今回は主に特訓回です。
正々堂々真正面からいきなりやってきた襲撃者こと織斑マドカ、それに対処する為にベッドから起き上がり、いつでも動けるように構えを取ると、マドカは二振り持っていたナイフの片方をオレに放ってくる。
それを空中で受け取り咄嗟に構えるが、握ってみて違和感に気付く、本物にしては軽過ぎるのだ。
「ゴムナイフ?」
夜戦にも使えるように艶消しの施された黒いナイフかと思ったが、刃に触れてみれば触感も違うし、力を込めれば簡単に曲がる訓練用のナイフだった。
殺傷力など無い代物を何故用意したのか、マドカの真意を測りかねていると、向こうから口を開いた。
「本当の決着はISを用いてと決めている。だがそれはそれとして、私はお前と決着を着けたい。格闘戦でも射撃でも、何でもだ」
「何故そこまで拘る?無論、オレもいつかは雌雄を決するべきだと思っているが、それは今やらなければならない程か?」
「そうだ。それが私の存在意義なのだからな」
「存在意義ね。勝利する事が?」
「そうだ。お前は私が何なのか、知っているか?どうして生まれたのか」
「いや、名前しかしらない。そして織斑という姓とその容姿から織斑家と何らかの関わりがあるという事くらいだな」
織斑マドカ、その名前はリナから聞いていた。
亡国機業のM、その本名という事だが、逆に言えばそれしか知らない。
「プロジェクト・モザイカ、かつてそう名付けられた計画があった」
「うん?」
「日本語に直すと織斑計画と呼ばれたその計画の目的は究極の人類を生み出す事であり、その一番初めの成功例となったのが織斑千冬であり、それを男性にしたのが織斑一秋と織斑一夏という存在だ」
しかしマドカの口から語られたのは予想以上にぶっ飛んだ内容であった。
一瞬何を言っているのか分からなかったが、改めて噛み砕いてみると織斑家の人間は全員が純粋な意味での人間ではないという事になる。
「そして、私はその計画には無かった失敗作と呼ばれている」
「成程なあ……」
そう言われてオレは天を仰いだ、似たような出自のガンダムのキャラクターを知っており、それ故に何をしようとしているのかを。
「お前の目的は、オリジナルにして成功例とされる織斑千冬や織斑兄弟を倒す事か?」
「その通りだ。その為に私に敗北は許されない。故に、まずはお前に勝つ」
自身のアイデンティティの問題なのだろう、同じように生み出されて一方的に失敗作という烙印を押された者達は多く居る。
カナード・パルス、ゾルタン・アッカネン、特にカナード・パルスはマドカと境遇が似ている、究極のコーディネーターとして生み出されたスーパーコーディネーター、キラ・ヤマトの失敗作とされた人物に。
そして、失敗作の烙印を拭い去る為に、その成功例を越えようというのだ。
「それに関してだが、何を以て超えたと証明するんだ?真正面からの戦闘で打ち負かしてか?」
「そうだ」
「それ以外はどうするんだ?戦闘以外の分野で、だ」
「何だと?」
「例えば、生活に関してだな。一秋は料理が上手い。家事も一通り熟せる。逆に織斑先生、織斑千冬だが、人間としてはダメ人間な部類だぞ。まず掃除だが、部屋が汚い。色々とゴミやら脱ぎっぱなしにした衣服が散乱していたりする。そういった点ではオレの方が上だ。究極の人類って定義は何処に設定されているんだ?」
「ムッ……」
少なくとも、オレには究極の人類なんて存在が眉唾物だ、織斑教諭はさっき言った通りだし、一秋はマイナス思考だし、一夏は唐変木だし、その織斑計画で生まれた成功例という者達は誰もが欠点を抱えているただの人間にしか思えない。
何が究極なのか、その辺りは結局は決めた人間の主観でしかない、戦闘能力の高さなら全員当て嵌まるかもしれないが、それが普段は何の役に立つのかと言われてしまえばそれまでだ。
身体能力の高さも、あって困るものではないが無くても大きな問題にはならない、スポーツ選手として活躍するなら必要だが、生き方はそれ以外にもある。
結局、何のための能力なのか、それをどう活かすかが重要なのであって、それは本人の自由だ。
「だが、貴様だって強さを求めているではないか!私と何が違う!」
「オレは強さは手段であって、お前は強さが目的という事だな。余計な横槍を入れられない為に強さを必要で、オレの夢に必須という訳じゃない。だがお前は織斑千冬を超える強さが目的なんだろう?」
オレの目的は宇宙開発であり、そこに武力は必要ない、持っているのは邪魔をさせない為だ。
だがマドカの目的は織斑千冬を超えること、そこには強さという手段が必要で、それでしか果たせないと考えている。
確かに勝ちたいという思いはオレにもある、だがそれだけで生きている訳でもないのがオレだ。
互いに強さを求めてはいるが、そこだけは明確に違うのがオレ達なのだ。
「なら、どうすれば良いのだ……私は何の為に生まれたというのだ!」
「知るか、自分で決めろ。織斑千冬に勝ちたいなら勝てるようになれば良い。けど、人生なんてそれだけで成り立ってる訳じゃないからな。オレだってISの訓練やってるが、色々と技術開発をしたりしてる。アニメや音楽を楽しんだりもしてる。単に狭い世界しか知らないなら、色々見て探せば良いんじゃないか?自分探しの旅、なんて言葉もあるくらいだからな」
兵器として創られたクロエやラウラだって人として生きているんだ、最高の人間として創られたなら、人間らしく生きて良いだろう。
そう考えてマドカに伝えてみたが、マドカは暫く考え込むと一つ頷き、己の答えを出した。
「ならば私は織斑千冬を超えよう、戦闘能力だけでなく、人間として」
「良いんじゃないか?人生なんて楽しんだ者勝ちだろう、事実俺は楽しく生きてる」
「だろうな。よし、では改めてナイフファイトを始めるぞ、紫藤康太」
「待て、今の流れで何故そうなる」
戦いだけの人生なんて勿体ないと思ったのもあるが、もしかしたら口先で丸め込んで格闘戦を回避できないかと少しだけ思わなかった訳でもない。
「それはそれ、これはこれだ。やはりお前とは決着を着けたいというのも私の偽らざる願いだ。さあ、構えろ紫藤康太!」
「いやマジかよグワーっ―――」
結局、ろくに構えている暇もなくマドカはゴムナイフで斬りかかってきた。
咄嗟に迎撃するのだが、結果はナチュラルがコーディネイターに格闘戦で勝てるか想像して貰えれば察して貰えることだろう。
◆
康太と亡国機業の会談がぐだぐだになった事で通信も切られたが、IS学園一年生専用機持ち組は早速とばかりに訓練を始めていた。
そんな中で新たな兵装をラビットフット社より提供された者たちは、その新装備を扱う為の訓練もまた並行して行っていた。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
「キャノンボール・ファストの疲労もあるだろうが、徹底的に絞れと言ったのはお前達だからな。ほれ、休んでる暇はないぞ」
この為にアリーナを一つ丸ごと貸し切っての特訓である、甲龍を纏う鈴と紅椿を纏う箒の二人が、共に二刀を手にして斬り掛かるのは学園の訓練機である打鉄を纏う千冬だ。
それも四本の刀を一本のブレードのみで凌ぎ切るという、手数の差を完全に覆した技量を見せられていた。
「ISによる剣技は生身のそれとは勝手が違うと言っているだろう。加えて機体ごとに出力も違う。機体に適した剣技というのは蓄積が無い分、パイロット自身が最適化させるしかないぞ」
ISの近接戦闘用の装備は人間の物をスケールアップしたような形状をしているが、それでも生身の感覚をそのまま使える訳ではない。
そもそも空を飛ぶのだ、踏ん張りの利かない空中での剣技など経験のある者など皆無なのだ。
加えて機体ごとに形状や出力の差がある、更には剣技のみならず相手からの射撃を掻い潜る必要もあるなど、その立ち回りは剣道などとは比べ物にならない程に複雑怪奇となる。
おまけに康太などはビームサーベルを利用している為、鍔迫り合いの状況から唐突にビームの発振を切って拮抗状態を打ち切ることで体勢を崩すなど、武器の特性を利用した戦術もしてくるのだ。
実体剣を持つ為にそのような戦法は不可能な鈴と箒だが、彼女たちはそういった戦術を警戒し、対処する必要もあった。
今は打鉄の日本刀型ブレードだから大丈夫だが、慣れてくれば千冬もまた同じようにビームサーベルを使用した訓練をしてくるだろう、だからこそ二人はまだこのようなところで止まっているわけにはいかないのだ。
「もう一本お願いします!」
「アタシも、まだまだこれからよ!」
「良いだろう、来い」
故に得物を握り直し、再び千冬へと向かって行くのだった。
◆
「決戦用に武器を提供するって言ってたけど、流石にこれは多すぎじゃないかな?」
ところ変わって、ラビットフット社の武器庫と呼ばれている部屋にて大量に並べられている武装を前にシャルロットはそう独り言ちた。
幾つも並んでいる棚にジャンル毎に分けられている武装の山、それは康太が時折思い付いたように試作したり、束がガンダム世界の技術を見てインスピレーションを受けた事で生まれた産物だった。
「しかも、これで一割って……」
更に付け加えると、そこに並んでいる物は全て実際に制作したものだけであり、設計だけ済ませたが制作には踏み切っていない武装は更に大量にあり、それも希望すれば生産するというのだ、なので設計のみではあるがそれらを纏めたデータベースにも目を通さなければならない。
理論値に設定されたデータはシミュレーターの中にも入っていて、一部を除けばそれらは学園のシミュレーターでも使用可能だ、しかし数が数だけに全ての武装を把握しているのは康太くらいのものである。
だからこそ、シャルロットは自身が扱う武装に関して全てに目を通して時には試用する必要もあるのだ。
端末に表示されているリストの長さに気が遠くなりそうな思いだったが、シャルロットは一つ深呼吸をすると真剣な表情で一つ一つに目を通していく。
何故このような事になっているかというと、シャルロット自身の戦闘スタイルを考慮し、予想される亡国機業との決戦ではシャルロットの得意とする高速切替を主軸とした数多の武装を使用してのものに決めたからだ。
ストライカーパックはがらりと機体特性を変えることが出来るが、それでも対処可能な戦術には限りがある。
そこで一番汎用性の高いスペキュラムストライカーを装備し、かつて使用していたリヴァイヴの戦法を取り入れることで、本来のシャルロットの戦闘スタイルに戻す事にしたのだ。
とはいえそれだけでは心許ないため、こうして武装の強化を図っているという訳である。
「んー、参考になるのはやっぱり康太の戦法だけど……康太が使ってない武装もあるからね。というより、本当に多すぎない?絶対に使わない武装とかもあるよね、これは」
しかし流石に量が多い、シャルロットも真剣に見てはいるが、中には何に使う為に作ったのか分からない武装も多く、使い道を考えるのにも時間が過ぎていく。
そんな中で一つのジャンルのページに行き着き、その目が留まった。
「複合武器、複合武器かあ……」
それは複数の機能を持つ武装を纏めたページだった、射撃武器を備えた剣や、盾と一体化した銃など、様々なものが雑多に纏められている。
だが複合武器とは幾つもの機能を併せ持つと言えば聞こえはいいが、実際には扱いの難しい武装だ。
敵や距離に応じて機能を切り替えたり、場合によっては他の機能が使えず重荷にしかならないということもある。
また剣と銃の機能を備えていたとして、十全に使いこなすにはパイロット自身が両方の技能に長けている必要もあった。
それでも幾つもの武装を使いこなしてきたシャルロットにはそれらの武装が魅力的に映っていた。
「取り敢えずはコレとコレ、後はコレだね。似たような装備でも使い方が違うし、片手武器なら両手を使えば両方使えるし、高速切替で武器を持ち換えるよりも早いし、良いかも」
残念ながら設計のみで現物は存在しない武装だったが、ピックアップした武装にチェックを入れてシャルロットはシミュレーターへ向かった。
シャルロットの強みは対応力の高さだ、大抵の場合にはチームを組めば欠けている前衛や後衛といったポジションを問わずに代行することが出来る。
格闘戦も射撃戦も卒なくこなせるシャルロットにとって複合武器を扱うのは何ら難しいことではなかったのである。
そうしてシャルロットはそれから更に複数の武装を試し、選び抜いたあとは武器の習熟を行い、来る決戦の時を待つのだった。
◆
「まだ、足りませんわね……」
ラビットフット社のラボは現在、専用機持ち達には許可が与えられ自由にシミュレーターなどの使用ができるようになっていた。
シャルロットのように必要ならば武装の手配もされるし、学園のシミュレーターには無いデータを利用することも出来る。
そんな中でシミュレーターに一人籠もっているのはセシリアだ、他にもシミュレーターを利用している者は居たが、セシリアは一人でデータ上の敵機と交戦していた。
その相手はジェガンだ、それも機動性と格闘戦能力を高めてあるR型である。
セシリアは両手で構えるスターライトmkⅢと機体に接続されたままのブルー・ティアーズからレーザーを放つ。
レーザーはそれぞれ不規則な軌道を描きジェガンへと殺到し、しかしジェガンもまた回避し、シールドで防ぎ、ビームサーベルで斬り払っていく。
そのジェガンはかつての康太を想定して設定が施されていた、具体的には学園祭の裏でマドカと交戦していた際の戦闘データを基に組まれている。
とはいえ康太はニュータイプ特有の勘の鋭さにより撃たれるより先に行動に移すことがある、そこで今回はセシリアの思考を読み込みジェガンの動きに反映する事で擬似的に康太の動きを再現している。
では何故こうしてセシリアが対康太を想定したシミュレーションを行っているかと言うと、マドカの実力が自分より上だと判明している為に、そのマドカに近付く為の指標としてマドカと単独で交戦したことのある康太を目標に定めたのだ。
しかしマドカが駆っていたプロヴィデンスとセシリアのブルー・ティアーズではそもそもレーザーを放つ砲門の数に大きく差がある。
加えてオールレンジ攻撃を仕掛ける際のビットの数も違う為、未だに有効打を与えることは出来ていない。
「やはり手数で劣る私では同じ戦法は使えませんわね。そうなると、私の長所を伸ばす方向に舵を切る方が良さそうですし―――」
一通りジェガンへと攻撃を行い、その尽くが防がれたことでセシリアは戦術を変更する。
元より砲門の数でプロヴィデンスには及ばない、故にセシリアが極めるのは精度の方だ。
「この方、確かに複数のビットを操り、偏向射撃まで行える点は見事としか言いようがありませんが、一度外したレーザーの制御をしていないところを見るに、一発ごとの制御は甘くなっていますわね。なら、そこで差をつけて見せましょう」
康太とマドカの戦闘記録を見直し、セシリアはマドカの偏向射撃の癖を見抜く。
確かにマドカの技量は高いが、それでも完全に偏向射撃を使いこなしているとはいえない。
偏向射撃は理論上、大気中でレーザーが減衰してしまうまで自由自在に操ることが可能だ。
しかしマドカのそれは、死角などからの攻撃の為に曲げたりはしているが、康太に回避されると制御を打ち切り、新たに射撃することを選んでいた。
操作するビットの数も、偏向射撃の数も多い為に無理ならさっさと割り切って新たに撃つ方が早い、そう判断したのだろう。
その点でセシリアは砲門の数が少ない為、撃ったレーザーを最後まで制御していても負担は少ない、慣れれば偏向射撃の制御をしつつ、新たに撃ったレーザーの制御まで可能となるだろう。
良さそうな手を思い付いたとなれば即実践、セシリアはビットからレーザーを放つと四方からジェガンに向けて攻撃した。
今回は防御のみに設定してあるジェガンはセシリアの攻撃が来るまで待機している、それがレーザーを撃たれる前には動き出し、シールドとビームサーベルで防御、二発は機体を捻って回避する。
しかし回避された二発のレーザーは軌道を変えて再びジェガンに迫る、そこにセシリアは追加でビットより四発のレーザーを追加し、計六発となったレーザーがジェガンに迫る。
回避と防御、上手く使い分けてレーザーを凌いでいくジェガンだが、動けば動くだけ次の動きを取るまでの時間が長くなる。
そして避けきれなかった一撃を被弾、セシリアもまたジェガンの装甲を避け関節部を狙ったことで損傷を受けたジェガンは徐々に動きが鈍くなっていく。
砲門の数が足りなければ、撃ったレーザーの数で補う、撃たれたレーザーは制御され、四方八方から襲い掛かる、それがセシリアの考えた対抗策であり、全身の関節部を撃ち抜かれたジェガンが四肢を失った状態で墜落していった。
「あくまで康太さんを模した劣化コピー、本物にどこまで通じるかは未知数ですが、私もいつまでも負ける気はありませんわよ」
撃墜されたジェガンの姿が消えていき、同じ設定のジェガンが新たに出現する。
今の攻撃はセシリアに向かって反撃することがないように設定されていたからこそ、セシリアは攻撃のみに集中出来た。
ならば実戦で攻撃を回避しつつ、高速機動中にも同じことが出来るようにならなければならない。
その為に、セシリアは偏向射撃の練度をより高めていく為にシミュレーションを続けていくのだった。
◆
セシリアとはまた別のシミュレーター、海上というフィールドが設定された中、五機のISが移動していく。
まず先頭を進むのは一秋の駆る白式だ、こちらはそもそもの拡張性の少なさから変化はない。
だが周囲を固めるように隊列を組んでいる三機のユニコーンガンダムは装備が普段と違っていた。
その姿は一言で言い表すならば「刀や槍の束を背負って見栄を切る古代の戦士」といったものであった。
それこそが多数の武装によって火力が大幅に増強されたユニコーンガンダムの新たな姿、フルアーマーユニコーンガンダムであった。
それが現地改修であるが故に本来は装備されなかったバンシィとフェネクスにも装備されており、その三機で弾幕が形成されれば突破は困難なものになるだろう。
しかしこれまでの四機はまだ普通と言えた、その四機が囲むように展開している最後の一機が一番特異な姿をしていた。
全体的に見れば人型をしている、各部にビーム砲やコンテナを装備し、一見すると普通のISのように見えるだろう。
だがそのサイズが規格外だった、パイロットはラウラだが、そのラウラが普段使用しているシルヴァ・バレトは通常仕様となり、その機体の胸部に収まっている。
その様子はまるでISがISを纏っているかのようで、それだけでも機体のサイズが桁違いだとわかるだろう。
かつて対デビルガンダム用に康太が提案していた機体、『わがままな美女』と開発コードを呼んでいた機体、その機体コンセプトを受け継いだ機体に手足を追加した機体だった。
対巨神兵器形態と名付けられたそれは機動兵器としては最高レベルのものに仕上がっていた。
そんな巨体が並のISと同等の速度で飛行しており、更に機動性でも引けを取らないのだ、相手からすればたまったものではないだろう。
「大丈夫そうか、ラウラ?」
「問題ない。確かに体への負荷は大きいが、この程度ならば軍に居た頃にも似たような訓練を受けたことがある。それよりは少し軽いくらいだ」
そして、巨大さに見合うだけの重量を誇る本機には追加で配置されている小型核融合炉が搭載されているとはいえ、その加速力から生じるGはかなりのものだ、強化されたPICによる保護があるとはいえ通常のISよりもパイロットに掛かる負担は大きい。
その機体のパイロットとしてラウラが選ばれたのは強い耐G能力を持つことが理由であり、他の四人は巨体故の死角をカバーする為の随伴機としての役目であった。
対巨神兵器形態という圧倒的な戦力による一点突破、それがラウラの役目であり、一夏、一秋、クロエ、リナの四人はその露払いとなる。
「慣熟飛行は終了。皆さん、構えて下さい。これより戦闘開始です」
そして、新しい機体に慣れてきた辺りでクロエがシミュレーターの設定を変更、フィールドが一面の平野となり、敵機が出現する。
それらは地表を、空を埋め尽くさんとばかりに現れたデスアーミーの群れ、かつて臨海学校の際に接敵したデビルガンダム軍団、その再現だ。
あの時は此処に居る五人だけでなく、他の専用機持ちや無人機部隊、教員部隊と共に戦闘を行った。
設定された数はその時と同じだ、だがそれを五人だけで攻略するのが今回の目的であった。
「やっぱり、数が多いな」
「でも少なくとも、俺達だけでこれを乗り越えれば確実にあの頃より強くなったって事だよな」
「私その時のことを知らないんだけど、本当にこんなに居たの?」
「必要なら後で私達の戦闘ログを参照しといて下さい。それより、間もなく交戦しますよ」
「いざという時、康太が使う機体を預けられたのだ。その期待にも応えるとしよう。私が先制攻撃を放つ、行くぞ!」
その数を見てそれぞれが感想を述べる、その上で誰もが戦意を漲らせ、火蓋を切るその時を待っていた。
そしてラウラの乗る機体がまず動き、機体の各部に備えられている武装を解放した。
まず機体に備えられた二門のハイメガキャノンが収束した状態で撃たれ、機体の向きを変える事で薙ぎ払うように敵機を呑み込んでいく。
地表を進むデスアーミーはそれによりかなり減らされ、続けて両手の指に備えられたビーム砲やが空を行く敵を撃ち落としていく。
とはいえ敵の数も多い、当然ながら撃ち漏らしというのは出てくるのだが、そんな敵機を別方向からの弾幕が削り取っていく。
「クッ、数が多い……」
「下手に避けるより、シールドバリアで受けて反撃した方が良さそうね!」
「敵機、更に来ます。後方に回り込まれないように注意して下さい。上方より敵機接近、三機です!」
「こっちで対応する!」
射撃は得意ではないため、兎に角弾をばら撒くことを意識する一夏、可もなく不可もなしなリナ、そして高い情報処理能力により的確な武装選択と指揮を熟すクロエの三機のユニコーンガンダムがラウラと射線を被らせないようにカバーしていく。
そして小回りが利かないラウラのカバーは一秋が行っていく、一度高度を上げ、ラウラの頭上から襲い来る三機のデスバーディに対してライフルで一機落とし、大型クローに内蔵されているビーム砲をシールドで防御、吸収しながら接近、すれ違い様に残る二機を雪片にて斬り捨てた。
白式は元より一対一を想定した機体である、二次移行によって刃風となった今も多数の相手を一度に撃破する手段は持たない。
だが速度は一級品であり、的確にラウラの死角となる場所をカバーするように立ち回っていた、そんな一秋を信頼するからこそラウラも攻撃の方に集中出来ている。
場合によっては一夏たちは個別に動くことも想定されている、故に一秋はラウラの盾となることを自ら心掛けていた。
恋人同士のタッグはその息も合っており、ビームなどのエネルギー系統であれば吸収可能なシールドもあり、一秋はこのシミュレーションの間、一発の有効弾も通さないのだった。
◆
「関係各所への根回しは既に済んだわ。例の戦艦、問題なく使えるわよ。後は実際に発進する時に周囲の航空機に退避を促すだけ、そちらのタイミング次第ね」
「りょーかい、私の方も全ての動作確認は行ったからね、いつでも動けるよ。だから動くのはこーくんが動く時だね」
「捕まったと思えば実際は潜入だった、知らされるまでは焦ったわ。情報操作も今のSNS全盛の時代には難しいし、学園にも批判の嵐ね。だからこそ、作戦が終わったら大々的に戦果を発表して矛先を逸らす。でも良いのかしら、あんな物を世間に出せば世界が騒がしくなるわよ」
「別に良いよ、凡人たちの声なんてどうでも良いし。本当に宇宙開発が進む、そう意識づける良い機会でもあるからね」
ラボの一室、各自が特訓を始めてから数日が経ち、それまでキャノンボール・ファストでのテロ事件に対する情報操作に専念していた楯無と束は作戦の打ち合わせを行っていた。
ネェル・アーガマを使うことは事前に決まっていた、元より康太が連れ去られた場所によってはISの長距離飛行が厳しいと見られていたからだ。
エネルギーは温存した方が良いし、何よりパイロットの負担は極力減らすべきであり、また最前線で補給や整備が可能というのは大きい。
とはいえ戦艦という巨大な兵器を動かすのだ、日本政府への根回しや各国への通達は必要となる、所属不明として軍から攻撃される可能性も高いため、事前の通達は必要だった。
表向きは亡国機業の拠点が判明次第の出撃となっている、それで時期は伏せているが、世界中に潜伏している亡国機業のスパイには奪還作戦を計画していることが知れ渡ることだろう。
とはいえ誰も戦艦が宇宙に出て大気圏再突入してくるなど予想もしないだろう、それだけで奇襲としてのアドバンテージは大きい、だからこそデメリットにはなりえないのだ。
「それで、康太くんは今どうしてるのかしら?あれから何か連絡があったのよね?」
「んー、こーくんならもう少しで動くかもだって。亡国機業の基地にガンダムがあったから、ついでに強奪するってさ」
「ついでで奪うって、何だか亡国機業が哀れね……」
「機体が機体だから、むしろ強奪しない方が失礼だって言ってたよ」
束も楯無も知らないが、康太が亡国機業の基地で見付けた機体は劇中で強奪されたことのある機体であった。
そして、そんな中で束の端末に通知が来る、そこには康太が動くという一言だけがあった。
「あ、こーくん動いたね。よし、直ぐに動こうか!」
「ちょっと、いきなり過ぎるじゃない!皆にも伝えないとだし、もうちょっと段取りを考えて欲しいわ!」
「なんかハプニングで潜入が難しくなったんじゃない?まあ、やるからには急ぐよ。ほら早く早く!」
それを受けて大急ぎで準備を始める束と楯無、ネェル・アーガマの核融合炉を本格的に稼働させ、専用機持ちの全員を招集すると共に各国政府への通達も行っていく。
「ところで、目標は何処なの?」
「そういえば言ってなかったね。場所も分かってるし、先に教えてあげるよ。目標―――南米、ギアナ高地」
なおラウラが乗ってるのは、黒うさぎ繋がりです。
元はコウタくん用の機体、オリジナルの方が惑星間航行能力持っていることから研究開発されてます。
ちなみにコウタくんがニュータイプなのでサイコミュ搭載がデフォ、ラウラが乗るにあたり兵装を非サイコミュに変えてあります。