刀剣乱舞 妖刀の主   作:審神者ヘッド「S」

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JKなので初投稿です


義勇與臣村正

 気付いた時、男は見知らぬ場所に立っていた。

 最初、彼は此処が白昼夢か何かなのだと思った。その場所は辺鄙な田舎道の真中で、周辺には生い茂った緑と田畑が見える。風が吹き、土の匂いが鼻腔を擽った。足元を見ると、赤黒く染まった草履に綺麗な砂利が見える。

 死体も、血潮も、悲鳴も、怒声も――此処にはない。

 

「此処は――」

 

 男は最初、そこが天獄か何かなのだと思った。若しくは、外面だけを装った地獄か? 自分という人間が、天獄などという上等な場所に行けるとは思っていない。しかし、この平穏、平和、静謐で暖かな風を男は知らない。人は知らない事を恐れる、男は無意識の内に腰の打刀に手を掛けた。

 

 男の姿は酷いものだ。

 頭に被った竹傘帽子は血の雨に濡れ、着込んだ襤褸布の様な衣服は赤黒く変色している。腰の刀も然り、鞘さえ組打ちのひとつとして活用する為、べっとりと付着した赤色が鉄の匂いを発していた。全身血濡れ――それが男の現状である。

 

 幾人殺したのか? 男は憶えてなどいない。悪鬼羅刹と畏れられる存在がいるとすれば、それはこの男の事だろう。人殺しを愉しむ人間は悪鬼と云う、ならば男は悪鬼だ、それは自他ともに認めるもの。

 

 そしてそんな男にとって血潮もなく、悲鳴もなく、死体ひとつ存在しない場所というのは――酷く慣れないもので、戸惑いが先行した。

 

「おい、そこの」

 

 背後より声が掛かった。

 男は刀に手を掛けたまま素早く反転した。腰を落とし、親指で鍔を跳ね上げる。右足が前、左足が後ろ、半身になって肩を前に出し顎を引く。突然斬り掛かられたとしても、顎を引くことで首は狙えず、心臓は半身になることで守る。刀の柄は下げ腕で右腹を守る、急所を守り反撃を容易くする構えであった。

 

 しかし、男が警戒しながら反転したのに対し、声を掛けた男は刀に手すら掛けていなかった。だがそれも一瞬の事。彼奴は男の姿を良く確認していなかったのだ。道中で茫然と立ち尽くす個人、これが集団であれば多少警戒も見せただろうが。

 

 振り向いた男が血潮に塗れた格好であると気付いた瞬間、刃が鞘を擦る音が周囲に響いた。声を掛けた人物は男であった。造形の整った顔立ち、そして艶やかな髪。どこぞの武家出か、男の想像力では目の前の人物がどんな存在であるか分からなかった。考えることは苦手だ、自分には戦場で刀を振るっているのが似合う。

 

「……貴様、時間遡行軍か」

「?」

 

 目の前の美男子は顔を歪め、そう問いかけた。男は答えず、竹傘で目線を隠し乍ら内心で疑問符を浮かべる。時間遡行軍――とは、何だろうか。

 男には分からない、もしくは男が知らないだけで新しく編成された内府の備だろうか。

 兎角、目の前の男は抜刀した。

 

 であれば、応えなければなるまい。

 

 男は静かに鞘を引いて刀を抜いた。戦場で幾度も振るったが故、その刃には未だ血がこびり付いている。

 

「うッ……!」

 

 思わず、と言った風に美男子が呻いた。刀を抜いた瞬間、凄まじい血臭が漂ったのだ。臓物を抜き、骨肉を断った妖刀が放つソレ。

 

 男は静かに刀を構える。構えは深い下段、切っ先を地面すれすれに寝かせ静かに摺足にて前進。

 

 美男子は男が下段に構えた瞬間、構えを上段に変えた。深い下段、というのは最早両腕を無防備に下げているに等しい。ならば晒されるのは無防備な頭部、受けるにしても上段から振り下ろす一刀を受ければ隙を晒すは必定。

 

 男は徐々に、ゆっくりと摺足にて間合いを詰める。

 美男子は動かず、再度問うた。

 

「貴様は、歴史修正主義者か、否か!?」

「………」

 

 男は答えなかった。

 美男子は、思う。

 この血に塗れた衣装、そして竹傘。これ程血臭を撒き散らすものが神格を持った神であるとは到底思えない。であれば――敵だ。

 

 この男は敵である。

 

推参(推して参る)

 

 躊躇いはなかった。同時に沈黙を通し、徐々に迫る男への圧迫感もあった。

 

 踏み込み、無防備な頭部に向け上段より打ち込む。

 

 狙いは正確、剣速は上段に構えた己の勝ち。美男子が踏み込むと同時、男も動いていた。丁度、男の刀の切っ先が視界の下へと消える。そして上段より振り下ろした一撃が男の竹傘に触れるより速く。

 

「かッ――!」

 

 下段より奔った切っ先が美男子の鳩尾を刺し貫いていた。

 

 蛇抜。

 

 切先を突き出す様にして地面に寝かせ、素早く、或いは威圧と共に間合いを詰める。動揺し、急いた相手が空いた上体に打ち込むと同時、踏み込んだ相手の視界下より刃を跳ね上げ急所を突く。相手の心理動揺を利用した妙手である。男は自身の抜刀と同時、美男子の感情が揺らいだことを悟った。であればそれを利用しない手はない。

 

 美男子の刀は僅かに力を失い、竹傘の先端のみを掠め、それから男の肩に着撃した。斬る、というより叩くという具合。無論、そんなもので人は切れぬ、襤褸布の衣服を裂き肌が断たれる――だがそれだけだ、致命傷には程遠い。薄皮一枚の傷など刀傷とさえ呼べぬ。

 

 男は鳩尾を貫いた刀を半回転させ、それから強引に引き抜いた。ごぽり、と美男子の口から血が噴き出る。蹈鞴を踏んだ美男子に蹴撃を浴びせ、地面に転がした。

 

 口と腹から血を流した美男子は空を仰ぎながら喘ぐ。最早声を出す事も叶わない。しかし、美男子は血の泡を吹きながらもなんとか声を絞り出そうとしていた。

 

「き、様……まさ、か、刀剣――男」

「――」

 

 男は最後まで非情であった。声を絞り出した美男子の喉に向け、刺突。刀の切っ先が美男子の喉元を穿ち、その両目が見開かれた。

 

 それだけで終わりだ――美男子は刀を握っていた腕を一度びくりと動かし、それから屍と化した。瞳の光が失われ、血を流しながらぴくりとも動かなくなる。男は息絶えた事を確認し刀の血を美男子の衣服で無造作に拭った。

 

 拭いながら、思う。

 結局こいつは誰だったのだろうか、と。

 

 ■

 

 男は斬殺した美男子の衣服を剥ぎ、襤褸布となった自前のそれを捨て去った。鳩尾に穴が空いているがまぁ、今の自分の衣服よりは数倍まともである。全裸にとなった美男子をさて、地面に埋めるか森に放るかと考えていた所、美男子は光の泡となって――軈て消えた。

 

 それを男はどこか茫然とした表情で眺めていた。

 

 なんと素晴らしい骸か。死ねば光の泡となって消える、血の匂いも残らないし死体も見えぬ。もし人間が須らくそうであったのなら、あの地獄の様な戦場ももう少し見れるものになっていただろうに。男は骸が光となって消えてから、衣服は残っている事に感謝した。やはりあの、血塗れの襤褸布を纏うのは心地が悪い。それに、襤褸布となったそれは聊か体を隠すのに面積が心許なかった。対手と向かい合った時、四肢や体の動きを読まれるのは出来得る限り避けるべきだ。故に、袴や上衣など、出来るだけゆったりした衣服で体を隠す。その点、この衣服は優秀であった。

 

 男は確信した、此処は己の知る世界ではない――と。

 

 死体が光となって消えるのもそうだが、どうにも――この世界には『悲壮感』が足りない。世界全体の空気とでも言えば良いのか、言葉にするのは難しいが男の五臓六腑が悲鳴を上げているのだ。『この世界は違うぞ』と。

 

 元より血潮に浸った人生であった、こうも清浄な空気を持つ世界を男は知らぬ。他國という訳でもないだろう、大和國でなくとも同じだ。

 

「奇怪な事だ」

 

 呟き、思わず笑った。それは思わず漏れた笑みであった。そうこうしている内に足音が耳に届いた。後続か、男がその方向に目を向けると道脇に広がる森繁みの中より人影が飛び出してきた。

 

「ッと!」

 

 飛び出してきたのは男、眼帯をした美上丈。黒い、見慣れぬ衣服を着込んでいる。その上に皮鎧と肩当て――あれはどういう意図の恰好だろうか? 眼帯の男は地面に着地すると同時、持っていた刀を此方に向けたが、先ほどと異なり血塗れでもなければ浮浪者の如き恰好でもなかった為、ややあって切っ先を逸らした。

 

「……見ない顔だ、君は?」

「………」

 

 男は答えず、ただ静かに脇の刀に手を掛けた。仕掛けてくるのならば迎え討つ、ただそれだけ。眼帯の男は何も答えぬ男にやり辛そうな笑みを浮かべ――それから男の纏う、見覚えのある衣服に気付いた。

 

「――それ、月山(ガッサン)の服だね」

 

 眼帯をした男の目が、鋭く光った。

 

「帯刀している、それにその雰囲気――どうやら此方側みたいだ、なら教えて欲しい、『君と同じ服を着た』刀剣男士が居た筈なんだ、何か知らないかい?」

「この服を着た奴なら、斬り殺した」

 

 途端、眼帯の男が息を止めた。

 来る、呼気を呼んだ男は抜刀した。

 

「はァッ!」

 

 中途半端に下げた切っ先が跳ね上げられ、男の喉元目掛けて放たれた。互いの距離は間合いの外であった。それを強引な踏み込みで以って潰し、突き穿つ。しかし少々強引が過ぎた、突きとは点の攻撃であり、またその性質上狙いも読まれやすい。喉か鳩尾、腕で心臓を庇った人間を一撃で葬るとすればこの二つのみ。斬撃の様に骨ごと臓物を斬り伏せられぬ以上、その選択は避けられぬ。故に、男が突如飛び掛かった眼帯の攻撃を躱すのは、それほど難しい事ではなかった。

 

 喉元目掛けて放たれた突きを回り込む事で躱し、抜刀。抜き打ちの要領で男の腹に刀を叩き込む。しかし、眼帯の男は用意周到であった。伸びきった腕、しかしそれは両腕ではない。突き出した腕は右のみ、左は腰の脇差を握っていた。

 

 振り抜いた刀は備えの脇差に防がれた。甲高い音と閃光が走り、眼帯の男と擦れ違う。斬撃は脇差の刃を欠けさせるだけに留まった。眼帯の男は脇差を握っていた腕を揺らし、その痺れを払う。

 

「っく、やるね、思ったより手古摺りそうだ」

「……」

「能面みたいな顔だ、何故攻撃されるか分からないかい? 君は僕の仲間を殺した、それだけで理由は十分だよね」

「戦う理由なぞ、どうでも良い」

 

 男は眼帯の言葉に小さく呟いて答え、下段に構えていた刀を脇に移した。脇構え、人体の急所が集まる正中線を半身を切って隠し、後の先を狙った奇襲構えである。

 

 男は目の前の眼帯の力量を凡そ把握していた。先の強引な一突き、あれは聊か逸ったのだろうが、刀一本を片手で突き出しあの剣速、十二分以上に鍛えられているだろう。咄嗟の機転もそうだ、『抜かれるかもしれない』と考えていなければ予め脇差に手を残しておくなど考えぬ。

 

 初手、それも遭遇して間もない相手にそれ程の用心深さ――一角の剣士だ。

 

 同時に、眼帯の男も思った。

 目の前の異様な雰囲気を放つ刀剣男士――本来彼は味方の筈である。しかしどうにも、同胞と呼ぶには余りにも『血の匂い』が濃すぎる。数百、数千? 一体どれほど斬り殺せばこれ程の血がこびり付くのか。物質的な話ではない、その魂そのものが血に塗れ臭いを放っているのだ。これはその者の在り方、つまりは生き様そのものである。

 

 とてもじゃないが――同じ存在、味方とは思えぬ。

 

 それに彼奴は月山を殺した。衣服を奪ったところを見るに、嘘ではないだろう。特にあの鳩尾の傷、血も滲んでいるが目の前の男が出血している様子はない。つまりあれは月山の血だ。殺して奪ったのだ、そう考えるだけで腹の底から怒りが沸いた。

 

「名前を」

 

 故に、その問いかけは眼帯の彼にとって必然であった。

 

「君の名前を教えて欲しい」

 

 これから斬り殺す、『仲間であったかもしれない』存在に。そして同じ存在とは思えぬ神格の者として。

 男は数秒沈黙した。そして徐に答えた。

 

「柳原藤右衛門公義」

 

 眼帯の男は驚いた。告げられた名前が、余りに人間然としていたからだ。

 

「……まるで人間みたいな名前だ」

「人間だからな」

 

 何を当たり前の事をと言わんばかりに男は笑う。眼帯の男は拭いきれぬ違和を抱いた。そう、まるで――目の前の男が、自身を刀剣男士と理解していないような。否、それはあり得ない。何故なら刀剣男士とは神であるからだ。神とはそれ即ち、人より優れた存在でなければならない。精神的にも、肉体的にも、でなければ神などと呼ばれ敬われる事は無い。

 

 しかし目の前の男は己を人間だという。『イカれ』か? そうも思った。しかし、目の前の男はその見た目と精神性に反し、思考はハッキリとしている。ならば――ならば、仮に目の前の男が人間だとして。

 

「刀の銘は」

「銘不要」

 

 今度こそ眼帯の男は己の感性に疑問を抱いた。

 こいつは――本当に刀剣男士か?

 

「問答には飽いた、元より死合いに口上など要らぬ、斬って殺すか斬られて死ぬか、それだけだ……そうだろう?」

「ッ――!」

 

 砂利を踏み鳴らし男が間合いを一歩詰めた。眼帯の男は呻き、刀を中段に構える。相手は脇構え、どの様にして仕掛けてくるか。後の先を狙うのは分かった、であれば先に仕掛けるのは下策。眼帯の男は微かに構えを下段に寄せ、脇を締めた。もしあの体勢のまま振り抜くとした場合、着撃する急所が脇下であったからだ。

 

 暫し、膠着する。

 

 男の狙いは分かった、同時に晒された隙も見えた。構えは右、故に左は無防備。頭部もそうだ、しかしどちらに打ち込んでも斬り伏せる未来が見えぬ。目の前の男が隙をそのままにしておくとは思えなかった。男が更に一歩、踏み込む。重心をそのままに、滑るように。

 眼帯の男が緊張に唾を呑む――そして。

 

「そこまで」

 

 澄んだ、女の声が響いた。

 

「ッ、何で此処に!?」

 

 思わず、と言った風に眼帯の男が叫んだ。視線は森の方へと向いている。明らかな隙だった、打ち込めば斬り殺せただろう。しかし、男もその声に意識を引っ張られた。心地の良い声であった、それは男にとって馴染みのない感覚であったが故に。

 

「彼を呼んだのは私です、忠光――義勇與臣村正、あなたですね?」

「………」

 

 果たして森影の中より現れたのは――社稷を司る者特有の神聖さを放つ、美しいとも可愛らしいとも呼べぬ女であった。極々、平凡な容姿、雰囲気も凡庸、なれど放つ内々の神聖さのみが非凡。男は一瞬、言葉を詰まらせた。この女をどう評価すれば良いのか分からなかったのだ。

 

「まさか肉体を与える事叶わず、生前の持ち主を引っ張って来るとは思いませんでした……巻き込まれた貴方には謝罪を」

 

 女が上品な動作で頭を下げる。男はそれをただぼうっと見ていた。

 眼帯の男――忠光と呼ばれた彼は女が現れた途端、強烈な殺気を此方に投げかけた。先ほどもそうだったが、今は尚一層凄まじい殺気を放っている。

 

 成程、夫婦(めおと)か何かか。

 

 男はそう邪推し、眼帯の男より一歩退いた。必要とあれば女子供も斬り殺そう、だが敵意を持たず、また明確に敵と云えぬ相手を殺しんで楽しむ趣味を己は持っていない。しかし、巻き込まれたとは何か。

 

 男――公義は手に持った刀を握り締めながら考える。

 どうやら此処は天獄でもなければ地獄でもないらしい、と。

 

 ■

 

「――事情は把握した」

 

 公義は女――小雪と名乗った女と、忠光と呼ばれた男の前で頷いた。最初は本丸と呼ばれる場所にて、という話であったが誰が好き好んで良くも分からぬ相手の本拠地に乗り込めよう? 聞けばそこには忠光や先ほど斬り殺した月山の様な連中が揃っているとの事。己ひとりでどうこうできる戦力ではない。故に、事情の説明は即座に、その場で行われた。

 

 公義に難しい事は分からぬ、元より戦場で刀を振り回すばかりの人間であった。学もなければ義もない、そんな日々を過ごしていた。だからこそ最大限噛み砕き、簡素な言葉で言い表すとこうなる。

 

 歴史を改変したい者と、歴史を改変したくない者の戦い。

 

 因みに目の前の小雪と忠光は歴史を改変したくない側の人間らしい。何やら小難しい単語と共に説明されたが、公義は小指の先ほども理解していない。まぁ兎角、良く分からない妖術か技術かは知らないが、それらの技で以って過去へと遡り、そこで刀剣に宿る付喪神を用いて自分らの代わりに戦わせていると。

 

 凡その話はこれで間違っていない筈だ。もうひとつ、この歴史改変派とは別に敵対する組織が在るらしいが、此方については余り良く分かっていない。公義は話を頭の中でまとめ、淡々と問うた。

 

「では、俺の事も歴史改変を企む輩と戦う為の尖兵として呼び出したと」

「身も蓋もない言い方をすれば」

「月山を殺した事については如何」

「彼の肉体は確かに死亡しました、しかし彼の存在が消滅した訳ではありません」

 

 その言葉に公義は思わずと言った風に目を見開いた。小雪は緩く笑みを浮かべながら、公義に言い聞かせる。

 

「彼らの本体は刀剣です、言ってしまえば肉体は影法師、ただ刀を振るう為にある器に過ぎません、肉体が消滅しようと刀剣さえ無事ならば数日の内に復活も叶うでしょう――ですから此度の事は不幸な行き違い、刀剣を破壊されたならば思うところもありますが、まだ我々は決定的な過ちを犯しておりません」

「………」

 

 成程、付喪神とは然様な存在か。

 

 公義は小雪の隣で不機嫌そうに顔を顰める忠光を見る。銘を燭台切忠光、仕手は伊達政宗だったか。公義でさえ名を知る豪傑のひとりである。刀自身が刀を振るうなどと奇天烈な発想だが、実際それで何とかなっているのだから馬鹿に出来ぬ。

 

 道具に技は宿ると言ったのは果たして誰だったか。あの月山は兎も角、目の前の燭台切忠光はただ使われるだけの道具ではなかったらしい。喜ぶべきか、嘆くべきか。

 

「して、返答は如何」

「……歴史を守る為に戦うか、という話か」

「はい」

「断る」

 

 公義は断固とした口調で告げた。忠光は微かに目を鋭くし、小雪は目を伏せ前で組んだ手を強く握った。

 

「何故、と聞いても」

「俺がやりたくないからだ」

 

 公義の言葉は簡素で、故に絶対的な意志の強さを放っていた。

 

「歴史を改変したいならばすれば良い、したくないならば守れば良い、俺は別段どちらでも良い、変わろうと変わるまいと、てんで興味がない」

「正しき歴史を守る、その義を共に抱く事は出来ませぬか」

「……良く分からんのだが、お前達は単に歴史を変えられたくないのだろう? お前達は好きで歴史を守っているし、相手も好きで歴史を変えようとしている、なら別段それで良いではないか」

「……我々は人類の為に歴史を保障しています、歴史を変える、それは人類と世界、そして時間軸に明確な混乱を引き起こすでしょう、無用な混乱は避けるべきです、これは防ぐべき事だと思いませんか?」

 

 小雪の言葉に今度は公義の顔が歪んだ。

 

「――まるで己が正義であるかの様な口ぶりだ」

「正義などと軽々しくは言いますまい、なれど、間違いであるとは思っておりませぬ」

「成程……なら、そちらはどうだ?」

「……僕かい?」

 

 公義が目を向けたのは忠光である。彼は腕を組んだまま近場の木に寄りかかっており、水を向けると億劫そうに口を開いた。

 

「何故神であるその身は人間の女に従う? よもや惚れた腫れたの話ではあるまい」

「従う理由か……彼女が僕達の今の仕手であるから、かな」

「刀を振るっているのはお前自身だろうに」

「確かに戦うのは僕達だよ、けれど刀の持ち主は彼女、なら従う理由はそれだけで十分だ――尤も、こういう風に考えているのがどれだけいるのか、僕には分からないけれど」

 

 忠光はそう告げ、これ以上言う事は無いと目線を切った。公義は彼の言葉を聞き暫く考え込む。成程、仕手であるから――か。

 

 これは凡そ、自分には理解出来ぬ感情だろう。生物としての違い、精神構造的な違い、信条、義とはまた違った視点だ。しかし理解は出来ねど納得はしよう。彼は自分のしたようにしているだけなのだ、ならばそれはそれで尊重すべきだ。

 

 嫌々やっているというのなら目の前の小雪を斬り殺してやるが、そうでないのならいう事など無い。そして同時に、根本的に彼女に侍っている刀剣男士とやらと己は交わらないという事を理解した。

 

「やはり相容れぬ、俺は人間であるが故にな、お前を仕手とも思えぬし、仮にそうだとしてもやりたくない事をやろうとは思えぬ」

 

 公義の答えは変わらない。否、もっと強固になったとも言える。その言葉を聞いた小雪が眉を寄せ、僅かに口調を強くした。

 

「やりたい、やりたくないで貴方は物事を判断するのですか」

「当然だろう、他になにがある?」

 

 小雪の問いかけに公義は腹の底から意味が分からぬとばかりに首を傾げた。小雪はそんな彼の様子に僅かな怒りを見せ、一歩踏み込む。

 

「やらねばならぬ事もあるではありませんか、事、この仕儀は人の未来を左右するもの、やりたくないからやらぬでは済みませぬ、他に信条や義があるというのなら納得もしましょう、しかし貴方の言は余りに――」

「待て」

 

 小雪の責め立てる様な言葉を公義は遮った。突き出された手に面食らい、小雪は言葉を呑みこむ。視界の先に見えた公義の顔は、これ以上ない程に歪み切っていた。

 

「……まさかとは思うが、お前――『やりたくもない事をやっている』のか?」

「………」

 

 公義の問いかけに小雪は答えなかった。忠光は静かにその成り行きを守っている。公義は唸るようにして喉を鳴らし、重ねて問うた。

 

「お前は、確か審神者と言ったか? この刀剣男士とやらを使って戦っているのだろう、その歴史改変主義者とやらと」

「はい」

「斬り殺した筈だ、敵を、歴史を守る為に」

「……はい」

「好き好んで斬り殺したのではないのか?」

 

 当たり前の事を問う様に。「殺したいから殺しました」と、当然の如く頷くだろうと公義は思っていた。だからこそ、顔を強張らせ、叫んだ小雪の言葉が理解できなかった。

 

「誰が――誰が好き好んで、人など殺すものですかっ!」

 

 小雪のそれは悲鳴に近かった。殺したのだろう、そして殺したことを後悔しているのだ。それがはっきりと分かる声色だった。殺したくないのに殺した、仕方なく殺した、納得していないのに殺した。

 それは絶対的に、壊滅的に、公義が【嫌う】人間そのものであった。

 

 公義が顔を俯かせる。

 小雪ははっとなり、自分が声を荒げたという事実に気まずそうに眼を逸らした。それから、公義は肩を揺らす。それは泣いている様にも見えるし、笑っている様にも見えた。

 その事に小雪は疑問を抱き、どうしたのだと公義に手を伸ばす。しかしその手を遮った者がいた。

 忠光だ。

 

「忠光?」

「―――ふ」

 

 忠光は答えない。代わりに刀の柄を握った。

 公義の顔が上がる。忠光が体を強張らせ、抜刀した。小雪には忠光の背中が壁となりてんで彼の表情が見えない。しかし、一泊遅れて響いた絶叫がすべてを物語っていた。

 

 

「ふざけンじゃねぇぇぇえええェエエエッ!」

 

 

 まるで獣の如き発声であった。公義は腰の刀を抜き放つと、そのまま上段に構え小雪目掛けて斬り掛かった。口から泡を飛ばし、竹傘の下に見える瞳は爛々と輝いている。忠光は斬り掛かってきた公義に対し、小雪の盾となる形で対峙した。

 上からの唐竹、それを寝かせた刃で受ける。切先を左手で支え、まるで棒の様に刀を扱う。そうでなければ防げぬ一撃であった。

 

「ッ、ぁ――!」

 

 甲高い音、刀と刀がぶつかる音だ。その残響は小雪の耳を揺らし、その迫力に思わずその場で腰を抜かした。小雪を射抜く憤怒の双眸、対し公義を射抜く忠光の片目。

 

「退け燭台切ッ! 邪魔をするなァッ!」

「聞けない相談だね、君、斬り殺すつもりだろう!?」

「――当たり前だろうがァッ!」

 

 ぎちりと、一歩忠光が押し込まれた。

 公義の表情は憤怒一色。小雪はその場で腰を抜かしたまま後ろへと後退った。公義の双眸が小雪を射抜く、この人は何故、こんなにも激怒しているのか。小雪には分からない。

 理解されていないと分かったのだろう、公義は更に怒りを覚えがら叫んだ。

 

「お前、【嫌々】殺したのか?」

「えっ……?」

「歴史改変主義者の連中を、嫌々殺したのかって聞いてんだよッ!」

 

 小雪を睨みつけながら公義は一歩踏み込む。忠光が呻き声を上げ、一歩退く。刃と刃が擦過し火花を散らした。小雪が口をぱくぱくと開閉させる、何か云わねばならぬ、しかし言葉が出ない。恐怖と混乱で喉が動かないのだ。それを見た公義は益々激し、次々と言葉を吐き捨てた。

 

「涙を流しながら殺したか!? 謝りながら殺したかッ!? 泣きわめいて謝罪して、本当は殺したくないんですって言いながら殺したのかァッ!?」

「ふざけんじゃねぇぞ、ざけんじゃねぇェッ! お前が好きでやっている事でもねぇ、覚悟している訳でもねぇ! 義やら人類やら理由付けして人を殺しておいて、挙句の果てには【嫌々殺した】だと!?」

「殺すなら【真面目に】殺せよ!? 殺してから涙を流すなんざ厚顔無恥にも程があるだろうが!? お前が決めた事でもねぇ、『私がやらなくちゃいけない』なんてやりたくもねぇ本音を透かして殺されるなんざ、馬鹿馬鹿しくてやってらんねぇだろうがよォ!?」

 

 鬼気迫る表情、怒髪冠を衝くが如き強い口調。それらは小雪を真正面から叩きのめし、反論する気力すら沸いてこなかった。そしてその対象は斬り結んだ忠光にも向けられる。

 

「なぁ、なァ分かるだろう忠光よう! お前も刀なら、人を殺すための凶器なら、人を殺しておいて流す涙の醜さをよう! 殺したなら全部呑み干さなきゃいけねぇ! 【殺したかったから殺したのだ】と、胸を張らねばならんだろうが!? そんな覚悟も資格もねぇのに、人を殺しやがった これが許せるかよ!? なぁ!?」

「ぐ、ぅッ……!」

 

 また一歩、忠光が押し込まれた。

 忠光は目の前の公義が放つ怪力に困惑した。先ほどまでとは異なる、まるで体格が一回りも二回りも大きくなったかのような錯覚。気迫によるものか? しかし、それにしたって箍が外れ過ぎている。

 

「ッ、君……本当に、人間かいッ?」

 

 思わず、そんな言葉が漏れた。小雪を見つめていた双眸が忠光に向けられ、その口元が歪に曲がった。

 

「俺は生まれて三十年、人間を斬り殺す事だけを考えて生きて来た! 伊達政宗の刀だか何だか知らないが、体の使い方と技に関しちゃ負ける気がしねぇ!」

「ッ、これは、本当に――」

「なぁおい、燭台切、そこを退け、その女は殺す、斬り殺す! 殺さねばならんのだ! 彼奴は俺が最も嫌いな人間だァ! 使命感だか正義感だか知らんがそんなものに駆り立てられ、【分不相応】にも殺しに手を出しやがったッ!」

「うッ――」

 

 忠光の背中越しに視線で射抜かれた小雪が喉を引き攣らせた。この人は本当に、自分を殺すつもりだ。本気で、一切の躊躇いなく、情けなく、無慈悲に、残酷に。死にたくないと小雪は思った、同時にそれは自分が殺して来た者にも言えると思った。ならばここで贖罪を果たすのが最善か? 否、それは逃げである、それこそ目の前の彼が唾棄する生き方だろう。

 主の壁となった忠光が負けじと両腕を押し込み、歯を食いしばった。

 

「随分独特な生死観だね! けれどそれを、僕たちに押し付けないで欲しいかなッ……!」

「なら歴史改変主義者もそう思っただろうさ! お前等の勝手な都合で殺さないで欲しいです、ってな!」

 

 目の前の忠光の顔が露骨に歪んだ。

 

「死合いってのはそういうもんだ! 互いに勝手な都合を押し付け合って殺し、殺される! 殺したくねぇのに何で殺す? 殺したくないなら殺さなきゃ良いだろうがよ! 覚悟も理解もねぇなら田舎に引っ込んでりゃ良かったんだ!」

「で、でも、私が……私がやらなければ」

「お前がやらなければ何だって言うんだ!? 歴史が変わるか、世界が亡ぶか、時間軸とやらに混乱が起こるか? 良いだろうがよ別段、やりたくねぇならやらなきゃ良いだろうが! お前がやらなきゃ世界が亡ぶって言うなら、亡んじまえば良いだろうがよォ!」

「ッ――」

 

 流石に、それは聞き捨てならなかった。思わずと言った風に公義を睨みつける。未だ地面に座り込み情けない事この上無いが、世界など滅んでしまえば良いという言葉だけは受け入れられなかった。しかしそんな反抗さえも、公義には毛ほども通じなかった。口元を歪め、公義は叫び続けた。

 

「お前がやらなくても、別の『やりたい誰か』がやってくれる、【世界と人類の為に死んでくれ】と、躊躇いなく殺せる奴がやってくれるさ! それともお前がそれをやるのか? 世界の為に堂々と人殺しが出来るか? 真っ直ぐ目を見て、大衆の目の前で、或いは相手の家族の前で、『必要だから殺します』と言って【真面目に】殺せるかァ!?」

「っ――」

 

 想像した。大衆の目前で、相手の家族の前で――人間を殺す、相手を殺す。

 無理だ。

 

「殺せない――お前には殺せない!」

 

 その通りだ、自分には殺せない。自分には出来ない。小雪は思わず唇を噛んで悔し気に俯いた。それがまた、公義の怒りに油を注いだ。

 こいつは自覚しているのだ、自覚しているのに止めようとしないのだ。公義の目が血走り、獣の如き声量で叫んだ。

 

「殺せねぇのに殺しやがった! 殺したくねぇのに殺しやがった! 人殺しとは無縁の真っ当な人間が、英雄の真似事で嫌々殺しやがった! 俺はそれが、どうしても許せないんだよォ!」

「ぐッ、いい加減――やめて欲しい、よねッ!」

 

 忠光が大きく息を吸い込み、渾身の力で刀を跳ね上げた。体ごとぶつかる様な押し込み、これには公義も虚を突かれ背後へと押し出される。このまま組み付くのは不利と見て、公義は数歩間合いを取った。忠光は刀を素早く構え直し、公義もまた上段に構える。

 

「ふぅ、ふぅーッ……!」

「ちっ、本当に邪魔だな、燭台切ィ!」

「生憎と、黙って斬らせる性分でもないんだよね……!」

「なら、お前ごとその女を叩き斬って――!」

 

 上段に構えた刀をそのままに、大きく一歩踏み込む公義。忠光が顔を顰め、小雪を庇う様に刀を構えた。しかしその刃が交わる寸前、森の奥方から『主殿~!』という声が聞こえて来た。

 

「ッ!」

 

 公義は咄嗟に踏み込んだ足を止める。小雪と忠光はその声に喜色を浮かべた。彼奴等の味方だ、そして公義にとっては敵に当たる。流石に忠光と同程度の力量を持った剣客に囲まれては逃げ出す事も難しい。多対一は愚者のやる事。

 公義の判断は早かった。刀の切っ先を下段に構え、地面を浅く突く。そして切っ先を目で追った忠光目掛け、掬い上げる様に砂利を跳ねさせた。

 

「っう!?」

 

 跳ねた砂利が忠光の目に降りかかる。刀を用いた目潰し、些細な手妻だ。尤も効果は一瞬、砂が目に入れば儲けものだが、小さい眼球を刀の切っ先を用いた砂で狙撃するなど土台無理な話。しかし背を向け逃げるには十二分。

 公義は刀を脇に構えたまま一直線に後方へと駆け出した。

 

「ッ、逃げるのかい!?」

「次は殺す」

 

 一瞬のみ振り返り、公義は告げた。

 追手はなかった。ここで追えば小雪を危険に晒すと分かっていたのだろう。その判断は正しい、公義は暫く砂利道を駆け、それから彼奴等が見えなくなったところで森へと飛び込んだ。後は痕跡を消しながら遁走するのみ。

 

「燭台切忠光、長柄(ながら)小雪――その顔、憶えたぞ」

 

 公義の声は森の中に消え、軈てその背中は陰の中に溶け込んだ。

 

 




もぅマヂ無理。剣とかぜんぜんゎかんない。がっこぅで剣道ちょっとやっただけ。
ゥチのあたまじゃぜんぜんだめ。。。。
ぃみゎかんなぃしぉてぁげ。。。
でもゥチにもゎかることぁる。。。
けんぜんぃちにょ。。。つまりゥチでもゎかる心構え。
即ち剣の道、それ究極の境地は禅に通ず。
無想無念とは体のみならず、心の鍛錬こそ重要なれば。
其即ち無我である。

次回は同田貫が仲間になります。
理由は私が好きだからです。
心がぽんぽこするからね、仕方ないね。
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