ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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28 受注

 バーの扉を開けると、ざわめきとガラスをぶつけあう乾いた音が飛びこんでくる。

ムラマサと行ったパブとは違い、多くのNPCが宴を開く、街一番と言えるほど栄えた酒場だ。

 

 長いカウンターにはマスターが立ち、いい加減に置かれた丸テーブルの隙間をウェイトレスが風のように駆け回っている。

クイナはそっと石畳を擦るようにして、足音を立てずにカウンターへ向かった。

 こういう人ごみは好きではない。

とにかくうるさいし、空気がよどんでいる気がするからだ。

 だが。

 

「よお嬢ちゃん! こんな男臭いバーになんのようだい?」

 

 早速とばかりに、一番入り口近くのテーブルにいた男が声を掛けてくる。

もちろん彼はNPCだ。

どうやら、プレイヤーが一定範囲内に入ると声をかけてくるタイプらしい。

 きっと、女なら疑問の、男なら歓迎のセリフなのだろう。

 

 人ごみと関わりたくないという、現実ゆずりのクイナの努力は早くも水泡に帰してしまったらしい。

さすがにNPCだからと無視するのもはばかられるので、軽く会釈を返して奥に向かう。

 

「あの」

「ん? いらっしゃい。ご注文は?」

 

 口周りに髭を生やした壮年のマスターは、意外にも親しげな声音で答えた。

見た限りでは、もっと無愛想な感じだと思ったのだが、伊達にこのバーのマスターではないようだ。

 

「はい、では……」

 

 ふとメニューを見て、クイナは思わず苦い表情を浮かべてしまう。

コーヒー、エール、オートミール、ワイン。それと、ファイアオックスのステーキやサーペントテールといった、この世界独特の創作料理。

 

 要約して言えば、クイナの好きな物が何一つなかった。

クイナは家柄の影響からか、緑茶や番茶などが好きだ。抹茶ならなおよしである。

家族のほとんどが西洋チックな飲み物を飲まないからか、クイナが紅茶やビールを見るのはこの世界に来てからがほとんどだ。

 

 そう言えば、クロスはコーヒーを好んで飲んでいた。

あの濁った泥水のような飲み物は、果たしてどんな味なんだろうか。

 

「……コーヒーで」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

 マスターはクイナの背中を向けて、何やら機械をいじりだす。

父親の部屋にもあった機械だ。名前は知らない。

 

「あいよ」

 

 10分ほど待っていると、クイナの前にことりとカップが置かれた。

シンプルな白いカップには泥水――――もといコーヒーがなみなみと満ち、芳醇な香りと湯気を放っている。

 

 なるほど。近くで嗅ぐと良い匂いだ。

 

 カップを顔の前に持ってきて、クイナはカップを傾けた。

 

 

 

 

 苦いッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 思わずむせてしまった。

 すぐさまカップから口を離して、口の中に残ったコーヒーを飲み込む。

だがそれでも苦味が消えず、ひりひりとした苦味が舌を刺激する。

 

「……、」

 

 クイナはすっかり冷め切ってしまったテンションで、眼前に鎮座するコーヒーを眺めた。

飲む前の興味と期待に満ちた瞳は、もうどこにもない。

 

 これは果たして飲み物なのだろうか。

これをすまし顔で飲んでいたクロスの舌は、果たしてどういう構造をしているのだろうか。

 

 クイナはそんな疑惑を抱きながら、カップに残ったコーヒーを憂うつな目で眺めた。

 

 とにかく。これを飲みきらなければ。

 

 クイナはまるでボス戦に挑むかのように覚悟を決めて、再びカップを傾けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――――もうあんな物は飲まない。絶対に。

 

 そう決心したクイナは、クエスト受注条件の一つである『注文後一定時間カウンターに座っておく』の達成を待っていた。

激闘の末飲み干したコーヒーは、もうそのカップが残っているだけだ。

 

(クロスさんの味覚はもう信用しないことにします、絶対に……!)

「なあ冒険者さん。最近この街を荒らす泥棒がいるって知ってるか?」 

 

 半ば責任転嫁な事を思っていると、マスターが声をかけてきた。

クエストの会話だ。

返事をしないと会話がリセットされてしまうので、無難な返事を返す。

 

「いいえ、知りません」

「嬢ちゃんも気をつけろよ。見る限り、腕はあるようだが……そうだ、一つ頼んで良いか?」

「ええ、もちろんです」

「そうか、ありがとう。で、その泥棒なんだけどよ……酒が好きらしいんだ」

「お酒、ですか……?」

「ああ。この前も知り合いが酒樽をまるまる飲み干されちまった。ソイツ、今日の夜も上等のワインを仕入れたし、心配なんだよ」

「そうなんですか……」

「で、嬢ちゃんには、俺と一緒にソイツの酒樽を守って欲しいんだ。どうだ、やってくれるか?」

「はい。いいですよ」

 

 クイナも慣れたもので、NPCへの応対はちょっと手抜きだ。

あんまり小難しい応対をすると、互いの会話がずれてしまうので、これくらいがちょうどよくストーリーを把握できる。

マスターは見るからに顔をほころばせると、にこやかに微笑んだ。

 

「そうか! じゃあ今夜、貯蔵庫に来てくれないか。そこに納入されるんだ」

 

 クイナは頷き、地図に貯蔵庫の場所が記されたのを確認すると、バーを後にした。

 

 外へ出ると、絹のように薄い霧雨がしとしとと降り注いでいた。

白い霧が街中に立ち込めて、目立つはずの尖塔がまったく見えない。

クイナがいるのは町を穿つ大通りなのだが、見えるのは20メートルほど先までで、それから先は霧が視界を妨げていた。

 

 それはまるで、かつてクロスやムラマサと戦い抜いたボス戦を彷彿とさせる。

 

 この階層は気候すらロンドンを模しており、雨が多い。

霧吹きを吹きかけられているかのような霧雨の中を、何人かの人が行きかっている。

 

 クイナも合羽(かっぱ)代わりの撥水マントを取り出すと、包まるように体に纏った。

雨の中に一歩踏み出し、霧の中を歩き出す。

 

 フードが水を弾く音が、クイナの耳に響きだした。

 

 




いつも読んでくれてありがとうございます。

コーヒーについて色々言っていますが、気を悪くしたなら申し訳ないです……
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