インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

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In The End

一夏が殴る。ボゥイが殴り返す。

格闘については素人ゆえの一夏の身のこなしと中国拳法の達人クラスのボゥイでは戦闘力に差が出るはずであるのだが、互角な殴り合いが出来ているのはリベリオンがただの殴り合いに付き合っているからだ。

この戦いでは勝敗よりも一夏と理解し合う事に重点を置いているゆえである。

顔面を狙ってくる大振りの拳をあえて受け、力一杯の殴打は避けられる筈だろうにかわされない。

さながらプロレスの我慢比べである。

「このっ・・・ボゥイ!さっさと倒れろ・・・よっ!!」

激しい金属音が響き、リベリオンのフェイスガードにヒビが入る。

「ナメんなよ、イチ助!オレを真正面から倒そうなんざ10年早ぇ・・・ぜっ!!」

力強いボディブローが空を切り、白虎の腹へと吸い込まれて内臓を圧迫する。

普通の人間ならISのバリアスキンが残っていようと気を失いそうな一撃でも、遺伝子強化された一夏の肉体は物理的にも痛みにも強く出来ている。

流石にIS無しでは耐えられようもないが、白虎との組み合わせによりパワーも耐久力も並のISを軽く超えているのだ。

ただし、耐えられるだけで一夏自身は無傷で済んではいない。

頬は腫れ、そこかしこに青痣を作っている。

息も荒く、全身に痛覚を迸らせながらも、ボゥイ・シューマッハと対峙するその姿は異常でもあり、間違いなく男の姿であった。

 

「・・・信じられねぇ。お前さん、ホントに人間かよ?」

ボゥイもまた、これほど殴りつけても倒れない一夏に戦慄しながら聞かずにいられない。

人間でないボゥイが、まがりなりにも人間の一夏に圧されている。

事実、真正面からの互角の殴り合いに見えて、後退しているのはリベリオンの方なのだから。

一夏は口の中に溜まった血を勢いよく吐き出すと、にぃっと口の端を吊り上げる。

その様はまるで、彼の相棒の如く。

「人間だよ、俺は。何も知らねぇガキで、弱っちい男さ。でも・・・」

まだまだ闘気を衰えさせず、一夏は、白虎は吼える。

 

「負けたくねぇって想いはこの学園で俺が最強だ!勝ちてぇって願いが俺より強い奴はいねぇ!もっと本気で来いよボゥイ!俺はあの綾を墜とした男だぜ!!」

 

勝敗はともかく、それは一夏にとって大きな自信につながっていた。

憧れ続けた同居人、親友、相棒、ライバル。

ようやくあいつと同じラインに立てたという喜び、達成感。

だからまた次のステップへ進める、努力が出来る。

織斑 千冬を超え、後悔と自責に囚われた姉を救うという明確な目標を持てた今の一夏は、もはやIS学園に来た頃とは別人のように成長していた。

 

「少年を倒したってんならオレだって同じの筈なんだがねぇ・・・この成長の違いはなんなんだか」

羨むようにごちるボゥイだが、その理由は何となく察していた。

ほとんど偶然のような勝ち方をした自分とは違い、一夏が綾を倒すに持っていた想いは大きさも、重さも、何もかもが桁外れだったからだ。

気持ち一つで人間の成長度合いはまるで違う。

まして、願いが達成された後に空虚が待つ事がなかった一夏は、今誰よりも波に乗っている。

のらりくらりと自分優先に生きて、人を愛する事から逃げ続けてきた自分とは大違いだ。

「人格としてのスペックで負けてるってか、悔しいやら腹立つやら」

芽生えるのは嫉妬。

ボゥイ本人は気付いていないが、心の奥底で溜まっていた不満感。

自分とは違い、輝く陽の元で正しく育ってきた少年への妬み。

何よりも、憧れ続けた阿鈴の瞳を独占し続ける男。

 

怒らずにいられるか?

解放せずにいられるのか。

既に壊れ切っている、お前が(・・・)

 

正常な状態では勝てないのだろうとボゥイは思う。

本当の自分が持っている力は、怒りだけなのだから。

「羨ましいぜ。オレには持てない情熱ってやつ。羨ましすぎて・・・憎い」

ひらひらと両手を振ったボゥイは、軽く身体を解すように動くと両腕を交差させるように前面で組み、睨むように目の前の白虎をにらむ。

 

「レクリエーションは終わりさねイチ助。オレの負けだ」

 

「・・・なんだって?」

まさかの敗北宣言、しかし戦う意思を無くさないボゥイを注意深くみやる一夏。

「オレは人間としてお前さんに負けてるって事さ。そんなお前さんなら、オレの中の悪魔にも打ち勝ってくれるかもしれねぇ」

「悪魔だって?」

ボゥイの言葉を聞き返す一夏は、嫌な予感に背筋を震わせる。

確かにボゥイと戦っていると何か不自然な気配を感じていた。

その正体が何かわからないが、その何かはずっと一夏を、白虎を観察し続けてきた。

まるで理科の実験でバーナーに炙られるスチールウールを眺めるかの様に。

腹を裂かれた蛙の臓器を食い入るようにスケッチするかの様に。

そんな嫌な感じをずっと感じ続けてきた。そして、ボゥイの中に怒りの化身がいる事を知っているのはシャルロットだけだ。

そのシャルロットは、誰にもボゥイのそれを話した事が無かった、話せなかった。

ボゥイ自身が話そうともしなかったのだから当たり前だが、話せない理由はもう一つ―――話してしまえば、それがボゥイの本性だと自分が認めてしまう事になりかねないからだ。

 

「もしオレの中のこれが無くなるのなら、ようやくオレがオレになれるのかもしれねぇ」

「・・・何言ってるんだ、ちゃんと説明しろよ、ボゥイ」

 

「オレが燃え尽きるのが先か、お前さんがオレを抑えてくれるのが先か・・・試させてくれよ」

 

言うが早いかボゥイは、リベリオンは静かにその気配を消していく。

一夏はまるで死んでしまったかのようなボゥイの存在感にぎょっとするものの、その内側から湧き出るような赤黒い、刺々しい気配に緊張する。

 

憎め。

 

「何だよこれ・・・何してるんだ、ボゥイ!」

思わず吹雪を手にし、全身の武装をアクティブにして宙へ浮く一夏。

ぴりつく大気の中、白虎は――一夏の相方である疑似人格が、危険信号を送る。

(いけないわ!いけないわ!これはあってはならない事よ!あのISはあってはならないものよ!)

 

憎め、憎め。

 

駆け回る様な白虎の声に戸惑う一夏は、その言葉の意味を反芻する。

「あってはならないIS・・・!?ボゥイがか?何が起きてるんだ白虎!」

(あのISは狂っているわ!死に際の人間の無念を取り込んでいるの!散り際の悲しみに怒っているの!ヒトの邪悪な怨念を覚えてしまっているの!!)

「なんだって・・・!?」

 

憎め、憎め、憎み切れ。

 

オレをこんな風に産んだ者を。

オレにあんな目を味合わせた奴を。

オレの希望すらせせら笑った悪を。

オレより優れた者を。

 

総てを。

 

憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎肉宍弐句二区嫉溽忸蓐褥憎縟衂衄辱朒。

 

――――憎しみで、焼き尽くせ。

 

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

絶叫。

 

セシリアとシャルロットの互角の戦いも、鈴と本音の化かし合いも、それに見入っていた観客たちも、一斉に動きを止めてそちらを見やる。

「何ですの!?」

「ボゥイ・・・!?」

あまりの声量におののくセシリア、胸の奥がずきりと痛むほどの喪失感に震えるシャルロット。

「どうしたってのよ、あいつ・・・!?」

「ぼっしゅー、なんか変だよ~!?」

訝し気に眉を寄せる鈴、あわあわとしながらもその実冷静に状況を分析する本音。

 

ゆらりと上体を揺らし、赤く染まった瞳の色でバイザーを照らすリベリオンは、目にも止まらぬスピードで、構えていた白虎へと飛び掛かる―――。

 

右の手刀。

刃のついた銃弾のような鋭い一撃が一夏の頬を掠める。

続けて放たれた鞭のような左の蹴りを吹雪で受け止め、逆に一夏は左手のクローをリベリオンのボディへと打ち込む、が。

止まらない、止まれない、そんな程度では終わらない。

ごきり。

みしりと嫌な音を立てて開かれたリベリオンの口元からギザギザの歯牙(クラッシャー)が解き放たれ、白虎の肩口へとかぶりつき、堅牢なはずの装甲はめきめきとヒビを入れ砕かれていく。

「ボ、ボゥイッ!!」

≪寄越せ・・・寄越せェ!!オマエの全て・・・命すら!!≫

思わず吹雪から零落白夜を発動させて下から振り上げる様にリベリオンを裂く一夏。

零落白夜はバリアを貫通し、敵IS使用者の意識を刈り取る一撃必殺の光刃だ。

だが、どういうわけか装甲にろくなダメージも無ければリベリオンの動きが止まる事もない。

「くそっ!どうなってんだ?!」

『だめよ、だめよマスター!相手はIS、失う意識なんて最初から無いの!しかも暴走してしまっているの!あの機体は豪様が作ったもの、零落白夜や雪羅へのカウンターとして朱雀の翼と同じ装甲が使われているの!』

「さ、先に言ってくれ白虎!!」

不満を漏らしながらもそれで現状が変わるわけではない、そうなるとリベリオンを止める方法は真正面から切り結んで正攻法で倒す他ない。

どうにか肩の装甲を犠牲にリベリオンを蹴り剥がす一夏、口にした白虎の装甲を咀嚼して飲み込んでいくリベリオン。

 

おぞましさに一夏の背筋にぞわりと悪寒が奔る。

こいつはやばい。

放置してしまえばモルドスライムの時みたいなパニックが起きかねない。

ただでさえ様子のおかしいボゥイに観客達がどよめいている、ここでシャルロットや鈴を含めて全員で止めにかかれば、それこそ異常事態だと宣言する事になってしまう。

そうなれば大騒ぎどころじゃない、この後にまだ亡国機業やエデンの魔の手が迫っているというのに。

 

むしろ―――。

 

「これを好機に、今攻めてくる可能性もあるんじゃないのか・・・!?」

だとすれば下手に応援を呼ぶわけにはいかない。

何故、どうしてボゥイが暴走し始めたのかを考えるのは綾や簪にまかせよう。

俺のやるべきことはただ一つ。

 

≪がああああああああああああああああああああああああああああ!!!≫

 

幸いというべきかリベリオンの狙いは一夏だけに絞られている。

まるで獣の様に四つ這いになった三色の獣は両手にダインスレイフを構えてまたも白虎へと飛び掛かる。

「一夏さんっ!」

思わずレーザーライフルを放とうと構えるセシリア。しかし。

「手を出すなセシリア!」

「っ!?なぜですの!?」

圧倒的速度で切り結ぶリベリオンと白虎を空より見やるセシリアの問いに一夏は叫ぶ。

「いいか、これはあくまでリベリオンの能力だ!言ってみればバーサーカーモード、別に異常な事じゃない!」

「ど、どう見たっていじょ―――」

「のほほんさん!!」

「ひゃいっ!?」

本音の否定の言葉を遮り、殺意のこめられた連撃を四肢の剣にていなしつつ、一夏は視線を逸らさずに言う。

 

「ここは俺だけで十分だ、けどいつまで保つかわからない!早いところシャルと鈴を倒してこっち援護してくれ!!」

 

「「「「!!!!」」」」

 

ようやく一夏の言いたい事に気付く四人。

つまりは、観客への配慮や敵への迎撃体勢が整うまで試合という体を崩すわけにはいかない。

モルドスライムの件で大きく信用を落としたIS学園が、今度は内部責任で潰れてしまうのを良しとしてはならない。

だから助けに入るなら、当たり前のようにボゥイのチームメイトを撃破した後に来るよう提しているのだ。

暴走状態のボゥイに下手に手を出して、その牙の向け先をセシリアだけでなく、シャルロットや鈴へ向けないためにも。

 

「手加減は要らないぜ、鈴、シャル!お前らの全力、俺達が全身で受け止めてやるよ!」

 

今度は下手な演技で負けたりするなとオーダーが入る。

その間にも斜めから横から楯から、さながらオーストラリアの国旗の様な軌跡を描いて斬りつけてくるリベリオンに次第に押されながらも一夏は言う。

あまりの風圧に本音のナノマシンも容易に近づく事が出来ない現状、ならば一夏の言う通り早く終わらせるしかない。

「そんな・・・」

顔を青くするシャルロット。

この場で誰よりもボゥイを止めに行きたい自分が、そのために全力でセシリアを止めねばならないという皮肉。

歯軋りをする鈴。

シャルロットを思いやっているのもそうだが、自分とてボゥイが心配な事に変わりはない。

思わずにはいられない、暴走するにしてもなぜ今、このタイミングなのか。

対戦相手二人の葛藤する様を見て、セシリアは大きく溜息をつくと肩をすくめ、まるで貧乏くじでも引かされたかのようなどんよりとした表情を作った。

「やれやれですわ、もう。バカなのは自分の彼氏だけで十分だと言いますのに。一夏さんもシューマッハもおバカ過ぎて言葉がありませんわ」

「セシリア・・・!」

「ちょっと、あんたそんな言い方!」

この状況で何を言いだすのかと責める様な口調となるシャルロットと鈴だが、本音だけはセシリアの意図を汲む。

「ふっふっふ~、セラちーのツンデレさんめ~」

「そんなんじゃありませんわっ!早く行きなさいな!」

「ほーい!」

 

言うが早いか、間延びした返事とは裏腹に真剣な表情で一夏の元へとブーストする本音。

「っ、本音・・・!?」

追おうとした鈴の行く手をレーザーライフルで止めるセシリア。

どういう事かと視線を向けるチーム【デスペラード】の二人へ、セシリアはビットを差し向けながら言い放つ。

 

「でもどうしてでしょうね。女の(サガ)なんでしょうか、馬鹿な男の方が魅力的に感じられてしまうのは。ならば馬鹿な男を立てるのがいい女の秘訣というものでしょう?」

巨大ともいえるレーザーライフル・スターライトMk-III.exeをくるりと回し、挑発するようにセシリアは啖呵を切った。

 

「貴女達の相手は、わたくしだけで十分だということですわ!」

 

つまり、シャルロットと鈴の相手を自分一人が担当する事で、本音を一夏の援護に向かわせたという事。

そして、自分ならば―――念願の綾の撃破を成し遂げた自分ならば、この二人を相手にしても十二分に立ち回れるという自信のもとである。

「せ、セシリア!でも・・・!」

これでセシリアが撃破でもされれば、自分達はボゥイを守って一夏達を攻撃しなければならなくなる。

ここで本音を向かわせられたのは良い判断であったが、肝心のそこを忘れてはいけないのだ。

「無茶だよセシリア!今からでも遅くない、試合を中止してボゥイを―――」

縋る様に考え直す事を提案するシャルロット。

その土手っ腹へとビットのレーザーが集中してフェニックス・リヴァイヴのバリアを大きく削る。

「くあっ・・・!?」

「シャル!?」

即座に雷公鞭でカットに入る鈴。不意打ちに成功したセシリアはかつてない決意の表情で二人を見据え、ライフルを向けて言う。

「時間が惜しいですわ。わたくしを信じられないというのなら今すぐ消えなさい」

 

どこへなりとも。

シューマッハも来賓達も見捨てて先生の足にでも縋りなさい。

 

その挑発は限りなく現実を見据えた正論。

そして、シャルロットと鈴、二人の怒りを沸点へと導く言葉達。

目頭を熱くしたシャルロットがミサイルコンテナとバスター・キャノンを展開する。

こめかみに青筋を立てた鈴が軟槍・打神鞭を振りかぶって構える。

それでいいとばかりに微笑むセシリアは、人知れず冷や汗を一筋垂らす。

大見栄を切ってみせたものの、正直な話この二人に一人で勝てる確率はかなり低い。

だがやらなければならない。やらいでか。やってみせるとも。

我がチームメイトは自分の愛した男が最も信頼する親友だ。

自分としても戦闘時ならこれほど頼れる男はいないと思える程の。

ならば彼がシューマッハを止めるまでの間、愛しの好敵手たちと舞って魅せようではないか。

再三となるが、わたくしは馬鹿が大好きなのだから。

 

「後悔しても・・・知らないよ・・・セシリアッッ!!!」

「その澄ましたツラボッコボコにしてやるわッッ!!!」

 

かくして、白虎・ナインスレイブVS暴走リベリオンが火花を散らす影にて。

火力ではフェニックス・リヴァイヴに劣り、スピードでは道老龍に劣るレイニー・ステラの一人舞台が幕をあげる。

 

「さぁ、今回もまた、わたくしの限界を超えますわよ!!」

 

========================

 

一夏の狙い、セシリアの啖呵に思わず笑みをこぼす綾。

ああ、なんて素敵な人達なんだ。

誰よりも真っ直ぐに、そして他者を守る事に関しては誰よりも思考の早い我が親友よ。

限界を追い求め、自らを幾度も危険に晒しつつ極上の釣果を得る最愛の恋人よ。

僕は君達が僕を打ち果たさんと死力を尽くしてくれた事を誇りに思おう。

 

顔を覆ってしまいたいのを堪え、自分の仕事たるコア改造を続ける綾の頭を撫でたラウラは、少し冷ややかにモニター――秘匿通信で繋げられた豪へと視線を向けた。

「流石に今回は説明を求めるぞ、じいさま」

『・・・・・・・・・』

難しそうな表情で視線を伏せ、腕を組む豪。

心配そうに後ろから覗き込んでいる様が見えるレティシア。

しばらくして、豪は頭をかきむしると迷いのある声色で回答した。

 

『わからん』

 

「「は??」」

目を点にして聞き返す綾とラウラであるが、豪は半ばやけくそになったかのように繰り返す。

『分からんものは分からん!本当に知らんのだ!おれの移植された記憶の中ではボゥイのIS化は完璧だったはずだ、あんな不具合が生じるなど想定もしておらん!』

「なんだと・・・!?」

首を振る豪に、眉間へと皺を寄せつつ言葉に怒りを孕ませるラウラ。

綾もまた、豪の言い分に不自然さを感じて仕方がない。

まるで自分の過ちを隠しているかのような不信感、さらに豪と鶴守兄妹の溝が深まりかけたその時、飄々としながら艶のある男の声が彼らの間に割って入った。

『知っている筈がなかろう。豪は誰にもその事を知らせていないのだからな』

ふわり、とIS量子が収束し、端末と繋がれていたアマデウスのコアから、手のひらサイズの人物像を浮かび上がらせる。

 

白髪に油まみれの青いローブ。

縦長の美形の男。

 

「アマデウス・・・!?」

『そう、我だ。青龍にしてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。この我が貴様らに正しい答えを指し示してやろうぞ』

 

綾がコア内部の精神世界にて邂逅した疑似人格たる青龍(アマデウス)が何の前触れもなく姿を現わした事に驚きを隠せない一同。

そして、それならばと反応早くラウラは机の上へと待機状態のシュヴァルツェア・ガーベラを置くと、アマデウスに反応するかのようにIS量子が集まり、小さな玄武(ガーベラ)の疑似的な人物像を浮かべた。

その姿に郷愁を感じるのは綾と豪。

「母さん・・・!」

『あ、愛奈か!?』

『綾、お父さん、お久しぶり。わたしは愛奈であり愛奈でないもの。玄武の疑似人格たるシュヴァルツェア・ガーベラと申します』

ぺこりと会釈するガーベラに、愛娘の生前の姿を思い返し涙ぐむ豪。

『おお、おお・・・!そうか、玄武は愛奈の人格と姿をコピーしたのだな!なんという心遣いよ、おれは何度愛奈に謝ろうかと・・・!』

「母さん!僕は・・・僕は、母さんに、何度も言いたい事が、たくさん・・・!」

感極まって手を止める綾、そこへ。

『貴様は手を動かさんか』

「おまえは手を動かせ」

アマデウスのチョップとラウラのチョップが同時に綾へと炸裂。

痛みに我へと返った綾は、釈然としない様子ながらも事前にアマデウスから玄武について聞かされていた事を思い出して作業を再開する。

 

「ズルいですよラウラ?!僕だって母さんと話したい事があるのに、自分だけ!」

「おまえには大事な仕事があるから黙っていたのだ。後でいくらでも貸すから今はそちらに集中しろ」

「ファックマイシスター!!」

「おまえの子供なら産んでやってもいいぞ?」

『こら、ラウラ!』

ファックと言った綾へのアンサーに少し洒落にならないような事を口走るラウラを、いたずらをした子供を叱る様にたしなめるガーベラを横目に、アマデウスは鼻を鳴らして話を進める。

『愉快な会話はそこまでにしろ馬鹿ども。それとも貴様も混ざるか玄武、いやガーベラとでも呼ぶか?愛奈と呼ぶか?』

『ガーベラでいいわ、アマデウス。真面目な話を続けましょう、このままだと今のお父さんが悪者になってしまうもの』

『ふん、やはりまともに話せる四獣は貴様のみだな。結論から言うと生前の豪は今の豪・・・貴様へあのリベリオンとやらに仕込まれた暴走を伝えておらん』

文字通り訳知り顔で言ってのけるアマデウスに、各々が表情を強張らせる。

それでは豪は意図してボゥイをああいう形で再生したという事になる。なぜそんな事をしたのか。

 

『皆はハンス・クリスチャン・アンデルセンの赤い靴という童話をご存じかしら?』

 

ガーベラの問いに首を傾げるラウラ。

するとレティシアが補足するかのようにその童話についての大まかな概要を語る。

『あるところにカーレンという娘がいました。ある日、靴屋の店先に素敵な赤い靴を見つけた彼女はそれを購入し、いついかなる時もその靴を履いて出掛けました。彼女を育てた老夫婦の死に際も赤い靴を履いて舞踏会へと出かけたカーレンは、死ぬまで踊り続ける呪いをかけられ、踊りをやめない赤い靴を脱ぐことが出来なくなりました』

 

幼い頃のカーレンは貧しい暮らしの中、病床の母親と二人きり。

足を怪我したところを見かねた靴屋のおかみさんより赤い靴をもらい、実母の葬式すら黒ではなく赤い靴を履いて出なければならなかったカーレンを哀れんだ老夫婦に引き取ってもらったのだ。

 

『踊り続けて老夫婦の葬式にすら行けなかったカーレンは、首切り役人に足を切り落としてもらう事でようやく呪いから逃れる事が出来ました。しかし、落ちた足首と赤い靴はいつまでも踊り続け、姿を消していったのです―――』

『そう、その物語に例えるのが早かろう。いわばカーレンがボゥイ・シューマッハでリベリオンは赤い靴だ。得体の知れぬ敵に対し、立場的にも戦力的にも劣勢となった場合・・・全ての憎むべき敵を皆殺しにすべく仕組んだ暴走スイッチが起動した状態があれだ。ボゥイ・シューマッハという素材が怒りに身を焼いたその時に発動する赤い靴は、中身が擦り切れようともすべてを憎み、恨み、滅ぼすまで踊り続ける。生前の豪の、最後の賭けとしてな』

特に感慨も表情もなく語るアマデウスに、顔を青くする豪。

 

レティシアが拾ってきた死に際の彼に、もし怒りや復讐心の炎を豪が見出していたとしたら。

果たしてそれを利用せずにいられるだろうか。

 

そう考えて初めてすべてを理解する、なるほど自分ならそれをやりかねないと。

四獣にかけたプロテクトについてもそうだが、今の自分にすらその情報を遺さなかった理由も。

今の自分ではどのような方法でリベリオンに赤い靴を履かせたのか分からないわけも。

 

『・・・自分の事ながら・・・反吐が出るな。おれにそれを伝えなかったのは暴走スイッチの存在を敵に漏らさないためだけではない、いまのおれのせいではないと責任逃れをするためだ。何故そこで偽善者ぶるのか、クソッタレめ』

『仕方あるまい、貴様は豪であって豪ではない。そこのガーベラと同じだ。あくまで豪の身代わりとして生誕させられた憐れなクローンよ。エデンが無くなった後の事を見据えて自分の人生を生きて欲しかったのだろう』

『それも含めて理解しとるわ!おれを他人事にし過ぎていて腹が立つという話だ!』

どん、とコンソールを叩く豪。

形はどうあれ豪は新たな肉体の自分へと全ての責任を押し付けたくなかったのだろうが、当の本人からすれば自身のアイデンティティを失いかねない事態である。

これでは自分自身を信用できない今の豪が、更に自分への不信を募らせるだけだ。

 

綾も、先日老衰でこの世を去った祖父へと複雑な想いを抱いていた。

確かに厳しいひとだった。

厳しさの中にも優しさがある人だった。そう思っていた。

けれど、孫の自分にも―――いや、だからこそか。見せなかった狂気を抱いたままこの世を去ったのだ。

いっその事、アメイジング・グレイスの不完全性も、そのまま綾が使用する事も織り込み済みだったのかもしれない。

四獣集結によるアマデウスとの邂逅により完全性を得たのも偶然の可能性が出てきた。

それほどに、豪があの世へもっていった隠し事というのは、意味が大きいものであった。

 

だが逆に。

 

「・・・ならばこそ、僕はいまのお爺様を尊重できる」

『綾?』

「これまでの不信感が溶けて消える様な感覚ですよ。あえて僕に語らなかった点があるだけでなく、お爺様から語られなかった事、知らなかった事があったというなら全てに納得がいく」

素早く叩いていたキーボードをたん、と叩き終え、ようやく綾はその視線をモニターの豪へと向ける。

「それも昔のお爺様・・・ややこしいので豪と呼び捨てましょうか。既にこの世にいない豪の計算の内かもしれませんが、全てのヘイトを豪へ向ける事で今のお爺様への恨みつらみを持たずに済む。これはプラスに考えましょう」

「そうだな、死人は死人だ。尊ぶべきものだが大切に守るべきものではない。生者の事を思えばこそ、豪は今のじいさまを信用するための糧となって貰おう」

『綾・・・ラウラ・・・』

申し訳なさそうに俯く豪へと横に手を振る綾。

「責任など感じる必要は無いでしょう。老体に娘夫婦を喪ったショックを受けた豪と、若く冷静な判断が出来るあなたはもう別人と考えて良い。だいたいの記憶が同じなだけで、ようやく心からお爺様と呼べるのは今のあなたです」

『・・・そう、言ってくれるのだな、綾よ』

「わたしにとっては最初からおまえがじいさまだ。これまでと何も変わらん」

『ありがとうよ、ラウラ。お前達がおれの孫である事をただ誇ろう』

少し照れくさそうにモニターから視線を逸らす豪の表情を覗き込んだレティシアは、いたずらっこな姉のようににまりと笑い、

『あれあれ博士?泣いてる?泣いちゃう?』

『やっかましいわアバズレが』

レティシアの額をぺしんと叩き、長い袖で目元を拭った豪は気を取り直してまたカメラ目線に戻る。

 

『とりあえずまずはボゥイを止める事を考えよう。まずは千冬君に相談して―――』

「ああ、その必要はありませんよ」

綾は腕を組み、椅子によりかかりながら余裕をもって答える。

何故か、など愚問。

対処など既にされている。

ふっと笑うラウラだけは分かっている、綾がどうしてこうも余裕をみせているのかを。

 

「あまり僕の相棒を舐めてもらっては困る」

 

あの場にいるのが一夏だから。

この世で最も信頼を寄せる事が出来る戦力があそこにいるから。

「一夏ならうまくやってくれますよ。それより―――」

くい、と眼鏡のズレを直した綾は、戸惑いがちな豪やレティシアを視界に収め、ここまでほぼ不眠不休で作り上げたデータを送信し、

「コアの設計が完了しました。念のため確認して頂けますかね」

そう言ってのけた。

『おお・・・!間に合ったというのか!』

『リョウ氏、やるぅ!』

『流石ね、綾』

『当然だ。我のマスターだぞ』

「わたしの兄だからな」

各々が驚きと称賛を浴びせる中、綾はすこしこそばゆそうに頭をかくと、壁にかかった時計を見やって唸る。

 

「お爺様がチェックを施して、武装とコアの出力が完了するまで、早く見積もって3時間・・・果たして間に合うか・・・」

 

 




まさかの赤い靴システム。
あのライダーキックが布石だったとは誰も思うまい・・・俺も思わなかったし・・・
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