インフィニット・ストラトス リビルドワールド   作:しびれあくせる

66 / 76
夜明けに散るとも知れず

幾度の斬撃、目に見えぬ程の速度、有り得ない射程距離。

躱し続けて何度目になるだろうか、千冬の着ていたスーツはもはや布切れと呼んでいい程にボロボロに裂け、破けたストッキングには血が滲んでいた。

後ろで結んでいた髪留めは既に断ち切られており、長い髪が流れるままとなっている千冬は、片側のブラが露出してしまっているのも構わずに上着を脱ぎ棄ててシャツのみとなる。

 

逆に、無傷のまま高揚感に酔っているのは目の前の女、草薙 葵である。

 

「いいぞ、やはり面白い。月並みな科白だが、我が剣を前にこれほど耐える女は初めてだ」

「あまり嬉しい評価ではないな・・・今のところ、嬲られているだけなのだが」

 

そうぼやきつつも、服の無惨さとは対照的に、千冬本人の呼吸は乱れもせず穏やかであった。

葵の剣はかの剣豪佐々木小次郎よろしく、物干し竿のような長刀である。

人体の構造から居合いは不可能な筈―――少し簡単に解説すると、腕から手にかけての長さが刀よりも短いため、鞘を持ったまま刀を抜くのは無理なのである。

されどどういうトリックか、当の本人は軽々と神速の抜刀術を見せつけてくる。

(まあ、おおよその察しはつくがな)

頬に浮いた切り傷から垂れる血を拭いながら千冬は思う。

 

おそらく―――本当におそらく、考えたくもない事だが。

居合いを抜く際の手首から肘にかけてのスナップで、瞬間的に関節を外して手の長さを伸ばしているのだろう。

あまりの速度に伸び切った腕は反動で戻り、それに合わせて刀を納刀しているのだろう。

いちいち関節を外すという行為がどれほどの痛みを伴い、人体へ負荷をかけているのかなど想像したくもないしそんな真似をしていて欲しくもないが、そうでなければ説明のつかないのが葵の居合いなのである。

 

だが、千冬のいらぬ心配とは裏腹に―――その予想は当たっていた。

箒が偶発的に放つ事のある神速の居合い、あれと同様のものを葵は目指していた。

そして辿り着いた境地がこの、関節を外す居合い。

多少の痛みは慣れで誤魔化し、人体への負荷は投薬と手術で治癒する。

何故そこまでするのかと問われれば、彼女は平然とこう答えるのだろう。

 

勝ちたいからに決まっている。

 

闘争の果てに、命の削り合いを制し、緊迫の一瞬から勝利を手にする。

どんな酒や快楽より、尊く心地良いのが命の奪い合い。

その瞬間こそが甘美。

刹那のみ駆け巡る至上の悦び。

勝てばまたの機会が与えられる、なれば勝ちたい、勝ち続けたいと願うのは不思議ではあるまいと。

戦闘狂集団である亡国機業が地の一族は、そういった戦いそのものに価値を見出している連中なのである。

 

対して千冬は軽いフットワークで呼吸を意識しつつ葵から目を離さない。

ほんの僅かな挙動を見逃せば、それだけで首と胴体がサヨナラしかねないからだ。

理屈は無茶でも洗練された動き、邪道なれど達人級。

目の前の相手はそういった、失うものの無い強さで襲い来る。

(ここまで集中力を研ぎ澄ますのはいつぶりだ)

千冬自身、生徒への指導という名のぬるま湯に浸り始めてから長い。

現役を退くにはまだ年若いものの、ISを使う事が出来ない以上仕方ないとも言えるが、それでも彼女を追い詰める程の実力者はこれまでレティシアや真耶くらいしかいなかった。

 

厳密にいえば、千冬はISを常に身に纏っている事になっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

IS学園地下にて凍結された暮桜のバグにより、現在もかのISを装着していると他のコアから認識されているため、重複してISを身に着ける事が出来ない状態なのだ。

だから現役を退き教師となるしかなかったし、強敵と戦う事も無かった。

もし彼女がISを使えるのであればラウラがVTシステムに取り込まれた時や、銀の福音が暴走した際に黙って座していられる筈がない。

決して洞ヶ峠を決め込んでいたわけではないのだ。

 

戦わないのではなく、戦えなかった。

それが強過ぎた千冬に課せられた業であるとも言えよう。

 

今回、IS抜きでの戦闘を挑んでくる草薙 葵の存在は、千冬にとってはありがたいものだった。

皆の足手まといにならずに済む、何より。

懐かしき、戦いの場に置いてきたあの感覚を取り戻しつつあるからだ。

 

織斑 千冬の周囲の空気が変わる。

車や飛行機で言う所の暖気が完了したという証拠だ。

ほくそ笑む葵。

そうでなければこんな場所へ来た甲斐が無い。

己の身を危機に晒さずして何が命の削り合いか。

自分は弱者を凌辱しに来たのではなく、全開のブリュンヒルデと殺し合いに来たのだ。

 

腰を折り、刀は横に、深く構える葵。

左へ、左へと回り込むように葵の周囲を円状に跳ねる千冬。

その動きは居合いの伸びる射程から離れようとしているようにも、抜かれるタイミングを計っているようにも見える。

 

(さあ、何を見せてくれる・・・ブリュンヒルデ)

 

互いに言葉は無い。

仮に、ここで口八丁にて相手の動揺を誘うような手を使う者がいるとすれば三流だ。

開いた口が隙となり、その時点で命を落とすだろう。

ラウラが言った、戦闘中に喋る事を咎めた理由の極地というのがこの場だ。

喋る暇があったら手を動かし、足を動かし、思考せねば死が待つのみ。

それ程の緊迫感、誰に横槍を入れられようとも止まる事の無い緊張感。

張り詰めた空気の中、フェイントを織り交ぜて立ち回る葵。

慎重に、かつ大胆に歩を進め距離を稼ぐ千冬。

互いを隔てる距離はわずか3メートル。

 

裏庭の木の葉が一枚、宙に舞ったのを合図に膠着状態を打ち破ったのは葵。

 

三尺はあろう、鍛え上げられた無銘の刀が音を超える速度で千冬の胴体を狙う。

首の皮一枚を犠牲に屈んでかわす千冬。

艶やかな黒髪が一束宙を舞う。

刀が納刀されるコンマ一秒の隙に大きく前進する千冬、それを分かっていたかのように一歩踏み込んで迎える葵。

こうも長い刀であれば、懐まで入ってしまえば逆に振り切れないであろうに、あえて腹の底へと迎え入れる―――ならば、柄による鳩尾狙いか、鞘ごと武器として振るうか。

微塵も動揺しない千冬、夜叉の様な笑顔で刀を持つ角度を変え、一歩退く葵。

退く際に身体の向きを反転させる事で、居合を抜く領域を作り出したのだ。

果たして鋭利な刃は、千冬を肉塊にすべく銀色に閃き、赤い血の花を咲かせ―――。

 

葵の表情が驚愕に強張る。

マッハを超える速度で動く刀を素手で、握力のみで受け止められたのだ。

 

(獲った―――)

 

野獣の眼を光らせた千冬は刀ごと引き寄せて思い切り蹴りつけると、葵はあまりのパワーに肋骨を数本折られながら吹き飛んでいく。

ダンプカーが衝突したかと錯覚するほどの轟音と共に学園の外壁に叩きつけられ、血反吐を吐く葵。

対して舌打ちをする千冬。

 

―――浅い。

 

手を落とされるのを嫌って刀を手放したために、蹴撃の入りが少しずれたのだ。

予想通り、よろよろと立ち上がり、口から垂れる血を拭うことなくまたも構える葵の表情には、これ以上ない歓喜の笑みが浮かんでいた。

細く閉じられていた瞳を見開き、肩口どころか背中半分を千冬へ向ける程の深い構えをとり、じわじわと居合いの射程へと足を滑らせゆく。

二度は同じ手をくわぬとばかりに爛々と目を輝かせる葵もまた、これほどの強者とまみえた事で敵のいない環境から脱する事が出来たと笑うのだ。

 

逆に、今の一撃で沈める事が出来なかった千冬の眉間には深い皺が刻まれる。

もう一発くれてやるには、もはや片腕くらい犠牲にする必要があると覚悟を迫られているからだ。

ざり、ざりと足音を立てて後ずさる千冬、同じペースで追う葵。

形勢逆転に次ぐ逆転を経て追い詰められつつある千冬。

 

そこへ。

 

天空より二本の実大剣が千冬の目の前へと降り落ち、コンクリートの地面へと突き刺さる。

何事かと顔を上げることは無かった。その隙に居合いを食らうわけにはいかなかったから。

だが、誰がどうやってこれを寄越してきたのかは分かる。

「間に合わせてくれたか・・・架神」

量産型IS、打鉄(うちがね)の基本武装である近接用ブレード二本を上空より落としたジョーカー――架神 忍は、その戦いの結末を見守ることなくアリーナへと飛び去って行く。

心の中で感謝を告げた千冬は、奇しくも敵の名前と同じ銘の大剣を片手ずつに携え、より高揚した表情を浮かべる葵へと告げる。

 

「仕切り直しだ」

「面白い―――」

 

IS用に製作されたブレードは本来ならば人間の手に余る重量と長さを誇る。

たとえどれほどまでに筋力を鍛えようとも、総重量が千冬の体重を遥かに超える剣を持とうとしても、持ち上がる筈が無いのだ。

だが、千冬にとっては違う。

人間としてのスペックを大きく超えるべく人工的に誕生した彼女は、そもそもの人体としての内部構造が一般人と一線を画している。

筋肉繊維の緻密さや血管の太さの違いに始まり、皮膚繊維の修復力や抗菌力すらまるで違う。

 

現に先程葵の刀を掴んだ際に骨まで達した切り傷も、すでに出血を止め再生を開始している。

そんな彼女は手足のグリップ力も、単純な力も、足腰の強靭さも全てが他を圧倒する。

何よりも、特筆すべきはこれほどの巨大さをもつブレードを二刀持ちしても体幹がぶれないバランス感覚であろう。

立っているだけでその強さを再確認できる、織斑 千冬という存在を前にして、葵は改めてこの出会いに感謝しつつ刃を振るう。

 

神速で抜かれる太刀が宙を舞う。

その切っ先へと片手の剣を置く様にして防御する千冬。

一発、二発と弾きながら前進。

「―――ク」

十数という居合いを経て太刀筋を見切られた事、あのような武器を軽々と振るう事、それらに葵は唸るのではなく、凄惨に笑う。

 

なるほどそうか。

我は今日、この日を迎えるために亡国機業へと籍を置いたのだ。

 

草薙 葵は戦災孤児だ。

アフリカ旅行中にテロリストの攻撃に巻き込まれ、帰る場所を失った子供であった。

親も誰も、助けてくれる者などおらず、その日を過ごす事で精一杯で、時には娼婦の様な事もして生計を立ててきた。

ある日、客の一人の乱暴に耐えかね、手近にあったナイフで首筋を切り裂き殺してしまった。

溢れる血、止まりゆく心臓の鼓動。

その時から葵の中で何かが弾けた。

自分を奴隷のように扱う客引きの男も、並んでいた他の客どもも、一晩で何人も殺した。

血糊の付いたナイフを何度も洗い晒しのシャツで拭き取り、そのたびにまたナイフを汚す。

もちろん無傷で成し遂げたわけではない。

殴られ、蹴られ、されども立ち上がり、小柄な体躯を活かして回り込み、動脈を断つ。

新鮮だった。

痛快だった。

命を賭けるという事、殺し合うという事、これがこんなにも気持ちいいなんて。

全身を血で染め上げた葵は、喉を鳴らしつつ笑った。

幾度も経験した性行為では得られなかった絶頂というものを、手にした刃だけが教えてくれた。

 

この時、10歳であった。

 

やがて殺し屋の組織に拾われた葵は、ナイフから短刀へ、短刀から太刀へ、そして今の無銘の物干し竿へと武器を変え、幾多の人間を殺してきた。

ごく稀に訪れる殺し合いの機会には悦びで手が震える程だった。

20歳を過ぎたある日、殺し屋の生活を続け腕前を上げていた葵は亡国機業という組織を知る。

戦争を継続させる事を理念としたその組織は、不思議と葵の興味を惹いた。

 

そうだ、殺し合いの機会が訪れないのなら、殺し合える世の中にしてしまえばいいのだ。

 

既に界隈では葵に太刀打ち出来る者などいなくなっていたため、退屈を感じていた彼女はコネを通じて亡国機業へと接触する。

そして亡国機業の一員となった葵は数々の戦場を経験した後、当時の地の一族当主を暗殺し、その地位に座る事となった。

もともと戦闘の強さこそが全てという風潮があった地の一族の配下は、誰も不満不平を口にしなかった。

 

ISという存在が世に出回ったある日、葵は千冬の存在を知る。

世界最強のIS使い、ブリュンヒルデ。

葵はテレビの画面越しに見抜いていた。

この女は、ISが無くとも強い女であると。

殺し合ってみたい―――そして命を奪いたい。

生身での戦いにおいて最強であるという自負、常に命を危険に晒したいという危うさ、それらが綯い交ぜとなって葵は千冬へと歪んだ感情を持つようになっていたのだ。

 

そして今日。

念願叶って織斑 千冬との一騎打ちを果たしている。

 

この女との戦いは楽しい。

死合いが始まってから、すでに5度は絶頂している。

これほどまでに命が擦り切れるような快楽を得るのはいつぶりだろうか。

初めての殺人をフラッシュバックしつつ葵は、納刀しつつ目を光らせ、全身の力を抜く。

奥義の所作だ。

 

「・・・!」

 

悪寒が千冬の背筋を襲う。

それにより後ろへ下がる―――のではなく、恐怖心に逆らって前へと出る。

退けば老いる。臆せば死ぬ。

なればここで決着をつけるべきだろう。

 

誘いに乗ってきた事を喜び、口裂け女のように口端を三日月状に吊り上げる葵。

これで右腕が使い物にならなくなっても良い。

この女を相手に、さらなる快楽を得られるのならば。

 

「秘剣―――燕返し―――」

 

脱力からの連続居合い。

彼女自身が佐々木小次郎にリスペクトを感じていたのだろう、使う武器も、隠した奥義の名も同じく。

ほとんど間隔を置かず、さも同時に放っているかのように見える六連続の居合いを、千冬は両手のブレードを合わせて盾のように構える事で防ぐ、防ごうとした。

だが甘かった。

ほぼ同時に撃ち込まれた斬撃はあろうことかブレードを砕き、余波のような剣筋は千冬の肩と足首に切れ目を入れ、鎖骨の下から脇腹にかけて派手な出血を生む。

 

燕返しを破る事は叶わず。

されど千冬の敗北ではなく。

 

「お―――――おおおおおおおおおっ!!」

 

咆哮と共にさらに踏み込んだ千冬の手にした、柄のみとなったブレードが振り下ろされ、葵の肩口へと深々とめり込んでいく。

「がッ――――!!」

激痛に目を見開く葵。

そして。

 

(届かなんだか。参った)

 

渾身の左ストレートが顔面へと叩きこまれ、またも壁へと吹き飛んでいった葵は、今度こそ立ち上がる事が出来ずに項垂れ、地へと倒れ伏した。

その顔は、どこか満足気でやすらかな寝顔であった。

 

己の勝利を確信した千冬は、どっと襲ってきた疲労感に肩で息を荒く吐き、血にまみれた胸元を抑えながら膝へと手をついた。

「や・・・れやれ。復帰戦にしてはヘビーな相手だった」

はたはたと手を振って首元へ空気を送り込むと、ゆっくりと脱ぎ捨てていた上着を拾い、気を失っている葵の手を拘束するのに使用する。

少なくないダメージに少々足元がふらつくが、千冬は葵を肩に担ぎながらふと思う。

「・・・そういえば校医は娘心配で出払っているんだったか」

目つきの悪い同僚兼友人の顔を思い返しながら踵を返し、保健室へと向かう千冬。

久々に互角の相手と立ち回った事による充実感は確かに千冬にもある。

だが、彼女は戦いの快楽のために戦っているのではない。

それを再認識し、こうして勝利出来たという事は間違ってはいないのだと改めて自分の道を振り返り、頷くのであった。

 




とーお!あーまりふーたつよいもせず!みるはー!ゆめかー!まぼろーしーか!

敵キャラでもヘイト稼ぐ系じゃなく、こういうただ単純に強いだけのキャラっていいよねって話。

原作だと千冬って強いって設定だけで戦ってる姿がほぼ書かれないしIS乗らないしで何やねんって感じなので、これは僕なりのアンサーとして描いたつもりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。