インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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第二話 幼馴染と愛兎とパイルバンカー
幕間


「やっぱさー、距離近くなってるって」

「いやいや、まだ一か月だよ?そんなあっさり話が進んじゃってもつまんないじゃん」

「でも最初から仲よかったじゃん?箒が言ってたけど、出会って初日に合体したって」

「それは若さゆえっていうかさ。海外じゃヤって相性確かめてから付き合う国があるらいいし」

「わぁおグローバル!さっすがIS学園、そんじょそこらの学校とは常識が違うわ」

 

季節は巡り、五月。

 

先月のバトルロワイヤル以降、そこそこクラス間での友人関係が構築されつつある現状。

女子達の内緒話はとある一つの話題で持ちきりとなっていた。

否、内緒というには大っぴらな声量での会話故に、話題にされている人物にも駄々洩れであるのだが、しかしそのために、それを聞いていた本人たちからすれば我慢のならない事態でもあった。

 

「どうしてこうなった・・・どうしてこうなっている!」

普段の口調を忘れるほどに悲しみに荒ぶるは鶴守 綾。

世界でIS――インフィニット・ストラトスという外骨格フォーマル・スーツを身に纏うことが出来る数少ない男性の一人。

女子だらけのIS学園に本年度入学した、男子高校一年生である。

 

「ほんと、何でこんな事になったんだろうな・・・」

机を拳で叩く綾の肩へ手を置きながらため息するのは織斑 一夏。

ISを装着できる男性のもう一人で、爽やかな顔立ちをほんのりと青く染めながら目を薄く開いている。

 

「そも、もとはと言えば君のリアクションがホモホモしいのがいけない」

「お前が俺に無駄に突っかかってくるからだろ!」

小声で言いあうその小競り合いすらクラスメイト女子達の燃料となる様子で、

「始まったわ・・・!名物、織鶴ラバーズコーレル!」

「私はこれを聞くためにIS学園に通っていると言っても過言ではない」

「大体、あんな顔のいい二人がひとつ屋根の下で暮らしてるって時点で、何も起きないわけがないのよね」

「何という推理。貴様もしや天才か」

このように、普段の軽い言葉の応酬でさえ彼女らにとっては生きる甲斐に変換される。

 

そう、織斑 一夏と鶴守 綾は、絶賛付き合っている疑惑がクラス内で蔓延しているのであった。

切っ掛けは何ということは無い、ここ1年1組クラス代表選抜バトルロワイヤルにおいて、男子特有のつまらない口論をしながら戦闘を行ったことによる。

本人たちからすれば単なる悪ノリの一環でしかなかった筈なのだが、IS学園に入学すべく育てられたエリート達である女子生徒からすれば、それこそ小学のうちから女子だけで育てられていた生徒もいるわけで、男子という生態の何たるかを正しく認識せずにここまで来た者も少なくはない。

それゆえに、男子は男子同士で恋をして、そのようなやり取りを日常的に行う事でお互いの愛情を確かめ合っているのだと、そう感じてしまってもおかしくは――

 

「おかしいですからね!?ちょっと貴女達、そこに直りなさい!」

 

とある自習時間、する事が無く綾と一夏への妄想で時間を潰していたクラス内の女子へ一喝して黒板前の壇上へと立った綾は、ばちんと黒板を手の平で叩いて注目を集めた。

綾は、女子比率の高い学園で命知らずともいえる、普段から年上の、大人の女性が好みであると言って憚らない男であり、馬鹿にされようが敬遠されようがまるで気にしないメンタルの持ち主でもあれど、一夏と恋仲であると思われるのは流石に我慢がならなかったのである。

 

「貴女達は男というものを分かっていない!ええ、そりゃ中には男同士の恋愛を望む者もいるでしょう!しかしそれは女子とて同じ事、女同士での恋愛しか考えられない者もいるでしょうとも!けれどその認識を僕らに当て嵌められるのは断じてNG!正しい解釈を行わない事はそれこそクラス内の不和につながるので、今日こそは言わせて頂きます!」

さながら選挙の演説かのように身振り手振りを駆使して言をつないだ綾は、最後に教壇を両手で叩いてはっきりと宣言をした。

「僕は一夏とは単なるルームシェアを行っているだけの友人関係で、僕自身は男は勿論の事、貴女達の様な精神年齢の低い連中に恋愛感情は持ちえません!僕は例えば、山田先生や千冬先生の様な大人の女性が好きなのです!断じて!貴女達の考えるようなボーイズラブな感情は無い!僕は!大人の!女性を!愛しています!あとおっぱいとか大好きです!」

 

力強く力説する綾。

あえて性的な発言を混ぜる事により自分の評価を下げ、この話題を終わらせようと画策しての演説であったのだが。だが。

 

「雄(お)・・・っぱい!」

「やっぱあれよ、織斑くんの脂肪の少ないすっきりした胸が好みって事よ!」

「あ、そのネタ頂き」

「読まねば(薄い本)」

「何で今の発言内容でそっちの方向にいくんですかああああああ!!」

 

言わなきゃよかったと思う程度には伝えたい情報が伝わらず悲鳴をあげる綾。

もんどりうって涙を流す程にメンタルへのダメージを受けた綾に代わり、今度は一夏が壇上へと立ちクラスメイトへと真摯な視線を投げかける。

「みんな聞いてくれ!綾の言う通り、俺たちはそんな関係じゃないんだ!」

「きゃあああ!彼氏のピンチに彼女が立ち上がったわ!」

「あ゛!?彼氏じゃねぇよ彼女だよ間違えんな!」

「だから解釈(それ)の話始めたら屍しか残んねぇだろうがよ!」

既に一夏が何か言うだけでこの有様であった。

一部の過激派が取っ組み合いの喧嘩すら始める混沌を極めだしたクラス内は、もはや一夏が何をしようと収まりがつかないくらいの争いの場と化していた。

例を挙げるとしたら、世紀末より酷い。

この光景を一度でも健康な男子が目にしたのなら、女子の楽園でのハーレム等という幻想は二度と描くことは無くなるであろう。

 

「くそっ・・・俺は、無力だ・・・!」

転がる綾の横でしゃがみこんでさめざめ泣き始める一夏。

手に負えないレベルで腐りきっている女子達への打つ手を失った綾と一夏は、もはや卒業までホモカップルのレッテルを貼られ続けるのかと絶望に染まりつつあった、が。

 

「落ち着けお前達!」

よく響く声でまたも壇上へと立ったのは、一夏の幼馴染かつ黒髪のポニーテールが印象的なグラマー女子、篠ノ之 箒。短めのスカートとニーハイソックスが何とも輝かしい。

「ほ、箒!」

「箒・・・!」

その姿は男子二人にとって神かブッダか。

彼らを守るかのように立った救いの女神たる箒は鼻息荒しながらも、自身へと視線を向ける同性の仲間達へと、勢いよく言葉を放った。

 

「私は確かに、入学初日に綾を背後から押し倒す一夏を見た!だがそれが何だ!それでも私は彼らの趣味嗜好を、異性として、私達の仲間として受け入れよう!それが女ってものだろう!ついて来れる奴だけ、ついて来い!」

 

わああああああっ!!と、湧き出す歓声。

唖然とする綾と一夏。

口の塞がらない二人を振り返った箒は、握りこぶしをつくってドヤった顔を見せつけた。

「いや何がしたいんだよ箒!!」

「え、お前たち二人の仲の良さを、決してからかうような事は良くないと・・・」

「遠回し過ぎるんですよ、言い方が!!」

消火してくれるのかと思ったらガソリンの雨を降らせた箒に詰め寄るも、時すでに遅し。

 

ついて来れる奴だけついて来いと言った結果、クラス全員がついて来てしまった。

今このクラスにいるのは、皆が皆ついていけてしまう猛者しかいない。

良かれと思ってやったのに叱られてしまった箒は、何がいけなかったのかと困り顔でおろおろするばかりであったが、そこへ、4人目の登壇者が現れた。

 

「お待ちなさい、皆様!」

イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

バトルロワイヤルにて綾と最後の生き残りをかけて争ったエリートであり、かつては男性を忌み嫌っており綾を目の仇としていた、金髪ロールにレース付きのヘアバンドが特徴的な女の子。

現在は出会った時と比べてすっかり角が取れ、温和で優雅な物腰となった英国貴族の末裔である彼女は、どこから持ってきたのか謎であるが紅茶が注がれたティーカップを片手に箒の隣へと立ち、魂の抜けた表情の一夏と綾、および女子生徒全員の視線を集めながら、カップを持っていない側の手を掲げて弁じた。

 

「我がイギリスでは・・・同性婚が認められておりますわ!!」

 

今度はおおおおおっ、と感嘆の吐息が室内にこだました。

「と言う事は、つまり・・・!」

「最終的にイギリス籍になれば、二人の結婚が認められるのね!」

「日本では認められず迫害されたとしても、輝かしい未来が待つ国へと彼らは手を取り合って走り出す・・・!」

「なにそれロマンの嵐」

「どなたか映画監督に知り合いいらっしゃらない!?ドキュメンタリ作品が一本出来るわよ!」

「セシリアは二人のキューピットね!仲人はあなたで決まりだわ!」

燃え上がるどころか教室内のそこかしこで爆発の連鎖が巻き起こり始めた。

 

ふふん、と自慢げに微笑んで紅茶に口をつけるセシリアであったが、背後から抱きしめるかのように優しく手を回してきた綾にどきりとして振り返る。

「り、リョウ?いかがされましたの――って、あ痛たたたたたたた!!」

「セラぁ・・・どういうつもりなのか聞かせて頂けますかねぇ・・・!」

そのまま制服の上から足を掛けて腕の関節を極め、力を込める綾。早い話がコブラツイストである。

 

セラ、というのは綾がセシリアを呼ぶ際の愛称であり、”CEciLiA”というスペルから取っている。シェラ、と呼ぶのが正しいのではあるが、そこは仇名として呼びやすい方で定着している。

 

さておき、多少は加減をしつつも、男女でありながらこのようなボディランゲージが可能なくらいの親密度をもつ綾とセシリアは、周囲の目も憚らずに会話を続ける。

「だって今の流れ、イギリスへの興味を持って頂くための良い宣伝になるかと思ったんですもの!」

「なるほど大成功でしたねぇ!それで僕らへのダメージは考慮頂けなかったので!?」

「それはその・・・もはや焼け石に水かと思いましたので痛い痛い痛い痛いですわ!!もうこれDVではありませんこと!?」

「ヴァイオレンスかもしれませんがドメスティックではありませんのでセーフです!」

「あら本当☆・・・じゃなくて!問題はヴァイオレンスの方ですわあああああ!!」

涙目になりつつもぺしぺしと綾の手を叩くセシリア。

まるで小学生男女のようなやり取りを高校生にもなって繰り広げる二人であるが、そもそも小学生時代にこうした一般的な男女交流を行った事の無いセシリアからすれば、とても新鮮味のある体験でもあった。

 

「・・・まったく、リョウは時折紳士ではなくなるのが困りものですわ」

「それは申し訳ありませんねぇ。僕にフェミニストとして相手して貰いたいのであれば、もう少し言動にお気をつけて頂きたいものですが」

ようやっと技を外してもらったセシリアは、それでも一滴も零す事のなかったカップの中身を口へ含み、綾は言いつつも彼女の服についた埃を手で払っている。

「・・・なんだかんだ仲いいんだよな、あの二人」

「それより一夏、イギリスへ国籍を変えるというのは本当なのか!?」

そんな二人を振り返りつつ頬をかいて見守る一夏と、やはりどこかずれたリアクションを返す箒。

 

「とにかく、僕らは単なる友人ですので、よろしくお願いしますよ本当に!」

興が削がれたとでも言いたげに捨て台詞を吐き捨てて、のしのしと教室を出て行く綾。

すると途端に興味を失ったかのように友人間でのお喋りに戻る女子生徒たち。

妄想に火が点くと燃え上がるのも早いが、燃料が無くなったら鎮火するのも早いのである。

 

そのような腐女子たちの中に、綾を見る目が違っていた女子が一人だけいた。

こっそりと教室を後にし、入り口間際に立って、長い制服の袖をふりふりと振りながら何かを待ち続ける彼女は、遠くにある男子用のお手洗いから時間をかけて戻ってきた綾の姿を見つけると物陰に隠れ、タイミングを見計らって彼の目の前へと飛び出した。

 

「わーっ!」

「おおっと。本音さんじゃないですか、どうしたんです?」

 

掛け声と共に驚かせようとした布仏 本音であったが、突然現れた本音へ大きな反応をする事もなく、普段と変わらぬ笑顔で応対した。

「・・・むー。りょーちん対応が塩ー」

「仕方ないじゃないですか。遠くから隠れるの見えたんですから」

不満げな表情の彼女と、困ったような笑顔になる綾。

 

この女の子は布仏 本音(のほとけ ほんね)。

 

一夏などからは”のほほんさん”とあだ名で呼ばれている、1年1組で5人目のIS専用機持ちで、とろんとした瞼と頭両横にぴょこんと生えたサイドテール、栗色のセミロングが後ろに流れているのが外見的特徴。手から先に長く伸ばされている制服の袖もまた彼女という娘を表すポイントとなっていた。

 

「あーあ。せっかく驚かそうと思って待ってたのになー」

本当を言えば待っていた理由は違ったのだが、その名前とは間逆に本音が出て来ない本音。

「はいはい。まぁ、まだ自習時間が終わるまで時間がありますし、少し校内を散歩でもいかがです、レディ?」

拗ねる様な反応をみせる本音に対し、いつもの様に紳士を気取って軽薄な言葉で誘う綾。

 

このような誘い文句を平然と吐くため、綾は彼にBL的な期待を持たない一定の女子からは敬遠されてしまう要因となっていたが、本人としてはそうすべしと親や祖父から教育を受けていたため、大人の女性大好きと言って憚らないとしても基本的に女性相手では紳士を貫く努力を惜しまない。

仮に胡散臭いと思われようとそれはそれ。

全ての人に満遍なく好かれるよりも、手に届く範囲の隣人を愛し、愛される事を望むべしというのが鶴守家の家訓であり、綾自身の指針であり、かつ、本音はバトルロワイヤルの際に自分と同じ、ISへのこだわりを見せる同胞であると認識する、手に届く隣人であった。

 

文字通りお手を拝借、といった具合に差し出された手をきょとんと見つめた本音はやがて、おずおずと自らの袖を掌に乗せ、

「お、お手柔らかに・・・」

と、頬を桃色に染めながらエスコートを求めた。

 

 

 

本音は間延びした口調や小柄な体躯から存在を主張する豊かな乳房、ゆったりした雰囲気も相まって”のほほんさん”と呼ばれるのがぴたりと当てはまるような女子である。

本人もそれは自覚がある様子で、特にその呼称を拒む様子は無い。

しかし彼女の本質は非常にしたたかであり、ISの戦闘となると不意打ちや奇襲、罠設置なといった知略戦を率先して行い、普段の印象の裏をかく。

また、綾がその身をもって思い知った通りIS操縦技術もかなり高く、嫌な予感から撤退までの判断が早いなど機転が利き、自らのISである九尾ノ魂(ナイン・テイル)を設計するなど整備・作成能力も高い。

そういった事からもISマニアである綾の中でかなり評価の高い人物であり、他の女子達と違い男色扱いして来ない事からも安心して会話が出来る貴重な存在でもあった。

 

今も、中庭を散策しながら、話す内容は基本的にISについてが中心である。

本音がかなり細かな内容にもついていけるレベルの知識がある事もあり、綾としては自分と対等に好きな物の話が出来るのが純粋に嬉しいのかなかなか話が途切れない。

うんうんと聞いて、時に相槌を打ったりする本音はしかし、確かに聞いていて退屈ではないのだが、今一番聞いてみたい事を聞くタイミングを見出せない。

このところ、本音はそんなパターンを繰り返している事に若干の焦りを感じていた。

今日も、いつの間にやら自習時間終了間際となってしまい、惜しまれながらも教室へと歩を向ける事で合意した。

 

ちょこちょこと小動物のように歩く本音に合わせたペースで、ゆっくり長い足を動かす綾。

考えてみれば、ISの話は沢山してきたけれど、彼自身の事については何も知らないも同然で、裏を返せば彼も自分の事は何も知らない。

 

こんな気持ちを抱くつもりはなかった。

また、自分がこんな奥手であるとは知らなかった。

 

例えば一夏など、特に気が無い相手であれば何も考えず、出会い頭に腕へしがみつくくらいの事は出来よう。

けれど彼に、大人の女性が好きと公言している人に、馴れ馴れしくして振り払われる事があったら。

きっと自分は傷ついてしまうだろう。

それが怖くて、たやすい筈の一歩が踏み出せない。

限りなく近く、果てしなく遠くに感じる綾との距離。

恋をする相手なんか、選べたら良かったのにと誰にも聞こえないような声で呟いた本音は、同時に二人だけの時間が終わる切なさに胸を痛めていた。

 

教室の前まで戻ってきた綾と本音は、ちょうど教室から出てきた一夏と鉢合わせる。

「お、のほほんさん。リョウの散歩帰りか?」

「犬ですか僕は。年がら年中千冬先生の飼いチワワやってる君に言われたくありませんね」

「何だよ、そういうお前だって山田先生がいると鼻の下伸ばして発情してるくせによ」

「あははー、やっぱり二人とも仲いいねー」

ホモ扱いされたばかりだというのに癖で目くそ鼻くそを嗤い合ってしまい、本音の指摘に無言で反省する綾と一夏。

 

「駄目だ・・・このままでは何も変わらない・・・」

「て言ってもな、男子高校生にふざけ合うなって方が無理って話だろ・・・」

それぞれ猿の反省ポーズと四つん這いにてどんよりと落ち込む男子ふたり。

くるくるとそんな二人を眺めた本音は、何の気も無しに、完全に無意識に、ずっと綾へ聞きたかった事を言葉にしてしまった。

 

「ふたりは彼女つくろうとかおもわないの~?」

言ってからしまった、と唇を抑える本音。

綾と二人きりでは言えなかった事を、一夏という第三者がいる事で口のチャックが緩んでしまった様子である。

ばっ、と音が鳴りそうな勢いで本音を振り返った一夏と綾は、しばらくの沈黙の後、顔を見合わせてからまた本音を振り返り、

 

「・・・誰と?」

「なぜ・・・?」

 

本気で良く分からないといった風に聞き返した。

本音はしどろもどろになるのをどうにか誤魔化しつつ、

「えっとえっとね、だって、誰か女の子と特別な関係になってれば、他の子たちにりょーちんとおりむーが付き合ってるなんて言われなくなるんじゃないかなーって」

おりむーとは本音流の一夏のあだ名である。

何はともあれ、それっぽい理由をつけてみた本音の言葉に思考した綾と一夏は、その提案を破却した。

「それは・・・駄目だな」

「駄目ですね・・・」

「な、なんでー?」

「いやだって、女子比率が多い中で彼女とか作ったりしたらさ・・・」

「まぁ・・・間違いなく付き合った子がイジメに遭ったりしますよね・・・」

 

いろんな意味で驚いた。

一夏にしろ綾にしろ、この学校の女子への信用、ほぼゼロだった。

そして、付き合ってもいない、顔も無い自分の彼女の心配をしすぎであった。

 

「き、気にしすぎだよ~!みんな、そこまで嫉妬なんてしないよ~!」

「いや、分からないですよ。皆エリート面揃いですからね。下手をすると専用機を持っているというだけで上履きに画鋲を入れられる文化が僕らの知らないところで広まっているのかもしれない」

「そうだよな・・・能力が高い人ほど妬まれるっていうもんな・・・千冬姉だって、俺の知らないところで上級生の女子から嫌がらせ受けてたかもしれないし・・・」

「千冬先生に限ってそれはないんじゃないかなー・・・」

どちらかといえばやられたら三倍にして叩き返す人である。

 

らしくもなくネガティブを発揮している二人に違和感を覚えた本音は、ふと気付いた事を今度は意識的に口にしてみた。

「もしかして・・・怖かったりー・・・?」

ぎくぅっ!と両肩を持ち上げる綾と一夏。

そのリアクションに確信を得た本音は、ずばずばと彼らの心内を暴き始めた。

「告白してふられるのとかー、友達だと思ってた人が友達じゃなくなっちゃうとかー、好きな人に幻滅されちゃうとかー、怖いよねー、おっそろしーよねー」

全て本音自身にも当てはまる事ではあるが、あえて口にする事で自覚を促すという自己暗示という意味合いもある。

ゆるく見えながらも、本質を見抜く鋭い目と、自分に厳しい精神性が彼女にはあった。

「ばばばばばば馬鹿な事を・・・」

「そそそそ、そうそう、俺達がそんな事でびびるなんてそんな・・・」

たじろぐどころかバグってきた彼らに段々と愉悦を感じてきた本音は、

 

「もしかして、そう思われたくないような女の子がいるのー?」

と、遠回しに好きな人の存在を聞きだそうとした。

 

「か・・・」

「か?」

まずは一夏が口を開く。

か、から始まる女子といえば誰だろうと思ったが、

「堪忍してつかぁさい!!」

断末魔のような叫びと共にどこかへと逃げ出した。

「あっ、おりむー!」

呼び止めるも廊下を走る事をやめず、やがて豆粒のようになって曲がり角へ消えていく一夏。方角的には男子トイレである。

 

本音が一夏に気を取られているうちにそーっとその場を離れようとする綾の首根っこをノールックで掴んだ本音は、瞬間的に息を詰まらせた彼へ再度問うてみた。

「嫌われたくないような女の子がいるのかな?かな?」

ここで勢いに任せて聞いておかないと、この先ずっと聞けないと踏んだ本音の大攻勢。

長い髪で表情を隠しつつも、滝のような脂汗を流しながら綾はしかし、不意打ちのように本音の手を力強く握り、自身の胸元へと小柄な身体を引き寄せた。

 

「ふぇっ・・・!?」

「・・・貴女の5年後に期待しています」

 

とお得意の軽薄な囁きで赤面した本音の隙をついて、一夏とは逆の方向へと走り出した。

「僕はねぇ!誰にも縛られないから僕なんですよぉ!!」

誰に言うわけでもないが、負け惜しみのように叫んで去る綾の後姿をぽかんと見送った本音は、初めてその腕に抱かれた時とは違い、IS越しではない、好きな男の子の胸板の感触を思い返し、どうしようもない心地よさに身体全体を震わせた。

 

「・・・えへ。えへへへー。わたし、ほんっとちょろいなぁ」

 

ぽかぽかと温まってきた身体を冷やさないように、小走りで教室の中に入っていく本音。

その気持ちが、もはや止まる事の無い恋愛感情と化した事を自覚しながら、また彼と話が出来る時を待ちわびるのであった。

 

一方その頃、男子便所へと辿りついた綾は、先に到着して勢い良く顔を洗っていた一夏の後ろを猛烈な速度で通り過ぎ、奥の壁へと頭を叩きつけた。

「ど、どうしたリョウ?」

先に冷静さを取り戻していた一夏が綾へ問いかけると、額から血を流しつつ彼は恐ろしいものでも見たかのように膝をがくつかせ、搾り出すように回答した。

 

「おっぱい・・・すげぇ・・・」

「は?」

「なんだあれは・・・化け物か・・・」

 

息も絶え絶えに、本音を胸元へ引き寄せた際の触感を思い出す綾。

その感触、やわらかさと反発力、全てが未体験の領域であり、山田先生の胸元へ顔を突っ込んだ時とはまた違う女性の肉体が発するインパクトというものに、この童貞小僧は打ちのめされていた。

 

そう、女子高生でありながらバスト91cmというビッグ・バン。

 

「あれが・・・女子高生という若さ・・・表面のハリ・・・恐ろしい・・・」

「今度は何したんだお前」

「そうだ箒・・・箒の胸も巨大だったはず・・・」

「いや何言ってんだお前」

「セラ・・・いや、確か箒よりは控えめだったか?他は・・・どうだ。思い出せない・・・」

「おいおい・・・本気でどうしたんだよ、リョウ?」

 

トイレ内だというのに割座でへたり込み、こつりこつりと壁に頭をぶつけながらクラスメイト女子の胸を一人一人ぶつぶつと思い出していく綾に、流石に心配になる一夏。

声を掛けられた綾はくわっと目を見開いてイナバウアーの如き体勢で一夏を振り返り、ホラー映画のようなおどろおどろしさに引く一夏へ質問をした。

 

「一夏。君、おっぱい揉んだ事あります?」

血走った目で意味の分からない事を口走ったルームメイトから寂しげな顔で目を逸らした一夏は、静かにスマホを取り出して職員室にいるであろう姉を呼び出した。

「もしもし千冬姉?ちょっと、リョウがおかしくなっちゃったんだけど・・・」

 

壊れた電化製品は斜め45度の角度で叩けば直るなどと誰が言ったのか。

少なくとも昭和後期の機械に詳しくない一般家庭で行われていた物理的修理(千冬のチョップ)によって、鶴守 綾は正常な意識を取り戻した。

代償として、のほほんとした少女の胸の感触を忘れてしまったのだが。

 




のほほんさんは月姫のさっちん枠。
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