目を開けた。
見えたのは天井よく知っている学校だ。
学校――……?
「………ッ」
双護はゆっくりと目を開ける。意識と景色が鮮明になり、彼は今までの事を考える。
死んではいない、つまり誰かが助けてくれたと言う事か。双護は体を起こし教室へと向かう。
だが真由はおそらく――
「ごめんッ! アタシがもっとしっかりしてれば――!」
教室に皆が集まり、これからどうするかを決める事になった。
美歩は自分のせいで真由がさらわれたと後悔している様だったが、別に誰も咎める事はない。
あの状況では仕方ないと、それは双護も同じだった。別に美歩に対して恨みの感情など欠片もない。
むしろ彼女がいてくれたおかげでリコンファームは破壊されずに済んだ。そう言った意味ではむしろ彼女こそがMVPとも言えるだろう。
それに双護の心は今、無に近い状態だった。
愛する妹を連れて行かれた事からだろうか? それとも――
「取り合えず、真由を助けよう。まずはそれからだ!」
「そうね、おそらく創英は殺す事はしない。創英はこの街の中心にあるブレインタワーにいるわ。そこに乗り込めたら……」
皆必死に真由を助けるための作戦をたてている。
しかし双護は全く別のことを考えていた。それは、真由が助かった後の事である。
創英がマインドコントロールを行うのは十日後らしい、問題はそれを行われたら真由を起動スイッチにしてリコンファームを発動しなければならないと言う事だった。
真由が生まれてから今日までの事、全てを思い出す。
文字通り『全て』だ。
「双護!」
「!」
ふと、気がつけば皆が自分を見ていた。
どうやら話しかけられていたようだ。
「あぁ……すまん、少し考え事をしていた。何だ?」
「ああ、カブトゼクターは呼べないのか?」
「………」
喜び、悲しみ、怒り、愛。
なんでもいいから何かを強く想うとソレに応じてやってくると言われているカブトゼクター。
あの創英ですら手に入れることができなかったモノ、創英は何を願ったのか?
いずれにせよ自分も得ることのできなかった代物だ。
「真由ちゃんへの想いとかは?」
「……実は、もう」
「え?」
双護は申し訳なさそうに口を開く。
あの時、真由がガタックに捕まったときに双護は真由への思いを胸にカブトゼクターを呼んでいた。
しかし結果はこうだ。カブトゼクターは双護の呼びかけには答えず、結果真由を連れ去られると言う結果に終わる。
「大丈夫だよ、きっと双護君はカブトゼクターに選ばれるから」
「そうね、その時は多分カブトゼクターは寝てたのよ」
翼と葵は双護を気遣って声をかけてくれるが、双護の耳にはあまり届かなかった。
それよりも自分の心の中である事を確かめたいという思いが膨れてきていた。
カブトゼクターは『どんな』思いにも呼応するらしいな。
強い想い、つまりそれは『一番強い感情』と言う事だろう。人は無意識のうちに感情の優劣をつけている物だ。
自分の中で今最も強く願っているのが真由を守りたいと言う事でなかったとしたら?
「先生、皆。今なら呼べる気がする。少し外に出てきていいかな?」
「え? あぁ、うん分かったよ。誰かについて――」
「いや、いい。すぐ戻りますから」
双護は軽く笑みを浮かべて皆の前から消える。
「………」
咲夜はその姿をじっと見ていた。
何か、異質なモノを感じる。
「おう咲夜さん、お前も気づいたのか」
「ああ、何かおかしいな。双護のヤツ…」
椿と咲夜は皆に聞えないように小声でやりとりを交わす。
一番最初に違和感を感じたのはリコンファームで真由が起動スイッチになると気づいたときだった。
その時は妹が心配なだけだとスルーしたが、今回もまたその異質な雰囲気を感じる。
「どうする? つけてみっか?」
「いや、もう見失った。今から追いかけても無駄だろう」
「最初はイケメンが放つ独特のオーラなんだろうと思ってたが、どうにも違うみたいなんだよな」
「リコンファームと何か関係があるのか?」
暫くは考察を続ける二人。
だがそんなにしない内に双護が戻ってきた、結果を聞くメンバーに双護は謝る。
そう、駄目だったのだ
「真由を守りたいという想いが……俺には足りないのか」
そう呟く双護からは、異質なオーラを感じる事はなかった。
椿と咲夜は勘違いだったのかと考える。それならいいのだが――
「………」
その翌日だった、双護が皆の前から姿を消したのは。
「駄目だ……! 携帯も繋がらない」
「あいつ、どこに行ったんだよ!」
「きっと真由ちゃんを助けに行ったんじゃ……?」
「それにしても一人で行くっておかしくない?」
皆いろいろと言い合いを始めるがどうしようもない。
双護は学校からいなくなり、どこに行くか誰にも伝えていなかったのだ。
変身できない彼がこの世界を一人でうろつくなんて自殺行為だ。仮に真由を助けに行ったとして、何ができるのだろうか?
司達は今すぐ双護を連れ戻そうと学校を飛び出していく。そんな中、残るモノもいる訳で――
「嫌な予感ほど当たるものだな……」
「くそっ、ほとほとイケメンの考える事はわからんぜ俺は!」
椿と咲夜は屋上で街を見回していた。
二人はある仮説を立てる。まずそもそもの話、双護は真由を助けにいったのかと言う事だ。
「まず、そこがおかしいっすわな。正直戦えないアイツが行っても無駄だし、正直一人で行く意味がない。俺達に迷惑を掛けたくないってのはそれこそ馬鹿な話だろ」
「そうだな。一人で行くのは逆効果だ、それは双護も分かっているはずだろ」
「何より、リコンファームの事もありますしね」
「「!」」
屋上の入り口から我夢が現れた。
彼も双護の異様な雰囲気を感じた一人というわけだ。
リコンファーム、これが何かしらの鍵を握っている事は明白なもの。そして双護が少しおかしくなったのは真由が起動スイッチだと分かった時。
「これはあくまでも僕の意見なんですけど、双護さんは真由さんに何かを思い出して欲しくないんじゃないでしょうか?」
「え?」
「覚えてますか? 僕らが出会ったとき、双護さんから言われたじゃないですか」
「「!」」
彼らが始めて顔を合わせた日、双護は皆にある相談を持ちかけていたのだ。
皆すぐに理解して、今まで当たり前に過ごしてきたから盲点となっていた。
「成る程。これはひょっとしてひょっとするな」
「だが、それで何故双護がワタシ達の前から姿を消す?」
そう、分からない。
彼らは頭をかかえ、これからどうするのかを考える事にした。
そして、真由は――
「きゃ……っ!」
ガタックは乱暴に真由を地面へと降ろす。
思わず倒れる真由に目もくれずガタックは創英の元へと戻った。
「ご苦労、インセクトの諸君」
創英達は一斉に変身を解く。
マインドコントロールによって苦痛等が制限されているとはいえ、長時間に亘るクロックアップの使用は彼らの肉体を確実に蝕んでいた。
次々に倒れるインセクト達、しかしただ一人鏡冶だけは立っていた。
彼のインセクトとしてのレベルの高さが伺える。
「うぅうぅっ……!」
真由は立ち上がろうとするが、足がすくんで上手くいかない。
だがふいに体が軽くなり、すんなり立つことができた。
真由は不思議に思って目を凝らす。すると、自分を乱暴に降ろした鏡冶本人が自分を支えてくれていたのだ。
不思議に思う真由と舌打ちを放つ創英。
やはりおかしい、創英と真由は同時に思う。
鏡冶はマインドコントロールが働いているにも関わらず、創英の命令を無視、反発する事がよくある。
おもにそれは善意系の事でだ。正義感が強いとは聞いていた、しかしマインドコントロールですら封じれない程とは。
さすがの創英もコレには参っていた、マインドコントロールを強めてもそれは変わらない。
鏡冶は今も真由を支えている、これは少し危険かもしれない。
「ガタック、命令だ」
「……はい」
有美子は創英と言う人物をあまり知らない、研究所で一緒に仕事をしたくらいだ。
だから、彼女は一つ彼について計算を誤っていた。
「その女を殺せ」
創英は、もう普通ではないのだと言う事を。
「………」
「どうした、聞えなかったか? その女を殺せと言った」
「……何故」
「なにっ!」
今コイツは何と言った!? 創英は思わずもう一度鏡治に問いかける。
マインドコントロールをしているのだ、こいつ等は命令を忠実に実行する兵器に過ぎない。
しかし今、鏡治は確かに言った。
「何故です……」
これが既にありえない事だ。
インセクトは全て洗脳し、自分の言う事だけを聞く人形。
なのにガタック、新意鏡冶は今命令を聞こうとしない。なんてヤツだ……!
創英は軽い恐怖すら感じる。
ここまで洗脳が効かない男は初めてだ。
危険な存在に変わるかもしれない、その前に忠誠を誓わせなければ――
「この女は危険だ、それに以前から計画していたワーム復元実験は知っているな?」
「……はい」
ワーム復元実験。それは創英が現在進行形で行っている実験だった。
ワームはもうこの世界にはいない、インセクト達が全て根絶やしにしたおかげで。
だが創英は独自の研究でワームを作り上げたのだ。
まだ試作品の為、不安定要素の塊だが時間があれば安定したワームを作り上げる事ができるだろう。
愚かな人間、自らの堕落と言う欲望が生んだワーム。そのワームによって世界を滅茶苦茶にするのも悪くは無い
ワーム討伐インセクトとして参加していた創英、その時に受けた人間達からの心無い扱い。
それが創英の心を壊していた、もう彼は自分の目的さえ迷走しはじめていたのだ。
「ワームには餌が必要だ、良質な餌がな。分かるか? ガタックよ」
「いえ、申し訳ありません」
「分からないか? その少女を餌にしろと言った」
「………」
鏡冶は真由を見る。
怯えている彼女、目には涙が浮かんでいる。
「かわいそうです」
「!!」
創英は自分の耳を疑った。今、コイツは何と言ったのか?
可哀想? 何が? 誰が? 本当にガタックは洗脳されているのか!?
「命令は絶対だッッ!」
「………」
「分かったかッ!」
「はい」
鏡冶は虚ろな瞳で真由を見詰める。
怯える彼女を無表情でしばらく観察すると、その体に手を回した。
「嫌ぁ…ッ!!」
じたばたと真由は抵抗するが、鏡冶の力には敵わないようだ。
子供の様に抱えられると、真由は鏡冶に連れて行かれる。ワーム栽培室へと
「将来の夢は正義の味方だったか? 喜べガタック、お前は正義の為に悪者を殺すのだ……クククッ!」
そう言って創英は笑う、やはりコイツは人形だと。
いくら抗おうが、結局は洗脳には勝てない。
「………」
しかし創英は気づかなかった。
『正義の味方』その言葉を聞いた時、鏡冶の眼に僅かな光が灯ったのを。
「………」
「………」
廊下にいたのは鏡治と、抱えられている真由の二人だけ。
鏡冶は最初こそ乱暴に真由を扱っていたが、真由を運ぶときは丁重に扱っていた。
それが真由の心に余裕と、もしかしたら鏡冶は悪い人ではないんじゃないかと言う思いを抱かせる。
「お名前は……?」
しかし沈黙
「…? お名前はぁ…?」
されど沈黙
「ぅぅぅう、あ! そうかぁ……ボクは天王路真由! お名前は?」
「……新意…鏡冶」
「うん! よろしくね……!」
またまた沈黙。
「よ ろ し くぅ ねぇ!」
「暴れるな……、よろしく」
真由は抱えられている間、ずっと鏡冶に話しかけていた。
なかなか答えてくれないものの、鏡冶は黙れとも言わない。
しっかりと答えてくれる、それが嬉しかった。
新意鏡治、歳は司達と同じだろうか?
女性の様な綺麗な顔立ちだが、我夢の様に女性らしすぎず男性の凛々しさも感じられる。
成る程、有美子の子供ではないとはいえ、そこらへんは良い所を受け継いでいるのかもしれない。
「ボクね…ハンバーグが好きなんだ…」
「……俺も、好きだ」
「わぁ…一緒だねぇ…!」
「………」
真由の独特な雰囲気、そして無邪気さが鏡冶の閉ざされたドアをノックする。
強固で頑丈なそのドアは簡単に開くことはない、しかし真由はそれを必死にノックしていた。
彼女は無意識だ、ただ普通におしゃべりをしているだけ。しかし鏡冶にとっては違うものなのかもしれない。
「鏡治くんは将来の夢とかあるの……? ボクはケーキ屋さんかお花屋さんになりたいな…!」
「………」
「鏡冶くんは……将来何になりたいのぉ?」
「俺は――」
何になりたいんだ?
何に憧れていたんだ?
「むぅ……」
真由は鏡冶を強く揺さぶる。
ゆれる視界、脳。そして一瞬だがその単語が鏡冶の脳を貫いた。
「ヒー…ロー」
「え…?」
「正義の…味方……?」
「うわぁ…! かっこいいねぇ…」
子供のときに誰だって一度くらいは言った事がある言葉ではないだろうか?
当然鏡治もまたそんな程度の言葉だと思っていたが――
「かっこいい?」
「うん!」
鏡冶の心に不思議な感情が宿る。
それが何かは分からない、ただとても大切な――
そう、自分にとって大事な感情だと言う事は分かる。
「カッコいい」
「うん…! すごいね! 人を守る正義の味方…!」
「……そうか」
「ボクも守ってくれる……?」
一瞬、その言葉で鏡冶の動きが止まった。
「………」
「正義の味方は皆を守るんだよぉ…!」
ノイズが鏡冶の頭を駆け巡る。
これは一体なんなのか……?
「あ…ああ……」
じゃあ、約束と真由は小指を差し出す。
鏡冶は暫くそれを無視していたが、ついに根気負けして真由の小指に自分の小指を絡めた。
「ゆびきりげーんまーん……」
指きった。
簡単で堅い約束、もし嘘をつけば針を千本飲まされる事になるだろう。
ノイズも酷くなっていく。少し気分が悪い
「?」
「クッッ! 命令は…絶対だ」
だが、すぐに鏡冶はまた無機物の様に歩き出すのだった。
暫くして薄暗く、檻がある部屋にやってきた。鏡冶は真由を放り投げると檻の鍵を閉める。
「ぁ…ぅ!?」
真由はそこで初めてまともに鏡冶の目を見た。
光が無い、これがマインドコントロール。元の彼は一体どんな人間なのだろう?
「ッッ……さよならだ。すまない…」
「え?」
そう言って鏡冶は部屋を出て行く。
同時にふと、違和感を感じて真由は後ろを振り向いた。
「ッッ!」
振り向いたことへの後悔、見てしまった。
まじまじと…
「!!」
そこにはワームのサナギ体が居た。
既にコチラに気づいているらしく、ワームはゆっくりと近づいて来ている。
グロテスクなその容姿、小さな手が顔を覆っているかの様な表情は絶望している様にも見える。
だが、本当に絶望するのはワームではない、襲われる側なのだ。
ワームは合計三体、それらが真由を捕食するためにじりじりと詰め寄っていく。
荒い呼吸音、それを発している口で真由は肉塊にされるのだろう。
彼女の心に明確な恐怖が生まれる、今まで彼女は学校と言う絶対安全の要塞の中にいた。
それが少し申し訳ないと思っていたが、同時に安心していた。だが今まさに彼女は死と言うモノに直面している。
怖い! 今まで感じた恐怖全てをあわせても今の恐怖に勝てるかどうか。
「ぁぅ…ぁあぁああ…」
立てない、腰を抜かしてしまった。
怖い。
怖すぎて呂律が回らない。
下半身の感覚がない、恐怖で動けなくなるなんて初めてだ。
涙が溢れてくる。 助けて……助けて! 必死に助けを求める真由。皆に、大好きな兄に。
「―――!」
だが、だれもこない。
尚も近づいてくるワーム。
「うぅぅぁああぁああんっ!」
きっとこれは罰、神様が今までの自分に罰を与えたんだろう。
真由は必死に謝る、誰にとも言わずに。怖い! 助けて! 必死に叫ぶ、でも何も起こらない。
近づいてくるワーム。泣き叫ぶ、泣けばだれかが助けに来てくれるとでも?
「怖いよぉ…怖いよぉぉお!」
神様ごめんなさい。
一生いい子でいますから助けてください。
もっと皆といたいんです、お兄ちゃんと一緒にいたいんです。
真由は必死に許しを請う、もちろんそんな言葉がワームに届くわけが無い。無駄なのに――
いや、無駄なのか?
「――――」
ワームに届くことの無い命乞い。
そう、『ワームには届かない』命乞いなのだ。
「………ッ!」
扉の向こう、鏡冶の脳裏にフラッシュバックする『何か』。彼には真由の声がしっかりと届いていた。
誰かと自分が語っている、鏡冶はそれが何か分からずにいた。
さっさと立ち去ってしまいたい、なのに扉の奥で聞えてくる悲痛な叫びが彼の足を止めさせていた。
『女の子を泣かせるなんて最低だぞ!』
『いいかい鏡冶君。助けを求めている人がいたら、全力で助けてあげなさい』
『鏡冶! アンタまた妥協してんの!? アンタはアンタでしょ、やりたい事やりなさい!』
『鏡冶君。優しく生きてこそ、人は価値があるものになるんだよ』
『鏡冶! 約束は守りなさい、それが男の絶対条件よ』
『鏡冶!』『鏡冶くん』
『『優しく、正しく。強く生きて』』
「………ッッ!」
鏡冶は頭を抱えてうずくまる。
頭が痛い、ノイズが酷い。頭の中で映像と音声が何度も再生される。
叔母と叔父が自分に何かを言っている、それに笑顔で答える幼い自分。
わからない。何だコレは!? 何でこんなに苦しいんだ!?
「だすげてぇおにいぢゃん!こわいよぉぉッ!」
「!」
ドアの向こうから悲痛な叫びが聞える。子供の様に、ただひたすらに叫ぶ様な泣き声が。
な い て る お ん な の こ が い た ら
「つぅ…うぅぅアアアアアっ! ぐぅうう!!」
叔父と叔母の言葉に頷く自分。
自分? 自分って誰だ? 俺か? 新意……鏡冶!?
「俺は…俺はぁぁぁァァアァアアアア!!」
俺は……新意ッ! 新意鏡冶ぃぃい!?
『ボクも守ってくれる?』『カッコいいね』
『鏡冶!アンタは正しい馬鹿になりな!』
『鏡冶君の夢はヒーローなんだって? 君ならなれる! 叔父さんが約束するよ』
『目の前で困っている人がいたらどんな人でも手を差し伸べるのよ? 分かった?』
『正義の為なら努力を惜しむな』『アンタは正しく生きて』
『約束してね?』『アンタ今自分が何してるか分かってんの!?』
何だ、何だよコレは!!
『オレ!大きくなったら正義の味方になるんだっ!』
「ッ……!!」
ふと目の前に幼い子供がいた。
誰だ? 知っている。だってこれは過去の自分だから。
屈託のない笑顔を向けて、未来に希望を見ていた自分自身。
そうか…そうだ! あれ? 思い出した? 俺は、俺の夢は……俺は!!
『命令は絶対だ!』
「ぐっぅうぅううぅッッ!!」
いや、俺は…命令は、絶…対! なの…か?
『無視すればいいじゃないか。そんなの』
「!」
ふと、頭を駆け巡るノイズではない。
鮮明な声が聞こえた。叔父でも創英でもない男性の声
「あ……」
こわいよぉ! たすけてぇよぉッ!!
女の子が泣いている。助けを求めてる――
『お前、あの子と約束してたよな。守るって』
「!!」
約束は守る。そうだ、俺は――俺だッッ!!
『あの子は言ってくれたよな、お前に』
かっこいいって。
「!!」
何かが割れる音が聞えた。
頭の中で創英が語りかけてくる、命令は絶対だと。お前は人形だと!
『お前は……誰なんだ?』
ああ、そうだ。
すいません創英さん、俺は人形じゃねぇよ。約束しちゃったなあの子と。
ああ、そうさ! じゃ、守らないとな。正義の味方ならさ――ッッ!!
「――ォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
鏡冶は頭を思い切り壁にぶつけた、痛みが自分と言う存在を再確認させてくれる。
ああ、そうだ。これは俺の痛みだと! 新意鏡治の痛みだとッ!
「ああそうさッ! 俺は新意鏡治! 俺は俺だぁぁぁァッ!」
他の誰でない。ああ、そうさ! 唯一の存在なんだ!
『やっと目覚めたか、遅かったな。ヒーロー』
鏡治に話しかけていたのは幻聴でもなんでもない、現実だった。
ずっと側にいた現実だ。
「お前だったのか……ていうか、喋れたのかよッ!」
『まあな』
鏡冶の目の前で"ガタックゼクター"が浮遊していた。
なんか、よく見たら目もついてるじゃないか。今までずっと無言だったパートナーは、当たり前のように鏡治に話しかけている。
人間と同等、むしろそれ以上の知能を持っていると言われていたゼクター。
しかし、まさか喋れるとは思っていなかった。
『感謝しろよ、マインドコントロールの効果を弱めてたのはオレだからな』
「お、おう! サンキュー! でも取り合えず今は――ッ!」
鏡冶はそう言うと、ガタックゼクターを掴んで走り出した。
約束がある、破るわけにはいかない約束だ。ああそうさ、絶対に守らないといけない。
じゃないと針を飲まされちまう。それは嫌だからさ。
「うぅぅううう!!」
扉の向こう、薄暗い部屋では少女の助けを求める声が響いている。
腰を抜かしてしまった少女はもう動けない。徐々に近づいてくる死を受け入れるしかないのか……
もう目の前にワームが迫ってきている。でも動けない、怖い。このまま食べられてしまうのだろうか?
助けて! 誰か助けて! 必死に叫ぶが何も起こりはしない。
「たすけてぇええ!」
だれも助けてはくれな――
「まかせろぉおおぉぉおぉおおおおッッ!!」
「!」
目の前のワームが爆発して吹き飛ぶ、驚きで目を見開く真由とワーム。
そして間髪いれず檻の入り口が吹き飛ばされ、真由は誰かに抱きかかえられた。
「!?」
その誰かは、真由をいわゆる『お姫様抱っこ』で安全な所まで運ぶと、優しく頭を撫でる。
真由の瞳の中に、装甲を纏った戦士がいる。彼は真由に深く頭を下げると、申し訳なさそうにトーンを落として呟いた。
「ごめん、真由ちゃん。俺が悪かった……俺が馬鹿だったんだよ」
「……? !!」
真由は一瞬その人が誰か分からなかったが、キャストオフをしたそのインセクトを見て表情が変わる。
鏡冶、ガタックはクロックアップを発動させ一瞬でワームを消滅させた。
そして真由を再び抱きかかえると猛スピードでブレインタワーを後にするのだった。
重々な警備システムも、クロックアップの前では無力に等しい。引っかかる事はあっても、対処の手が来る前にガタックは駆け抜ける!
「……ッ!」
一瞬で変わる景色はまるで魔法、真由はガタックを掴む力を強めた。
強くしがみついてないと魔法がとけてしまう気がしたからだ。
儚げで刹那の世界は、まさに真由とガタックの二人だけしかいないのである。
「逃げただとッッ!! 馬鹿な!? ありえん!!」
「ワームは全て死んでおり、真由もガタックの姿もありません。発信機も外されており、完全に連絡がとれない状態です」
「!!」
創英は怒りと驚きの表情を浮かべる。
マインドコントロールが解除されたのか? 有り得ん! 何故、どうしてっ!?
「捜せッッ! 必ず見つけ出せ! 場合によっては殺しても構わん!!」
創英は急いで科学班に連絡を取る。
いよいよ鏡治の存在が無視できなくなっていた。失敗した、こんなことならヤツを殺しておくべきだったかッ!?
「まだ洗脳電波を送る機械は完成しないのかっ!」
結果はイエス、やはりあと九日後予定は変わらない。
創英の心に焦りが生まれる。この街で絶大な力を持っていたインセクトを支配したと思えば、新たなライダーが現れ、リコンファームの起動スイッチである少女が現れ
そして、インセクトの中でも最強と言ってもいいガタックが裏切った。非常にマズイ展開だ、最悪のシナリオが紡がれようとしている。
「……ッ」
タワーから見える街、そこにはやはりカプセルに乗っている人間共が見えた。
堕落しきっているこんな連中に生きる価値などあるのか? 毎日を無駄に生きているコイツ等に俺を攻める資格があるのか!?
否、無い。必ず洗脳してよりよき世界に変更するしかないのだ。こんな腐った世界を自分が変えるしかないのだ!!
「………」
かつては自分もインセクトとしてこの街を守った事がある。
しかし傷つき、多くの仲間を失い帰還した我らに待っていたのは賞賛でもない、批判と誹謗中傷の嵐。
ワームを生み出したのは我々科学者だ。しかしその原因を尚使い続けている貴様らを許すわけにはいかない。
創英は拳を握り締め壁を殴りつけた。必ず……変える。この世界を――ッ!
「ここまでくれば大丈夫だな」
「……ぅ」
ガタックはブレインタワーから大分離れた所で変身を解除した。
少し大きめの公園だ、ここならば隠れやすいし安全だろう。
もう時間が時間で人もいない。しかし、この公園も昔はもっと色んな人が遊んでいたらしい。
カプセルが普及し、筋力やバーチャルスポーツと言われる技術が開発されたせいで段々と公園で遊ぶ人もいなくなったと言う。
「ごめんっ! 許してくれッッ!!」
「……ふぃ?」
鏡冶は真由を座らせると、いきなり土下座を決める。
驚く真由、鏡冶はしばらく何も言わずに土下座を決め続けた。
「……だ、駄目かっ! そうだな!じゃあ」
土下座では駄目だと悟ったのか、鏡冶は土下寝にシフトチェンジを決める!
だが真由は相変わらず口を開けたまま鏡冶を見ていた。
無言の時間が過ぎる。
てかよく考えたら土下寝って何なんだよ、ふざけてるみたいじゃないか! 鏡治は慌ててもう一度土下座に切り替えた。
しかしジャンプしながらだったので、ジャンピング土下座になってしまう
沈黙の時間が流れる。なんか凄く失礼なことしてる、鏡治は冷や汗を浮べて頭を上げるのだった。
「本当にごめんッ! ああ、そうだ、それだけの事を俺はやってしまったんだからッ!」
「………ぅ」
「え?」
「ぅうぅううわぁぁぁん!」
「!」
真由は堰を切った様に泣き出した。
鏡冶の表情が強張る、やはり自分のした事が原因でトラウマになってしまったのだろう。
こんないたいけな少女の心に深い傷をつくってしまった。激しい後悔と罪悪感が鏡治を押しつぶしそうになる。
女の子だけは泣かせちゃいけないと教えられてきたのに!
「わわっ! ごご、ごめ! あいや、本当にすいませんでしたっ! どんな罰でも受けるから! どうか泣き止んでっ!」
「こわかったよぉぉぉお!」
「おぉ!?」
真由は恐怖から解放された事で、安心して泣いてしまったのだ。
自分がそんな事をする資格があるのかどうか迷ったが、鏡冶は真由を落ち着かせようと肩を揺する。
「真由ちゃんもう大丈夫だ! 絶対大丈夫! 俺が約束する!」
「うぅ……本当に…?」
「ああ! えっ…と、ティッシュ持ってる?」
「うん…ハンカチとティッシュは…いつも持ってなさいって…お兄ちゃんが…」
真由はポケットティッシュを取り出して鏡冶に渡す。
鏡冶はお礼を言って微笑むと、それで真由の涙と鼻水を拭いてあげた。
ぐしぐしと少し乱暴だった為、鏡治はまたまた土下座を決める。女の子の扱いなんて分からない、つい親友と同じような扱いをしてしまった。
「あの……本当にごめん、真由ちゃん。俺、君に酷い事を――」
自己嫌悪が襲ってくる、もう少しで真由を殺してしまうところだったのだ。
恨まれても、蔑まれても、それこそ刺されようが文句は言えないだろう。
だがしかし、真由はニッコリと微笑んで鏡治の頭をなでた。それは『許す』と言う何よりの証拠だろう。
一瞬何が起こったのか分からない鏡治だったが、思わず涙が出そうになる。静かな夜だったが、彼女がとても眩しくみえた。
「ううん、いいの…気にしないで……鏡冶君は約束を守ってくれた。いい人」
「真由ちゃん……」
鏡冶はもう一度真由にお礼を言う、それから真由の話を聞いた。
世界の事とかリコンファームの詳細、そして何よりも兄のこと。
とり合えず鏡冶は真由を学校に送る事を決意する。
携帯電話は使えなかった、恐らく創英が妨害しているのだろう。
電話が使えないのなら直接送るか、途中で真由の知り合いをみつけるしかない。その二つならば学校の方がいいだろう。
一瞬有美子の研究所に戻る事も考えたが、あそこまでにはゼクトルーパー達が倍以上控えている筈。
あまり戦闘はしたくない、ならば学校が安定している訳だ。
いきなり他の世界から来た。
なんて言われたから驚いたけど、そう言えば見た事無いライダーがいた事から納得できた。
それに目の前の彼女が嘘をついているとは思えない、本当に絶対安全の学校が存在しているのだろう。
しかし問題もある。
「ああそう、街中をクロックアップで動き回るとセンサーが反応して見つかっちまうんだよなぁ。真由ちゃん、学校の場所は覚えてる?」
「えと………」
「うん」
「んと……」
「おお」
「ぉ………」
「ほい」
何か、真由ちゃんの頭から煙が出ている様な気がする。
「お、覚えてないんだな?」
「ごめんね……」
シュンと彼女の眉が八の字になる。
真由の眉……なんちって!
すいませんでした。
とにかく鏡治は真由の表情を見てドキリとしてしまう、また傷つける訳にはいかない!
「あぁ! いや! 大丈夫大丈夫! タハハハ! ああ、そうさ。安心しろよ真由ちゃん!」
「うん…!」
くるるるるるるるぅ……!
「ん? なんの音だ?」
「おなか……」
「え?」
「おなか…すいた…」
そう言えばそうだ!
鏡治は手を叩いて、それから彼女に微笑みかける。
「ああ、そうだ。成る程! よし! ちょっと待ってろよ真由ちゃん!」
そう言って鏡冶は近くにあった自販機に向かう。
この自販機、ジュースだけでなく食べ物も売っているのだ。
さて、鏡冶は胸を張る。このタイミングこそ落ちきった信頼や高感度の回復。そして何より真由を助けてあげられる場面だろう。
いっちょ、ビシッと決めて真由ちゃんを喜ばせてあげよう。ああ、そうさ! 鏡治は何故か自販機に向かって一礼をする。
「うぃっーと! 真由ちゃん、何が食いたい? 何でも言ってみろよぉ! へへへッ!」
いいの!? 真由の表情がパッと明るくなる。
もちろんとドヤ顔の鏡治。
「ありがとう……! 何でもいいよぉ…!」
「おっけ、何でもね! さーって……と……」
あ、そう言えば財布、持ってなかった。
いやな汗がしたたり落ちてくる。金が………無い。
「鏡――」
「あー、こんなところにーこいしがー! つまづいちゃったー……なッッ!!」
鏡冶は体をひねる様に回転させて倒れる。
自販機の下、ここに……なんか、こううまい具合に五百円とか何か落ちてたら――嬉しいな!
「………」
何もないや!
「真由ちゃん。あのッ…ホントごめん。俺、金持ってなかった……!」
いや少し待て、ガタックに変身してバルカンで吹き飛ばせばいいんじゃ……
っていやいやッ! 何を考えているんだ新意鏡治! そんなのは犯罪だ!
そんな非合法なやり方で手に入れた食べ物を真由ちゃんに渡すなんて言語道断!
反省しろ鏡治! 己を恥じろ!
「くそおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
バチンと両手で頬を叩く。
罰だ、自分に罰を与えなければいけない!
「腕立て百回! うおおぉぉおおおおおぉおッ!」
激しく上下運動を繰り返す鏡治を、ガタックゼクターは冷めた目で見ていた。
(何やってんだコイツ……)
五分後
「あ! うん、大丈夫だよ。ボクちょっとだけなら持ってるから!」
「え……?」
結局百回もできなかったし、食事も真由の金で買う事となった。
何が食いたい? 何でも言ってみろよぉ(ドヤァァァ)とか何とか言ってた自分が情けなくなってくる。
しかし真由もそれほど持ち合わせておらず、結局オニギリ一つしか買えなかった。
本当なら二個は買えたが真由は鏡冶にもお金を分けており、自分の分はオニギリ一つのお金しかない事になった。
鏡冶は申し訳なさそうにしていたが、お金を返すと言っても真由が聞かなかったのでお茶を買う事にする。
真由はオニギリ一つ、鏡治はお茶。なんとも地味な夕食が始まる。
「むっ…!」
「おいしい?」
「うん!」
その言葉を聞いて鏡治は、まだ口をつけていないお茶を彼女に渡す。
「じゃあ、お茶もやるよ。飲み物がないとキツイだろ?」
「え!? でも…それじゃ鏡冶君……」
「大丈夫だってッ! 俺…あの、今日昼飯いっぱい食ったからさ! ハハハッ!」
ギュルルルルルルルルルルルル!
「………」
「………」
鏡冶は頭を抱えてうずくまった。
どうすればいい? 今の腹の音はなんて説明すりゃいいんだオイッ!?
いやしかし待てよ、鳴き声にするのはどうだ? 今のは俺の鳴き声なんだよと笑顔で言えば信じてくれるんじゃないだろうか?
いや嘘をつくのか!? こんな純粋な真由ちゃんに嘘をつくのか俺は! できない! できる訳が――
「くそおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
バチンと(以下略
「鏡冶君……」
「え? モガッ!!」
突然鏡冶の口に突っ込まれる何か、租借してみるとオニギリだと言う事が理解できた。
しかし、待てよ。オニギリは一つだけのはずだ。なら――
「まゆひゃん!?」
「いいの…鏡冶くんが食べて。ボク、もう…おなかいっぱいだから……」
分かりやすい嘘。それでもその好意を受け入れるためには、騙されなければならない。
鏡治はこの日ほど金を持ち合わせていなかった事を恨んだ事はないだろう。
「まゆひゃん…ほめん……」
真由は首を振って微笑む。
しかしすぐにまた泣きそうな顔になってしまった。
「あ…ッ! ごめん! ボクッ食べかけ…あげちゃった…! 嫌…だよね……」
「え? んんっ、いや大丈夫! 大丈夫! 俺、そう言うの気にしねぇんだ! ハハッ!」
「本当!?」
真由はまたニッコリ微笑むと、今度はお茶を差し出した。
『コレもあげる』
鏡冶は申し訳なさそうに笑うが、真由の気持ちを汲むため素直に受け取ったのだった。
「うッ…クッ……!!」
「大丈夫…?」
食事を終えて少しした後、鏡冶の体に大きな疲労感が襲ってきた。
やはり今日幾度となく行ったクロックアップは鏡冶の体に大きな負担を与えていた訳だ。
とてもじゃないが、もう一度クロックアップはできないと悟る。真由も理解してくれて、とりあえず今日は公園で野宿する事になった。
幸い公園にある小さな丘は隠れる所も多い。そもそも鏡冶ですら駄目なのに、他のインセクト達が動けるわけもない。
たとえマインドコントロールを受けていようが流石に今日はインセクトも追ってはこないだろう。ゼクトルーパーは知能は低い方なので、物陰に隠れていたら見つかる事はない。
二人は特にやることもないので、ベンチに座って夜の空を見ていた。
「昔は星とか月が見えたみたいだけど……今は工場からの煙でなにも見えないな」
淀んだ空だ。
公害については街中に浄化装置がついているために問題はないが、星は見えない。
「ん……お星様…残念だね」
あまり綺麗とは言えない夜。
しかし辺りを包む静寂は、まるで世界に二人だけを残して滅んでしまった様だ。
それが悲しく、切なくも、ある種とても幻想的だった。
だが、このままだと本当にそうなってしまうのではないかと言う怖さも覚える。
鏡治はその沈黙を消すべく簡単な質問を投げかけた。静かな夜に鏡治の声だけが存在する、そんな幻想。
「そう言えば……真由ちゃんって何歳?」
「?」
「ああ、そうだゴメン! 女性に歳聞くなって叔母さんにいつも言われてたのになぁ!」
鏡治は申し訳なさそうに頭をかく。
だが叫ぶ準備と頬を叩く準備をしたところで、意外な返事がかえってきた。
「いいよ。ボクはね――」
その時、少しだけ真由の表情が曇ったのを鏡冶は気がつけなかった。
真由は指で数を数えるような仕草をとった後、小さな声で呟く。
「じゅう…ろく…歳」
「え!? あ…あぁ、えとゴメン! 何でもないよ」
鏡冶の反応が予想通りと言ったように真由はうつむく。
そう、幼すぎるのだ。彼女の行動、口調はとても同年代十六歳の少女のソレとは違う。
かけ離れているのだ、尤もそれは真由自身が一番分かっていた事。
身長も低いため、鏡治は彼女が小学生くらいだとばかり思っていた。
それがまさか自分とそう変わらない歳だったなんて――
「いいの。 ボク……事故で一回記憶が無くなっちゃったんだって」
「え……?」
そう、真由は一度。
それは司が初めてディケイドになった世界での事、双護は皆にある事を相談していた。
明らかに普通じゃない出来事に巻き込まれた、長くなりそうだと理解できる。
なら隠し通せる訳もない。あまり乗り気ではないが、双護はその決断を下したのだ。
「皆……少し、いいか?」
「え?」
双護の言葉に皆は耳を傾ける。
今真由はトイレに行っていていない、ここしかないと双護は悟ったのだった。
そして意を決して皆にそれを切り出す。
「え? 真由ちゃんが!?」
「ああ、真由は事故で一度記憶を失っているんだ」
幸いそこまで酷いモノじゃなかったから『時計』だとか『学校』とか記憶していた単語までは消えなかった。
でも今、真由の外見的年齢と精神的年齢には少し差がある。食事のマナーだとか対人におけるマナーとか、そういったモノも忘れていた。
もちろん教育をしなおしたおかげでそこまでは酷くない。
「だから、もし真由がそう言う『幼い行動』で皆に不快な思いをさせるかもしれない。その時はどうか許してほしい」
そう言って双護は深く頭を下げる。
皆も驚きこそはしたが、すぐに理解を示してくれて双護も安心していた。
「だけど、真由ちゃんはこの学校でいいのかい? もっと真由ちゃんに向いてる学校があるんじゃないだろうか?」
翼の言葉に『苦い顔』をする双護、どうやら特別な事情があるらしい。
そしてその事情は彼らにとってあまり嬉しくない事だと言うことも理解できた。
「親父が無理を言ってこの学校にさせたんだ。正直、あまり真由のことは世間に知られて欲しくないみたいだから」
それがマイナスのイメージからか、プラス的なモノなのかまでは皆聞く事はできなかった。
しかし真由は大切なクラスメイト、それでいいと司達は思う。
「よし真由ちゃん! 一緒にプリンでも食べようか!」
戻ってきた真由にユウスケが微笑みかける。
太陽の様な笑顔で頷く真由を見て、双護も安心したように笑うのだった。
どうやら上手くやっていけそうだと――
あまり話したくないことだったのかもしれない、真由も薄々は気づいているのだろう。
自分の過去が分からない、思い出せない。今の自分は知識が豊富な小学生なのかもと。
方程式は解けても、電車の切符を買うのは自信がない。
難しい漢字が読めても、覚えるのは時間が掛かる。
都道府県が全部言えても、夜トイレに行くのが怖かったりする。
そう言った『高校生』らしくない毎日に、違和感を感じるのは当然だろう。
兄に余計な心配をかけたくないから、記憶のことについては何も言わないが、きっと自分は少し皆とは違うのだと――
「そうだったのか……ごめん、真由ちゃん」
「ううん。いいの、ボクも分かってるんだ。だ…から……きっと、お兄ちゃんはボクを…恨んでるんじゃないかって……怖いの」
恨んでいる? 何故?
鏡治は思わず真由の方を直視してしまう。
そして後悔する、目に涙を浮べた彼女と視線がぶつかってしまったからだ。
泣いている姿に鏡治の心が揺れる。なんとかして泣き止んでもらいたい、だけどどうしていいか分からない。
「お兄ちゃんは……ずっと一緒にいてくれた…」
だけどっ、真由の声が震える。
「ボクがいたせいでお兄ちゃんはやりたい事をできなかったんじゃ……ないかって――!」
兄は本当に自分によくしてくれた。だから、嬉しくもあり申し訳なくもあった。
兄はきっといろんな事を犠牲にしていたんだろう。
「お兄ちゃんは……ボクの事が――」
「真由ちゃんッ! そんな事言うなよッ!!」
「!」
真由がその言葉を口にした時、真由は鏡冶の腕の中にいた。
鏡冶はすぐに我に返って真由を解放するが、真由は暫く口を開けたまま鏡冶を見詰めている。
結局鏡治がとった行動は抱きしめると言うありがちな事、しかし『ありがち』なのはドラマや漫画の中だけだと彼は悟った。
確かに泣き止みこそしたが、好きでもない男にいきなり抱きしめられたらどうなんだろう。
鏡治の顔が青くなっていく。これ、もしかしてショックで泣き止んだって事!?
「あ! いや、ホラ! 真由ちゃんの兄貴さ、俺が真由ちゃんを連れて行くとき本気で怒ってたぜ!」
洗脳はされていたが、あの時の記憶はしっかりと覚えている。
「俺が言うのもなんだけどそれって真由ちゃんがスゲー大事だからじゃないのか? ああ、そうさ! 邪魔とか、恨んでたらあんなに怒らないぜ?」
「………」
「思い出してみろよ真由ちゃん! 今まで君の兄貴と過ごしてきた日々を! どうだ? 楽しかったんじゃないか? 楽しかったよな?」
彼女は兄に愛されていた。それは鏡治でもしっかりと分かる事。
いや、もしかしたら第三者だからこそ分かるものなのかもしれない。
「真由ちゃんはお兄ちゃんともっと一緒にいたいって思うだろ? それは兄貴も思ってることなんだよ! ああ、そうだ! そうに違いないって!」
「本当……?」
「ああ! 約束する!」
そう言って鏡冶は真由に小指を差し出した。
真由はにっこりと微笑むと、鏡冶の指に自分の指を絡ませる。
二人は笑い合うと約束の儀式を行う。真由の安心した様な笑顔を見て、鏡冶も微笑むのだった。
そして夜も深くなっていく。
「すぅ…すぅ……」
規則的で可愛らしい寝息を立てている真由を見て、鏡冶はもう一度微笑む。
何があってもこの少女だけは守らねばならない、鏡冶はもう一度気合を入れる。
「うォッしゃアアアアアアアアアアッッ!!」
『うるさい! あの娘も起きるぞ!』
「おっとと!」
慌てて口を閉ざす鏡冶、そんな彼にため息をついたのはガタックゼクターだった。
鏡冶は自らの相棒とも言えるゼクターに詰め寄ると、彼女を起こさない様に小さな声で話しかける。
「さっきはありがとうな、助かった」
『まあ気にするな。それより、俺にはいろいろ聞きたいんじゃないか?』
鏡冶は頷く。
気になったのはなにより、何故今まで喋れる事を黙っていたのか? それとマインドコントロールを弱めてくれたというのはどういう事なのか?
この2つだ。ガタックゼクターは小さくため息をつくと、鏡冶の周りをふわふわと飛びながら呟く。
ゼクター達は全員言語を話す機能が備わっている。しかしゼクター達は喋る、つまりコミュニケーションを契約者ととるのは止めていた。
余計な情を移しては互いに面倒だからな、そう言ってガタックゼクターは笑う。
その言い方から過去に何かあったのだろうか? 鏡冶には分かるわけもないが何かそう言う哀愁の様なものを感じた。
ゼクターはインセクトがワームを殺す為に生まれた存在だという事を理解していた。
それは同時に常に命を失う危険があるというモノ。関わらなければ、痛みは最小限にできる……互いにとっても。
「心があるのか、ガタックゼクターには!」
『俺達はワームと機械の融合した存在だ。お前らの過ぎた科学が俺達に心、感情と言うモノを与えたのかもしれない。言語機能を持った事で俺達も関わりと言うモノを知った』
「そうなのか……ん、でも俺に話しかけてくれたし、助けてくれたのは?」
『マインドコントロールの件か。そうだな、創英のマインドコントロールは中々だが俺達が妨害電波を流せば被害を最小限に抑えることができる」
現に鏡治は真由の言葉で自我を取り戻せた訳だ、元々鏡治の抵抗力が強かったと言うのもあるが。
「え?」
ガタックゼクターは鏡治の頭に軽く体当たりを決める。
思わず小さく声をあげる鏡治。
『馬鹿はマインドコントロールに強いんだよ』
「な、なんだよソレは!」
『クククッ、まあ怒るな』
「……ああ、そうだな。まあ助かったぜ! ありがとう!」
そう言って鏡冶は深く頭を下げる。
そして気づいた、妨害電波はゼクターの意思で流す。なら――
「じゃあ他の皆も!」
『そうだな、ゼクターが妨害電波を流した上できっかけを与える事ができれば元に戻るかもしれない』
「おお!」
だが、ガタックゼクターは街を見回す。
公園は薄暗く静かだが街の方は深夜だというのにネオンで昼より明るく照らされ、機械音や生活音で夜と言う事を忘れさせる。
工場では今も何かが作られ、有害な煙が空を汚していた。
『俺達ゼクターは創英の言っている事に賛同の念があったのかもしれない』
「え?」
『俺達は機械だ、感情こそ持っているがそれを押し出してはならない。道具に心は不要だからな』
しかし彼らは心を持った。
故にその行く先を自分自身の意思で決める事ができる。
『俺達は、それでも創英に賛同してしまったのさ、だからこそお前ら心なき人間と契約してこの街の人間共を支配しようと考えた。まあ唯一カブトゼクターの野郎だけはそれを拒んだ訳だがな』
カブトゼクターだけは、創英の言い分を『興味がわかない』の一言で切り捨てたらしい。
結局彼の前に現れる事もなく、今もどこかを飛び回っているのだろう。
「………」
鏡冶は空を見上げる。
昔は美しい月と星が見えた夜空、しかし今はよどんでいる。
日々破壊され行く環境と自然、それを保護する機械を作れというクレームが多いらしい。全く、どこまで機械にたよるのやら……
『この街の人間共は腐りきっている。堕落が心を廃らせ、人間の質を落とす。創英が人間に絶望したのも頷ける話だと俺達は思ったんだ。鏡冶、お前創英の右目がどうなったか知ってるか?』
「いや……」
『昔、ヤツがインセクトとしてワーム殲滅に参加していたとき、子供を守ってその時に……』
「……!」
今、創英は人間の命をなんとも思っていない様に感じる。
だが昔はそうではなかったのだ。正義感の強い男だった、だが現実に耐え切れなかった弱い男でもある。
ガタックゼクターは言う。今の創英は狂っている、だがその原因を作ったのは――
人間だ。
「ああ、そうだな。確かに自分で歩かない奴らはどうかと思うぜ、俺も――」
だけど――ッ、鏡冶は立ち上がり天に拳を掲げる。
「だけどそれで俺の友達や、こんな無関係な女の子が巻き込まれていいのかッ!?」
言い分こそ分かるが、ハイそうですかと現状を受け入れるのは違う気がする。
「俺の叔父さんや、全うに生きてるかもしれないカプセル使用者が巻き込まれていいのか!?」
『それは……』
「ああ、ちげぇ! 違うよなッ! そうじゃねぇ! 創英さんの気持ちが理解できない訳じゃねぇさ。だがな、それでこのまま創英さんの計画見逃して! 真由ちゃん巻き込んで――」
鏡冶は一緒に拉致された友人を想う。
彼はサソードになっていた。そして剣を振るう、無関係な人間に。
まだ人は殺していないが、もしこのまま洗脳が続けば彼は自分の意思とは関係なく罪を背負ってしまうかもしれない。
そんな馬鹿な事を許していい訳が無い。創英は悲しみの連鎖をつくりたいのか? 彼とてそれは違うと分かっている筈なのに!
「そうだ! 神也の未来まで壊す事が許されるのか!? ああ、違う。違うぜそれはッ! 俺は認めない! お前らゼクターがイエスと言おうが、俺は声を大にしてノーと言うぜッッ!」
『……ああ』
ガタックゼクターはその言葉に頷くと、その場に着地する。
鏡冶が我を取り戻せたのは真由の力もあるが、なによりガタックゼクターがマインドコントロールを妨害した事だ。
それはつまりガタックゼクターが創英の考えに疑問を持ったという事。ガタックゼクターは人間など皆、堕落しきった愚かな存在だと考えていた。
だが、有美子や鏡冶、真由を見てその考えを少し変える。もしかしたら、人間はまだそこまで捨てたモノではないのかもしれないと。
『俺は見てみたくなったのかもしれない。この世界が変わるのを、今のこの現状を誰かが破壊してくれることを……』
創英は正しきことには犠牲がつきものだと言っていた。
だが、もし犠牲を出さずに世界を変える事ができたなら……
『お前の叔母やその仲間が、その希望を叶えてくれるかもしれない』
「ああ、叔母さんは凄い人さ! 叔父さんだって警官として優秀な人だ、俺は尊敬してる!」
『そうだな……』
ガタックゼクターはもう創英の考え方に賛同できなくなったのだ。
だから妨害電波を発した、と言う事だった。
創英を裏切る。そんな人間じみた行為をする事になるとは、ガタックゼクターは苦笑した。
『お前はこれからどうする? 鏡冶』
「とりあえず真由ちゃんを絶対安全地帯らしい学校へ送り届ける、次に神也を助けに行く!」
鏡冶の友人にして、同じく創英に拉致された者の一人だ。今はサソードに選ばれインセクトとして操られている。
「サソードゼクターは妨害電波を流しているのかな?」
『さぁな、ヤツも創英の行動に疑問を持ったなら流すかもしれん。真由と言ったな、あの娘を躊躇い無くワームの餌にしようとした創英の行為は、俺達の心にそう言った影を落とした。サソードゼクターがどうかは知らんが』
「お前らはコンタクトを取り合えないのか?」
『できる。だが創英の手によって電波を拾われるのがオチだ。抵抗できるとしても妨害電波を流すだけだな』
「成る程、でもたとえ妨害電波がなくても絶対アイツは助けて見せる! その為に協力してくれ! 頼むッ!!」
そう言って頭を下げる鏡冶。
『ハッ、馬鹿な男だなお前は』
だが、悪くない。
そう言ってガタックゼクターは彼の周りを飛び回った。
『俺はお前に話しかけた、それはつまりお前に期待してるって事だ。俺の最後の契約者がお前である事を切に願うよ』
「ああ! まかせろっ!」
鏡冶はニヤリと笑う。
ガタックゼクターも表情こそ分からないが、笑っていた。
「んッ……!!」
「?」
今まで寝息を立てていた真由が、突如跳ね上がるようにして目を覚ます。
そんなに暑くないにも関わらず汗が酷い、鏡冶は真由にどうしたのか問いかける。
どうやら真由は怖い夢を見てしまったらしい、顔が青ざめて小さく震えている。
鏡冶は真由のハンカチを借りると、彼女の額や顔の汗を拭いた。
「安心してくれよ真由ちゃん。嫌な夢は忘れちまえばいい、楽しい事を考えながら寝るんだ! そうすれば一発さ!」
「うん……」
そう言って真由は目を閉じる。
しかし、なかなか眠れないようだ。
「そうだな、真由ちゃんは好きなお菓子に囲まれて幸せだ! これでオッケー! 大丈夫だぜぇ、真由ちゃんが寝るまで俺が守っててあげるから安心して寝な」
「ありが……とう!」
そう言って真由は目を閉じる。
鏡冶の言った事を思ってみる、すぐににやける真由。そして数分もしない内に眠りに落ちるのだった。
『やるじゃないか』
「叔母さんに教えてもらったんだよ。俺も昔は……な」
両親が亡くなって昔は本当に寂しかった。兄弟もいない自分にとって、それはとても。
だから真由には絶対に双護と再会してほしい、家族なんだから。
「あぁ、そうだ。お前はさっき道具に心は不要って言ったな」
『ああ、それがどうした?』
「お前は道具じゃない、俺の友達だ。覚えとけよ」
『ハッ! 言うなお前も』
軽く鏡冶とガタックゼクターは笑い合う。
「あーあ…俺も流石に眠いぜ……!」
『休めるときに休んでおけ、俺が見ておいてやる。クロックアップの負担は大きいからな』
「ああ、そうだな。すまん……ありが…とう……」
そう言って、鏡冶も真由と肩を並べて眠りに落ちたのだった。
それを見ながらもう一度小さく笑うガタックゼクター、やはり自分のとった選択は間違いじゃないかもしれない。
誰も犠牲にせず世界を変えられるのならば、それは絶対に正しいことだ。
一方、同じく深夜の街外れ。
そこにゼクトルーパーに囲まれている少年がいた、名は天王路双護。
『抵抗はお勧めしない』
電子音がそのメッセージを告げる。
しかし双護は全く動じる素振りを見せず、逆にゼクトルーパー達を鼻で笑った。
「消えろゴミ共、俺は忙しい。邪魔するならスクラップにしてやるが、どうする?」
それは降伏拒否、ゼクトルーパーは一斉に彼へ銃を向けた。
銃、それはなによりの抑止力。凶器の中でも上位に入るだろう物に双護は眉一つ動かさない。
そんなモノ玩具でしかないからだ。そう、彼は嘘をついていた。彼は――
「来い」
その言葉と共に赤い何かが飛翔してきて彼の手に収まる。
"カブトゼクター"、彼は既にその力を得ていたのだ。だが彼はその事を皆に話す事は無かった。
何故か? それは分からない。双護は何故嘘をついたのか?
「変身」『HENSHIN』
電子音と共に彼の姿が変わっていく。いやしかし、彼は嘘をついていないと言えばそうなのだろう。
彼は真由を助けたいという、愛情の想いを掲げカブトゼクターを呼んだ。
だがそれではカブトゼクターは彼の元には現れなかった。しかし次に別の感情を掲げてカブトゼクターを呼んだ時、カブトゼクターは彼の所へやって来たのだ。
「………」
銃弾が発射され、命中するが何も感じない。
マスクドフォームの防御力は凄まじいな、双護は思う。
「キャストオフ」『Cast Off』
真由への愛情ではカブトゼクターを呼ぶことはできなかった、それは彼の中に愛情を上回る感情があったからに他ならない。
ではその感情は何か?
「クロック…アップ」『Clock Up』
破壊されていくゼクトルーパー達。
「………」
それは愛情ではなく――
「チッ!」
憎悪。
彼の体は本来のカブトのカラー、赤ではない。
黒になっていたのだった、瞳も黄色になっている。
それは憎しみの力でカブトゼクターを得たものが変身する物。この世界では、それを"ダーク"と呼称した。
「………」
ダークカブトは物言わぬ残骸となったゼクトルーパー達を蹴り飛ばすと、ブレインタワーへと歩き出す。
(真由……もし、お前がリコンファームを使うと言うのなら――)
その時は――
双護は唇を噛む、思わず血が出るくらい強く。
(気絶させてでも阻止する)
それがもしできないと言うのなら、悪いが――
「死んでくれ、"真由香"」
ダークカブトはクロックアップを発動させその場から消えるのだった。
「ううーんっ! いい朝だなぁ!」
「おはよう……鏡冶君」
「おう! おはよう真由ちゃん!」
ギュルルルルルルルゥゥゥゥ……
「「………」」
流石におにぎりを半分ずつじゃ腹が減る。
もう有り金もゼロ、朝食は諦めるしか――
「ん?」
あれ? 何かあそこで光って――
「あっ! あれはッッ!!」
鏡治はスライディングでその光を放つ何かに向かっていった。
そして、それが五百円玉だと言う事を理解する!
成る程、昨日は暗くて分からなかったが、美しい朝日に照らされたそれは、まさに――
「ダイアモンドゥ……」
「?」
「これで飯が食えるぜ真由ちゃん!」
「ほんとに!?」
二人は手を繋いでクルクルと回り始める。
二週目からはピョンピョン跳び始めた、相当朝食にありつけるのが嬉しいのだろう。
結局バンザイをした時にすっぽ抜けて、池に五百円を落とすまで二人のはしゃぎ合いは続くのだった。
しばらくはショックで防ぎこんでいた二人だが、いつまでも落ち込んで入られない。
二人は一緒に顔を洗って、身支度を済ませる。
真由を学校に送る為にはクロックアップで一気に行った方がいいだろう。
しかし街を通る事になる、街にはクロックアップを感知するセンサーがついている訳だ。
無謀か? 鏡冶は頭を抱えた。
他に方法があればそれにしたいところだったが、思いつかないのも事実。
しかしカプセルに乗っていなければそれこそ浮きまくりだ。
「うーん……」
悩む鏡冶、そして幸か不幸か?
展開を変える要因がむこうからやってくる。
「!」
「新意鏡冶、命令を無視するとはどういう事だ?」
公園の広場。
そこを挟んだ向こうにその男、御剣神也が見えた。
茶色い髪に白いスーツ。間違いない、神也本人だ。目の色が変わる鏡冶、すぐに真由を物陰に隠すと親友と対峙する。
「神也! お前ッ…」
「鏡冶、僕達は創英様の命令を無視してはいけない。そうだろう?」
「……ッ?」
神也の様子がおかしい。
前のような無機物さが無く、今彼はニヤリと笑っているではないか。
『成る程、創英め……』
ガタックゼクターは直ぐに理解した。
創英はマインドコントロールの方法を変更したのだ。
感情を殺すのでなく、感情までも操るという事か。相手の知り合いならばより効果がでる方法だろう。
「鏡冶、お前があの少女をかくまっているのは知ってるんだ。今すぐ渡すって言うなら創英様もお許しになられるだろう、いい話じゃないか?」
「ッ! 神也、目を覚ませ! お前は操られてるんだよッ!!」
鏡冶は神也に駆け寄るが、返事の代わりに返ってきたのは回し蹴りだった。
苦痛の声をあげて吹き飛ぶ鏡冶を、神也はあざ笑うと再び鏡冶を睨みつける
にらみ合う両者。友達との喧嘩では終わらせてくれないようだ。
「鏡冶、お前は余計な事を言わずにさっさと命令を実行すればいいんだよ。
真由と言う少女を殺すだけだ。なあ、いいだろ? 親友が頼んでいるんだ、さっさと殺して帰ろうぜ?」
「――んな」
「あ?」
「ふざけんなッッ! 何だよ殺すって!?
真由ちゃんが何したって言うんだよ!! お前、冗談でもそんな事言わないヤツだったじゃねーかッ!!」
鏡冶の言葉に神也は舌打ちで返す、鏡冶はそれから神也に必死で呼びかけた。
元に戻ってくれる事だけを祈って、しかし変わりに何度も殴られ、蹴りとばされてしまう。
「ガッ! ふぅっ……ッッ!」
「ハッ、無様だな鏡治ィ!!」『STAND BY』
「……うぅぅッッ!!」
電子音が聞えて鏡冶は後ろへ跳ぶ。やはり、こうするしかないのか?
「命令に背いた裏切り者は……死ね。変身」『HENSHIN』
いつの間にか現れたサソードゼクターを、神也はサソードヤイバーへ装填する。
変わっていく肉体。マスクドフォームに変わったサソードは、何の躊躇いも無く触手を伸ばして鏡冶に狙いを定める!
「くッ――ッ!!」
『鏡冶!』
しかしその触手をガタックゼクターは突進で吹き飛ばす。
一瞬バラバラになる触手、しかしすぐにまた鏡治に向きを変えるのだろう。もう迷っている暇はない!
『アイツは操られてる! それを忘れんなッ!』
「あ…ああ…ッッ! 行くぞ! ガタックゼクター!」
鏡冶はベルトを出現させガタックゼクターを装填する。
「うぉおおおおお!! 変身ッッ!!」『HENSHIN』
鏡冶の体がガタック・マスクドフォームへと変化する。
サソードはまたも舌打ちをすると、ヤイバーを構えて走り出した。
「少し痛いけど我慢してくれよッ! 神也!」
ガタックはバルカンの照準をサソードに合わせる。なんとか気絶させる事ができれば――
しかし、その時だった。サソードが両手を広げて地面に膝を着いたのは!
いきなりの行動にガタックは動きを止めてしまう。
今まで敵意をむき出しにしていたサソード。しかし次に顔を上げた彼は、先ほどとはまるで別人の様に戦う事を拒否しはじめた。
「鏡冶ッ! 撃たないでくれ! 今、僕にダメージが入れば脳が破壊されてしまうんだ!!」
「し、神也!? 意識が戻ったのか!」
急に人が変わったサソードに、淡い希望を抱くガタック。
「あ…ッ、ああ! 一時的だが…何とかねぇ…!」
ガタックは急いでサソードの元へと駆け寄る、大丈夫かと何度も呼びかけるがサソードは苦しそうに呻く。
なんとかして助けなければ、ガタックは必死にサソードに話しかけるが――
「きょ、鏡冶ィィッ!! うわぁぁぁあああああ!!」
苦しそうにうめき声をあげる親友に、思わずガタックも取り乱してしまう。
心配そうに見守る真由、オロオロと動き回っているところを見ると彼女もパニックに陥っているのかもしれない。
広い公園だ。病院も近くには無い。どうすればいいのか――
「鏡治ィィィ!!」
「ど、どうしたんだ!? 苦しいのか?」
ガタックはサソードの肩に手を当てる……
「お前は本当に甘いよ、馬鹿が」
「え――ッッ」
沈黙。二人は何も言わず、動かず、その場に佇む。
しかし、サソードの笑い声が沈黙を切り裂いた。同時に地面へと倒れるガタック
「ククッ! ハハハハハハ! 甘いんだよお前は」
「あッ――カァッ……!」
サソードの頭部についている、サソリの尾を模した角から緑色の液体が滴り落ちる。
見るからに毒々しいその色は、その文字通り猛毒なのだ。サソードの不意打ちによってガタックの体に毒が注入される。
「こんな簡単な演技に引っ掛かるなんて、それでもインセクト最強なのかい? クハハハ!!」
「と…友…達……は、信じる……モン…だろうがァァア!!」
「ハッ、下らない」『Cast Off』『Change・Scorpion』
サソードは装甲を開放してガタックへぶつけていく。
声にならない悲鳴を上げるガタックをもう一度あざけ笑うと、思い切り蹴り飛ばす。
「グアアアアアアアッッ!!」
「安心しろよ、せめて苦しまずに殺してやるからさぁ」『Rider Slash』
「……!!」
剣を構えサソードはガタックに近づいていく。
「やめてぇ…!!」
「!」
「あん?」
しかし突然物陰から真由が飛び出してきて、ガタックをかばうように立つ。
少しの沈黙の後、またサソードは笑い出した。こんな非力な少女に何ができるのか?
哀れで愚かな行為に嘲笑を、そしてこんな無力な少女に守られるガタックに失笑を投げかける。
「安心しなよお嬢ちゃん、二人まとめて真っ二つにしてあげるからさ。せいぜいそれまで泣いて泣いて……惨めに死ねよ」
そう言ってまた、サソードは笑う。
だが、その言葉がまさにトリガーだった。
「ウォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「何ッ!? 馬鹿な!!」
ガタックは瞬時に立ち上がり、サソードに思い切り力を込めたタックルを決める。
驚きながら吹き飛ぶサソード、その視線には猛烈な覇気を纏っているガタックが見えた。
「な、何故!? 毒が回って立つことすら難しいはずなのにッ!?」
「ハァッ…! ハァッッ! 神也ァ! お前……ッ!」
「くっ!」
完全に立ち上がり、ガタックはサソードに向き合う。
言われなければ、毒がまわっているなんて嘘の様に思えるだろう。
「お前は…ッ! 女の子には無駄に優しかったな…ッッ!!」
絶対に女の子に向かって死ねなんて言わないヤツだった。
でも今のお前は何だ? ガタックは一歩足を踏み出す。全身に焼ける様な痛みが走り思わず叫びそうになるが、歯を食いしばって耐える!
「それがお前の限界か? 違うよなッ! ああそうだ、俺だってそうだった。お前は俺より凄いヤツだ! 絶対に自我を取り戻せる!! そうだろっ!?」
「ッ!! 訳の…分からん……事をぉぉッッ!」
サソードは剣を振り回しながら立ち上がる。
だが、ガタックは剣を拳で受け止めると素早くゼクターの角部分を弾いた!
「キャスト…オフッッ!!」『Cast Off』
「グッ!!」
装甲が弾け、その衝撃でサソードの剣を弾き飛ばした。
剣がサソードの手から離れてしまったおかげで、必殺技が中断される。
だが彼ははすぐにクロックアップを発動させて剣を拾いに走った。
『Change・StagBeetle』
「クロック……アップッ!」『Clock Up』
ガタックはふらつきながらも、クロックアップでサソードと同じフィールドへと立つ。
剣を持ち直し構えるサソードにカリバーを一つ投げつける!
「チッ!」
サソードはそれを弾くと、眼前に迫っていた拳を片手で受け止める。
毒で弱っている筈なのにその拳はとても大きく感じた。
「神也ぁッ! どうしたよ? 俺の拳、弾いてみろよッ!」
「ッッ!!」
手に力を込めるがガタックの拳はビクともしない。
何故だ! サソードに怒りの感情が芽生える。こんな弱々しいガタックに何故勝てない?
動かない拳、それは少し時間を掛けても同じだった。
「くぅッッ――!」
「ウォオオオオオオォオオッ!」
「ッッ死にぞこないがぁッ!」
ついにサソードは真正面から受け止める事をあきらめ、足を払う事を決断する。
剣で足を突けばいいだけの話、サソードは狙いを定める!
「逃げてんじゃねぇぞ!! 神也アァァァアア!!」
「何ぃ!?」
しかし、ガタックはそれを許さない!
声を出すだけで意識が飛びそうになるが、意地でも倒れるわけにはいかない。
歯を食いしばって、目の前にいる親友だけを視界にとらえる。
「神也ァ! お前は逃げない男だった、まっすぐなヤツだった! 思い出せよ! それで俺をぶちのめせッ! 何、諦めてんだ!? 何妥協してんだよオイッッ!」
何なんだコイツは、サソードの心の中に得体の知れない恐怖感が生まれる。
だが、同時に何かが込み上げてくるのを感じた。これは危険だ! サソードはガタックとの距離を空ける事を決意する。
「逃げんなッッ!! 神也!」
「くッッ! なんだこれはっ!」
逃げるな。
その言葉が異常に引っかかる、逃げてはいけない。そんな想いが自分の中を駆け回る!
「何で俺の拳が弾けないか分かるか? それはな、今のお前がお前じゃないからだよ。ああそうさ、本当のお前ならこんなのすぐに弾けただろうが! 忘れちまったのかよッッ!!」
「う、うぜぇんだよぉおおおおッ!!」
動けない、どんどん何かが込み上げてくる。マズイ、このままでは――ッ!
「お前は、誰だッ!」
「ッッ!! 何ぃィ…?」
「お前は誰だって聞いてんだよぉぉぉぉオオオオッッ!!」
ガタックはサソードを投げ飛ばす!
だがここで限界がきたのだろう、ガタックは糸の切れた人形のように地面へと倒れそのまま変身が解除されてしまった。
「あぐぅぁ…があぁあ……ッッ!!」
「鏡冶君!!」
苦しそうに呻く鏡冶。
真由は必死に鏡冶に呼びかけるが、鏡冶の体に回る毒は強力。
このままでは死んでしまうだろう。
『クッ! おそらくサソードゼクターの中に解毒剤があるはずなんだが…!』
「!」
それを聞いた真由はサソードに向かって頭を下げた。
止めようとするガタックゼクターを振り切ると、真由はより深く頭を下げる。
「お願いです…鏡冶君を助けて……ください!」
「ッッ!!」
サソードはフラフラと頭を抱えてうずくまる、僕は誰だ?
「神也くんは鏡冶くんのお友達なんでしょ…? お願いします…! どうかお友達を助けてください……!」
「うぐぅぁあああ……ッッ」
真由の透き通った声が神也の頭に響き渡る。
鏡冶は顔を真っ青にしながらも、もう一度呟いた。お前は、誰だと。
「ぐうぅううう!!! 僕はッ……」
「…あなたは…だぁれ?」
神也の目が見開かれる。
そしてフラッシュバックのように今までの記憶が蘇ってきた。
目の前で苦しんでいる男は誰だ……?
ああ、そうだ。友じゃないかッ!
「僕は…僕はッ! 神也、御剣神也!」
「え……?」
「ふっかぁぁぁぁぁあああああああつッッ!」
「わ!!」
サソードは勢いよく立ち上がると、そのまま変身を解除する。
そして直ぐに鏡冶のところへ駆け寄ると、その肩を揺すりだした。
「クッ、鏡冶……真由さん。すまない、僕は何て事を……サソードゼクター!」
『ミーの尻尾に解毒剤があるでございます!』
ピョンピョンと跳ねてくるのはサソードゼクター。
彼もまた妨害電波を流していたゼクターであり、そのおかげで鏡冶と真由の説得が神也の自我を取り戻すきっかけになったのだった。
「鏡冶くん…ッッ!」
今度は自分が助ける番だ、真由は祈るように鏡冶を見詰めるのだった。
「ゲホッ!がはっぁ!」
「鏡冶……君っ!」
『「鏡冶!」』
『鏡冶さーん!』
鏡冶が目を覚ますと、自分を囲んでいる真由達の顔が見えた。
彼が意識を取り戻したのを知ると、真由は安心したように微笑む。
「……よかった」
安心したのか、真由の瞳から涙がこぼれる。そしてその場にへなへなと座り込んでしまった。
鏡冶は自分の状況を悟ると、真由に向かって微笑み涙を拭いてあげたのだった。
そして目の前にいる親友と目を合わせると、互いにニヤリと笑う。
もう一度鏡冶は拳を突き出してみる。すると、それを神也はしっかりと受け止めて弾くのだった。
よく分からない友情表現に真由はクスリと笑い、また笑顔に戻る。
「お互い大変だったね。鏡治」
「ああ、そうだな。神也」
二人は苦笑すると、真面目な顔になる。
これで終わりじゃない。ここからが本番なのだろうから。
『お前、他に妨害電波を流しているゼクターを知ってるか?』
『ミーが知る限りではドレイクゼクターさんしかいませんですね、後の皆さんは運命に身をゆだねたそうです』
ガタックゼクターはため息をつく。
想像以上に少ないな、ドレイク以外は実力行使しかないのかもしれない。
ホッパーブラザーズとザビーゼクターは創英派と言う訳か。
意見が割れる、これもまた人間らしい事だ。そんな事を考えながらガタックゼクターはこれからの事を考えていた。
"考える"と言う行為もまた、そうなんだろう。もう自分はただの虫ではない、不思議な気分だ。
『友達同士が戦う世界なんていけないんですね! ミーは創英さんのお考えにはもうついていけませんです!』
「こっちもいい迷惑だよ。鏡冶、とりあえずココを離れたほうがいい。僕、結構お金持ってるから貸すよ」
「ああ、ありがとう! 助かるぜ神也!」
神也は街にあるセンサーを破壊してくれると言った。
とり合えずは別行動だ、まだ創英は神也が裏切った事を知らない。盗聴機が壊れたのは戦闘で……とでもいい訳できるだろう。
尤も創英はそんなに馬鹿じゃない、気づかれるのも時間の問題なのかもしれないが。
そして、それはゼクトルーパー達も……という事。
だからとにかく一緒に行動するのはマズイ、かくまってくれる場所とインセクトの情報を渡すと神也は鏡冶達から離れる事を決める。
「死ぬなよ、鏡冶」『お気をつけてー』
「当たり前だ!」「じゃあね…」
二人はもう一度拳を合わせると、笑顔で別れたのだった。
『これからどうするんだ?』
「神也がセンサーを破壊してくれるまではホテルで隠れる、できれば他のインセクトの洗脳も解除したいな。ああそうさ、してやるぜッ!」
鏡冶は真由の手を引いて公園から離れる。
もうこの場所がばれている以上、長居は危険だ。神也に教えてもらったホテルまで走る事にした。
しばらく街の中を隠れながら進んでいき、ホテルへ無事にたどり着く事ができた。
途中何度も徘徊しているゼクトルーパーに見つかりそうになったが、なんとか回避してここまでやってくる。
ホテルはそれなりに大きく、神也の話をだすとそれなりに大きな部屋を貸してくれた。
「アイツ、金持ちだからなぁ……」
「すごーい! すごーい!」
聞いた話では、神也を泊める事がホテルにとって大きなステータスになるらしい。
その友達ともなれば、断るわけにはいかないと言うわけか……
しばらく神也も洗脳されて家に帰っていないようだから、きっと両親も心配しているだろう。
「でも、神也くんはすぐに目覚めてくれてよかったね……」
『いや、そう言う訳でもないかもしれないぞ。真由』
「?」
ガタックゼクターは真由の肩に着地する。
神也は簡単に洗脳が解けた様にも思えるが、妨害電波があり親友が相手と言うなによりの事もあった。
『友達と争うのはとても辛い事……だよな?』
「うん……そうだね」
エレベーターが目的の階についた様だ。
鏡治達は案内の通りに進む。
「きゃははは!」
部屋についた途端、真由は楽しそうにベッドをトランポリンにして遊んでいた。
誰でも一度はやった事があるんじゃないだろうか?
「鏡冶君もやってみなよ…ッ!」
「え?」
いくらまだ場所が割れてないとはいえ安心しきるのは危険だ、ガタックゼクターは少し外を見回る。
とりあえず異常は無いようなので部屋へと戻る事にした。
『このホテルの周りにはゼクトルーパー達はいなかった――……ぞ』
「楽しーッ! うおおおおお!!」
「きゃはははは!!」
ぼよよーん! ぼよよーんッ!
『……おい』
「え?」
固まる鏡冶、夢から覚めたように彼は冷静になるとゆっくりベッドから降りた。
尚も楽しそうに跳ねている真由を達観したように見詰めると、ソファに腰掛ける。
「……」
ふと、鏡冶は冷静に考えてみる。
いくら中身が少し幼いとは言え一応同年代の男と女が同じ部屋に泊まるのは……これ、いかがなモノだろうか?
真由の家族もそんな事許さないだろう、鏡冶は冷静に頷くと部屋を出て行こうと決める。
「……? どうした…の?」
「真由ちゃん、俺外にいるよ。なんかあったら呼んでくれよ?」
「どうしてお外にいるの?」
言葉につまる鏡冶、素直に言ってしまおうか?
それがいいな、少し迷って鏡冶は今思った事を真由に告げる。
尤も真由がその意味を理解するかどうかは別としても、やはりあまりよろしくないとしっかり教えるべきだろう。
真由は暫く首をかしげながら鏡冶の話を聞いていたが、つまり鏡冶が部屋をでていくという結論だけ把握するととても寂しそうな顔をした。
涙を目に溜める真由、鏡冶の良心が揺らぐ……いや、おかしいだろ、逆だ逆! ここを出て行く方がいいんだ!
鏡冶は首を振ってドアノブに手をかける。しかし、それを真由が制した。
「!?」
「ねぇ、ボク…気にしないよ? だから…一緒に遊ぼう?」
「う…うぅん、でもなぁ……やっぱりご両親とかお兄さんの事考えると――」
「………」
真由は、うつむいて小さく呟いた。
その顔はとても寂しそうで、見ているだけで心がチクチクと。
「わかった……」
「あ、ありがとう真由ちゃん。俺、外にいるからさ。別にいなくなったりしないからな? だから何か用があるなら言ってくれよ」
「…うん」
そう言って鏡冶は外に出て行く。
真由はそれをまた寂しそうに見送ると、枕に顔を埋めて沈黙するのだった。
「………」
とは言ってみたものの、やはり気になるというのが現実である。
外の廊下にはソファがあり、鏡冶は暫くそこで座っていたが――
どうにも真由が心配になってきてしまう。先ほどまでは楽しそうにはしゃいでいた真由の声が、今は全く聞こえなかった。
鏡冶はつい扉に耳をあてて中の様子を確かめようとしてしまう。
「……なんか、静かだな」
『ストーカーは犯罪だぞ鏡冶』
「うっ!」
そりゃそうだ、鏡冶は目を閉じてソファに座った。だが落ちつかない!
真由ちゃんは大丈夫だろうか? もしかしたら何か困っているのかもしれない!
ああ、でも困ったら言えって言ってあるからな――
いやだがまて、もしかしたら助けを呼べない状況に陥っているのかもしれないッ!
うおおぉおおおおぉっっ!! それはいけない! 真由ちゃんを絶対に学校に送り届けると誓ったくせに、みすみす危険にさらすなんてッッ!!
どうする新意鏡冶、ここはさりげなさを装って様子を見てみるか? うんそうだな。それがいい
「ああ、そうだな。よ、良しッ」
『………』
「そんな目で見るな! こ、これは真由ちゃんが心配なだけだぞ!」
ガタックゼクターの冷たい視線を振り払い、鏡冶はドアをノックする。
「どうしたの!?」
中から現れたのは笑顔の真由、鏡冶はホッと息を吐く。
大丈夫そうだな、やはり心配のしすぎか。
「あぁ、いやぁ困ってなければいいんだ、じゃあまたな」
「………」
笑顔でドアを閉めようとする鏡冶、しかし真由の表情は一変して暗くしぼんでしまう。
「ぅ……」
「?」
真由は肩を落としてソファに戻っていった。
鏡冶は少し、どうしても気になってドアを少しだけ開けて観察してみる。
目に入ってくる光景。真由はソファに体育座りで座ると、寂しそうにテレビを見ていた。
「………」
『お前、本格的に危険だな』
鏡冶はガタックゼクターを軽く叩くと、意を決してドアを開く。
そしてそのまま一気に真由の所まで走っていき、勢いよく飛びついた!
驚く真由に鏡治はニヤリと黒い笑みを浮べ、手を伸ばす!
「元気がない子はこうだぜ! こちょこちょ!」
「!!」
鏡冶は真由の体をくすぐっていく、直ぐに笑い始める真由。
「ふにゃふにゃ!」
「ホレ! こちょこちょこちょ!」
「キャハハハハハ…もうッ…やめてぇ……!」
笑顔になった真由を見て鏡冶は手を離す。
そして笑顔で真由に話しかけた。広い部屋だ、一人じゃ確かに味気が無い。
「やっぱ、俺もこの部屋にいていいかな?」
「……!」
「何かして、遊ぼっか?」
「う…うん!」
真由は満面の笑みを浮かべると、首を大きく振るのだった。
『………』
「いやッ、あの……ゴミを見るような目はやめてください」
そんなこんなで、しばらく真由と遊んでいたら神也からゼクターを通して連絡がきた。内容は大きく分けて三つ。
一つ目は、創英のマインドコントロールを行う機械が予定より早く完成しそうという事。
もう一つはこの近くにドレイクがやってくるという事だった。
最後にセンサーはまだ残っていると鏡冶に伝える。
「……ドレイクか、妨害電波を流してくれているらしいから助けられるかもしれない」
確か、神也の話しではドレイクに選ばれた
自分はこう言う話には疎いが、神也の話によればそこそこな成功者らしい。
その夢を追っている途中に創英によってインセクトにされたと言う訳か、他人の夢を邪魔してまで創英は自らの野望を達成しようと言うのか。
しかしどうだろうか? 神也は知り合いだったからこそ自分の言葉に耳を傾けてくれたが、自分は風島和希とは何の面識もない。
果たして上手くいくのかどうか――
「!」
部屋においてあった雑誌を適当にめくってみると、
彼がデザインしたという服が載っていた、彼は洗脳されなければ今ももっといろんな服を生み出していただろうに
「…ッ」
「鏡冶くん…あのね」
「え?」
真由は少し不安そうに鏡冶の服をつまむ。
「ボクは…どうしてればいいの……?」
「え? 真由ちゃん……は、ここで待っててくれると――」
真由は小さく頷くが、表情は暗い。
その意味が、なんとなくだが鏡治には理解できた。
「…ボク――」
「真由ちゃん、外は危険だから…どうか分かってくれ」
「う、うん。ごめんね…」
きっとついていきたいのだろう、なんとなくそう思って声を掛ける。
真由も分かってくれた様なので良しとしよう、さすがにクロックアップを発動されてしまえば真由を守りきれる自信はない。
彼女だけは守りたい、鏡冶は心を鬼にして真由を部屋に残すのだった。
「あのっ、鏡冶くん…」
「ん?」
「その人はね……お洋服が好きなんだよね」
「え?」
鏡冶は手に持っていた雑誌を見て、真由が風島の事を言っているのだと理解する。
確かにそうなのだろう。きっと風島は服が、この仕事に誇りを持っているのだと悟る。
「じゃあ…あのね……ちょっとイジワルなんだけど…」
そう言って真由は思いついた作戦を言ってみる。
自分がされたらとても嫌なことだろう。
「そ、そうか!」
成る程、確かにこの作戦なら…!
「いけるかも! うおおおっ、真由ちゃん、ナイスだぜ! ああ、そうだ。最高だッ!!」
鏡冶が笑顔に変わるのを見ると、真由も満足そうに微笑んだ。
役に立てて嬉しい、真由も自分が守られるだけなんて嫌だったのだろう。
少しでも何か力になりたいと思っていたのかもしれない。鏡冶はその作戦を遂行するため、ガタックゼクターに通信を頼む。
「もしもし神也か? ちょっと悪いんだが用意してほしいモンが――」
「………」
「ガタック、見つけたぞ…変身」『HENSHIN』
ホテルの近くにある広場でガタックとドレイク、マスクドフォームの二人は対峙し合う。
互いに飛び道具を所持している為、どちらかがいつ発砲するのか。そしてその隙をつけるんかどうかが大切だろう。
しかしそれは唐突だった、ガタックが変身を解除したのだ。なんのつもりなのか? ドレイクは銃を構える。
「!」
マインドコントロールを受けているにも関わらず、ドレイクの手が止まった。
変身を解除して現れたのは鏡冶、何もおかしい事はない。ドレイクは簡単に鏡治を射殺できただろう。
しかし問題はその鏡冶の服装だった、見覚えがあるなんてものではない。それは自分がデザインした――!
「風島さん! この洋服、見覚えありますよねッ!」
「………」
そう、風島和希デザインの洋服。自分が情熱を、想いを注いだ作品が目の前にある。
ドレイクの心が激しく揺れた、銃を構える手が震える。そうだ、今無防備な鏡冶を撃てば任務を完了できるだろう。
だがそれは自分の洋服を撃つ、血に染めるという事でもある。
誇りなのだ、自分の証明でもあった。
努力、希望、夢、挫折、喜び、悲しみ、誇り、なにより魂がある。
アレを、撃つ? それは今までの自分を否定する事ではないのか?
気がつけばドレイクは銃を地面へと落としていた。
いつからだろう? 何か、大切な事を忘れていたのは。
「風島さん、いや……! 貴方は、誰ですか?」
「あ……」
ドレイクは変身を解き、その場に倒れ込む。俺は誰だ?
「貴方は人を傷つける銃を構える男ではなく、人に喜びを着せる男だ! そうでしょうッ! 風島和希さん!!」
「!」
風島の眼に光が灯った。
そして、彼はまっすぐに――凛とした瞳で立ち上がる。
「そう……だな。俺は銃を向ける仕事じゃなく、服を作る仕事してるんだよな」
『……目覚めましたか、風島さん』
彼の横を飛ぶのはドレイクゼクター、彼もまた妨害電波を流していたゼクターだ。
つまりはもう戦う事もない、鏡冶は安心したようにその場に座り込んだ。
真由が立ててくれた作戦は成功だったようだ。
「はぁ……っしゃああああああ! やったぜ真由ちゃんッ!」
鏡冶はその場に倒れると、拳を空へと突き上げたのだった。
『ミーはいっその事、皆でブレインタワーに乗り込んだほうがいいと思うのです』
『いや、少し前に僕達とは違うインセクト達がやってきましたが電磁バリアの前に撤退した模様です。はやりブレインタワーは防御が堅い、僕達だけでは無理でしょう』
違うインセクト? ガタックゼクターはそのことをドレイクゼクターに問いかける。
どうやらやってきたのはディケイド達の様だ、真由が捕まっていると思っているのだろう。
一刻も早く真由を学校に届けなければ。
それと、もう一人インセクトが来たらしいが、その情報は全くと言っていい程無かった。
どうやらそのインセクト、つまりライダーもブレインタワーの前に屈したのだが。
『どちらかと言うと鏡冶の叔母に協力するべきだな、創英は確かマインドコントロールの機械をもうすぐ完成させるんだろう?』
ガタックゼクターの言葉にドレイクゼクターは頷く、部屋に緊張が走る。
『大規模洗脳装置、通称"赤い靴"、童話の通り足首を切られない限り自分の意思とは裏腹に動いてしまう。つまり創英さんの言いなりになるように洗脳されてしまうのですよ』
ホテルでは洗脳を解除された契約者とそのゼクター、真由が話し合っていた。
神也も収集命令を何度も無視している、そろそろ裏切った事がばれた頃だろう。神也は発信機を完全に破壊するとホテルに身を潜めた。
「俺ももう壊してしまったからな、創英は気づいただろう」
「でも、もう三人も裏切ったと知れば創英さんも焦るんじゃねぇかな?」
鏡冶の言葉にドレイクゼクター同意する。
赤い靴が発動しようがまだ創英にはリコンファームや自分達、そして何より真由達の仲間がいる。
今、創英は非常に焦っているだろう。まして赤い靴を破壊するという直接的な手段もある。
『ですが、それは反対に手段を選ばなくなると言う事でもあります。もう創英さんは全力で邪魔な僕達を消そうとするでしょうね』
『それで、ホッパーブラザーズも動いてくれればいいんだが……』
三人と三体はため息をつく。
街の人間にカプセルから降りろと言っても聞かないだろうな、そればかりか何とかする機械を作れといわれるに決まっている。
「実は、もう僕は言ってみたよ。鏡冶の言う通りだったけどね結果は……ちょっと僕も創英の気持ちが分かったモンさ」
「でも、それで創英さんのやろうとしてる事を認めちゃならねぇ! うおぉおおおおお! 絶対認めねぇからなッ!!」
三人は頷く、なんとかして創英のやろうとしている事を止めなければ……
やはり赤い靴の破壊が一番か、リコンファームを使わなくとも元を断てばいい話だ。
「それに、まずはとにかく真由ちゃんを学校に帰してやりたい。きっと皆だって心配してるだろうしな……特に、お兄ちゃんとか」
鏡冶は真由に微笑みかける。
真由もそれを見てニッコリと笑った。
「よし、じゃあまずは真由ちゃんを学校へ送ろう。センサーはまだ残ってるかもしれないけど、一気にクロックアップで駆け抜ければ大丈夫だと思う」
だが、ここで一つ問題が浮かぶ。
真由は学校の場所を覚えていないのだ、それではどこに連れて行けばいいのかすら分からない。
『このホテルからは見えないのですか?』
「ん……どだろ…?」
その提案に乗ってみる。
最上階に行き、窓から学校が見えないかどうかやってみる。
「あ!」
しばらくは悪戦苦闘していたが、ついに見つけることができた。
尤も、真由以外はその学校を確認する事ができなかった。感じられない、存在さえしない様に鏡治達には見えただろう。
だがそこに存在しているのだ、不思議な話である。ともあれ目的は決まった、それぞれは頷き立ち上がる。
しかし、外を見てみればもう大分暗くなってきた。
闇に隠れて動けるのは利点ではあるが、逆にゼクトルーパーはかなりの擬態力を持ってしまう。
視界が制限されてしまうのは厳しい。一旦今日は休んで明日、決行しようと言う事になった。
「俺はBARにでも行ってくるかな、お子様はさっさと寝ろよ」
『では、おやすみなさい』
そう言って風島とドレイクゼクターは部屋を出て行く。
「ひゅー! 大人だねぇ! なあ神――」
「ZZZZZZZZ……ウゴッ………」
『もうミーは食べられないでごんすぅ…ZZZZ』
「………」
『なんでもう寝てんだよ! 数秒前まで起きてたじゃねぇか! なんで機械のアイツまで寝てんだよッ! なんで床で寝てんだよぉぉッッ!! おかしいだろぉぉがぁぁッ!』
ガタックゼクターの叫びを無視して、鏡冶は苦笑しながら神也をベッドまで運ぶのだった。
昔から自由なヤツだった、そこらへんは成長した今でも変わっていない。
「………」
そんな中バルコニーでは真由が空を見上げていた。
相変わらず月も星も見えない空、真由はその空をじっと、ひたすらに見つめていた。
「どうしたんだ真由ちゃん。さあ、中に入ろうぜ?」
「……ん」
しかし、真由はその言葉には従わずバルコニーに備えられたベンチに腰掛けた。
鏡冶は少し戸惑ったものの、頷き真由の隣に腰掛ける。
「ねぇ…鏡冶君。ボク…心配されてるのかな」
「え?」
「ボクね、ママがいないの……小さい時に死んじゃったんだって」
「あ……」
「それでね…パパにも…愛してもらえなかったんだ……」
真由は寂しそうに小さく呟いた。
彼女の胸にあった悲しみ、それを鏡治に打ち明けると言うことは何よりもの信頼の証。
鏡治はそれを感じて嬉しくもあったが同時に胸が苦しくなる、もう少しで目の前の彼女を殺めてしまうところだったのだ。
その重さが改めて鏡治の心を打つ、重大さを認識させる。
「パパに言われたの…お前は………」
真由はそこから先の言葉をいえなかった。
代わりに眼からは大粒の涙が溢れ、地面に落ちる。
唇をわなわなと振るわせる彼女はとても弱々しく、儚く、寂しげだった。ほんの一瞬眼を離したら…消えてしまいそうな。
弱い炎のような少女、鏡冶はその炎を消したくないと、切に思う。
彼女は父に何を言われたのだろうか?
きっとそれは悲しい事、辛い思い出なんだろう。
「真由ちゃん! 君が何を思っているのか、俺には分からない。俺と君は出会ってまだ二日くらいの関係だからさ。でも、真由ちゃん……君のお兄さんや、お友達は違うよな」
「え……」
「お兄さんや友達は真由ちゃんと、たくさんの時間を過ごしてきた。俺は分かる、いや誓ってもいい」
「誓う……」
「ああそうさ。君のお父さんがどうなのかは分からない、もしかしたら君に酷い事を言ってしまったのかもしれない。でも、君のお兄さんやお友達は本当に君の事を大切に思っている。絶対に!」
でなければあんな顔はしない、自分が彼らと戦った時の記憶がよみがえる。
震える足、ああ自分は本当になんて事をしてしまったんだ。何をすれば償えるのか、どうすればいいのか
洗脳されていたんだから仕方ないと思う心もある。だけどもし、もし仮に誰かの命を奪っていたら――
自分は、どうしていたんだろう。
「……本当?」
「ああ! 約束するぜぇ! だって、お兄ちゃんは家族じゃないか!」
そう言って鏡冶は真由の頭を撫でる。
真由は静かに微笑むと、目を閉じて鏡冶にもたれかかった。
目が半開きになって時々力が抜けてる所を見るに、もう眠いんだろう。
「あぁ、そう言えば神也の時、ありがとうな」
「え…?」
「真由ちゃんが協力してくれたからアイツの自我を取り戻すことができたんだ。ああ、そうさ真由ちゃんのおかげだ!」
「うん…ありがとう、鏡冶…くん……」
「ああ」
「………」
「あれ、寝ちゃったか…」
鏡冶は頷くと、真由をベッドに運ぶのだった。
絶対に彼女だけは守ってみせる、もう一度鏡治は強くそれを決意して心に刻み付ける。
ライダーは色んな電子音あるけどガタックの電子音はベスト3には入るくらい好き
次多分日曜日にでも