ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

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Retaloation 前編 〜アナトリアの傭兵〜

 低い音程の耳鳴りがする。

 

 毎朝目を覚ましては、ベッドで仰向けになりながら、窓から見える空を見ていた。残った左目には、霞か雲かも区別がつかないが、それでも空を見ていた。手足を失った俺には、それしかできなかったからだ。

 

 ときどき、どうしようもないほどの恐怖に駆られるようになった。視力を失う恐怖。聴力を失う恐怖。呼吸ができなくなる恐怖。一人ではなにもできなくなる恐怖。そのたびに、その先に待つ死を考える。

 

 レイヴンとして、ひとり戦場を駆け回っていたときには、死は常に隣にあった。握っている操縦桿を、わずかでもおかしな方向へひねる。あるいは、トリガーを引くタイミングをほんの少し遅らせるだけで死ねる。

 

 仮に死んでも、斡旋リストから俺の名前が消えるだけだ。俺の命にはたったそれだけの価値しかなかった。だから自分が死ぬタイミングさえ自由に決められた。無茶もできた。

 

 しかし、今は以前よりも死に対して恐怖を抱くようになった。死そのものよりも、自分が死んだあとの世界を想像するのが怖かった。もし俺が死んだら、アナトリアはどうなるのだろうか。そこに住む人は。エミールは。フィオナは___情が移ってしまったか。

 

 世の中には、強い人間も弱い人間も存在しない。強くいられる人間は、抱えた荷物が少ないから強くいられるだけだ。弱い人間は、抱えた荷物が多いから弱さとなるにすぎない。

 

 俺は身体の半分を失い、ネクストに乗ることで強くなった。同時に、心配事が増えたおかげで弱くもなった。しかし、だからといって___

 

 

 ___人間は時間をもてあますとロクなことを考えない。これまで考えたことを頭から振り払った。どうせもう、あの空を自由に羽ばたくことはできないのだから。

 

 耳鳴りは、まだ鳴り続けている。

 

 

 

 

 廊下がなにやら慌ただしい。朝っぱらバタバタと誰かが走り回る様子がわずかな振動を伴って伝わってくる。耳もほとんど聞こえないから、正確な様子はわからない。

 

 そういえば、そろそろ朝食の時間か。食事といっても摂取できるのは流動食か点滴だけだ。フィオナが日に三度、問診を兼ねて訪ねてきては、食事と身の回りの世話をしてくれる。当初は若い娘に下の世話までされるのに抵抗があったがもう慣れた。

 

 自室のドアが開き、フィオナが入ってきた。かすんだ俺の視力にも、フィオナの明るいブロンドの髪は目に映える。早歩きでベッドの脇まで来ると、俺に覆い被さるようにして顔を寄せた。

 

 顔はぼやけて、この距離でもよく見えない。白衣に染み込んだいつもの薬品のにおいと、いつもの石鹸の香りが混じった複雑なにおいが、間違いなくフィオナであることを証明してくれる。

 

 フィオナの体温を頬で感じる。それに、ショートヘアが顔にかかってくすぐったい。こちらは顔をかくこともできないというのに。フィオナが、俺の左耳に息がかかるほどの距離まで口元を近づけて言う。

 

 

「レイヴン、敵襲なの! 出られる!?」

 

 俺は首の筋肉をめいっぱい使って、わずかにうなずいた。ずっと続いていた低い耳鳴りは緊急事態を知らせるサイレンの音だった。

 

 

 フィオナは、いつものようにライトで瞳孔の開き具合を確認し、いつもより手早く俺にパイロットスーツを着せると、軽い俺の身体を易々と持ち上げ乱暴に車いすに乗せる。そしてすぐさま走り出してネクストのある工廠へ向かう。

 

「確認できた敵は、イクバール社およびGA系列のノーマルACに、武装車両、ほか多数。もしかしたら、マグリブ解放前線の残党かも。アナトリアの生活圏に近いからプライマルアーマーは使えないわ」ハンガーへ向かいながら、最低限のブリーフィングを済ませておく。

 

 廊下の継ぎ目の段差を乗り越えて俺の身体が跳ねた。しかし、フィオナは車椅子の速度をゆるめない。「せめて段差はゆっくりと乗り越えてくれ」と言いたかったが声はほとんど出せない。これで俺の主治医なのだから、撃破されるよりも、コジマ汚染で死ぬよりも、フィオナに殺されるほうが早そうだ。

 

「ハワード、準備はできている!?」

 

 工廠では、技師長ハワードの指揮により、俺の機体がいつでも出撃できるように準備されていた。

 

「機体はアイドル状態で待機。装備もOKだ! レイヴン、迎撃戦用に左手はマシンガンに換装してある。ブレードは格納式を装備した!」

 

 ハワードはネクストのセットアップを俺の耳元でしっかりと叫んでくれた。ハワードのツナギに染み込んだ、オイルと金属の臭いが心地いい。俺はうなずき返す。

 

 いつものように、搭乗リフトに乗せられコックピット前まで運ばれると、フィオナとハワードの二人がかりでコックピットに叩き込まれた。フィオナが俺の身体をベルトでシートに固定し、シート背面から延びるネクストとの神経接続ケーブルを白く細い手で掴み上げる。

 

「いい、入れるわよ」フィオナは、ケーブルを俺の頸椎部にあるソケットに慎重に差し入れる。奥までケーブルが差し込まれると、神経に触れる鋭い痛みに身体が一瞬の痙攣を起こし、きつく締め上げられたベルトがそれを抑えつける。その後、コネクタをロックする硬質な金属音が頭の中心まで響いた。

 

 フィオナは、俺にヘルメットを被せ、強制呼吸器マスクを口元にあたるように調整する。ぼやけた視界のなかで、フィオナは装備の具合はどうかと目で訊いてくる。俺もまばたきで答える。

 

 ヘルメットの後側と神経接続コネクタ、および背面を頸椎保護器具(HANS)を介して固定すると俺はまったく身動きがとれなくなる。フィオナがその作業をしている間は、終始正面から俺の首に手を回し、頭を抱き込む形で背面の保持機構をロックしていく。

 

 その間は、肩越しにフィオナの小さな背中が視界を埋め尽くす。そして、俺の胸にフィオナの胸があたる。心拍数を高めたフィオナの鼓動が伝わってくる。

 

「レイヴン、お願い。みんなを守って」

 

 ロック作業を終えたフィオナの声が、堅く抱きしめられたヘルメットに響いてはっきりと聞こえた。うなずくことすらできないため、胸を反らせて了解の旨を伝える。

 

 押されたように身体を離したフィオナは、再び装備のフィッティング確認をアイコンタクトで求める。俺は「問題ない」と目で返して気持ちを伝える。意思の疎通を確認して、フィオナがコックピットを出るとハッチを閉じ、すぐさま神経接続プロセスを開始した。

 

 

 ピピッと電子音がコックピット内に小さく響く。

 

《Nerve Connect Sequence Start》

 

 暗闇になったコックピットの中で、段階的に周波数を上げる音に耳を澄ます。耳にわずかな圧迫感を覚え側頭部がうずく。目の奥がジンジンとして、暗闇がぼんやりと明るくなる。それは除々に光度を上げ、まぶしいほどの光に包まれる。

 

 同時に、身体なかで虫が這い回っているかのように、脳からつま先のいたるところがざわついては、静止を繰り返し、その周期がどんどん早まった。

 

 そして、高周波音と光量がピークに達した瞬間、心臓を後から巨大なハンマーで叩かれたようなショックに身体を震わせた。縦分割された工廠内の映像が、断片的かつ瞬間的に視界を埋めつくしていく。曇り空が一瞬にして晴れるように、これまで鈍かった体感覚が一気にクリアになる。

 

《Nerve Connected Complete》

 

 

 視神経がネクストに接続された俺の目には、工廠の高い天井や、設備のボタン一つひとつにいたるまで視認できる。端には、小さく固まって出撃を見送るハワードとメカニックスタッフ達の不安と安堵の入り交じった表情がはっきりと見てとれた。それに、フィオナの心配する表情とサラリとしたブロンドも。

 

 聴覚が接続された俺の耳には、「レイヴン頼むぞ!」と激励の言葉がはっきりと聞こえた。通信機を外部音声に切り替えて、俺の脳言語野が発する言葉を、メカニック達とフィオナにしっかりと伝える。

 

「アイ ハブ コントロール。こちらレイヴン。準備をありがとう。速やかな退避を。出撃する」敵を迎え討つために、工廠を後にする。

 

 

 俺は、彼らがいなければ何もできない。彼らを守ることが、自分を守ることになる。それが俺にできる唯一の仕事だ。しかし、いつの間にか義理だけではない別の感情が芽生えていることに気づいた。(レイヴン)もずいぶんと丸くなったものだと自嘲した。けれど「悪くない」とも思った。

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