インフィニット・ストラトス リビルドワールド 作:しびれあくせる
篠ノ之 束の飛行船がイギリスを目指して飛び立ってから3時間が過ぎたころ。
さすがに激闘に次ぐ激闘を経た一夏の腹が悲鳴をあげたあたりで、クロエによる館内放送が彼らの耳へと鳴り響いた。
『皆様、食事の用意が出来ました。起きられる方は一階大広間までお集まりください』
二階の奥にあるリビングルーム、給湯室と休憩室が一緒になった空間で各々ゆっくりとしていた一夏、綾、束、ボゥイがその音声案内に首をもたげた。
「ふむ、もうそんな時間ですか」
「俺もう腹減っちまったよ!行こうぜボゥイ!」
「おう」
眼鏡を中指で抑える綾、立ち上がって大きく手を振り上げる一夏。
彼らはボゥイが味覚を失っている事を知らない。
だがそれでも、ボゥイは悟られないよう笑って一夏に同意して立ち上がるのであった。
「無理しなくていいんだよ」
ぼそり、と。
束がボゥイへ耳打ちするも、ボゥイは知っていたのかと言わんばかりにきょとんとした表情をつくるがすぐ笑い、
「無理なんてしちゃいないさ。幸いなことにまだ嗅覚は生きてるからな、まるで味わえないって事ぁない」
「ふぅん。味がしない料理がどんなものか、試しにいくってことか」
「そんなとこさね」
ニッと八重歯を見せて表情を緩ませるボゥイの何とたくましい事か。
読んでいた英語の雑誌をテーブルへ置いたボゥイは立ち上がると、待っていた綾と一夏と共にリビングルームを後にする。
冷静に考えれば世にも珍しい男性IS適合者―――実際には適合云々ではなく、IS側が彼らを受け容れられるよう調整された存在であるのだが。
半袖半ズボン型の綾、そこにへそ出し型となった一夏、ハイネックノースリーブのボゥイのISスーツ姿を見送りながら、束もまた彼らの後に続いて部屋を出る。
そして呟く、意味深な言葉を。
「くーちゃん、今日はどんな風になったかな~?」
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食事と聞いて足取りも軽く、男子IS使い一同が一夏を先頭に廊下を歩いていると、バンッ、と勢いよく個室の扉が勢いよく開かれた。
「飯の時間と聞いて!」
眉間にしわを寄せ、瞼を閉じながらも鼻息荒く姿を現したのは綾の義妹、ラウラ・ボーデヴィッヒ・鶴守である。
彼女はドイツ軍を除籍され、鶴守家の一員となってからこっち、食事というものにある種強欲なまでの執着をみせている。
たとえ他のメンバーが疲れ果てて襲い掛かかる睡眠欲に打ち負けていたとしても、彼女にとってはそんな理由で一食抜くなど考えられないのである。
「おやラウラ。お目覚めですか?」
「おお綾。悪いが眠くて目が開けられん。飯を食わしに連れていってくれ」
「顔を洗いなさい、顔を」
酷使した瞳は目やにで瞼がくっついており、ほとんど勘で歩く妹を個室へと連れ戻し、洗面所でざばざばと顔をあらってやる綾。
美容液入りの洗顔料でさっぱりとしたラウラは顔を拭くと、いつもの眼帯をする暇も惜しんでさっさと再度部屋を出ていく。
もともと彼女の能力を制限する枷となっていたヴォーダン・オージェは豪の手により完全にラウラに定着されており、いまや自在にその力を制御できるようになっている。
本来なら眼帯も必要ないほどであるのだが、眼帯があっても視覚を得られるようになっているラウラからすればどちらでも良いものだ。
半ば癖と、遠くにいるシュヴァルツェ・ハーゼの皆との絆の証として付けている側面が大きい。
はてさて、歩きながら珍しく片目裸眼なラウラの顔をまじまじと見る一夏とボゥイ。
「お嬢、眼帯ないと雰囲気変わるな?」
幸いなことにラウラの名前は思い出せずともお嬢という愛称は覚えていたボゥイが話しかけると、ふふんといつものように不敵に鼻を鳴らしてみせるラウラ。
同じ仕草でも身に着けているものがあるのと無いのとでは、小悪魔的な魅力がまた違う。
「なんだボゥ
「あ、いつものお嬢だったわ」
「よく言った後で勝負だ」
「はは、けど本当に印象が変わるな。可愛いぞラウラ」
「そうだろうそうだろう。もっと褒めていいんだぞ嫁よ」
一夏といえば素直な感想を述べる。
かわいいと言われて喜ばない女性は少ない、ラウラもまた例外ではない・・・例外ではなくなったと言うべきか。
小柄で銀髪、赤い瞳とまるで異世界の妖精のような外見のラウラは、黙っていれば誰もが息を呑むほどの美しさ―――ある種の妖艶さがある。
彼女自身は可愛いという概念が理解出来ず、不要なものとしてまるで追及するつもりがないものであったが、ルームメイトであるシャルロットの存在が彼女の中身を大きく変えた。
しつこく食い下がる様に見せられるかわいい服やアクセサリ、たまに出かける際に施されるメイク、その出来栄えに、いつしかラウラはなるほどと思うようになった。
自分を磨くというのはなにも戦闘技術を高めるだけではない。
こうして容姿を整えるというのも、他人と関わるのには必要な技術であるのだ。
いつしかラウラは自分でも装飾品を選ぶようになり、シャルロット譲りのファッションセンスは彼女自身を段違いに輝かせていく。
綾たちと出会った頃より身長の伸びた彼女であるが、それでもその存在感は変わらない。
はじめはストレートだったラウラの髪型が、シュヴァルツェア・ガーベラを手にしてからはサイドテールとなろうとも。
威圧的だった態度がいくらフレンドリーに軟化しようとも。
彼女の瞳に宿る意志の強さと、大切なものを守り抜こうとする信念だけは、美しさと共にとどまる事を知らない。
閑話休題。
からからと笑ってラウラとじゃれ合うボゥイを見ながら、綾は。
彼の様子がおかしい事には気付いていた。
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「こ、これは・・・?」
「・・・豚汁にてございます」
食卓に並べられた人数分の豚の頭を見て一夏が指を向けると、やや目を伏せながらクロエは気まずそうにそう答えた。
「ぶ、豚の丸焼きとかではなく?」
「・・・豚汁でございます」
皿の上に突き刺さるように生えている豚足を目にして綾が聞くも、同じ回答を繰り返すクロエ。
バジルでも大量に使用されたのか、緑色のそれは何とも食欲をそそらない仕上がりである。
「いただきます!うむ、意外といけるぞこれ!」
そして何でも躊躇せず食べちゃうラウラである。
これにはあのボゥイですら閉口してしまうレベルの光景であった。
クロエは綾や一夏へ詫びるようにゆっくりと頭を下げると、伏せ気味の瞳を更に細くしながらぽつぽつと言った。
「
「料理が苦手とかのレベルではないのですが!?」
「もはや豚という属性しか残ってないぞ!?」
この豚の満漢全席を緑色に染めたようなテーブル上は、既にセシリアの料理下手を超えている。
あちらは食べられない意味での料理下手であるのだが。
クロエ自身もそれは分かっているのか、両手で顔を覆うとため息混じりに言う。
「ですので
「だって面白いんだものー」
気にせず席についてラウラと豚足をかじる束に、綾、一夏、ボゥイの男三人は言葉を失うばかりである。
おずおず味覚の無いボゥイが一口豚足をかじってみるのだが。
「・・・んん?んんん!?からーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
「ぼ、ボゥイ!?」
口から火を噴きながらもんどりうって転げまわるボゥイを一夏が心配して水を差し出す。
再三言うが、ボゥイには味覚が無いのである。
それが辛いという。酷い味付けなのは間違いなさそうだ。
「やれやれ・・・」
言いつつ匂いを嗅いだ綾は、ほのかに納豆の匂いを感じ取って食べるのをやめた。
そしてあえて話を変えるかのように、椅子へ腰かけると足を組んで、肩で息をするボゥイへ視線を投げかけた。
「さてシューマッハ。君、僕の名前覚えてますか?」
「・・・」
それまでの動きはどこへやら、口を拭いながら立ち上がって綾を見返すボゥイは、ややあって両肩をすくめると観念したように目を閉じた。
「・・・お察しの通り。今のオレぁロクに記憶も残ってない状態だ。織斑 一夏の名前はなんとなく覚えちゃいるが、さっき会うまで顔も思い出せなかった。少年やお嬢の名前は悪いが全く分からねぇ。もう、色んな所にガタが来てるみたいだ」
「なんだと・・・!?」
もしゃもしゃと豚の頭をかじっていたラウラが顔をあげてその口を止める。
やはりか、と軽く鼻で息をした綾はしかし、そのことを問い詰めるつもりは無かった。
「単刀直入に言います。君、今ならまだ治る可能性がありますよ」
「・・・おいおい、冗談だろ?おやっさんすら匙を投げてる状態なんだぜ?」
「お爺様に思いつかないことでも僕なら思いつく方法があるということです」
眼鏡を中指で押し上げると、綾は半信半疑のボゥイや目を点にしている束の前で言ってのけた。
「セカンドシフトです」
「セカンドシフト・・・?」
「・・・りょうちゃん、それじゃだめだよ。セカンドシフトしても肝心のコアが傷ついてる状態だから、負荷をかけて破損率を上げるだけ」
何を言うかと思えば、と言いたげに束が言うが、綾は意に介さずに続ける。
「僕の言うセカンドシフトの意味は多岐にわたる。セラや一夏のように白虎と絆を深めることで到達するのももちろんそうですが、僕のように自身の手による改造での上位互換化もセカンドシフトと呼びます。つまり、僕がシューマッハに提案するのは―――」
一拍置いて、綾はボゥイの眼を見て口を開いた。
それは実に綾らしい、どんな時でも諦めない視点からの切り口であった。
「第三のセカンドシフト。シューマッハ自身のコアを自立修復するためのリバイバルフォーマットです」
そしてこの提案は、ボゥイや束、ちょうど食堂に辿り着いた豪の瞳を輝かせるには十分な響きを持っていた。
たったこれだけの文章上げるのに何年かかってるんだ。。。