ゼットン…ゼットン…ゼットン…ゼットン…ゼットン…ゼットン…ゼットン…
何かが引っかかって開けきれない引き出しの如くな自分の記憶は脳裏にある映像を再生させる。それは体に赤い模様の入った銀色の巨人と真っ黒な甲虫を彷彿とさせる異形の戦いの場面だった。戦闘の末、異形は巨人を倒す。そんなことを思い出した。
そうだ、ゼットンは「ウルトラマン」の怪獣ではないか。それがどうして、いや、この少女は違うだろう……しかし、無関係というには余りにもこの少女は似ている……まて、まさか特撮と現実を混同するのか?でも、まとう雰囲気がなにか普通の人間とは――
混乱する自分は彼女――ゼットンを見る。彼女も自分の混乱を知ってか知らずかこちらを見つめ返す。自分は彼女の目を見る。彼女もただ何も言わずにこちらの目を見ている。
見る。見ている。見る。見ている。見る。見ている。見る。見ている。見る。見ている――
そんな状態が1分ほど続いただろうか、父さんが
「どうしたんだサツキ。まさかゼットンのあまりの美貌に言葉を失ったか?」
と冗談を交えて尋ねてきた。
はっと我に返った自分は
「あ、あー、そ、そうかも」
と返事を絞り出した。すると母さんが
「ああ!もしかして眠くなっちゃった?結構長い距離を移動してきたものね」
と言ってきた。違うのだが一旦休憩を取った方が良さそうなのは確かなので、
「うん、ちょっと疲れちゃったかな。休みたいんだけど」
と、その言葉に乗ることにした。
という訳で自分は母さんに連れられ自分に用意された部屋まで来た。
部屋の内装はまあ典型的な子供部屋といった感じで、子供用の調度品が揃っていた。
母さんは自分を部屋内のベッドに寝かせると、
「じゃあ晩御飯ができたら呼びに来るからそれまで休んでいてね」
と部屋を出ていった。自分は寝転がりながら部屋の隅に出現している『門』を見る。そうだ、そういえば怪獣墓場というのはウルトラシリーズに登場するあの世のような場所だった。「シーボーズ」もその怪獣墓場にいる怪獣の名前だったはずだ。
じゃああのシーボーズもゼットンも人の姿をした怪獣なのか?そんな馬鹿なと思う話ではあるが、既に転生や『門』と言った常識外れの出来事が起こっているのだ。
既に自分の前世からの常識が通じない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。
そこまで考えて自分は一旦考えるのをやめた。どうやら自分は中々混乱しているようだ。なにはともあれとりあえず十分に休んでから考えをまとめたほうが良いだろう。
自分は目を閉じてそのままベッドで休むことにした。
◇ ◇ ◇
――自分の意識はまどろみから浮き上がった。どうやらあのまま眠っていたらしい。なにかピポポという音が聞こえてくるがそれで目がさめたのだろうか。今何時になっているだろうと、目を開けると――
「………」
目と目が合った。というか視界にゼットンの顔面が広がっていた。
「ほわぁっ!!」
これには思わず飛び起きてしまった。
「どうしたのですか……?」
とゼットンが怪訝そうに聞いてくるが、どうしたはこっちの台詞だよ。
なぜ知り合って一日目の女子に寝顔を観察されていたのだろう。
「なんで見てたの?」
「……サツキを見ているように言われていますので」
どうやら様子を見てくるよう言われたらしいが、
「だからって至近距離で見つめる必要はないよ…」
「サツキ!なにかあったの!?」
と母さんが部屋に駆け込んできた。どうやら起き抜けの悲鳴が届いていたらしい。
「あっ母さん」
「サツキ!それにゼットンもなにがあったの?」
「私がサツキを見ていたら……目覚めた途端悲鳴を上げたのです」
「目覚めたらいきなり真ん前に人の顔があったら大抵驚くよ!」
「そうだったの…驚かせてごめんねサツキ。さっきも言っていたけどこの子ちょっと人と人との距離感を計るのが苦手なの。悪気があった訳じゃないから許してあげて」
と母さんは平謝りしてくる。距離感って物理的な意味なのだろうか?まあ悪気がなかったのは確かだろうし、初日からギスギスするのも良くないのでこのことは水に流そう。
「うん、今度からは驚かせないでねゼットンさん」
「はい。以後、気を付けます。ああ、それと……」
「なに?」
「私にさんをつけなくていいです。呼び捨てで呼んでください」
「なんで?」
「……私はあなたに敬称で呼ばれる程のものではありません。」
「わかった。じゃあこれからよろしくゼットン」
「よろしくお願いします……サツキ」
「うん、二人とも仲直りできたみたいだね。じゃあそろそろ夕飯にしようか」
と母さんが言ったので、自分達は夕食を食べにリビングに向かうことにした。
◇ ◇ ◇
食卓であろう真新しい大きめのちゃぶ台には人数分のカレーライスが置かれていた。
父さんは既に腰かけてカレーを食べていた。
「ああ、元気になったみたいだなサツキ」
「うん、ゼットンには驚かされたけどよく休めたよ」
「ははは、ゼットンがなにかしたのか?ちょっと世間知らずな所があるからそう目くじらを立てないでくれ」
「うん、もう許したよ」
「それなら良かった。これから長いつきあいになるからな、ファーストコンタクトがどうなるかと思ったけど上手くいってるようで嬉しいよ」
「うん、サツキはいい子だよ。今日はサツキが家に来た記念日だから、腕によりをかけたからどんどん食べてね」
とまた母さんは自分の頭を撫でる。流石に何回も撫でられると慣れてくるかな。
そんなこんなでテレビ番組を見ながら皆で食事をした。
主にテレビの話題で盛り上がって話をしている中、自分はふと気になったことがあって父さんに尋ねた。
「あの、そういえばさっき聞かなかったけど父さんはなんの仕事をしてるの?」
「まあ、事情があって詳しいことは教えられないが、調査をやっていたりするよ」
「調査?一体何を調査してるの?」
「だからそれは教えられないんだ。守秘義務がある仕事なんだよ」
守秘義務…探偵のようなことでもやっているのだろうか。まさか危険な仕事ではないだろう自分を引き取ったからにはその辺も調べられているだろうし。
「じゃあ他に何か俺に教えられることはないの?」
「そうだな…父さんには同僚が何人かいるんだが、皆個性的な人だな」
「例えばどんな人?」
「ああ、落ち込むと引きこもってしまったり、女の子の脚やへその写真を勝手に撮るのが趣味だったりするのがいるぞ」
後者はそれ犯罪に片足突っ込んでないですかね?本当に父さんの職場は大丈夫なのだろうか……
◇ ◇ ◇
「くしゅんっ!……花粉症の季節はまだですよね…?あれ――」
「………………………………………………」
「ガッツさん?どうしたんですか、ゼットン星人さんからの資料をそんなに食い入るように見つめて……」
「……ん?あっ!?ペ、ペガちゃん!!?あっ、うん。別に何でもないの!ファイルにあった画像の男の子が気になってるとかそういうのじゃないからね!?」
「は、はぁ……(こんなに取り乱してるガッツさんって珍しいな…)」
「と、とにかく!それはそれとして例の宇宙に私たちはいつ行くの!?」
「えっ?その話は当面ゼットン星人さん達が当たって私たちは後方って決まってたじゃないですか」
「ええ~~!!そんなぁ~~~!!」
◇ ◇ ◇
カレー美味しかった(小並感)夕食も終わって次は入浴ということになったのだが、
「自分で洗えるから大丈夫だよ!」
「そんなに母さんと入るのが嫌なの?お母さん悲しい……」ヨヨヨ
「そういう訳じゃないけど……」
母さんと一緒に風呂に入るという話になっている。肉体年齢的に全然問題ない歳ではあるがその…一応親とはいえ美人と混浴するのはどうにも気が引けるというか……
「じゃあ父さんと一緒に入るか?」
それはもっと恥ずかしいことになりそうなのでやめて下さい。
その後一人で入るという選択肢は無く、どちらかと一緒に入る事を強いられたが、悩みに悩んだ末、身体の起伏が比較的緩やかということで母さんと入浴することにした。
入浴中、天井の方に意識を向けるのに夢中でまったくリフレッシュした気がしなかった。
そうして、後は眠るだけとなり自分は再び自室のベッドに身を横たえた。しかし、今日は濃い1日だった……人間の姿をした怪獣に会ったり、色々恥ずかしかったり……
結局、ゼットンや義両親は何者なのだろう?本当に人間ではないのか、それとも単なる変わり者なのか。彼女達と出会ったのは『門』のことと関係があるのだろうか?まったくの偶然なのだろうか?
分からないことばかりだけど、なんかあの人達は悪い奴じゃないって直観はするんだよな……その直感をどこまで信じていいかは微妙なのだけれど。
まあ、皆初対面の1日目だし、これからの生活で色々分かってくるだろう。不安もあるにはあるが、わくわくしているのも事実だ。この家に入ったことが自分にとって幸運であることを祈ろう。
それにしても……
「………」
「ええっと…」
「…はい?」
「ゼットンは自分の部屋に戻らなくていいの?俺がベッドに入ってから其処に立ちっぱなしだけど」
「サツキが眠ったら戻ります。私のことは気にしなくて大丈夫です……」
気になるんだよなぁ…
まあ、とにかく目をつぶっておこう………
「おやすみ、ゼットン」
「おやすみなさい、サツキ」
◇ ◇ ◇
少年が眠りについた夜。暗い子ども部屋の中に眠っている少年以外に二人の人物が居た。
「…チュ…ンッ……チュ…ンハァ…チュ…チュ…」
「……………………………………」
1人は熟睡する少年の頬に口づけをする女、もう1人はその光景をじっと見つめる女。
「……その、なにをしているのでしょうか。……メトロンさん?」
「…ん?サツキが起きちゃうから静かにね。後、今はいいけど一応地球人ってことになってるからサツキや他の人の前ではメルって呼んで」
「…では、改めて。さっきから何をしているのです?」
「何っておやすみのキスだよ?親子なら普通のことじゃないか」
「そうですか……」
「君こそずっといるけど別に家の中なら機器も揃っているし監視の必要はないんだよ?」
「……万が一ということもありますから」
「そう。まあ、君も生物だし休息はいると思うから程々にね。じゃあ私ももう寝るから。おやすみなさい。」
「……おやすみなさい」
1人は子ども部屋を後にする。もう1人は――
「スゥ…スゥ…」
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
再び眠っている少年をただただ見つめ続けるのだった。
駄文ご閲覧ありがとうございました