季節的にはぜんぜん違うじゃねぇかって話なんですけど、移転前のサイト様でちょうどの季節ネタで記載した話でございます。
本来はこの77話はディケイド組みとディエンド組みの拠点のお話なんですけど、このバレンタインの話に出てくる要素が、次の編で使われるシーンがあるので今ここに載せる事にしました。
じゃあ拠点紹介の話はどうするのか? ってのは後編のあとがきに。
ではどうぞ。
光と共に学校が新たな世界へと到達、Episode DECADEが別の世界へと侵食するのだ。
校門に立っているのはゼノンとフルーラ、彼らはココが休憩の世界だと言う事を説明していた。
「じゃあ次の世界までココでしばらく休憩してくれ」
「お疲れ様よーッ!」
話を聞きに来ていた司、翼が頷く。
どうやら今回の世界も自分達の世界と同じような物らしい、ビルや見慣れた店など同一の存在が多く見える。
敵もいない世界、ゆっくりできそうではあるが……
「うん分かったよ。お疲れ様ゼノン君、フルーラちゃん」
「そ、それにしても少し寒くないか先生?」
どうやらこの世界の現季節のせいなのかそれなりに寒いときた。
世界を移動する度に時間や時期の問題があるのは中々どうして不便な物だ。
そんな話をした時にふとゼノン達の表情が変わる。
「そう言えばこの世界は明日特別なイベントがあるのよ」
「?」
それは――
二人は手を握り合い、それを思い切り天へとかざす!
「「バレンタインデーッッ!!」」
「って、何だ?」
「何だよそんな事も知らないのか鏡治、いいか? バレンタインデーってのは有名な都市伝説でな、チョコレートの化け物が人を襲う事を言うんだ」
「な、なんだってーッッ!!」
「おい、堂々と嘘教えんなよ!」
教室。そこには鏡治、椿、ユウスケの三人の姿が見えた。
どうやらこの世界で明日にバレンタインデーがあるらしく女性陣が大盛り上がりってな物である。
しかたないので拓真や亘が買出しに出て行き、今はこのメンバーが暇していた。
そこで知るのは鏡治がバレンタインを知らなかったと言う事、どうやら世界共通のイベントでは無かった様だ。
当然と言えば当然なのだが――……
「バレンタインってのは簡単に言えば女の子が男の子にチョコをあげるイベントなんだ」
「へえー、そんな行事があるのか……知らなかったな」
じゃあ俺ももらえるのかな!
なんて笑顔の鏡治、そんな彼をゴミを見る様な表情で椿は見ていた。
何だか今日の彼からは凄まじい程の『負』を感じるのだが……
「そんな甘いイベントじゃないんだなコレが……」
「?」
「醜き差別、汚い陰謀、妙にソワソワする豚共、そして帰ってワンワン無く俺」
お、おれ……べつに甘いモン好きじゃねーし! ふ、ふん! なんてオーラを出して早十数年。
それがいけなかったのだろうか? などとブツブツ何かをつぶやく椿、しかし結論だけはハッキリと。
「鏡治、アレはイベントなんかじゃない! 血を流すだけの哀しい戦いなんだ!!」
「な、なんだってーッッ!!」
「だから嘘教えるなよ!!」
うるせええええええ! 椿は叫びながら椅子から立ち上がる。
どいつもコイツもチョコチョコチョコ! 知るかんなもんッ! そんなにチョコが好きならトッポでも喰ってろ!
あ、でもそう考えるとトッポって凄いよな、最後までチョコたっぷり――
「あああああああ! なんの話をしてんだよ俺はッッ!!」
「そ、そうとう荒れてるな椿……ど、どうしてなんだ?」
なにやら意味不明な事を叫びながらクルクル回りだした椿、かなりの重症なのは一目で分かった。
しかし何故? 鏡治はユウスケに耳打ちしてみる。その言葉にため息を漏らすユウスケ、恐らく理由は――
「鏡治、バレンタインは皆が皆チョコをもらえる訳じゃないんだ」
「え!? そ、そうなのか!!」
「バレンタインでチョコを上げるって事は、その男の子が好きですって意味もあるんだぜ」
もちろん義理や友チョコなんかも有名だ。
それでもやはり有名なのはバレンタインとは恋に纏わるイベントである事は間違いないだろう。
関わりが深い女友達やら恋人やらからもらうチョコ。少なくともどうでもいいと思っている人物にはあげない物だ。
「ああ、そうか! じゃあ椿は貰ったことが無いんだな!」
「ストレートに言うなあああああああああッ! 俺だって毎年貰ってますー! カズヨから毎年頂いてますぅ!」
「それお前の母ちゃんじゃ――」
「うるせーッッ! お前はどうせ薫から毎年もらってんだろッ!?」
そんな事はないと首を振るユウスケ、彼は意外にも薫からチョコをもらった事が一度も無かった。
なんでも面倒だとか姉のほうがうまいからと言う理由らしいが……
「へぇー、何かちょっと意外だったな。なんや、なら仲間にしてやってもええんやで?」
「まあ葵さんからは毎年貰ってたけどね」
壁を殴り始める椿、どうしてこうも差がでるものなのやら。
しかしとユウスケは言う、何だかんだ言っても椿だって貰えるアテはある訳で。
「なんか咲夜は毎年お前に用意だけはしてくれてたらしいじゃないか」
「う……ッ! ま、まあそんな話は聞いたけど」
「ああ、そうさ! じゃあ今年は貰えるじゃないか!! よかったな!」
沈黙してうつむく椿、そう言われてみれば今回はかなり可能性はあるんじゃないだろうか?
咲夜の話も聞いた今、彼女が隠す理由なんてどこにもない。
そうなればツンデレ咲夜さんと言えど一応は用意してくれるんではと。
「………」
咲夜と言うのが少し引っかかる気がしなくも無いがソレはソレ、コレはコレだ。
まして何も知らない人間から見れば咲夜は相当の美少女クラスには入ってくれるだろう(実際はゴリ……いや、なんでもない)。
そんな彼女からチョコをもらえるのは光栄な事か? いやいや、光栄な事にきまっている。不本意ではあるが――
「そうそう、今回は皆貰えるって!」
「ほ、ほーん。そう……か」
確かにその可能性は高い、と言うより既に女性陣は恐らく食堂に篭っている筈だ。
それはつまりチョコを作っていると言う事。皆で集まって皆で作る、誰に? それはつまりそう言う事だろうと。
「ああそうだぜ! やったな椿!」
「いや――ッ、いや別に欲しいなんてぇ俺ぇ一言もぉ言って無いけどねぇ? いやでもさ、それでもアイツがくれるって言うんなら……分かる? ほら断るのとか悪いじゃん? だからその時はまあ仕方なく? いや仕方なくよ! 仕方なくじゃあ貰ってあげようかなー……なんて思ったりなんかしちゃったり?」
『………』
わかりやすい、そう思いながらガタックゼクターは鏡治の肩に止まっていた。
見栄や恋愛感情、優越感に操作されるのも人間の面白い点であろう。そんな事を考えていると椿の携帯が音を立てる。
誰からか? 噂をすればなのか、それは咲夜からだった。きっとバレンタインの話に違いないと鏡治達は急かす。
「も、もしもしぃ?」
少しニヤけながら携帯をとる椿、すると向こうからは当然咲夜の声が。
『椿か? 明日のことなんだが――』
「お、おぅん。何かなぁ?」
『お前は甘いものが嫌いとか言ってたな、じゃあチョコいらないな』
「………へ?」
『という訳で明日は用意しない事にしたよ、それでいいよな? じゃあな』
プツリ――……
「――――」
今ここに最後の希望が潰える瞬間を我らは観測した。
椿は無言で頷くと腕を組んで壁にもたれかかる。複雑な表情をしている鏡治とユウスケを見て、彼はゆっくりと笑った。
今にも崩れそうな笑みを浮べて、彼は笑えたのだ。
「ハ…ハハハ! お、俺別にいらねーし!!
チョコ嫌いだから丁度いいと思ってたし!! あーよかったー! チョ……コなんて――……い、いらね――……し――ッ!」
やっぱりわかりやすいな、そう思いながらガタックゼクターはゆっくりと瞳を閉じる。
震える椿の声が哀しげに教室へ響くのだった。仕方ないね。
そして一時間後――
「へえ、じゃあ戦い続けるのか。道理で海東が嬉しそうだった訳だ、アイツも張り合うヤツがいないと面白くないだろうからな」
「ああ、お前らは?」
「僕達は自由にやってるさ。今も昔も、これからも」
涼しげな顔で彼はメガネを整える。
「しかしあいつ等もよくやるな、こんなイベント如きで」
図書室、そこにいたのはディス。
彼はこの世界で先ほど購入したアイドル雑誌を見ながら呟いていた。
どうやらイベントの事は知っているものの全く興味が無い様で、チョコなんてなんのそのと言った様子で雑誌をペラペラめくっている。
「そう言うものではありませんよディス、お嬢様もそれはそれは楽しそうでした。思わずこのバレンタインに嫉妬する程に」
「ぼ、ぼくも誰かからもらえるのかなぁ?」
向かいのソファに座っているのはタイガ、さらにその隣ではリラが緊張した面持ちで座っていた。
バレンタインと一口に言えど最近はチョコでも無い物をあげる人が増えてきた様だ。
例えばポッキーやクッキー、プリンなどなど。
「お嬢様達は集まって食堂にいる様でした。私の予想が正しければチョコを作っているのでしょう」
だからきっと貰えますよとリラに微笑む、それを聞いて彼は安心した様に笑みを浮べる。
彼らチームディエンドもまたこの世界にきていた為、今は司達の学校にやってきていた。
もちろん女性陣がマリン達を誘ったのが始りだ、きっと皆でチョコを作ろうという事にしたんだろう。
そしてそれはチームディエンド達だけではない。
同じく図書室、ディスたちがいる階層より一段降りたテーブルにはトランプをしている司達が。
その中には――
「君達にはもらえるアテがあるのかい?」
そう言って笑うのはゼノン。
一度メタ世界へ帰った彼だがフルーラもまた女性陣の集まりに参加する為再び学校へやってきていた。
彼の言葉に上にいたタイガ達が反応する。
「タイガくんはマリンちゃんからもらえるといいね」
「いえ……私は執事ですのでそんな勿体無い事は――」
「とかいいつつ、内心は期待してる……そうだろ?」
ディスの言葉にニヤリと笑みを浮べるタイガ。
その通りだ、マリンからもらいたくてウズウズしていると言ってもいい。
同時にマリンからもらえない可能性もあると言う事に発狂しそうだ。
「まあ僕達の中でバレンタインなんて一回あったか無かったかだったしな、今回もどうなるか」
「……ええ」
もしも万が一にでもマリンが他の男にチョコをあげようものならば嫉妬の念で間違いなく狂う。
ソイツを八つ裂きにしないと気がすまない程に。そんな思いを感じつつリラとディスは若干引いた様に笑みを浮べた。
無いとは思うがもしマリンからチョコをもらう事があれば間違いなくタイガに殺されるのだから。
「ソッチは確実そうだけど――?」
司はカードを自分に向けて広げている結弦博士に話しかける。
彼らは世界移動実験の最中にゼノンに拾われたらしい、せっかくのバレンタインと言う事だったのでどうかと誘われたのだ。
その誘いに助手がオーケーをして今彼らはこの学校にいると言う訳。
「特にどうでもいいけどな。しかし不思議なイベントだ、何故チョコなんだ? 金の方が嬉しいだろ」
ソッチの方が気になると博士は言う。
同時に彼からババを受け取る司、少し苦悶の表情を浮べた後に次のプレイヤーに手札を向ける。
少し引っ掛けでババを目立たせる様にして。
「さあ? 甘いからじゃないかなぁ? ハハハ――」
そう言ってクロークは目立っているカードを迷わず引く。
同時にニヤリと笑う司、クローク達も今回はゼノンに連れてこられたのだが――
「ハ……!」
「うーし! クロークさんお疲れ様ってな!」
しょんぼりと肩を落とすクローク、彼は司と同じ手を使ってゼノンへ手札を進める。
しかしゼノンは迷わず他のカードを選択、あ゛ッと声をあげるクロークをクスクスと笑いながらゼノンは見ていた。
結局そのままババは彼の元からは離れず終了である。
「甘いよウィザード、フフフ!」
「うぅ……べ、勉強しておくよ――ッ」
しかし今現在は図書室にいる男性陣だが、妙にソワソワしているものである。
やはり気にしない様にしていても明日の事が脳裏によぎる様だ。
フェザリーヌが言う様に自分達はそれぞれパートナーとしての役割をもった女性達とそれなりに仲良くはなっている。
ならばやはり貰えるのでは無いかと思うもの、しかし同時に貰えない可能性だってある。
女性陣は誰も男性陣に上げるなどとは一言も言っていない。実は友チョコを作っているだけの可能性もあるからだ。既に真っ白になっている椿がいる事を考えると充分ある可能性か?
「フフフ、何を焦っているのやら。醜いものだね」
「ハッ、そういうお前はもらった事あるのかよ?」
適当な雑誌を読んでいた海東、彼はもちろんだと言って胸を張ってみせた。
確かに海東のルックスを考えるともらっていそうな話ではある、誰からかは知らないが。
「僕も知らない」
「は?」
「奪うスナイパーとは僕の事だ。欲しいものは盗む、それだけだとも」
「―――」
え? どれだけだよ。
ってかコイツじゃあ他の人のチョコとってんのかよ……。ドヤ顔の海東を見て、司はスルスルと後ろに下がっていくのだった。
しかしチョコをもらえる事が本当に幸せなんだろうか? そんな事を考えている人達もまたこの図書室にはいた。
「そ、双護くん……」
「ああ、そうだな」
ソワソワしている司達を達観した目で見ていたのは双護と良太郎。
恐らく順当にいけば真由とハナから貰える事にはなると思う。鏡治も恐らく真由からだろうが――
「………」
「………」
思い出すのはユウスケが変身した後のお祝いパーティ、それだけじゃなく双方思い当たる節が多い様だった。
駄目だ、思い出すだけで変な汗が浮かんでくる。と言うか何故かもう腹痛がする様な気もする。
早いよ、フライング腹痛とか聞いた事ないって……
「で、でもほら! 今回は葵さんやデネブだって見てるし……ね」
「ああ……だといいんだけどな」
そう葵や友里がいればきっと、と言うか頼むから見ていてくれ!
双護と良太郎は祈る様なポーズをとりながら停止するのだった。
そして噂の食堂の調理場では――
「はいはいー真由ちゃん、わさびは要らないのよ」
「そう……なんだ」
「ハナちゃん! カレー粉は閉まって閉まって!!」
「嘘! わたし何か間違ってた!?」
葵が真由を、ハナを友里がそれぞれ制止させる。
キッチンには今現在全ての女性陣が集まってソレを作っていた。何を? 決まっている。
明日はバレンタインなんだからチョコを!
「むぅ、中々難しいですね……ッ」
「あまり難しく考えない事も大切ですよ、凝ったものでなくとも気持ちがあれば充分なんですから」
夏美にアドバイスをするのはシェリー、それぞれ料理が得意なメンバーがそうでない人達を見る状況だ。
デネブは男なので除外するとし全ての女性陣を料理が得意な順に並べてみると、まずトップレベルなのが葵、友里、シェリーだ。
今回はそれぞれ自由につくって見ようという事になったのだが取り合えず見本にしようとなったのがこの三人の作ったチョコだった。
ためしに三人が作ったチョコを美歩が食べてみたのだが――
「うっわ超うまいんですけど! 何コレ、普通に店レベルじゃん!」
ってなモンである。
そして次に普通より確実にうまいレベルの人物をあげるならば里奈、咲夜そして意外な二人だった。
「へぇ、結構うまいんだね。ちょっと意外かも」
「あら、愛する人のためにおいしい物を作ろうと思う事は当然だわ」
そう言って笑うのはフルーラ。
一度実力を見るために全員が小さなチョコを作ってみたのだが彼女のつくったチョコはかなりおいしかった、
料理をしている姿を全く想像できなかったが、実際はまあうまい物である。そしてもう一人――
「あ、おいしい」
「だろ! オレだって喰ってばっかじゃねーんだよ!!」
満足そうに笑う朱雀、暴食の彼女だが作る方もそれなりのレベルがあった。
食べられればなんでもいいと言う訳でなく、ある程度はグルメな一面も持ち合わせている様だ。
里奈はと言うと元々うまいものだった、キッチンの高さもゼノンが変更してくれたらしく、難なく料理できる空間となっている。
そして咲夜は調味料を間違えるクセがあるが、それを無くせば上位に入る技術あった事は事実。今回はチョコ作りなのだから調味料は関係ない。
「それにしても咲夜ちゃん、本当に椿くんにあげなくていいの?」
「あ、ああ! あげる理由もないからな」
そう言って咲夜はそっぽを向いてしまう。
ココにいるメンバーはオーズ組み以外ペアになった男性にあげようと言う事にしたのだが、咲夜だけは友チョコをつくると言ったのだ。
「椿くんにあげるのが……恥ずかしいの…?」
「うッ!!」
真由の純粋な一言が心に刺さる。
そうじゃないんだと言う咲夜、しかしやはり何か抵抗を感じるのも事実だった。
あげたくない訳じゃないが少し違和感を感じて結局あんな電話を――。
「うん、分かった。じゃあ咲夜ちゃんは取り合えず私たちに作る感じでいきましょう」
葵はそう言って手を叩く。そして最後に咲夜だけに聞こえる様に――
「でも、一つだけは特別なヤツを作っておいてね」
「!」
「渡さなくてもいいから。お願いね!」
その言葉に複雑な表情を浮べながらも頷く咲夜、葵はそれを見るとニッコリ笑って彼女の肩を撫でた。
そして次は普通組みである。メンバーはアキラと薫、マリンだ。
三人とも特に問題ない実力といったところだったが強いていうならば問題は最初だった。
「チョコ? 私は皆さんのを見ているだけで結構ですわ」
「タイガくんにはあげないの?」
「ええ、せっかくですからあげようとは思います。市販のヤツを」
それにタイガの方がくれると彼女は笑って見せた。
彼には普段からお世話になっている為、自分も一つチョコくらいとは思うが手作りは面倒だと彼女は言う。
成る程これが怠惰の血なのかと葵は頷く、しかしどうせならと彼女は動いた。
「確かに少し大変かもしれないけどやってみましょう? そうすればタイガくんも喜んでもっと楽させてくれるかもしれないわ」
「なるほど! それは盲点でしたわ。そうなれば少し苦労してみるのもいいですわね」
と言う訳でマリンもチョコ作りに参加と言う訳である。
一つ作ったのを食べてみたが特に問題ない味だったのでその点は大丈夫だろう。
薫もアキラも性格上からなのか特にアレンジをする事もなく元々のチョコと味は一緒だった。
そして次は少し微妙な組だ、メンバーは夏美と美歩である。
本能で料理をする二人はうまく行くときはうまくいくが、そうでない時はそうでない。
なので今回は他の人に分量などのアドバイスを貰いたいと言う事だった。
「意識すると難しいですよね」
「確かに、いっつも適当にやってたからなぁ」
しかし二人とも暮らしの都合上料理をしていない訳ではない。
だからか落ち着いて作れば少し凝ったものもつくれるといったところだった。
そして問題のカオス組み、ハナと真由、そして新たに名乗りを上げたのは優子助手である。
「はい、じゃあ今日も優子キッチンをやっていきましょう」
皆さんはチョコにどんなアクセントを加えますか? 香り付け? お酒とかバニラビーンズ?
「でも私はタバス――」
「タバスコは、いらないわよ」
「あう!」
とりあえずこの三人はやりたい放題である。
そもそもチョコと言う食べ物を何なのか理解していない、茶色ければなんでもいいと言う発想だ。
助手に至ってはそもそも甘いと言うチョコの特徴をガン無視ってな物である。
しかし教えれば素直に了解してくれるため、しっかりと見ておけば大丈夫ではないかと思われる。
最後に、未知数の女が一人――
「ごめん、見本が遅れちゃったわ」
「ん、できた? 巳麗さ……」
巳麗、彼女の作る見本だけは何かが違っていた。
皆が欠片程度の大きさのチョコを作る中で彼女が持ってきたのは浴槽である。
中にはドロリとした茶色の液体と、何故かバスタオルを体に巻いているだけの巳麗。
「じゃあ今つくるわね」
「………」
「何をだよ」
「残念ねー、お気に召さなかったかしらー」
「まずお前は服を着ろ、服を!」
どうやら彼女は自らをチョコフォンデュしてもらっておいしく頂いてほしかったようだ(性的な意味で)。
しかし残念、これそういうイベントじゃねぇから! ってなモンで彼女は朱雀に引きずられて食堂から消えて行きましたとさ。
その後しばらくすると服を着た巳麗が戻ってきて、一同は本格的に明日の為のチョコ作りを始めた。
それぞれが明日の為にいい物ができると信じて。
「かーっ! なんだよ咲夜ちゃまったら一つだけ特別そうなヤツつくってさぁ! それぇ、だ・れ・に・あ・げ・る・の?」
「こ、これは別に……じ、自分用にッ!」
「うそぉん! 美歩ちん知っているよ。それはぁ、つ――」
「のわああああああああああああああああああ!!」
キャンセルさせるように吼える咲夜と笑う美歩。
向こうでは里奈とアキラがチョコにつけるトッピングを決めている。
「不思議ですね、去年までは我夢君にあげた事なんてなかったけど……」
「あーあ、かわいそうだね我夢君は。毎年期待してたんだよ」
そういえば毎年この時期に真っ白になっている我夢をよく見ていた。
あれはそういう事だったのか、アキラは申し訳ないと思いつつも吹き出しそうになってしまう。
「そうなんですか? 里奈は亘君に?」
「う、うん――……一応少しだけは。でも我夢君にもあげてたしね」
つまり彼だけにあげるのは初めてであると里奈は恥ずかしげに笑う。
そしてそれは恐らく里奈だけではない、きっとココにいるほとんどのメンバーがまともに本命をあげてはいない筈だ。
いや本命とは少し違う様ななんというか……
「た、ただ固めるだけなのに案外難しいねお姉ちゃん」
「ふふ、落ち着いて」
薫に指導をする葵、彼女は笑って妹や他のメンバーに一番大切な事を伝える。
チョコを作る上で最も大事なのは何か、という言葉だった。味? 見た目? それとも掛けた値段? いやいやソレは違う。
「ベタだけど、気持ちだと思うわ。渡す相手の事を想う気持ちがね」
その言葉に頷く面々、これは自分が食べるチョコではない。
相手に食べてもらうチョコなんだから。
「気持ち……か。うん、そうだよね」
「友里ちゃん? どうしたんですか?」
夏美の隣にいた友里は自分のチョコを見つめてため息をついた。
聞いてみると彼女は自分がつくったチョコをぼんやりと見て呟く。
どうやら彼女は昔から拓真にチョコをあげていたらしい、当然の様にあげるチョコと当然の様に受け取る拓真。
それが駄目だと言う訳じゃないし、自分もそれでいいと分かってる。だけど心の中でいつまでもコレでいいのかと問いかける自分もいた。
「な、夏美ぃ……」
「?」
焦ったように笑う友里、彼女は数ある"型"の中で最も目立ったソレを取り出してみせる。
皆その存在にはいち早く気がついていたが『あえて』選ばなかった代物だ。
友里はこの型を使って、さらにホワイトチョコである文字を書きたいと言う。その文字は――
「ええええ!!」
「や、やっぱり駄目かなぁ?」
「駄目って事は無いと思いますけど――ッ!」
「うんそうだね……うん、うん分かってるんだけどさ」
赤面し困ったようにモジモジ落ち着きなく動く友里、夏美としても彼女の言いたい事が何となくだが分かった様だ。
だがそれは確かに迷う行動、迷わざるを得ない選択なのだ。
「ど、どうしよう……変に思われるかな」
「う、うーん! どうしましょう!?」
迷う友里、それを選びたいが選べないと言った表情で苦しそうに固まってしまう。
それを見た夏美は少し考えた後、ポンと手を叩いて彼女の肩を持つ。目を丸くする友里とニッコリと笑う夏美。
「じゃあ、一緒にそうしましょうか」
「!!」
「そうすれば変じゃないですよ」
驚いた表情の友里だったが、少し泣きそうな表情に変わったかと思うと強く頷いた。
「うん!! サンキュー夏美!」
「いえいえ、ただし渡す時は一緒です」
私も照れますからと同じく赤面する夏美、二人は手を取り合い頷くと明日に備えて早速行動に移るのだった。
こうしてそれぞれがそれぞれのチョコレートに想いを乗せる。中にはチョコを作る作業とは逸脱した行動をとっている者もチラホラと。
いやいや、きっと大丈夫だろう多分。
そしてついに翌日――
『バレンタインで盛り上がる街ですが、チョコを食べた男性が腹痛を訴えると言う件が多数報告されており――』
『えー、朝から報告されています集団腹痛の事件ですがいずれもチョコが原因ではないかと思われます。命に別状はないようですが皆さんくれぐれも気をつけて――』
『腹痛の件で新たな情報が分かりました、市販の物をあげたケースでも被害が報告されており――』
『上記の事件と関係があるかは不明ですが、本日チョコ専門店で有名な――が何者かに襲撃されると言う事件が――』
「おやおや、怖いね」
「チョコを食べてお腹が痛くなるなんて……」
ニュースを見ていた翼と拓真は頷きあう。
どうやら街の方ではバレンタインだと言うのにチョコ絡みでちょっとした事件が起こっている様だった。
なにやらバレンタインのチョコを食べた男性が次々に腹痛を訴えていると言うもの。
さらにチョコを売っている店まで襲撃されると言う始末、せっかくのイベントなのに残念な事だ。
『たった今緊急のニュースが入ってきました。複数のカップルが何もかにチョコを親子丼に摩り替えられるという奇妙な事件が報告されており――』
『チョコを渡していたカップルが何者かに襲われる事件がありました。男性はチョコを奪われ、代わりに親子丼を持たされており怪我は無い模様です』
「お、親子丼?」
同時に変な事件も起きている様だ、何故親子丼なのだろうか?
それに少し気になる点も一つ、それは朝にやってきたシャルルからの一言だった。
「すいません皆様、ゼノン達が世界転送を間違えた様で――」
どうやらこの世界は本来の休憩世界として用意された物ではなかったと。
つまりココは休憩の世界でも何でもない事になる、要するに敵さんと出会う確率もあると言う事だった。
「こ、この事件も何か関係があったりして……?」
「さあ、そこまでは」
拓真が言う事は分かるが、そうなると何のために敵がこんな事をしているのかと言う事にもなる。
病院に運ばれた人は腹痛こそあれど命に別状はない様なので世界を破壊する行為とも考えにくい。
「あはは……この世界の人達には申し訳ないけど、僕達は治療危惧もあるしね」
もし万が一自分達が腹痛になっても何とかなると翼は苦笑していた。
周りには落ち着きがなくなっている男性陣が見える、今更そんな事を気にする事もないと言わんばかりに。
例えばユウスケなんかは用も無くウロウロと教室を歩き回っている、普段の彼からは想像もつかない姿だ。
「ハハッ、落ち着けよユウスケ。きっと薫ちゃんからもらえるさ」
「あ、ああ……うん」
とまあこんな風にしているのはユウスケだけではない、少し目を反らしてみればいろいろと見えるではないか。
あ、真っ白になっている椿が見えちゃった……。
「フン――ッ! フン! フンッッ!!」
「双護さん……なんで腹筋してるんすか」
何故か腹筋を連続で行っている双護。
そしてそれを指摘する亘も目を瞑り両手を組んで祈る様なポーズをとっている。
なんだかんだ言って皆男であるがゆえにチョコが欲しいのだ。
「―――ぷク…ッ! ああいえ、すいません」
「おい、おい! おまっ! 何だよその勝ち誇った笑みはよ!!」
「ットゥフフwwwwwwイエイエwwwww」
「くっそぉおっぉおおぉおっぉおッッッ!!」
亘の視線の先には顔を反らしつつ笑みを浮べている我夢が。
正直翼と彼はもらえる事が確定していると言ってもいい、そんな高みにいる彼らからしてみれば亘達はある意味滑稽に見えるだろうて。
亘はギリギリと歯軋り交じりに我夢を睨む、嬉しそうにニヤニヤしやがってぇぇええ! うらやましいわッッ!!
「さあ、どうやら女性陣は準備ができた様だッッよッッ!!」
そう言って教室に入ってくるのはゼノン、彼の登場で一同に緊張が走る。
いよいよその時がやってきたのだ、男性陣は頷くと深刻な表情で戦地へと足を進めるのだった。
集まっている女性陣、一番広い場所と言う事で校庭が選ばれた。
少し寒くはあるが外の温度よりは快適な物にゼノン達が調整してくれていたのだ。
と言う訳でいよいよその時が始まる。それぞれ女性陣が一勢に男性陣の方へと向かっていった。
「ゼノーンっっ!!」
「ああ! フルーラ!!」
「「ひしっ!!」」
いきなり走り出したフルーラと両手を広げて回転していくゼノン。
二人は駆け寄ると皆が見ている前だというのに抱きしめあって頬ずりを始めた。
何故か生き別れた恋人の再会みたいな雰囲気に包まれている二人。
「ゼノン……会いたかったッ!!」
「ああボクもだよフルーラ! 君と一緒にいられない時間はまさに拷問だ!」
「まあ嬉しいわ!! ワタシ、ゼノンの為にチョコを作ったのよ!!」
そう言ってフルーラは綺麗に包装されたチョコをゼノンに渡す。
まあなんとなく予想はできていたがそれはもうド派手一直線なチョコだった、大きくてリボンもカラフルだ。
フルーラはゼノンに満足してもらえるように大きく作ったとの事、しかし肝心の彼は首を振る。
「これじゃあ満足できないよフルーラ」
「ええ! そうなの!? ああ、ごめんなさ――」
ゼノンはチョコの包装に使われていたリボンを素早く解くと、それを一瞬でフルーラに巻きつける。
呆気に取られている彼女の首で、ゼノンはリボンを結びきる。リボンとはプレゼントに、つまり献上するべきものに巻きつけるものだ。
リボンを巻かれた物は送り主の物となる、自由に何をしてもいいのだ。
「やっぱり、君も頂かないとね」
「!!」
目を輝かせるフルーラ、真っ赤になった後顔を抑えて彼女は叫ぶ。
「ワタシも頂かれちゃうのねーッッ!!」
さらに一言。
「あ、他の皆もこんな感じだから男性陣は期待してもいいかもしれないわね!」
そう言ってゼノンはフルーラを横抱きにして二人だけの世界を構築しだした。
それを口を開けたまま見ていたほかの女性陣。
(ハードルあげんなああああああああああああ!!)
ってな物である。さすがにあんな感じではないだろうに……
しかし黙っていても始まらない、それぞれは意を決して再び動き出す。
「ほ、ほらユウスケ!」
「く、くれるのか!」
「私はあげないわよッ!?」
「ししし知ってるよ!!」
薫はそこで咳払いを一つ。
初めて渡すがこんなに恥ずかしいものだとは思わなかった、どうしてもヘンに意識をしてしまうじゃないか。
「まあ溶かして固めただけだからね、期待されても困るけど……さ」
「いや、嬉しいよありがとう!」
笑うユウスケと照れくさそうに頬をかく薫、それを見て翼も笑みを浮べる。
そんな彼から少し離れた所では他の生徒にチョコを配る葵の姿が、彼女は男性陣全員にチョコを作ってくれていたらしい。
それぞれはお礼を言いながら彼女のチョコを受け取っていく。
「うおおおおん! 葵さんアンタはマジで天使やでぇえええっっ!」
「ふふふ、大切にたべてね?」
泣きすがる椿の頭を撫でた後、葵は最後のチョコを持って翼の元へとやってくる。
生徒達にあげたチョコは青色の包みだが翼に持ってきたのは赤色の包みだ、それだけで特別だと言う事が分かる。
「はい、いつもご苦労様」
「ハハハ、ありがとう葵さ……葵」
「フフ、合格!」
そんな二人から少し離れた所ではチームディエンドの姿が。
朱雀、マリン、巳麗は結局全員にチョコを用意する事にしたらしく、まずはマリンが前に出て海東、リラ、ディスにチョコを渡していく。
「いつもありがとうございます、これはほんのお礼ですわ」
「まあせっかくだから受け取っておくよ」
「悪いな……」
「あ、ありがとうマリンちゃん!」
なのだが――
(マリン、せめて値札は隠しておいてくれよ……)
100円のチョコを持ってディスとリラは複雑な表情を浮べている。
しかしこうなると気になるのは何故彼女はタイガに渡さなかったのかと言う事だ。
ディスは恐る恐るタイガの方へと視線を――あ、殺されそう。やばいくらいコッチ見てるよ……
それもそうか、100円のチョコだろうが彼にとってはマリンが他の男にチョコをあげたと言う事実が許せないのだから。
そんな中でマリンは明らかに包みが違う袋をタイガへと持っていった。その様子に表情を変えるタイガ、まさかという表情だ。
「タイガ」
「は、はい」
「いつもご苦労様です。これは私から、ほんのお礼ですわ」
「そんな! 勿体無い事です……ッ」
首を振るマリン、是非受け取って欲しいとタイガへ詰め寄る。
タイガはそんな彼女のお願いを無視する訳にもいかずお礼を言ってチョコを受け取った。
マリンはそれを確認すると満足そうに笑い――
「それだけは、私の手作りですの」
「!」
怠惰な彼女が苦労を!? タイガは泣きそうな表情になって頭を深く下げる。
その様子を同じく涙ぐんで見つめるリラと、複雑そうに見つめるディス。これで何とかタイガを敵に回す事は避けられた。
そんな事を考えていると目の前からチョコが飛んできたではないか! リラ以外は何とかキャッチに成功、同時にそれを投げたのが朱雀だと言う事も確認した。
「おー、オレからのバレンタインだ。味わって喰えよ!」
そう言って笑う朱雀、彼女のチョコはどうやら早く食べた方がいい物の様ですぐに食べてくれと言ってきた。
それならばと包装を解く男性陣、中から出てくるのは当然朱雀が作ったチョコなのだが――
「こ、これは本当にお前が作ったのか!?」
「あったりまえだぜ! 何言ってんだよオメェ!」
いやディスがそう言うのも無理は無い、現にディス以外のメンバーも全員そう思ったくらいだ。
ハッキリ言ってかなり綺麗に仕上がっている、朱雀のがさつなイメージとは似ても似つかない程にだ。
ディスと海東は早速そのチョコを一かじりしてみるのだが――
「―――!!」
驚くのはそれだけじゃなかった。
ディスは眼の色を変えながらつい口に出してしまう、それは紛れも無い彼の本音だ。
「う、うまい――ッ!」
「確かに……人は見かけにはよらないか」
ひねくれた部分が強いディスと海東ですら認めざるを得ないその実力。
朱雀の作ったチョコは他の店で売っているチョコとは比べ物にならないくらいおいしかった。
暴食の彼女は食べるだけでなく作るスキルも備えていた様だ、しかも見た目も重視しているときた。
「そうなんだ! じゃあぼくも――!」
「ありがとうございます朱雀、さっそく頂きま――」
それを見ていたリラとタイガも受け取ったチョコを口に入れようとしたまさにその時、確実に分かる異変が一つ。
その異変は紛れも無くチョコを製作した彼女から放たれる物。
グギュルルルルルルル………ッッ!!
「「………」」
「あー……あはははは!」
笑い始める朱雀と固まる男性陣、何かいやな予感がしてきたと。
「なんか腹減っちまったな!」
「そ、そうか」
「つーか……あれだな! お前の食ってるチョコ、うまそうだな!!」
「………」
は?
「あ――あ、これヤベェ! 本格的に腹減ってきた!!」
「お、おい――ッ!」
「うまそうだな、お前のチョコ――ッッ!!」
「ま、マジでお前何言ってんだ!? コレは僕がお前からもらった――」
「チョコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
朱雀は地面を蹴ってディスに掴みかかった! 倒れるディスに馬乗りになって朱雀は暴れだす。
するとどうだろう、先ほどまでディスの右手に持たれていたチョコが彼女の右手に移動。
そしてそのまま彼女の胃袋へと一直線に納まっていきましたとさ!
「うめぇ! やっぱオレって料理の才能もあるかもな!」
だけど――
「足りねぇなぁ……海東ぉ?」
「!?」
朱雀は獲物を見つけたタカの様に鋭い眼光を海東へ向ける。
引きつった笑みを浮べながら後退していく海東、この女他人にあげたチョコを奪おうとしているのだ。
ま る で 意 味 が 分 か ら な い!!
「待ちたまえ! 僕はもう君のチョコを全て食べてしまった!」
「はぁ!? 何で喰ってんだよ!!」
「何でって何で!? 貰ったからに決まってるだろう!!」
「許せねぇ……オレのチョコを――ッッ!!」
「お前のじゃな――」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!
それが海東大輝最後の言葉だった。
リラとタイガは何も言わず互いに膝を着き朱雀へとチョコを謙譲している。
まだ一口も食べていないのに、彼らのバレンタインチョコは差出人の胃袋へと消えていくのだった。
朱雀が他人の為に作ったチョコを朱雀が食べていると言う異様な光景、そんな彼女の影から現れたのは巳麗。
「やれやれだったわねぇ、まあ私はしっかりつくってきたから食べてよ」
フラフラと立ち上がるディス。海東は……駄目だ、立ち上がる気配がまるで無い。
と言う事で海東を除く男性陣が巳麗からのチョコを受け取る事になった。
巳麗もまた朱雀と同じくすぐに溶けてしまうチョコらしく、さらに時間がなかったらしく包装もしていない状況だった。
「悪いわね、さっさと食べて終わらせてよ」
「………」
チョコを見つめるディス、彼女にしては可愛らしい形のチョコではある。
人形の様な形で顔がニッコリと笑っていた、子供が見たらそれはさぞ喜びそうなデザインだ。
チョコを最初に口に入れたのはリラ、彼は先ほどのディスと同じような表情を浮べていた。
「おいしい! おいしいよ巳麗ちゃん!!」
「フフフ、ありがとうリラ。うれしいわ!」
ニッコリと笑う巳麗、綺麗な彼女が見せる可愛らしい表情に胸の鼓動が高鳴りそうだ。
どうやらチームディエンドの女性陣は中々こう見えて料理のスキルは高いらしい。
ディスはそんな事を考えつつ少しの笑みを浮べた、そして手に持っていたチョコを――
思い切り投げ捨てる。
「「「!!」」」
「ディスくんッ!?」
「お、おいおいディス! テメェ何やってんだ!!」
巳麗が
可愛らしい人形のチョコが哀しげに地面を転がる、もう砂がついてしまい食べようと思えなくなってしまった程。
それを見て動揺したように表情を曇らせる巳麗。当然だ、ディスの行動は彼女の気持ちを踏みにじった以外の何者でもない。
「なんで……?」
そう言ってへたり込んだ巳麗、その声は震えているではないか。
それを見てしまい朱雀は声を荒げてディスに掴みかかってしまう。
巳麗がどんな想いをチョコに乗せたのかは知らないが、苦労して作ったチョコを一口も食べず皆の前で捨てるなんて許せなかった。
「おい! 流石に酷すぎるぜお前ッ! 今すぐ巳麗に謝りやがれッッ!!」
「………」
しかしディスはゴミを見る様な目で巳麗と朱雀を見ている。
そんな彼の態度に歯を食いしばる朱雀、この一線は超えないヤツだと思っていたがソレは勘違いだったのか?
「いいの……朱雀、ありがとう。私は大丈夫だから――っ」
うつくむ巳麗、彼女の顔は隠れたが零れ落ちる雫が見えた。
つまり彼女は涙を堪えているのだろう、しかしそれでも零れ落ちてしまったと。
それはそうだ、女性にとってこれほどの屈辱があろうか?
「だけどな巳麗! これはあまりにもヒデェ!」
「そ、そうだよ! 酷いよディスくん!!」
「そうですわ! 最低ですわよディス!」
リラもディスが酷いと言う、マリンもまた同じだ。しかしディスは変わらぬ表情でゆっくりと首を振った。
そして彼は理由を説明せずにタイガへとジェスチャーを送る。
『食ってみろ』
「………」
タイガはその言葉に頷くとチョコをまず口でなく鼻の前に持っていく、そしてしばらくすると――
ディスと全く同じ行動をとった。
「「「!?」」」
呆れた様にため息をつくタイガ、そして一言。
「盛りましたね、巳麗」
「………」
「はあ!? 何言って――」
朱雀が口を開いたとき隣でドサリと音が聞こえた。
何だ!? 彼女は反射的に視線を隣へ移す。するとそこには何故か倒れたリラが!
「ハア……ッ! ハアハァ――……ッ!!」
「り、リラ!?」
リラは顔を真っ赤にし汗だくになっていた。
呼吸は荒く、表情は蒸気しとろけそうになっている。
それだけではなく何故か衣服が少し乱れており、汗に濡れた髪が妙に艶やかに映ってしまう。
「んッ! 朱雀ちゃ……ッ、ぼく体……ヘンっ!」
「え、ええ!?」
「何か……んぁッ! なんだか熱くて! せつない――ッ!」
「大丈夫か!?」
体を抑えながら悶えるリラ、中性的な容姿がますます危ない香りを滲み出させている。
思わず抱きかかえる朱雀もどうしようかと迷うくらいにだ、しかし何故彼はこんな状況になっているのだろう?
朱雀は先程のディスの行動、そしてタイガの言葉を思い出す。
『盛りましたね、巳麗』
「お、おい巳麗よぉ……お前、まさか――」
その時にまたポタリと落ちる雫、朱雀はそれが涙だと信じて疑わなかったがその正体は――
「涎じゃねぇかあああああああああああああ!!」
「テヘテヘ☆ バレちゃった!」
巳麗はケロリとした様子で顔を上げると満面の笑みを見せた。
彼女は欠片とて悲しんでなどいない、むしろ興奮した様子でリラに視線を移した。
汗に濡れ上気した頬を染めるリラ、何ておいしそう(性的な意味で)なんだろうと。
「リラぁ、体が凄く熱いでしょぉ?」
頷くリラ、先程から朱雀が別の場所を触れたり少しでも体を揺らすだけで切ない声を上げてくれている。
しかも目の前にいる朱雀がいつもの彼女とは違って目に映る様だ。
彼女の香り、肌の質感、女の子としての朱雀を異常に意識していまう。
「オーケーオーケー! はあはあ……ッ! じゃあちょっとお姉さんに身を任せてみ――」
「リラに寄るんじゃね変態女あああああああああああ!!」
朱雀はリラを抱いたまま巳麗を蹴り飛ばす。
転がる巳麗はその衝撃さえ興奮材料として受け入れている様だ。
この女まさに危険そのものである、さすがは色欲といったところか。
「テメェ! チョコに何混ぜやがった!!」
「何ってありったけの媚薬をちょっと混ぜただけじゃない」
「それはちょっとって言わねーんだよ!!」
巳麗はご丁寧に全員のチョコに同じ量の媚薬を混ぜていた。
これで弱った所を頂く(何度も言いますが性的な意味で)つもりだったのだろう。
恐ろしい事だ、結果はリラだけのヒットとなった訳だが。
「でも食べずに捨てるのは酷いんじゃない!? もし何も入ってなかったらどうしてたのよ!」
「入ってないわけ無いだろうが! お前の性格くらい知ってるわ!」
チョコを捨てた行為は酷いが、結果論としてディスの行動は間違っていないと言う事になる。
ちなみにタイガはマリンの毒見をしていたためチョコの中に発する異臭に気がついた様だ。
「心配して損したぜ! なんつー事をしやがるんだ!」
「とんでもない女ですわ……」
呆れたような目で巳麗を睨む朱雀とマリン、しかしやはり彼女に反省の色は欠片とて無い様。
「別にいいじゃない、チョコをあげると同時にホワイトデーのお返しを貰うってだけの話よ」
「お返しがエグイんだよお前の場合!」
「べっつに普通のポッキーよ、男がいつも持ってる――」
「結局下ネタじゃねぇかッ! いい加減にしろ!!」
しかし本当にヤバイのはそんな媚薬をくらったリラだ。
恋愛に対する興味が希薄だった彼でさえ、目の前の朱雀を見ているだけでクラクラする。
元々露出が多めの服に加えて距離が近い為に彼女の香りが鼻をくすぐる。
それに触れている腕や太もも、すぐ目の前に見える腰は何も纏っていない。
つまり直接彼女の肌をリラに与える様な物なのだ、今の状況でそれはかなりの影響力をもたらすだろう。
「す……ざく――ちゃん…ッ! ぼくもう――ッッ」
「ん! どうしたリ――」
「はいストップーッ!」
そこで割って入ってきたのはゼノンとフルーラ、そしてシャルルである。
彼らはニヤニヤと楽しそうに先程からの出来事を除いていたのだが、流石にココから先を許すと作品にR指定がついてしまうかもしれない。
いや、もう既に片足は突っ込んでるんだろうから大変だ!
「この作品は中高生が見る様な健全作品にしたいからね!」
「貴方達を放っておけば確実におしおきなのよーッ!」
「と、言う訳ですので――」
カット!!
「下らない茶番だな、僕は抜けさせてもらう」
そう言って学校を出て行くディス、隣では――
「ム゛ーッ! ム゛ーッッ!!」
「大丈夫でしたか、リラ様」
「は、はい……ありがとうございました」
縛られ転がっている巳麗と治療を完了させて元に戻ったリラ。
巳麗がとんでもない女だという事を再確認させられた時間は終了し、再びチョコを渡す時間が戻ってくる。
「真志ぃ!」
「お、くれるのか!」
頷く美歩、目を輝かせている彼女に真志も思わず笑いそうになってしまう。
開けてみて良いと言う事だったので取り合えず御礼を言った後に早速中身を見てみる事にした。
思えば彼女からバレンタインをもらった事はあれどいつも市販の小さな10円程度のチョコだったか。
それを思うと考え深いものがあるものだ。
「お! 成る程ねぇ、そうくるのか」
「ど、どうどう?」
中に入っていたのはチョコはチョコでもチョコケーキだ、彼女にしては凝った物だが?
「デネブとかシェリーさんに葵さん、友里に手伝ってもらったんだけどね」
「成る程な、でも嬉しいぜ。ありがとうな」
「う、うん! 超うまいから絶対食えよ!」
照れくさいのかそれだけ言って走り去る美歩、一直線に向かっていくのは目に留まったシェリーの所だった。
彼女は既にクロークにチョコを渡しているらしく、仲良く談笑中である。
「いつも悪いね、ありがとうシェリー」
「いえ、これもメイドの務めですので」
「え゛ッ! じゃあ僕が君の主人じゃないと頂けないのかなぁ!」
「そ、そういう意味でも無いですけど……あはは」
じゃあよかったと笑うクローク、同時に美歩がシェリーに飛びついてきた。
いろいろ講師が巡っていったチョコ作りだが、美歩の担当は主にシェリーがやってくれたのだ。
「シェリーさんマジサンクス! アイツも凄いって言ってくれたよ!」
「それは良かったです。お力になれて私も嬉しいな」
しかしそこでふと気になる事が。
シェリーはクロークのメイドであるが他のメイドを見た事が無い。
メイドなんてテレビアニメやメイド喫茶の特集でしかなじみの無い美歩だが、それでも一人だけなのはおかしいのではないかと。
「僕の家はメイドが彼女一人だけなんだ」
「うえッ! そうだったんすか!」
「もっと言えばお手伝いさんは彼女一人だけだよ」
もっと力があれば屋敷に来てくれるんだろうけどと彼は苦笑した。
どうやらそれほど大きな
「シェリーのお祖父さんが昔僕の屋敷で働いていてくれて」
「私もお祖父ちゃんの勧めでクローク様の所へ……ってところですね」
クロークが言うにはもしその伝手がなければ今現在メイドはいなかっただろうと笑ってみせる。
彼としてはもっとメイドや執事がいっぱいいればその分楽なんだろうけどと――
「でもそうなったらますますクローク様は横着を身に着けてしまいます!」
「あははは……厳しいメイドさんだよ、彼女は」
ガックリとうなだれるクローク、そうしている間にもチョコを渡すイベントは進んでいく。
ワクワクを隠せないと言った表情の亘、中等部組みは固まってチョコを渡す事にしたらしい。
「亘君……ちょっと恥ずかしいから目、瞑っててくれない?」
「う、うん!」
亘は嬉しいですと顔に書いたまま言われたとおりに目を瞑る。
そして数十秒後、里奈は少し恥ずかしげにいいよと亘に告げた。
正直待ちきれないといわんばかりの亘、すぐに目を開け――
「え?」
そこにあったのはチョコではない、亘だった。
「す、すすすす――ッ」
「ど、どうかな?」
「すげえええええええええええええええええええ!!」
一言で言うなればチョコでつくった彫刻。
亘と全く同じ、しいて言うならば色が違う亘が目の前にいた。
そのあまりの完成度に隣にいた我夢も口を開けて頷き続けている。
「び、美術部で一度彫刻つくった事があって……」
加え、巨大なチョコの塊をフルーラが用意してくれた。
そうなれば里奈のやる事はたった一つだ、チョコで亘を作り上げるという芸術を作ると言う事。
重いかな? 重いだろうなとは思いつつ、美術部としての血が滾り里奈はチョコ亘を作ることを決意したのだった。
「よ、よく作れましたね……」
「うん、結構早くできちゃった」
しかも一分の一スケールである。
亘はあまりの完成度にあたりをウロウロと彫刻の周りを移動していった。
しかしそれはそれでチョコ、バレンタインの贈り物なのだ。当然このまま観賞用で終わるわけは無い、食べなければ意味はないのだ。
「も、勿体無いよ」
「ううん、ガブッといっちゃって!」
里奈からチョコをもらえるのは最高に嬉しい。
しかしたった一言、食いにくい!! 自分をバクリといくのは流石に抵抗があると言うもの。
いやいやだからといってこのまま保存もできはしないだろう。
「じゃ、じゃあ頂き……」
亘は試しに指の部分を少しだけ取って見る事に。
ポキリと折れた親指、亘はそれを口に入れようとして――手についたドロリとした赤いものを確認する。
「―――――――」
いやああああああああああああああああああああ!!
亘は声にもならない声を心の中であげる。ドロリと流れる赤い液体、これ何のホラー!?
我夢も亘もガクガクと震えて彫刻から離れた。だが当の里奈は笑顔、と言う事はコレはおかしな事ではないと?
「どうかな? 中にイチゴジャムを入れてリアリティを出してみたの!!」
「へ、へぇぇええぇぇえ! そ、そそそそうなんだ!!」
謎の職人技に亘もただ頷くしかない。
とりあえずチョコが溶けてしまうと言う事で一旦彫刻のほうは下げてもらう事にした。
大きいが少しずつ食べていけばいいだろう、亘は指の欠片を口に入れて見る事に。
(おいしい!)
いやいや、連続で続くインパクトに驚きはしたが里奈からチョコをもらったと言う事に変わりはない。
亘はにんまりと笑って里奈にお礼を言うのだった。
「あの……我夢君――っ」
「は、はい」
次はアキラが前に出て我夢の元へやってくる。
しかし何故かその表情は暗く思わず我夢も身構えてしまう、一体どうしたのだろうか?
アキラは我夢に頭を下げて言う。
「ごめんなさい! 用意していたチョコが溶けちゃって――っ」
要はなくなってしまったと言う事。
今回は無しでいいですか? アキラは困った表情を浮べて我夢を見つめる。
う゛ッ! と構える我夢、確定で貰えると思っていただけに心にグサリとくるものがあった。
「そ、そうですか。仕方ないですよ、気にしないでくださ――」
「フフ、何て冗談ですよ」
「え?」
アキラの表情が笑みを浮べた物に変わる、それも意地悪な笑みだった。
彼女は後ろに隠し持っていたチョコを我夢に差し出すと先程の言葉が嘘だと言う事を告げた。
どうやらただ渡すだけなのも面白みに掛けると思った様だ。それにせっかく手作りを渡すのだ、困った顔の一つでも報酬に欲しいところであると。
「焦りましたか? フフフ」
「アキラさん、あはは……冗談キツイですよ」
我夢はお礼を言って受け取った、袋に入った数個のチョコを。
彼女から初めてもらうチョコだ、去年まではどれだけ欲しいと願っても貰うことはできなかった。
一度だけ勇気を出して今日がバレンタインだと告げた日もあったか、しかし彼女は表情を変えず『そうですか』だけで会話を終わらせたっけか。
「チョコなんて初めて作りました、うまく出来ているといいんですけど」
「………」
そう考えると今自分はものすごく幸せではないだろうか。
我夢はニヤリと笑っている彼女を見てそう思う。沸々と湧き上がる感情が我夢を取り巻き、彼はアキラのチョコをくわえた。
「じゃあ、アキラさんも味見してみますか?」
「え?」
我夢はチョコをくわえたままアキラの目の前にやってくる。
そして彼女の肩を掴み、顔を近づけていく。何? 何を!? パニックになるアキラだが我夢に見つめられて動けない!
そのまま我夢はくわえていたチョコをアキラの口部分へと持っていき――
「………ッッ」
アキラはついに耐え切れず目を瞑って口を開ける。
しかし――
「………?」
何もおきない、目を開けるアキラの視界にいたのはすっかり自分から離れてチョコを一人で食べている我夢だった。
彼は自分を確認すると同じくニヤリと意地悪く笑ってみせる。そこで初めてアキラは自分が嵌められた事に気がついた。
「フフフ、冗談ですよ。アキラさん」
「――――も、もう!!」
赤面するアキラを見て我夢は満足そうに微笑むのだった。
あれ? この人こんなキャラだっけ? それを見ていた亘は強く思うが、それはそれブラックガムさんと言う事で一つ割り切る事にしましょう。
一方そこから少し離れた所では校庭のベンチに腰掛ける二人の少年が。二人とも共通している事は仮面の様な笑みを浮べている所である。
ニコニコとしている両者だがそれは否、この二人から放たれる雰囲気はとてもじゃないが良好なものとは言い難かった。
そう、その男達――天王路双護と新意鏡治の雰囲気は……だ。
※ここからしばらくは会話のみでお楽しみください。
「バレンタインの本命は文字通り一番好きな男の人にあげる物だ」
「ああ、そうだな」
「一番好きな男の人は文字通り一番だ、たった一人でいい」
「ああ、そうだぜ」
「安心しろ、別にお前が気を落とす必要は無い。次に期待すればいいだけさ」
「ああ………あ? おいおい、そりゃちょっと違うんじゃねぇか? お義兄さん」
「●すぞ、双護でいい。何が違うと?」
「俺は別に気を落とす必要なんてねぇと思うぜ? ああそうさ、だって本命は俺がもらうんだからなお義兄さん」
「義はいらん、何か勘違いしていないか鏡治? 本命は俺が頂くつもりなんだが」
「いやいやお義兄さん、だってお義兄さんはお兄さんだからな」
「だからこそだよ鏡治、お前はまだ真由の本命を受け取るレベルまでは至っていないと言う事さ。あと次お義兄さん言ったら潰すぞ」
「違うぜ、ああそうさ違うぜ義兄さん。真由ちゃんは今回俺に本命をくれる、これは確定事項ってなもんなのさ」
「さりげなく変えただけか……よしやはり今ココで潰――ッ!」
「お兄ちゃん、鏡治くん!」
「「!!」」
トテトテと走ってくるのは真由、鏡治と双護は反射的に立ち上がり彼女を迎える。
すぐに小声でやり取りを繰り返す二人。双護は自らが先に呼ばれた事をリードと称し、鏡治は語尾が少し上がった事を武器とした。
真由は二人の前までやってくると、綺麗に包装されたチョコを取り出す。
料理は駄目な彼女でもシェリーや葵、里奈に教わってこんなに綺麗につくってくれた。
しかしやはりと言うべきかその数はたった一つ、果たして本命をもらえるのはどちらか――?
「ボクね……聞いたの、バレイタインの本命は…本当に好きな男の人にあげるって…」
「ああそうだな。それで、真由ちゃんはどっちにくれるんだ?」
「うん…だけどね……ボク、お兄ちゃんも鏡治くんも……同じくらい大好きだから―――」
本命を、二つ作ったと真由は笑った。
「「!!」」
天王路双護は思う、ああ! 何て自分は愚かだったんだろうと!!
新意鏡治は思う、ああ! 何て自分は馬鹿な男だったのだろうと!
真由は本命をどちらにくれるのかなどと醜い争いをしていた自分達に慈愛を差し伸べてくれた。
どちらがもらえるかで小競り合いを繰り返す馬鹿な男達に救いの愛を差し出してくれた。
天使だ、二人は真由を見てそう思う。彼女は紛れ名も無い愛の化身、真なる愛の――
「だからね…ボク、皆に内緒でもう一つ作ったん…だ」
「「………」」
!?
「ま、ままま……ま、まま真由?」
「うん…?」
「そ、それは――……それは葵さんか誰かに手伝ってもらったのか?」
首を振る真由。
それはそうだ、内緒で作ったんだから。
彼女は震え固まる二人を気にする事無くもじもじと背後からソレを取り出す。
もう一つの
「「――――」」
Episode DECADEは自分達の常識を破壊してくれた。
それであったとしても天王路双護は叫びたかった、新意鏡治は叫びたかった。
何が正しくて何が間違っているのかは分からない、しかしそれでもただ一つの真実があるとすれば今目の前に置かれているチョコは――
チ ョ コ に あ ら ず
「ま、真由ちゃん――ッ! こここれはどうしてプルプルしてるんだ?」
「ぷるぷる……おいしそうかな…って」
まずは形状、何故かゼリー状のプルプルである。中には液状の何かが混ざっているのが確認できた。
液状!? チョコはどんなに溶かしたとしてもあんなクリアでサラサラにはならないんじゃないのか!?
「真由……随分と刺激的な香りだな」
「うん……とってもスパイスが効いてるよ」
スパイス!? 何故かそのゼリーチョコはとても刺激的な香りがした。
しかも匂いで味が全く想像できないタイプのヤツだ、柑橘系の匂いでも甘そうな匂いでもない。
何かいい例えがあるのなら……そう! 異臭だ!!
「真由にゃン…どうしてコレ――ッ! 灰色なんだ?」
震えてしまい噛んでしまった鏡治。無理も無い、ご覧のチョコは見事な灰色、雨の日の空の色なのだから。
諸君は灰色の食べ物を過去にどれだけ見た事があるだろうか?
「うん、いろいろ混ぜたらね…こうなったの……!」
ゴクリと喉を鳴らす鏡治と双護、毎回思うが何をどうしたらこの形状になるのかが気になる所である。
真由はこの兵器……ではなくチョコを"超本命"として葵達監修の元作り上げたタイプを本命とした。
「「………」」
本命か、超本命か――?
「鏡治――……」
「え?」
双護は顔を隠すように振舞うとゆっくり口を開く。
「お前は試練の時、真由の事を命を賭けて守ってくれた」
「あ、ああ……」
「そして真由の事を大切だと言ってくれた」
「………」
「そんな男が超本命を受け取らず、誰が受け取る? 譲るよ、鏡治」
「―――――」
鏡治はその言葉を聞いて、ゆっくりと首を振った。
「いや、真由ちゃんにとってお前は大切な兄貴だ。俺はまだ兄と言う壁を超えちゃいないよ、ああそうさ」
「いいんだ鏡治、お前には真由の想いを受け取って欲しいんだ――」
「いやいや双護、俺は――」
先程まで死んでも譲らないです的な雰囲気だったくせに、今は互いが互いを尊重して譲り合っているじゃないか。
なんて美しい光景なのだろう、真由も照れくさそうに笑いながらどちらが超本命を受け取ってくれるのかを見ていた。
(う゛ッ! この期待に満ちた純粋なまなざし――ッッ)
それが鏡治の心を突き刺す。
ああそうだ、自分は一瞬でもなんて馬鹿な事を考えていたのだろうか!
真由の想いを受け取る、ああそうだそう言う事じゃないか!!
「双護、本当に俺が超本命を受け取ってもいいんだな!?」
「ああ、もちろんだとも」
「分かった、真由ちゃん! 俺が貰ってもいいかな!」
「うん……あげるね」
鏡治は真由から
何、言ってみればただのチョコじゃないか! ちょっとプルプルしてるけど。
ちょっと臭い……じゃなくて刺激的な香りだけど。ちょっと灰色なだけな普通のチョコじゃないか!!
「い、頂くぜ真由ちゃん!」
「うん…!」
そう、これはチョコ! チョコなんだ!! チョコの筈なんだ!!! チョコであってくれッッッ!!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
鏡治は意を決して超本命を口に入れる。
すごい! 噛んだ瞬間中からジュワっと液体が舌を刺激してくるじゃないか!
凄い、凄すぎる! 固体じゃなくて液体のチョコとはこれまた斬新だ、おまけに全く甘くない!!
「………おいしい?」
「ああ――ッッ! ああそうだな真由ちゃん! すげぇうま―――」