ソードアート・オンライン 蒼騎士の太刀   作:ロングボウ

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42 騒動?

 喧騒が耐えない酒場。

乱雑に置かれたいくつものテーブルには大雑把(おおざっぱ)に盛り付けられた料理が並び、湯気と香りが食欲をそそらせる。

そのテーブルの一つに座る少女は周りとは空気が一変していた。

 

 少女は目を伏せ、まるで消沈しているかのように静かだ。

 

 どうして。

 

 その胸では、妙なわだかまりが渦巻(うずま)いていた。

 

 先ほど出会った白髪の青年。

彼が人殺しであることは明白なのに、どうしてこんなに同情や後悔の念が湧き出てくるのだろう。

人殺しは今現在、もっとも忌避(きひ)すべき存在であるのに。

アギルのように、人殺しに全てを奪われ、その憎悪にしがみ付いて生きる者もいるというのに。

 

 あんな顔をしていたんだろう。

 

 何度自らの胸に問うても、その答えは返るはずもない。

答えは恐らく、彼だけが知っているのだから。

その胸をかき乱す念はどんどん大きくなって、抑えきれないものとなっていた。

 

「――――おい」

「へっ、は、はいっ!」

 

 びっくりして顔をあげる。

テーブルを挟んで対面に座るクロスが食事の手を止めて、じっとこちらを見つめていた。

 

「食べないのか」

「えっ。あ、はい、食べます」

「具合が悪いなら、先に休んでもいいぞ」

 

 クロスに大丈夫ですと告げて、クイナはいそいそと冷めかけた料理に手を付ける。

 

 いけない、また心配させてしまった。

これなら、ジンと出会ったことは言わないほうが良さそうだ。

 

 銀色のフォークを手に取り、ボイルされた色鮮やかな野菜を突き刺して口へ運ぶ。

仮想空間ながら見事に再現された触感と、どこか間の抜けた〝偽物〟らしい味が広がる。

 

「……いつも思いますけど、この微妙にずれた味は何なんでしょうね……」

「さぁな……。こっちで美味い飯が食えたら現実で食べなくなるから、とかかもな」

「なるほど……でももうちょっと考えて欲しかったです……」

「A級は現実顔負けに美味いのにな……」

「…………えっ?」

「ん?」

 

 クイナは唖然と顔をあげた。

 

「た、食べたこと、あるんですか……っ!」

「ああ。一度だけな」

「は、はわわわわ…………!」

 

 A級食材。

それはアインクラッドに生きるプレイヤーたちの誰もが望む、この仮想世界で味わえる最高の贅沢の一つである。

現在確認されている<ラグーラビット>、<バーンポーク>、<スチームゴウト>の三種類がA級と呼ばれ、それぞれ「煮込み」「焼き」「蒸し」の調理法により最高のポテンシャルを発揮するといわれているが、いまだその味を実感した者は20を越えない。

 

 流通量は皆無で、実際それにありつけた者も幸運にも狩ることができた本人らか、あるいはその友人が大半である。

 

 

 ばんっ!

 

 

「な、なんで、一欠けらでも食べさせてくれなかったんですか!」

 

 クイナはテーブルを叩いた。えび料理の尻尾が揺れる。

 

「なっ!」

「ひどいですっ!」 

「な、なんだっ」

「ちょっと別行動していた時期があるからって、独り占めだなんて……!!」

 

 おろろろろ。

 

 まさにそんな様子でテーブルに突っ伏すクイナに、クロスは激しく狼狽する。

周囲もなんだなんだ、別れ話か不倫話かと、二人のテーブルに好奇の視線を向けた。

 

「な、なんでだっ。俺が食べたのはお前と会う前の話だよッ」

「うぅー……信じませんっ」

「なっ……」

「最近クロスさん、なんか避けてるし……」

「い、いや、そんなことは」

「ならなんで途中で帰っちゃうんですか」

 

 頬袋を膨らませて、ジト目。

 

「いや、お前はまだ歩き回りたそうだったし……」

 

 食器を置いて完全に食事の手を止め、クロスはぽつぽつと言葉を呟く。

 

「それに、あんまり俺が引きずり回すのも悪いし……」

「……、」

「ま、まぁ、なんだ。……すまなかったよ」

 

 兜の頬をかいてバツが悪そうに謝った彼に、クイナは静かに微笑んだ。

 

「いいですよ。じゃあ明日、仕切りなおしましょうか」

「……え」

 

 クロスはその意味を理解しかねて呆然と聞き返す。

 

「ふぅ、ご馳走様でした。――――じゃ、先に休みますね、おやすみなさい」

 

 そうにっこり微笑んだクイナに、クロスは並ならぬ気配を感じた。

 

 クイナが消えていった個室への通路をしばらく呆然と見つめて、ふと周囲の輩に睨まれていることに気づく。

それが嫉妬や羨望の眼光であることは知らず、クロスは慌てて残りの料理をかき込んで個室へ逃げ出した。

 

 

 




今日はホワイトデーだ。それ以上でも以下でもない・・・

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