インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
「というわけで、来週からクラス対抗戦が開始されます!」
ゴールデンウィークが終了した5月上旬、ホームルームにて教室の壇上から山田先生から宣告されたスケジュールに1年1組の生徒達の間に緊張感が走る。
クラス対抗戦とは、文字通りクラス同士で対戦メンバーを選出して雌雄を決するIS模擬戦闘の事。
ルールはクラス代表を中心にメンバーを選出した、3 on 3での混戦形式。
制限時間は30分、リーダーとなるクラス代表を倒されるか、制限時間終了時までに、より多くの味方機を撃破された方が負け。
1年のクラス数は1組から4組まで、つまり全3回の戦闘が行われる総当たり戦となり、勝ち星の多いクラスが優勝となる。
メンバーの選出はクラス代表以外は試合毎に別の者とする事が可能であり、同じメンバーを起用しても良し、違うメンバーを投入しても良い。
それは、クラス代表の責任により決定されるものなのである。
そして現クラス代表である織斑 一夏にメンバーに入れてもらうための策を考え始めるクラスメイト達。
既に視線で狙われ始めた事に気付き頬をひくつかせる一夏。
ガンバガンバと適当な創作パラパラで一夏を煽る綾。
自分は間違い無く選ばれるだろうと謎の自信をもつ箒とセシリア。
クラス対抗戦と聞いて一つの目的を思いつく本音と、それぞれがそれぞれの思惑にて動き始める。
「戦闘参加メンバーの選出は、今週末までに提出してくださいね!」
そう付け加えてホームルームを終了する山田先生。
起立から礼をした一夏は着席する事なく即座に教室を駆け足で脱出し、大半のクラスメイトが逃がすまいと彼の後を追い始めた。
「はあぁ・・・何で俺がクラス代表なんだ・・・」
放課後、やつれた顔を机へ突っ伏し、一夏はどこか情けない溜め息を吐いた。
未だ自分を売り出すチャンスを狙っているらしきクラスメイト女子達に追い回され、特に聞いてもいない自己アピールを聞かされたり、メンバーに選んでくれたらイイ事してあげると無駄な性的アピールをして来られたり、しまいには白狼を譲ってくれと金をちらつかせてくる者もいた。
むしろそういった連中は率先して切り捨ててきたのだが、それを逆恨みして乱暴されただの嘘ついて騙されただの無い事無い事をでっち上げる女子が出てくる始末。
人が人なら女性恐怖症に陥っても仕方ないような状況でも織斑 一夏はまだ正常なメンタルを保っていた。
「まぁきっとこうなるだろうなと思ったので僕は辞退したわけですがね」
飲むヨーグルトのパックをすすりつつ、栄養ドリンクを一夏に振る舞う綾。
本来ならばクラス代表になるべき彼は面倒だからとそれを拒絶したわけであるが、その真意は実はそこにあったのである。
「そのうち、結果を出せなくてIS学園を辞めていく方も出てくるでしょう。盛者必衰、弱肉強食。群れを維持するのに邪魔となる存在は排除されていく、そんなものですよ。狼だってそうでしょう、家族と群れを大事にする彼らはそうやって仲間を守り、一匹狼とは群れから追い出された社会不適合者、自分が何故排除されるに至ったのかに気付けなければ群れへの復帰は出来ません。お分かりですか、白狼くん?」
「言ってる事は分からなくないけどなぁ・・・」
必死になる者がいる。だからこそやり方を間違える者もいる。間違いに気付けない者はもっと多い。
ただでさえ専用機持ちの多い1組、しかも上位成績者を専用機持ちが独占しているとなれば、焦る生徒が現れるのも無理のない話ではあるが。
どんな手を使ってでも、という言葉は手段と目的を間違えてしまえば何の意味も成せないのである。
化学的栄養素の塊を摂取して一息ついた一夏は、伸びをしてからほとんど誰もいなくなった教室内に残った綾、箒、セシリア、本音といった専用機持ちのメンバーへ、相談を持ちかけた。
「とりあえず専用機を持ってるから、じゃなくて。皆俺の信頼出来ると思ってる友達だから言うんだけど。クラス対抗戦、一緒に戦ってくれるか?」
「もちろんだ、一夏!」
両手を握りこぶしにして一番乗りで応じる箒。
心の支えでもある幼馴染に頼られて嬉しそうにする彼女は、やはりやる気に満ち満ちていた。
「わたくしの力が必要という事であれば、断る理由はありませんわ」
優美な仕草で胸腺のあたりに手をやるセシリア。
自信の持ち方を変えるようになった彼女は、もはや目を血走らせたエリート気取りではない。
「おりむーおりむー。わたし、4組との試合は絶対に出たいんだー」
珍しく自分の意見を通そうとする本音。
それを受けて一夏は皆の了承を取ってから彼女へと頷いた。
「わかった、のほほんさんは4組戦に入れておくよ」
「えへへー、ありがとー!」
懐っこい笑顔で礼を言う本音の次に、一夏の相方たる綾が不敵に笑った。
「で、敵状視察は行うので?」
「んー、やっぱりそういうのやった方がいいのかな。2組はシャルルがいる事くらいしか知らないし、他のクラスも専用機持ちくらいは把握しておいたほうがいいか――」
綾の提案に偵察を考える一夏であったが、そこへ明朗快活な少女の声が届く。
「2組の情報ならいま提供してあげてもいいよ!」
声がした方向、教室の入り口へと視線を向ける一同。
そこには、茶色のツインテールと肩口のぱっくりと開いた改造制服が目立つ、細身で小柄な少女が八重歯をのぞかせながらにやりと笑っていた。
「このあたしが2組のクラス代表にして、中国代表候補生・凰 鈴音(ファン リンイン)!よぉく覚えておきなさい!」
挑発的な台詞と共に1組の教室内へと侵入してくる、凰 鈴音と名乗った少女は、警戒する箒とセシリアの視線を意にも介さず、一夏の傍へとずかずかと歩み寄り、仁王立ちした。
「久し振りね、一夏!」
「お、お前、リン!鈴か!?」
驚きながらも立ち上がって、鈴と呼んだ少女の手を握って振る一夏。
「ちょっ!ちょっ、一夏っ!」
「なんだよ鈴!久し振りだな!お前もIS学園に入学してたのか、気付かなかったよ!」
笑顔で彼女――鈴を受け入れる一夏。
戸惑いつつもなすがままにされ、ほんのりと、まんざらでもなさげに頬をそめているその少女と嬉しげな一夏を交互に見つめ、箒は冷や汗をたらしながら口を開いた。
「い、一夏?その娘は・・・誰だ・・・?」
「あ、そうか皆は知らなかったな。紹介するよ」
そのまま鈴の肩へとぽんと手を置き、一夏は箒含む1組の仲間たちへと向き直った。
「こいつは凰 鈴音。子供の頃、箒が引っ越していったのと入れ替わりで俺の小学校に転入してきて、中二の時にまた引っ越すまで良く一緒に遊んでた幼馴染だ。箒がファースト幼馴染だとしたら、鈴はセカンド幼馴染だな!」
そう話す一夏であったが、その存在を知らなかった箒と、また、自分以外にも幼馴染の女子がいた事を始めて知った鈴に「はぁ!?」と睨まれた。
「そもそも自分の幼馴染にファーストだのセカンドだのナンバリングするセンスはどうなんですか・・・」
「おりむー、ひくわー」
「ええっ!?」
綾と本音の侮蔑の視線に一夏がショックを受ける中、箒と鈴は頭に血をのぼらせ怒り心頭といった具合に一夏へと詰め寄った。
「おい一夏、どういう事だ!私以外にそんな親しげな女がいるなど初耳だぞ!・・・ま、まぁ、ファースト・レディといわれると少し照れてしまうが・・・」
「ちょっとアンタ、あたしがいない間に何でこんなのとイチャイチャしてんのよ!大体セカンドって何よセカンドって!こっちがファーストならアタシはトップにしなさいよ!」
さすが一夏の幼馴染というべきか、箒同様怒りのポイントが少々ずれている様子。
とりあえず自分に害をなす娘でない事を確認した綾は、言い合いを続ける幼馴染二人に慌てる一夏から視線を外し、我関せずといった感じで両耳にイヤホンをつけて音楽を再生した。
曲目はマスカーニ、オペラ戯曲カヴェレリア・ルスティカーナの間奏曲である。
「カヴェレリア・ルスティカーナって、確か痴情のもつれで殺された男の話ではなかったかしら・・・」
「いやなんつー曲聴いてるんだよ!!」
何を聴いているのか本音から聞かれた綾の回答に、セシリアが知識の端からそのオペラの内容を口にすると、即座に綾へ突っ込みを入れる一夏。
洒落にならないと言いたげな一夏であったが、綾としても大事な作戦会議中に幼馴染に囲まれた友人の世話などする義理はない。というか知らないところで勝手にやっててほしい。
「あー、なんかこれ聴いた事あるかもー」
「まぁわりとテレビ等で流れたりしますからね」
聴いてみたいという本音にワイヤレスのイヤホンを片方貸しつつ綾は、
「出場メンバーは僕と一夏、箒、セラ、本音さんの5人で、それぞれの試合に出場するのは3人ずつ、かつ一夏は必ず出場する必要があります。で、録画したバトルロワイアルの映像を観ましたが3組がとてつもなく強いと思われます。また、2組もシャルル君が相当に手ごわい事もありますので、この二つのクラスを相手する際は僕が出る事にしましょう」
「よろしくてよ。では、わたくしも3組戦、後は4組戦への参加でよくて?」
「いいと思うよー。わたしは4組と戦えたらそれでいーし」
「では2組は僕と箒、3組は僕とセラ、4組はセラと本音さんという事で。後はクラス代表の一夏に頑張って貰いましょう。はい解散」
「お疲れ様でしたわ」
「おつおつー」
「早い!早いよ!解散早い!こっち助けてくれよおい!」
一夏を巡って激しく言い争いを繰り広げる箒と鈴を横目に、参加選手提出用紙へちゃちゃっと自分達名前を記載し教室を出ようとする綾、セシリア、本音の三人。
教室の扉に手をかけようとしたそこへ、ちょうど反対側から扉を開けて中の様子を覗き込んできた影が一つ。
「あっ、ここにいた!もう鈴!よそのクラスに迷惑かけちゃだめじゃないか!」
困り顔でやって来たのは2組唯一、かつ世界に3人しか確認されていない金髪の男性IS適合者、フランス代表候補生シャルル・デュノア。
「うっ、シャルル・・・!」
「おっと、シャルル君ではないですか」
たじろぐ鈴と、歓迎ムードを見せる綾。
綾と一夏は、クラスは違えど同じ男子であるシャルルとは空き教室である男子更衣室や男子トイレでよく鉢合わせる。
そのためよく会話する仲ではあるのだが、綾や一夏が着替えようとしたり用を足そうとするとすぐ気まずそうに出て行くのが不思議である。
「どうしたんです?1組に御用でも?」
「あ、綾!ごめんね、ちょっとうちのクラス代表がお邪魔してて」
にこやかに話しかける綾に、なつっこい笑顔で応対するシャルル。
小柄で可愛らしい外見の彼ではあるが、綾は自身のISの性能や知識及び経験では勝っていると自負しているものの、単純な腕や才能といった面ではシャルルの方が上であると認識している。
それゆえに綾はシャルルを尊敬しており、何かと気を回すことが多い。
シャルルも嫉妬せず、一定の距離を保ち、かつ女子からの攻撃をかわす方法を教示してくれる綾へ友人として高い信頼を寄せていた。
「あれ、そういえばクラス代表って、2組もバトルロワイアルで決めたんだよな?って事は鈴、シャルルに勝ったのか!すごいじゃないか!」
自分への追求が薄れたところで鈴を褒めやる一夏。
それを見てぷくりと頬を膨らませる箒であったが、対して鈴は少し気まずそうな顔をした。
「え、えっとその、まぁ、シャルルは強かったわね・・・」
「一夏は本当に無関心ですね・・・2組バトルロワイアルの一位はシャルル君ですよ」
参考までに、とIS学園の学内イントラにあげられた1年全クラスのバトルロワイアルの映像を観ていなかった(綾と一緒に観てたけど寝落ちした)一夏へ、正しい情報を提示してやるルームメイト。
「ちょっ!アンタ、誰だか知んないけど一夏に余計な事言わないでよ!」
「幼馴染二号は黙っててくださいな。僕はルームメイトたる一夏へ話しているんです」
「!!アンタが一夏のルームメイト、鶴守 綾ってワケね!」
「シャルル君が該当しないのだから、僕が男である時点で分かるものだと思いますがね」
どことなく対応が冷めている綾。
まさか他にも一夏の面倒臭い幼馴染が出てくるとは、と警戒しているのもある。
鈴は中学三年生から猛勉強してISの専用機を得た程の才能を持ち合わせていたが、当初はIS学園に入学するつもりすらなかった。
しかし、一夏が男性にしてISを操れる最初の人間として報道され、IS学園へ進路を進める事になったのを知ったため、追いかけるように当初の進学コースを蹴ってここへ来たのである。
そういった事情は知らないが、綾としては育て甲斐のある一夏のような素直な馬鹿はともかく、素直でない、直情的な、理性と対極にあるような馬鹿である鈴に良い印象を抱いていなかった。
「まぁ、あの程度ならシャルル君の敵ではないですがね」
「はぁ!?何言ってんのよ、シャルルに負けたのはただ相性が悪かっただけなんだから!次にやったらあたしが勝つに決まってんじゃない!」
「そすかー」
「ちょっと!一夏、コイツムカつくんだけど!」
興味の無い相手には反論すらしないスタイルの綾に激昂する鈴であるが、一夏はというとあれ、と首を傾げて逆に聞き返した。
「負けたっていうなら、何で鈴がクラス代表なんだ?」
「う゛っ・・・それは・・・」
「ボクはクラス代表を辞退したんだ。綾の薦めもあってね」
言葉を詰まらせる鈴に代わり、シャルルが答える。
なぜ、という顔をした一夏へ今度は綾が説明する。
「君が先程味わったように、男がクラス代表になると自分が女である事を利用して悪巧みする連中が現れるんですよ。一夏であれば同じクラスの僕や箒がフォロー出来るけれど、2組にたった一人の男子であるシャルル君には助けを求められるような人がいない。そこで」
「今期のクラス代表は辞退する事にしたんだ。どうせクラス代表で得られる特典なんてボクにとっては重要じゃないし、何よりクラス内で不和が起きるなら他の女の子が代表になった方がいいと思うしね」
他の女の子が、という部分で若干、声に陰りがさした事に気付いたのは綾しかいなかったが、なるほど、と頷いた一夏の後ろから、箒が煽るように言った。
「つまり・・・おこぼれのクラス代表というわけか」
「何アンタ、ケンカ売ってるワケ?」
「お、落ち着けって二人とも!おこぼれのクラス代表は俺だって同じなんだから!」
一夏の場合はおこぼれと言うよりは、こぼれたクラス代表を拾った千冬に叩き付けられたようなものであるが。
「何にしたって、鈴もシャルルも強敵なんだから、油断しないでいこうぜ。正々堂々、クリーンに、同じ学年の仲間同士、仲良く、な!」
間を取り持つかのように一夏はさわやかに言う。
鈴がイライラしているのは一夏が箒と仲良くしているのが気に入らないからであり、箒が刺々しくなっているのは自分の知らない一夏を鈴が知っているからであるのだが。
男女の機微に関しては不感症と言っていいレベルで鈍い一夏は、そんな彼女達の気持ちなど知る由も無く。
本気で自分が箒と鈴にとっての争いの種である事に気付いていないのである。
火花が散るレベルで鈴と睨み合っていた箒は、一夏が話をまとめようと言葉を切ったタイミングで、恋愛感情は皆無だが信頼の置ける友人である綾へ確認を行った。
「綾!2組相手のメンバーに私は入っているな!?」
「入ってますよー。どうせ戦いたがると思ってましたのでー」
「うん、流石だ友よ!鈴音とか言ったな、貴様との決着はクラス対抗戦でつけてくれる!
首を洗って待っていろ!」
「ふん、上等よ!そっちこそ、一夏に気をとられて自滅しないよう気をつける事ね!」
一夏を巡って、ファースト幼馴染とセカンド幼馴染が女の戦いを繰り広げる中、一夏といえばのんきに、
「おおっ、すごいやる気だな二人とも!戦う事で分かりあうなんてすげぇ青春っぽいな!」
などと笑っているのであった。
もう好きにしろよといった風にそれを眺めている綾へ、セシリアはこそっと耳打ちする。
「・・・なんだか一夏さん、この鈍さは流石にご病気なのではなくて?」
「僕も異常だとは思いますがね。もしセラがその鈍い男に一方的に惚れつつも気付いて貰えない世界線があるのかもしれないと思ったら笑えないでしょう?」
「まぁ、まさかまさか!仮にそんな世界線があったとしても、一体どんな理由でわたくしが一夏さんに惹かれるのか皆目検討がつきませんわ!」
「はっはっは。そうですよねぇ」
「うふふふ、そうですわよぉ」
朗らかに笑い合う綾とセシリア。
しかしシャルルはそんな二人とは対照的に、背筋に奔る正体不明の悪寒に震えていた。
「・・・なんだろう、ものすごくメタい会話を聞いてる気がする・・・」
「?」
シャルルの呟きに首を傾げる本音であったが、第六感が追求してはならないと感じ取ったため深く考えるのをやめた。
こうして1年生のクラス対抗戦は、始まる前から熱を増して燃え上がっていくのであった。
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一旦、時を巻き戻してバトルロワイヤル後。
人気の無くなった夜の食堂へ一人呼び出された綾は、呼び出し主である千冬と、テーブルに乗ったコーヒーを挟んで向き合っていた。
「呼び出した用件は分かっているか?」
特に威圧しているつもりはないが、その雰囲気と淡々とした口調で問い詰めているようにも聞こえてしまう千冬の話し方に、綾はしかし圧された様子も無くコーヒーへ砂糖とミルクを注いでいる。
「僕のアマデウスについてですかね」
とぼける事も無く答える綾に、意外といったばかりに肩の力を抜く千冬。
「まるで肩透かしにあった気分だな。まぁいい。単刀直入に聞くが、お前のIS・・・あれはどういう経緯で作られた機体だ?何故世界政府に登録されているISコアの登録番号に合致しない?」
「アマデウスは僕のお爺様が作りました。それ以上も、それ以下も僕は知りません」
お爺様――鶴守 豪。
凄腕のIS製作者という触れ込みで有名ではあるが、世間の評価や代表作品を耳にしない、謎の多い男。
詳細な調査、具体的には近辺の調査や本人への聞き込みをすれば何かが分かるのかもしれないが、いかんせん教師という立場ゆえ時間が無い。
余裕綽々といった風にコーヒーをかき混ぜる綾へ違和感すら覚えるが、千冬はブラックのままのそれを口に含みつつ、質問を続ける。
「鶴守 豪が製作したから詳細を把握していないと?あれだけISに精通しているお前が?」
「お爺様のISに関する技術はオーバーテクノロジー過ぎて僕にはほぼ理解出来ませんでした。僕に理解出来たのはせいぜい機体整備やソフトウェア開発程度ですよ」
「オーバーテクノロジー・・・ISコアの作成方法の事か?」
「先生は、お爺様がコアを製作出来るとお思いなので?」
「そういう疑念が生まれているという話だ。・・・お前のIS、アマデウスのコアが篠ノ之 束が製作した1200近くのコアの中に含まれないものであるのだとしたら、自然とそういった結論に至るのは私だけではない筈だ」
「そうでしょうとも」
頷きつつ、甘く、ほろ苦いコーヒーを半分ほど飲み、一息ついた綾は千冬へと向き直る。
薄いメガネのグラス越しに見える瞳は、やはり普段と変わらぬ軽薄で楽しげなものであった。
「大きな声では言えないし、言うつもりもないが。この事を知った者がいた場合、鶴守 豪を狙う者が現れる可能性がある。篠ノ之 束が行方不明でコアの絶対数を増やせない以上、コアを作れる可能性のある人間は貴重というレベルではない。コア作成可否の真偽はともかく、その情報だけで動く連中が――」
「まぁ、いるでしょうね。兵器でもあるISのコア製作技術なんて金の成る木だ。欲しがる企業や組織は腐るほどあるでしょう」
千冬の話を切り、まるで焦れるかのように話を先回りして回答する綾。
「ですが残念ながら、僕はお爺様の研究については知らない。消されてしまったんですよ、お爺様のISに関しての殆どのデータは、10年程前にね」
「消された・・・?」
「はい。それ故に、僕はお爺様がコアを作れるのかどうかを知る術が無かったのです」
平然と言う綾ではあるが、嘘を言っているようには見えない。
「消された、と言ったな。誰に消された?何故消された?」
「何故、かは知りませんが、誰に、という問いになら。貴女の良く知っている人、と言えば察しがつきますかね」
あえて名前を濁して回答する綾ではあったが、自分の良く知る、ISに関係のある人、と言われて該当する人間は、千冬には一人しかいなかった。
(束・・・だと?)
何故そこで束が出てくるのか。わざわざ鶴守 豪の所持するデータを削除する必要が、束にあったというのか。
新たな疑問が生まれる中、綾は情報を追加する。
「ああ、それとお爺様に話をしようとしたり、誘拐してコアを作らせようとしたりしても、それはもう無理な話ですよ」
「どういう事だ?」
「僕がIS学園に入学した時点で、お爺様は既に危篤状態に入っていました」
「・・・・・・!」
いた、という過去情報。
つまりは入学時点から現在まで、綾は豪と一切の連絡を取り合っていない事になる。
経歴から綾の両親は白騎士事件にて還らぬ人となっており、豪は唯一の肉親であった筈である。
その安否を気遣う事が、これまで無かったというのか。
「お爺様は頑固な方でしてね。誰かに介護される事や、病院で寝泊りする事を極端に嫌う方でした。家にはお手伝いの一人もいないので、既に衰弱死してしまっている可能性もありますが――」
あからさまに異常とも取れる綾の言動ではあるが、しかしまるで何かを確信しているかのように、彼の瞳はいつもと変わらない。
「それはそれで、お爺様が選んだ終末であるというなら、僕から言う事はありません」
「・・・なるほど。何を企んでいるかは知らんが、私が心配するまでもなくあらゆる覚悟を決めているというわけだな。お前も、鶴守 豪も」
綾と豪のつながりは、常人に理解が出来ない程に強いものなのだろう。
豪からすれば、自身の身の危険や命の保障をかなぐり捨ててでもIS学園へ綾を放り込む覚悟が、綾には敬愛する祖父を見殺しにしてでも成し遂げるべき事を成すためにここに来た。
そして、その気持ちは、第三者がお互いを人質に取る事が出来ないという事でもある。
しかしそれは、それほどの覚悟は、当初の疑問に対してイエスと答えているのも同然であった。
(やはり、鶴守 豪はコアを作成する技術があったのだろう。そのナレッジを束が消した?なぜ、否、いつ?これが白騎士事件前であるのか後であるのか、それ次第で話は大きく変わるぞ・・・)
そして気になる事はもう一つ。
織斑 千冬と篠ノ之 束のつながりを、綾は知っていた。
もしかすると彼は、そしてその祖父は、IS白騎士を操縦していたのが誰かを、知っているのかもしれない。
そのあたりを聞いてみようとした千冬であったが、コーヒーを飲み終えた綾は両手を挙げ、
「学食のコーヒー一杯ではこのくらいの情報提供が精々ですね」
そう言って立ち上がった。
「・・・もう一杯くらい奢ってやってもいいが?」
「結構です。まだ僕は、貴女の事を良く知らないので、今も緊張してどうにかなりそうです」
しれっと分かりやすい嘘でごまかす綾の反応を見て、なるほどな、と千冬は思う。
彼にとって、自分はまだそこまで信用できる人間ではないと思われているという事だ。
もしも白騎士事件より前に束が豪のデータ削除に関与していたとするのなら、それも分からない話ではないように、千冬は感じた。
「またいずれ、僕からお誘いさせて頂きますよ。今度はこんな場所で教師と生徒としてではなく、男と女としてデートしたいものです」
「そうだな。私がその時必要だと感じたら、お前の誘いにも乗ってやろう」
「ふふ、約束ですよ。ミス千冬」
ぺこりと慇懃に礼をして学生寮へと戻っていく綾。
ふと見ると、綾のコーヒーの横にメモが置かれており、そこには手書きで綾のプライベートアドレスの番号が控えられていた。
「そつない奴だ。本当に一夏と同い年か?」
苦笑いしながら自身の端末にその番号を登録し、念入りに破り捨てて席を立つ千冬。
彼の語る言葉がどこから嘘で、どこまで本当なのかは分かりにくいが、それでも話す価値はある。
千冬にとってもISとは因縁のある存在であり、今となっては仕事の教材でもあるが、そもそも世界が女尊男卑などという歪んだ形となった責任の一端を、自分が担っていたという事実は間違いの無い事であるのだ。
それが何も知らずに踊らされた結果であったとしても、彼女は少なくとも、知る義務があると考えている。
「さて、考え過ぎて明日遅刻したら小娘共に示しがつかんな」
頭を切り替えて自室のある教員寮へと帰る千冬。
その口元がどこか艶やかである事に、彼女自身は気付けていたのだろうか。
ゆかなさんが「セシリアがどこで一夏に惚れたのかわかんない」って言ってたのがずっと頭に残ってる。