平日の朝で、普段なら通勤ラッシュで満員になるはずの列車には、僕たち以外に誰も乗っていない。やけに静かで、不気味にも思えるのだろうが、僕にとっては何故かかえって落ち着いた。
ナナは寝ていて話は一言もしていないため、動画の声がいやに澄んで響き渡る。
「新宿駅を爆破します。これは嘘ではありません。」
たんたんと少年は語る。
「すべて、吹き飛んでしまえ。」
それで動画は終わった。
「新宿駅」と一言にいっても、新宿と名前のつく駅はたくさんある。それらを経由する列車すべてがストップした。
そして、動いている列車にもほとんど乗客はいなかった。タクシーは儲かっているんだろうな。
列車にすら興味を持たれない小さな駅は、肩をかすめてあおり立てたあげく無視して走り去ろうとする車両にひどく怒りを覚え、カンカンと音が聞こえるほど真っ赤に怒った。
「小さな駅は、石のように黙殺された。」
「何、それ。」
いつの間にかナナが起きていて、こちらを見ていた。
「昔の小説の出だし。文系なのに知らないの?」
「おあいにく様、読むより書く方が好きなんだよ、まだ人に見せられるレベルではないけどね。」
僕たちは、都心に向かっている。例によって政府からお達しが来たのだ。探偵役は正直気が乗らなかったが、相棒役のナナはノリノリだった。
何が、あいつを変えたのか。
{三年前、牢屋にて}
「時計が進まないんですよ」
それが、第一声だった。久賀浩人という少年に、過去を聞いたときの返答だ。
彼は苦渋に満ちた顔でそう答えた。
「事件が起きた日から、全く進まないんです。カレンダーをめくっても、インフルエンザを引いても、こうして逮捕されていても、それこそ年が変わっても。ずっと、ずっと止まっているんです。まるで2,3分前起きたように感じられる。」
浩人は、ある少年犯罪の被害者だ。正確に言えば、被害者の遺族である。
時々、彼の言葉を思い出す。どれだけ時間がたとうとも、心の傷は癒えない。
古人いわく、「時間がすべての感情を風化させる」らしいが、そうではないことを一部の人間は身をもって知っている。
それどころか、苛立ちと虚しさだけが、日に日に募っていく。自分は、身をもって知っている。
「和人さんのおかげで、少しだけ時計が動きました。」
その言葉をようやく聞けたときには、すでに半年が経過していた。
「ようやく、納得がいったんですよ。誰も加害者のひどさを教えてくれなかったから。」
浩人は、泣きながら訴え、頭を下げた。
僕は頭を上げてほしいと伝えた。
「少年審判では、少年たちの単なるケンカ、という風に審理が進んだといってたね。」
彼はため息をついた。
「でも、和人さんの調査によれば、一方的な暴行だったんですね?現場には、祖父の他5人もの男子がいた。五対一の喧嘩などあり得ない。しかし祖父にも非があるようにかかれている。検察が全く調べなかったと言うことですよね?」
僕はうなずいた。当時加害者は13歳、刑事罰に問えなかったのだ。
その少年は少年院送致になった。年齢を鑑みれば、最も重い刑。しかし、決して納得は出来ないだろう。
「僕、民事裁判を起こします。少しでも、後悔させてやるんです。」
「そのときは、協力するよ。」
「忙しくないんですか?」
「まあ私情だ。」
彼は僕の手を握り、何度もうれしそうに笑った。
そして僕は「少年犯罪被害者の会」に行くようになった。少数というものは、自然と集まり形をなす。なんとも奇妙な理だ。
国会議員にも会った。会津輝彦という。
「先生、進行状況はどうですか?」
「そう呼ばれるのは好きではありません。順調とは言いがたいですね。」
会津は苦笑した。
彼は少年少女擁護法を強く批判し、一時期注目を集めた議員だ。
「18歳以下の極刑を使用できない非行少年をどう裁くか、国民の不満はここにあります。」
間違いないな、と思った。それを裏付けるように凶悪犯罪を起こした少年のフィクションも数多くある。
「今一度、国民が少年犯罪と向き合うときがやってきました。お互い同じ思想を持つ者同士、共に励みましょう」
噴き出しそうになってしまった。政治家らしい台詞だ。何でそう事を大きく表現したがるのやら。
僕は別れを告げた。そういえば、その頃「あいつ」はいなかった。
その日、深夜に自宅に帰った。安いアパートである。同居人は今はいない。かつてはいた。
部屋に飾られた写真を見上げる。「康夫」。僕の兄だ。
時計が進まなくなると言うのは間違いないな、と思った。あの事件からもう7年もたつ。しかし目を閉じれば昨日のように思い起こせる。
寒い雪の中、うつ伏せになり真っ白だったはずの、美しかったはずの雪を紅に染めた兄の背中。僕がよく口にしたグチや、よく焼いてくれたクッキーの匂いまで。
誰もが少年犯罪に興味を持つべきだ。しかしそれはいつでも凶悪犯罪が起きてからで、必ず被害者がいる。不条理で皮肉だなんて言えばかっこいいのだろうが、要するに僕個人としては全く納得できないと言う事だ。
ケータイがなったのはそのときだ。
「誰?」
「あ、カズ君?店作らない?」
深夜にかけてくる内容ではないと思いながら受け答えをした。
頭は別のことを考えていた。興味を持つような犯罪は起きないに越したことはない、と。まさか、会津の言葉が予言になるとは思わなかった。それも、二年越しに。
再びうつらうつらし始めたナナを、けたたましくなるケータイの着信音が起こした。いやな気分だ。
「もしもし?」
「和人さんですね。新宿駅にて、トランクケースが破裂しました。」
僕は列車から降りると、レンタル自転車で走り出した。
「少年犯罪はただでさえ面倒だ、気合い入れろよ」
「ホントにこれ、少年犯罪なの?」
「何が言いたい?」
「爆弾なんてどうやって作るの、あんなおとなしくて優しい人が。黒幕がいるんじゃないの?」
「過酸化アセトンの例がある。木や貝殻からでも作れる爆薬だ。ネットに作り方ぐらいかいてあるだろう。」
もちろん、運搬や起爆装置など、爆破するにはかなり他のスキルも求められる。
「それに、黒幕についてはなんとも言いがたいな。」
「どうして?」
「こいつが、おとなしく優しい、犯罪組織と縁遠い子供だからだよ。」
爆破があったのは、五月十二日朝八時二十四分。久賀浩人のテロは、日本中を震撼させることになる。
(過去にて)
僕は「声」を見つめる。お守りのような物だ。真っ暗な場所でスマホを起動させて、ある記事のコメントを開く。
キタナい罵詈雑言に温かい励ましの言葉。犯罪についての記事だ。
僕はもう片方の手で、さらに二つのお守りに触れた。
一つはラミネート加工した白くて小さいかわいらしい押し花のカード。
もう一つは、傷だらけで現代アートといっても通用しそうな、少しいびつな十徳ナイフ。
どちらも僕にとっては宝物だ。
スマホを切れば辺りは暗くなる。夜ではないかと思えるほどに。
耳に、目に、先ほどの声が響く。毎日これをやって、ようやく怒りが安らぐ。
僕は散歩に出かけた。今年は寒く、早めの雪がバカみたいに散らばっている。
寒い町だった。気温も、雰囲気も。そして、一人の少女を見かける。
コートも着ずに佇んでいた。見ているだけで凍死しそうな気分だ。
何をしているんだ?
指先は真っ赤で、頭や肩には雪が乗っている。季節外れのせっかち雪が降ったようだ。
向こうもこちらに気づいたらしく、目が合ってしまった。
僕は驚いた。見覚えのある顔だったからだ。
整った顔立ちで、ショートボブにカットした髪からは清潔さを感じる。その癖に目は大きく、印象づけるような人物だ。
どうしようが迷ったが、すぐに結論を出した。
前に進むこと。進み続けること。
「どうしたの?」精一杯優しい声で言った。「風邪引くよ?」
「あの・・・」少し当惑したようだ。さっと顔を伏せる。「捜し物をしていて。」
「捜し物?」
「財布を、見ませんでした?このくらいの、ピンクの奴。」
彼女は手で大きさを示した。普通の長財布くらいか。
「見てない。最後に使ったのは?」
「この先の自販機で、ジュースを買ったとき。」
目をこらす。かなり離れているが、確かに自販機があった。
「じゃあ、探そうか?」
「え、そんなの申し訳ないですよ。」
「誰かに盗まれたかもよ」
「ここから自販機の間には落ちてませんでしたから」
「そうか。」
話していてどうやら諦めがついたらしい。
「もう家に帰ります。ありがとうございました。」
彼女は去って行った。次にとるべき行動に移るか。
前に進むこと。進み続けること。
どれだけ時がたったか分からないが、背中に雪が積もって山をなした頃、財布は見つかった。
盗まれていたらしく、かなり離れた場所に落ちていた。
財布の中を確認すると、学生証が出てきた。
チカ、という名前が記されている。そして住所も。
駅からそう離れていないところに、家があった。庭にはプランターがたくさんあるのに、どれ一つ何も植えられていない。土すらいれられていなかった。
チャイムを鳴らすと、チカが出てきた。
「これであってる?」
彼女はこちらを凝視してきた。「ずっと探してたんですか?」
「暇だから。」
「この近くの人じゃないですよね。」
「そうだね、東京に住んでる。観光客だ。」
「観光は良いんですか?」
「観光客なんて、みんな大体暇なものさ。」
自分でも、雑だと思った。でも他に良い言葉も思いつかない。
「ごめんなさい。本当に、助かりました。」
その後、家に上がって暖まっていくよう勧めてくれた。
ずうずうしいかな、とも思ったが、寒さに負けた。
寒空の下、ずっと雪をいじってたせいで指ははち切れそうに冷たかった。
「もしかして、同年代ですか?」
チカは靴を脱いでいると質問してきた。
「僕は15歳。」
「あ、じゃあ同い年だ。敬語は外して良いかな?」
「いいよ、どうせ僕もチカに敬語使ってないし。」
「名前は?」
少し迷って正直に答えた。
「久賀浩人」
「じゃあ、浩人ね」
「下の名前?」と聞き返すと、「浩人も下の名前で呼んでたから。いやだった?」
そういやそうだ。うっかりしてた。
「気づいてなかったの?」チカは笑いかけてきた。
「全く。」僕も笑い返した。
これが、チカとの出会いだった。
チカの家族は花好きらしく、そこら中に花のポスターが貼ってある。
「誰?」「私の財布を拾ってくれたの。」そんな会話が聞こえる。ああ、こたつに入る許可を先にもらっとけばよかった。
「おなか減ってない?何かつくってあげるわ」
愛想よく優しそうだ。母親だろう。
ぬれた猫みたいに震えている僕を見て、チカは「こたつ、入ってるから。」と話しかけてきた。
「迷惑だった?母さん、張り切っちゃって。普段二人しかいないから。」
「一人っ子なの?」
「兄がいるんだけど、ずっと帰ってきてないの。」
あ、といってこたつの上のノートを素早く引き寄せた。全く意識していなかったが、今の動作でいやでも意識してしまう。
「何それ?」
「日記。あまり見ないで。」
「手書きなんだね。字の練習でもしてるの?」
「ううん、そんなんじゃないんだ。見せやすいように、手書きしてるの。」
まるで、誰かに見せようとしているような口調だ。気にはなったが、尋ねなかった。あまり聞かれたくなさそうだ。
向こうも話題を変えたかったらしい。「浩人は花に興味ない?」
「花?」押し花を握りしめる。
「近くに、おすすめの公園があるんだ。」
晩ご飯のあと、僕たちは外に出た。公園はすぐ近くにあり、色とりどりの花とイルミネーションが暗い夜を明るく切り抜いた。
雪が応援でもしているように後ろから照らしてはやし立てている。幻想的な光景だ。
公園内をふらりと歩いて、ある花壇の前で足が止まった。
「オオアマナ・・・・・」
この花はまだ咲いていないようだ。細長い葉を何重にも茂らせている。小さく、力強く。
「好きなの?」
僕はかぶりを振った。「好きってわけじゃない。」
「そっか。私もあんまり好きじゃないかな。毒もあるし、ある地方では、「鳩の糞」なんて呼ばれて、これを食べた人が鳩の糞を食べたと馬鹿にされたなんて伝承もあるしね。」
鳩の糞ーいやな響きだ。気が滅入ってくる。
「この花は、妹から誕生日にもらったんだ。」
あ、と目を見開いた。「それはごめん。気を悪くしたかな。」
「良いよ、別に。ただ、ちょっと見てたい。」
「咲いてないのに?」
「うん、苗はもう枯れたから。」
近くのベンチに腰を下ろし、看板の説明書きを読んでいく。
開花時期や原産地のあとに、長く細かい文章が続いている。
『日本には、明治時代に観賞用として輸入された』
「あれ?」思わず声を上げた。「日本には自生してないの?」
「らしいよ。原産地はヨーロッパ南部だって。」
少し、引っかかることがあった。が、今は後回しだ。「そっか、それは知らなかった。」
黙って鑑賞を続ける。彼女も何も言わなかった。
「寒くない?」
「平気。開花前の花ってのも案外ステキだね。」
「咲いてないのにって自分で言ってたじゃん。」
「良いでしょ、細かいことは。満開だけが花じゃない、満月だけが月じゃないって昔の人も認めてるんだから。」
学校で聞いたフレーズだ。「徒然草だっけ?」
「そう、それ!」
その後、古典の話で盛り上がった。まさか古典好きの同年代がいるとは思わなかった。
「もしかしたら、私たちって似てるのかもね。」チカはしみじみとつぶやいた。
「そうかもね。」と相づちを打っておく。ずいぶん長く咲いていない花を眺めていた。
終電の時間が迫っていた。駅まで歩く間も、僕たちは話した。
「よかったら、友達にならない?」口に出すのは子供っぽいと思ったが、それ以外の言葉が浮かばなかったのだ。
チカは一瞬目を丸くしたが、すぐに「なら、メアドを交換しようよ」と提案してきた。
彼女の指はたどたどしく、じれたくて貧乏揺すりをしていた。寒いせいだ。
「私、連絡先の交換なんて数年ぶりだから。」
「何それ?」と僕は笑う。彼女も笑う。照れくさそうに。
「実は、結構感動してるかも。連絡ちょうだいね、浩人。」
はにかむ笑顔を見せた。人なつっこい笑顔だ。
内心ではほっとしていた。どうやら疑われてはいない。
僕の演技力では、そろそろが限界だった。
いかがでした?感想・アドバイスお待ちしております。(出来れば推薦)なお、ちょっと魔王を倒してくるわ(略して魔っちょ)も併せてお願いします。
次回予告
浩人の過去と、彼の嘘。現代のテロと、関係者達。それぞれの思惑は複雑に絡み合って、もつれ合う。次回仮面ライダーmath、「嘘と(X)の交差点」お楽しみに!