クイナは重い足取りで、ムラマサのあとをとぼとぼと付き歩いていた。
一歩歩くたびに、迷惑をかけてしまったという罪悪感が心にのしかかる。
前を歩くムラマサの背中は何も語らない。
だがそれは暗に責められているように感じ、クイナは俯いて目をそらした。
ムラマサはいくつかの大通りを曲がると、小さなパブの前に入っていく。
クイナには大きな木のドアを開けると、ドアにつけられたベルが鳴った。
中は薄暗い、イギリス風の内装だった。
オレンジ色の光が店内を淡く照らし、カウンターではNPCのマスターがグラスを磨いている。
西洋ファンタジーの世界観をを踏襲しているソードアート・オンライン、ひいてはこのアインクラッドでは、一般的な様式だ。
ちなみに、逆にプレイヤーが経営する店ではこういった薄暗い西洋風の様式は少なく、現代風の様式を取る。
エギルの店などがそうで、NPC経営の店との判別が一瞬でつくのが特徴だ。
ムラマサは人気の無い店内の最奥部、壁でわかりづらくなっていたテーブルに座る。
クイナも座ると、テーブルの上にメニューが出現した。
わずかに眼を向けると、ムラマサはコーヒーを選択している。
何も飲む気が起きない。
すぐに一番下にあるキャンセルに指で触れて、メニューを消した。
「……もうしわけ、ありませんでした」
「……クイナ殿」
注文したコーヒーを飲みながら、ムラマサが
クイナは何も置かれていないテーブルを見つめるように俯いている。
「わたしがあんなデュエル受けなければ、ムラマサさんに迷惑をかけることもなかったのに」
「クイナ殿」
「だって嫌だった。クロスさんが馬鹿にされるのが、嫌だったから……!」
「クイナ殿!」
「認めさせたかった、わたしなんかが、そんなこと、する意味も、なにも、ないのに……!」
「クイナ殿ッ!!」
ムラマサが語気を荒らげた。
絶えず
「そんなことはないでござる。クイナ殿は――――」
「慰めなんていりませんッ!」
二人以外には、物言わぬNPCのマスターしかいない寂しい店内に、クイナの叫びが響き渡った。
そのまま堰を切ったように、クイナは爆発する。
「わたし弱いのにッ! クロスさんといたから勘違いして、自分が強くなったような気がしてたんです!! 違うのにッ! わたしはただ、クロスさんの、おまけにしか、過ぎなかったのにッ!」
「それは違うでござる! クイナ殿はクロス殿のおまけなどではない!!」
ムラマサも怒鳴った。
そのまま二人は互いの感情をぶつけ合う。
「おまけですよ! クロスさんは、わたしがいなくても強いんですっ、わたしはただ、クロスさんに纏わりついているだけなんですッ!」
クイナはぼろぼろと涙を流していた。
彼女はただ悲しかった。
なにもかもが混乱して、散在して、砕け散って。
全てがどうでもいいと思えるほどに。
ムラマサは苦悩していた。
いかにして、絶望し悲観にくれる少女を救うかを。
そして、この世界そのものに、苛立っていた。
いまだ幼い少女に、こんな所業で涙を流させる世界を。
泣いていても可愛らしいクイナに、ムラマサがそれでも負けじと怒鳴り返す。
「なら、お主はいつまでもそういるつもりかッ!!?」
「ッ!!」
「いつまでも、クロス殿の後ろにいるばかりの、〝おまけ〟になるつもりかッ!!」
ひたすら叫んでいたクイナが黙り込んだ。
パブに数分ぶりの静寂が降りる。
「……そんなわけ、ないじゃ、ないですか」
数秒後クイナから出たのは、少し落ち着いた声。
ぽつぽつと、流れた涙がこぼれるように。
「おまけなんて、嫌に決まってるじゃないですかッ! だから色々調べて、試して……! クロスさんと、本当の意味で、一緒に戦いたい。還りたいからっ!!」
「……そうか」
ムラマサは安堵していた。
――――これなら大丈夫だ。
人は意志を持つからこそ、意味のある行動が出来るのだ。
「でも、ダメでした。あんな人たちにすら、わたしは勝つことができなかった。……やっぱり、わたしは弱いんです。……わたし、クロスさんといて、いいんでしょうか?」
「……それは、拙者が決めることではないでござる」
「そう、ですよね……」
一層落胆したように、クイナの声が沈んだ。
「しかし、今までクロス殿がクイナ殿を邪険に扱ったことなど、ないでござろう?」
付き合いは短いながらも、ムラマサはクロスの人柄をわかっているつもりだった。
絶対に、彼はそういうことはしない。
(今この子を救うために、その優しさにすがるでござるよ……クロス殿)
ムラマサの言葉を受けて、クイナは小さく頷いた。
「クロス殿は、お主を邪魔だと思ってはござらぬよ。あとは、クイナ殿が、一緒にいたいか、だけでござる」
「一緒に、いたい、です……!」
先ほどとは打って変わった、確固たる意志のこもった声に、ムラマサは満足げに頷いた。
(いささか自己満足の部分はあるが……これで、ボス戦の恩は返せただろうか)
クイナの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
ムラマサは無愛想に手ぬぐいを手渡すと、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。
「なら、そう泣く必要はないでござるよ。顔をあげるでござる」
「うぅ……ぐすっ。――――はい……!」
クイナは顔をあげる。
彼女の手には、涙で濡れたくしゃくしゃの手ぬぐいが握り締められていた。
けれども。
その顔に悲しみはもう、なかった。
難産です(現在形)。
人生経験が乏しいのが悲しいです。
あと、表現力も。
読者の方々、長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
クロスの出番はしばらくありません。(一応)主人公だけど。
そういえば七夕ですね。
私が棲息する地域ではそこそこの規模の祭りが開かれます。