喧騒が耐えない酒場。
乱雑に置かれたいくつものテーブルには
そのテーブルの一つに座る少女は周りとは空気が一変していた。
少女は目を伏せ、まるで消沈しているかのように静かだ。
どうして。
その胸では、妙なわだかまりが
先ほど出会った白髪の青年。
彼が人殺しであることは明白なのに、どうしてこんなに同情や後悔の念が湧き出てくるのだろう。
人殺しは今現在、もっとも
アギルのように、人殺しに全てを奪われ、その憎悪にしがみ付いて生きる者もいるというのに。
あんな顔をしていたんだろう。
何度自らの胸に問うても、その答えは返るはずもない。
答えは恐らく、彼だけが知っているのだから。
その胸をかき乱す念はどんどん大きくなって、抑えきれないものとなっていた。
「――――おい」
「へっ、は、はいっ!」
びっくりして顔をあげる。
テーブルを挟んで対面に座るクロスが食事の手を止めて、じっとこちらを見つめていた。
「食べないのか」
「えっ。あ、はい、食べます」
「具合が悪いなら、先に休んでもいいぞ」
クロスに大丈夫ですと告げて、クイナはいそいそと冷めかけた料理に手を付ける。
いけない、また心配させてしまった。
これなら、ジンと出会ったことは言わないほうが良さそうだ。
銀色のフォークを手に取り、ボイルされた色鮮やかな野菜を突き刺して口へ運ぶ。
仮想空間ながら見事に再現された触感と、どこか間の抜けた〝偽物〟らしい味が広がる。
「……いつも思いますけど、この微妙にずれた味は何なんでしょうね……」
「さぁな……。こっちで美味い飯が食えたら現実で食べなくなるから、とかかもな」
「なるほど……でももうちょっと考えて欲しかったです……」
「A級は現実顔負けに美味いのにな……」
「…………えっ?」
「ん?」
クイナは唖然と顔をあげた。
「た、食べたこと、あるんですか……っ!」
「ああ。一度だけな」
「は、はわわわわ…………!」
A級食材。
それはアインクラッドに生きるプレイヤーたちの誰もが望む、この仮想世界で味わえる最高の贅沢の一つである。
現在確認されている<ラグーラビット>、<バーンポーク>、<スチームゴウト>の三種類がA級と呼ばれ、それぞれ「煮込み」「焼き」「蒸し」の調理法により最高のポテンシャルを発揮するといわれているが、いまだその味を実感した者は20を越えない。
流通量は皆無で、実際それにありつけた者も幸運にも狩ることができた本人らか、あるいはその友人が大半である。
ばんっ!
「な、なんで、一欠けらでも食べさせてくれなかったんですか!」
クイナはテーブルを叩いた。えび料理の尻尾が揺れる。
「なっ!」
「ひどいですっ!」
「な、なんだっ」
「ちょっと別行動していた時期があるからって、独り占めだなんて……!!」
おろろろろ。
まさにそんな様子でテーブルに突っ伏すクイナに、クロスは激しく狼狽する。
周囲もなんだなんだ、別れ話か不倫話かと、二人のテーブルに好奇の視線を向けた。
「な、なんでだっ。俺が食べたのはお前と会う前の話だよッ」
「うぅー……信じませんっ」
「なっ……」
「最近クロスさん、なんか避けてるし……」
「い、いや、そんなことは」
「ならなんで途中で帰っちゃうんですか」
頬袋を膨らませて、ジト目。
「いや、お前はまだ歩き回りたそうだったし……」
食器を置いて完全に食事の手を止め、クロスはぽつぽつと言葉を呟く。
「それに、あんまり俺が引きずり回すのも悪いし……」
「……、」
「ま、まぁ、なんだ。……すまなかったよ」
兜の頬をかいてバツが悪そうに謝った彼に、クイナは静かに微笑んだ。
「いいですよ。じゃあ明日、仕切りなおしましょうか」
「……え」
クロスはその意味を理解しかねて呆然と聞き返す。
「ふぅ、ご馳走様でした。――――じゃ、先に休みますね、おやすみなさい」
そうにっこり微笑んだクイナに、クロスは並ならぬ気配を感じた。
クイナが消えていった個室への通路をしばらく呆然と見つめて、ふと周囲の輩に睨まれていることに気づく。
それが嫉妬や羨望の眼光であることは知らず、クロスは慌てて残りの料理をかき込んで個室へ逃げ出した。
今日はホワイトデーだ。それ以上でも以下でもない・・・