ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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26 慟哭

 クイナは重い足取りで、ムラマサのあとをとぼとぼと付き歩いていた。

一歩歩くたびに、迷惑をかけてしまったという罪悪感が心にのしかかる。

 

 前を歩くムラマサの背中は何も語らない。

だがそれは暗に責められているように感じ、クイナは俯いて目をそらした。

 

 ムラマサはいくつかの大通りを曲がると、小さなパブの前に入っていく。

クイナには大きな木のドアを開けると、ドアにつけられたベルが鳴った。

 

 中は薄暗い、イギリス風の内装だった。

オレンジ色の光が店内を淡く照らし、カウンターではNPCのマスターがグラスを磨いている。

西洋ファンタジーの世界観をを踏襲しているソードアート・オンライン、ひいてはこのアインクラッドでは、一般的な様式だ。

ちなみに、逆にプレイヤーが経営する店ではこういった薄暗い西洋風の様式は少なく、現代風の様式を取る。

エギルの店などがそうで、NPC経営の店との判別が一瞬でつくのが特徴だ。

 

 ムラマサは人気の無い店内の最奥部、壁でわかりづらくなっていたテーブルに座る。

クイナも座ると、テーブルの上にメニューが出現した。

わずかに眼を向けると、ムラマサはコーヒーを選択している。

何も飲む気が起きない。

すぐに一番下にあるキャンセルに指で触れて、メニューを消した。

 

「……もうしわけ、ありませんでした」

「……クイナ殿」

 

 注文したコーヒーを飲みながら、ムラマサが(いさ)めるように言った。

クイナは何も置かれていないテーブルを見つめるように俯いている。

 

「わたしがあんなデュエル受けなければ、ムラマサさんに迷惑をかけることもなかったのに」

「クイナ殿」

「だって嫌だった。クロスさんが馬鹿にされるのが、嫌だったから……!」

「クイナ殿!」

「認めさせたかった、わたしなんかが、そんなこと、する意味も、なにも、ないのに……!」

「クイナ殿ッ!!」

 

 ムラマサが語気を荒らげた。

絶えず嗚咽(おえつ)を洩らすクイナの肩を、何かから引き止めるように摑《つか》む。

 

「そんなことはないでござる。クイナ殿は――――」

「慰めなんていりませんッ!」

 

 二人以外には、物言わぬNPCのマスターしかいない寂しい店内に、クイナの叫びが響き渡った。

そのまま堰を切ったように、クイナは爆発する。

 

「わたし弱いのにッ! クロスさんといたから勘違いして、自分が強くなったような気がしてたんです!! 違うのにッ! わたしはただ、クロスさんの、おまけにしか、過ぎなかったのにッ!」

「それは違うでござる! クイナ殿はクロス殿のおまけなどではない!!」

 

 ムラマサも怒鳴った。

そのまま二人は互いの感情をぶつけ合う。

 

「おまけですよ! クロスさんは、わたしがいなくても強いんですっ、わたしはただ、クロスさんに纏わりついているだけなんですッ!」

 

 クイナはぼろぼろと涙を流していた。

 彼女はただ悲しかった。

 なにもかもが混乱して、散在して、砕け散って。

 全てがどうでもいいと思えるほどに。

 

 ムラマサは苦悩していた。

 いかにして、絶望し悲観にくれる少女を救うかを。

 そして、この世界そのものに、苛立っていた。

 いまだ幼い少女に、こんな所業で涙を流させる世界を。

 

 泣いていても可愛らしいクイナに、ムラマサがそれでも負けじと怒鳴り返す。

 

「なら、お主はいつまでもそういるつもりかッ!!?」

「ッ!!」

「いつまでも、クロス殿の後ろにいるばかりの、〝おまけ〟になるつもりかッ!!」

 

 ひたすら叫んでいたクイナが黙り込んだ。

パブに数分ぶりの静寂が降りる。

 

「……そんなわけ、ないじゃ、ないですか」

 

 数秒後クイナから出たのは、少し落ち着いた声。

ぽつぽつと、流れた涙がこぼれるように。

 

「おまけなんて、嫌に決まってるじゃないですかッ! だから色々調べて、試して……! クロスさんと、本当の意味で、一緒に戦いたい。還りたいからっ!!」

「……そうか」

 

 ムラマサは安堵していた。

 ――――これなら大丈夫だ。

 人は意志を持つからこそ、意味のある行動が出来るのだ。

 

「でも、ダメでした。あんな人たちにすら、わたしは勝つことができなかった。……やっぱり、わたしは弱いんです。……わたし、クロスさんといて、いいんでしょうか?」

「……それは、拙者が決めることではないでござる」

「そう、ですよね……」

 

 一層落胆したように、クイナの声が沈んだ。

 

「しかし、今までクロス殿がクイナ殿を邪険に扱ったことなど、ないでござろう?」

 

 付き合いは短いながらも、ムラマサはクロスの人柄をわかっているつもりだった。

絶対に、彼はそういうことはしない。

 

(今この子を救うために、その優しさにすがるでござるよ……クロス殿)

 

 ムラマサの言葉を受けて、クイナは小さく頷いた。

 

「クロス殿は、お主を邪魔だと思ってはござらぬよ。あとは、クイナ殿が、一緒にいたいか、だけでござる」

「一緒に、いたい、です……!」

 

 先ほどとは打って変わった、確固たる意志のこもった声に、ムラマサは満足げに頷いた。

 

(いささか自己満足の部分はあるが……これで、ボス戦の恩は返せただろうか)

 

 クイナの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

ムラマサは無愛想に手ぬぐいを手渡すと、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。

 

「なら、そう泣く必要はないでござるよ。顔をあげるでござる」

「うぅ……ぐすっ。――――はい……!」

 

 クイナは顔をあげる。

彼女の手には、涙で濡れたくしゃくしゃの手ぬぐいが握り締められていた。

 

 けれども。

 

 その顔に悲しみはもう、なかった。

 




難産です(現在形)。

人生経験が乏しいのが悲しいです。
あと、表現力も。

読者の方々、長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
クロスの出番はしばらくありません。(一応)主人公だけど。

そういえば七夕ですね。
私が棲息する地域ではそこそこの規模の祭りが開かれます。
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