ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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21 黄昏の崖で

 <黄昏の崖>という場所がある。

天空の城というアインクラッドの構造上、各階層に高度制限がある中、かなり天井に近い場所にあるエリアだ。

目測だが、次の階層の大地である天井までの高さは30メートルも無いだろう。

いつもは特に意識しない青黒い岩の天井が、ここからではとても威圧的に見える。

 

 いつかこの岩盤の空が落ちてくるのではないか。

なぜか、そう不安になった。

 

 <黄昏の崖>は、その名の通り夕暮れごろには美しい夕日が望める場所で、今はそのちょうど良い時間帯だった。

空も大地も雲も、全てをオレンジや赤に彩っていく夕焼けは、今まで見たどの夕焼けよりも美しい。

 

 もう少し交通の便がよければ、いいデートスポットとなっていただろう。

 

 そんなことをふと考える。

この場所へ行くための入り口はとても巧妙に隠されていて、とても知らなければ見つけられないようなところにあるのだ。

徘徊するモンスターも、決して強くは無いものの、油断は出来ない程度の強さを持っており、簡単に言ってしまえば、「行くのががとても面倒な場所」なのだった。

 

 そしてだからこそ、クロスはこの場所を選んだのだろう。

 

 

 

 ――――決闘の場へと。

 

 

 

 階層の隙間から差し込む茜色の斜光が、バックライトのように相対する二つの影を映し出していた。

 

 一つは真紅の鎧を纏い、その背にマントをはためかせる男、聖騎士・ヒースクリフ。

十字をかたどったその長剣と巨大な盾はすでに抜かれ、全てを見抜くような真鍮の瞳は対する騎士に向けられていた。

 

 一つは革のロングコートに濃紺の鉄兜を被った男、蒼騎士・クロス。

鞘に仕舞われた大太刀はだらりと右手に提げられ、兜の暗闇には静かな闘志をたたえた真紅の瞳が宿っていた。

 

「……私が勝てば、血盟騎士団へ入る。それでいいのかね?」

「……ああ」

 

 静かな応答。

それは確認だった。

 

 クロスが悩み、そして選んだのは、スカウターであり、また<血盟騎士団>のギルドリーダーである彼、ヒースクリフとの決闘だったのだ。

そして今、その戦いが始まろうとしている。

 

 クイナは祈るように胸の前に手を寄せて、心配げにクロスを見つめた。

クイナは二人の騎士とは少し離れた場所に、ぽつりと立っている。

 

「……心配?」

 

 その隣には、ハシバミの瞳をたたえた美しい少女の姿。

赤と白の美しいユニフォームをすらりと纏い、腰に華麗で凛々しいレイピアを吊るした、この城の戦乙女。

血盟騎士団サブリーダー、<閃光>のアスナである。

 

 かつては弱者を怠け者だと嘲り、強者にゲーム攻略参加の義務を強制した、攻略の鬼だ。

その自己犠牲的ともいえるゲームクリアへの献身と執念は凄まじく、デスゲーム開始時の彼女は狂戦士と呼ばれていた。

そして今でも、その名に恐れるものが多いと聞く。

だが、最近は「彼」と出会ったのが起点なのか、以前より落ち着いた雰囲気が見て取れた。

 

「ええ、少し……」

 

 ここで負け、血盟騎士団に入るか、勝って今までどおりに過ごすか。

そのどちらがクロスのためになるのかがわからないクイナは、曖昧な答えしか返せなかった。

クイナは胸中の迷いを無意識に現すかのように、二人の騎士をおどおどと見つめる。

アスナはクイナに何を思ったのか、二人の騎士の向こう、赤々と燃える夕焼けへと視線を向けた。

 

「……それにしても、きれいね……」

「はい……」

 

 話題を変えたのは、彼女なりの気遣いだろうか。

 

 アスナのきれいな茶髪がそよ風に流れる。

それは茜色の夕日を乱反射して金色に輝き、ある種の美術的な価値すら生み出しているようにすら感じた。

 

 思わず、クイナは自分の黒髪と比べてしまう。

 

 ポニーテールにしても腰まである長い髪。

それをおもむろにつかんで、胸の前に持ち上げた。

この長い黒髪は、怪談にでてくる少女の幽霊のように、ぼってりと重く、気味悪く見えるのだろうか。

アスナの金髪の美しさと比べて、クイナの漆黒の髪は、どこか陰湿に見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 静寂に包まれた<黄昏の崖>に響く、無機質なカウント。

二人の騎士、そのちょうど中心で、この神秘的な世界に不似合いな電子のフォントが数字を減らしていく。

カウントの数字がゼロに近づくにつれ、二人の騎士から溢れる戦意は増大し、膨らんでいった。

 

 そして、カウントが1となり――――

 

 ゼロ。

フォントの閃光が弾け、同時に二人の岸は大地を蹴る。

ステータスに補強された二人の跳躍は現実世界では不可能な距離をいとも簡単に超え、一瞬で接敵した。

 

 ガキィッッ!!

 

 火花と共に剣閃が重なる。

互いの戦意がまるでシステム的な実体を持ったかのように風となり、大気を震えさせた。

 

「ふんっ!!」

 

 ヒースクリフが巨大な盾を構え、クロスへ突き出す。

鈍く尖った盾の先端が風を切ってクロスに迫り、

 

「ッ!!」

 

 盾からの攻撃が来ると思わなかったクロスはその一撃を受けて大きく後退した。

 

「クロスさんっ!」

 

 クイナは思わず叫ぶ。

だが、寸前のところで防いだようだ。

ヒースクリフの残念そうな、だが少し嬉しそうな顔と、クロスの顔の眼前に構えられた白鞘が、それを物語る。

 

「……その盾も武器、か」

「二つの主攻撃可能武具を持つことが出来るのは、君だけではないということだ」

「<体術>スキルのことか?」

「……、」

 

 ヒースクリフは答えず、盾を前面に押し出し突撃した。

右手の剣は大きな盾の陰に隠れ、手が読めない。

 

「ちっ……!」

 

 舌打ちをしたクロスは鞘を盾代わりに構え、ヒースクリフを迎撃した。

 

 ヒースクリフの剣が横薙ぎに払われ、クロスの腕を狙う。

クロスはそれを鞘で受け止めると、右手の太刀でえぐるようにヒースクリフの喉元に切りかかった。

 

「……、」

 

 それを盾で弾いたヒースクリフは、そのまま盾を外側に押し出す。

強制的に右腕を外側に跳ねられ、胴体ががら空きになった。

 

「くっ!!」

 

 滑り込むように胸へ突き立てられようとした盾を体をねじって回避すると、そのまま回し蹴りを放つ。

それはヒースクリフの左腕を弾き飛ばして、双方に隙を生み出した。

 

 互いに攻撃の無い空白の数瞬。

 

 その隙に距離を取って体勢を立て直したクロスが、兜の中で小さく笑う。

 

「さすがだな、ヒースクリフ」

 

 盾で右手を隠す独特の構えを取ったまま、ヒースクリフが小さく微笑を浮かべた。

 

「君もだ。良い意味で期待を裏切ってくれた。前以上に欲しくなったよ」

「へぇ。それは光栄だ。だが、俺はあのユニフォームカラーが苦手でな。お断りだ」

「ふむ……あの色は嫌いかね? アスナ君のデザインなのだが……」

「明るい色は好きじゃないんだ。悪いな」

 

 それは、戦いとは関係の無い雑談。

だが、それは互いの意思確認と、戦意の増強という意味を互いの知らぬ間に持っていた。

 

 ヒースクリフの剣が、鮮血のような赤みを帯びる。

 

「では、一刻も早く慣れてもらうようにせねばな」

「ッ!」

 

 ヒースクリフの赤鎧(せきがい)の姿が霞み――――。

 

 気づけば、ヒースクリフの剣が眼前に迫っていた。

 

 ギリッッ――――!!

 

 太刀と長剣が鍔競り合い、刃が削れる。

 

「ッ……!!」

「<神聖剣>に、重突撃技がないとでも思っていたのかね?」

 

 機動力は低いと思っていた……!

 

 クロスは己の間違いに気づき、お思わず歯噛みする。

その苛立ちをぶつけるように、クロスはソードスキルを放った。

 

 <カタナ>軽3連続技<ハヤテ>。

<大太刀>は、<カタナ>のソードスキルも使うことが出来るのだ。

同時に、<両手剣>のスキルも使うことが出来る。

だが、<曲剣>のソードスキルを使えない。

<大太刀>とのある程度の共通性は必要なのだろうか。

 

 クロスでさえ完全に把握していないユニークスキル<大太刀>。

ユニークスキルであるが故にクロス本人以外に情報が得られないかわりに、莫大な力を与える物。

 

 つまり、同じユニークスキル保持者であるヒースクリフも自らのスキル<神聖剣>を完全に理解していないのではないか。

 

 ――――もしそうならば。勝機はある。

 

 クロスは思索し、改めて聖騎士を睨みつけた。

そして、大地を蹴り付ける。

 

「はぁぁぁっっっ!!!」

 

 そこから先は、剣戟の音のみが響く、静謐の激戦だった。

 

 鞘を振るえば盾で防がれ、剣を振るえば太刀で払われる。

無数の剣戟と火花が弾け、ソードスキルの閃光が二人の周囲を舞う。

 

 互いに途切れることの無い斬撃の嵐。

 

 それはクイナも、そして歴戦のアスナでさえも、これまで見た事が無い壮絶なものだった。

 

 ここにいる4人しか知ることの無い、<神聖剣>と<大太刀>の決戦。

 

 だが、永遠に続くかと思われた黄昏の中の決戦は、唐突に終わりを告げた。

 

 剣閃を追うように流れる風。

 

 数えるほどの赤いガラス片が、夕日に混じって宙に消える。

 

 それまで霞むほどに速かった二人の動きが静止した。

クロスの太刀はヒースクリフの頬に、ヒースクリフの剣はクロスの肩に、それぞれ当てられている。

 

 そしてその頭上には――――

 

 

 

 ――――聖騎士の勝利を告げる『WINNER Heathcliff』の文字。

 

 

 

 しばらく、音は無かった。

誰も動かず、時間が制止したような空気。

唯一光を失い続ける夕焼けがなければ、完全にフリーズしたと感じていただろう。

 

「――――ま」

 

 静寂を破るのを恐れるように口を開いたのは、クイナだった。

そのまま勢いに乗せて、時間を流していく。

 

「負けた、んですか……? クロス、さんが……」

「……ああ。そうだ。俺の負けだ。ヒースクリフ」

 

 クロスは清々しい声で言った。

ヒースクリフが闘志を霧散させるように深い息を吐く。

 

「ああ。良い戦いだった。感謝するよ」

「ええ、団長。クロスさん。とても素晴らしい戦いでした」

 

 アスナがヒースクリフとクロスに敬意を示すように、美しく頭を下げた。

クイナも感動に目を輝かせて、静かに言葉を口にする。

 

「ええ、クロスさんは負けちゃいましたけど……。そ、そのっ、とっても凄い戦いでした」

「……では、クロスくん」

 

 ヒースクリフがわずかに残った夕日の中で言った。

 

「血盟騎士団へようこそ」

 

 




戦闘描写に苦労しました。
読みにくかったかもしれません。
その場合はこっそり教えてください。
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