グリフィンの日常   作:けんろん

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夜這い前線

 

 消灯時間も近い深夜。

 厳密に言えば消灯時間など規定にはない。秩序立った生活の為に、と当基地の指揮官が適当に言っているものだ。

 

 それでも、バーと出撃部隊以外は静まり返るような時間帯。

 そんな時に廊下を早足で駆ける足音がひとつ。

 

 HK416は、その透き通る空のような銀髪を揺らしながら、とある場所へ向かっていた。

 

 コツコツという心地良い音が、(はや)る気持ちを表すかのように速いリズムを刻んでいる。

 

 改めて言うが、今は皆が寝静まる夜更け。

 つまり、ここの長である指揮官も寝ているということ。そんな時間に向かうべき場所は、トイレでも食堂でもない。

 

「…ふふっ」

 

 その場所への扉が見えた途端、416は思わず笑みをこぼした。走り出しそうになるのを抑え、あくまで静かに、そして大胆に近付いていく。

 

 "指揮官の私室"。

 

 そこは文字通り指揮官個人の部屋であり、寝室にもなっている。

 この時間ならば、多少の例外はあれどあの私室で寝ているはずだ。今日は副官勤務ではなかったため正確なスケジュールは入手できなかったが、これまでの行動パターンからほぼ間違いなく居るはずだ。

 

 彼女の目的は、ただひとつ。

 それは───。

 

 

「…ん?」

 

「えっ?」

 

 

 扉まであと数歩という所で、彼女の目の前に誰かが現れた。

 反対側から、同じように近付いて来た者。辿り着いた後のことばかり考えていた416は、突然の邂逅にそのライム色の瞳を大きく見開かせた。

 

 対してその相手は、桃色の髪を手櫛で整えようとしていたまま、固まってしまっている。

 

 

 扉を挟み、相対する両者の間に流れる微妙な空気。その気まずい沈黙を先に破ったのは、髪を整え終えた桃色の方だった。

 

「…あらHK416さん。奇遇ね、こんなところで」

 

「…ええ、こんばんは。AR15さん」

 

「こんなところで何をしているの?もうすぐ消灯時間よ」

 

「ええ、大丈夫。ちゃんと消灯には間に合うわ。私は完璧よ?」

 

 再び黙り込む二人。それはコミュニケーションを取りたくない、という理由からではなかった。両者は戦闘用に研ぎ澄まされた思考力をフル稼働し、ある疑惑を抱いたのだ。

 それは。

 

(こいつ…)

 

(まさか…)

 

 

((指揮官のところへ夜這いに来た!?))

 

 

(いや待って、落ち着くのよAR15。こういう時こそ冷静さを失っては駄目)

 

(まだそうとは限らない。そうだ、たまたまフラついていただけだろう。わたしの完璧な作戦に狂いなど生じるわけがないわ)

 

「ああ、もしかして子供みたいに慌てて、トイレにでも行くつもりだったのかしら?ごめんなさいね、道を塞いでしまって」

 

「いいえ、こちらこそ悪かったわね。夜中に徘徊する趣味があるなんて驚きだけど、止める気は無いわ。それじゃあ」

 

 そう言って、互いに一歩横へずれた。

 互いに同じ、指揮官の私室側へ。

 

「…あの、何をしているの?トイレならそのまま真っ直ぐよ」

 

「…あなたこそ。行くなら早く行きなさい。このことは黙っていてあげるから」

 

 譲り合う二人。

 しかし、両者とも動く気はさらさらなかった。

 なぜなら。

 

(…こいつ、やはりそうだ)

 

(間違いない。こいつも…)

 

((指揮官に夜這いをかける気だ!))

 

 似た者同士であった。

 先ほどまでの素知らぬフリから一転、一気に警戒態勢へ移行する。

 

(どうする…相手はあの404小隊。このまま素直に引き下がるとは思えない…)

 

(AR15…わたしがAR小隊(あいつら)に劣るとは思えないけど、油断ならない相手ね。まずは様子を伺いましょう)

 

「AR15、どうしたの?さっきから動かないけれど。壁が恋しくなったのかしら?」

 

「それはこちらのセリフよHK416。少しでも動くと漏らしそうっていうなら話は別だけど」

 

 

 …動かない。

 ここまで言われて動かないという事は、やはりそういうことだろう。

 チラりと壁際の扉を視界に入れる。あとほんの数メートルというところで、邪魔されるわけにはいかない。

 しかし、直接指摘することはできない。それを口に出せば最後、きっとこう切り返してくるはずだ。

 

『夜這い?いや違うわよ。そんなことするわけないでしょ。…え?まさかそういうことなの?最初にそんな発想が出てくるということは、つまりそういうことなんでしょう?信じられない。戦場に立つべき存在が、まさか自分の指揮官を夜這いとは、堕ちたものね。

っていうか引くわー』

 

(…くっ)

 

(…んっ)

 

 それは駄目だ。

 それは回避せねばならない。

 それを言われてしまえば、もうきっぱり否定して立ち去るしかなくなる。

 

 なぜならちょっと恥ずかしいから。

 勢いだけで飛び出してきたものの、いざ客観的に見るとすごく恥ずかしい。だからこそバレたくない。それにそういうことをしようとしていた事が(おおやけ)になれば、収拾がつかなくなる。ただでさえ競争率は高いのだ。

 というか立ち去った時点で相手の勝ちになってしまう。せめてそれだけは避けたい。

 

 つまり

 

((絶対に悟られず、相手より先に入るしかない!))

 

 じり、とほんの少し距離を縮める二人。

 駆け出せば扉は掴める。

 開いている可能性は高くない。半々といったところだ。開いていればそのまま忍び込むことができる。それがベスト。

 もし開いていなかったとしても、専用の呼び出しブザーを鳴らせば、指揮官は起きて開けてくれるはず。寝ているところ申し訳ないが、背に腹はかえられない。その分ちゃんと尽くすつもりだ。

 

 問題は、開いていなかった場合。ブザーを鳴らし指揮官が応答するまでの間、時間を稼がねばならないこと。そしてそれ以前に、指揮官の私室を合法的に訪ねるのだということを相手に証明をしなければならない事だ。

 

 前者は想定内だが、後者は完全に想定していなかった。残念ながら、焦ってしまい不安定なメンタルではまともな代替案が浮かばない。

 

(どうする…そこらの人形ならいざ知らず、416(こいつ)相手に姑息な手は通用しないはず)

 

(かと言って正当な理由が思い浮かばない…あれ?指揮官の私室ってどんな用事で訪ねればいいの?)

 

(明日の任務の確認とか…いや別にわざわざ夜中に訪ねてするものでもないでしょう。明日でいいじゃない)

 

(やはり副官の日にすべきだったかしら…くっ、わたしとしたことが。でもここまできて負けるわけにはいかない。こうなったら…!)

 

 意を決した二人がとった行動は、これまた似たり寄ったりなものであった。

 

「いっ、いたた、いたたたた。ど、どうしたのかしらー急に足がー」

 

 AR-15はその場にしゃがみ込みながら、右足の膝あたりを押さえ始めた。

 

「うっ、うーなんだか気分が悪くなってきたわ。今にも強制シャットダウンしてしまいそうー」

 

 416の方はというと、壁にもたれかかりながら大げさに頭に手を当てている。

 

 要するに演技だった。

 側から見れば白々しいものだったが、本人たちにとっては迫真の行動だった。

 

「いたー、今日の作戦で痛めたのかしらー。このままじゃ歩くこともままならないわー。どこかで手当てしないとー」

 

「うぅー、目まいがしてとてもじゃないけれど宿舎まで帰れそうにないわねー。どこか休める場所はないのかしらー」

 

 AR-15は、ゆっくりと扉の方へ体重をかけながらにじり寄っていく。

 一方の416は壁伝いにじりじりと進み、私室のドアノブに手が届くところまで来ていた。

 

 そして。

 がっ!と音がするほど、扉にふたつ手がかけられた。AR-15は素早く立ち上がり左手を伸ばしたが、416の右手がドアノブに触れるのとほぼ同時になってしまった。

 

「「……」」

 

 じろり、と両者の双眸が敵を捉える。

 そこには作戦中のような鋭さが、確かにあった。

 

「…あの、手を離してくれないかしら416?私が先に手をかけたのよ」

 

「冗談は休み休み言いなさい、AR15。わたしの方が速かったわ」

 

 扉へかける手にみるみる力が入っていく。我慢の限界がきたのか、両者とも顔が引きつっている。

 もはや堂々と指揮官の私室へ入ろうとしているのを、お互い気付いていなかった。

 

「ちょっ、離しなさい!あなた気分が悪いんでしょう?そんなに動けるなら早くメンテ室にでも行きなさいよ」

 

「くっ、そっちこそ足はどうしたのよ。普通に立ってるじゃない!ものすごい踏ん張ってるじゃない!これだからAR小隊は」

 

「それは今関係ないでしょう!だから、ぐっ、やめなさいって!指揮官の迷惑を考えて!」

 

「迷惑なのはあなたの方よ!このっ、こんなに騒がしくたら起こしてしまうわ!」

 

 彼女らは我先に入ろうと、ぐいぐいと体を押し合っている。

 扉に置いたままの手と交差するように伸ばした右手で416の頬と顎を抑え込み、より扉へ近付くため左肩をねじ込むように差し入れるAR-15。

 顔を押し上げられながらも、扉から離した右手でAR-15の鎖骨辺りから肩にかけてを押し返し、かろうじてできた隙間に入り込む形で左手を扉へ伸ばす416。

 

 ふたりの力は拮抗していた。ぷるぷると筋肉繊維が震えだす。

 

 取っ組み合いの衝撃でがたがたと扉が音を立てた。

 ここまで力を加えても開かないということは、やはり鍵は閉まっていたようだ。

 

「わかっ、ちょっ、わかったわ、こうしましょう!一緒に入った後あんたが出て行くのよ。これこそ完全無欠の行動よ!」

 

「欠落し過ぎでしょうが!やっぱり修理が必要なのはあなたの方よ!半年メンテしてなさい!」

 

 唯一自由な口で相手を牽制する。

 その言い争いは廊下中に響くほどヒートアップしていた。

 

 ここで指揮官に見つかれば、ただの喧嘩だと一蹴され宿舎へ強制退去なんて可能性もある。

 その前になんとしてでも決着をつけねば。

 

 そう思った矢先。

 

 

「…何やってんのよ、アンタ達」

 

 AR-15側の方から声が聞こえてきた。

 疑念と罵倒が入り混じったような、刺すような声。こう着状態のままそちらへ同時に振り向くと、そこにいたのは赤い瞳のサイドテール。手元に書類をいくつか抱えている。

 

「「…わーちゃん」」

 

「わーちゃん言うな!そんなとこで何やってんのかって聞いてるの!」

 

 WA2000は、ふん!と鼻を鳴らしながらふたりを睨みつけた。

 咄嗟のことに固まる両者だったが、思い出したようにあたふたと言い訳を述べ始める。

 

「こっ、これはその、急に足が痛くなっちゃって、その」

 

「わ、わたしはほら、メンタルモデルの調子が悪くて、どこかで休憩しなければならなくて、あの」

 

「はぁ、どうでもいいけど、そこ退いてくれる?邪魔なんだけど」

 

「え、えぇ…」

 

 自分から聞いておいてどうでもいいとは何事か、と憤りを見せる416。その隣ではAR-15が素直に横へ引き下がっていた。

 若干の罪悪感を感じていた416は、威嚇しながら近付いてくるWAを前におずおずと一歩譲った。

 

 障害を無事取り除いたWAは悠々とキーを取り出し、私室の扉を開け──

 

「「ちょっと待った!!」」

 

「えっ、なに!?」

 

 呆然とその様子を眺めていたふたりは、ふと我に返ったように叫びWAの腕をがっしりと両側から掴んだ。

 

「あなたそれ指揮官の私室の鍵!?なんで鍵なんか持ってるの!?」

 

「い、いやだって私今日──」

 

「まさか、これから指揮官とそういうことを…!」

 

「そ、そそそういうことって、ど、どういうことよ!違うわよ!私はただ──」

 

「合鍵をもらってるなんて…そんなこと」

 

「いったい…どこが足りないの!わたしは完璧なはずなのに」

 

「な、なに勘違いしてんのよ!だから、私は副官業務で来てるだけよ!」

 

 動揺しながらも一喝するWA。

 それを聞いたふたりは、彼女の持つ書類のことを思い出した。

 

「ふ、くかん…」

 

「そうよ。この書類を後で持って来いって頼まれてるのよ。ていうかアンタ達も経験あるんだから、副官が私室の鍵を持ってることくらい知ってるでしょ!?」

 

「あ、あぁ…そうだったわね」

 

「…ま、アイツは何人かの人形には鍵渡してるらしいけど、って早く離しなさいよ」

 

「えぇ…ごめんなさいね」

 

 先ほどまでの威勢はどこへやら、抜け出るような声を出すAR-15と416。

 ひどくやつれた顔をしながら、脱力するようにWAの腕から離れた。

 

 

「な、なんなのよまったく…」

 

「…ねぇ、416。あなたもそういう目的で来たの?」

 

「…えぇ、そうよ。やはりあなたもだったのね、AR15」

 

「そういうことって…えっそういうこと!?」

 

 肩を落とし、虚ろな目で話し始めるふたりに、過敏な反応を示すWA。彼女らがそういうことをするために来たのだと、ようやく理解したらしい。

 顔を赤らめ、持っていた書類を落としそうになっている。

 

「なんかもうどうでもよくなってきた。何やってるのかしらね、私たち」

 

「なんだか惨めな気分よ。はぁ、こんなことして、あの人が手に入るわけでもないのに」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ、そういうことって──」

 

 WAが扉から手を離しふたりに詰め寄ろうと向き直ったとき、待望の扉が開いた。

 

 

 

「おいうるさいぞ、宴会なら他所でやってくれ。今何時だと思っ」

 

 瞬間、間髪入れずにわずかに開いたドアの隙間にAR-15が片足を突っ込んだ。

 ほとんど反射的な行動だった。

 AIに刻み込まれた目的のための活路を、体がとっさに動き確保したのだ。

 それとほぼ同時に、416の手も扉を掴み、押し開けようと力を込めていた。

 

 求めていた指揮官の姿を見て、瞳に光が戻っていく。

 

 唖然とする指揮官を前に、意味深な微笑みを浮かべるふたり。WAは書類を落とした。

 

「…ねぇ、416。提案があるんだけど」

 

「奇遇ね、AR15。わたしも同じことを考えていたわ」

 

「えっえっ、あっ。わ、私もよ!?」

 

 互いに顔を見合わせ、しっかりと頷いた。

 考えることは同じ。

 ちょっとした、停戦協定。

 出遅れまいと飛びつくWAと共に、扉を無理やりこじ開けた。

 そして。

 

「…なあ、なんで無言に…あっおい!勝手に入ってくんなって、ちょっ、力強っ…何してんだって、いててててててて!関節!関節キマってるって!いてて、一体なんのつもり…いって!おい!あっあっ、何脱がそうとしてっ、やめっ、あ゛ああああああっ───!!!」

 

 

 深夜の廊下にこだました叫び声。

 静かに閉められた扉に鍵をかける音が、その男の耳に入ることはなかった。

 

 

 そしてその後、指揮官の私室の扉が開いたのは昼方のことであったと、何人かの人形が証言していた。

 

 

 中で何が起きていたのか。

 それを知る者は、ごくわずかだ。

 

 

 

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