拙く、お目汚しになるでしょうが、よろしくお願いします。
第50階層の主街区、アルゲード。
秋葉原などの電気街を彷彿とさせる、無秩序で賑やかな雰囲気の町だ。
すでに攻略され、最前線ではないが、この雑多な町には今も多くのプレイヤーが訪れている。
なんと、現在の最前線である59階層よりも多いといわれているのだ。
繁華街をモチーフとしているからか、表通りから外れた裏道は驚くほど入り組んでいて、俺も最初はNPCに金(コル)を払って案内してもらったものである。
その一角にある貧相な店に、俺、クロスは訪れていた。
「よお、調子はどうだ?」
カウンターの向こうでそう言うのは、常連客に「壁」と親しまれている黒人の店主、エギルだ。
スキンヘッドの頭はロウソクのやわらかな光を物々しい光として反射し、ツヤツヤと輝いている。
黒人というだけで多くの日本人にとって威圧感のあるエギルは、その巨躯とスキンヘッドによってさらにそれが助長されていた。
睨まれれば、みなヘビに睨まれたカエルのごとく逃げ出すだろう。
よく浮かべる笑みが暴力団のそれではなく、愛嬌のある笑みであることが、その恐怖感は蛮族系モンスターほどには緩和されているのだが。
「それなりだな。……で、これいくらだ?」
「可愛げがねぇなぁ……ん?こ、これ……」
呆れたように息を吐くエギルは、俺の提示したウィンドウ―――――それに表示されたものを見て驚愕した。
「A級のレアアイテム、≪バーンポークの肉≫じゃねぇかっ!」
「ああ」
どうということはないとでもばかりに短く答えるクロスに、エギルは言い寄る。
「ああ、じゃねぇよ!お前、これどれだけ貴重な物かわかってんのかっ!?」
「ああ、良くわかってる。だが、俺にはあまり料理もできんし相場もわからん。どのくらいなんだ?」
無愛想な鉄兜を被ったまま、俺は再度たずねた。
「そうだなぁ、だいたい…………500コルでどうだ?」
「断る」
エギルが提案した詐欺レベルの価格を、俺は即座に断ち切る。
そこらの通常アイテムならまだしも、A級のレアアイテムが500コルとは、釣り合いが取れてないにも程がある。
「……まぁそういうなよぉー」
「ふむ。買い手がいないのならどこか一人で焼肉でも良かったのだが……」
「わ、悪かったって!!」
エギルは慌てた様子で、カウンターから身を乗り出すようにして立ち去ろうとする俺の肩をつかんだ。痛い。
どうやら、エギルは安く買い取った後、一人でこの肉を堪能する算段だったらしい。
俺は呆れのため息を吐いた後、兜の中で笑った。
「じゃあ、食べるか。いつもの礼にな」
まぁ、料理はお前か、他の誰かがするのだが。
その言葉を聞いたエギルのあまりの喜びようは、筆舌に尽くしがたい。
あえて無理に描写するならば、
「うおぉぉぉぉぉぉっっっ!!マジかよっ!さっすが蒼騎士様!!
これはクラインも呼んでやらねぇとっ!たまにはアイツらとも飲みてぇしな!!
もう店なんかどうでもいいっ!!
ちょっと待っててくれよ!!!
最高の酒とつまみを用意するからなっ!!」
という感じだ。暑苦しい。
後にして思えば、なぜキリトが呼ばれなかったのか。
どうやら、かの最強ギルド副団長、攻略の鬼といわれるあのアスナの昼寝を見ていなければならなかったらしい。
それを聞いたクラインが「ぼっちのくせに……」と毒づいていたのはまた別の話である。
こうして、俺を放置したまま、おっさんサムライ軍団、もとい<風林火山>と、厳(いか)つい黒人のおっさん、エギルの焼肉パーティ企画は進んでいくのだった。
◇ ◇ ◇
第49階層。
北部と南部で大きく環境が二分された階層で、モンスターのカテゴリもそれに準じて二分されていることから、全く異なる二種の戦闘環境に攻略が少し厄介だった階層だ。
現在もその厄介さからか、迷宮区以外のダンジョンやマッピングは攻略されず放置されている階層である。
エギルと<風林火山>一同という、屈指ともいえるおっさん集団と賑やかな焼肉パーティを終えた後、クロスはこの階層の北部にある森へ来ていた。
この森はダンジョンではないため、特に名前は付けられていない。
だが、ひいきしている情報屋から聞いた噂によると、この森の奥にある洞窟はダンジョンらしく、さらにこの森を根城とする犯罪(オレンジ)ギルドが存在するという。
それらの情報を頼りに、クロスはこの森へ来たのだ。
深く薄暗い森の中を歩く。
だが、当然モンスターも襲ってくるわけであり、その状態はいつまでも続かない。
クロスは今、茂みから現れた巨大なカマキリと対峙していた。
1メートルを超える、黒と赤の毒々しい甲殻を持つカマキリは、その死神のような鎌を誘うように揺らす。
真紅の双眸(そうぼう)は不気味な光を放ち、目の前に立つクロスを見据えていた。
だが、それを前にしても、クロスは腰の刀を抜かない。
ただ、半身になって左手を鞘の鯉口を握り、右手を柄に添えるのみである。
そして、数瞬の時が経ち。
時が止まったかのような空気に耐え切れなくなったカマキリは、ついに静寂を破った。
甲高い奇声とともに鎌を振り上げ、霞むほどの速度で振るう。
それは鋏(はさみ)のようにクロスに迫り――――――――
刹那、カマキリの身体は両断されていた。
「kcukeee!!?」
目に焼きつくような紅いエフェクト光のみを残して、クロスはカマキリの背後で構えを解く。
一際高い奇声を残し、カマキリはあまりにもあっけなく、ガラス片となって砕け散った。
同じデジタルデータであるはずの風に流され、吹雪のごとく舞うガラスのようなポリゴンの中を、クロスは歩き出す。
(誰かいるのか?)
しかし、何か違和感を感じた。
それはきっと、索敵スキルの恩恵だろう。
クロスは立ち止まって周囲を見渡し、散在する茂みの一つへ目をむける。
彼は再び鞘へと手を回し、茂みに潜む「誰か」へ言った。
「出て来い」
威圧的なドスを効かせた言葉だったが、その茂みの闇からは誰も現れる様子はない。
「……斬るぞ」
「えっ!? ま、待ってくださいっ!!」
最後の脅し文句がとどめだったようで、その「誰か」は慌てて茂みから飛び出してくる。
それは、この世界では稀有(けう)な存在となった、女性プレイヤーだった。
漆黒の髪がポニーテールに纏められ、彼女の後ろで尻尾(テール)のように揺れている。
丸いたまご型の頬はきれいな輪郭線を描き、ぱっちりとしたきれいな黒い瞳に、細い眉は筆ですっと線を引いたかのようだった。
それは、俗に言う美少女だった。
非常に失礼な物言いだが、これほどの美少女は他に、<血盟騎士団>の副団長、攻略の鬼といわれるアスナくらいだろう。
だが、彼女と違い、この少女にはキビキビとした冷酷とも取れる必死さはない。
それも、クロスに悪印象を与えなかった理由だろう。
クロスよりも頭一つ半ほど低く小柄な少女はひどく慌てていて、なんだかおぼつかない。
「……なぜ隠れていた?」
「え、えーと、いや、隠れてたわけではないんですが……」
「……、」
「べ、別に騎士さんにどうこうしようとかいうわけじゃなかったんですっ!ごめんなさい!!」
半ばパニックになりながらも頭を下げる少女。
その小動物染みた雰囲気に、クロスは警戒を解いた。
彼女はアイコンも「善良(グリーン)」だし、特に問題はないと思ったのだ。
まぁ、「グリーン」でも犯罪者(オレンジ)はいるのだが。
そこは、この少女を信じるとしよう。
「……そうか。ところで、ここらはオレンジがいるらしい。一人で大丈夫なのか?」
「えっ!? で、でも、もうすぐで<攻略組>のレベルに届くし、大丈夫ですっ!」
どうやらこの忍び少女は〈攻略組〉を目指しているらしい。
それは微笑ましく、同時に頼もしいことだが、なら前線から十階層も下層で、彼女は一体何をやっているのだろうか。
怪訝に思っていると、彼女はパタパタと不安げに焦りだした。
「ふむ。だが、ここは49階層だ。<攻略組>を目指すならもっと上の階でレベル上げをすればいいだろう?」
「は、はい!そうですが、特にやましいことがあるわけではなく、この森の奥に高難度ダンジョンがあると聞いたのです!!」
少女は素直に答える。
どうやら、焦っていたのはクロスが黙っていたかららしい。
確かに、兜で顔が見えない男が仁王立ちで黙っていたら、少し怖いかもしれない。
だが、クロスは兜を外すことに抵抗を感じていた。
彼女がいうダンジョンとは、クロスの行くダンジョンと同一のものなのだろう。
「そうか。俺もだ」
「そ、そうですか……。じゃ、じゃあパーティ組みませんかっ!?一時的にっ!」
一度顔を俯かせる少女。だが、すぐに顔を上げると、キラキラとしたまなざしでクロスを見上げ、そう提案してきた。
確かに、彼女の提案は悪くない。
クロスも長くソロをしていたし、<攻略組>候補(?)の戦闘力は見ていて損はないだろう。
だが、クロスはダンジョン攻略の他に、オレンジギルドの駆逐という目的もあった。
ゆえに、彼女の提案を受け入れることは出来ない。
クロスは、少女を傷つけないよう、言葉を選びながら言った。
「すまない。俺は他にもこの森に用があってな。パーティを組むことはできないんだ。お前までそれにつき合せるのも気が引ける」
「そう、ですか……」
落ち込んだように顔を俯かせる少女。後ろのポニーテールも、なんだか気落ちしたように垂れ落ちている。
それを見て言葉がまずかったかとクロスは少し狼狽(ろうばい)するが、それは漆黒の兜に遮られて、少女には見えていない。
「まぁ、<攻略組>のこと、頑張れよ。仲間ならいつでも待ってる」
「はい……えっ!?」
驚愕したような少女の顔を最後に、クロスは茂みの闇へと消えていった。
犯罪者(オレンジ)を駆逐するために。
大幅改訂しました。
設定の部分など、教えていただいた方には感謝しています。