ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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30 白と黒の出会い

――――ロードガル 第三大通りにて――――

 

 彼は人もまばらな通りを、とぼとぼと歩いていた。

 歴史の教科書にも登場する、古めかしいランプの街灯が、夜のロードガルを照らしている。

 

 たまにすれ違う人はその大半がNPCで、プレイヤーはさらに稀だ。

当たり前である。ここはロードガルの一角に、リアリティを持たせるために創造された住宅街だ。

店も貸家もクエストもないこの区画に、わざわざ来るプレイヤーはそうそういない。

 

 そんな場所にいるのは、やはり何かあるに違いないと嗅ぎまわっている奴か、訳ありの奴か。

ともかくそのプレイヤーはだいたいが変わり者で、そして彼もその変わり者の一人だった。

 

「……ん?」

 

 獣脂にしては明るく、鼻を突く臭いもないランプを見上げた。

いや、正確には、その不思議な明かりに照らされた、二つの影に目を凝らした。

 

 何かが、いや、誰かが、屋根の上を高速で走り回っている。

追いかけられているのは、異様に大きな四本足の動物らしい。

 

 それにしても、何をしているんだ。

 

 彼はその光景に興味が沸いた。

見た限りでは、逃げた動物を捕まえ、飼い主に返す。そんなたぐいのクエストだろう。

〝お使い〟と呼ばれるその種類のクエストは、弱者救済のためか、低層にこそ多かったが、10層より上では激減し、70層となる今では見る影もなかった。

 

 しかし、今の光景は、その〝お使い〟クエストではないだろうか。

それも、彼の集団でも随一の情報屋ですら知り得なかった、未知のクエスト。

 

 たかが〝お使い〟クエストとあざ笑うことは簡単だ。

しかし、それは低層ゆえの低難易度と利益の低さであり、この高層での〝お使い〟では、当然難易度(リスク)も報酬(リワード)も全く異なっているだろう。

 

「……へェ、面白そうじゃねェか」

 

 追い掛け回してた奴の顔も覚えた。

どこか、見覚えのある、忍者みたいな奴だ。

 

 彼は白い外套を付け直し、白いブーツで石畳を踏みしめる。

 

 ふと、風が外套をいたずらに持ち上げた。

彼の左手が迷子のようにふらりと外気に晒される。

 

 ――――棺桶とドクロのエンブレムが、呪いのようにその甲に刻印されていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「はぁ……」

 

 クイナは依頼主であるマスターのパブで、ひとりため息をついた。

原因は明白。クエストの失敗である。

 さらにいうと、あのデブ猫に一泡吹かされたことがなおさら屈辱だった。

 

(次はコテンパンにしてやります……!)

 

 AIごときに何をと思うかもしれないが、そのAIごときに胸の大きさに文句をつけられる筋合いは無い。

 もしかしたら、クロスは大きいより小さいほうが好みなのかもしれないのだから。

 

(いや、それはそれでちょっと困ります……)

 

 主に、社会地位的に。

 

「オイ」

「え?」

「座っていいか」

 

 言葉は疑問系だが、その青年は問答無用とばかりにもう私の反対側の席に座り込んでいた。

 

(テーブルはまだ空いているのに、なぜだろう……?)

 

 わたしがそう思うことはなかった。

思わず指が緩み、持ち上げたカップが傾ぎ、緑色の茶がこぼれて消える。

 

 少し長い髪は、新雪のように純白。髪の隙間から、彼と同じ、紅蓮の瞳が煌々と輝く。

そして、彼の纏う革鎧も、外套も、同じ純白。

 微笑めば天使の具現となるはずであろう、中性的な相貌。

それは歪められ、恐ろしい凶悪犯のそれとなっている。

いや、凶悪犯そのものだ。

 

 彼は。

 

 ラフィンコフィン幹部、〝狂鑓(きょうそう)〟のジン。

 

 どこまでも白で染められた、神々しい悪魔なのだ。

 

「……なんの用ですか。〝レッド(PK)〟さん?」

 

 クイナの口調が毒々しいものになったのも、仕方の無いことだった。

 

 彼は、アギルから全てを奪い、そしてそれ以外にも幾多の命を奪ってきたのだから。

 

「へっ。ずいぶんゴキゲンナナメじゃねェか。ま、今の俺は何もしねェよ、カリカリすんな」

「今は、ですか」

 

 クイナは冷たい口調で確認した。

そのとき、ジンがわずかに悲しげな表情をしたことに、彼本人でさえも気がつかなかった。

 

「そンなことを言いにきたわけじゃねェんだ。……てめェさっき、何のクエストを受けていた?」

「ッ!」

(見られていた……!?)

 

 クイナは衝撃を受け、そして戦慄した。

まだ確認こそはしていないが、エギルの情報では、あのクエストの報酬は莫大な能力パラメータの強化である可能性が高い。

クエストの受注条件は特殊だが、ラフィンコフィンの中にクイナのようなスタイル――――俗にいう〝盗賊(シーフ)タイプ〟のプレイヤーがいないとも限らないのだ。

そして、恰好から推測すれば、ジン本人がその可能性も否定できない。

 

 つまり、クイナは何があっても、その情報を渡すわけにはいかなかった。

 

「……なんであなたに教える必要が?」

「へェ、あの時よりはずいぶん成長したじゃねェか」

 

 ジンは見直したように笑みを浮かべると、コーヒーを注文した。

出現したカップを傾ける。

 

「ンで、どうしたら教えてくれるンだ?」

「情報はこの世界では生命線ですよ。それに、わたしは情報屋じゃありません」

「情報売買が、情報屋の専売特許じゃねェだろうが」

「いえ。わたしは仕事を奪いたくないので」

 

 クイナはかたくなに拒否する。

対価を要求しなかったのは、ジンがそれに相当する何かを持っている可能性を考えたからだ。

 もとより交渉の席に立たなければいい。

それがクイナの対応だ。

 

「はァ……ったく。――――人質がいるって言ってもか?」

 

 ジンは脅しをかけて、赤い眼光でクイナを射抜いた。

クイナもヘビににらまれたように、体を硬直させる。

 

「人質……!?」

「あァ。さいきん捕まえて、麻痺させてんだ」

「脅し、ですか」

「いやァそういうわけじゃァねェよ? ただ、俺の機嫌が、良いか。悪いか。そンだけだ」

(嘘? いや、でも本当なら、不味いです……)

 

 クイナは思考をフルに回転させた。

こんなとき、クロスさんがいれば、という、自分でも情けないと思う思考を排除して。

 

 そして、ラフィンコフィンの特性を思い出す。

 

(そうだ。ラフィンコフィンは、生かさないんだった)

 

 それは、狙った獲物は必ず殺す。という意味だった。

ラフィンコフィンはすごすごと生かすことをしない。

捕らえた獲物はその場で殺す。それがいくつか知られる特性だった。

 それは、彼らが惨殺を目的ではなく、殺すことその者が目的だからだろう。

 

 つまり、ジンの言葉は嘘だ。

 

「なら、いいです」

「あ?」

「では」

 

 クイナは席を立って、パブを後にした。

その日は、クエストを受けなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……はァ……」

 

 去っていった少女があけたドアが閉まる音。

ジンは静かにため息を吐いて、コーヒーを飲み干した。

 

「さァて。あのクエの依頼主はここのマスター、か」

 

 ジンがそれを知ることができたのは、クイナの視線である。

ジンがクイナに何のクエストを受けていたか尋ねたとき、彼女はジンの後ろ左を一瞥したのだ。

 恐らく無意識だろう。

それは、クイナがまだ素直であることを如実に物語っている。

ジンはそんな彼女に好印象を抱いていた。

 

(ああいう奴は、生き残って欲しいなァ……)

 

 受注条件も、クエストの内容もさっぱり。

だが、ジンの言葉を嘘を断定して教えなかったほどだ。

さぞ報酬が素晴らしい物なのだろう。

 

 得た物は依頼主の居場所と、その報酬の価値。

 

(コレは誰にも教えるわけにゃいかねェなァ……)

 

 ジンはこの情報を秘匿するため、ザザやジョニーへの言い訳を考え始めた。

 

 




 アクセスありがとうございます。
 お盆ですが、皆様はどうお過ごしでしょうか?
帰省や旅行なんですかね……私は宿題に追われております。
 英語がマジで鬼畜です。
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