「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
凄まじい怒号。
クロスの鼓舞によって戦意を取り戻したプレイヤーたちは、今までとは比べ物にならないほど生き生きとしていた。
特に決まった戦術も、連携もない。
だが、それは波状攻撃を学習し、耐性をつけはじめていたヘイズグレイベアにとって、想定外の事態だった。
プレイヤーそれぞれの経験則から生み出された、荒削りだが効果的な戦術。
それはとても彼らに合うようで、見る見る戦果はHPゲージの減少となって現れてくる。
元より、特殊な訓練も受けず、軍人のような義務感もない彼らに、軍隊じみた集団行動は能力を縛るものだったのかもしれない。
だから今こうして戦果を挙げているし、なのに被害者は少ないのだ。
タンク、アタッカー、遊撃隊。
その三つの役割分担と、一人の勇敢な指揮官がいれば、全ても物足りる。
ムラマサの提示した、細かい役割分担による戦闘も否定はしない。
単に、通常のMMOとは違うこのSAOでは、こちらのほうが合っていたと言うだけなのだから。
クロスも負けじときりつけ、隙あらば高威力のソードスキルを放つ。
そしてついに、ヘイズ・グレイベアの残りHPゲージが、最後の一本に突入した。
――――これなら、勝てる。
誰もがそう思い、安堵した。
だが、それはむなしく打ち砕かれる。
「グヴォオオォォォォォォォッッッ!」
ヘイズ・グレイベアが咆哮し、大気がビリビリと震えた。
同時に、今まで視界を覆ってきた白い霧が吹き飛ばされる。
そして、ヘイズ・グレイベアの変貌が始まった。
「な、なんだ、アレ……!?」
全員の意思を代弁する、誰かの声。
霧が晴れたフロアは、最初子の部屋に入ったときのように無機質だった。
違うのは、薄く張った水溜りの上に、巨大なクマと、それを取り囲む無数のプレイヤーがいることだ。
フロア中央に堂々と立ったヘイズ・グレイベアの巨体は、こうしてみてみると凄まじい。
2メートル以上はありそうな長い腕がだらりと垂れ、赤く輝く瞳は周囲を睥睨している。
そして、変化は始まっていた。
ヘイズ・グレイベアを覆う灰色の毛。
それが、じょじょに赤みを帯びているのだ。
灰色がだんだんと赤く染まっていく。
そして、全身が鮮血のように赤く染まった時、再び咆哮が響き渡った。
「グヴォオオアァァァァァァァァァッッッ!!!」
そして、その豪腕を振るう。
それは寸分のくるいなくクロスを狙っていた。
「くっ!!」
かろうじて受け止めたが、クロスの体は紙切れのように宙を舞う。
「クロスさん!」
クイナの悲痛な声が、吹き飛ばされたクロスの耳に響く。
見ると、満タンだったはずのHPが、今では半分ほど減っていた。
――――防いでコレかよ!?
立ち直ったクロスは、すぐさま周囲に警告を飛ばした。
「気をつけろ! 喰らったら危ない!!」
警告を飛ばしたせいか、ラストアタックを狙って無茶をする者はいない。
だが、攻撃力の大幅なアップは、そのまま損耗率に響いた。
イエローに突入して後退する回数が増え、中にはポーションや回復結晶が無くなり、やむなく撤退するしかない者も増えているのだ。
「こ、これ、やっぱダメなんじゃ……」
「諦めないで! いくわよ!」
小柄な男性プレイヤーを叱咤しながら、アスナが駆けて行く。
(また戦意が、落ちてきているのか……)
ヘイズ・グレイベアの第二形態。
そのときに霧が晴れてくれたのは、茅場明彦の数少ない良心なのだろうか。
「――――はぁ……」
クロスは深いため息を吐いた。
「……ムラマサ、キリト、すまん。20秒ほど抜けるぞ」
「ん? あぁ、わかった。任せろ!」
「了解した!!」
その言葉を聞いたあと、少し下がり、メニューを開く。
――――いいのか?
メニュー欄を見たところで、一瞬迷った。
だが、迷うわけにはいかない。
改めて、画面の操作する。
アイテム欄を開き、アイテムを一つオブジェクト化。
そしてスキル設定で、いくつかのスキルを入れ替える。
これで、操作は終わりだ。
これだけでこの戦いを終わらせられるなら、安い物である。
「終わったぞ!!」
そう叫ぶと、キリトとムラマサが同時に振り向いた。
「あぁ! ――――ってお前っ!?」
「うぬ!?」
驚きの言葉を無視して、二人の間を駆け抜ける。
そして、白刃が煌めいた。
大太刀重突撃技<シデン>。
爆発的な速度に乗った、居合い斬りだ。
両手の太刀と鞘で、クロス自身でも見えないほどの神速のニ撃を見舞う。
その威力を受けて、ヘイズ・グレイベアの身体が仰け反り、HPゲージが眼に見えて削られた。
「グガァァァッ!!」
ヘイズ・グレイベアが絶叫し、紅いエフェクトを纏わせた爪を振るう。
交差するように振るわれた爪をそれぞれ太刀と鞘で防ぎながら、クロスも兜の中で叫んだ。
「うぉおぉぉぉっ!!」
そして構えを変え、再びスキルを発動。
蒼い光を纏わせる。
大太刀重単発技<オロチ>。
左の鞘と右手の太刀を一つにあわせ、袈裟切りに振り下ろす。
それを受けて、ヘイズ・グレイベアは思わず体勢を崩した。
そして、今までの借りを返すかのように、ラッシュを開始する。
右の太刀で中段から切り払い、逆手に持った左の鞘で側頭部を殴打した。
そのまま回転し、今度は振り向きざまに真上から太刀を振り下ろす。
右、左、右。上下左右、縦横無尽。
自分が嵐そのものになったかのような錯覚を感じながら、無心で剣を振るった。
交互に、不規則に高速で連撃を放ち、動けないボスを徹底的に斬りつける。
そのたびに視界の端に表示されたヘイズ・グレイベアのHPゲージが削り取られていく。
太刀と鞘が纏った紫の残光が舞い、周囲の景色を彩った。
これが、今クロスが使える最高の剣技である、上位剣技<タケミカズチ>。
計14連撃の、嵐のような猛攻だ。
「グヴァアアアァァァァァァッッッ!!!」
絶叫していたのは、ヘイズ・グレイベアだけではなかった。
クロスも絶叫し、最後の一撃をその眉間に叩き込む。
――――ヘイズ・グレイベアが硬直した。
そして次の瞬間、その巨体は蒼いガラス片となって消滅した。
通常モンスターとは比べ物にならない膨大な破片に、視界が覆われる。
勝った、のか……?
クロスはいまだ加速した視界に目が眩みながら、無意識に太刀を鞘に収める。
周りは静寂だ。
なにも聞こえない。
視界には、今だ残留するガラス片と、岩壁が映っている。
いや、もう一つ。
『congratulations!』という白い文字が、中空に浮かび上がっていた。
「や――――」
視界の端にいた、名も知らぬ青年が呟いた。
その続きの言葉も思い浮かばない。
クロスがその続きを考える前に、答えが莫大な音量で返ってきた。
「やったぞおぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」
周囲が歓声で満たされる。
大音量に気を失いそうだったクロスは、力なく周囲を見渡した。
「やったなぁ!!」
「すげぇ、すげぇよお前っ!!」
見知らぬ短剣使いと槍使いに称えられ、ばんばんと肩を叩かれる。
そのあとも何十人ものプレイヤーに囲まれて、身動きが出来なかった。
だが、それでもよかった。
これ以上被害者が増えなくて、本当によかった。
音を少し遮断してくれる兜に感謝しながら、クロスは心の底からそう思ったのだ。