クリエイターと同一の遺伝子情報から作られたと思われる、プロトタイプ・ジルコンNUMBER01『シズ』。
クリエイターと顔が同じであり、精密検査結果でも遺伝子上の同一人物であることが分かっている。
だが記憶の一切を受け継いでおらず、その存在は、クローンや、身近で言うと一卵性の双子のような関係性である。
記憶が一切引き継がれていないことについて、研究機関も、政府関係者も大いに期待を裏切られた思いだった。もし同一の記憶を引き継いでいるならば、アンバーの問題を解決することができたからだ。
究極のエネルギー炉心《GAEA》への燃料供給のため、アンバーの核が必要。
《GAEA》から排出される資源が身近な日用品や、食品以外の物に利用される。
その材料とされた資源は、元を辿ればアンバー。
つまり、アンバーがどこからでも現れるのは、燃料として消費されたアンバーの核がそこら中にあるから。
そして、復活したアンバーを再び燃料にするため、ジルコンが戦う。
それは、《GAEA》が世界を潤すエネルギー炉心として完成してから続く、50年以上ものデススパイラルだった。
そんな終わりの見えない絶望を、アンバーと《GAEA》の関係を知るもの達は大衆から隠し続けた。
知られれば終わる。すべては、クリエイターの責任とし、逃げたのだ。逃げ続けているのだ。
そんな最中に発見されたシズという存在。クリエイターのコピーのような姿をした存在。それは、まるでお釈迦様の蜘蛛の糸のようなか細いが、希望の光。
だが希望は簡単に切れてしまった。シズが遺伝子以外、なにもクリエイターから受け継いでいなかったからだ。
ぬか喜びさせやがってっと、そりゃもう真実を知る者達は、シズにあたったものだ。だがシズは、まるでロボットのようにそれを受け入れた。
けれど、なにか意味はあるはずだと、クリエイターを知る者達は声を上げ、今現在も敏雄が出撃しないときは、シズについての解析などの実験が行われている。だが研究成果は得られていない。むしろユイリンを実験対象とした成果の方がよっぽど良い結果だったぐらいだ。
口数が少なかったシズであるが、徐々にだが言葉を覚え、喋る回数が増えてきた。
彼の口からアンバーについての情報を聞き出そうとするなどの試みも行われたが、結果は全然だ。記憶が受け継がれていないのだから仕方が無い。機械では得られない情報を引き出すため催眠などを使うなどもしたが意味を成さなかった。
よく言えば純粋。悪く言えば空っぽ……、それがシズだった。
それを、シズ自身も理解しつつあり、出撃しないときは、隔離部屋の隅で身体を丸めて蹲っている姿が見られるようになった。
怨念を込めて囁かれる、この世界に蔓延るデススパイラルのことを聞かされ、それを打ち砕く希望だと思われたことや、それを裏切られたことなど、機械的な思考と動きしか出来なかった彼でもやがてその意味を理解するには十分だった。
ある日、シズは、研究室に来ていた吉嶋に問うた。
「自分は…、なぜ生まれた?」
唐突な問いに、誰も彼もが驚いた。吉嶋は特に驚いた。
「オレは…、なにも出来ないのか? なにも救えないのか? なにも、なにもなにもなにもなにもなにも……!」
ぶつけられため込んできた物を吐き出すように、シズは、頭を振りながら叫ぶ。
その様は、これまでロボットのようだと形容されてきたソレではなかった。紛う事なき、苦悩するひとりの人間のソレだった。
「分からない。」
吉嶋は、ただただそう言うことしか出来なかった。
「君がなぜクリエイターの容姿を受け継ぎ、そしてその姿で生まれてきたのか、我々には分からない。クリエイターなら分かっただろうが……、我々にはなにも分からない。」
死人に口なし。コレに尽きる。
「クリエイターは、なぜオレに記憶もなにも与えなかった…?」
「……分からない。」
吉嶋が絞り出すように言った答えに、やがてシズは、膝をついて項垂れた。
すべては、死んだ(殺された)クリエイターの手の上で踊らされているだけのことなのだろうか。
クリエイターのコピーの姿だけを持つ、シズ。(しかも本名も同じ)
お釈迦様の蜘蛛の糸のような存在に思われたが、それ以下だった。