「おっ。来てくれたか」
相変わらずの喧騒。
軽い木のドアを抜けると同時にけたたましく響くそのBGMを聞き流し、さらには入店を合図に声をかけてくる男性客にも無作法な会釈。
もう4回目となったそれだが、クイナはまめまめしくきちんとこなしていく。
それはクイナの丁寧な性格を体現しているといえた。
カウンターにクイナが座ると、マスターがほがらかな表情を浮かべた。
足が空中をぶらぶらしているのは愛嬌である。
「準備してきた。改めてありがとな」
マスターのその言葉とともに、クイナのウィンドウが勢いよく開く。
《〝猫のペンダント〟 を入手しました》
《〝ブラッドサーペントの蒸留酒〟 を入手しました》
《〝ロードガル栄誉憲章〟 を入手しました》
「ありがとな、助かったよ。――――アンタの歩みに天空の加護があらんことを」
マスターは小さく会釈して、
つまり、クエスト終了ということだ。
化け猫との激闘と比べて、あまりに呆気ない終わり。
だがそれがある意味、このソードアートオンラインにおけるクエストの特徴でもあった。
現実世界でなら、幾百幾千の繋がりが絡み合って
しかし、その人の繋がりのほんの一部を模倣したに過ぎないゲームのクエストは、通りすがりの冒険者に対し、時にはペット探しを、時には国家危機レベルの危機解決を迫る。
現実世界では到底ありえない、驚くほど突飛な始まりだ。
そしてクエストとは、一期一会の関係がほとんどである。
クエストを頼んで、解決したら報酬を払う。
それがすんだら、例え共に強大なモンスターを屠ったとしても、もう『顔見知り』というレベルの関係にまで落ちてしまう。
そんな異質な関係。
(けど、それがズレてるように感じられるのは、いつまででしょうか……)
現実世界の泥沼化した関係など微塵も無い、そんな一期一会の出会いが当たり前に感じる。
それは、このアインクラッド――――ひいては『ゲームの中の世界』に慣れてきているということなのだろう。
それが良いことなのか、悪いことなのかは、クイナにはわからない。
慣れるということは、現実と似通った対処能力と反射神経、精神状態が養われ、生存率の向上に直結する。
逆に慣れてしまうと現実とゲームの区別がつかなくなり、いつか《・・・》現実世界に帰還したとき、なんらかの悪影響が引き起こされる。
どっちもどっちだ。
だから、善悪は語れない。
クイナは席を立ち、パブを出る。
(エギルさんにはあとで教えてあげないと……)
でもさきに、噂のアイテムを拝見することにした。
ウィンドウを開き、ストレージをスクロール。
目的のアイテムをダブルクリックして、詳細情報を読み出した。
〝猫のペンダント〟
ロードガルを駆ける大泥棒、ニャン太の俊敏さと忍びの証。
装備者に闇夜に紛れる隠密性と猫の如き俊敏性を授ける。
〝ブラッドサーペントの蒸留酒〟
ブラッドサーペントの体液から作られた酒。
高い酒精を持ち、酒の強い者でも一口で酔ってしまう。
〝ロードガル栄誉憲章〟
ロードガルの街に多大な貢献をした者に贈られる憲章。
豪華な装飾が施されており、持つ者はあらゆる者に認められる。
エギルが言っていたステータス強化アイテムは、恐らく〝猫のペンダント〟のことだろう。
クイナは猫のペンダントを装飾品の欄にセットしてみる。
「うわぁ……!」
思わず吐息を洩らしてしまった。
敏捷値がはるかに上がっている。
レベルで表すと、たとえ敏捷値に全て振り分けたとしても、10レベル分は必要だ。
それほどの数値である。
正直言って、現実世界でも欲しい。
偏差値がこのくらい上がれば、もう少し勉強以外のこともできるのに。
クイナが咄嗟に偏差値と比べてしまうのは、彼女が本来学生の身分だからだろう。
――――天空城に住まうクノイチと違って。
何よりも、クイナは歓喜していた。
(だけどこれで、クロスさんとも……!)
並べるかもしれない。
クイナは胸が熱くなって、いてもたってもいられなくなった。
思わず小躍り。
軽快なステップを踏んで、くるりと一回転。
ルンルンである。
だがここで
これはただの性能であり、クイナはまだそれ相応の技術を持ち合わせていないのだ。
『心技体』。その言葉を改めて噛み締めて、ウィンドウを閉じる。
全てはクロスに追いつくための手段に過ぎない。
やっと、ここまで来たのだ。
あとは、レベルと己自身の技術を磨くだけ。
だがその前に。
クロスに会いに行こう。
どうしても彼の動向が気になって。
どうしても彼の思いが知りたくて。
どうしても彼の強さに憧れて。
「転移、グランザム!」
蒼い光が、クノイチを花と水の白城へいざなった。
9月9日から、修学旅行です。
なので、遅い更新速度がさらに今度低下します。