時刻は午前11時ごろ。
太陽がいよいよ昇り始め、夏ならば本格的に気温が上昇し始める。
朝が苦手なヤツもいい加減置き始める時間帯に、クロスは庭を歩いていた。
その傍らには、彼のパートナーであるクイナがとことこと付き従っている。
「……で、なんでついて来る?」
「コミュニケーションです!」
そんな返答に、クロスは不思議そうに首を傾ける。
園庭には角ばった木や切りそろえられた芝生、噴水など、日本庭園とは異なる管理された美しさが横たわっていた。
詫び寂びとは違う方面、直接的、視覚的な方面での美しさを追求した、人工の美だった。
クロスはその知名度の高さから現在、実戦訓練以外での外出を許されていない。
ストレージの整理やスキル構成の考察もすでに飽きてしまい、窓の風景にも同じことを想い始めている。
そうして今度は、本部の敷地内の散歩をして暇を潰しているのだ。
忙しい者はクロスの現在に憧れるだろう。
だが、何もすることがないというのは、いざなってみると辛く、そして多忙を欲するのだ。
人間は無い物ねだりが好きである。
だから永遠に欲は消えないし、そういった意味では、一生しあわせは来ない。
何事も、達成し手に入れてからより、その過程のときのほうが楽しいのだ。
だからクロスは切望する。仕事をくれと。
最初はレベル上げでも命じて欲しかった。
作業クエストでもいいから、街を歩き回り、フィールドを駆け、モンスターを駆逐して、報酬を得たかった。
レベルを上げ、数字に如実に表れた自らの成長を吟味したかった。
だが今ではもはや、もはや何でも良くなっていた。門番でも雑用でも護衛でも、とにかく何かしたかった。
もはや仕事でなくていい、何か暇を潰せる、自らを満足させてくれるものが欲しかったのだ。
そして、そこでやってきたのがクイナだった。
訓練にも飽いていたクロスに、外部の情報という暇つぶしをくれたのが彼女だった。
退屈に押しつぶされ、停滞に餓死寸前だったクロスを救ってくれた。
「クロスさんクロスさんっ」
「ん?」
「これ、なんていう花ですか?」
ふと彼女が指差したのは、桃色の花だった。
その風合いから、外国の花であることがわかる。
「こっちではフォルの花って名前だ。向こうでは確か……」
「アザレア、でしょ?」
「ああそうだ――――ん?」
割り込んできた声に振り向く。
夏の葉ように深い緑のショートヘア。好奇心旺盛な同色の瞳。
血盟騎士団のユニフォームに身を包み、腰に流麗な一振りの長剣を下げている。
「……セルア?」
「正解っ」
「…………あの、クロスさん。この人は?」
クイナがローブの袖を引っ張って自己主張しながら尋ねてくる。
その瞳は心なしか、光彩が足りない。
「ああ……。名目上同じパーティに配属された、部下のセルアだ」
「たいちょーにご紹介されました、セルアでーす。で、君がウワサのクイナちゃんだね?」
「……はい」
「うーん、たいちょーが言ってただけはあるねぇ。かわいいっ!」
「えっ? ちょ、きゃっ」
クイナを人形のように抱き締めるセルアに、クイナはおどおどした様子でもがいた。
だがセルアの筋力値はクイナのそれよりも高い。逃げられるはずが無かった。
それに、今のクイナの思考回路の大半は、他の事で埋め尽くされている。
(……クロスさんが、わ、わたしのことを……っ?)
その思考はSAOのシステムによって驚くほど鮮やかな赤面として表面化されているのだが、そのことに彼女は気づいていなかった。
「やめてやれ。クイナの顔が真っ赤だぞ」
「ん~? おっ、初々しいねぇ……ぐへへっ」
気味の悪いニヤニヤとした笑みを向けられたクイナは、見栄を張ってそれを無視した。
「うーん、それじゃあ肯定しているようなもんだよ? クロスが好――――あ、通信だ。はーい!」
セルアが通話を始めたことによって脱出に成功したクイナが、脱力した様子でクロスの元に戻ってくる。
だがその瞳は、絶えずセルアの一挙一動、一言一句に警戒しているようだった。
「あ、はいっ。え? うん、たいちょーといるよー。……うん。わかった。じゃあたいちょーと行くね。はーい」
通話もハイテンションな彼女は、通話を終えると、クロスたちに向き合った。
「たいちょー。団長がお呼びだって。なんだろうね?」
クロスの兜の奥の瞳が、驚きに小さく見開かれた。
◇ ◇ ◇
「揃ったか」
ヒースクリフが静かに確認すると、周囲の面々は頷く。
「では、私から説明させていただきます」
口火を切るのは、ヒースクリフの傍らに立っていた少女、アスナ。
とび色の瞳を手に持った紙に落として、カーテンのように垂れてきた茶髪を払う。
「今回、皆様にお集まりいただいたのは、現在の最前線第63階層迷宮区にて、ボスがいると思われる部屋を発見したからです」
わずかなどよめきが、ゆっくりと伝心していく。
アスナはそれが静まるのを待ってから、続きを口にした。
「――――まだ偵察部隊は派遣していませんが……今この部屋にいる団員は、このボス戦に参加する幹部、もしくは主要団員となります。もちろん、今回も団長は参加できません」
その理由は誰も問わない。それが暗黙の了解だ。
だがそこで、団員の一人が手を上げた。
「我らからはここにいる者が出るのだな? 他のギルドやソロは?」
「まだ不明です。しかし、<聖竜連合>の攻略意識が落ちてきている今、そこからの戦力はそれほど多くは無いでしょう。<攻略組>の中小ギルドやソロプレイヤーがほとんどだと思われます」
「ふむ……足りるのか?」
その言葉は、二つの意味を内包していた。
一つ目は、純粋に今回のボス攻略に参加する人数のこと。
そして二つ目は、戦死により少しづつ、だが着実に減りつつある今の<攻略組>で、ゲームクリアが可能なのか、ということだ。
<軍>も、<聖竜連合>も腐敗し、利己的に動き始めている今、ゲームクリアを目指すのは<血盟騎士団>、そして中小ギルドやソロプレイヤーたちだ。
確立されたとされる戦法で死者はかなり減っているが、0ではない。
その数は日々少しづつ、だがプレイヤーたちにはっきりとわかるほど減り続けているのだ。
中間層のプレイヤーからの増員も、もうすぐ2年を経過しようとしている今からではないと見ていい。
誰もが死を恐れている。死の身近さを体感している。
そんな情勢が二年も続いて、今更脱出のために自己犠牲じみた<攻略組>参加をする者は、近年なにかと軟弱と謳われる日本人ではまず無いだろう。ゲーマーと呼ばれる人種ならなおさらである。
そんな深い意味を籠めた言葉に、アスナは静かに目を伏せた。
彼女は、その答えを持ってはいないのだ。
「どちらにしても、私たちのすることは変わらない」
ヒースクリフは呟いた。
それだけで、重苦しい空気が霧散する。
クロスは彼のカリスマに感動した。
そして、
その既視感(デジャヴ)に背筋が凍った。
◇ ◇ ◇
『これ、ほんとに成功する? 理論的には完璧だけど……』
白衣の女性が、ところどころ配線の露出した無骨な機械を前に呟いた。
『C47の部分を調整するか……? どう思う、比嘉』
比嘉と呼ばれた金髪の青年は、顔をしかめながらメガネの位置を調整する。
『さぁ。そこんとこは俺にもわかんないっスよ』
『……、』
『……どちらにしても、私たちのすることは変わらない』
その中でもどこか異質な、達観した様子の青年は、纏めるようにその言葉を呟いた。
いつもご愛読ありがとうございます。
もう2013も終わりです。早いような遅いような。
蒼騎士の連載もかなりの長期となってしまいました。
ですが、未完結では終わらせません。絶対に。
改めて、これからもよろしくお願いいたします。