微睡みの中、左半身に柔らかいものが巻き付いているような感覚がした
寝ぼけた頭でそちらを向き目を開けると寝息を立てる黒歌が左腕に抱き着き、俺の足に自分の足を絡めてきている
その他に、彼女の足の感触とはまた別に絡みついている細長いファーのような感覚は彼女の尻尾のものなのだろう―――フカフカ且つツルツルで気持ちが良い・・・
大丈夫コレ?昨日卒業までって言ってたけど、俺の理性本当に持つの?
後、どうしよう?枕元の時計を見ればもう直ぐ朝練の時間だ
でも、これだけ密着されてたら物理的に抜け出せないし、何より精神的に抜け出したくない!!何という高度な二重トラップだろうか!
まぁ朝練自体は何時もの事なので非っ常ぉぉぉに後ろ髪を引かれる気分だが、黒歌を起こして支度をする事にして彼女の肩を軽く揺さぶりながら声を掛ける
「ほら黒歌。もう朝だぞ」
すると少ししてから黒歌の目が薄っすらと開かれる
「う~ん。おはようにゃイッキ」
黒歌は上半身を起き上がらせて"グゥッ"と伸びをして挨拶をしてくるが、寝る時の彼女は白くて薄手の着物だけだ。さらに旅館の浴衣とかで寝た事のある人はご理解頂けると思うが寝ている間にハダけるのだ・・・どこが?勿論胸からヘソの辺りまで前面がである
そんな黒歌の姿を見たら昨夜の【一刀修羅】で感じ取ったアレコレなども連鎖的に思い出してしまうのは、もはや必然である
「ああ、おはよう黒歌」
俺も起き上がりながら黒歌では無く、その背後に焦点を向けて平静を装って挨拶を返す
「うにゃん♪」
すると何やら非常に上機嫌な彼女が俺に再び抱き着いてきた―――こうなれば先ほど無理やり引き出した平静の仮面も簡単に崩れてしまうもので顔が赤くなるのが自分でも分かる
「く・・・黒歌?何だか妙にご機嫌だな?」
若干上ずった声になりながらもそう問うと「それはそうにゃ♪」と返してきた
「今日からは今までと違って必要以上に警戒する事も無いし、白音も居るし、イッキも同じベッドに引き込めたし・・・昨日までとは環境が凄く改善されたんだからご機嫌にもなるにゃ♪」
言われてみれば確かに、自由が好きそうな彼女にしてみれば隠れ住むというのはストレスにもなるよな―――今の彼女は解放感に浸っているのだろう・・・でも、『同じベッドに引き込む』って黒歌には自分の部屋が在るし、一応ここって俺のベッドなんだが・・・今更か
すると黒歌は少しだけ顔を離し、此方を"じー"っと見つめてきた
さっきと違い此方も黒歌を見つめ返す・・・つまり、この雰囲気はそういう意味だよな?
頭の中でそう思いながらゆっくりと彼女の顔に自分の顔を近づけていき、後少しでお互いの唇が重なりそうになり・・・
“ガチャ!”
「黒歌姉様、イッキ先輩。まだ寝てるんですか?今日から朝の修行を付けてくれるとの事でしたが、もう時間です・・・よ・・・」
「「「・・・・・・・・・・」」」
小猫ちゃんが入ってきたぁぁぁ!そうだよね、今日にはもうグレモリー眷属は冥界に行くわけだし、俺と黒歌が揃って修行を見られるのは今だけなんだから、起きて来なかったら様子の一つも見に来るよね!
「あら?おはよう塔城さん。体操着という事は朝の運動なのかしら?そこはイッキの部屋よね?トレーニングのお誘い?」
少しだけとはいえ3人で固まってしまっている隙に母さんがやって来た
どうやら新しい家のせいか早めに起きてしまい家の中を見て回ってたようだ
そのまま"ヒョイ"っと俺の部屋を覗き込む
「・・・・・黒歌さん、イッキ。孫の名前は私が決めても良いかしら?」
「それは・・・えっと・・・候補を出すくらいなら問題ないかな?」
「そう?楽しみにしておくけど、学生の内は節度を守るようにね♪」
そう言い残し再び家の探索に向かっていった
「「「・・・・・・・・・・・」」」
またしても少し無言の時間が出来たが黒歌が何とか口を開く
「・・・イッキ、アレって普通の反応なのかにゃ?」
「いや、そんな事は無いと思うぞ?」
黒歌の猫耳と尻尾は遠目で見えなかったとしてもだな・・・
「自然と状況を流していきましたね・・・イッキ先輩のお母さん」
「取り合えず・・・朝練行こうか?」
深く考えてもしょうがないだろう・・・多分
それから3人での朝練を終えた・・・地下に在った訓練場はレーティングゲームの会場と似たような仕様らしく色々と環境を設定できるみたいだ。朝から家の地下で野山を駆け回る事ができるとは思わなかったが・・・
とは言え今日は皆出かける予定が在るためそこまでガッツリとした訓練では無かったが、黒歌も小猫ちゃんも何だかんだで楽しそうな雰囲気だったから良しとしよう
修行がひと段落したらそれぞれシャワーを浴びて朝食を食べ、家を出る
俺だけ京都ではあるが両親にはオカルト研究部の合宿という理由で統一しておいた
「さて、全員揃ってるな。それじゃとっとと行くとしますかね」
今はオカルト研究部のメンバーの殆どが固まっている俺とイッセーの家の前にアザゼル先生に祐斗とギャスパーが集合していた・・・引きこもりのギャスパーは祐斗がエスコートして連れてきたみたいだけどな
それから皆で最寄りの駅に向けて歩き出す
「それにしても部長、冥界って列車で行くんですね。俺はてっきり魔法陣で跳んでいくものだと思ってましたよ」
「基本的には魔法陣で行くのよ―――でも新人の悪魔は一度は正式なルートを通って登録する必要が在るの。緊急時や特別な招待を受けた場合は魔法陣で行く事も出来るけど、その度に毎回手続きし直さなくてはならないのよ」
それはまた事務的な話なんだな・・・
「そうだったんですね・・・そういえばイッキは京都には普通に電車で行くのか?」
「いや、俺は京都には転移で向かうから、途中で別れるぞ」
旅行という訳でも無いのだ。手っ取り早く転移で向かうさ
「転移?仙術にもそういう事が出来るものが在るんだな」
「ほら、前の会談の時に美猴って奴がやってただろ?あの地面に沈んでいくやつ―――アレは地脈・霊脈の流れに乗って遠くに転移する術でな。アレだ、空港とかで見かける『動く歩道』だよ」
そう言うとイッセーは「成程」と頭を振っていた。具体的な例が在ると説明が楽でいい
さて、実は京都に行く前に寄っておきたい場所もあるのでこの辺りで皆とは別れる事にしよう
「そろそろ行く事にするよ・・・そうだ!イッセーにはこれを渡しておこうと思ってたんだ」
異空間から本を一冊引っ張り出してイッセーに手渡す
「これは・・・テーブルマナーの本?何だってこんなモンを?」
「こんなモン言うなよ。家の本棚に在ったのを持ち出してきたんだぞ?———イッセー、お前リアス部長の実家が大貴族って事を失念してないか?想像してみろ。高級なテーブルに乗せられた見た目も鮮やかな料理の数々、それらを囲うメイドや執事の放つ厳かな雰囲気を!そんな中でお前は『ナイフとフォークは苦手なので箸を用意してもらって良いですか?』とか言うのか?・・・まぁイッセーが周囲の目を気にしないと言うならその本は返してもらっても・・・」
そこまで語るとイッセーは渡したマナー本を抱くようにして体に隠して俺から距離を取る
「いや!是非とも貸してくれ!付け焼刃でも覚えておきたい!そんな中で食事取ったら絶対に味が分からなくなる!!」
「そいつは結構。次会った時にでも返せよ―――それでは皆、また今度!」
軽い別れの挨拶をしてその場を後にし、引っ越す前の家のある方に向かって歩いて行く
大した距離でも無かったので程無く目的地にたどり着きそこのチャイムを押す
“ピンポ~ン!!”
すると直ぐに中の人からの反応が返ってきた
「は~い!どなたですかにょ?」
その言葉と共に現れたのはミルたんだ。さっき押したのはミルたんのアパートのチャイムである
「にょ?イーたんだったにょ。おはようだにょ!」
凄まじい。ミルたんから放たれる分厚いオーラだが今の自分では彼の力の底をもはや感じ取れない―――昔に比べたら俺は強くなったはずなのにミルたんは恐らくそれ以上の速度で成長してしまったのだろう。一体何処まで天元突破すれば気が済むのか・・・
「おはようございます。実はですね、昨日に急遽引っ越しする事になりまして・・・といっても同じ駒王町の中なんですが、遅ればせながら引っ越しのご挨拶をと思いまして」
何だかんだで10年以上ご近所さんでトレーニングする時などによく挨拶を交わしてきた間柄なので挨拶するのは礼儀かなと思ったのだ
「そうだったにょ!態々ご丁寧に有難うだにょ☆でも、遠くに引っ越す訳でもないなら寂しくないんだにょ♪・・・そうだにょ!ちょっと待ってて欲しいにょ☆」
何か思いついたとばかりに家の中に入っていくミルたん
何だろう?一応挨拶してそれで終わりのつもりだったのだが・・・
すると奥から何かを探すような感じの物音がしてきて、少しすると「あったにょ!」との声と共にミルたんが帰ってきた
「コレ、イーたんにプレゼントするにょ☆引っ越し祝いだにょ☆」
何やら赤い液体の入った小瓶を差し出してきたミルたん・・・ナニコレ?
そんな感情が表に出ていたのかミルたんが説明してくれた
「何年か前にイーたんがこの前連れて来てくれたお兄さん達とケンカして怪我をした時にイーたんの怪我を治したスッポンさんの生き血だにょ!覚えてないかにょ?」
ああ!あのフェニックスの涙的なアイテムの!・・・というかまだ残ってたの!?
でも考えてみればそもそも怪我をしなければ使う機会も無いし、ミルたんが怪我をする姿が想像つかんからな
「その、良かったんですか?こんな高価(?)な物を頂いてしまって・・・」
「問題無いにょ!ミルたんにはあの時イーたんを回復させた
ああ・・・あの抱き絞め回復技・・・ミルたん、見事に技として昇華させたんですね
今までに一体どれだけの人々が犠牲になったんだろう?犠牲者第一号の俺としては決して他人事ではないんだが・・・
「そ・・・そうでしたか・・・では、コレは有り難く頂戴いたしますね。それでは失礼します」
「これからもよろしくだにょ~☆」
想像するのが恐くなってきた俺はそそくさとその場を後にした
その後俺はミルたんの家を出てから前の家の近くにあった林の中に移動した
一般人に見られないように周りに誰も居ないことを確認して裏京都に座標を定めて転移していった
転移して行った裏京都はいきなり八坂さんや九重の居るお屋敷!・・・・とは流石に無理なので転移ポート的な使われ方をしている広場に転移し、そこからは徒歩で向かっていく
悪魔と似たような感じで基本的に夜に活動する妖怪の住む裏京都は当然というべきなのか、基本的に夜に設定されている
勿論本物の夜に比べたら効果は薄めのようだが、夜でなくとも暗がりというだけで十分力を発揮できる妖怪も多いみたいだ
江戸時代位の街並みでそこかしこで色んな姿の妖怪たちが居るのはもう慣れた
首が長かったり、首が飛んでたり、首が無かったり、首しか無かったりと首一つとっても妖怪は多種多様だ・・・向こうの屋台で酒を飲んで談笑してる骸骨たちとか飲んだ酒は何処に消えているのかとかって疑問はもう持たない事にした
途中に在った『土産屋・化け猫亭』とかに売ってるマタタビ煎餅とかマタタビ甘納豆とかマタタビ八つ橋とか帰り際に買って帰ろうかな?
暫く歩いて大きな鳥居を抜けた先にある蒼い灯りで彩られた屋敷にたどり着き、門番の狐の妖怪に取り次いでもらって中に入る
少しの間、客間で待っていると案内役の人(妖怪)に「八坂様がお待ちです」との事で屋敷の奥に向い、部屋に通された―――中に居るのは何時ぞやと同じく八坂さんと九重、お付きの天狗の方だ・・・というか大体このメンバーである事が多いんだよな。この面子なら多少砕けた喋り方も出来るし、その辺りを考慮してくれているのだとも思うけど
「お久し振りです。八坂さん、九重」
軽く挨拶を入れてから腰かけると二人も挨拶を返してきてくれた
「うむ!こうして直接会えてうれしく思うぞイッキよ!」
「お久し振りですイッキ殿、前にお会いしたのは花見の時でしたね」
確かに、実は2年に進級する前にも会っていたりする。九重と時折会う為にちょくちょく京都には来ているので言うほど久しぶりではない
「3大勢力の間で和平が結ばれた事は此方でも大きな話題となっております。それと、大々的に発表された訳ではありませんが黒歌殿の手配が解かれたとか・・・こちらはもしやイッキ殿が手を回したのではありませぬか?」
「はい。コカビエルやケルベロスと戦ったり、それとダメ押しで会談の場で白龍皇と戦ったのが良く響いたみたいです」
「それは何よりなのじゃ!これで黒歌殿を縛るものも無いし、小猫殿も黒歌殿と大手を振って一緒に居られるのじゃろう?」
九重が耳と尻尾をピコピコと動かしながら自分の事のように喜んでいる
「そうだな。それと九重は小猫ちゃんとは通信越しでしか喋った事は無かったけど、今回の会談の一件で俺と九重の事もバレた事だし、良かったら一度俺の家に来てみるか?」
通信と言っても立体映像的な事も裏では普通に出来るから顔合わせはある意味終わってるし
「良いのか!?どうじゃろう?母上!」
目を輝かせる娘の姿に苦笑しながらも八坂さんが答える
「そうじゃな。今、3大勢力は各方面に対して和平の申し入れをしておる。関西は反対する者も少ないので早ければ盆の辺りには正式に和平を結ぶ予定じゃ。その後であれば問題無いかの」
九重は八坂さんの実質的な了承を得て、さらに上機嫌になる
少々単純かも知れないが、アレだけ喜ばれれば此方も何だか嬉しくなるものだ
「そうそうイッキ殿、一つ確認しておきたいのじゃが・・・」
「はい?何でしょうか?」
「黒歌殿とは何処まで進んだのじゃ?」
ちょあ!?何いきなりぶっこんで来てるんですか八坂さん!?
「イッキ殿が黒歌殿の為にそれだけ働いたのじゃろう?私が黒歌殿の立場ならそのまま勢いに任せて押し倒す所なのじゃが・・・」
ええい!この人も大概性に関して寛容だよな!娘の前でする話か?コレが!
「何と!イッキと黒歌殿はついにそこまで!?キスはしたのか!?そ・・・それともそのまま、ち・・・契りを結んだり!!」
「ストォォォォップ!!契りとかいくらオブラートに包んでもまだ九重が口に出すのは早いぞ!」
「そう恥ずかしがらずとも好かろう。昔であれば11~13歳で結婚などざらに在ったでの。具体的に言えば生r———」
「待ってください、八坂さん!次!次の話題に行きましょう!!」
開幕早々親子でエロトークに引っ張り込もうとするのはマジで勘弁してくれ
「ふむ。しかし、まだイッキ殿には質問に答えて貰ってないのじゃが・・・致し方ない。ならばイッキ殿と黒歌殿は一夜の夢を結んだものと認識する事として―――」
「キスまでです!まだ学生なので子供はせめて高校卒業までは待ってもらう予定です!!」
気付けばもはや、なりふり構わず全力で叫んでいる自分が居た―――多分此処でハッキリさせておかないと絶対に今後滅茶苦茶面倒になる・・・今でも十分振り回されてるけど
「そこまでハッキリ決まっておるなら問題なさそうじゃの。さて、このまま他愛の無い話を続けていきたい所じゃが、今回イッキ殿を京都に呼んだ理由について話そう」
先程までと違い"ピンッ"と張った空気を醸し出す八坂さんに合わせてこちらも姿勢を正す
「今回の一件。まず分かり易く端的に話すとじゃな・・・」
さらに目を細めて一旦言葉を切る八坂さんの様子に俺も知らずと喉を鳴らす
「『九重ファンクラブ』の暴走じゃ!!」
・・・・・はい?
一体いつからシリアス展開があると錯覚していた?