あのあと、俺は28階層から移動した。
最強のストーカーがいなくなった今、俺が篭るのは前まで借りていた郊外の借家だからだ。
借家の主であるNPCと契約したあと、俺は当然のごとく引き篭もった。
外に出るとまた<カタナ>使いに絡まれるのは眼に見えているからだ。
それに、親しい奴らにはメッセージを送ってあるから、会いたければここに来るだろう。
ふと、細木の枠に切り取られた窓を見た。
窓の向こうには、ようやく温かくなり始めたかどうかという、冬の終わりの風景が広がっている。
2024年、4月。
現実世界では桜がつぼみをつけ始め、入学式や卒業式がひっきりなしに行われている季節だ。
当然SAOにそんな行事は無いし、まだ見つかっていないだけかもしれないが、きっと桜も無いだろう。
新芽が伸び始めた黄緑色の景色は綺麗だが、もう2年も桜を見ていないとなると、少し恋しかった。
こんな光景を見ていると、思わず思い出してしまう。
今度はおもむろにメニュー画面を開いた。
装備一覧とともに出現した己のフィギィアを眺める。
レベル88
右武器
左武器 (両手武器のため装備できません)
頭部 ダークナイトヘルム+13
胴部 ナイトブルーアーマーコート+10
腕部 ブレイヴブラックグローブ+7
腰部 ローグベルト+9
脚部 近衛騎士の
付属品 流星のカフス
付属品 白金のアンクレット
昔と比べて随分と成長したものだ。
変わってないのはもう、近衛騎士の軍靴とダークナイトヘルムのみである。
今度は違う項目をタップして、慣れた操作でスクロールし、止めた。
<大太刀>。
俺に新たな力を与え、今の仲間と出会うきっかけをくれたスキルでもあり、また、俺から『なにか』を奪っていったスキルだ。
「――――へぇ~、そうなんやっ! じゃあ今からクロちゃんな! よろしく!」
どこまでもようきな、彼女の声が聞こえた気がした。
彼女の若草色の長髪が、風に揺れる。
緑と白の、清潔そうなワンピースが、目に映った。
その周りを、8人の人影が囲んでいる。
その中には、鉄兜を被り、カタナを差すどこか見慣れた奇妙な騎士の姿もあった。
零細ギルド<チェイフル>。
無口なソロプレイヤーだった俺に親しく接してくれたそのギルドマスターは――――
――――――――もう、どこにもいない。
◇ ◇ ◇
こんこん。
静かな部屋に、こもったノックの音が響いた。
誰だろうか。
外を見ると、いつのまにか日は傾いて、階層の隙間から斜光が差し込んでいた。
若草色の光景は黄金の光に包まれて、神秘的なな情景を生み出している。
この場所を知っているのは、本当に数少ない。
アギル、クイナ、キリト、クライン、エギル。
そしてボス戦以降少し親しくなったムラマサ。
本当にそのくらいだ。
誰だろうと思いながら、質素な木製のドアを開ける。
「――――なっ!?」
俺は思わず仰け反った。
だが、ノックの主はその無礼に眉をひそめることもなく、俺を見つめる。
「――――やぁ、こんにちは。クロス君」
「ヒースクリフ……!?」
ヒースクリフ。
最強ギルドの一角<血盟騎士団>のリーダーであり、俺の<大太刀>と同じユニークスキル<神聖剣>を用いる聖騎士。
第50階層ボス攻略戦での多大な功績は、このアインクラッドで最強のプレイヤーであると謳われるには十分であり、そのユニークスキルも相まって、名実ともに最強プレイヤーの一人に挙げられる。
そのわりには攻略に参加することは少なく、<血盟騎士団>の実質の指揮権は副団長<閃光>のアスナにあった。
謎の多い男である。
だが、問題はそこではない。
なぜ俺の居場所がわかったのか。
そして、その目的は何なのか。
俺は思わず怪訝な眼をヒースクリフに向けた。
真鍮色の磁石のような魔力を持つ瞳が、無感情にこちらに向けられる。
「……なんのようだ?」
「それは君もわかっているのではないかね?」
「……ユニークスキルのことか? いっておくが、俺は出現条件なんて知らんぞ」
その言葉に、ヒースクリフはわずかに嘲笑を浮かべた。
「そんなことをたずねるつもりは無いよ。ただ、二人目のユニークスキル獲得者がどんな人物なのか、見ておきたくてね」
どこか達観した、ある意味上から目線とも取れる言葉。
「……そうか」
「では……。それを踏まえた上で、たずねたい」
周囲の空気をさらに冷えさせる口調で、ヒースクリフが言った。
「――――君に、血盟騎士団に入ってもらいたい」
ヒースクリフって、謎ですよね。
ユニークスキルは仕方ないとしても、最強なのに攻略に参加しないとか、非難されないんだろうか・・・
<聖竜連合>と仲が悪い原因のひとつのような気がします。