狼を仕上げて差し上げたのに、恩知らずとはこの事ですねぇ、一夏くん!?」

「あーそういう事言うか!?じゃあ冷蔵庫の食材全部俺が使っていいんだな!」

「何て事を言うんですかこの男は!というか君、料理上手過ぎて気持ち悪いんですよ!なんですかあのオムライス!半熟卵がトロッとしててデミグラスソースもガチな出来で本気で美味しかったですよ!」

「そりゃどうも!家にいた頃は家事は俺の仕事だったからな!今晩も作ってやるから大人しくここは負けとけよ、リョウ!」

「冗談でしょう?僕の知らないISにやられるならともかく、自分で改造して大体把握した機体に負けるなんてプライドが許しませんね!」

「だったら男らしくケリをつけるしかねぇな!」

「望むところですとも!」

 

がつん、と頭突きを打ち合って離れ、仕切りなおす白狼とアマデウス。

 

「これまでのIS教習料、利息含めて取り立てて差し上げますよ!」

すかさず銃口を一夏へと向け、速射砲で弾幕を張る綾。

残り弾数は僅かながらも、一切の出し惜しみはしない。

「だったら俺にも今日までの炊事・洗濯・掃除の分を払ってもらおうか!」

それを左手のシールドで捌きつつアマデウスの周囲を円状に機動する一夏。

バリア残量は半分を切っている。

弾幕をいかにかいくぐるかが鍵であるが、それを踏まえてもチャンスは一度あるかないか。

「はん、言いますねぇ!部屋のパソコン修理したの、誰だと思ってるんです!?」

切り札を抜くべきか、そのタイミングはいつであるべきか、一夏を銃口で追いながら思考する綾。

グレネードは本音の九尾ノ魂と戦闘した際に尽きている。

後は数発のショットガンと、今にも切れそうなマシンガンだけ。

もしくは、逆に雪片弐型をかいくぐって零距離戦に持ち込むか。

「制服のアイロンかけてやってんの、誰だと思ってんだ!」

弾幕をわざと切らせるというフェイントを見切りつつも、懐へ飛び込む隙を狙う一夏――

 

「「いや、夫婦か!!」」

 

と、ここでようやく、一夏と綾の小競り合いを聞いていた箒とセシリアから突っ込みが飛んだ。

唐突に横入りしてきた女子の声に、逆に驚いて戦闘を中止し、目を見合わせる一夏と綾。

「え・・・何が」

「ですか?」

「そのリアクション含めて息ピッタリ過ぎておかしいですわ!?さっきから聞いていれば寝床がどうとか料理がどうとか、そういうのどちらかといえば小ぢんまりとした家庭内での口喧嘩ではありませんこと!?」

「いや、だって一緒の部屋で暮らしてるし・・・」

「おい綾!お前、一夏の手作り料理を食べさせてもらっているのか!?なんて羨ま・・・けしからん!同室なら家事は分担すべきではないのか!」

「仕方ないじゃないですか。協議の結果こうなったのですから」

あまりにも綾の家事が不器用で見ていられなくなった一夏と、白物家電以外の機械の扱いが下手糞でISの知識が無さ過ぎる一夏が許せなかった綾が、話し合った末に結論した妥協案であったのだが、傍から見ればただの痴話喧嘩の材料にしか映らなかった。

更に飛び火は、観客席に回っていた女子生徒達にも及んでいく。

 

「うそ・・・!男同士って、みんなあんななの・・・!?」

「マンガや小説だけだと思ってたBLをリアルで、しかも女子ばかりの学校で味わえるなんて!なにこれご褒美!?」

「百合の花園に来たつもりが薔薇が咲いているのを見つけてしまったわ」

「やばい。やばい推せる。織×鶴マジ推せる」

「はァ!?鶴×織でしょフザけてんの!?」

「アンタ解釈(それ)の話したらもう戦争でしょうがッ!」

 

腐った黄色い歓声が上がる中、話題にされていた一夏と綾はサーッと顔を青ざめさせながら、

「ちっ、違うっ!俺達はそういう関係じゃない!」

「僕らのどこを取ったらそんな風に見えるんですか!誤解です!本当に!」

と、観客席へ向かって弁明してみるものの、

「そういえば入学式の日、部屋ではだけた服で重なり合っていたな・・・」

「「箒ぃぃいいいいいいいいっっ!!!」」

箒の発した余計な情報が、黄色い歓声を更に甲高い叫びへと変えた。

意識の高いエリート集団はどこへやら、男性に対してどこかずれた認識を持ち合わせていたらしい1年1組の女生徒達は手の平を返したかのように一夏と綾を絶賛し始めた。

 

「あっ(語彙力)。も、無理(語彙力)」

「いやもうこれ下手に手を出しちゃ駄目なやつですわ二人の関係を見守る事が我々の使命でありジャスティス(早口)」

「いくら払えば続きが聞けますか?(ゴールドカード)」

「描かねば(薄い本)」

 

火種は次々と燃え移り、既に大規模火災の様相を呈している。

「あわ、あわわわわわ・・・」

「どうしてこんな事に・・・!」

何だか取り返しのつかない方向へと自分達の印象が変わりつつある事に震える一夏と綾は、ややあってお互いを睨み合い、剣と銃をそれぞれ振りかぶった。

 

「お前のせいだぞこんな事になったのは!!」

「君が家事ガチ勢だからこうなったんでしょうが!!」

 

アマデウスのショットガンが火を噴き、左腕のシールドを吹き飛ばされながらも突撃し、袈裟に斬りつける白狼。

それに対し、逆にブーストをかけて白狼を迎え撃ったアマデウスは、膝部の凹部分に仕込まれていた単分子カッターの刃を展開させ、膝蹴りの要領で振り下ろす直前の握り手を突き刺し、裂いた。

「しまった!」

右手部マニュピレータを破損した白狼は必然、雪片弐型を取り落とす形となり、そしてそれは一夏の敗北を意味する――。

 

「一夏っ!!」

 

すかさずショットガンで狙いをつけ、そのトリガーを引いた綾であったが、アマデウスと白狼の間に箒の赤雷が高速で割り込んできた事によって、本来の獲物を取り逃す事となった。

「くうぅっ!!」

「箒っ!?」

至近距離での直撃を受けてバリア残量を失い脱落となる箒。

箒の献身を無駄にするまいとすかさず落とした雪片弐型を左手で拾い、一夏はその切っ先をアマデウスへと振るう。

「喰らえっ――!」

 

しかし、その刃がアマデウスへ届く事はなかった。

小競り合いの最中に減少していたバリア残量が、赤雷がかばってきた衝撃により尽きてしまったため、零落白夜が発動しなかったのである。

つまり、一夏は箒と同時に脱落していた事となる。

 

バトルロワイアル、残り2人である。

 

「・・・勝ったのになんでしょうね、この喪失感・・・」

ホモ扱いされ、腐女子のおかずとなった悲しみを凝縮して呟く綾。

その目の前でISを解除し、待機状態へ戻した箒は、同じく解除した一夏へと申し訳なさそうに頭を下げた。

「一夏、すまない。私のせいで・・・」

「箒のせいじゃないさ。白狼の手をやられた時点で勝敗は決してた・・・悔しいけど、完敗だ」

「そうか・・・優しいな、一夏は」

「ぺっ!!」

優しく箒の頭を撫でる一夏を見て、勢いよく唾を吐き捨てる綾。

「自分だけホモ疑惑払拭させようとしやがって。ペッペッ!」

「な、何だよリョウ?まだ怒ってるのか?」

「いいからさっさとお退きくださいリア充。何度も言ってますが僕のいないところでイチャついてて下さいな」

へそを曲げたように背を向けて去っていく綾の背中へしかし、その友人達は勝負の禍根を残さずさわやかに声を投げかけた。

「頑張れよ!絶対勝てよ、リョウ!」

「私達の分まで、負けるんじゃないぞ!」

その言葉にひらひらと手を振り、上空にて待ち構えていたセシリアの射程距離へと入っていく綾とアマデウス。

 

弾の残りはショットガンわずか2発。

そして両膝に隠されていた、コンバットナイフ型の単分子カッター二本。

そして切り札。

万全な状態ならともかく、遠距離空中戦を得意とするセシリアのブルー・ティアーズとは相性が悪い。

それでも負ける気は無いとばかりに右膝のカッターを引き抜いて手持ちに変え、不敵に笑ってセシリアへと声をかけた。

 

「お待たせしましたね、セシリア・オルコット。では・・・僕たちのデュエットを始めましょうか」

しかしセシリアはぷるぷると肩を震わせ、返事の無い事に首を捻る綾をキッと睨み付けて罵倒した。

 

「ふっ、ふっ、ふしだらですわっ!鶴守 綾っ!!ただでさえ女ったらしに見えるのに、その上男色趣味もあるなんて!不潔すぎて手に負えませんわ!!」

「誤解な上に言い過ぎでは!?」

 

普段は何を言われても動じない綾ではあるが、流石にその言い回しはショックだったようで、頬を引きつらせて弁解を開始した。

「僕は別段、LGBTに差別はしない主義ですがね!前々から言っている通り僕自身は大人の女性を好みますし、間違っても一夏にそんな感情を抱く事はあり得ませんからね!」

「ああ、本当に不埒で最低!男なんてみんなくだらない連中ばかりですわ!」

聞く耳持たず、吐き捨てるように言い切るセシリア。

まるで、嫌な思い出を投げ捨ててしまいたいかのように。

 

「本当、最低っ・・・!お父様もそうでしたわ!卑屈で、卑怯で、逃げ道ばかり探して、女を下から眺めるような厭らしい目をして・・・!」

「・・・・・・」

 

綾はそんなセシリアに何か言葉をかけるわけではなく、ブルー・ティアーズと同じ高さまで上昇し、右手の刃を逆手にくるりと持ち変えた。

「わたくしは負けない。男なんかに、負けるものですかっ!」

憎悪すら感じられる勢いでレーザーライフルをアマデウスへ向けるセシリア。

「貴女が男性に対してどういう経歴で、どういう想いを抱いてきたのかは知りませんが、僕は僕の思うままに戦うだけです」

両翼のバーニアを温め、テールブースターを後方へと向け、鶴守 綾はやはり、歌うように意思を告げるのだ。

 

「分かり合うために、ぶつかり合う事も必要でしょう。僕は貴女を知るために、貴女に僕を知ってもらうために、貴女を――討ちます」

「詭弁をっ!」

 

そこから先は言葉は要らなかった。

戦いの火蓋を切って落とすかの如く、セシリアのレーザーライフルが火を噴いた。

それと同時にアマデウスが前方へと加速し、火線の周囲をなぞるように回避しつつセシリアへと肉薄する。

腰部ミサイルで迎撃を行いつつ距離を取らんと後方へ向け上昇するブルー・ティアーズ。

カッターでミサイルを切り払いつつ加速を止めないアマデウス。

舌を打ちつつセシリアは、ブルー・ティアーズと同名の名を持つ最終兵器である、無線遠隔操作砲台、ブルー・ティアーズ・ビットを全6基射出した。

4基のレーザー砲塔と2基のミサイル発射台で構成される、イギリスISの新型兵装実験機として製作されたブルー・ティアーズを第三世代機たらしめる象徴となる兵器であるそれは、セシリアの操作によって空中を自在に飛び回り、標的の死角を含めた全方向からのオールレンジ攻撃を可能とする。

但し、それを使用するためにOSのオペレーションリソースを全て使用してしまう事から、他の武装を使用できない無防備となってしまうリスクがあった。

そのためにもっと距離をとってから使いたい武器ではあったのだが。

(このままでは埒があきませんもの・・・!)

壁を設置するかのようにアマデウスの行く手へレーザーを発射し、残りの二基を死角へと潜り込ませる。

更に目くらましとばかりにミサイルを発射するが、綾は努めて冷静に目の前の二基のビットを最後のショットガンで続けざまに破壊。

飛来したミサイルは右手のカッターを投げつける事で一つを対処、その誘爆でもう一つを処理。

発射台となるミサイルビットを左手のトルキッシュ・マーチを腰へとマウントしつつ、もう一つのカッターを膝から展開し、蹴りつける事で撃破、手で抜き放った勢いでさらに斬りつけて撃墜。

背後から迫るレーザービットはマニューバ機動しながら回避し、更にセシリアへと迫る。

 

(!?こんな簡単に・・・!?)

 

セシリアは知らなかった。見ていなかった。

綾が、直前に同様の兵器――布仏 本音の有線ビットと交戦し、そのやり口を既に把握していた事を。

死角から来る事が分かっていれば、どこに射線が通るかは予想がつくもの。

緩急をつけた機動と、当たりにくい飛行でいくらかの対策が打てることを、綾は学んでいた。

 

綾は思う。

このブルー・ティアーズはセシリア・オルコットという女の子をそのまま象徴しているような機体であると。

美しくも高貴なデザインでありながら近寄りがたく、遠くから攻撃を放ち、決して懐へ入れさせない頑なな処女性、ビット使用時に他の武装を使用できないという不器用さ。

ISとその使用者は図らずも似てしまうものだと、心から思う。

一夏にしても、その真っ直ぐ飛び込む実直さと穢れの無い純白の精神が、そのまま白狼のそれと合致している。

 

ならば、自分とアマデウスは。

 

どの距離でも器用に立ち回れる、祖父の最高傑作の力を、自分はどのようにしてセシリアへ届けるべきか。

 

バックブーストして背後のビットをカッターで二基とも切り裂いた綾は、自身の虎の子の武装を全て潰された事に焦燥するセシリアを振り返り、狙撃用バイザーをアクティブにした。

「!?」

もう武装は残っていない筈、なのに何をするつもりなのかと。

それは実際に戦った本音と、モニタリングしていた千冬と山田先生、観客席から見ていた生徒以外には想像がつくはずもない、アマデウスの切り札。

視線を遠くのブルー・ティアーズへ向けつつ、背部のロングテール・スラスターのうち一本を駆動させ、脇下から槍のように構えるアマデウス。

「まさか・・・!?」

 

それはロングテール・スラスターではなく、そのような用途としても使用が出来るというアマデウスの最終兵器。

圧縮された高濃度陽電粒子を、破壊のエネルギーとして発射することが可能なヴァリアブル・アサルト・バスター・ランチャー。

その名を、アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク。

モーツァルトのセレナーデの中でも特に有名な楽曲の名を冠した、アマデウスというISの破壊力の象徴――!

 

「さあて。どうか当たりますように」

 

最初はこれを使うつもりなどなかった。

使わずとも、接近戦に持ち込めば十分に勝機のある戦いだった。

本音を相手にした時は、それを使わなければ勝てないと考えた程に彼女が想定外の強敵であったから。

しかし、セシリアの男性に対して閉ざされた心へと自分の気持ちを伝えるためには、一切の加減なく、全力を尽くす事が必要であると考えを改めた。

 

「くっ!」

レーザーライフルで狙撃しつつ、狙いを定めさせまいとジグザグに飛行を行うブルー・ティアーズであったが、アマデウスは直撃以外のレーザーをあえて受けつつ、高性能レーダーの指示と自身の培ってきた勘に身を任せる。

 

アマデウスのバリア残量が減っていく。

揺れる心のようなセシリアの動きをターゲットサイトが追う。

バリアの数値が危険域を知らせるために赤く染まる。

指先に脂汗がにじむ。

止めのレーザーが火を吹く。

自身の直感が今がその時だと叫び、同時にセンサーのターゲットロックを知らせるアラートが耳を突き刺す!

 

「―――届けぇーーーーーーっっ!!!」

 

トリガーを引くと同時に発射される、強烈なビームの咆哮。

放出された高濃度粒子によって、レーザーが霧散するほどのエネルギーの奔流が、ブルー・ティアーズの空中機動が鈍るコンマ数秒の隙を打ち抜く。

 

「あっ――ああああーーーーっ!!!」

 

ISですら耐えきれない灼熱にブルー・ティアーズのウイングとライフルは溶解し、あっという間にバリアの残量をも焼き尽くされる。

直撃を受けたセシリアは悲鳴と共に自由落下し、エアバッグに包まれながら地面に叩きつけられ、脱落を示す自動アナウンスに歓迎された。

 

「せ、戦闘・・・終了ーー!!」

 

山田先生の号令と共に、1年1組クラス代表選抜バトルロワイヤルが終戦を迎え、ゆっくりと着地した綾はアマデウスを待機状態へと戻し、額から流れる汗を拭って大きく息を吐いた。

歓声とまばらな拍手に包まれながらセシリアの元まで歩み寄る綾。

彼女はブルー・ティアーズを待機状態へシフトしつつも、仰向けのまま、その傷ついた細い両腕で美しい顔を隠すようにしていた。

近づいてきた綾の足音に気づいたセシリアは、ぴくりと反応したものの彼の顔を見る事はせず、ただ震える声で呟いた。

 

「悔しいっ・・・」

 

腕の下からは隠しきれない涙がとめどなく溢れ出て、頬を伝い落ちていた。

「なぜ、どうしてこんな気持ちになるの・・・!」

「・・・それはご自分で答えを見つけて下さい」

薄く微笑んだ綾は、それ以上は侮辱になりかねないと思い、静かにセシリアから背を向け、観客席からこちらへ手を振っている一夏と箒へと掌を掲げた。

 

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セシリア・オルコットは医務室のベッドの上にいた。

直撃を受けたダメージや落下時の衝撃による後遺症は特に残るような事は無いようであったが、むしろ精神的なダメージの方が大きかった。

あれだけの啖呵を切っておきながら、あれだけ嫌っていた男に、こんなにも惨めな敗北を喫してしまった。

 

悔しかった。涙が止まらないほどに。

何がいけなかったのか、あの時どうしていれば勝てたのか。

そして自分は、綾の何に負けていたのか。

誰にも負けないほど訓練してきたのに。血反吐を吐くほどに努力してきたのに。

それとも、自分が女だから、男には勝てなかったとでもいうのか。

 

負のループに陥り、暗い方へと堂々巡りを続けるセシリア。

そんな彼女の元へ、軽いノック音と共に見舞いへとやってきた人影が一つ。

「オルコットさん、具合はいかがですか?」

布団に包まって体育座りをしていたセシリアが顔を上げると、そこには副担任の山田 真耶先生が遠慮がちに覗き込んできていた。

「・・・・・・・」

普段の勝気な態度はどこへやら、表情に影を落として返事も出来ないセシリアの傍らの椅子へと座る真耶は、かける言葉をさがして視線を巡らせる。

「・・・クラス代表にはなれなかったけど、オルコットさんの成績はとても高いものでした。扱いの難しいブルー・ティアーズを、よくあそこまで・・・」

「それでも、あの男には勝てませんでしたわ」

ぴしゃりと、外からの言葉をシャットアウトするかのようにセシリアは言う。

「何が国家代表候補。何が選ばれたエリート。あんな軽薄な男にすら勝てないわたくしなど、一体何の価値があるというのでしょう」

よほど敗北が堪えているのか、セシリアは布団を握る拳を震わせ続ける。

そんな彼女へ、真耶は優しく微笑んでそっと手を重ねた。

「綾くんは軽薄に見えるかもしれないけれど、あなたに無いものを持っていた。ただ、それだけの事。それだけの差だったのよ」

「このわたくしに、あの男より足りない事があるというのですか!?」

思わず声を荒げるセシリアだったが、ふと見た真耶の慈愛を帯びた微笑みになぜかたじろいでしまう。

 

「あのね、オルコットさん。私、入学式の次の日に、綾くんとデートしたんです」

「・・・は?」

「ふふ、男の子とデートなんて初めてだったけれど、緊張してたのがバカみたいに楽しかったです」

 

想像の範疇を超える告白に固まってしまうセシリア。

突然何を言い出すのかこの教師は。

生徒と教師が密会など、この学校の風紀はどうなっているのだろうか。

「あ、か、勘違いしないで下さいね!やましい事とかは全然なくて、本当に親睦を深めるためにご飯を食べにいっただけですから!」

「はぁ・・・」

呆れ気味に返事をするセシリアに、こほんと咳払い一つ、真耶は語り始めた。

 

「彼にいきなり誘われて一緒に行ったお店は、綾くんのお母様が懇意にされていたというピアノラウンジで。未成年の彼でも飲めるノンアルコールカクテルと、美味しい料理と、綺麗な音楽の響く、素敵なお店でした」

綾の母、という単語に揺れるセシリア。

調べて知った、白騎士事件にて死亡したという、ピアニストの母親。

「そこの店長さんは綾くんの亡くなったお母様のご学友だったらしくて、色々お話を聞かせて頂きました。ピアニストになって世界ツアーを行う中で、ボディガードを務めていた軍隊上がりの男性と恋に落ちて結婚されたとか、綾くんが産まれてしばらくは両親ともお爺様と一緒に子煩悩を発揮していたとか、そんな話」

「・・・・・・」

「でもある日、ご両親とも帰らぬ人となって、綾くんは随分塞ぎ込むようになったそうで。店長さんもすごく心配していたそうなのですけど・・・」

真耶は思い返す。

そんな時に綾が、どのようにして立ち直ったのかという話をしてくれた時に、まさか自分の名前が出てくるとは思わなかった事を。

 

 

「私の、ISの試合を観た・・・?」

「はい。テレビで、国家代表選抜トーナメントに出場する貴女を、僕は見つけたのです」

既に食事を終え、皿も片付けられて綺麗になったテーブルの上。

飲み物が注がれた二人分のグラスだけが置かれたそれを挟んで、綾と真耶は対面していた。

「感動しました。真耶さんは決して注目されていた選手ではなかったですが、あの最有力候補であった織斑 千冬に決勝で敗れはしましたが、その実力は匹敵すれども劣らない貴女に、僕は立ち直る力を頂きました」

「そんな、どうして、私なんかに・・・」

「私なんか、なんて言わないで下さい。真耶さんは生まれ持った才能は無かったかもしれません。ご自分に自信が持てない部分があるのかもしれません。けれど」

グラスを軽く揺らし、綾は少し照れがちにその胸中を明かす。

 

「・・・輝いて、見えたんです。貴女が自分に負けずに努力してきた事も、ご自分のISに愛情を注ぎ続けてきたことも、画面越しに伝わってきたのです。嬉しかった。こんな方がいるのだと。こんな風に、思いを伝えるために、分かり合うために戦っても良いのだと、教わりました」

 

そこまでの価値は自分には無いと思っていた。だって、自分は必死にやっていただけだったから。難しい道の中をもがいていただけだったから。だからそれはきっと、勘違いだ。

「母さんや父さんがいなくなっても、まだ僕にはやれる事がある。だから生きる価値がある。そう思えたのは、間違いなく貴女の存在がきっかけでした」

自分は。自分はただ、たまたま適合率が高くて。千冬のような女性に憧れていただけで。あなたにそんな風に言ってもらえるような人間じゃ、ないのに。

「だから・・・IS学園に来た理由の一つは、山田 真耶さん。貴女にお礼を言いたくて、お話をしたかったからなのです。そのために、ISの操縦技術も磨いてきたし、苦手な運動も頑張ってこれました」

こんな自分に。

そんな風に言ってくれて。

これまでの自分が無駄じゃなかったって、教えてくれて。

 

「ありがとうございます、真耶さん。貴女は、僕の恩人で、とても、とても尊敬しています」

 

緊張に震える手を、グラスを揺らす事で誤魔化そうとする年相応の少年らしさ。

そんな自分の生徒に、見知らぬ自分にそこまでの思いを寄せてくれたファンに。

知らず知らず真耶は、大粒の涙を零していた。

「こちらこそ」

眼鏡を外し、双眸から溢れる雫を隠すように両手で顔を覆いながら、真耶は嗚咽をあげながらも応えた。

「ありがとうね、綾くん。あなたに会えて、良かった」

「・・・これからも、貴女から学んだ戦いをしていきたいと思います」

困ったような笑顔で綾は、真耶へハンカチを差し出しながら言う。

「千冬さんのような強さも時には必要でしょう。でも、僕の根幹はそうじゃない。いつだって、相手を知るために、相手に知ってもらうために、分かり合うためにISを駆っていきます。だって、そうでしょう」

ハンカチを受け取った真耶の手を取って、綾は力強く頷いた。

 

「この世界はこんなにも、色んな気持ちが、愛が詰まっているのだから」

 

 

話を聞き終えたセシリアには、うまく言葉を紡ぐことが出来なかった。

彼が、鶴守 綾が、そんな想いでいた事など、知ろうともしなかった。

男性だからと、どうせ自分の父親と同じだと、勝手に見切りをつけて見下して、相手を理解しようとしなかった自分は、いつの間にか嫌っていた父親と同じ卑屈な瞳をしていたのかもしれないと。

それを戒めるために、あの男は自分に立ち向かってくれたのかもしれないと。

くだらない存在は男性というカテゴリではなく――あくまでもくだらない行いをする個人であり、たまたま自身の父がそうであっただけだと。

彼はそう、頑なな自分へと伝えたかったのかもしれない。

俯いて布団に顔を押し付け、セシリアは涙を柔らかな生地へと染み込ませた。

 

「本当・・・最低ですわ」

本当に最低。

最低な、わたくし。

 

「貴族の・・・オルコット家の名を汚すところでしたわ・・・」

愛する母親と、毛嫌いする父を同時に失った事で、自分をも見失ってしまっていたのかもしれない。

貴族であるならば、他者を蔑むのではなく、愛をもって接するべきだったのに。

自分が敗北していたのは、鶴守 綾にではなく、両親を失ってエリートである事に縋るしかなかった、可哀想な、とても可哀想な自分自身にだったのだ。

 

「今からでも間に合いますよ」

乾いたと思った涙がまたも溢れ出す中、真耶はセシリアの手を取って助言する。

「ちゃんと明日、話をすれば綾くんや他の皆とも分かり合えますよ」

「・・・そうでしょうか。もう皆様、わたくしに愛想を尽かしているのでは」

「大丈夫ですよ」

確信があるかのように、真耶は先生として、人生の先輩として語る。

 

「だって、この世界にはこんなにも愛が詰まっているのだから」

 

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次の日のこと。

バトルロワイヤルの成績発表の後、クラス代表となった綾が最初に行った宣言は、

 

「面倒なのでクラス代表を辞退します」

だった。

 

呆然となる教室内を意にも介さず黒板前の壇上から自分の席へ戻る綾。

仕方がないので2位のセシリアがクラス代表となった、が。

 

「今回、わたくしは自身の力不足と愚かさを思い知りました。ですので、クラス代表として相応しくはないと判断し、辞退させて頂きます」

と、断固とした態度で宣言し、壇上から自席へと戻っていった。

 

頭痛を抑えるように片手で頭に手をやった千冬は、仕方ないとばかりに自分の弟を指名し、

「3位の織斑、今期はお前がクラス代表だ。言っておくが、3度目の辞退は許さん」

「はぁあ!?」

悲鳴のような声をあげる一夏を完全に黙殺し、必要事項を淡々と告げていく千冬。

喜ばしそうなリアクションをとっているのは箒だけという状況の中、波乱のクラス代表戦は本当の意味で決着をみせたのであった。

 

 

その後、昼食の時間。

各々が弁当を広げる教室内、綾は軽い足取りでセシリアに声をかけた。

「セシリアさん、約束、覚えてますよね?」

「な、何かしら・・・」

どこかおっかなびっくりといった風のセシリアをよそに、綾は眼鏡のブリッジを指で押し上げつつ、

「お忘れで?二位になった者は一位に一週間ランチ奢りと言いましたが?」

「あ・・・そ、そうでしたわね・・・」

すっかり忘れていたが、昨日の自分はそんな約束をしてしまっていたのだった。

切なげに息を吐いたセシリアはしかし、

「仕方ないですわね。貴族たるもの、交わした約束はお守りしますわ」

と返事をし、一夏や箒と共に教室を出る綾を追って席を立った。

 

学食で定食の券を自分の分と綾の分を購入して綾へと渡したセシリアは、彼の本当の意図が食事後にいちゃつき始める一夏と箒の間に挟まれるスケープゴートの役割を期待していたことに気付く。

「こ、これは中々にキツいですわね・・・」

ここにいろと力強く引っ張る箒に辟易しつつ、早々に食事を終えた綾がそそくさと席を立ち、どこへ向かうのかを目で追いかけるセシリア。

 

学食の中央。

来賓客へのディナー時などに使われるグランドピアノ等の楽器が置かれているそこへ嬉しげに歩み寄る綾。

おもむろにピアノ前の席に座り、鍵盤に指を這わせ調律がされている事を確認した綾は、特に緊張する素振りもなく88の世界へと飛び込んだ。

 

ベートーヴェン、ヴァイオリンソナタ第五番「春」。

 

ヴァイオリンソナタ、つまりヴァイオリンと鍵盤楽器による音楽。

そのピアノパートを季節に合わせ、軽快で聞き心地の良いリズムで奏でる綾は、ずっとこの機会を待ち続けてきた。

これまで箒のために我慢していたが、今回はセシリアが自分の身代わりとなってくれたおかげで、ようやくピアノに触れ、のびのびと演奏が出来たという運びである。

唐突に学食内に響き渡ったクラシックに最初は利用生徒達が戸惑ったものの、次第に邪魔にならない音量の綺麗な音楽にざわめきは消え、むしろ受け入れムードが漂い始めた。

 

「おぉ・・・あいつ、ピアノ上手いんだな」

「うむ、意外だが、聴いていてとても気分が良い。なぜ今まで披露しなかったのだろう」

まさか自分のせいであるとは知らない箒をよそに、セシリアはその音楽が、彼の心の中の明るさを現しているようで、思わず聴き入っていた。

そして、わざわざヴァイオリンソナタを選んだ理由にも気付く。

「ちょ、ちょっとだけ、よろしいかしら」

音楽に聴き入って隙の出来た箒をかわし、セシリアは綾のいる学食中央へと向かい、グランドピアノの上に載っていたそこそこ高価なヴァイオリンに手を伸ばす。

 

その様子を見ていた綾は一旦手を止め、

「ふふ、貴族の嗜みで弾けるかなと期待していましたよ。いかがです?ご一緒に」

「・・・・・・」

にこやかに誘う綾に、既に軽薄な男という印象は無い。

彼はただ、いい意味でも悪い意味でも純心なのだ。

彼の纏うIS、アマデウスの紺色のように。

時に海のように広く、夕闇のように静かに。

「・・・よくってよ」

手早くヴァイオリンの調律を済ませたセシリアは、慣れた手つきで顎へ当て、弓を弦へと当てる――。

 

たん、たんと爪先で四拍子をつくり、出だしのリズムを取ったセシリアに合わせて最初から曲を開始する綾。

時にいたずらに、時にお互いを探るように、気持ちの良いハーモニーを織りなしていく二人。

いつの間にやら聴き入っている一夏、箒をはじめとした学食内の全員に気付きもせず、綾とセシリアはそれぞれの楽器に没頭していた。

 

(ああ、そうか)

幾度となく練習してきたヴァイオリン。

だけど同年代の、しかも男とリズムを重ねて演奏するなんて初めてで。

ただ貴族の義務として習ってきた事が、こんなに楽しいものだとは知らなかった。

(こんなに、簡単なことだったのね)

 

誰かと分かり合う事。

それがこんなにも簡単で、嬉しくて、尊いものだという事を、セシリアは初めて知った。

季節は春、その曲名も春、彼女の心に訪れたその気持ちも、きっと春。

雪解けのように綾とのわだかまりが溶けていくのを感じながら、昼休みが終了するまで、ふたりのデュオは続いた。

 

「やばい、午後の授業に遅れるぞ!みんな急げ!」

「ま、待て一夏!まだ食器を片付けてないぞ!」

時間ギリギリとなった事に気付かずにいた生徒と教師は数知れず。

曲の終了と共に喧噪を取り戻した学食内をばたばたと走る一夏達を見やり、綾はやれやれとかぶりを振った。

「この一週間、ピアノから離れていましたが、なかなか。ちゃんと指が覚えててくれて良かったですよ」

器用で長い指をさする綾の顔を覗き込み、セシリアはおずおずと聞いてみる。

「そのピアノの腕は、お母様の形見でらっしゃるの?」

「母さんは生きてますよ。僕がピアノを弾き続ける限り、ずっとね」

食器を片付ける一夏達を待ちながら、綾はセシリアと談話を続ける。

「貴女はどうです?貴女のお母様は、貴女の中のどこにいらっしゃいますか?」

「・・・わかりませんわ。でも」

ヴァイオリンをピアノの上に戻し、柔らかな表情で綾を振り返る。

「いつか、きっと見つけてみせますわ」

「善哉善哉」

 

セシリアに自分の気持ちが届いたと確信した綾は、にこりと笑って立ち上がり、

「さて、そろそろ一夏と箒も戻りますし、教室に帰る準備は良いですか?」

「ええ、よくってよ。・・・それと、その」

もじもじとしだすセシリアに首を傾げる綾。

やがて、意を決したように彼女はきちんと目を合わせて、

「昨日まで・・・ごめんなさい。わたくし、高圧的でしたわ」

縋るように謝るセシリア。しかし綾は、

 

「ぶフっ」

 

と、吹き出して肩を震わせ始めた。

「な、何がおかしいんですの!?せっかく勇気を出して謝罪しましたのに!」

「いやぁ失礼失礼。あ、鼻水出た。いえいえそんなプフフ。だって僕、貴女のあれ、単なる個性だと思ってましたので、そもそも謝られる事なんてありませんよ」

いつものように楽しげに、昨日まで軽薄だと思われていた笑顔をうかべ、綾は何事もなかったかのようにそう答えた。

「こ、このっ!人が反省しているといいますのに!」

「反省するのは大いに結構ですが、上から目線な物言いは僕も人の事をとやかく言えませんので。そも、別に自分を変える必要は無いでしょう」

肩をいからせ、寄せられたセシリアの眉間を人差し指で突いた綾は、

 

「貴女は貴女のままで十分魅力的ですよ、レディ」

 

昨日までと何も変わらない調子で、軽薄な態度で甘く囁いた彼の言葉が、反射的に額を抑えたセシリアの心になぜか深く浸透していた。

「おーい、リョウ!セシリア!待たせた!」

「早く行くぞ、二人とも!」

友人たちの呼ぶ声に振り返った綾は、セシリアの肩をぽんと叩き、

 

「それでは行きましょうか、セラ」

と、愛称で呼んだ。

 

少し戸惑ったものの、セシリアはくすりと笑い、

「ええ、よくってよ、リョウ」

そう返し、駆けだした大きな背中を追って走り出した。

 

彼女の心に芽生えたその感情を、恋(はる)と呼ぶには、まだ早い。

 




第一話・終

セシリアはかませにしたくないなぁ。
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