ストーリーに変更はなく、心象表現を増やしました。
「おい! 夜陰がデュエルするってよ!」
「マジかよ! 相手は誰だ、蒼騎士か!?」
「いや、違う。とにかく見に行こうぜっ!」
そんな声が、周囲のざわめきを飛び越えてクイナの耳に届いた。
アルゲードの転移門広場は、いつもよりもさらに人が集まり、それはクイナと黒髪を包囲するように集まっている。
人の壁に囲まれた即席のスタジアムの中で、クイナはため息を吐いた。
いらいらしていたからと言って、これは迂闊でした……
なんでこんなデュエルを受けたんだろうか。
見るのも嫌な前方を見ると、黒髪が分厚い片手斧をもてあそんでいる。
「じゃあ嬢ちゃん。そろそろ始めようぜ。盛大なショーをな」
「……はい」
話すのも嫌だ。
クイナは表示されたデュエル申請と、その内容を確認すると、手早くイエスを選択。
やはり初撃決着制だった。
HPが半分に達するか、もしくは一撃に一定量異常のダメージを受けた側が敗北するという、現在主に使われているデュエル方式だ。
すかさず後腰から小太刀を引き抜き、逆手に構えた。
一瞬で終わらせる。
「へぇ、手際がいいねぇ。俺、そういう女、好きだぜ」
「へっへっへ」
黒髪のキザなセリフには耳を貸さない。
茶髪が人ごみの最前列で、下卑た笑みを浮かべている。
そんな茶髪にクナイを投げてやりたい。
そんな雑念を払う。
3。2。1。
ゼロ。
「うぉぉぉぉりゃあッッ!!」
デュエルスタート。
クイナと黒髪のちょうど中間でフォントが弾け、閃光が散る。
その閃光を食い破るように突っ込んでくる黒髪に、クイナは守りの体勢をとった。
黒髪はそんな守りなど気にも留めず、ぞんざいに片手斧を振り上げる。
近くでよく見ると、左手には小さな円形の盾を持っていた。
守りも視野に入れているあたり、そこまで馬鹿ではないらしい。
クイナは小太刀を片手斧の軌道と重ねる。
振り下ろされた片手斧は相変わらず速度を増しながらクイナに向かってきた。
(……今っ!)
片手斧が、小太刀に触れるか触れないか。
そこでクイナは小太刀を大きく傾けた。
片手斧の刃と直角になっていた小太刀の刀身を、片手斧の刃に添えるように。
「ぬわっ!」
案の定気づかなかったらしい。
片手斧は小太刀にいなされて空を切り、その遠心力で黒髪は体勢を大きく崩した。
クイナはそのまま黒髪とすれ違い、背後へ抜けるように、小太刀を振るう。
小柄なクイナであり、またかさばらない小太刀だからこそできる芸当だった。
「く、くっそ、てめぇ……!」
デュエルが終わらない。
どうやら、ダメージがわずかに足りなかったらしい。
クイナは自分でもわからないほど小さく舌打ちした。
こんなときでも、己の弱さを思い知らされる。
ちょうど位置関係が最初と逆になった。
向こうでは黒髪が怒りの表情を浮かべている。
と、黒髪が左手の盾を投げ捨てた。
「へっ、後悔すんなよ……?」
どういう意味だろうか。
この世界では原則として、武器を二つ持つということができない。
いや、不可能ではないが、ソードスキルの発動が出来なくなる以上、二つ持つメリットが全くないのだ。
例外として、クロスの<大太刀>、つまりはユニークスキルが存在するが、まさかこの黒髪がユニーク持ちだとは考えられない。
ヒースクリフであれクロスであれ、ユニークスキルとは階層攻略に尽力したその中で、ごく一部の者に与えられる力であるからだ。
(なにかの作戦……?)
クイナはいつでも動ける体勢をとりながら、注意深く黒髪を観察する。
クイナが思うに、盾を手放すメリットは少ない。
一つ、黒髪がもともと機動力を生かした戦法を好む。
二つ、高レベルの<体術>スキルを持っている。
三つ、自暴自棄。
一つ目は、それなりの筋力値が必要な片手斧を装備しているからありえない。
つまり、それ以外。
三つ目なら、冷静に対処すれば問題ない。
もし二つ目なら、カウンターだ。
クイナは<体術>スキルのカウンターの発動動作を脳裏にシュミレートする。
「どうした? ビビってんのかァ?」
黒髪が歩きながら言った。
このまま待っていてもいいが、さすがに同じ手は通じないだろう。
なら逆に、飛び込む。
即決したクイナは、猛然と大地を蹴った。
大きく一歩踏み込み、黒髪に肉薄する。
黒髪が片手斧を振るが、もう遅い。
<ヴォルテクスエッジ>。
〝つむじ風の刃〟の意の通り、風のように高速で移動しながら敵を切り裂く突撃技。
小太刀が翠色の光を帯び、黒髪へ残光を引く。
「っっ!?」
背中に大きな衝撃が走った。
クイナは体勢を崩し、翠の光は失われる。
視界の端では、黒髪が笑みを浮かべながら、ソードスキルを発動していた。
「うぉりゃあッ!」
「クッ!」
とっさに体を捻り、片足を軸に回転する。
だが完全に回避できず、無様に地面を転がった。
四肢が力を込めて回転を止め、クイナは状況を確認する。
まず、前方の黒髪、そしてその向こう、クイナが攻撃らしき物を受けた方向。
そこには、手投げ斧を指でくるくると回す茶髪の姿が見えた。
クイナの顔が怒りに歪む。
そして視界の左端。
そのHPは、3分の一ほど減っていた。
つまり。
「へっ、俺の勝ち、だな」
〝WINNER!!〟
勝者を誇示するフォントに照らされながら、黒髪が醜悪な笑みを浮かべる。
クイナは屈辱と怒りに、歯を食い縛った。
「おいてめぇ! 卑怯だぞ!」
「正々堂々戦え! 臆病者!」
周囲から絶えず罵声が投げつけられ、黒髪が怒鳴る。
「うるせぇぞッッ! 周りは黙ってろ! ――――さ、約束は約束だ。愉しもうぜ、嬢ちゃん」
「……、」
そう、負けは負けだ。
勝負を受けた以上、クイナはデュエルの条件を全て承諾したことになる。
それが例え「第三者からの援護攻撃」だとしても。
こんな卑怯者に負けるなんて、なんと私は弱いのだろう。
クイナは己自身に絶望した。
俯き、垂れた黒髪がカーテンのようにクイナの顔を影に覆う。
クロスといても、一人でいても、こうして己の無力さを見せ付けられる。
どうして、こんなにも、弱いのだろう。
元々ただの〝傍観者〟だった中層プレイヤーが、天上の〝攻略組〟に名を連ねようとしたのが間違いだったのだろうか。
もう、うんざりだ。
現実でも、クイナは無力だった。
室町時代から続く由緒ある家柄と、同じく続く掟を遵守する家族に対して、クイナは怯えて、反発することすら許されなかった。
由緒ある家の者としての義務。
成績。作法。言葉づかい。礼儀。結婚相手。友人。
全てがクイナの意志を無視して作り出され、不必要だと判断されれば容赦なく淘汰されていった。
だから、偶然この仮想世界に来てしまったとき、絶望の中で思ったのだ。
これは、チャンスなのかもしれないって。
伝統に縛られた現実とは全く異なる、この新しい世界で、私は変われるんじゃないかって。
だけど、違った。
クイナ(わたし)はなおも敗者だった。
今顔をあげれば、黒髪と茶髪の下卑た笑みが眼前にあるのだろう。
だが、きっとこれが運命なのだろう。
敗者は敗者であり、その全ては無視され、穢され、踏みにじられる。
そして、わたしは永遠に――――敗者。
今ならわかる。
天上の攻略組――――その中でも特に最上位に位置する剣士、クロスの隣に立とうなどということが、どれほど身の程知らずであったことか。
わたしとクロスは違いすぎる。
鼠と狼のように。泥と雲のように。
ああ。
きっと、クロスも迷惑だっただろう。
わたしのようなハイエナにたかられて、さぞ煙たかったことだろう。
今思えば、渋るクロスに付き纏ってパーティに入れてもらったときも、そうだったではないか。
クロスはわたしを仲間に入れることを悩んでいた。
いや、嫌がっていたといってもいい。
それなのにクロスの強さと矜持に憧れて、ヒルや蚊のようにただひたすら付き纏っていた。
ああ。わたしは、クロスさんにとって、最初から――――
――――必要ない存在だったんだ……
ふと、身体の力が抜けた。
同時に、怒りも、哀しみも、全て霧散する。
もう、なにもない。なにもいらない。
全てを風に任せて、流れていこう。
木枯らしに舞う枯れ葉のように。
清水に流れる木の葉のように。
抗っても、何一つ変えられないのだから。
流れに逆らって、無理に疲れ傷つく必要は無い。
ただ身を任せていればいい。
沈んで息ができぬなら、肺を捨ててエラを得よう。
重くて風に舞えぬなら、腕を捨てて翼を得よう。
母が言うに、わたしは物覚えがいいらしい。
そんなわたしなら、エラと翼を得ることは他愛も無いだろうから。
「お? じゃあ行くか」
予想通り下卑た笑みを浮かべた黒髪が、茶髪を連れ立って歩き出す。
クイナは無感情に、黒髪の背後を歩き出した。
「待つでござる」
誰かの声が聞こえる。
黒髪がうっとおしそうに振り向き、クイナ越しに言った。
「あ? 誰だおっさん」
「お主には言っておらぬ。それでいいのかと言っているのでござる。――――クイナ殿」
「っ!」
反射的に振り向いた。
炎のような武者鎧。腰に佩(は)いた黒塗りの刀。
彫りの深い顔に、今は怒りを秘めた、灰色の瞳。
そして、一度聞けば忘れない、時代劇のようなその話し方。
「卑劣に屈し、負けを認めるのでござるかと聞いているッ! クイナ殿ッッ!!」
いつもご愛読、ありがとうございます。
ストックはこれで終わりです。
次回は書き終わり、推敲が終わり次第、となります。
これからはしばらくクイナ視点が続きます。
エピソードプロットも今回はちゃんと書いていますので、ある程度まとまったストーリィになる予定です。