「……、」
「に、似合ってますよ! クロスさん!」
首を垂れ俯くクロスに、クイナのぎこちない明るい声がかけられた。
ここは、血盟騎士団の本拠地の一室。
クロスにあてがわれた、新米入団者としては異例の専用部屋だ。
本来ならアスナやヒースクリフなどの幹部や部隊長クラスでなければ個室はもらえないはずなのだが、これもヒースクリフのはからいなのだろう。
それだけクロスの実力を買ってくれたということか、それとも自らスカウトしてきた責任か。
白い制服ばかりのこの建物の中ではかなり異質に見える動きやすい黒装束をつまみながら、クイナはその両者だろうと思った。
「……、」
「あ、あはは……」
焼け付くような白に染められたコート。
その広い背に染め抜かれた、血盟騎士団のエンブレムである真紅の十字架。
ここまで似合わないと、反応に困ります……。
どうしていいかわからず乾いた笑いを浮かべるクイナの耳に、切実な呟きが入ってくる。
「……染め直してぇ……」
「や、約束は破っちゃダメですよ! 負けたんですからっ!」
トレードマークの鉄兜は外され、闇に包まれたスリットは彼の腕の中で虚空を見つめていた。
随分と久しぶりに見るクロスに素顔が、窓から差し込む光に照らされていた。
短く切られた砂色の淡い金髪に、ヒースクリフほどではないものの、剃ったような痩せ顔。
いつもは鉄兜のスリットから覗く真紅の瞳は、いまは絶望したように暗い影を落としていた。
「どう、お二人さ……だ、大丈夫ですか?」
「あ、アスナさん。こんにちは!」
控えめな開閉音とともに入ってきたのは、副団長のアスナ。
濃紺とは打って変わって、今では純白のコートに身を包み消沈するクロスを見て、思わず声をかけた。
「あー……えっと、クロスさんはその、色が……。そ、その、すいませんっ。クイナさんのデザインなのに……」
「ふふ。別にいいわよ。好き嫌いはあるもの」
アスナは木の椅子に座ると、腰の細剣をはずして丸テーブルの上に置いた。
水晶から切り出したかのような、淡い水色の美しいレイピアだ。
銘は知らない。だがそれがアスナと苦楽をともにした愛剣であることは良く知っている。
クイナは無意識に後腰の小太刀を撫でた。
<黒雀影刀>。つや消しの黒い鞘と、漆黒の刀身を持つ影の小太刀。
アスナの剣。クロスの剣。そしてクイナの剣。
姿かたちは違えど、その剣たちが帯びる使命は同じだ。
使い手たるプレイヤーの生命を守り、このアインクラッドの頂点に立つため敵を討つ使命が。
「え、えーと……クロスさん」
「……なんだ?」
アスナがちょっと気まずそうにクロスに声をかける。
「えっと、あなたの実力の方はもうわかっているので確認は不要です。ですが、今までソロで活動していたので、ちゃんと連携や団体行動ができるのかの確認をしなければなりませんそこで……」
「……ああ、お試しってことか。面倒だ……」
「団体行動って、学校みたいですねっ! あっ、すいません……」
プレイヤー間での暗黙の了解として、現実世界を連想させるような言葉は使ってはいけないのだ。
だが、アスナもクロスも気にしないというように首を振った。
「ところで、クロスさん。お尋ねしても良いですか?」
「ああ。……アスナ、俺は新米で、お前は副団長だぞ? 言葉づかいが違うんじゃないですか?」
今更取ってつけたように敬語で話したクロスに、アスナは苦笑いで返す。
「いえ。以前のボス戦や団長とのデュエルで、あなたの力は理解しているつもりです。自分より強い者に敬意を払うのは当然の事でしょう?」
「……上下関係をはっきりさせるのも、当然の事だと思いますけれど」
「とにかく! 私が副団長である以上、クロスさんへの態度も私自身が決めますっ! だからこれでいいんです! ――――すいません。では、私はこれで失礼します。日時についてはメッセージで連絡しますので」
「あ、ああ。わかった」
強引に話を打ち切ったアスナが、だが少しバツが悪そうに顔を逸らし、立ち去っていった。
その様子がどこか可愛らしくて、クイナは少し微笑んでしまう。
クイナより年上で、攻略のために感情を殺しているように見えても、やはりアスナも同じ年頃の乙女なのだ。
キリトとの仲も不器用ながら少しづつ進展しているようだし、そうなればアスナはさらに魅力的になるのだろう。
「――――!」
そこまで考えて、クイナは一つの可能性に戦慄した。
もし、クロスがアスナに恋愛感情、もしくはそこまでいかないながら、好意は抱いたら?
アスナは今でも十分に魅力的だ。クイナを凌駕するほどに。
クロスがアスナに好意を抱かないとは限らない。
アスナとは一つ二つしか年齢も離れておらず、クイナに年齢的なアドバンテージは無いのだ。理解するほど、状況は最悪だった。
――――いや、クロスさんとの行動時間はわたしのほうが圧倒的に多い、諦めるなっ!
クイナは自分をそう叱咤して、ドンっと小さく胸を叩いた。
「……おい、クイナ」
「っ! は、はいっ!」
「……さっきから胸を叩いたり顔色変えたり忙しいが、大丈夫か?」
クイナは顔が熱くなるのを感じて、慌てて俯いた。
きっと、その顔は赤く染まっていることだろう。
「い、いえ。だ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていて……」
「ん? ならいいが……。あまり悩むのなら相談に乗るぞ」
――――あなたに相談できるわけ無いじゃないですかっ!
そんなある種理不尽である種正当な怒りを内心抱きながら、クイナは小さくこくりと頷いた。
クイナ視点もなかなか楽しかったので、多分次もクイナ回。