ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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23 クノイチの少女

 森の中を、一筋の影が舞う。

 

 まるで実態が捉えられないそれは、亜人型モンスターの周囲を駆け巡る。

 

 モンスターたちも槍や爪を振り回して振り払おうとするが、それは黒い風の一端すら掠ることができない。

 

「……、」

 

 黒い風が、濃紺の光を引いた。

死角から攻撃することによりその威力を増す<シャドゥエッジ>が、モンスターの背中を切り裂き、黒い風はまた梢の闇に消えていく。

 

 また1体仲間を失ったモンスターの群れが、動揺してその動きを鈍らせた。

当然ここでの『動揺』とは人間の物とは似て非なる意味合いである。

彼らは人間の脳とは違い、ある程度のプログラムと判断基準に基づいて構成されたAIなのだ。

 

 『攻略組』の中でもさらに強いプレイヤーたちは、AIにあえて偏った戦術を学習させることでクセを作り、その隙を突いて倒すのだという。

 

 人間の動揺が状況の理解が追いつかないことによって引き起こされるものだとすれば、AIの動揺とは変化する状況に適応しすぎ、その回路に負荷がかかることを指すのだろう。

もしくは、偏った学習によって意図的に隙を生み出され、そこを突かれることか。

 

 そして突発的な応用性に欠けるAIはその状況を打破することが出来ず。

数分後。モンスターたちはなす術もなく全滅した。

 

 しゅっ、という軽い音とともに、黒い風が舞い降りる。

もはや残像のようであった全身の黒装束が精巧に形作られ、少し遅れて、黒いポニーテールの尾が垂れ下がった。

 

「ふう……。少し、休みましょうか」

 

 そういいながら振り向いて――――彼女はいま自分が一人であることに気がついた。

 

「あぁ、今クロスさんはいないんでした……」

 

 恥ずかしさに顔を赤くしながら、クイナは小太刀を鞘に収める。

 

 現在、クロスは血盟騎士団のメンバーとして、ある種の試験のようなものを受けている。

以前アスナに言われていた、団体行動の適性試験のようなものだ。

アスナの話では相当社会性が無い限りは問題ないとの事だが……

 

(いままでソロだったそうですし、心配です……)

 

 そう思うのは、クロスに特別な感情を抱いているからか。

おもむろに後腰に差した小太刀を撫でる。

 

 クロスとともに戦うなか手に入れた、クイナの相棒。

装備するだけで<隠密>スキルの効果を3割増しにしてくれるこの小太刀と、装備である<黒革装束〝(れん)〟>シリーズ。

それらは、忍びの知識など微塵も無いただの少女であるクイナを、システム的に一流の忍びに仕立て上げていた。

 

 クイナは愛刀の鯉口を撫でる。

この小太刀には十分満足していた。

攻撃力も、特殊アビリティも、間合いも、どれもクイナのスタイルにぴったりだ。

だが、まだ足りない。

憧れである蒼い騎士と並び、ともに戦うには、あまりに足りない。役不足だ。

 

 新しい力が欲しい。

 

 クイナは純粋に、貪欲にそう思った。

あの人の隣を立つに、ふさわしい存在となるために。

そのために今までロクに使わなかった情報屋や、多種多様なサブクエストに手を出してはいるが、あまり芳しくなかった。

 

 ――――クロスさん。どうすれば、あなたに追いつけますか……?

 

 もう少し『攻略組』を志すのが早ければ。

いや、そんな後悔に意味は無い。

 

 いまはただ、貪欲に力を求めるのみ。

 

 ある程度溜まった経験値をステータス画面で確認してから、クイナは転移結晶を用いて鬱蒼(うっそう)とした森から離脱した。

 

 

◇ ◇ ◇  

 

 

 アルゲード。

第50層にある主街区の名前だ。

以前も訪れたことのある、雑然としながらも活気のある街は、今日も相変わらず騒がしい。 

 

 通りの端を塞ぐ露店や嫌でも目に入る位置に置かれた白々しい看板に妨害されながらも、多くのNPCやプレイヤーが行きかっている。

 

「……ふぅ」

 

 クイナは軽く息を吐いた。ポニーテールの先が少し揺れる。

 

 時おり感じる視線は、きっと男性プレイヤーのものだろう。

クロスと一緒にいるときは微塵も感じない不快感が、クイナの背筋を駆け巡る。

 

『あんな風に見られるのは、とても嫌です。気持ちが悪くなります』

『……仕方がない。男って言うのは、気に入った女の子を見てしまうんだ。無意識にな』

 

 少し前、クロスと交わした会話だ。

今更それを思い出して、ふと、クロスもそうなんだろうか。とクイナは思った。

そしてほとんど反射的に、こう思う。

 

 ――――クロスさんは私を、無意識に見ているのかな……。

 

 クイナはその雑念を払うように、首を振った。

ポニーテールがまた誘うようにゆらゆらと揺れる。

 

 道端でひとり首を振るクイナに周囲は何を思ったのか、幾人かは足を止めて彼女を見つめていた。

 

「っ……」

 

 クイナはその卑しい視線から逃れるように、早歩きで裏通りへと入った。

 

 アルゲードの裏通りは表通りよりもさらに汚い。

表通りは雑然としていながらもまだ明るく清潔であったが、影が多いからだろうか、裏通りはどこか薄汚く見える。

クイナは入り乱れた詩どおりを慣れた様子で歩き回り、そして一つの雑貨屋の前で立ち止まった。

軽く左右を見て、こちらを見る人がいないことを確認してから、ドアを開ける。

 

「よう、クイナちゃん」

「ちゃんは付けないでくださいって、いいませんでしたか? エギルさん」

 

 クロスがいないからだろうか。

わずかにいらだった声で答えるクイナに、黒人肌のコワモテ店主はごまかすように苦笑した。

 

「いや、すまんすまん。もう癖でな。で、アイテムの補充かい?」

「はい。ハイポーションが12個に回復結晶が2個」

「はいはい。ハイポーションが12……ん? はい、ハイハイポーション……?」

「……、」

 

 くだらないギャグをかましたエギルに、クイナはジトッとした眼を向けた。

 

「じょ、冗談だって! ほらよ!」

 

 エギルは快活に笑いながら、クイナの注文どおりのアイテムの数々をカウンターに並べた。

二人の間には、二枚のトレードウィンドウが浮かんでいる。

 

 クイナはウィンドウを操作しトレードを完了させると、腰のポーチにアイテムを手早くポイポイと放り込んでいく。

その様子をなんとなく眺めていたらしいエギルが、ふと呟いた。

 

「……クロス、血盟騎士団に入ったんだって?」

「っ! ……なんで、知っているんですか?」

 

 クイナは小さく目を見開いて、エギルを見た。

今この時点では、『大嵐』の二つ名を持つクロスが<血盟騎士団>に入ったことは秘匿されている。

理由は簡単で、主に<血盟騎士団>と双璧をなす大型ギルド<聖竜連合>との衝突を避けるためだ。

 

 ギルドのことに詳しくないクイナには衝突する理由がわからなかった。

気のいい友人によると、彼ら<聖竜連合>は知名度とレアアイテム収集を第一とする。

その彼らにとって、ただでさえ二人しかいないユニーク持ちを両方とも<血盟騎士団>に取られるのは、非常に〝腹立たしい〟ことであるらしい。

 

 ヒースクリフもクロスも、理由は何にせよ<血盟騎士団>を選んだだけなのだから。

そこに<聖竜連合>が関与するのはお門違いなのに。

ユニークスキル所持者は〝ギルドの装飾品〟でも〝知名度上昇アイテム〟ではないのである。

 

「ああ。クロスから聞いたんだ。先に言っておくと、ムラマサとキリトにも伝えてある」

 

 エギルは虫を払うように軽く手を振りながら言った。

 

「そういうことでしたか。良かった」

「ん、なにがだ?」

「エギルさんがクロスさんの敵でなくて、です」

 

 クイナの言葉に、エギルが小さく震える。

 

「おいおい。物騒なこといわないでくれ」

 

 エギルはそう茶化したように言うが、内心焦っているように見えた。

クイナとしても悪気が合ったわけではなかったので、素直に謝る。

 

「……なぁクイナちゃん」

「……なんですか」

「アイツのことを思うのは構わないし、応援する。だが、見失うなよ。周りを見ておけ。後悔先に立たず、だ」

 

 珍しく真面目な顔をしたエギルが言った言葉に、クイナは小さく頷いた。

 




いつもご愛読、ありがとうございます。

やっぱり楽しかったので、しばらくクイナ回。
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