インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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What I've Done

バトルスタートのアラートが鳴ると同時に、ダーシャのチャンドラハースがダリルのヘル・ハウンドとぶつかり合った。

ヘル・ハウンドは地獄の番犬ケルベロスを模したダークグレーの機体。

双肩に装備された獰猛な犬の装飾から火炎を産み出し、その火球で敵を焼き尽くし、双剣【黒への導き(エスコート・ブラック)】で相手を切り裂く。

 

相対するチャンドラハースは最新量産機・コスモスをベースに接近戦に特化させたクリームパールのボディ、両肩部装甲には防御パッケージ、ガーデン・カーテンの正式量産型がウイングのように横へと伸びている。

両腰部から後ろへと向けられた大型のスラスターによる加速、武骨な脚部は装甲の厚さは勿論の事、姿勢制御用のバーニアが各所に取り付けられている。

主要武装のハンドアックスの取り扱いを阻害しない設計、そしてランドセル式のバックパックバーニアにはガトリングポッドさながらに、大量のアックスが搭載されているのだ。

 

「手斧なんてしょっぼい武器使っちゃってさ。専用機持ちたてのモブがアタシ達に勝てると思ってんの?」

気怠そうな喋りのダリルだが、その剣閃は容赦なく、鋭く素早く責め立てる。

だが、そんな安い挑発は笑って混ぜ返すのがダーシャという娘だ。

「そのモブを瞬殺出来ないセンパイって何なワケ?だっさー!」

「は?何調子こいて―――」

言い返そうと唇を尖らせるダリルだが、チャンドラハースの両肩部、ガーデン・カーテンと装甲の間に隠されたサブアームが伸びて追加のアックスを振りかぶるのを見てすぐさま後退する。

「剣より斧が弱いなんて思い込みの時代は終わってるっしょ!おらおらぁっ!!」

ダリルのバックステップと同タイミングで両手のアックスをヘル・ハウンドへと投擲するダーシャ。

斧格納ポッドから脇下に伸びるレーンにて滑り出てくるアックスを次々手にしては横に、縦に投げ続けるチャンドラハースの連撃に歯軋りするダリルは、犬顔の装飾から火炎弾を撃ち返す・・・が。

 

かわしたはずのアックスがブーメランのように三日月を描き、片側の犬の頭に突き刺さると火炎が暴発して勢いよく火の柱をあげる。

 

「!?こンのっ・・・!」

「時代遅れの双剣と肩の分かりやすい弱点で助かるし!てかモブ舐めんなっつの!両手剣でイキりたいならホーキくらい極めてからイキれよセンパイ!」

「ムカつくわ、一年のくせに・・・!」

自身の装備の暴発により自然とバリアが削られ、忌々しげにダーシャを睨むダリル。

 

息をつかせる余裕など与えないとばかりにすぐさま飛び掛かるダーシャの機体、チャンドラハースとは日本語訳すれば【月刃】。

魔王ラーヴァナがシヴァに許された際に授けられた剣の名前だ。

インド天文学で言う九曜、チャンドラはインドにおける月の神。

簪という太陽に照らされた、褐色の美しく、肉付きの良い身体のダーシャに相応しいと言えよう。

 

また、ハンドアックスは地味で貧相なイメージがあるものの、接近戦における有用性は根本から剣より優れているのである。

素人でも簡単に扱える取り回しの良さ、刃が拳の前にあるため攻撃を受け止めやすいという利点、振りかぶらずとも当てればダメージになる手軽さ。

ダーシャ程の手練れが専用に設計されたアックスを使えば、素手に匹敵するラッシュとブーメランの様な投擲技も行えるのだ。

これをサブアーム含めた四本腕で取り扱ってくるのだから、下手に近接戦闘を仕掛ければ容易く切り刻まれるのは明白だ。

 

「モブはモブでもアタシたちは超弩級レイドボスだってコト!ソロで勝てると思うなし!」

投擲と近接攻撃で追い詰めていくダーシャ、肩に突き刺さったままのアックスを引き抜く暇さえなく歯噛みするダリル。

 

 

「もぶもぶもぶーーーーーっ!!」

一方で、左手のプラズマガトリングガンと右手に構えた二口のハイブリッドマグナムでフォルテのコールド・ブラッド円状に引きつけながら乱射するミーア。

身に纏うISの名はユルルングル。

ダーシャと同じくコスモスを射撃専用に改修した機体で、オーストラリアはアボリジニの神話に現れる鋼の蛇から名を戴いている。

メタルグリーンの装甲に、全体的に曲線が多く両脚と両肩をすっぽりと覆うようなデザイン。

横に伸びる肩部装甲内にはバーニアがみっちりと詰まっており、脚装甲の裏側と足裏にも同様にバーニアを搭載し、破格の機動性を有している。

軽さと動きの機敏さを重視しているため装甲は薄く、動作の邪魔になりかねないガーデン・カーテンはエネルギーシールドのみを残して実体盾部分は排除してある。

バックパックには両側にフレキシブルバーニアが搭載されており、空中戦でのAMBACを補佐する意味合いを持ち、中央部にはスナイパーライフルやバズーカといった兵装がマウントされている。

右肩には3.5インチキャノン、左肩には中型ミサイルが二本。

更に両膝には有線ビットと、儚そうな操者に似合わず強気な攻撃重視のセッティングがされている。

 

「ちょこまかと、うっとうしい・・・!」

舌打ちをしながら氷壁を精製して防御するフォルテのISはコールド・ブラッド。

白地に水色を重ねたようなカラーリングから想像されるように、単一仕様能力【冷気操作】にて空気中の水分を瞬時に固めて氷を産み出し、攻撃及び防御に転化する。

固定武装は無いものの装甲の各所にウォーターサーバを搭載しており、霧の散布で産み出した氷柱を射出したり、四肢に精製する氷の刃で近接戦を行う事も可能。

絶対零度の氷は鉄をも容易く切り裂き、弾丸すら弾く強靭な装備と化すのだ。

 

だが、そんな強力な氷もまた、当たらなければ脅威ではない。

撃ち出される氷柱はガトリングと有線ビットで容易く落とされ、高熱を帯びたエネルギーマグナムは氷壁を溶かしては風穴を空けていく。

とてもではないが、これまで専用機を持たず大した成績をあげてこなかった一年生の実力とは思えない技量に、フォルテは困惑の表情を浮かべている。

 

「一緒に訓練したわたくしも驚きましたわ。ミーアさんは何が特に凄い、といった分野は持たないのですけれど、言ってみれば全ての射撃武装の扱いが標準以上なんですの」

紅茶を嗜みながらモニター越しに観戦するセシリアの呟きに、綾がほくそ笑む。

「撃つ、という動作自体に適性があるという事でしょうかね。距離把握やタイミングの計算や武器の取捨選択の早さはシャロに及ばずともシャロより巧く、狙いの良さやビットの操作能力はセラが圧倒的でも、セラより次のオーダーが手早い。万能型などという言葉では片付かない・・・上手く表現できませんが、ミーアさんはとてもスマートだ」

「うむ、さっぱり分からん」

腕を組んで頷くラウラの言う通り、また綾が自分でもうまく言いようがない様に、ミーアの射撃技法は独特だ。

 

挑戦的なのに諦めが早く、手放したと思えばまた掲げる。

そういった意味ではシャルロットの【砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)】に近いのだが、あそこまで虚をついた動きというわけでもない。

言うなれば、相手が気付かないうちにずるずると自分のペースに巻き込んだ戦い方。

友人関係では振り回される立場の彼女が、戦場では振り回し、かき乱し、罠にかける。

実際に戦うしかその怖さを知る術のない、底なし沼の主。

相手が歴戦の手練れだろうと、新兵だろうと手玉に取る悪女の様な、決して誰のものにも出来ない難攻不落の娼婦の如き射撃の巧さ。

そこに多数の武装を積み、俊敏な動きで近づかせない事を常とするユルルングルとの相性は絶妙だ。

その名の通り、気付けば絡めとられて締め付けられて殺される。

 

ミーアの戦い方を、あえて名付けるならば【無感触の捕食(アナウェア・バイト)】。

 

無意識にて迷い込み、気付けば大蛇の腹の中というわけだ。

シャルロットもまた、背骨の隙間に次々と剣を突き刺されるようなミーアとの模擬戦闘の感触を思い出しながらごちる。

「ボクも初めてだったよ。自分のペースに嵌めたつもりが、逆に飲み込まれるようなあんな感覚」

マシンガンにスイッチすると見て距離を離した筈が、マシンガンを持っただけでバズーカを撃ちまくるミーアの読めなさ。

次の相手の動作を読み切って距離を変えたつもりが、まるで見当違いの判断をしたかと錯覚するような武器変更の妙。

まるで気まぐれな美女―――そして、当のミーアからすれば特に意識したものではないムーブである。

 

ただ、目の前に対処するのではなく、次の次の次まで展開を予想しているだけなのだ。

 

「まさか、エクシード・・・!?」

無意識下の未来予知により先んじて武装を準備しているのではないか、そう思い至りフォルテは肝を冷やす。

なぜフォルテがエクシードを知っているのかはさておき、ミーア自身はそんな超常的な存在の事など興味の欠片も無く。

「簪ちゃんが誇れるガンナーに、私はなる・・・!」

大好きな親友のため、自分自身の未来のため必死にトリガーを引くだけなのだ。

 

じりじりと後退を余儀なくされるダリル、攻めきれず防戦一方のフォルテは仕方ないとばかりに合流し、炎と冷気を組み合わせて呼吸を合わせる。

「こんな連中相手にこれを使うなんて、ムカつく」

「負けるよりマシでしょ、ダリル」

ダリルとフォルテは同性の恋人同士だ。

それゆえに磨いてきたコンビネーションも、必殺技も二人にはある。

二機のIS同士が手を組み合わせると、灼熱と極寒が不可思議な化学現象を起こし、爆発的な威力を産み出していく。

【イージス】と呼ばれる、二人のISが織りなす二属性殲滅波動砲。

それの前触れと勘づいたミーアは、詳細を把握せずとも果敢に真正面からイグニッションブーストで突貫。

「ダーシャ、2・3!」

「おっけ!」

自殺行為と引き留める事無く、ダーシャは指定の数のアックスを投げ飛ばし、ミーアはハイブリッドマグナムで組まれたダリル達の手を狙って乱射する。

「無駄。この状態になったアタシ達にはビームも実弾も―――」

嘲る様に言うダリル、同調して笑顔を浮かべたフォルテの表情が―――凍り付く。

 

ユルルングルの主武装であるハイブリッドマグナム、パイルストリーム。

何がハイブリッドなのかと言えば二門の砲口もそうであるのだが、綾のトルキッシュ・マーチと同様に弾丸の種類を変更する事が出来るゆえのハイブリッド。

ひとつは圧縮粒子弾・トルネードファング。

回転するエネルギー弾が交互に撃ち出される貫通弾だ。

そして、もう一つが―――。

 

「な、なんだ、これ!?」

「気持ち悪っ・・・!?は、剥がれない・・・!!」

 

コーキングポマード。

いわゆる、トリモチ弾だ。

エネルギー粒子による熱も、実弾による衝撃も通じなくとも、流形の白いシリコンパテの塊は熱で溶け広がり、冷気で固まって二人の手に絡みつき、次々と放たれるコーキング弾がヘル・ハウンドの空気供給口とコールド・ブラッドの霧撒きの出口を塞いでいく。

「そ、そんな?!」

「わたしたちのコンビネーションが、こんな小細工で・・・!?」

酸素を得られぬ炎は燃えず、水分の無い冷気は凍れない。

挙句の果てにくっついて逃げられないダリルとフォルテが目の前の敵を侮り過ぎたと後悔するよりも早く、ミーアは上昇しながらプラズマガトリング・ハイストリーマーで二機を乱れ撃つ。

前後からは次々と円を描いてハンドアックスが刺さっていき、目の前には両手にガーデン・カーテンを装着したチャンドラハースが迫り来る。

先端を刃として研磨したそれは、攻防一体の必殺兵器でもあるチャンドラハースの切り札。

既にガーデン・カーテンなどという名前ではないそれを大きく振りかぶり、ヘル・ハウンドとコールド・ブラッドを挟み込むようにダーシャが叫ぶ!

 

「くらえぇぇっ!ヴァジュラ・マハーーーーーーーーッ!!」

 

轟音と共に激突した二器のヴァジュラ・マハーという盾剣は、巨大なニッパーのように中心で接続されてISの装甲を圧縮し、鋏み斬っていく。

フォルテを庇うように背を向けたダリルのヘル・ハウンドが、みるみるうちに拉げ、潰れていく。

「うああああっ!ふぉ、フォルテッ・・・!」

「ダリルッ!!」

メキメキと鉄の鎧が醜く形を変えゆく音、相方の悲鳴に動じる対戦相手。

バリア残量は残り僅か。このまま攻め続けられれば下手をしたらバリア消失と共に圧殺されてしまう。

背後からはミーアが容赦なく、バズーカのトリガーを引こうと力を込め―――。

「こ、降参よ!わたしとダリルはサレンダーするわ!」

それを聞いてぴたりと手を止めるダーシャとミーア。

ヘル・ハウンドとコールド・ブラッドの脱落が空中にCGで表示されると、観客席は一斉に湧きあがった。

3年、2年を相手に圧倒的な実力を見せつけた簪軍団の二人は、それどころではないとばかりに孤立無援となっている筈の簪へ視線を向ける。

 

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逃げの一手。

簪が楯無との戦いにおいてまず集中したのはそれであった。

地上をブーストで駆けながら、電磁砲を追ってくるミステリアス・レイディへ向けオート照準&発射。

並行して単一ロックオンによるミサイルポッド山嵐により迎撃しながら、簪の手はせわしなく電子キーボードを乱打する。

放たれる攻撃をすべて優雅に回避しつつ、楯無のランスに仕込まれたガトリングが快調に回転しながら弾丸を射出し、打鉄弐式を追う。

仲間達の戦いとは逆に、チームリーダー同士の戦いは一方的に簪が追い詰められる状況に立たされていた。

バリアを削られながらも、それでも諦める素振りを見せずに逃げ回る簪。

追随していく楯無は、妹の狙いに勘づきながらも笑いを堪え、手を抜きながら攻撃を続けていた。

 

(簪ちゃんったら可愛いんだから。分かってるのよ、あなたの狙いなんてね)

きっと仲間達が駆けつけてくるのを待っているように、自分に思わせたいのだろう。

その後に逆転するための布石として、連携のためのシステムを構築していると、そう見せたいのだろう。

(けれど残念、見え見えだし無駄なのよね)

簪の本当の狙いは、電子戦によるミステリアス・レイディの捕縛―――ハッキングによる操作系統の封殺だ。

先程からやたらと不正アクセスの通知がログを駆けているのでバレバレにも程がある。

(悪いけれど、私のミステリアス・レイディはハッキング対策も完璧よ。そんじょそこらのOSと同じにしてもらいたくないわね!)

一般的なISのシステムであれば楯無に感づかれる事も無く構築を崩され、ジャックされているだろう簪の電子技術も、即座に勘付かれてワクチンプログラムによるシャットアウトを施せる程度にミステリアス・レイディのセキュリティは優秀だ。

たとえウイルスだろうと手動のハッキングだろうと、楯無が一年生の時に構築した強靭なプロテクトは弾き返してしまう。

それに気付きもしないで必死に逃げ回り、希望を抱いて挑み続ける簪が、哀れで可哀想で可愛くて仕方がないのだ。

 

やがて簪はミサイルを撃ち尽くし、壁際まで追い込まれていく。

最後のあがきとばかりに投げつけられた薙刀をひらりと躱し、楯無は余裕をもって単一仕様能力・沈む床(セックヴァベック)にて簪の両脚を拘束した。

 

楯無のミステリアス・レイディは大量の高出力ナノマシンにより高い戦闘能力を有する。

それは高圧水流を操り、攻防に優れ、ISの出力を上げ、こうして敵の動きすら封じる。

 

まるで空間に沈みゆくかのように動きを止めてしまった簪は、しかし表情を変えずにキーボードを打ち続ける。

その心は静かに、明鏡止水の域に達しているかの如く。

「もう終わりにしましょう、簪ちゃん。あなたが私の機体をハッキングでジャックしようとしてる事なんてお見通しなの」

ぴく、と簪の瞼が動き、視線が上空の楯無へと向けられる。

楯無はさながら、これが自分達の立場の差だとでもいわんばかりに上から簪を見下しつつ、手にしたランスをくるりと回して続ける。

「電子戦は簪ちゃんの得意分野だものね。けど私だって更識の上に立つ者よ、そう簡単に突破できるシステム構築なんてしていないわ」

余裕で尊大な楯無の態度。

しかし微塵も揺れずにキーボードの上で動く手を離さない簪に、楯無はガトリングを掃射してバリアをじわじわと削りにかかる。

 

「かんざし・・・!」

簪の窮地に立ちあがって声をあげる観戦席のマドカ。

その頭をぐい、と引いて座らせるのは義父たる忍だ。

「座ってろ」

「しのぶ、でも・・・!」

「あいつを信じてるならもっと堂々としとけ」

足を組んで気怠そうに見守る忍には、簪を心配するといった様子は見られない。

 

手持無沙汰なのか火のついていない煙草を指先でもてあそぶ忍に不機嫌となるマドカは、その手からクールを奪い取るとくしゃりと握りつぶして癇癪を起こす。

「しのぶはかんざしのともだちじゃないの!?大事じゃないの!?」

眉間に皺を寄せて肩をいからせる娘にやれやれと溜息を吐くと、指先を簪へと向けて言う。

「あいつが助けを呼んだか」

「でも、困ってる!(わたし)はかんざしがケガしちゃ、いやだ!」

「その気持ちは大切にしておけ。だが、過保護と信頼は違う」

組んだ足を解いて前かがみとなった忍は、マドカと視線を合わせて大事なことを伝える。

 

「おれはお前に誰かを傷つける事は罪だと教えたな?そしてこれはもう一つ大切な事だ」

「?」

不安そうに簪をちらちらとみやるマドカの頭をくい、と完全にグラウンドへと向けさせる忍は、その耳に囁くように言葉を紡ぐ。

「人は誰かのために戦い、傷つく生き物だ。その戦いに正しさや信念があるのなら、それは止めるべきじゃない」

「どうして!?戦ったらまた、人が死んじゃうのに・・・!」

「物理的に殺し合えばそりゃ死ぬだろう。いま簪がやってるのも死と隣り合わせの実戦形式だ、ひとたび事故が起きたら血だって流れる」

「じゃあ何で止めないの!?しのぶも、みんなも!」

 

マドカはもはやかつての残虐性を失い、戦いを忌み嫌うようになっていた。

自分の犯した過ちや、自分のせいで傷つき、命を落とすに至った者の事を考えると夜も眠れない。

だから本当はISでの戦いも観戦などしたくはなかった。

 

けれど。

 

簪が決意の眼差しをもって戦いに臨む姿を、引き留める事など出来なかった。

どうして止められなかったのかはわからない。

けれど、止めるべきだった。それを後悔している。

そんなマドカへと、忍は父として伝えねばならない。

 

「人が死ぬのには二つ理由がある。一つは昔におまえがしてきたように、誰かに傷つけられ命を落とした時だ」

 

ぐ、と喉に刃が刺さったような感覚に陥るマドカ。

トラウマをほじくり返した事を悪いと思いながらも、忍は言う。

「もう一つは、信念を折られて魂が燃え尽きた時だ」

「たましい・・・?」

「目には見えない心の事だ。簪はあの女の妹・・・家族だが、おれとお前のような家族とは意味が違う」

「家族に、意味がたくさんあるの?」

「ある。家族の数だけ形があり、どれが間違って正しいかなんて誰にも判別は出来ねえ。だが、やってはならない線引きだけはある。簪はずっと家族に虐げられてきた人間だ、そこだけは昔のお前やおれと同じだ」

 

かつて父だった男の顔を、心から尊敬して背中を追い続けた兄の姿を思い出しながら。

忍は思いを綴る。

 

「あいつはそんな自分に負けたくないんだ。自分を苦しめてきた家族から解き放たれたいんだ。誰のでもない、自分の力で勝ち取りたい未来がある、だから戦ってる」

 

「勝つために、戦う・・・?」

マドカの知らない概念。

戦いの意味、それは力を誇示するためだけではないという事。

戦わねば、その手に掴まなければ、心が死ぬ。だから戦う。

 

「覚えとけ、マドカ。戦いは誰かを傷つけるためだけのものじゃねえ。自分のために、誰かのために、勝つために、救うために心の剣をとるべき時が誰にでもある。いつかお前にもその時はやってくる。今は―――簪が剣をとっているんだ」

 

「心の、剣・・・」

「誰もがそれを胸に戦っている。ヒビをいれられて傷ついたとしても、修復しながら痛みに耐えて、折れるまでその剣を振るうんだ。それをしない奴や、させない奴は人間とは呼べねえ」

そこまで言うと、忍はまた椅子へ座り直して足を組む。

おずおずとそれに倣って、簪からは目を離さずにマドカも隣へ腰を下ろし、

「・・・(わたし)は、簪を助けちゃだめなの?」

「何も間に割って入るだけが助けるって事じゃねえ。声をあげて魂に響かせろ。お前の叫びが簪の力になる」

「叫ぶ・・・!」

「頑張れって、言ってやれ。お前の心で簪の背中を押してやれ。それが友達ってもんだ」

「うん・・・!かんざしは、(わたし)のともだちだもん・・・!」

打鉄弐式のバリア残量が半分を切る。

構わずに電子キーボードを打ち続けるそんな簪のもとへ、マドカの声が届く―――。

 

「がんばれーーーーーーーっ!!かんざしーーーーーーーーっっ!!!」

 

「・・・・・・!!」

知らず知らず、簪の頬が緩む。

純粋な想いは力に変わる。

自分を慕ってくれる少女が教えてくれた、温かな気持ち。

こんな私に強い背中を示してくれた、大好きなヒーロー。

そう。

私が求めていたものは、ずっとずっと欲しかったものは、もうこの手にある。

 

「もう諦めたら、簪ちゃん?今ならお父さんもちょっと殴るだけで許してくれるかもよ?」

打鉄弐式のダメージレベルがレッドアラートとなった時点で楯無は降伏勧告を行うも、煤にまみれた簪はようやく手を止めて頬を拭うと、睨みつける様に空を仰ぐ。

 

「でも刀奈は助けてくれないんだね。もうそういうの、終わりにしよう」

「・・・っ!どうしてそんなに頑ななの!?姉が妹を思いやるのを何で嫌がるの!?」

「刀奈の思いやりは刀奈自身に向けられたもので私に向けられてない。父の更識への想いは既に腐敗して己の体裁しか考えられなくなってる。こんなありがた迷惑な想いなら私は要らない。私の家族は更識なんかじゃない!」

最期に勢いよくエンターキーを叩いた簪は、やり遂げた顔と共に宣言した。

 

「私の勝ちよ、刀奈。あなたの敗因はただ一つ・・・戦闘中に喋り過ぎなんだ」

 

みるみるうちに顔を真っ赤にする楯無。

控え室にてうんうんと頷くラウラに、プッと吹き出すシャルロット。

激昂した楯無はランスを天へ掲げ、ナノマシンの出力を全開にして全身を赤く染めていく。

「だったら存分に後悔する事ね―――麗しきクリースヤナ!!」

それはミステリアス・レイディを高出力モードへと導き、ただでさえ高い機体性能を更に底上げする楯無の切り札。

 

その筈だった。

 

収束していくはずのナノマシンはその進路を変え、簪の打鉄弐式の元へと集う。

同様に、簪の脚の動きを奪っていたナノマシンすらもその拘束を解き、全身を包み込むように覆っていく・・・!

 

「・・・なに、これ。何をしたの、簪ちゃん!?」

ミステリアス・レイディの背部に接続されるはずだった赤いウイングユニットすらも打鉄弐式へと装着され、所有していたナノマシン全てを失った楯無はほとんど丸裸の状態にされてしまう。

観客の誰もが総立ちとなる。

マドカも、一夏と綾やボゥイ、セシリアも箒も本音も、更識 魁人さえも。

 

次第に白いドレスのように簪の身に纏われていくナノマシン。

黒と紫の装甲。

頭から美しく流れるヴェールはさながら花嫁のよう。

ウェディンググローブを掲げた簪は、凛々しい姿を誇らしげに見せつけながら語る。

 

「私が手動で効果薄なハッキングを挑んでると油断したあなたの負けという事よ。今時手動でのハックなんて流行りじゃない。やるなら、事前に準備していたバッチの方が早いもの」

「な、なにを言って・・・!?」

「私の本命はあなたじゃなくて、あなたを取り巻いたナノマシン。これの所有権は全部私がミステリアス・レイディのシステムの脆弱性を突いて、別の入り口から自動プログラムで奪い取った!」

 

手動で楯無の機体へ意味の無いハッキングを仕掛けたのは、それに気付かせないため。

わざわざ検知アラートを発生させれば普通の人なら警戒するところを、完全に簪を見下し切った楯無は意にも介さなかった。

 

それすらも簪の狙いだった。

 

本来、簪の実力ならアラートを発生させる可能性がある相手であれば、そもそも『真っ正面から挑まない』。

気付かせないからこそのハッキングだ。

そして、いくら強靭なプロテクトが搭載されていたとしても、生徒会長としての仕事やISロシア代表としての仕事のため、製作後よりOSのアップデートを行う事が稀であったミステリアス・レイディなど脆弱性の塊。

それを同じ更識ゆえ戦う前から知っていた簪にとって、予め組み上げていたバッチファイルによるオートハッキングだけで事足りる。

狙いが楯無の本体と思わせる事で、手動にてアラートログ件数を大量に増やし、オートシステムでナノマシンへの干渉をカモフラージュした、簪の作戦勝ちであった。

 

「悪いとは思わない。このナノマシンは頂いていくわ、これからの私の未来のために!」

「う、嘘でしょ・・・!?完全に管理者権限を奪われて・・・!?」

 

引き戻そうにも、打鉄弐式の所有として登録されたナノマシンはミステリアス・レイディへ戻らず。

あまりにも強引かつ凶悪なISのアップデートを行った簪は、力強く叫んだ。

 

「私を誰だと思ってる!私は更識を終わらせる更識、簪!雷帝の后となる女よ!!」

 

「どさくさに紛れて何言ってんだあいつ」

「かんざしっ!かっこいいーっ!!」

雷帝とはもちろん、雷光迸る螺旋剣たる忍のジョーカーを指した暗喩である。

ぼそりと毒づいた忍はしかし、不遜に鼻を鳴らしただけでそれ以上は追及しなかった。

 

「名を告げよう、雷皇后の覚醒(アナスタシア・ブライド)!!我が白百合の集いに勝利をもたらすがいい!!」

 

新たな機体名、アナスタシア・ブライドを身に纏い、なんだかそれっぽい語りと共にキーボードを叩きつつ上昇する簪。

アナスタシアとはモスクワ大公・イヴァン4世の妻の名であり、かの大公の通り名はイヴァン雷帝。

また、アナスタシアという言葉は目覚めを意味する。

ロシア代表たる楯無から奪い取った力を皮肉った、更識に終わりを告げるISの名前である。

 

「か・・・返しなさい、簪ちゃん!こんなの卑怯よ!自分の力で戦いなさい!」

「自分の力で戦ってるわ。刀奈からナノマシンを奪い取る技術は間違いなく私自身が磨いてきた力そのもの!恨み節を放つなら、どうしてこのセキュリティが大切な時代にOSのアップデートをしてこなかったの?自分の力に胡坐をかいた更識の悪癖そのものじゃない!」

「それは、それは・・・!」

簪の正論に言葉を失う楯無。

 

言い訳はすまい、それでも楯無は試合前にOSを更新していたのだ。

これまで判明していた脆弱性の修復、予測される危険性への対策含め実施してきたつもりだった。

だが簪は、楯無の想定を遥かに超え、ミステリアス・レイディに残された―――楯無がフォローしきれなかった脆弱性を突く作戦に賭けることが出来た。

簪は信じていた。自分の力を、自分を支えてくれる仲間達の力を。

逃げ惑いながらキーボードを叩き続けたのは、絶対に存在するはずの脆弱性を燻り出すためのものでもあった。

見つからなければ簪の負けであったが、それでも諦めなかった。信じてしまえた。

信じられてしまうほどに、更識という家系が腐り果てているから。

 

「自分の力で戦えと言うなら、とっとと更識の加護から離れてみせろ、刀奈!相手を見下して父の言いなりとなる生き方こそが、あなたが名乗る楯無のやり方なら何故怒る!?」

「違う、違う、違うっ!!」

首を何度も振り、残ったランスで突撃を仕掛ける楯無。

 

「私は、更識 楯無なの!日本最強の一族の長!IS学園生徒会長にしてロシア代表!私の年齢で、これほどまでに立場を確立した女が他にいる!?IS学園の長たる私は最強でなきゃいけないの!更識の後継者として日本を背負う覚悟がなきゃいけないの!だから、こんなところで負けちゃいけないのに!」

 

ほとんど腕と脚部だけとなったミステリアス・レイディだが、楯無自身の技術にはいまだ陰りはなく、凄まじい打突の連続で簪を攻め立てる。

それら全てを、大きく広がったスカートのナノマシンを巨腕と化して防ぐアナスタシア・ブライド。

 

もともとは水のヴェールだったミステリアス・レイディのナノマシンは、内部構造をナノマシン同士の改造により性質を変え、鋼の繊維として防御に回せる強靭な鎧と化していた。

自在に形状を変化させる事の出来る花嫁衣裳の名を【ブライダル・ファイバー】。

簪の隙を突こうとも、打鉄弐式にもともと搭載してある高性能センサーにより自動感知し防御を行う鋼鉄の決戦衣装である。

 

「どうして、どうしてなの簪ちゃん!私はただ、あなたと仲良くしたかっただけなのに!あなたと二人で助け合って更識の新しい歴史を作っていきたいと思っていただけなのに!どうして私の前に立ちはだかるの!?どうして私の邪魔をするの!?どうしてっ!?」

涙を流しながら、簪の心へと問いかける楯無。

もはや自分の敗北する未来が見えていながらも、慟哭せずにはいられない。

 

こんなに優しく接してきたのに。

こんなに想ってあげていたのに。

こんなに、こんなに―――。

 

「恩着せがましいのよ、こンの馬鹿姉貴!!!」

 

黙って聞いていたものの、ついに我慢の限界を超えた簪の叫びが響き渡る。

ブライダル・ファイバーにランスを掴ませ、ブライダルグローブ越しに―――ほとんど素手で、楯無の横面を殴りつける簪。

頬を襲う痛みに唖然とする楯無と、慣れぬ拳打の痛みに歯を食い縛って耐える簪。

怒りに眉間の皺を深く刻んだ妹はもう、そんな楯無を、刀奈という姉を見るに堪えなかった。

 

「私と仲良くしたいならどうして痛みを共有してくれなかった!?助け合いたいと言いながらどうしてあの糞親父から助けてくれなかった!?どうしていちいち私の前に立ちはだかって邪魔をしてきた!!どうして私を――姉妹として、対等に見てくれなかったの!?」

「か、んざ、し、ちゃ・・・」

「更識の長だから、生徒会長だから、ロシア代表だから何だっていうの!?私が欲しかったのはあの駄目親父から守ってくれる姉だ!私が泣いてるときに一緒に泣いてくれる姉だ!あなたがいつ私の想いに寄り添ってくれたというの!?答えて、刀奈!!」

楯無の肩を押しながら積年の想いをぶちまける簪の目からも、またとめどなく涙が溢れ出る。

 

自分だって実の姉にこんな真似をしたくはない。

実の父を裏切りたくはない。

けれど、ここまで簪を追い詰めてしまったのも、その姉と父だった。

求めていた情の全てを家族以外から貰って来た簪は、もう引き返す事が出来ない程に更識と心が離れてしまっているのだ。

 

「負けられないというなら勝ってみせろ!楯無を名乗り続けたいならこんな不穏分子くらい排除してみせろ!私はそんな理由で戦わない、戦いたくない!私は更識じゃなくていい、大層な肩書きなんていらない、ただの簪でいい!」

ブーストを続けてスタジアムの外壁へとその身体を叩きつけた簪は、バックブーストして楯無から距離をとると両手を組んで高く掲げた。

 

「私が戦う理由なんて、大事な人を守りたいから!大好きな人と一緒にいたいから!ただそれだけでいい!」

 

両手にナノマシンが集中していき、巨大な螺旋を描く突起が誕生する。

2メートルはありそうな長さ、一番太いところで直径1メートルはありそうなそれは、彼女の愛する雷帝の主武装を模した―――大型のドリルだ。

 

「な、なんですかそれは!?」

「やっべぇええ!すげぇ、やっべぇえええ!!」

「か、かか、かっけぇーーーっ!!」

「おいおい冗談だろ・・・!」

その簪のイメージからは遠い武装に綾が、一夏が、ボゥイが、忍が身を乗り出しておののく。

だって男の子は大好きでしょ、ドリル。

 

「あ、ああ、あああっ・・・!」

もはや震えるのみとなった楯無へと、全身を赤く染めた簪が勢いをつけて突貫していく。

麗しきクリースヤナと呼ばれたミステリアス・レイディの高出力モードを再現した、アナスタシア・ブライドのフルパワー。

その形態の名をイズミニーニェ・トゥヴァタ―――お色直しという。

そして放つ奥義はミストルテインの槍ではない。

 

「シエロ・エル・インフェルノーーーーーーーーッッ!!!」

 

ミステリアス・レイディ―――楯無が構えたランスを容赦なく貫く一撃。

当然、殆どの装備を失った楯無にそれを耐え切るだけの力は無く、瞬時にしてバリア残量を失うものの、強力な回転に吹き飛ばされてグラウンドへと落下していく。

明らかなオーバーキルであるが、少なくとも簪からしたらそれは憎しみからではなく・・・ただ姉に対して全力を出し切りたかった、それだけの事である。

 

『勝利チーム、アルストロメリア!!』

 

簪たちのチームの勝利を告げるアナウンスにわっと歓声が沸く。

「簪ちゃんっ!」

「やったね、カンザシ!」

駆け付けたミーア、そしてダーシャと、地に降りてISを解除しながら抱き合う簪。

三人の表情には自然と笑顔が浮かべられていた。

「ありがとう、ミーア、ダーシャ・・・二人がいてくれたおかげで、私は・・・!」

「ううん、ううん!私達こそ、駆け付けられなくてごめんね!」

「でも自分の力で姉さんを超えられたんだね!マジパねぇっしょカンザシ!」

緊張から解かれてぼろぼろと泣き出す簪を受け止めるミーア、頭を撫でるダーシャ。

そぞろと称賛に駆けよってくる綾たち1年A組の生徒達。

 

また、楯無―――刀奈は、もはや賭けに負け更識の後継者から外れている彼女は、白土の上に倒れたまま顔を手で覆いながら呟いた。

 

「・・・分かってた・・・本当は簪ちゃんが正しいって知ってた。でも認めたくなかったの、私が弱い子だって事実を。簪ちゃんが見捨ててしまうくらい駄目になってる自分を・・・いつか、お父さんだって私達をちゃんと愛してくれるって、そう思いたかったの」

 

「・・・刀奈・・・」

「更識が腐敗してる事だって知ってた。けど、私には逃げられなかった。だって、お父さんが怖かった。簪ちゃんが叩かれてるうちは私は安全だって、そう思ってたの」

嗚咽をあげながら心中を吐露する刀奈へと歩み寄り、しゃがんでその手を握る簪。

 

「・・・知ってたよ。私も怖かったから。もし立場が逆だったら、私が姉さんを見捨ててたかもしれない。だからそれを悪くなんて言えないわ」

「簪ちゃんと一緒に立ち向かうべきだったって、分かってたの!でも、やっぱり私には出来なかった!お父さんと向き合うと、殴られる痛みがフラッシュバックして耐えられなくなるの!こんな、こんな弱いお姉ちゃんで・・・ごめんね、簪ちゃん・・・!」

「いいよ。謝ってくれた事、ちゃんと弱いところ見せてくれた事、嬉しいよ姉さん。私達は、やっと分かり合う事が出来たんだね・・・!」

「うああああっ・・・あああああああああ・・・・・・!」

 

簪に縋りつき、ダムが決壊したかのように何度も謝りながら刀奈は泣いた。

抱き返す簪もまた、双眸から涙をとめることなく掠れた嗚咽をあげていた。

ようやくこの姉妹は更識という垣根を取り払い、心で繋がり合える間柄となる事が出来た、綾にはそれがとても嬉しく感じてラウラの手を取った。

ふっと笑って握り返すラウラ。

分かり合えない関係のきょうだいは多い。それでも、こうして分かり合える仲間がいる事が嬉しくて、綾とラウラには心の底から共感し、祝福したいと思えるのであった。

 

そこへ、お呼びでない男が立ち上がった。

 

「ふ、ふざけるな刀奈っ!何を無様に敗北を晒しているっ!」

びくり、と反応する簪と刀奈。

観覧席から息を荒く怒号をあげる先代楯無・更識 魁人である。

「く、くだらん賭けをした挙句に負けよって!貴様のような役立たずに期待した私の気持ちをふいにして!更識に敗北など許されないのだぞ、分かっているのか!」

でっぷりとした腹を揺らしてわめく中年の男に、怯え震える刀奈。

静かに涙を流して俯く刀奈であったが、それを庇うように彼女の前に立つのは・・・他ならぬ、簪であった。

どこから拝借してきたのか、綾からマイクを渡された簪は声高らかに言う。

 

「皆さん、ご観戦ありがとうございます。私は現時点をもって第十八代目更識 楯無の名を襲名した、更識 簪と申します」

「き、貴様ーっ!何を勝手に!」

スタジアム全体へスピーカー越しに声を届ける簪に、慌てて走ってグラウンドへ降りようとする魁人。

筋肉の弱ったその動作はとてもゆっくりで、その間にも簪の宣誓は続く。

ミーアの手を繋ぎ、ダーシャに腰を触れられながら。

 

「我々更識家は、百年以上昔から日本を影から支える一族でした。しかし、もはや時代の流れと共にその役目は終わりを迎えているのだと私は判断しています」

 

腕を組んで微笑みと共に見守る綾、その肩に肘をついて聴き入る一夏、優雅に微笑むセシリア。

 

「いまはもう、日本の守護は自衛隊とIS日本代表、そしてIS学園に駐在してくれている専用機持ちと専門の先生たちにより力強い守りが敷かれている事は皆さんのご認識の通りです」

 

両手を腰に添えて立つボゥイと、頷きながら聴くシャルロット。

鞘に収まった二刀を腰に差して簪の後ろへ控える箒、肩に抱えた軟槍の持ち手を地につける鈴。

 

「現に、私達は更識の力添えが無くとも凶悪なテロ組織が放った暴走ISを鎮圧するに至りました。これは日本だけじゃなく、世界中のISを通じて築かれた絆による力だと私は思っています」

 

いつだってそうしてきたように、簪の近くでメイドとして首を垂れる本音。

黙って刀奈を引っ張り立たせるラウラ。

 

「私には国境を超えてこんなにも仲間がいます。辛い時でも手を取り合える友達がいます。この繋がりはいつか、立場など関係なく世界中を悪意から守護する力になっていくと信じています・・・だから」

 

ひぃひぃと息を吐きながら、魁人がグラウンドの通用口へ到着する頃にはもう遅く。

 

「平和な世界に銃がいらないように、日本を害する国家が現れない事を祈るために、十八代目楯無の名において、私は更識家の廃家を宣言します!」

「や、やめろおおおお!!」

 

ひたひたと駆け寄ってきた魁人は、娘である簪へと勢いをつけて拳を振り上げる、が。

凄まじい速度でその前に立ったマドカが飛び上がり、全身の回転を利かせた平手打ちにより魁人の贅肉にまみれた身体を吹き飛ばす方が早かった。

「へぶぅぅぅっ」

情けない悲鳴をあげて白土の上を滑る魁人。

 

「てめえ、かんざしに何をしようとした?」

 

つかつかと近づき首元を掴んで引きあげながらマドカは、父譲りの口調で問い詰める。

誰かを傷つける事を罪と知り、誰かのために戦う必要性を知った彼女は、それだけで別人の様な成長を見せていた。

「な、なん、なん、なんっ!」

「おい、おれの娘が聞いてんだろうが、とっとと答えろ」

また、それを止める事無く助長するかのように魁人の尻へと足を乗せる忍。

呆ける刀奈を尻目に、顔中を赤くしてじたばたともがく魁人。

 

「貴様ら、私が誰だか分かっているのか?!更識だぞ!その頂点に立つ男だぞ!き、貴様らなど私が一声かければ日本という国家が黙っていないんだぞ!」

「んなワケあるかい。たった今カンちゃんがその権利放棄したの聞いてなかったのかい?」

「うんうん!ボク達だけじゃなくて、みんなが聞いてたよ!」

ボゥイが意地悪そうに聞いてやると、シャルロットが応じる。

「そ、そんなもの無効だ!さ、更識の発言権は、全て私にあるのだから!」

 

「恥を知りなさい、俗物」

その言葉を聞いて目の前で見下ろしてくるのはセシリア・オルコット。

誇りあるオルコット家の顔たる彼女には、同じように家督の長であった魁人の態度が許せないものであった。

「家督相続とは自身が認めた者へ全権を委ね、絶対の信頼を寄せるものです。それが肉親であるのなら猶更。それが出来ず後継ぎを傀儡にするなど許されない事と知りなさい」

「だっ、黙れっ!私が偉いんだ!私が更識なんだ!私こそが天に選ばれし最高の・・・」

 

「ならばこの場に立つ我ら簪の友を全て斬り捨てて我を通してみるか、老害」

すらりと抜かれた刀を首元へと添え、威圧する箒。

逆側には、鈴の槍がさくりと地に刺さる。

二人ともこうなる事を予見し、防衛力として武器を持ち込んでいたのである。

 

「老兵は去るものよ、おっさん。時代は変わるの。いつかあたし達だって後進に道を譲る時は来る、今はあんたの番。もうあんたの役目は終わってるのよ」

「が、が、ガキ共が抜かしよってえええ!」

「そのガキに抑えつけられる貴様は何だ。贅肉にまみれた醜悪な家畜以下め」

セーフティを外した拳銃――10mm口径のH&K USPを向けるラウラに息を呑む魁人。

装填されているのはゴム弾だが、威圧には十分な効果がある。

「か、家畜以下だと!?」

「豚なら可愛いければ食糧にもなれるが貴様はその役目すら果たせんだろう。おかしい事でも言ったか?」

「かっ、刀奈っ!こいつらを殺せ!私に歯向かう屑共を皆殺しにしろ!」

ラウラの傍に立つ刀奈へと唾を撒き散らす魁人であったが、震えながらも涙を拭った刀奈は覚悟と共に言い放つ。

 

「屑はあなたです、お父さん。こんなにも仲間に恵まれた簪ちゃんと、私をこんな風にしたあなたでは、どちらが正しいかなんて答えは出ています」

 

「貴様あああ!本音、こいつらを排除しろ!布仏家はまだ更識の属家だろう!!」

縋る者を失った魁人はついに本音にまでそう命じるが、本音は慣れた動作で頭を下げると、

「クソ食らえでございます、旦那様。わたしのご主人様はかんちゃんであって、あなたはわたしにとって他人で敵です」

「こっ、こっ、このっ・・・!」

「いい加減に観念してくださいな、クソ爺」

「お前に味方する奴なんてここにはいねぇんだよ!」

 

とどめとばかりに綾と一夏が言うと同時に、貴賓席に座っていた―――もちろん来ていたアルベール・デュノアが立ち上がり、手を叩いて叫んだ。

「若者の決断に拍手を!新たな時代に喝采を!我らISに関わる者が支持すべきは老人ではない、苦渋の決断を果たしたミス簪である!そう思いませんか、皆様!!」

「盛者必衰、諸行無常!未来ある若者への誹謗中傷許すまじ!即刻消え去るが良い、愚者め!!」

それを受けたISチャイナ理事長・王 秀英もまた拳を作り魁人へ怒りを向ける。

次々と呼応して立ち上がるIS業界の上役達。

IS学園生徒もまた、学年を超えて立ち上がって簪を支持していく。

 

「オッサンの野次を聞きに来たんじゃないのよ!早く帰れ!」

「簪さんっ!わたし、感動しました!あなたの戦いも、覚悟も!」

「会長っ!私たちはどんな時でもあなたの味方ですよーっ!」

「自害せよシューマッハ」

「ここはIS学園!ジジイがボケの介護に来る場所じゃないのよ、出てけ!」

 

みんな簪を、刀奈を味方して声をあげる。

降り注ぐ想いの嵐にまたもボロボロと泣き出す簪。

これまでの自分を悔いながらも、自分はまだやり直せると気付き涙を流す刀奈。

そしてどさくさに紛れて罵倒されながらもボゥイは楽し気に笑っていた。

「いいねぇ、これが学校ってやつか。仲間がいて、繋がりがあって、同じ敵に立ち向かえる。オレはここに来て良かったって思うぜ」

「うん!ボクもそう思うよ!」

頷くシャルロットと笑い合うボゥイ。

 

「ば、馬鹿な、馬鹿な・・・」

マドカに掴まれたまま、力なく項垂れる魁人。

そこへ、千冬が山田先生や数名の教師を伴ってその場へとやってきた。

まるで希望を得たかのように千冬へ向き直る魁人は、諦め悪く下卑た笑いを作り、

「ぶ、ブリュンヒルデ!こいつらを何とかしろ!貴様ならどうにかできるだろう!」

「出来るがしてやる義理は無い。外部の人間がIS学園の生徒へ無許可に干渉する事は禁じられている事を知らないのか?」

「我が校の生徒への暴力行為未遂、決して見過ごせるものではありません!現時点をもって更識 魁人のIS学園出入りを禁じ、これまでの会話内容より児童虐待の疑いが持たれるため警察を呼ばせて頂きます!」

「そ、そんな馬鹿な・・・!」

山田先生より突き付けられたレッドカードに絶望色に染まる魁人は、ぶるぶる震えると最後のあがきとばかりに掴まれた服を破いて、マドカを振り払うと刀奈へと憎悪を向けて駆けていく―――。

 

「ひっ―――」

「このゴミがああああ!!お前のせいで、お前のおおおおおおっ!!」

 

虐待されていたトラウマから動けない刀奈へと飛び掛かった魁人はしかし、カウンター気味に放たれたボゥイの切れ味鋭い回し蹴りによって大きく吹き飛ばされ、防護服で武装した教師達へとシュートされていった。

 

「ライダー、キック。ってな?」

「えっ・・・!」

 

咄嗟に庇いつつふざけて笑いながら二ッと歯を見せたボゥイに、思わず胸を高鳴らせる刀奈。

手加減されたのだろう、ISであるボゥイに蹴飛ばされてなお鼻を折るだけで済んだ魁人は気絶したまま引きずられてスタジアムから姿を消していく。

 

「お前さんもよく頑張ったぜ、嬢ちゃん」

くしくしと刀奈の頭を撫で、簪の元へ集う仲間たちの輪へ溶け込んでいくボゥイの背中を目で追い、熱くなる顔と激しく動悸する胸の鼓動に戸惑う刀奈。

「・・・なに、この感じ?・・・まさか・・・!」

簪を大きく変化させたほどの、ヒーローとの邂逅とでも。

すなわちこれが、恋。

 

「ボゥイ・・・シューマッハ、くん」

 

恐怖の象徴でもあった父から守ってくれたボゥイを必要以上に脳内で美化させながら、楯無はうっとりとした視線を彼へと向け。

 

泣きじゃくる簪の元へは忍とマドカが駆け寄り。

「しのぶ、さん・・・!」

「やるじゃねえか、簪」

「かんざし!かんざしは勝ったんだね!すごいんだね!」

「マドカちゃん・・・!」

一番褒めて欲しかった二人に優しい言葉をかけられて、ぐずぐずな表情となる簪。

そんな彼女へいたずらっぽく笑い合ったミーアとダーシャは、その背中を押し出して忍の懐へと迎えさせ。

少し戸惑いがちに視線を彷徨わせた忍は、それでも簪を拒否する事なくそっと肩を抱いて頭を撫でてやり、

 

「胸を張れ。お前は強え」

「・・・う・・・うぁぁ・・・うぇええええぇぇぇっ・・・・・・!!」

 

忍の胸の中で大泣きする簪と、心配そうに寄り添うマドカ。

 

波乱が約束された専用機限定チームバトルは、初戦から大きな山を越える事となったのだった。

 




用意してやった、スケープゴートを!

このまま楯無いやさ刀奈を悪役みたいに終わらせるのはもったいないので更識父には犠牲になってもらいました。

ていうかこんなバカにときめく刀奈ちゃん。
更識姉妹、謎のチョロイン枠。
むしろ最高に輝いているのかもしれない。どうなるシャル子。
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