ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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もうすぐ40話、不定期更新も相まって、読者の皆様とは長い付き合いですね。
アインクラッド編は50話までには終わると思います。
これからもよろしくお願いします。


38 新しい街、進展?

 この異形のアリと戦い始めて、もうどれくらい経つだろうか。

周囲を岩盤に囲まれたこの部屋では時間の経過は体内時計に頼るしかないが、その体内時計も保ち続けた集中力にかき乱されていた。

恐らく2時間。だが、このクイナの体内時計の指針もきっと一致してはいないだろう。

 

 アリのHPゲージは、クイナやクロス、他にキリトやアスナたちも加えた高機動アタッカーたちの攻撃により、もはや風前の灯にあった。

 

 それなのに、脱落者こそ数名いるものの、こちらの損害は圧倒的に少ない。早めに攻略法を確立できたことが大きかった。

そしてその攻略法の発見に貢献できたことに、クイナは内心達成感に打ち震えていた。

 

 誰かの役に立つこと。

 

 それはつまり、「自分はこの場所に必要だ」という主観的確信を、「自分は誰かに必要とされている」という客観的なものにしたいということ。

 

 それは人間誰しもが自らに抱く想いであり、またクイナにとっては、クロスと対等でありたい、必要とされたい、という想いでもあった。

彼女にとっては、それが恋愛ということなのかもしれない。

 そしてさらに、彼女は彼に必要とされた。はっきりと、鉄兜に隠された向こうから。

 それはクロスと出会ってからクイナが悶々と抱き続けていた、劣等感や疑惑、暗鬱(あんうつ)とした気持ちを打ち晴らしてくれたのだ。

 

 クイナは扉の近くで休憩を取りながら、その漆黒の瞳でアリを追い続ける。

その表情に疲れは無く、またかつてより明るい。それは元々の容姿も相まって、少女の魅力をより際立(きわだ)たせていた。

 

「……次で最後ですか……」

「恐らくな。トドメはいつも通り、キリトだろう」

 

 同じく休憩に入っていたクロスが、アリから眼を離さないまま答えた。

 

 クイナは詳しく知らないが、キリトは大のラストアタック好きらしい。

どうやらそれによるレアドロップの取得が目的なようで、いま彼がアリに叩きつけた重厚な黒い片手直剣もその類のようだ。

 

 二人の視線の少し先、不気味な巣の中央で黒づくめの剣士が同じ黒い直剣<エリュシデータ>を構えている。

歳さながらに冷静なその黒い瞳は真っ直ぐに巣を荒らしながら走り回るアリを射抜き、彼が凄まじい集中の海に没していることを思わせた。

 

 黒の剣士として高名なベータ経験者であり、イケメンリア充。そしてこの世界に囚われた歪んだ者たちが彼を妬み、無意味に無責任に憎悪した忌まわしい蔑称(べっしょう)、チーターでもある青年。

 

 まだ高校を出ていないだろう年頃で、歪んで(けが)れた大人たちにそんな罪を背負わされている青年は、何を思ってこの生死を賭けた戦いに身を投じているのだろうか。

 

 大人たちが喧伝(けんでん)するように、優越感とアイテム収集のためだろうか。

確かに彼のラストアタック率や装備の優良さを考えると、その意見は割と合致しているように思える。

 だが、そのためだけに自分の生死を賭けることなど、本当にできるのだろうか。

 

 あの日。茅場晶彦は言った。

『これはゲームであっても、遊びではない』。

 

 現実世界では何の役にも立たない、そんな0と1のデータ群に命をかけるだけの価値はあると、そう思えるほど彼は退廃しているだろうか。

 

 そんなはずはない。

 

 それは今、最期の突撃を行おうとヒビだらけの外骨格をよじる異形のアリに相対する青年の真っ直ぐな瞳を見ればわかるだろう。

 

 ゆっくりと滑らかに、キリトの構えが自然に流れる。

緩やかにキリトの黒剣が閃光を帯びた。

直後、彼の姿が霞み、黒い風となってアリを貫く。

アリの赤くなった残りHPが、ついに黒く塗りつぶされた。

 

「……終わりましたよ。クロスさんっ!」

「……さて、何が出たのか教えてもらうとするか」

 

 自然の摂理に囚われたかのように、じょじょにその身体を蒼いポリゴン片へと変え朽ちていくアリ。

その頭上に表示された円環状のテロップに歓喜の叫びを上げる戦士たちは、さながら皆、伝承や神話に語り継がれる英雄のようだった。

 

 

 

 ≪攻略組、70階層突破!!≫

 

 

 

 そんなシンプルだが絶大な見出しの新聞が刊行されたのは、その次の日だった。

クイナは新しい主街区で売られていた新聞を開いて、隣を歩くクロスに追従する。 

 

「……珍しいな」

 

 クイナが買った新聞をじっくり読んでいると、クロスは呆れた様子で呟いた。

 

「えっ?」

「いや、新しい街を見るより先に、新聞を読むんだな」

「たぶん親の影響ですね……」

 

 クイナは新聞を毎日読む子どもだった。

小さい時は大人たちのように新聞を前方一面に広げて読むことができなくて、クイナは床に広げた新聞の上を()うように読んでいた。

 

 新聞は様々な出来事が載っている。

経済、政治、スポーツ、科学、芸能……子どもには少し難しい道徳も載っているのだ。

 

「面白いですよ。色んな分野のことが載ってますし、国語の勉強にもなります」

「俺はお前ぐらいの頃は確か……」

 

 クロスは顎に手を当てて、軽く(うつむ)いた。

その様子から、懐かしいことを思い出しているのだろう。

クイナは兜でその顔が見えなくても、クロスの心情が大よそには判断できるようになっていた。

 

「……読書ばかりだったな。昔から科学が好きで、大学もそういう所を選んだ」

「クロスさんは、たしか社会人でしたっけ?」

「ああ。……ちょっと待ってくれ」

 

 クイナは新聞を畳んで、ストレージにしまう。

 クロスは近くのNPCに話しかけると、宿の場所を尋ねていた。

NPCに10コル払うと、宿や大通りへの道を教えてくれるのは、どの主街区でも共通らしい。

 そしてそのNPCによると、宿に限らず、この街での移動は水路のほうが早いようだ。

 

「……どこまでかね?」

 

 近くで小船を係留していた初老の男性に目的地を告げる。

 

「乗ってくれ。料金は50コルだ」

 

 小船は横幅は人一人分ほどしかないものの、縦の長さはそこそこの物だった。

このNPCはタクシー代わりらしい。

小船には椅子代わりの板以外にはなにもなかった。

クイナは船の前方に背を向ける形で座った。進行方向を向いて座るクロスと真正面から向き合う形だ。

 

「よし、話の続きだ。……そう、社会人だ」

「え、っと、どういう仕事をしていたんですか?」

「うーん……」

 

 そう言われてもな、とクロスは顎をかいた。

 

「そのまま科学者になった。そんなに有名でもないけどな」

「そうですか……!」

「そんなに偉いものでもない。クイナは高校生だったか?」

「はい。〝ここ〟に来たのが2年生ですから、本当なら、もう大学生ですよ」

「大学受験か……一番苦労する時にこんなとこにいるんだな」

「……還った後は、勉強尽くしでしょうね……」

「ここでの知識が少しでも役に立てばな……」

 

 クイナは苦笑する。

だけど、〝ここ〟に来たことはは、悪いことだけではなかった。

 

 この場所で、クイナは何も知らなかったことを思い知らされた。

人間を知った。絶望と挫折を知った。悲しみを知った。本当の喜びを知った。

そしてなにより、努力すること。諦めないことを知った。

 それは、経験値というデータとなってこの幻想の血肉の中を巡り、そしてクイナ自身の精神に生きている。

この世界を去れば永久に失われてしまうようなものが、別の形となって、同時にクイナを強くしている。

 

 そして、何も知らないクイナの周りには、多くの人がいた。

キリト、エギル、アスナ、クライン、アギル、ムラマサ。そして、クロス。

 

 何も知らなくて、見知らぬ人たちに付き纏われて、誰も信じられなくなっていた自分を。

だけどキリトのように孤高に生きることはできなくて、中途半端に生きていた自分を。

 

 変えてくれた。救ってくれた。

 

 彼らとの出会いは、あまり早いものでもなかったけれど、あのオレンジギルドからクロスに助け出されたあの日から、クイナの全てが急速に塗り替えられていったのだ。

 

 水の都には、夕刻の光が差し込まれている。

すれ違う小船は荷物をまとめ、帰路を急いでいた。

 

「ついたぜ」

「あっ、はい」

 

 男性の声が背中に掛けられ、小船が岸にぶつかって軽く揺れた。

料金はすでに払ってあるので、クイナはそのまま席を立つ。

 

「――――あっ」

 

 足元がぐらついて、身体が傾いた。咄嗟(とっさ)に目を瞑る。

 

 だけど、いつまで経っても、衝撃は来なかった。

 

「……えっ?」

 

 目を開ける。

 

「――――大丈夫か」

 

 クイナの手はクロスの手と繋がっていた。

厚い革の手袋に包まれた、はじめて触る騎士の手は、とても大きく、がっしりしていた。

 クイナが驚きに顔を紅くしている間に、クロスは手を引いて身体を起こしてくれる。

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 顔がほのかに熱い。

クロスに気づかれてはいないだろうか気になる。

夕方だから、茜色の残光がごまかしてくれるだろうか。

それでも、顔を上げるとばれてしまう気がして、顔は上げられなかった。

 

「せっかくの初日だ。新品のベッドで眠らせてもらうとしよう」

「は、はい……」

 

 ほとんど日が沈んだ街を歩く。

クイナは前を歩くクロスを追いながら、もう一度その手をまじまじと見つめた。

 

 まだ、暖かい。

 

 その手をこっそり胸に抱えて、宿へと歩いていった。

 




ここまでお読みになった読者さまには関係ない話ですが、タイトルに話数ナンバーの追加しました。
それに伴い、1話から10話あたりまでの文章を改訂。
ストーリィに変化はありませんし、些細な違いですが、一部不安定だった描写を統一しました。
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