「ふふっ♪今動きましたよ」
「…」
「あっ、力強く蹴ってますね…どっちに似たのかな?」
「…あのさ」
服の上からでもわかるほど、大きく膨らんだUMP45のお腹。
それを愛おしそうに撫でる彼女の様子は、まさしく我が子の誕生を今か今かと待ちわびる母親そのものだった。
戦術人形は妊娠なんてしない。
そんな暗黙の常識を疑いたくなるほど、彼女の瞳は慈愛に満ちていた。
その存在の秘匿性から、彼女に接触できる者はごく限られている。
少なくとも現在は当基地に滞在しており、一般的な生命の誕生にかかると思われる期間以上は、ここに居たはずだ。
そしてこのグリフィン内で彼女に、その、綿密な接触をした人間の男性は、ここに1人のみ。
そこから導き出される答えは、つまりそういうことになるのだろう。
ただ一点、
「………そろそろ解放してやれ、2号が可哀想だろう」
「なぁんだ、もうちょっとノッてくれてもいいんじゃない?」
45が本当に妊娠していれば、の話だが。
彼女は心底つまらないと言わんばかりにため息を吐くと、服をそっと捲り上げ包み込んでいたものを離した。
服の中から出てきたのは、子犬。
『2号』と呼ばれる彼、もしくは彼女は当基地で飼っているペットだ。
なぜ『2号』なのかは……まぁ置いといて。
「まったく、どうしたんだ突然。ドッキリならもう少し笑えるやつを頼む」
「あら、笑ってくれてもよかったのよ?『人形が人間の真似事か』って」
代わりにクスクスと笑う彼女の目は、笑っていなかった。
そんな彼女の自虐に、心中穏やかでなかった私はつい、睨みつけるような視線を送ってしまう。
「…45」
「冗談よ。そんなに怖い顔しないでよ、ただの遊びなんだから」
「はぁ」
45が言うと洒落にならない。
本気で心配するとスルリと抜けてしまうくせに、放っておくとどんどん自分を追い込むのが彼女の悪いところだ。
解放された2号は元気そうに司令室の床をくんくんと嗅ぎ回っている。
「とにかく反応に困る冗談はやめてくれ、心臓に悪い。一瞬本当に焦ったぞ…」
「…ふぅん?」
それを聞いた45は何を思ったか、書類を広げ仕事をする私の指揮官机の前まで近付いてきた。
先ほどまでの憂いを帯びた表情はどこへやら、お気に入りのおもちゃを見つけたように口角を上げている。
「焦った、か。ねぇ?指揮官。何をそんなに焦ったのかな?」
「そりゃあ…」
言いかけて、しまったと思った時にはもう遅かった。
ここから先は、すでに彼女の手中だ。
「私がもしどこの馬の骨ともわからない男に懐妊させられたとして、心優しい指揮官なら怒るか心配するはずでしょ?それが、なんで、焦るのかなー?」
「…だからその、アレだよ」
「『まさか人形が妊娠するなんて。もしそうならきっとその子供は…』なんて、考えちゃった?」
「…しらん」
「ふふっ、かわいい」
机の前で跪く45にずい、と下から覗き込まれる
彼女の瞳が悪戯っぽく妖艶に煌めいているのが視界に入った。
「でも、そう考えてくれないと困るなぁ。だって、可能性があるのは指揮官しかいないんだから」
「どうだか」
「…もしかして拗ねちゃった?これは本当だよ。なんなら…確かめてみる?指揮官専用かどうか」
さらにじわりと近寄る45。
あちらからは決して触れない。
けれども、触れてくれと言わんばかりに無防備な顔を晒す。
だがここで勘違いすれば思うツボだ。
からかわれるのは慣れている。
「…こちとら仕事中なんだ、報告が終わったらさっさと宿舎へ戻れ」
「ちぇ、つれないなー」
45はそう言いながら立ち上がると、特に埃も付いていない膝をぱんぱんと数回叩いた。
そして数拍後、華麗にくるりと出口の方へ振り向き、灰色と言うには煌めいて見える髪をなびかせた。
「おいでー、2号」
「わんっ」
側にあった来客用ソファの周りを這うように駆け回っていた子犬は、素直に呼びかけに応え彼女の元へ駆け寄った。
45はそれを慣れた手つきで抱えると、再び服の中にしまい込み始めた。
「おい、なんでまた服の中に入れてるんだ」
「そろそろかなーと思って」
「そろそろ?いったい──」
なにが、と聞く前に勢いよくドアを開ける音がこだました。
「たっだいまー!指揮官、作戦完りょ…45姉?わわっ、どうしたのそのお腹!」
「おかえり9。どうしよう?指揮官に妊娠させられたのに認知してくれないのよー♪」
「違っ!」
えええー!と大げさに驚いてみせる9に詰め寄られながら、遠巻きにこちらを見ている45と目が合った。
あるいは少女のようなあどけなさを。
あるいは女性のような妖艶さを。
複雑な色を重ね合わせながら、舌をちろりと出してみせる彼女を見て、つくづくため息が出る。
ああ、今日も私は、彼女の手のひらの上で。